カテゴリー「仕事と趣味」の投稿

2017/01/08

京都御所の隣、新島会館でゼミを開催する

Img_5747 宿を京都の四条にとっていたので、寺町通りへ出て、ひたすら北へ上っていく。京都市役所の横を抜け、喫茶店エイトの前を通り、二条通りを超えると、左に三月書房があり、右に明日行こうと考えている民芸品店がある。Img_5748 これらを眺めながら、御所の南へ出た。そこからすぐのところに、新島襄・八重の旧宅に隣接して、今日のゼミが開かれる新島会館があるのだ。着くとすでに5名の方々が準備を行なっていて、程なくみんな到着して、総勢20数名のゼミ開催となったのだ。

 

Img_5744 大学の外でゼミを開くことに、わたしはずいぶんと、これまでこだわってきた。毎月開かれるゼミは、日常的な作業の報告に費やされて、それをチェックするだけで精一杯だ。ところが、一歩外へ出てゼミを開くと、非日常的な発表を行わなければならない、という心境になってくれる。発表するという意識が表に出て、他者を説得しなければならないという要素が濃厚になる。通常のゼミでは時間制限がないような議論ができたのであるが、外でのゼミでは20分ぴったりで終えなければならないので、表現が絞まる必然性が出てくるのだ。Img_5737 それで、これまでと違った発表を行うことになる。先生がたや先輩たちが聞いていることに対する緊張感も重要だ。ちょうどM1の人びとが先行研究の整理を終え、M2へ進み、論文を書く体制への転換期になっていることも関係して、外に出てのゼミの効果がちょうど出てくるのだと思われる。

 

Img_5752 今回の冬季ゼミのテーマは、論文の中核となる部分を発表するということになっていたので、ゼミではかなり本質的なところが出てきていたと思う。昨日と同様、参加学生以外に、I先生、S先生、A先生、それから今日だけ参加のS先生に加えて、OBのY先生、Hさん、Yさん、Fさんの8名参加し、さらにM2のAさんともうひとりのAさんも議論に加わってくださった。したがって、M2の方々2名の報告(成年後見制度論とセカンドキャリア論)を含めて、12本の発表が行われた。相変わらずの多彩なテーマが並んだのだ。

 

ナチス政権と民主主義体制

地域の変容と公的・民間セクターの役割

中国の対日経済交流と政経分離

スローシティとまちづくり

日本の社会政策と労働

地方圏学生の地元志向

地域とソーシャルキャピタルの育成

総合交通体系と民間航空の役割

地域の生活時間と余暇活動

宗教における社会貢献活動

 

Img_5739 今後、今日発表した論文の「山場」となる議論を中心として、順調に肉付けを行なっていってほしいと願った次第だ。最後のあいさつでは、先生がたの指摘はいつもながら鋭かったし、最後に聞いた参加者の同期の方々への反省の言葉も容赦なかったので、参加した皆さんの心の中には、かなりの蓄積物がお土産として止まったことだと思われる。この辛口の応酬にめげず、それを糧として、後半戦でも頑張っていただきたい。

 

Img_5759 さて、程よい時間になったので、懇親会の開かれる料理屋チェーンの店へ行く。歩いて、10分程度だ。あいにく雨が降ってきた。目的の場所は、京都の繁華街である木屋町を流れる高瀬川の源流の場所だ。江戸時代の豪商角倉了以の旧邸があったところで、さらに明治時代には、山縣有朋が第二無鄰菴を構えていたところである。Img_5763 あちこちに、石の標べが立っているので、それと知らされる。庭を鴨川から取水した水路が通っていて、それが高瀬川へ流れ込んでいる。それを利用した日本庭園が作られている。庭の起伏は意外に激しくて、池が作られているように見えるのだが、これが流れているのが特徴で、むしろ川が通っているという印象なのだ。取水を利用した庭の典型例だと思われる。


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Img_5779 懇親会なので、非公式なおしゃべりが主体になるのだが、真面目な方は、昼間の議論を思い出して、さらに突っ込んだ議論を繰り広げている方々もいらっしゃって、多彩な懇親会となった。    わたしもいくつかの相談を受けることになったのだが、すでに料理が回り、お酒も十分に入っていたので、相談への対応がきちんとできたのかは、少し心配になる。Img_5783 本当のところ、懇親会もゼミの重要な一貫と考えているので、真面目な相談も歓迎したいところだ。懇親会の幹事のOさんとTさんと教育支援者のKさんには、たいへんご面倒をかけたが、おかげさまで会はたいへん盛況だった。Img_5786 Img_5785 Img_5784

 

Img_5794_2 二次会は、この店の料亭風の門を出て、高瀬川沿いに十数メートル下ったところにあるカフェへ入って行うことになった。この店は、友人のK君が存命中によく一緒に来て議論した場所でたいへん懐かしい。Img_5795 店のオーナーは変わってしまったけれど、たっぷりしたコーヒー碗があって、チョコレートケーキを一緒に取ったのだ。ゼミOBYさんは、昨日の夜行バスできて、朝の京都タワーで風呂を浴び、今日も夜行バスで東京に帰るのだそうだ。Img_5799 このような行動ができるのであれば、京都合宿もそれほど重荷ではない。彼はバスの時刻まで、時間を潰す必要があるとのことだった。雑談の内容は、最近よく話題になる「働き方」の話になって、10時を過ぎるまで議論が続いた。外でのゼミの効用は、夜がたっぷり使えるというところにもあるのだ。


Img_5809_2 宿への帰り道、麩屋町辺りに画廊やギャラリーが並んでいて、麩屋町ギャラリーのいつものオランダタイルも素敵だったけれども、現代画家のギャラリーのゼロ年代世代作家のものも、かなり目立ったのだ。数百万円の値段付きで飾られていた。今の心境は議論をしてスッキリしていたからこのようなものではなかったけれども、今日の天気はこのような感じの空模様だったので、掲げておくことにしよう。



2017/01/07

今年の仕事始め

Img_5729 今年の仕事初めも、例年通り京都からだ。修士論文の面接審査と大学院ゼミナールなどで出張なのだ。京都に来て、修論を読む以外にも、お正月早々良かったことがある。12月初旬頃から、老化に因る右膝の痛みがずっと続いていて、朝起きての階段下りでは、膝を曲げることが難しくなっていた。きっと水が溜まっているのではとは思っていたのだ。ところが、京都に来て、一日目は痛かったのだが、二日目の朝からほぼ痛みを感じなくなり、階段も楽に上り下りすることができるようになったのだ。Img_5736 重い荷物を持ったのが良かったのか、水が良かったのか、それとも、行いが良かったのか、いずれにしてもこの旅の何かが膝に良かったことは間違いない。1ヶ月で治ったのを考えると、五十肩のようなものだったのかもしれない。今年の仕事も、おそらくこのように老化との並走ということになるに違いないのだと覚悟を決める。

 

