カテゴリー「仕事と趣味」の投稿

2017/05/01

松本市美術館で連休中にヒアリング調査

Img_7529 松本市美術館の中庭で毎年開かれている、「工芸の五月」の催し「子ども椅子展−はぐくむ工芸−」へきている。今日は、明日から開かれる展示、つまりは子ども椅子なのだが、この搬入が行われる。Img_7397_2 そこで、次々訪れる椅子の職人作家の方がたへヒアリングを行おうというのだ。じつは「なぜ椅子を作るのか」という質問を作家たちにぶつけてみようと、グレインノートのS氏が言い出したのに、わたしも乗ってしまったのだ。Img_7405 最後は、書籍になるかもしれないし、わたしの研究に組み込まれることになるかもしれないが、まだ全体像はわからないのだ。

 

Img_7410 今回、25名の方がたが出展していて、この方々の多くが9月に松本市中町通りにある工芸店「グレインノート」での椅子展にも、同じく大人椅子を出展している。今回は、この9月の椅子展の写真をS氏からお借りして、それを見ながら、20名あまりの方がたへ聞いてみようということになっている。Img_7482 それにしても、この写真集には全部で8年間分が詰まっていて、系統を整えて見ていくと、たいへん興味深いものになっている。よく記録が保存されているなと思える貴重な資料だ。Img_7308 ヒアリング調査の方では、最初はしゃべるのはイヤだ、椅子の図を描くなら良いよ、などという作る人特有の意見が聞こえてきたのだが、S氏の存在感ある、熱心で強い説得に、みなさん渋々ながらしゃべり始め、途中からはむしろ意欲的に話してくださったのだ。

 

Img_7313_2 初日には、一人を予定していたのだ、S氏が次々に捕まえてきてくださって、じつに1日で4名の方々のヒアリングをこなしてしまった。Img_7578 10時から始めて、昼食も忘れ、帰りの電車の時間いっぱい頑張ってしまった。これまでのヒアリング調査では、1日に2人くらいが標準であったのだから、かなりのところ許容量をオーバーしたのだ。Img_7468 仕事の進む快感と、対話の面白さとで、身体は疲れたが精神的にはむしろ爽快感が残ったのだった。

 

Img_7474 聴くことは結構疲れるのだが、それはヒアリングでは話の繋がりが重要だからなのだ。Img_7478 関連したことが次から次へ結びつき、その中から有効な問いと答えが生まれてくる。たとえば、椅子の部材を削ることに熱心な方が数人いらっしゃった。なぜ「削り」ということに熱心になるのか、ということを聞いていくのだが、それぞれ理由は異なるのだ。ある方は鉋の使い方に工夫があると言い、ある方は手の感触に特色があると言う。Img_7582 それぞれ話の繋がりが異なっていて、それを問いとして成立させるのには、かなり神経を使うことになるのだ。そして、ここに話の中心があるというところを突き止めなければならない。

 

Img_7480 興味深いところはたくさんあって、書籍になる頃には明らかにしたいと考えているのだが、今回聴いてみて、「椅子の言葉」として定着できることとできないこととがようやくにしてわかってきた感じだ。Img_7473 たとえば、職人技の持っている「暗黙知」の部分はおそらく「椅子の言葉」として聴き取ることはできないかもしれないという予感はあったのだが、じっさいに行ってみると、それ以上だ。

 

Img_7479 経済問題に近いところで取り上げるならば、「手間」という問題がある。仕事にかかる労力と時間のことを言うのだが、とりわけ時間がかかる仕事を指す。けれども、詰まるところ、手仕事で「手間」を省けば良いのかと言うとそういう訳には行かないところが面白いのだ。Img_7409 通常の労働であれば、効率性を問題にするので、手間を最小限にすることを目指す場合が多い。けれども、手仕事の場合には、どこでその職人が付加価値を取るのかが重要なのだ。これは意外なことだったのだが、聴いてみるとなるほどと思った。Img_7404 一番「手間」のかかるところで、その人本来の付加価値が生まれるとのことだ。だから、聴いた方々おしなべて言うのは、肝心なところでは手間を惜しまないということだった。この辺を中心に考えていくと面白いことになるのだ、という感触があって、たいへん楽しかった。


松本市美術館へ通う道は、わたしがこの深志にかつて住んでいて、大手の裏町にあった幼稚園へ歩いて通った道筋だ。とくに、薄川扇状地の地下水が湧き上がる「源池」の源泉近辺の側溝の水は澄んでいて、水の豊富さを感じさせる。この小川みたいな側溝を飛び越える時の感覚が、幼稚園時代そのままにわたしの中に残っていることがわかる。この脇には、通っていた習字教室があり、さらに帰りには数時間見物しても飽きなかった、鉄工所跡があって、鉄を焼き付ける匂いが鼻の中に蘇ってきたのだった。

Img_7518 昔の庄屋の倉庫が「工芸の五月」イベントへ開放されていて、水出しコーヒーの管が展示されていて、コーヒーが抽出されていた。Img_7522 これだけの広さがあれば、書庫にもってこいだ。どなたかわたしにも昔の倉庫を提供してくださる篤志家がいらっしゃらないだろうか。

 

毎日のランチは椅子の人びとと1回、近くの蕎麦屋へ行ったほかは、中町通りの「chiiann」で2回、パスタランチとキッシュランチ。Img_7434 それから、あがたの森公園通りの「栞日」でカレーランチ2回、あとは昼食抜きで、ほぼ1週間美術館へ精勤したのだった。コーヒーは、それぞれの喫茶店で飲んだ他に、いつもの焙煎豆売専門店「ローラ」でインドネシア産の濃厚な珈琲豆を手に入れて、水筒へ淹れてきていた。食事のついでに、chiiannでは、オリジナルの木綿トートバックも購入した。これには、北アルプスとCカステラが描かれていて、きっと何か物語が隠されているのだろう。Img_7448 それから、美術館の帰り道では、コンフィチュールの「シェモモ」ご主人M氏がお子さんの散歩に付き合っていたので、ご挨拶した。じつは会期中に店にも寄ったのだ。Img_7306 今回購入したコンフィチュールは、「レモンとバニラとグレープフルーツ」で、相変わらず多様な果物のバランスが良く、程よい刺激的な味が美味しかったのだ。

 

