『なぜ椅子をつくるのか』普及版の出版

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『なぜ椅子をつくるのか』の豪華装丁版を配り終えましたので、普及版の小冊子を新たに出版しました。松本市にあるグレーン・ノート工芸店で30年以上続いてきた「椅子展」の木工家たちの物語と椅子作りの語りです。

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カラー電子版

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モノクロ紙版

 

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2024/07/17

シンボル多重性の世界

NHKクラシック音楽館』でファビオ・ルイージの指揮講座を観る。藝大の指揮者の卵たちに腕の振り方を教授する映像だ。音楽だから、音声シンボルがコミュニケーションの中心にあることはもちろんであるのだが、音楽の指揮ではもう一つのコミュニケーション手段が要求される。つまり、指揮者と楽団員との共振をもたらす「身振りシンボル」の高度な操作が求められるのだ。「シンボル多重性」の世界の一端を知ったのだ。

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2024/07/14

『町内会』を読む

今朝、町内会の防災訓練があった。ご近所の長老が近寄ってきて、安否確認の練習は必要なんでしょうかねと笑った。玉野和志著『 #町内会 』を最近読んだばかりだった。第1章の最後に、大胆な仮説が提示されていて、あれよあれよと理解が進んだところだ。統治性とか階級性とかいくつかの理由の変遷はあるにしても、やはり「親睦」が最後の存在理由になるのでは、と読んでいて思った次第だ。

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2024/07/13

映画「寝ても覚めても」を遅ればせながら観る

映画「寝ても覚めても」を遅ればせながら観る。自分の中の他者という問題。この「自分の中の他者」を自分自身が意識するにはどうしたら良いのだろうか。たいがいの人は頭の中でその他者を動かしてみて、仮想的に肯定したり否定したりするだろうが、しかし真に本当のところを知るには、その「自分の中の他者」を実際に演じて、自分自身や他者との関係や周りとの関係を判断するほかないだろう。と、彼女の行動を納得したのだ。

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2024/07/10

ヴァランダーの椅子

英国俳優ブレナーが演じた「クルト・ヴァランダー」12作を通しで観た。小説はすべて読んでいるのだが、それじゃ、ビデオで観るのはなぜか。シェイクスピア俳優のブレナーは #ヴァランダー の内面に見事に入りこみ、老いを考えさせられたのだが、わたしはもちろんそれだけでなく、ウェグナーなどの北欧椅子を楽しんだのだ。

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首の運動

早起きした時には、#ラジオ体操 に身を任せることにしている。気に入っているのは、第1体操と第2体操の間に行う「首の運動」だ。肩こり症なので、絶えず左首筋が痺れている。だから、横断歩道で信号の変わるのを待っている人が、何気なく首を回している姿を見ると、伝染したのかと微笑んでしまう。Firefly

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2024/07/08

「歴史的」暑さ

外を歩いていたら、足の裏が運動靴を通してアスファルトで焼けそうになった。「歴史」的な暑さだ。若いときに町内会の出店で、熱中症になって、三日三晩床についた。そのとき以来、暑さに抵抗できなくなったのだが、今日はさらに「歴史的」という形容がつくほどで、陽射しが身体に突き刺さってきた。

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2024/07/07

『残された時間-脳外科医マーシュ、がんと生きる』を読む

#脳外科医マーシュ の三部作最後の著作『残された時間-脳外科医マーシュ、がんと生きる』を読む。1作目が医師からの本ならば、この3作目は患者としての本だ。「治療的破局化」という楽観主義的な病気の否認と受容の日常を描く。聖ヒエロニムスの頭蓋骨が伝える比喩、「来るべき死を恐れるな(メメント・モリ)」を心に留めた。

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2024/07/06

『ハンバーガーの歴史』を読む

「ファストフードのチェーン化」はフォードの大量生産方式に比すべき「サービス産業の工業化」であった。あらゆる点でサービス産業そのものを根底から変えてしまったことで『 #ハンバーガーの歴史 』は恐るべき歴史の始まりであったと思うのだ。この「食の図書館」シリーズには面白いものが揃っている。

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2024/07/04

『ケーキの歴史物語』を読む

歳をとって歯がガタガタになろうと、甘いものには目がない。『ケーキの歴史物語』(N.Humble著)を読む。プルーストやディケンズを引きながら楽しめる。それでケーキとは何ぞやと気になる。「放っておくと固くなるのがケーキで、柔らかくなるのがビスケット」という裁判記録に納得させられる。食べてしまえば同じだが。

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2024/06/30

今日はぶらり買い物の日

今日はぶらり買い物の日。妹夫婦が「 #ハンドメイドマルシェ (パシフィコ横浜)」にお菓子の店を出しているので、フィナンシェ・サブレブール・フロランタンを買う。木工の店(前田)で匙を、草木染めの店(CHIISAITEN)で散歩用のポシェットを買う。ボールペンを挿し、メモ帳と小さなカメラを入れる。小さな物欲をホドホド満足させたのだ。

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2024/06/29

グレイン・ノートのWikipedia 作成

#グレイン・ノート のWikipedia作成で、友人を手伝った。大変なのは、裏を取るための新聞記事を集めることだ。最初図書館に籠って楽しく探したが、あまりの多さに、途中で音を上げ、結局新聞社に頼んでしまった。後から記憶や記録を辿ることの難しさを痛感した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88

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2024/06/27

『オーケストラの危機」を読む

日頃わたしの聴いている複数のオーケストラでは、無料や低額のチケット料の楽団が多い。運営の苦しいことは一目瞭然だ。心配なので米国のオーケストラ事情に詳しい『 #オーケストラの危機 』R.フラナガン著を読む。なぜオーケストラの演奏収支が赤字になるのかについては、有名な「コスト病」仮説でわかっている。したがって、オーケストラのマネジメントで問題となるのは、公共支援と民間支援とファンドレイジング活動だとする。本書に掲載されている63オーケストラのパネルデータ分析には説得力がある。国際比較も掲載されていて、ほぼ共通の問題と各国の特殊事情が浮かび上がってくる。