Img_5734 まず、修論審査を行った。修論を提出した学生たちに「キャンパスプラザ京都」へ来てもらって、朝から一人30分くらいずつの間隔で審査を行った。それぞれ指導教官が異なっていて、島根大学のI先生、近畿大学のS先生、同じくA先生にお願いしている。先生がたには、毎年お正月を潰させてしまって、申し訳ないと思っている。けれども、学生にとっては二年間の成果が現れる時だ。タイから一時帰国して駆けつけて来た学生もいる。沖縄の赴任先から、このために来た学生もいる。やはり、力の入った論文を読むのは、先生がたにもわたしにも、かなりの喜びをもたらすのだ。完成したという感覚は、互いに議論していて、何ものにも代えがたい。Img_5721 借りたキャンパスプラザの研修室の時間ギリギリまで、審査を行ったのだった。印象深かったのは、「多面的機能支払」に関するTさんの論文だった。わたしのテキストから「フォーマル化作用」を使ってくださっているのだが、今回はそれに、E・オストロムの「プーリング作用」も解釈して加えていて、もう一押しで素晴らしい論文になるような予感がしたのだった。

 

1 夕方には、審査が終了して、ポッと時間が空いた。こんな時には、やはり四条の京都シネマへ足が向く。今年度の「出張先で映画」初めは、硬いところで、「ヒッチコック/トリフォー」を選んでいたのだが、昨日尊敬している友人のツイッター批評を見ていたら、「こんな対談だったら、ヒッチコックとトリフォーである必要はない」などという酷評が書かれていたので、急遽見るのをやめることにしたのだった。

 

観たのは、原題が「フーシ(Fusi)」という、アイスランド映画だ。英語原題が「バージン・マウンテン(Virgin Mountain)」、邦題が「好きにならずにいられない」だった。次第に改題・改悪されていくのがわかる。それにしても、とりわけ最後の「好きにならずにいられない」はまったく内容と合っていない、酷い題名だと思う。2番目の題名も、「山のような男が女性に無垢であった」という意味を比喩的に表していて、なんとなくわかる気もするのだが、ちょっとからかっているような響きが気になる題名だ。やはり、全体を表しているのは、「フーシ」という題名だと思われる。この一人の男が映画の中心なのだから。

 

Img_5720 太っていて背が高い大男「フーシ」は40代独身で、母親と暮らしている。空港で荷物の積み下ろしの仕事を行なっている。この場面から始まるのだ。広大な空港で、荷物車が一台進んでいくという場面が良い。アイスランドの寒く荒涼とした中での「孤独」を表しているシーンだ。職場では、同僚から馬鹿にされ、苛められている。けれども、オタク的趣味として第二次世界大戦の模型で戦争ごっこを行うのを楽しみにしている。このオタクの友人が不思議な人であり、また職場の上司の対応がふつうで面白い。孤独なのだが、まったく孤独なわけではないし、本人は孤独で悪いとは思っていない。ある日、母親の愛人からダンス教室の切符をもらう。彼はダンス教室の帰り、横殴りの雪嵐の中で、一人の女性「シェヴン」と出会う。彼女は花屋で働いているのだが、精神的な問題を抱えている。ここから、フーシの物語が始まることになる。あとは、映画を観て欲しい。

 

Img_5709 アイスランド的孤独とでもいうのであろうか。孤独とはなんなのか、ということがテーマの意図なのだが、それが少しずつ伝わってくる。雪に閉ざされ、心を閉ざして、部屋にも出ることができずに、レストルームで孤独を感ずる。アイスランドでは、このような個人的事情は当たり前に起こることであるようだ。それはフーシの上司の態度でもわかるし、シェヴンの勤め先の花屋の主人の言葉でもわかる。ごみ収集の仲間でも、一歩間違えば、このような状況が存在することになりそうだ。

 

 

Img_5713 その中で、フーシのあり方は淡々としていて、最初は消極的に見えるのだが、観ていくうちに、意外に積極的にみえてくるから不思議なのだ。孤独であっても、孤独を積極的に生きることは可能だということだ。孤独にも色々な孤独があって人好き好きだとは思うのが、孤独の多様な類型を確かめ、このような孤独のあり方もありうるということを追求した稀有な映画だと思う。日本語の題名はいただけないのだが、それ以外はとても良い映画だった。今年の映画は豊饒になる予感があって楽しみだ。宿への途中、パンの「志津屋」の元祖ビーフカツサンドを頬張りながら映画を反芻したのだった。夜のコーヒーは、京都駅地下店で買った小川珈琲のガテマラだ。

2016/12/01

今年行った面接授業の全体結果について振り返った

Img_1707 今回の札幌での面接授業を終えると、「アーツ&クラフツ経済社会入門」と題した、今年度の面接授業、すなわち宮崎学習センターから始まり、山形学習センター、長野学習センター、そして北海道学習センターの4回の授業が完結することになる。今回の札幌での面接授業では、特色のあるいくつかの課題を設定していたのだが、これらの4学習センターに共通する課題もあり、それぞれの学習センターの学生の皆さんに、4回が終わったら、全体結果を公表することを約束していた。じつに、6月に始まって、11月までかかったことになる共通課題があるのだ。

Img_5180 4回がめでたく終了したので、ここに共通課題の結果を公表しておきたい。それは、アーツ&クラフツ(美術工芸)におけるデザインの傾向についてであり、具体的には「機能主義と装飾主義」という傾向が、参加した学生の方々に、いかに認識されるのかという点についてアンケート調査を行ったのだ。「椅子」という日用品クラフツを取り上げ、近代に注目された椅子群を学生の方々に見てもらって、何が「機能主義」的で何が「装飾主義」的なのかを感じてもらおうという趣向だった。おおよそ90名弱の方々に、43脚の椅子にそれぞれ点数をつけてもらって、学習センターごとに集計し、さらに今回4学習センター全体、すなわち80数人の集計結果がまとまった。受講した学生の方々には、当日配った43脚の写真資料を片手に、この全体結果と学習センターごとの差異を比較して、楽しんでもらえればありがたいと思う。

次の表でわかるように、機能主義的だと全体結果から示されたのは、チャドウィックの事務椅子、ブロイヤーのパイプ椅子、北欧デザインのウェグナー椅子などだ。チャドウィックの椅子には、人間工学的で仕事がはかどりそうだ、ブロイヤー椅子には、シンプルで持ち運びに便利そう、などという学生の感想があった。ブロイヤーの椅子に現れているように、バウハウス的な機能主義が椅子に現れている。

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それから、装飾主義的だと認識された椅子は、ウェブの貴族趣味のベンチ、ウィリアム・モリスの装飾椅子、アールヌーボーのガレ椅子などが選ばれた。美術品・芸術品にも匹敵するという感想のあったウェブの椅子、花の模様が彫刻されたガレの椅子などが、装飾的だと学生に判断されていた。アーツ&クラフツ運動やアールヌーボーの影響がこれらの椅子には、顕著に現れている。

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6月、8月から待ってくださった学生の方、そして、今回の札幌の学生の方々に感謝申し上げる次第だ。さて、今回の札幌訪問には、もう一つの目的があり、決して出張費を無駄にしない精神にあふれている。・・・のかな。ちょうど、あと3週間で、修士論文の締め切りが来るのだ。それで、現在M2の方々から毎日のように書き換えられた草稿が到着している。M2の東京のAさんからは、旅行予定があるらしく、直前の原稿が札幌へ出発するときに後を追ってきたのだ。そして、札幌のAさんも修士論文締め切り間近に迫っており、今回の出張の目的の一人であるのだ。つまり、論文の研究指導という目的も今回の出張には含まれている。