Img_7268 短く感じた1週間だった。結局、18名の方々のヒアリングを行ったのだった。Hさん、Kさん、Yさん、Mさん、Hさん、Oさん、Tさん、Kさん、Tさん、Kさん、Yさん、Aさん、Yさん、Sさん、Sさん、それから、松本クラフト推進協会のTさん、Kさん、Kさんにもご協力いただいた。ほんとうに感謝申し上げる次第だ。Img_7563 5日目のKさんからは、写真のような惚れ惚れする形の良いカトラリーをいただいた。柿渋の後、エゴマで覆っていて、このような深い色が出ているのだそうだ。

*この「はぐくむ工芸(子ども椅子展)」は、5月15日から6月25日まで、場所を松本市中町通りの「グレインノート」へ移して展示される。また、放送大学授業科目「色と形を探究する」第12回(6月26日20時から)で2016年の子ども椅子展、第14回(7月10日20時から)で2016年の椅子展がそれぞれ、放送大学のテレビ番組として放映される予定である。興味のある方はぜひご覧ください。

2017/04/20

ブロイヤーの椅子

Photo ブロイヤーの椅子は、近代的デザインの申し子ともいうべき位置を占めている。並み居る椅子の中でも、とりわけ最も近代性という特徴を備えている。主たるブロイヤー作品の多くが金属パイプを多用していて、可塑性に富んでいるのはその一例だ。そのため、大量生産へ結びつく可能性を感じさせる。デザインのシンプルさは、多くの機能主義モデルの最右翼を占めていることは間違いない。ブロイヤーの椅子と並べて、これ以上に近代的だと比較できる椅子はあまり存在しない。

 

Photo_2 ブロイヤーの椅子は、デザイン源流のひとつと数えられている「バウハウス」の近代的デザインが生まれる中で育ち、それをさらに内発的に受け継いでいるなどの特徴は直ちにあげることができる。文化的に見ても、社会的に見ても、さらに経済的に見ても近代的なのだ。最終的に、機能美が椅子デザインの内側から起こって、必要最小限の素材を使うことで、椅子という領域の枠を広げる領域侵犯を招来していて、新たな椅子の概念を打ち立てている。

 

Photo_3 けれども、今回の近代美術館の展示で知ったのは、鉄やパイプを中心に発展させた椅子の始まりが、じつは木製椅子であったという、これまで想像していなかった展開があったことだ。この木製椅子のシンプルな見事さはさることながら、この狙いを推察するならば、やはり金属パイプへの転向は自然な流れであったと思わざるを得ない。ブロイヤーにとって何が革新の出発点であったのかは、想像することしかできないのだが、よく見ていると、やはり脚の構造にあったのではないかと思われる。木の椅子では、部品の数が多く、複雑な構造になってしまうのだが、金属パイプでは脚が固定されるものの、身体の揺れに対して椅子自体が自由に戯れ、さらにその機能がシンプルに実現される構造への転換が起こったということではないだろうか。

 

Photo_4 もう一箇所注目したのは、バウハウスの画家カンディンスキーのために作ったと言われる「ワシリーチェア」椅子のパイプ結合部分である。一見するところ、この結合部分も近代的な考え方に従えば、部品を少なくして標準化を図るためには、一体化された構造が選ばれるのではないかと想像していたのだが、そうではなく、輸送して組み立てるのに便利な構造が選ばれている。コンパクトにして留め金で自由に結合できる構造が数年間の試行錯誤ののちに選ばれているのである。部品がバラバラで組み立て式の方が、操作性も良いのだ。

 

Photo_5 さて、展示会場の外には、写真撮影コーナーが作られていて、バウハウス時代へ自分がタイムスリップすることが可能となっているのだ。ここで、仮面をつけて、ワシリーチェアに座ると、近くの美術館の係員が写真を写してくださるのだ。Photo_6 なぜ仮面なのか、そういえば、近代性のひとつの特徴は、匿名性にあったなと思い至るのだった。竹橋を渡り、毎日新聞社の地下を通り、東西線地下鉄に乗った。

Photo_7 Photo_8







Photo_9 Photo_10 Photo_11







Photo_12 Photo_13 Photo_14

2017/03/30

椅子と、椅子の言葉と

Img_6905 朝、雪道を散歩するのは、気持ちが良い。白い輝きが目を覚ましてくれる。この覚醒効果は素晴らしい。また、目を閉じると、ツーンとくる零度の香りがする。山の背へ向かって、樹々が立ち上るのが「図」とすれば、雪は油絵のキャンバスのような「地」を構成していて、山里の落ち着いた空気が伝わってくる。香りには生くささが少しもなく、硬質な感触を身体全体へ届けようとする。

 

Img_6898 ヘンリー・ソローの小さな小屋にはこんな飾りはなかったけれど、雪の広大さの中に立つ小屋は、明らかに雪を慮っているかのような気がする。それを、右目で眺めつつ通り過ぎながら、コミュニティバスへ乗った。

 

Img_6888 じつは田舎の家の水道管が凍結して、それに気づかずに破裂に至ったのだ。凍結で水道管にヒビが入り、その後の気温の緩みで、一気に水道水が噴水と化し、1階のリビング全体が水浸し状態となった。Img_6833 お世話になっている建築屋さんにお願いして、修理工事を行なってもらってはいたのだが、やはり掃除などは本人が行わなければならないと駆けつけた次第だ。ほぼ1日かけて、一応の清掃が終わり、市役所で水道料金の減免措置の手続きを済ませ、帰りの電車に乗ったのだ。

 

Img_6919 四月から新学期が始まるのだが、新しい研究計画を立てていて、今年は「椅子の社会経済学」というテーマで、様々なことを企てようと心に抱きつつ、研究も進めようと考えていた。椅子作家たちをヒアリングして、2、3年かけて椅子と椅子をめぐる産業についての社会経済学の可能性を探ろうというものだ。

 

Img_6920 この話を聞いてもらおうと、松本市中町通りにあるグレインノートのS氏を訪ねたのだ。近くの女鳥羽川沿いにある喫茶店「まるも」でじっくりと話すことができた。すると、どうだろう。思ってもみなかったような展開があったのだ。詳しいことは、2、3年先の結果をみていただくことにして、せっかくだから、わたしの研究だけに終わらずに、椅子作家たち自身の本を作ろう、という話に変わっていったのだった。きっかけは、S氏がある本を引き合いに出して、わたしがその本の現代版を作るというのはいかがか、とおっしゃったことから、話はどんどん深まっていったのだった。