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2024/06/25

『それでも母親になるべきですか』を読む

『それでも母親になるべきですか』P.O.ヘフィントン著を読む。キャリア・人口増大・不妊・中絶・コミュニティなど子供を産まない理由には6つある。個人から社会に至るまで複雑に絡み合った理由を歴史的に追い、「子供を産まない女性」に注目した本だ。日本では、まだ非母親の立場よりも母親へのコミュニティ圧力が優っているといえるかもしれないが、これを読むと母親と非母親の深い溝は行き着くところまで行かざる得ないだろうと思えてくる。

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2024/06/20

吉田克朗展を観る

吉田克朗展(県立近代美術館葉山)を観る。彼は「もの派」を形成して、「モノを媒介としてモノを超える」ことを目指した。何やら、現代のネットワーク論の一派を先取りしているかのようだ。Cut off手法が洒落ている。他所で切り取ってきた「材木」というモノを、この現実に埋め込んで、モノとモノ、モノと自己の関係性を変えてしまうのだ。

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彼の「作品ではなく、ものでありながら、ものでないもの」という手法もいろいろ応用できそうだ。鉄板に鋲が打ってある。何かの目的のために、打たれているわけではない。しかし、打たれたために、モノではなくなっているのだ。
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吉田のCut offというレトリックは無限に応用できる。Workシリーズでは、もくもくと歩く群衆写真の中に、他者の写真を切り取って、埋め込んでいた。わたしも調子に乗って、ロンドンシリーズの街の中に人が埋め込まれるごとく、展示作品の間に、わたしの影を切り取って埋め込んでみた(笑)。
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吉田の中期の展示「直撮り」の転写と描写のレトリックも面白かった。彼は「物の姿を借りながら物の姿を消す」手法だと言っているが、存在と不在が同時存在する応用例も素晴らしかった。会場の照明のせいで、うまく「物の姿を消す」ことができなかったのが、残念だ。
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後期の展示で、ドローイングの中に織り込まれた意匠に気づいた。1990年代の「体」と「湖底」シリーズでは、単なる身体全体の線画のように見過ごしてしまいがちだが、ドローイングの線画だけでなく、線画の中にたくさんの人の顔や身体の一部が小さく埋め込まれて描かれている。細かいところが素晴らしいと思うのだ。

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2024/06/17

ロバート・ルイス・スティーヴンソン『水車小屋のウィル』を読む

ロバート・ルイス・スティーヴンソン『水車小屋のウィル』を読む。遠く輝く星のように、美しく冷たくかつ長く付き合う方が良いのか、近くで燃えるような、もしかすると火傷をするかもしれない人と熱く短く付き合う方が良いのか。「彼はさまざまな社会を許容し、多くの人々に興味を抱いた」、そして「それは自意識の強さから出たのではなく、むしろ無意識のうちになされた」というチェスタトンの公平な批評に賛成したい。

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2024/06/13

『ちんどん屋の響き』を読む

先週から今週、図書館の新刊書を借りてきた。抜群に面白かったのは、『ちんどん屋の響き』だった。批判があるのは知っているのだが、それを割引いても、視点が新鮮だ。とりわけ「偶発的ヘテロフォニー」という、場違いの賑やかさが引き起こす、ちんどん屋の存在が魅力的に思えてきたから不思議なのだ。Img_0599

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2024/06/12

代官山ヒルサイドテラス

槇文彦氏が亡くなった。大学院時代に旧山手通り沿いの寮に住んでいた。休日には寮生たちと歩いて、槇設計の代官山ヒルサイドテラスにあったサンドイッチ屋でビールを飲んだ。コンクリート打ち放し風の比較的低層の二重三重の街並みがあって、モダンな横丁を思わせる開放的な雰囲気が好ましかった。

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2024/06/11

前のめりの椅子

「前のめりの椅子」の系統はどうしても気になる。通常座面は平らか後ろへ沈み込むものが多い。休息のためならばそうなる。それに対して、昔から労働椅子の系統に、前傾姿勢を保つ椅子が作られてきた。前に向かってRを形成する椅子として、今年の「 #木の家具40人展 」でこの椅子に注目した。

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2024/06/09

木の家具40人展2024を観る

「 #木の家具40人展2024 」(名古屋)を観る。「昔からある椅子の形、どこかで見た事のあるような何の変哲もない椅子(tampere氏)」しかし、ちょっと見逃せないクセのある椅子を、僭越ながら3点選んでみた。座面の幅や沈み込みを少したっぷり取ったり、座面台形の角度が5度であったり4度であったり膨らみをつけたり、後ろ脚の厚さを微妙に変えたり、背板の湾曲を上と下とで変えたり、全体のプロポーションをシャープに削ったり、笠木の角の削りにこだわったり、最後の一手の見えないところに注目して楽しんだ。

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2024/06/05

『大町會議録』の閲覧

大町市議会事務局に申し込んでいた昔の町議会記録『大町會議録』を閲覧した。手書きとガリ版刷の古紙にびっしりと、発言議員たちの肉声が刷り込まれている。祖父が4年間町議会議長を務めたので、どのような議論を行ったのか興味津々だったのだ。水道・警察・公有林問題に加えて、大町病院・山岳博物館建設の問題など1ヶ月に1、2回議会が開かれていた。このような全般的な問題と同時に、警察署建設・中学校建築・小学校修理などで陳情もあったりして、それらに対して粘り腰を見せていて、当時の苦労に想いを致したのだ。

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