Img_5233 二日目の夜になって授業が終了し、北大にある学習センターから駅や道庁を経由して、途中で今年文書館が改修されて、お菓子屋さんになったという古いビルや、さらに札幌市の資料館のライトアップなどを見学しつつ、植物園横の老舗の喫茶店「倫敦館」に落ち着くことにする。Img_5236 Aさんが高校生時代によく利用していたのだそうだ。勉強する学生や、読書する学生の似合う喫茶店だ。二日間も喋っていると、ついさらにおしゃべりしたくなってしまって、Aさんの修士論文のこともさることながら、Aさんが北海道学習センターでの別の発表も抱えているとのことで、議論する種は尽きなかった。Img_5235 そうは言っても二時間が経つほどに、外はしんしんと冷えてきて、目の前をスピードを上げて走っていた自転車が見事に転ぶほどに、道路も凍ってきており、明日も研究指導の時間を取ってあるので、ほどほどに切り上げて、今日のところは大通公園へ出ることにした。

Img_1683 テレビ塔を囲んで、「White Illumination」というイルミネーションの催しが36回目を迎えて、観光客を集めていた。Img_5250 とりわけ、一番はしっこに位置していた8丁目会場には、ドームシアターが設置されていて、大きな万華鏡にみんな見入っていた。小さな時に見たような万華鏡の飽きることない模様の変化を堪能した。Img_5252 なぜ万華鏡は飽きないのだろうか。二つとして、同じ模様にはならないというところが、現実に似ているからなのだろうか。しばし面接授業の疲れを忘れて、見入ってしまった。

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ドームシアターの映像は、こちらから。

2016/10/15

まつもとクラフト・ピクニックへ行く

Img_5100 朝、横浜を出て、新宿へ向かう。あずさ5号へ乗って、松本へ。このところ、卒論や修論の仕上げの季節を迎えて、連日次々と、草稿が届く。旅行に仕事を持ってくるのは、止めたいので、どうしても徹夜に近い作業を前日に行ってしまうことになる。加えて、「社会経営ジャーナル」の編集も少しずつだが行い始めているのだ。だから、朝の眠気を覚ますために、特別あつらえの珈琲をポットに用意しての旅行となった。Img_4462 この負荷が激しかったらしく、途中から目が充血していたらしい。そうとは知らず、あずさ号の中では、推理小説に集中してしまったのだ。目に良いわけがない。本人にだけ目の充血はわからないのだ。

Img_4255 松本へ着くと、さわやかな青空が広がっていた。クラフト・ピクニック日和だ。駅の観光案内で、ピクニックの出展者リストをもらい、その足で中町通りの「グレインノート」へ挨拶に行く。奥様と話をしていたら、目の前の棚にある田中一光氏の陶器を手にとって、コーヒー茶碗の色を確かめている女性客がいらっしゃった。この仕草は、実はわたしもこの店に来るたびに行う動作なので、同じ趣向の方がいるな、と思ったのだ。Img_4256 たっぷりした藍色のカップが定番として、いつもは棚に飾られているのだが、ここ半年ほどは、田中氏の体調が悪いということで、出品されていない。それで、黒色のカップが並んでいるのだが、色が紛らわしいので、つい手にとって確かめてしまう。

Img_4260 なぜ同じ趣向の人がいるのだろうと思うのだ。これまで、それは趣味の問題だということにして、このような感性の問題にはなるべく関わらないようにしてきたのだが、同じように好きだ、という感性は、考えてみるまでもなく、改めて不思議な現象なのだ。何らかの「同調」が、境遇の異なる人の中で、同じく起こっているという現実が存在するのだ。

Img_4259 昨年よりも、遅い電車だったので、今年はまずは腹拵えをしてから、ピクニック会場へ向かうことにする。喫茶店「chiian」を考えたが、夕方まで少しあるので、少しお腹にたまるものをと考えて、ブック&カフェの「栞日」へ向かう。ピクニックの行き帰りに寄る客が多く、外国からの女性客もいた。ご主人から、先日早稲田のO先生のブログを読んだ女性の方がいらっしゃいましたよ、と告げられる。Img_4320 栞日は、地域雑誌を中心に置いていて、ローカルな雰囲気を大事にしているが、だからこそ、ユニバーサルに受ける何ものかを持っている喫茶店だと思っている。このようなところに特色が現れるのだろう。O先生の卒業生が一人できても、旅の途中できっと休まるものを得られる場所なのだ。

Img_4263 9月に伺った「グレインノート椅子展」の作家のO氏、S氏、T氏、H氏がこのクラフト・ピクニックで出店しているので、それぞれ挨拶へ行く。とりわけ、今回は目的があった。来年わたしが出す本の中でO氏と、石の彫刻家のI氏に登場していただいているので、実名を使って良いかの許可を得たいと思ったのだ。プリントを見せて、いいですよ、と言っていただけた。

Img_4335_2 クラフト・ピクニックの特徴は、子ども世代の参加が多いところだ。もちろん、木工のグライダーや、木の汽車のおもちゃや、積み木などは、子どもに人気があるのはわかるのだが、本格的な椅子造りや、樽造りなどにも参加してきて、木の感触を楽しんでいるのが印象的なのだ。Img_4266 一年に一回のほんのちょっとしたことが、木工作家に結びつくかもしれないのだ。松本はバイオリン教室の多いことでも有名だが、わたしの経験からして、1万人に一人でも教室の最後に残り、さらに数万人の一人がようやくにしてプロを目指すことになるということから考えると、Img_4319 木工の場合にも、子どもの頃から親しんでも、この中から一人でも、木工を目指したいという子どもが出てきたら、それはそれで良いことだと思われるのだった。イベントの中で、徳島の樽職人が来ていて、木槌を持って、一緒に樽のタガを嵌める作業を行っていた少年・少女のたくましさに感動した。

Img_4307 今年も池の端に、M氏のコンフィチュールの店を出していたので、予約を入れる。そばへ寄って行っただけで、フルーツの甘い香りが誘う。これに誘われて、人間だけでなく、ミツバチやアシナガバチなども、寄って来るそうだ。今年は、どれにしようかな、葡萄は季節のものだから入れるとして、もう一つ酸味の強いのを入れると美味しくなるらしい。Img_4439 ところが、M氏によればコンフィチュールにはそのような倫理観はまったくないのだそうで、好みのものを選ぶように客に勧めていた。それで、松本にいた小学校時代に、友人の豆腐屋さんの店先にたわわになっていたイチジクを思い出し、Img_4445 これに決めたのだ。それぞれ生でちょっと味わっておき、いつものようにスケールに鍋を置き、まずイチジク70グラム、そして葡萄を130グラムくらい、砂糖を4分の1位に軽く止めて、泡がちょっと粘性を持つくらいに煮込む。Img_4441 この止めどきが勝負らしい。見事な出来上がりだ。昨年もそうだったが、作っていると、必ず観客ができてくる。そして、ちょっと一緒に味わうと、自分もやってみたくなるのだ。Img_4454 わたしの次には、この白いシャツの女性が挑戦することになった。

Img_4447 木工のS氏と、北欧の推理小説について話している時に、目の充血を指摘された。朝から、さらに進んで、横一列にさっと血走った眼になっていたのだった。それで、今日はこれにて退却ということにして、ピクニックの会場を離れ、懐かしい地元の源池小学校に立ち寄り、家路に着いた。Img_4453