 

Img_6932 まず、椅子作家の方がたが、自分の言葉で、自分の椅子を表現したことがあるのだろうか、という問いをしてみた。椅子は椅子であって、現物が存在すれば、それで良いのだ、ということがあり、なかなか「椅子の言葉」というものは存在しないことがわかったのだった。このことは、わたしにとっては新鮮な感覚だった。椅子があれば、「椅子の言葉」も当然に存在するのだろう、と思っていたのだが、そうではないのだということだ。これは面白いな、というのが二人の一致した考えだった。

Img_6933

Img_6931 などなど、まだまだ不確実なことがたくさんあるのは確かなのだが、先が見通せないことは決してマイナス効果をもたらすだけではない。むしろ期待を生む効果が勝る場合があるのだ。先ずは5月の連休目指して、椅子作家の方々への聞き取りを始めることにして、豊かな気分で「まるも」を後にした。Img_6957 グレインノートへ戻って、S氏の奥様にそのことを話すと、「椅子の言葉」の文章をみて、アイディアを出すことは面白そうだとおっしゃって、お誘いするとこの計画にご参加いただけることになったのだった。年度末には、何らかの転機が訪れるのだ。

 

Img_6929 駅までの途中、小腹が空いたので、グレインノートの近くの喫茶店「チーアン」へ寄ろうとしたら、木曜日は定休日だということで残念だった。もう1軒のいつも寄る喫茶店へ回ることにする。かつて市電通りだったところにあるブック・アンド・カフェ「栞日」で、カフェオレとレモンスコーンを注文する。Img_6936 栞日のご主人が、会うたびに大きくなっているお子さんを抱いて現れて、今回の展覧会の説明をしてくださった。「ウチダゴウ」という、松本で詩人とデザイナーを行なっている方の展覧会だった。Img_6958 中でも、スコットランドの7篇の詩ポスターには、緊張した日本での心を解放させるに十分な、スコットランド的自由が躍動していて、そして、とりわけ字体の綺麗さに心を動かされた。

2017/03/21

東海道と中山道の追分を歩く

Img_6514 朝早くに新幹線で、大阪の伊丹市へ出張。昨年から、4人の先生方の協力で、授業番組「農山村と都市における身近な経済」というラジオ科目を作っている。社会科学では、現在「地域」とは何か、という趣旨の研究が目白押しなのだ。放送大学では、退任された経済学のH先生が「比較地域研究」にみんなで参加しようということで、10年ほど前に「比較地域研究センター」を設けてきている。H先生のもとで、これまで修士課程の経済分野の研究指導を担当なさってきた、I先生、A先生、S先生に、わたしを加えて、今回この科目を企画したのだった。

 

Img_6523

今年の2月には、ほぼ原稿が出揃って、今日は放送教材収録の相談を行うために集まることになった。ところが、日程調整を行なってみると、4人の先生があうような日は皆無に等しいことがわかった。島根からのI先生、大阪からはA先生、熊本からはS先生に、横浜のわたしなので、そう簡単に日程調整が成り立つわけではないのだ。それで、短時間でも良いから、また先生によっては日帰りでも良いからということで集まってもらったのだ。だから、一番日程がキツかった島根のI先生の飛行機時間に合わせて、伊丹空港近くの貸し会議室を借りることになった。また、これに合わせて、一昨年「音を追究する」でお世話になったKディレクターも千葉から駆けつけてきてくださった。

 

Img_6518 相談は順調に進み、メールでは互いに誤解していたような事柄も解くことができ、どうにか全体の調整がつき、次の段階に進むことができたのだった。それにしても、伊丹市という地域の外面的な印象は、ちょっと変わっている。交通通過都市だということだと思われる。Img_6517_3 空港、二つの鉄道、それに会議室やホール、ビジネスビルなどの箱物はたくさんあり、中心を宝塚へ伸びる幹線道路が縦断していて、街の全般に余裕がある。ゆったりとした再開発が行われているところだという印象だった。これまで、あまり経験したことのない、不思議な街のイメージだったのだ。

 

Img_6497_2 さて、半日の自由時間ができたので、横浜へ帰るまでの間、以前から行ってみたかった宿場町の草津宿へ、新快速へ乗っていく。この滋賀の草津で、東海道と中山道が合流する。このような特別な宿場として、江戸時代に発達したのだ。まずは、問題の道標を見る。いくつかのバリエーションがあって、一番有名なのは19世紀のものだが、街道沿いの神社には17世紀のものもあるのだ。また、近代になっても新しい道標が作られており、草津はここ数世紀に渡って、交通の要所を占めてきた場所なのだ。Img_6520 本陣が素晴らしい。草津には、二つの本陣と脇本陣とが存在しており、現在一つの田中家本陣が残されていて、一般公開されている。とりわけ、大福帳には泊まり客が記されており、本陣であるから、公家と大名ということになるのだが、幕末になると、新撰組なども宿泊していた記録がある。また、宿特有の「関札」が大量に残されていて、これを掲げることで、「見せびらかしの消費」が行われたのだな、ということがよくわかる象徴的な歴史資産だ。

 

Img_6531 本陣の構造については、群馬の大庄屋の子孫であるK先生から知識を得ているので、その視線でみていくと、なんなくわかってくる。中世の上下関係を建物の構造に取り入れていて、玄関を入って、次の間、畳廊下、脇の部屋、そして最後は上段の間へ向かって、Img_6533 少しずつ敷居が高くなっていくという建物構造を持っている。この草津の本陣でも、見事にそのように作られている。そして、上段の間の奥に、位の高い人の雪隠と湯殿が作られているのだった。

 

Img_6534Img_6535Img_6536_2

Img_6537Img_6546Img_6548

Img_6555Img_6538Img_6543

Img_6565 草津宿の並びにモダンな交流会館が建っていて、もちろん展示されている模型や物的な標本は面白いのだが、わたしが注目したのは、じつは資料室だった。玄関横に作られていて、現在はそれほど重要ではないかのように、傍に追いやられているという印象だった。けれども、いざ一冊一冊みていくと、なかなか魅力的な資料が集められていることがわかってきた。Img_6568 全部紹介するわけにはいかないのだが、じつは先日群馬合宿の時に書いた、いわゆる「中央用水」構造の宿場町をみていくのに最適の資料が揃っていたのだ。さすが東海道と中山道の合流地点だけのことがある。東海道では、あまり目立たないのだが、中山道には2、3例が見つかったのだ。H先生の喜ぶ顔が目に浮かぶのだった。