2016/10/11

青山のグルニエと編集者パーキンズ

Img_1565 かねてより約束のあった原稿提出の日だ。出版社のT氏と青山で会うことにしていた。久しぶりに東横線に乗って、渋谷を経由して、半蔵門線で表参道へ出る。大学院生時代には渋谷に住んでいたし、青山には友人もいたし、さらに英国トラッドのレコード屋さんがあったので、比較的よく表参道へは出ていた。それで、飲んだ後には喫茶店へ入ることが多かった。

Img_1567 けれども、今日待ち合わせている喫茶店「レジェ・グルニエ」には、よく前を通っていたにもかかわらず、看板がないため目立たず、入ったことがなかった。以前集中講義を行っていたとき、甲府にある喫茶店のご主人から聞いてようやく知った喫茶店だ。1972年設立とのことで、凝った白かべの内装はタバコのヤニで貫禄が出ており、さらに組み木の梁なども黒光りして、素敵だ。

Img_1564 先日、NHKで石津謙介のVAN物語を描いていて、青山を中心とした街の一時代がわかった。それから、かなりの変遷があり、わたしの学生時代からもさらに青山は変貌を遂げていると思われる。この喫茶店の横丁は、雑多な店が並んでいるところが良いのだが、次第に小綺麗なショールームが多くなりつつある。

Img_1563 喫茶店の一番奥のテラスに面した特等席が空いていた。チョコレートケーキとブレンドを頼んだ。ほどなくT氏が現れたが、現在来年まで10冊ほどの編集を抱えていて、忙しそうである。これまで、2度ほど他の喫茶店を巡りながら、話を聞いてもらっているのだが、いつも空みやげ話ばっかりだったので、ようやくドンと原稿を渡すことができて、約束を果たせた。T氏の奥様が農業関係に関わっているとのことで、衰退産業というのか、希望産業というのか、いずれにしろ生産性の低い産業の雑談話に花を咲かせた。

Img_1569 原稿を出したその足で、銀座に出た。映画を見ようということだが、まずは腹ごしらえということで、映画の前の小腹が空いた時に入るのが、この近辺であれば、この店「吉祥」だ。ここの「鶏だしソバ」というラーメンが美味しい。鶏の出汁なので、薄味風に見えるのだが、塩はしっかり効いている。お腹がいっぱいになってしまうと、眠気が出るので、この程度で満たしていくのが良いのだ。

Img_1572 映画「ベストセラー(原題:Genius)」を観る。コリン・ファースが編集者パーキンズを演じていて、抑え目な人格の編集者役をうまくこなしていた。じつはこの映画は、1980年代に日本で翻訳され出版されていた本が原作となっている。当時、すでにこの本を読んでいて、たいへん面白かった印象を持っていた。その後、ニューヨークへ資料収集に行った時も、この本の舞台となった出版社であるスクリュブナー社へも訪れたような気がする。本を読んだ時には、パーキンズが育てたベストセラー作家トム・ウルフが、毎日手書き原稿を書き、夕方にはタイピストに渡し、次の日にはまた手書きする、という流行作家の場面に感激した。日本でも、まだワープロは今日ほど普及しておらず、タイプライターというものの役割が絶大だった時代なのだ。

映画の中でも、トム・ウルフが手書き原稿を木箱いっぱいに持ち込んで、それを端から数人のタイピストが活字原稿にしていく様子が描かれていた。おそらく昔であれば、これはかなり感動的なシーンのはずだ。今日のように、ワープロ・コンピュータの時代であれば、みんな自分で入力するのが当たり前なのだが、それによって消えてしまったタイピストという職業と、それから手書き原稿へのロマンが懐かしい。今日でもワープロを使わない作家は存在するが、わたしが本を読んだ八十年代でも、まだまだ原稿の清書業が成り立っていたように思う。だから、この40年間の間に感動のシーンがかなり変わってしまったのだ。

この時代というのは、編集者という役割が重要となった時代と言って良いのではないか。つまり、前の時代にディケンズのような作家という職業ができて、まずは小説家・生産者からの「小説という世界」が生まれたのだといえる。次に、そこに読者の世界が存在しなければ、小説家も存在しないことになるから、読者の側の「小説という世界」が広がるのだ。そして最後には、この小説家と読者を結びつける、編集者という役割が重要になったのだ。編集者パーキンズを見ていると、この時代にそれが起こったのだと思わせるものがあるのだ。うろ覚えで申し訳ないのだが、確か本の中では、このパーキンズが編集者向けの講座を持っていた描写があったような気がする。つまり、教育が始まるという事態が起これば、それは社会現象として、認められたということだろう。

2016/09/21

松本ロケ取材の日

Img_4097 台風一過というわけにはいかないという現実的なメールをいただいたが、台風が過ぎても、今日も雨が降ったり止んだりしてはっきりしない天候だ。昨夜は台風16号が本州を縦断して、信州もあずさ号やしなの号のJR特急列車が午後からすべて運休になった。主任講師のS先生とロケスタッフの方々は、準備が良いことに、あずさ号が止まる前に、松本入りしていたとのことだった。

Img_4069 朝、早く起きて、ロケ先へ向かおうと百メートル歩いたところで、忘れ物に気がついた。カメラを部屋へ置き忘れてきたのだ。この年になると、忘れたことを憂いたら良いのか、それとも思い出したことを喜ぶべきなのか、わからなくなるところがあるのだ。ここにこれだけの写真が残っているのを見るにつき、やはり思い出したことを喜ぶべきなのだろうと楽観しておこう。

Img_4074 ロケ取材先の工芸店「グレインノート」前の中町通りにディレクターのTさんとカメラマンのOさんが出て、打ち合わせをしていた。グレインノートの奥様に挨拶をして、さっそく二階へ上がり、インタヴュー相手のS氏と、それから TさんとOさんと、収録順序を決めていく。この「グレインノート椅子展」は参加メンバー25名で、9年前から始まったということで、今回は40の椅子が出展されている。この椅子とこの椅子と・・・・とS氏と選んでいくと、思わず椅子の数がかなりの量になっていく。また、Tさんへご面倒をおかけすることになりそうだが、この内容については来年の4月から始まる授業科目「色と形を探究する」を見ていただければと思う。

Img_4103 先日打ち合わせておいたところで、その後思いついたことがあって、インタヴュー内容が次々に変わっていく。せっかく、TさんとOさんが綿密に打ち合わせしてくださって確定していたところなのだが、カメラマンの方が一番困る場面だ。しかし、Oさんは苦もなく次々に難問を解決して、最も良い撮影状況を作り出してくださった。その頃までには、このギャラリーに並べられていた椅子たちも、こちらの雰囲気を受け入れてくれたらしくて、前へ押し出されるように、次々と出てきてくれた。すべての点にコメントできなくて、椅子たちごめんなさいね。

Img_4102 「人と物」との相関関係は、消費経済論の中心的なテーマなのだが、これまで貨幣価値に引き摺られた表現しかできなかった。貨幣価値から遊離することで、今回はかなり自由な「人と物」関係についてコメントできたのではないかと、自分なりに思ったのだった。

Img_4019 ところが、実際に今回の椅子展で面白かったのは、言葉では説明できないが、ほんとうに面白いとみんなが感じるような椅子がいくつか登場した点だ。自分の中では、説明できるのだが、しかしながら、この写真のM氏の椅子のように、自分の言葉を超える椅子があることも事実であるのだ。椅子展で、今回興味深いと思われる点は、途轍もないような、想像力を超える椅子がありうるということを示していることだ。この写真のものを一目見て、どのように座るのかを想像できる人はいるだろうか。このような例は一例にすぎない。この作家たちの参加意識たるや、素晴らしいものがある。きっと作家たちは、個人的にそれぞれ頑張っていると思われるが、やはりこのような発表の場が存在することが重要であることは否定できない。椅子を届けに来た作家たちの顔を見ていると、それが何となくではあるのだが、わかる気がしてきたのだった。

Img_4166 午後から、松本市の郊外にあるS氏のベロ工房へ連れて行ってもらった。街道から急な坂道をぐっと上がったところにあって、古い農家の納屋を改造した、前面が全部ガラス窓になっている明るい作業場だ。Img_4158 作業台が一台置かれていて、道具類がぐるっと壁に並べられており、さらに暖房用のストーブ、S氏は木屑の焼却用とおっしゃっていたが、薪ストーブが置かれている。アトリエという感じのする工房だ。ここで説明していただいた、「Uアームチェア」の構造と組み立てを見せていただいたのだ。Img_4107

2016/08/14

お盆と椅子の日々(2)

Img_4628 今日は、妹夫婦が釣りに行くというので、成果を待っていたところ、この近くの川の上流で、ご主人が見事に岩魚を釣ってきた。これは今晩のおかずにすることにして、それで昼食は蕎麦にしようということになり、この一本道を北アルプスに向かった。道路を道なりに一直線に行くと、日向山地区があり、その地域からさらに山奥へ進んでいくと、蕎麦屋が見えてくる。

Img_4621 じつはその手前には、黒部ダムの観光へ行く人たちの予備の駐車場が設けられている。こんな山奥で、さらにこの予備の駐車場でさえ、こんなに何千台もたまっていて満杯の状況なのだ、この自動車文化の極致と言えるような状況を、こんな山奥で体験するとは思わなかった。自動車文明を超える論理を展開できていない、現代の状況についてゾッとした感触を受けたのだった。もちろん、展開できない原因は明らかで、複雑性が増しているために表には現れてこないことが数多くあるためであり、それはわたし自身にとっても認識不足でお恥ずかしい限りなのだ。

Yamagatachair この蕎麦屋の隣に、5月に工芸店「グレイン・ノート」で個展を開いていた、Y氏の工房「木楽工房」がある。一度は訪れてみたい場所だった。木造二階建ての工房と、昨年まで喫茶店だった平屋のショールーム、さらに住宅と連なる建物が街道沿いに建てられている。奥様が外で作業をなさっていたので、声をかけて、Y氏を呼んでいただく。仕事の邪魔になるならば、出直そうと考えていたのだが、幸い笑顔で工房へ導き入れてくださった。

http://www.kirakukoubou.com/

Img_4622 二つの点で興味津々の話を伺うことができた。一つは、椅子修理の話である。30年前に作られた、居酒屋用の民藝椅子がこの工房に5脚運び込まれていた。修理の注文だということだ。全部で40脚の椅子の修理作業を行わなければならないという、珍しいところに遭遇したのだ。このような修理作業の現場には滅多に遭うことはないので、幸運だった。民藝椅子の特徴は、すべてミズメの木製で、金属の木螺子などはまったく使用されていない点にある。それで、修理の中心は乱暴に使われたために、「ほぞ」が緩んでしまったところの組み直しと、Y氏が得意とする座編みの編み直しだ。ここで、興味深かったのは、椅子の大方の設計構造はほぼ同じなのだが、「ほぞ」の組み方が職人によって異なるという、違いが見えてきたという点だった。これだけならば、それほど興味深いとは思われないのだが、実際に椅子というものは、「ほぞ」同士が交差するところなどのような、見えないところにこそ、手仕事の緻密さが出ているのが説明を聞いていてわかった次第なのだ。

Img_4623 もう一つは、文字では表すことが難しい椅子の構造の話だ。Y氏の独自に創作する椅子は、立木を鉈で割ったような柱の仕上げになっている。もちろん、細部は丁寧に鉋かけしてあるので、すべすべした感触なのだが、全体として荒々しさという点を強調する作りだ。それで、この荒々しさを残しつつ、しかも曲線の滑らかさを取り入れるにはどのようにしたら良いか、という工夫をお聞きしたのだ。この辺になってくると、設計図にはなかなか残すことが難しいし、もし図面に起こそうとするとたいへん面倒臭い表現になってしまうために、話はすごくわかりやすいのだが、客観的にはどのように記述したら良いだろうか、と迷ってしまうところなのだ。上下左右のバランス感覚の問題であり、頭から手仕事へつながる、曖昧な想像力が発揮される部分だ。

Img_4624 とりわけ、座板と肘木が後ろの脚と結合される部分の話が面白かった。見る人が見れば、「なるほど」ということになるのだそうだが、おそらく座る人はそこまで意識して座る人はいないだろうということだった。Y氏の表現が秀逸で、「二次元の素材を三次元の素材として利用する方法」なのだそうだ。これでわかってしまう人びとがいるということを知って、この世界の懐の深さを思い知ることになったのだった。9月に行われるグレインノートでの椅子展にも2点ほど出品なさるそうなので、楽しみにしたい。

Img_4613

2016/08/13

お盆と椅子の日々(1)

Img_4550 お盆とピザの季節がやってきた。午前中早々に、妹夫婦と一緒に、お墓まいりと親戚のT家への挨拶を済ませた。大町市内は、標高が高いだけ、日差しが強い。T家では、お盆休みで、一家の皆さんがいらっしゃった。白玉とコーヒーゼリーの甘いもの、さらに恒例のお漬物をいただいた。また帰りには、畑で採りたての野菜をどっさりといただいた。

Img_4549 昼食をとったのは、毎年訪れることにしている、森の中のパン屋「パン・ド・カンパーニュ」である。予約を取っていたのだが、石窯の前の席はすでに早い時間の予約客で満杯だったので、子供部屋になっている八角形のストーブのある小屋の席を空けてくださる。Img_4566 駐車場には、品川ナンバーや足立ナンバーの車が並んでいたので、帰省客や観光客がかなり訪れているものと思われる。

まずは、地元産の無印リンゴジュースで喉を潤してから、マルゲリータ、きのことゴーダチーズ、さらに夏野菜ピザを次々と食べた。Img_4560Img_4559 Img_4564 Img_4561 Img_4562 このパン屋は10年ほど前に、妹夫婦が車で通りかかって、我が家にとっては「発見」された。1992年創業の店だ。幹線道路からは少し入ったところにあるので、なかなか分かり難い場所にある。Img_4556 現在ピザを焼いている息子さんが当時はまだフランスへ修業に行っていたので、パンだけが売られていた。むしろ、父親のご主人がやっている木工の注文家具屋として開店していた。けれども、天然酵母を使っている味が独特で、わたしたちも妹夫婦に教えてもらって、ようやく知った次第なのだ。Img_4567 そして、息子さんがフランスから帰ってきて、石窯を構えてからは、夏のピザの常連となったのだ。