 

Img_6614 この収穫だけでも、心はウキウキしてきてしまった。やはり、このような時には、心落ち着く喫茶店で、獲得した知識を反芻しながら、最後はサードプレイス的効用を一人で楽しむべきだろう。Img_6607 山科で電車をおり、地下鉄で京都へ戻って、いつもの喫茶店「Kosci」で玉ねぎのポタージュとパン、そして、珈琲を頼んだ。長かった今日の散策を思い返したのだった。帰りの新幹線では、このコチで購入した「キッシュ」と「くるみとはちみつパン」を食べ、収穫多い出張を終えたのだった。Img_6633

2017/01/08

京都御所の隣、新島会館でゼミを開催する

Img_5747 宿を京都の四条にとっていたので、寺町通りへ出て、ひたすら北へ上っていく。京都市役所の横を抜け、喫茶店エイトの前を通り、二条通りを超えると、左に三月書房があり、右に明日行こうと考えている民芸品店がある。Img_5748 これらを眺めながら、御所の南へ出た。そこからすぐのところに、新島襄・八重の旧宅に隣接して、今日のゼミが開かれる新島会館があるのだ。着くとすでに5名の方々が準備を行なっていて、程なくみんな到着して、総勢20数名のゼミ開催となったのだ。

 

Img_5744 大学の外でゼミを開くことに、わたしはずいぶんと、これまでこだわってきた。毎月開かれるゼミは、日常的な作業の報告に費やされて、それをチェックするだけで精一杯だ。ところが、一歩外へ出てゼミを開くと、非日常的な発表を行わなければならない、という心境になってくれる。発表するという意識が表に出て、他者を説得しなければならないという要素が濃厚になる。通常のゼミでは時間制限がないような議論ができたのであるが、外でのゼミでは20分ぴったりで終えなければならないので、表現が絞まる必然性が出てくるのだ。Img_5737 それで、これまでと違った発表を行うことになる。先生がたや先輩たちが聞いていることに対する緊張感も重要だ。ちょうどM1の人びとが先行研究の整理を終え、M2へ進み、論文を書く体制への転換期になっていることも関係して、外に出てのゼミの効果がちょうど出てくるのだと思われる。

 

Img_5752 今回の冬季ゼミのテーマは、論文の中核となる部分を発表するということになっていたので、ゼミではかなり本質的なところが出てきていたと思う。昨日と同様、参加学生以外に、I先生、S先生、A先生、それから今日だけ参加のS先生に加えて、OBのY先生、Hさん、Yさん、Fさんの8名参加し、さらにM2のAさんともうひとりのAさんも議論に加わってくださった。したがって、M2の方々2名の報告(成年後見制度論とセカンドキャリア論)を含めて、12本の発表が行われた。相変わらずの多彩なテーマが並んだのだ。

 

ナチス政権と民主主義体制

地域の変容と公的・民間セクターの役割

中国の対日経済交流と政経分離

スローシティとまちづくり

日本の社会政策と労働

地方圏学生の地元志向

地域とソーシャルキャピタルの育成

総合交通体系と民間航空の役割

地域の生活時間と余暇活動

宗教における社会貢献活動

 

Img_5739 今後、今日発表した論文の「山場」となる議論を中心として、順調に肉付けを行なっていってほしいと願った次第だ。最後のあいさつでは、先生がたの指摘はいつもながら鋭かったし、最後に聞いた参加者の同期の方々への反省の言葉も容赦なかったので、参加した皆さんの心の中には、かなりの蓄積物がお土産として止まったことだと思われる。この辛口の応酬にめげず、それを糧として、後半戦でも頑張っていただきたい。

 

Img_5759 さて、程よい時間になったので、懇親会の開かれる料理屋チェーンの店へ行く。歩いて、10分程度だ。あいにく雨が降ってきた。目的の場所は、京都の繁華街である木屋町を流れる高瀬川の源流の場所だ。江戸時代の豪商角倉了以の旧邸があったところで、さらに明治時代には、山縣有朋が第二無鄰菴を構えていたところである。Img_5763 あちこちに、石の標べが立っているので、それと知らされる。庭を鴨川から取水した水路が通っていて、それが高瀬川へ流れ込んでいる。それを利用した日本庭園が作られている。庭の起伏は意外に激しくて、池が作られているように見えるのだが、これが流れているのが特徴で、むしろ川が通っているという印象なのだ。取水を利用した庭の典型例だと思われる。


Img_5769_2

Img_5779 懇親会なので、非公式なおしゃべりが主体になるのだが、真面目な方は、昼間の議論を思い出して、さらに突っ込んだ議論を繰り広げている方々もいらっしゃって、多彩な懇親会となった。    わたしもいくつかの相談を受けることになったのだが、すでに料理が回り、お酒も十分に入っていたので、相談への対応がきちんとできたのかは、少し心配になる。Img_5783 本当のところ、懇親会もゼミの重要な一貫と考えているので、真面目な相談も歓迎したいところだ。懇親会の幹事のOさんとTさんと教育支援者のKさんには、たいへんご面倒をかけたが、おかげさまで会はたいへん盛況だった。Img_5786 Img_5785 Img_5784

 

Img_5794_2 二次会は、この店の料亭風の門を出て、高瀬川沿いに十数メートル下ったところにあるカフェへ入って行うことになった。この店は、友人のK君が存命中によく一緒に来て議論した場所でたいへん懐かしい。Img_5795 店のオーナーは変わってしまったけれど、たっぷりしたコーヒー碗があって、チョコレートケーキを一緒に取ったのだ。ゼミOBYさんは、昨日の夜行バスできて、朝の京都タワーで風呂を浴び、今日も夜行バスで東京に帰るのだそうだ。Img_5799 このような行動ができるのであれば、京都合宿もそれほど重荷ではない。彼はバスの時刻まで、時間を潰す必要があるとのことだった。雑談の内容は、最近よく話題になる「働き方」の話になって、10時を過ぎるまで議論が続いた。外でのゼミの効用は、夜がたっぷり使えるというところにもあるのだ。