安曇野市の穂高には、椅子の作家たちがショールームを構えていて、その中の一つでも良いから、かねてより行ってみたいと考えていた。Img_4587 けれども、わたしは自動車を運転できないので、電動付き自転車でも穂高で借りていこうとおぼろげながら計画していた。今回、妹のご主人がレンタカーを借りて、穂高へ行ってくれるというので、便乗して、北アルプスの麓を並行して走る、山麓線(安曇野アートライン)と称する道路を南下した。

Img_4586 美術館やハーブの店や地元産の野菜などを売る店が、何キロにわたって続いており、その中に目指す「アトリエ宇(そら)」がある。ここは、信州木工会のU氏が経営する工房とショールームがある。無垢材の椅子やテーブル、子ども椅子と卓袱台のセット、木のカトラリー、友人たちの陶磁器などが展示即売されている。ホームページは以下のところだ。

http://sfrsora.exblog.jp/

Img_4589 ここで最も聞きたかったことは、通称「ドワーフ椅子」と呼ばれているU氏の作る「子ども椅子」についての発想についてである。この椅子はすでに5月の子ども椅子展で拝見していた。もっとも、その時の材質は黒いウォールナットだったけれど。この子ども椅子の特徴は、座面が柔な曲線で囲われているにもかかわらず、全体としては頑丈な構造を持っている点である。とりわけ、座面の形に特色があって、人間の足が二本出ているのに沿って、凹凸がつけられている点だ。なぜ凹凸なのか。また、なぜ背板が細いのかなど、幾つかの疑問が存在する。

Img_4588_3 座面については、すぐに疑問は解決した。当初、これらのチェアは、「ハート・チェア」と呼ばれていて、座面を意図的にハート型にして、子どもにもわかりやすい形を取り入れたからだということだった。Img_4594 それじゃ、なぜ途中からドワーフ・チェアになったのかというと、保育園からの注文で、卓袱台とのセットで作ったことからで、そのときのセットの卓袱台は7色の無垢材が組み合わせて作られており、この7色に合わせて、椅子も7色の種類が作られたのだそうだ。それで、グリムの「白雪姫と7人の小人」童話から、小人のドワーフ族が連想されたのだそうだ。

Img_4592 もう一つ興味深い点は、このドワーフ椅子には、大人用も作られていることである。じつは他の作家の多くが大人椅子のデザインが先にあって、子ども椅子が後で作られるのがふつうなのだが、この椅子に限っては子ども椅子が先に作られたそうである。そして、のちに大人用に作られて、この形になった。Img_4593 大人椅子と子ども椅子とは、ふつうそのまま同じ尺度で拡大したり、縮小したりしたのではそれぞれ成り立たないことはわかっている。ここが微妙なところであり、縦横の拡大や高さの調節には、勘による部分が大きくて、設計図には残されていないそうである。

このような勘に頼る方法の欠点は、試作品を作るときと同様に、不確実性が残っているために、「失敗」に至る可能性がつねに存在する点である。Img_4591 U氏のこのドワーフ椅子の発展系には、上記の大人椅子と、もう一つ「大人用ハイチェア」とがある。じつは、このハイチェアへの発展を計画しているときに、「失敗」が起こったのだそうで、二つのハイチェアを見せてくださった。つまり、ドワーフ椅子の脚をずっと伸ばしたときに、背板の傾きと椅子の大きさとのバランスが崩れたのだ。けれども、完成させてしまえば、この椅子に合う利用者を見つければ別に「失敗」というわけではないだろうと思われるのだが。

Img_4595 最後に、興味深かったのは、U氏が複数の職人の方々と共同で工房を運営している点である。このところ、わたしが椅子製造の統計を扱っていて気付いたのは、日本の家具メーカー全般に事業所規模が小規模になりつつある点である。このときに問題なのが、若手の育成である。規模が大きくなれば、教育訓練の費用が賄えるが、小規模になればなるほど、その余裕がなくなることになる。つまり、現在の日本の家具メーカーでは、この若手の育成に「失敗」しつつあるのではないかと推測できるのである。

Img_4603 この点で、U氏の考え方はたいへん参考になったのだ。つまり現代においては、松本民芸家具などでかつて見られていたような、職人特有の徒弟制的なキャリア形成は難しくなってきているのだから、徒弟制とは違う形で、若手育成を図る必要があるとのことだ。一つのヒントは、古典的ではあるのだが、若手に下請けを受けてもらうことで、同時にOJT的な育成を図る方法である。つまり、積極的に作品の部分をアウトソーシングすることで、若手に同様の技術を身につけてもらうという方法だ。U氏は実際に行っていて、手応えがあるのだそうだ。この工房に来てもらって制作を手伝ってもらうことも考えているそうだ。若手の起点になればということらしい。

Img_4578 この工房で共同制作している若手職人の子ども椅子も、このショールームには展示されていた。ソファのイメージを子ども椅子へ落としたものだ。大学の講義で学生に人気投票させると、かなり票の集まる子ども椅子だ。そしてこれの大人椅子への発展形が、この座椅子に近い大人椅子で、テレビを床近くで見るのに好都合の椅子となっている。子ども椅子からの発展形は今後も多様に出てくる予感がしたのだ。子ども椅子、恐るべし。

Img_4576 ショールームに入ったところで、すぐに目に入ってきた椅子で、もっともシンプルな子ども椅子が置かれていた。じつは、これも子ども椅子展に出品されていた。あまりにシンプルすぎて、子どもの可愛さよりも、脚のつけ方という基本的な機能の方が目立つ椅子になっている。ほぞの組み方がたいへんきっちりしていて、滅多なことでは抜けない構造になっている。Img_4569 また、角の取れたつるりとした手に伝わる木の感触が素敵なので、思わず購入してしまったのだった。帰りに、街道沿いで見つけたハーブの店で、そのハーブのソフトクリームを楽しみながら家路に着いたのだった。

2016/07/02

茗荷谷で卒研ゼミ

Img_1057 まだ梅雨明け宣言が出されていないにもかかわらず、連日猛暑が続いている。松本市へ行くとほぼ必ず立ち寄る、カフェ書店「栞日」が数軒先へ移転することになった。それで、現在のビルを滞在型宿泊施設へ作り変えるらしい。6月末を期限にして、その資金をネットで募っていた。もし目標額(200万円)へ達しなければ、その募金はチャラになってしまうという決まりのファンドだ。わたしが(ほんのわずかであったのだが)応募した頃には、それがまだまだ到達するのか、わからなかったのだが、あれよあれよという間に、最後の1週間になって、ググッと増加したのだった。驚いたのは、応募人数で、200人を優に超えたことだ。昨日締め切られ、結果が公表されていた。ほんとうにおめでとうございます。

松本の街に「仮暮らし」できる、毎週1組限定のホテル

松本という場所で、中長期滞在型というのは、良い狙いだと思われる。一年の中では、クラシックコンサートの季節もあるし、クラフトフェアの季節もある。秋には、クラフトピクニックがあるから、ずっと滞在する人には福音だ。けれども、きっとそれらの季節には、宿泊希望者が集中するから、何もない頃を見計らって、原稿を抱えて松本滞在というのは、想像するだけでも何か突き抜けるようなことが起こる予感がする。

先日、長崎を訪れた時に、やはり1階が自転車屋、2階が喫茶店、3階が宿泊所という複合喫茶店に遭遇したが、これからは滞在型で、このように気楽に住める施設が流行るのかもしれない。松本には、「まるも」や「布屋」のような、変形B&B形式の宿屋はあるのだから、これらと英国のBBの中間の形式があっても良いのではと思われる。英国のBBという形式は、日本の住宅事情からすると、ちょっと狭くて無理だと思われるから、ビルの部屋貸しという方が、手間もかからず、良いのかもしれない。ここから、日本的変形BBが育つことを期待したい。

Img_1058 今日は午後から卒業研究のゼミナールが茗荷谷で行われた。学習センターの玄関ホールへ入ると、この木彫というのか、木を重ねられた、首から上だけのキリン像が設置されていて、何となくノホホンという気分にさせてくれる。動物園に入ったという感じではないのだが、ちょっと異次元の空間へ入った気分にはなるのだ。Img_1062 題名が変わっていて、「人間が両手で出来ることについて考えてみた」と書かれていて、筑波大学の渡辺直氏の作品だということだ。このビル全体が学問の世界なので、頭だけが展示されているのだろうか。でも、キリンほどの頭しかないのだ。これに対して、人間は両手を動かして生活するのだよ、ということを喚起させてくれる。キリンを見て、わが振り直せ、というのだろうか。

Img_1063 今回のゼミも、いつものように、5人の方々の発表が続いた。7月になると、論文作成過程の半分を消化したことになる。S字型学習曲線の理論で言うと、ちょうど踊り場状態(プラトー状態)で、中だるみが来る季節だ。Img_1066 先が見えそうで、なかなか見えないという時期ではないかと思われる。論文作成では、必ずやってくる季節だ。ここをうまくいなすと、次の急成長時期を迎えるのだ。

今日はお客さんが加わった。北海道からわざわざ見学のために、このゼミに参加してくださったMさんだ。Img_1060 実は冒頭の話につながるのだが、「長期滞在」ということに興味があるそうで、なかなか魅力的な研究計画を持っていらっしゃる。来年以降、ぜひ研究実現を遂げていただきたい、とエールを送った次第である。

Img_1061 ゼミが終了してから、Oさんの提案で、Kさんが企画してくださった懇親会を行う。学習センターから出て、その昔印刷工場などがあった裏道を少し歩いた。桜並木が有名な播磨坂に出る。イタリアン料理のペッシェへ行く。日曜日のせいなのか、以前来た時と雰囲気が違っていて、家族連れやカップルでも、近所から来たようなグループが目立つ。写真機を持ってこなかったので、料理をお見せすることはできないが、ゼミの後の雑談を楽しんだ。

Img_1050_2 写真に写っている扉の後ろ左側に座っていた。今日の椅子は、大量生産の木製椅子だ。イタリアンの店には、このような安価で丈夫な椅子がなぜか似合う。頻繁に掃除をするので、軽く積み重ねることができる椅子が好まれるのだ。Shop01a 椅子の写っている写真がこの店のホームページにあったので、借用する。夜になって、心地よい風が少しだけ吹いてきた。

2016/05/29

子ども椅子展のヒアリング

Img_3815 今日も、松本クラフトフェアへ、そして午後からは昨日に続いてヒアリングだ。昨日、3人の方へのヒアリングができ、ビデオ録画の準備へ布石を打つことができたが、まだまだフェアには4、5名の方がたが出店しているので、聞きたいことがあったのだ。

Img_3811 家具制作者がこんなに多くの顧客の人びとと交流できる機会というのは希有の状態だと思われる。これに便乗して、わたしもヒアリングに利用しているのだ。子ども椅子展へ出展の制作者が25名いるうち、3分の1ほどの方がたが、このクラフトフェアに参加してきており、数分であれば、こちらの質問に答えていただけるのだ。たいへん有難い次第である。今回は子ども椅子という対象がはっきりしており、ピンポイントで質問できるので、制作者たちの邪魔にはならないだろう。一応主催者の松本クラフト推進協会へも、今回の一連の取材については了解を取っている。

Img_3821 今日も会場は満員状態で、すでに午前中に観て回った人びとが帰り始め、交差が激しい。用意された作品も、最初が肝心で、みんなが良いと思うようなものは、すでに昨日のうち、朝のうちに出てしまうので、あとはコミュニケーションの時間があるだけだ。だから、この最後の余裕のある時間こそ、ヒアリングに適している。つねに、観光客と垂直にすれ違い、ズレを読みながら、調査というものは行わなければならないのだ。

Img_3802 少し前に戻るのだが、今日は会場へ直接行くのではなく、回り道をして、余裕を持ってフェアの会場へ行くことにしたのだ。子ども椅子展と同様に、フェアフリンジとして行なわれている「工芸の五月」の催しで、「六九ストリート」が行われているのだ。駅からの六九商店街への入り口にある最初の催し場では、すでに開店を待つ人びとの列が長くなっていた。途中、新潮社の雑誌「青花」の展示で、さりげなく高貴さを漂わせた刺繍を触らせていただき、その先の「工芸のウチとソト」を観ようと、ビルの前へ行く。

Img_3796 すると、ポパイのような目立つ服装をしたM氏が展示の写真を撮っているのに遭遇した。M氏は木工芸とエッセイで、生活工芸運動の一つの流れを生み出してきていて、この「六九ストリート」のプロデューサーでもあるのだ。わたしのテキストでも、引用させていただいている。このようなところでお会いできるとは思ってもいなかったので、ヒアリングの対象に入れていなかったのだが、松本家具制作の周辺をめぐるここ数十年の動きについては、斜めから見た一つの意見を持っているような気がしていたので、忙しそうな様子ではあったのだが、この点のみピンポイントで質問をしてみたのだった。

Img_3822 質問はちょっとずらせて、日本における「遍歴職人」の可能性はあるか、という自分でもちょっと恥ずかしくなるような穿った問いをしてみた。いろいろと理由を挙げ、人びとの背景を説明してくださり、丁寧なお答えを得たのだが、結論だけ書くならば、やはり重厚な家具が似合うような家の時代から、生活民芸が似合う家の時代へ、社会が転換したのだ、という認識を示されたのだった。立ち話でお聞きできるのは、この辺が限界であると思われた。

この近辺には、手打ち蕎麦屋が点在していて、観光客がずっと待っている。その一軒Sにおいて、フェアの幹部だったDさんが陶器の展示会を催していて、渋く明るい様子の酒器や皿や碗を出していた。こちらは、無料で店に入って鑑賞することができるのだ。

Img_3101 さて、今日のヒアリングは、まずはM氏から始めた。M氏は子ども椅子展では、ウィンザーチェア系の子ども椅子なのだが、ちょっと変わった特徴ある椅子を出展していた。ウィンザーチェアの場合には、背中のスピンドルが通常は子ども椅子であっても4本以上あるのだが、彼の椅子には、スピンドルが2本しかないというフォルムが特色となっている。背板部分が2本しかないということは、イメージとしては、空白部分が目立ち、真ん中がポンと空いているという印象が強い。ここにM氏の想いがあったそうで、話を聞くまでは、なぜ2本にしたのかということはわからなかった。つまり、意匠として2本スピンドルが選ばれたのだ。一言で言えば、「浮かんでいる」感じを出そうしたのだそうだ。背板部分の空いた部分でそれが実現されるのだ。この点は、スピンドルが使われる以前のウィンザーチェアに想いをはせてみるとわかるだろう。背板が一枚板で覆われていた頃には、板が座面から壁のように空気を遮ってしまう、重苦しいウィンザーチェアだったのだ。ウィンザーチェアの歴史は、いかにこの背板の重苦しさから、軽やかさへ転換できるのかの歴史であったと言っても過言ではない、この点からすれば、M氏の発想には、ご本人は認めないかもしれないけれども、軽やかな浮遊感を求める意図には、歴史的必然性があったのだと言えなくもない。