Img_5809_2 宿への帰り道、麩屋町辺りに画廊やギャラリーが並んでいて、麩屋町ギャラリーのいつものオランダタイルも素敵だったけれども、現代画家のギャラリーのゼロ年代世代作家のものも、かなり目立ったのだ。数百万円の値段付きで飾られていた。今の心境は議論をしてスッキリしていたからこのようなものではなかったけれども、今日の天気はこのような感じの空模様だったので、掲げておくことにしよう。



2017/01/07

今年の仕事始め

Img_5729 今年の仕事初めも、例年通り京都からだ。修士論文の面接審査と大学院ゼミナールなどで出張なのだ。京都に来て、修論を読む以外にも、お正月早々良かったことがある。12月初旬頃から、老化に因る右膝の痛みがずっと続いていて、朝起きての階段下りでは、膝を曲げることが難しくなっていた。きっと水が溜まっているのではとは思っていたのだ。ところが、京都に来て、一日目は痛かったのだが、二日目の朝からほぼ痛みを感じなくなり、階段も楽に上り下りすることができるようになったのだ。Img_5736 重い荷物を持ったのが良かったのか、水が良かったのか、それとも、行いが良かったのか、いずれにしてもこの旅の何かが膝に良かったことは間違いない。1ヶ月で治ったのを考えると、五十肩のようなものだったのかもしれない。今年の仕事も、おそらくこのように老化との並走ということになるに違いないのだと覚悟を決める。

 

Img_5734 まず、修論審査を行った。修論を提出した学生たちに「キャンパスプラザ京都」へ来てもらって、朝から一人30分くらいずつの間隔で審査を行った。それぞれ指導教官が異なっていて、島根大学のI先生、近畿大学のS先生、同じくA先生にお願いしている。先生がたには、毎年お正月を潰させてしまって、申し訳ないと思っている。けれども、学生にとっては二年間の成果が現れる時だ。タイから一時帰国して駆けつけて来た学生もいる。沖縄の赴任先から、このために来た学生もいる。やはり、力の入った論文を読むのは、先生がたにもわたしにも、かなりの喜びをもたらすのだ。完成したという感覚は、互いに議論していて、何ものにも代えがたい。Img_5721 借りたキャンパスプラザの研修室の時間ギリギリまで、審査を行ったのだった。印象深かったのは、「多面的機能支払」に関するTさんの論文だった。わたしのテキストから「フォーマル化作用」を使ってくださっているのだが、今回はそれに、E・オストロムの「プーリング作用」も解釈して加えていて、もう一押しで素晴らしい論文になるような予感がしたのだった。

 

1 夕方には、審査が終了して、ポッと時間が空いた。こんな時には、やはり四条の京都シネマへ足が向く。今年度の「出張先で映画」初めは、硬いところで、「ヒッチコック/トリフォー」を選んでいたのだが、昨日尊敬している友人のツイッター批評を見ていたら、「こんな対談だったら、ヒッチコックとトリフォーである必要はない」などという酷評が書かれていたので、急遽見るのをやめることにしたのだった。

 

観たのは、原題が「フーシ(Fusi)」という、アイスランド映画だ。英語原題が「バージン・マウンテン(Virgin Mountain)」、邦題が「好きにならずにいられない」だった。次第に改題・改悪されていくのがわかる。それにしても、とりわけ最後の「好きにならずにいられない」はまったく内容と合っていない、酷い題名だと思う。2番目の題名も、「山のような男が女性に無垢であった」という意味を比喩的に表していて、なんとなくわかる気もするのだが、ちょっとからかっているような響きが気になる題名だ。やはり、全体を表しているのは、「フーシ」という題名だと思われる。この一人の男が映画の中心なのだから。

 

Img_5720 太っていて背が高い大男「フーシ」は40代独身で、母親と暮らしている。空港で荷物の積み下ろしの仕事を行なっている。この場面から始まるのだ。広大な空港で、荷物車が一台進んでいくという場面が良い。アイスランドの寒く荒涼とした中での「孤独」を表しているシーンだ。職場では、同僚から馬鹿にされ、苛められている。けれども、オタク的趣味として第二次世界大戦の模型で戦争ごっこを行うのを楽しみにしている。このオタクの友人が不思議な人であり、また職場の上司の対応がふつうで面白い。孤独なのだが、まったく孤独なわけではないし、本人は孤独で悪いとは思っていない。ある日、母親の愛人からダンス教室の切符をもらう。彼はダンス教室の帰り、横殴りの雪嵐の中で、一人の女性「シェヴン」と出会う。彼女は花屋で働いているのだが、精神的な問題を抱えている。ここから、フーシの物語が始まることになる。あとは、映画を観て欲しい。

 

Img_5709 アイスランド的孤独とでもいうのであろうか。孤独とはなんなのか、ということがテーマの意図なのだが、それが少しずつ伝わってくる。雪に閉ざされ、心を閉ざして、部屋にも出ることができずに、レストルームで孤独を感ずる。アイスランドでは、このような個人的事情は当たり前に起こることであるようだ。それはフーシの上司の態度でもわかるし、シェヴンの勤め先の花屋の主人の言葉でもわかる。ごみ収集の仲間でも、一歩間違えば、このような状況が存在することになりそうだ。

 

 

Img_5713 その中で、フーシのあり方は淡々としていて、最初は消極的に見えるのだが、観ていくうちに、意外に積極的にみえてくるから不思議なのだ。孤独であっても、孤独を積極的に生きることは可能だということだ。孤独にも色々な孤独があって人好き好きだとは思うのが、孤独の多様な類型を確かめ、このような孤独のあり方もありうるということを追求した稀有な映画だと思う。日本語の題名はいただけないのだが、それ以外はとても良い映画だった。今年の映画は豊饒になる予感があって楽しみだ。宿への途中、パンの「志津屋」の元祖ビーフカツサンドを頬張りながら映画を反芻したのだった。夜のコーヒーは、京都駅地下店で買った小川珈琲のガテマラだ。

2016/12/01

今年行った面接授業の全体結果について振り返った

Img_1707 今回の札幌での面接授業を終えると、「アーツ&クラフツ経済社会入門」と題した、今年度の面接授業、すなわち宮崎学習センターから始まり、山形学習センター、長野学習センター、そして北海道学習センターの4回の授業が完結することになる。今回の札幌での面接授業では、特色のあるいくつかの課題を設定していたのだが、これらの4学習センターに共通する課題もあり、それぞれの学習センターの学生の皆さんに、4回が終わったら、全体結果を公表することを約束していた。じつに、6月に始まって、11月までかかったことになる共通課題があるのだ。

Img_5180 4回がめでたく終了したので、ここに共通課題の結果を公表しておきたい。それは、アーツ&クラフツ(美術工芸)におけるデザインの傾向についてであり、具体的には「機能主義と装飾主義」という傾向が、参加した学生の方々に、いかに認識されるのかという点についてアンケート調査を行ったのだ。「椅子」という日用品クラフツを取り上げ、近代に注目された椅子群を学生の方々に見てもらって、何が「機能主義」的で何が「装飾主義」的なのかを感じてもらおうという趣向だった。おおよそ90名弱の方々に、43脚の椅子にそれぞれ点数をつけてもらって、学習センターごとに集計し、さらに今回4学習センター全体、すなわち80数人の集計結果がまとまった。受講した学生の方々には、当日配った43脚の写真資料を片手に、この全体結果と学習センターごとの差異を比較して、楽しんでもらえればありがたいと思う。

次の表でわかるように、機能主義的だと全体結果から示されたのは、チャドウィックの事務椅子、ブロイヤーのパイプ椅子、北欧デザインのウェグナー椅子などだ。チャドウィックの椅子には、人間工学的で仕事がはかどりそうだ、ブロイヤー椅子には、シンプルで持ち運びに便利そう、などという学生の感想があった。ブロイヤーの椅子に現れているように、バウハウス的な機能主義が椅子に現れている。

2016_5

20161130_213500 20161130_213245

それから、装飾主義的だと認識された椅子は、ウェブの貴族趣味のベンチ、ウィリアム・モリスの装飾椅子、アールヌーボーのガレ椅子などが選ばれた。美術品・芸術品にも匹敵するという感想のあったウェブの椅子、花の模様が彫刻されたガレの椅子などが、装飾的だと学生に判断されていた。アーツ&クラフツ運動やアールヌーボーの影響がこれらの椅子には、顕著に現れている。

2016_4

20161130_213120 20161130_212748

6月、8月から待ってくださった学生の方、そして、今回の札幌の学生の方々に感謝申し上げる次第だ。さて、今回の札幌訪問には、もう一つの目的があり、決して出張費を無駄にしない精神にあふれている。・・・のかな。ちょうど、あと3週間で、修士論文の締め切りが来るのだ。それで、現在M2の方々から毎日のように書き換えられた草稿が到着している。M2の東京のAさんからは、旅行予定があるらしく、直前の原稿が札幌へ出発するときに後を追ってきたのだ。そして、札幌のAさんも修士論文締め切り間近に迫っており、今回の出張の目的の一人であるのだ。つまり、論文の研究指導という目的も今回の出張には含まれている。

Img_5233 二日目の夜になって授業が終了し、北大にある学習センターから駅や道庁を経由して、途中で今年文書館が改修されて、お菓子屋さんになったという古いビルや、さらに札幌市の資料館のライトアップなどを見学しつつ、植物園横の老舗の喫茶店「倫敦館」に落ち着くことにする。Img_5236 Aさんが高校生時代によく利用していたのだそうだ。勉強する学生や、読書する学生の似合う喫茶店だ。二日間も喋っていると、ついさらにおしゃべりしたくなってしまって、Aさんの修士論文のこともさることながら、Aさんが北海道学習センターでの別の発表も抱えているとのことで、議論する種は尽きなかった。Img_5235 そうは言っても二時間が経つほどに、外はしんしんと冷えてきて、目の前をスピードを上げて走っていた自転車が見事に転ぶほどに、道路も凍ってきており、明日も研究指導の時間を取ってあるので、ほどほどに切り上げて、今日のところは大通公園へ出ることにした。

Img_1683 テレビ塔を囲んで、「White Illumination」というイルミネーションの催しが36回目を迎えて、観光客を集めていた。Img_5250 とりわけ、一番はしっこに位置していた8丁目会場には、ドームシアターが設置されていて、大きな万華鏡にみんな見入っていた。小さな時に見たような万華鏡の飽きることない模様の変化を堪能した。Img_5252 なぜ万華鏡は飽きないのだろうか。二つとして、同じ模様にはならないというところが、現実に似ているからなのだろうか。しばし面接授業の疲れを忘れて、見入ってしまった。

Img_5256 Img_5261 Img_5271

Img_5265 Img_5277 Img_5248

ドームシアターの映像は、こちらから。

2016/10/15

まつもとクラフト・ピクニックへ行く

Img_5100 朝、横浜を出て、新宿へ向かう。あずさ5号へ乗って、松本へ。このところ、卒論や修論の仕上げの季節を迎えて、連日次々と、草稿が届く。旅行に仕事を持ってくるのは、止めたいので、どうしても徹夜に近い作業を前日に行ってしまうことになる。加えて、「社会経営ジャーナル」の編集も少しずつだが行い始めているのだ。だから、朝の眠気を覚ますために、特別あつらえの珈琲をポットに用意しての旅行となった。Img_4462 この負荷が激しかったらしく、途中から目が充血していたらしい。そうとは知らず、あずさ号の中では、推理小説に集中してしまったのだ。目に良いわけがない。本人にだけ目の充血はわからないのだ。

Img_4255 松本へ着くと、さわやかな青空が広がっていた。クラフト・ピクニック日和だ。駅の観光案内で、ピクニックの出展者リストをもらい、その足で中町通りの「グレインノート」へ挨拶に行く。奥様と話をしていたら、目の前の棚にある田中一光氏の陶器を手にとって、コーヒー茶碗の色を確かめている女性客がいらっしゃった。この仕草は、実はわたしもこの店に来るたびに行う動作なので、同じ趣向の方がいるな、と思ったのだ。Img_4256 たっぷりした藍色のカップが定番として、いつもは棚に飾られているのだが、ここ半年ほどは、田中氏の体調が悪いということで、出品されていない。それで、黒色のカップが並んでいるのだが、色が紛らわしいので、つい手にとって確かめてしまう。