Img_3729 さらに、この2本だけで背中を支えるためには、当然のように座面とスピンドルをつなぐ技術の発達があったということだろう。楔が使われているが、その溝が二重構造になっているという強化が行われた結果、この2本のスピンドルが成立したのだ。この二重構造は、以前O氏のところで紹介したのだが、通常は脚部分に使われる技術だが、それがスピンドルでも使われているという特色をM氏の子ども椅子は持っているのだ。なお、M氏の場合にも、大人椅子が先にあって、バランスを考えながら、この子ども椅子が成立してきたという数十年にわたる工夫の歴史があるのだ。

Img_3818_2 次に向かったのは、T氏の子ども椅子、いわゆる「ぬく森チェア」だ。このテントには、小物ファンから、木のオーディオファンまで、顧客のネットワークがあって、なかなかT氏が単独でいるのが少なく、昨日から何回も暇の時間を見つけようと訪れていたのだが、ようやくにして、テント前で捕まえることができた次第だ。

Vlcsnap2016060214h55m37s138 この椅子の魅力は、年齢を超えて、子ども椅子が大人まで利用できてしまうという、変幻の椅子である点だ。第1に、お赤ちゃん時代には、最も座面が低層な置き方の使用法がある。ここでは、座席の前の棒が役に立つ。この棒は、西洋の子ども椅子にはよくつけられていて、子どもが滑り落ちないように、安全のためにつけられているのを見ることができる。けれども、T氏の場合には、そうではなく、この棒は子どもの自在で所在ない手を置いたり手で握って踏ん張ったりすることを想定していて、かなりポジティブな棒となっている。西洋風の使い方とは違うことがわかる。Vlcsnap2016060214h55m45s144 第2に、小さな子供時代には、この椅子をひっくり返して座面を高くして座ることができるのだ。この時、この棒は今度足置きになる。第3に、背面を上に出すと、大人でも使えるスツールが現出することになるのだ。

Vlcsnap2016060214h55m59s246 もっとも納得できたのは、このように多機能な点を強調するからには、機能的な観点からこの椅子が作られた、と思い込んでいたが、それがそうではないことがわかった時の意外さがあるのだ。

この椅子は、もともと東京の幼稚園からの依頼で作られたそうである。幼稚園椅子だから、パーソナルな子ども椅子ではなく、集団で多数個が使われることが想定されている。だから、T氏はこれらが積み上げられ、並んだ時の色のデザイン効果を狙って、おもちゃのキューブのように、異なる色が積み重ねられて、対比されたり同系統の色が揃えられたりする集団効果を想定したのだということである。想像するだに、これらが数十も積み重ねられ、それらのキューブの模様が得られるというのは壮観なのではないだろうか。つまりは、機能的な椅子だったと思われた椅子が、実際には装飾的な効果を狙ったものであった椅子であることがわかり、この落差が面白かったのだった。

Img_3104 今日3人目のS氏は、座面がしなるという特性を持つ椅子を作っていることで、自分の特色を出しているのだが、それを子ども椅子にも持ってきたのだ。こちらが興味を持ったのは、大人椅子から子ども椅子へ設計を変えた時に、何が実際に変わったのだろうか、という「古典」的な問いだ。やはり、子ども椅子の脚にそれが出たそうだ。具体的には、ストレッチャーの位置のバランスが変わったのだということだった。子ども椅子はふつう重心が低くなるから、ここで影響を受けるというのはたいへんわかる話だった。

Photo 少し違う領域にテントを出している方がたにも、ヒアリングを行おうと考えて、公園内のA-3領域から、C-3領域へ向かって歩いていく。Kさんの子ども椅子は、おにぎり型三角形の座面と、しかしながら4本脚であることと、座面と脚が白い素材を使っているのに対して、背板部分(と言ってもスツール仕上げなので低いのだが)が黒いウォールナットで色の対比を出している点で、機能にこだわらずにデザインの良さで特徴がある。このコントラストのある色使いは、確かに目立つのだ。先日の子ども椅子展でも、観客の一人が気に入ってしまって、そのまま購入したいと申し出ていたのを見た。

Img_3707 このコントラストはKさんがかなりお気に入りであって、コースターでも一枚板ではなく、この二枚が張り付いたものが作られていた。このような制作者の本能というものはたいへん重要で、顧客がつくかつかないかはわからないのだけれども、まずは作ってしまいたいという本能的な直感が制作者にはどうしても必要なのだと教えられる。おそらく、注文を取る場合にも、この点は重要で、100%顧客のいうことが取り入れられるという制作者はいないのだろうと思われる。否定的な言い方をすれば、このようになるだろうが、肯定的に言うならば、100%顧客のためを思うのであれば、顧客のいうことをある程度聞かないほうが良いものになるということだろう。

Img_3708 この点は椅子では特に大切で、Kさんはフロアで使う、低いベンチふうの安楽椅子を展示していた。Kさんが言うには、この椅子はおそらくあまり需要はないだろうとして作りました、とおっしゃる。けれども、絶対にこの椅子は大量生産の家具工場では作られない類の椅子であって、うちほどの需要のところで手作りでようやく作られるのだというのだ。そして、これをほんとうに欲しいという少数の方が出てきてもらえれば、それで経済的にも制作者側としても十分なんだというのだ。小さな経済圏で成り立つ製作ということの基本線がここにあると思われる。

Img_3876 あと、数人を残してしまったが、一度に全部というわけにもいかないだろう。秋には、クラフトピクニックも開催されるから、その時のためにも少し余裕を見ておきたいと思ったのだ。それで、せっかく来たのだから、陶器の方も見ておこうと、このC-3領域を眺めることにした。一つは、この人形を購入した。説明はいらないと思うが、実は先日の九州旅行の由布院温泉で、この人形のシリーズの中で「哲学者」と名前がついた人形に出会っている。制作者のMさんによると、その後由布院が今度の震災で被害を受け、これらの人形も壊れたものがあって、修復プロジェクトが立ち上がったそうだ。

Img_3880 わたしの買ったのは、「旅に出ます」と名前がついた人形だ。Mさんによると、三つのエピソードが詰まっているらしい。一つ目は、宮澤賢治が田んぼを歩いている姿だ。外套の姿には連続性が認められる。二つ目は、ニューヨークのエリー島に集められた移民審査の人びとだ。移民となると、カバンはもっと大きいかもしれないが、このくらい落ち着いていないと、今後どのような目にあうのか予想がつかない中で生きていくことができないだろう。そして、三つ目は収容所へ送られる前にカバンを預けられようとするユダヤ人だという。切羽詰まっている。Img_3881 題名からすると、もっと開放的なテーマがあったのではないかと思われるのだが、蝙蝠傘とカバンの組み合わせからすると、ちょっと暗い状況だったのだと思われる。反面、先日見た舟越保武の少年像もそうだったが、後姿がとても良いから購入に至ったのだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。