Img_4260 なぜ同じ趣向の人がいるのだろうと思うのだ。これまで、それは趣味の問題だということにして、このような感性の問題にはなるべく関わらないようにしてきたのだが、同じように好きだ、という感性は、考えてみるまでもなく、改めて不思議な現象なのだ。何らかの「同調」が、境遇の異なる人の中で、同じく起こっているという現実が存在するのだ。

Img_4259 昨年よりも、遅い電車だったので、今年はまずは腹拵えをしてから、ピクニック会場へ向かうことにする。喫茶店「chiian」を考えたが、夕方まで少しあるので、少しお腹にたまるものをと考えて、ブック&カフェの「栞日」へ向かう。ピクニックの行き帰りに寄る客が多く、外国からの女性客もいた。ご主人から、先日早稲田のO先生のブログを読んだ女性の方がいらっしゃいましたよ、と告げられる。Img_4320 栞日は、地域雑誌を中心に置いていて、ローカルな雰囲気を大事にしているが、だからこそ、ユニバーサルに受ける何ものかを持っている喫茶店だと思っている。このようなところに特色が現れるのだろう。O先生の卒業生が一人できても、旅の途中できっと休まるものを得られる場所なのだ。

Img_4263 9月に伺った「グレインノート椅子展」の作家のO氏、S氏、T氏、H氏がこのクラフト・ピクニックで出店しているので、それぞれ挨拶へ行く。とりわけ、今回は目的があった。来年わたしが出す本の中でO氏と、石の彫刻家のI氏に登場していただいているので、実名を使って良いかの許可を得たいと思ったのだ。プリントを見せて、いいですよ、と言っていただけた。

Img_4335_2 クラフト・ピクニックの特徴は、子ども世代の参加が多いところだ。もちろん、木工のグライダーや、木の汽車のおもちゃや、積み木などは、子どもに人気があるのはわかるのだが、本格的な椅子造りや、樽造りなどにも参加してきて、木の感触を楽しんでいるのが印象的なのだ。Img_4266 一年に一回のほんのちょっとしたことが、木工作家に結びつくかもしれないのだ。松本はバイオリン教室の多いことでも有名だが、わたしの経験からして、1万人に一人でも教室の最後に残り、さらに数万人の一人がようやくにしてプロを目指すことになるということから考えると、Img_4319 木工の場合にも、子どもの頃から親しんでも、この中から一人でも、木工を目指したいという子どもが出てきたら、それはそれで良いことだと思われるのだった。イベントの中で、徳島の樽職人が来ていて、木槌を持って、一緒に樽のタガを嵌める作業を行っていた少年・少女のたくましさに感動した。

Img_4307 今年も池の端に、M氏のコンフィチュールの店を出していたので、予約を入れる。そばへ寄って行っただけで、フルーツの甘い香りが誘う。これに誘われて、人間だけでなく、ミツバチやアシナガバチなども、寄って来るそうだ。今年は、どれにしようかな、葡萄は季節のものだから入れるとして、もう一つ酸味の強いのを入れると美味しくなるらしい。Img_4439 ところが、M氏によればコンフィチュールにはそのような倫理観はまったくないのだそうで、好みのものを選ぶように客に勧めていた。それで、松本にいた小学校時代に、友人の豆腐屋さんの店先にたわわになっていたイチジクを思い出し、Img_4445 これに決めたのだ。それぞれ生でちょっと味わっておき、いつものようにスケールに鍋を置き、まずイチジク70グラム、そして葡萄を130グラムくらい、砂糖を4分の1位に軽く止めて、泡がちょっと粘性を持つくらいに煮込む。Img_4441 この止めどきが勝負らしい。見事な出来上がりだ。昨年もそうだったが、作っていると、必ず観客ができてくる。そして、ちょっと一緒に味わうと、自分もやってみたくなるのだ。Img_4454 わたしの次には、この白いシャツの女性が挑戦することになった。

Img_4447 木工のS氏と、北欧の推理小説について話している時に、目の充血を指摘された。朝から、さらに進んで、横一列にさっと血走った眼になっていたのだった。それで、今日はこれにて退却ということにして、ピクニックの会場を離れ、懐かしい地元の源池小学校に立ち寄り、家路に着いた。Img_4453

2016/10/11

青山のグルニエと編集者パーキンズ

Img_1565 かねてより約束のあった原稿提出の日だ。出版社のT氏と青山で会うことにしていた。久しぶりに東横線に乗って、渋谷を経由して、半蔵門線で表参道へ出る。大学院生時代には渋谷に住んでいたし、青山には友人もいたし、さらに英国トラッドのレコード屋さんがあったので、比較的よく表参道へは出ていた。それで、飲んだ後には喫茶店へ入ることが多かった。

Img_1567 けれども、今日待ち合わせている喫茶店「レジェ・グルニエ」には、よく前を通っていたにもかかわらず、看板がないため目立たず、入ったことがなかった。以前集中講義を行っていたとき、甲府にある喫茶店のご主人から聞いてようやく知った喫茶店だ。1972年設立とのことで、凝った白かべの内装はタバコのヤニで貫禄が出ており、さらに組み木の梁なども黒光りして、素敵だ。

Img_1564 先日、NHKで石津謙介のVAN物語を描いていて、青山を中心とした街の一時代がわかった。それから、かなりの変遷があり、わたしの学生時代からもさらに青山は変貌を遂げていると思われる。この喫茶店の横丁は、雑多な店が並んでいるところが良いのだが、次第に小綺麗なショールームが多くなりつつある。

Img_1563 喫茶店の一番奥のテラスに面した特等席が空いていた。チョコレートケーキとブレンドを頼んだ。ほどなくT氏が現れたが、現在来年まで10冊ほどの編集を抱えていて、忙しそうである。これまで、2度ほど他の喫茶店を巡りながら、話を聞いてもらっているのだが、いつも空みやげ話ばっかりだったので、ようやくドンと原稿を渡すことができて、約束を果たせた。T氏の奥様が農業関係に関わっているとのことで、衰退産業というのか、希望産業というのか、いずれにしろ生産性の低い産業の雑談話に花を咲かせた。

Img_1569 原稿を出したその足で、銀座に出た。映画を見ようということだが、まずは腹ごしらえということで、映画の前の小腹が空いた時に入るのが、この近辺であれば、この店「吉祥」だ。ここの「鶏だしソバ」というラーメンが美味しい。鶏の出汁なので、薄味風に見えるのだが、塩はしっかり効いている。お腹がいっぱいになってしまうと、眠気が出るので、この程度で満たしていくのが良いのだ。

Img_1572 映画「ベストセラー(原題:Genius)」を観る。コリン・ファースが編集者パーキンズを演じていて、抑え目な人格の編集者役をうまくこなしていた。じつはこの映画は、1980年代に日本で翻訳され出版されていた本が原作となっている。当時、すでにこの本を読んでいて、たいへん面白かった印象を持っていた。その後、ニューヨークへ資料収集に行った時も、この本の舞台となった出版社であるスクリュブナー社へも訪れたような気がする。本を読んだ時には、パーキンズが育てたベストセラー作家トム・ウルフが、毎日手書き原稿を書き、夕方にはタイピストに渡し、次の日にはまた手書きする、という流行作家の場面に感激した。日本でも、まだワープロは今日ほど普及しておらず、タイプライターというものの役割が絶大だった時代なのだ。

映画の中でも、トム・ウルフが手書き原稿を木箱いっぱいに持ち込んで、それを端から数人のタイピストが活字原稿にしていく様子が描かれていた。おそらく昔であれば、これはかなり感動的なシーンのはずだ。今日のように、ワープロ・コンピュータの時代であれば、みんな自分で入力するのが当たり前なのだが、それによって消えてしまったタイピストという職業と、それから手書き原稿へのロマンが懐かしい。今日でもワープロを使わない作家は存在するが、わたしが本を読んだ八十年代でも、まだまだ原稿の清書業が成り立っていたように思う。だから、この40年間の間に感動のシーンがかなり変わってしまったのだ。

この時代というのは、編集者という役割が重要となった時代と言って良いのではないか。つまり、前の時代にディケンズのような作家という職業ができて、まずは小説家・生産者からの「小説という世界」が生まれたのだといえる。次に、そこに読者の世界が存在しなければ、小説家も存在しないことになるから、読者の側の「小説という世界」が広がるのだ。そして最後には、この小説家と読者を結びつける、編集者という役割が重要になったのだ。編集者パーキンズを見ていると、この時代にそれが起こったのだと思わせるものがあるのだ。うろ覚えで申し訳ないのだが、確か本の中では、このパーキンズが編集者向けの講座を持っていた描写があったような気がする。つまり、教育が始まるという事態が起これば、それは社会現象として、認められたということだろう。

2016/09/21

松本ロケ取材の日

Img_4097 台風一過というわけにはいかないという現実的なメールをいただいたが、台風が過ぎても、今日も雨が降ったり止んだりしてはっきりしない天候だ。昨夜は台風16号が本州を縦断して、信州もあずさ号やしなの号のJR特急列車が午後からすべて運休になった。主任講師のS先生とロケスタッフの方々は、準備が良いことに、あずさ号が止まる前に、松本入りしていたとのことだった。

Img_4069 朝、早く起きて、ロケ先へ向かおうと百メートル歩いたところで、忘れ物に気がついた。カメラを部屋へ置き忘れてきたのだ。この年になると、忘れたことを憂いたら良いのか、それとも思い出したことを喜ぶべきなのか、わからなくなるところがあるのだ。ここにこれだけの写真が残っているのを見るにつき、やはり思い出したことを喜ぶべきなのだろうと楽観しておこう。

Img_4074 ロケ取材先の工芸店「グレインノート」前の中町通りにディレクターのTさんとカメラマンのOさんが出て、打ち合わせをしていた。グレインノートの奥様に挨拶をして、さっそく二階へ上がり、インタヴュー相手のS氏と、それから TさんとOさんと、収録順序を決めていく。この「グレインノート椅子展」は参加メンバー25名で、9年前から始まったということで、今回は40の椅子が出展されている。この椅子とこの椅子と・・・・とS氏と選んでいくと、思わず椅子の数がかなりの量になっていく。また、Tさんへご面倒をおかけすることになりそうだが、この内容については来年の4月から始まる授業科目「色と形を探究する」を見ていただければと思う。

Img_4103 先日打ち合わせておいたところで、その後思いついたことがあって、インタヴュー内容が次々に変わっていく。せっかく、TさんとOさんが綿密に打ち合わせしてくださって確定していたところなのだが、カメラマンの方が一番困る場面だ。しかし、Oさんは苦もなく次々に難問を解決して、最も良い撮影状況を作り出してくださった。その頃までには、このギャラリーに並べられていた椅子たちも、こちらの雰囲気を受け入れてくれたらしくて、前へ押し出されるように、次々と出てきてくれた。すべての点にコメントできなくて、椅子たちごめんなさいね。

Img_4102 「人と物」との相関関係は、消費経済論の中心的なテーマなのだが、これまで貨幣価値に引き摺られた表現しかできなかった。貨幣価値から遊離することで、今回はかなり自由な「人と物」関係についてコメントできたのではないかと、自分なりに思ったのだった。

Img_4019 ところが、実際に今回の椅子展で面白かったのは、言葉では説明できないが、ほんとうに面白いとみんなが感じるような椅子がいくつか登場した点だ。自分の中では、説明できるのだが、しかしながら、この写真のM氏の椅子のように、自分の言葉を超える椅子があることも事実であるのだ。椅子展で、今回興味深いと思われる点は、途轍もないような、想像力を超える椅子がありうるということを示していることだ。この写真のものを一目見て、どのように座るのかを想像できる人はいるだろうか。このような例は一例にすぎない。この作家たちの参加意識たるや、素晴らしいものがある。きっと作家たちは、個人的にそれぞれ頑張っていると思われるが、やはりこのような発表の場が存在することが重要であることは否定できない。椅子を届けに来た作家たちの顔を見ていると、それが何となくではあるのだが、わかる気がしてきたのだった。

Img_4166 午後から、松本市の郊外にあるS氏のベロ工房へ連れて行ってもらった。街道から急な坂道をぐっと上がったところにあって、古い農家の納屋を改造した、前面が全部ガラス窓になっている明るい作業場だ。Img_4158 作業台が一台置かれていて、道具類がぐるっと壁に並べられており、さらに暖房用のストーブ、S氏は木屑の焼却用とおっしゃっていたが、薪ストーブが置かれている。アトリエという感じのする工房だ。ここで説明していただいた、「Uアームチェア」の構造と組み立てを見せていただいたのだ。Img_4107

より以前の記事一覧

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。