カテゴリー「交通・通信」の投稿

2007/06/19

バス路線の廃止

母の入院している病院まで行くには、潮風薫る海岸まで到達しなければならない。ヨットに乗って行くことができれば良いなあ、と思いたくなる立地なのだ。病院ビルの窓からは、じっさいにヨットハーバーが見える。070620_101901

ところがじつに、幸運なことには、大学近くの駅から直通の病院行きバスを見つけたのだ。病院が近いというのは、通ったことのある方はわかると思うが、ほんとうに助かる。

相変わらずのことながら、駅前の珈琲屋で持ち帰りのカップを買って、バスに乗り込む。途中、外国を走っていると見まがう瀟洒な住宅地を通って、離れ小島のような病院に至る。

ところが、今日はほとんど貸切状態の閑散とした客に混じって、バス会社の係員がチェックのノートを持って、乗り込んでいた。ついに来たか、と思った。つまり、あまりに客が少ないので、会社が調べを始めたのだ。

おそらく、二、三日もすれば、廃止すべき路線であることは、すぐわかってしまうことだろう。路線筋を見ても、これ以上乗客が増大するような、需要向上は望めないことは明らかなのだ。運転手もあからさまに、係員にそのことを告げている。

どうも、わたしの見つけるバス路線は、すぐ廃止になってしまう運命にあるようだ。わたしのように、すこし違った生活パターンを持っているものが乗るようなバスには、やはり需要はないのだ。

じっさい、二、三年前には、かなり愛用していた横浜―幕張直通高速バス、というやはり貸切状態のバス路線が簡単に廃止になってしまった。当時、N先生が新しく放送大学に赴任してきて、この路線を頻繁に利用していた。先生が運転手と話していて、どうも駄目そうだと言っていたのを思い出した。

わたしたちにとって、申し分ない路線だったのだ。朝の混んでいる時間にも、予約を取らずに、直通で電車より速く、しかも必ず座れる通勤が保証されていたのだ。

一番楽しんだのは、風景である。わたしは、車を運転しないので、高速道路をゆっくりと観察できる唯一の機会だったのだ。そのおかげで、旧日本鋼管の高炉を近くで眺めることもできた。

それやこれやで、返す返すほんとうに残念なのである。バスの利点は、くもの巣を描くように柔軟に、つまりは縦横に地域を結んでいて、あれっと思うようなところに通っているところにあるのだ。そのくもの糸が一本一本断ち切られていく。

駅がターミナルであると同時に、病院もターミナルである、という発想はたいへん良かったのだが、やはり病院だけの需要では、駅には匹敵できなかったということかもしれない。この病院が海岸ではなく、高校や大学と結びついたところであれば廃止は免れただろうに・・・。

2007/03/29

離島研究

長崎県の五島列島に来ている。飛行機から見ると、入り組んだ湾がはめ込みGoto絵のごとく広がっている。

卒論でこの五島列島の産業政策を取り上げたいとおっしゃる、Hさんが昨年このゼミナールに参加してきた。直接現地で指導いただきたいと1年ほど前から頼まれていた。ちょうどわたしの消費文化についてのテーマと重なるところができたので、ようやく実現したのだ。

年度末という絶好のタイミングが、Hさんとわたしを、鶯の鳴くこの西の島へ案内したのだ。風は強いが、温暖な土地だなという印象だった。

初日は型どおりの街歩きをして、市役所の統計課を訪れた。街を二回ほどぐるぐる回れば、大体その近辺の生活圏の想像がつく。さらに、話を聞けば、もうすこし広い範囲の様子がわかる。

五島市には、福江の城址に、城を模った市立図書館と、歴史資料館があって、郷土資料がまとめて閲覧できる。ここで印刷されている資料のコピーはほとんど手に入れることができた。

今回はあくまで、わたしの研究は二の次で、メインはHさんの卒論にあるので、わたしのほうの関心は抑えて、極力産業政策に集中して、資料集めを行った。統計課のKさんはたいへん親切に応対してくださった。エクセルの時系列で、必要なものをあらかじめ用意してくださっていた。

役所へ行って、どのように資料収集を行うか、というHow-Toについては、やはり経験がものを言う。あらかじめ関係資料にあたっておくことは必須である。

そして、係りの方との会話のなかで、次第にどのような観点が重要なのかが見えてくる場合が多い。「実証」というのは、そうゆうことだと思っている。もっとも、標準的にはそれでいいのだが、むしろ係りの方が見過ごしているような観点も見つけることができれば、卒論の半分以上は進むことはできる。

この辺りのリサーチ方法については、わたしの専門外ではあるのだが、むかし大学院生時代に某研究所で、先輩の見よう見まねで身に着けたやり方があって、いまでもときどき思い出す。

昼食は街の中心街にある「リバプール」。さばのムニエルがむき出しのにんじんやかぼちゃなどと料理してあって、美味しかった。

夜には、HさんとHさんの弟夫婦一緒に、卒業論文の見通しを話し合いながら、「五島牛」をいただいた。柔らかくてさっぱりした味の肉であった。このホテルには、五島の鬼岳に発する温泉があり、露天風呂に冷たい風が舞い込んで、蒸気の渦巻きダンスが起こって素晴らしかった

2006/09/19

盆地の交通事情

K市の朝は、かなり厳しい。ホテルを出ると、バス停の前の道は幹線道路らしくて、ものすごい車の流れである。

そのバス停で待つ間、車、車、車の列なのだ。路地から沸いて出て、その道路に合流してくる。無理もない、ここは盆地の真ん中なのだ。山の上から、中腹を抜けて、盆地のもっとも深い場所へ向かって、通勤客が朝一斉に集まってくるのだ。

かつては、バスが大勢の通勤客を乗せて、人の波を捌いてきたと思われるが、今では、家族で三台以上、車を持っているそうだ(社会人入学している学生の方に聞いた)。ひとりひとり全員が車に乗ったら、その分道路が混んでしまうのは、必然だ。

この街は城下町だけあって、ひとつの目的へ向かって、複数の入り組んだ縦の道が用意されている。放射線状とでも言おうか、さみだれ式とでも言おうか、いくつかの道に並行して、道路が造られているのだ。盆地の道路事情に合うように、自然の摂理がそうさせたのだと思われる。

けれども、問題なのは、油を注ぐ漏斗のように、最後のところで一点に集中してしまうために、身動きできなくなるということである。いかに迂回路を確保できるかが、課題なのだと見た。Bonchi

あまりに一斉に中心へ向かって、車が走り込んでくるので、その美しい集まり方に感動して、その後どのようにして一点から分散して去っていくのかを見ることができなかった。この次来たときにでも、観察してみよう。

2006/07/24

切符の紛失

JRの切符をなくしてしまった。

たしかにポケットに入れたと思ったのだが、やはり無いのだ。このところ、スイカ・カードに慣れていたので、つい油断してしまった。

すこし前から、兆候はあった。切符の紛失は、わたしの場合、健忘症の前触れである。その間の記憶が途切れるのだ。思い出そうとしても、まったく覚えていない。

多くは、他のことを考えていて、忘れる。たとえば、電車に乗る前に、思い出したことがあって、考えたりすると駄目である。あるいは、鉛筆を片手に、メモ帳を取り出して・・・などと、同時にほかのことをやろうとすると、その間完全に記憶が途絶えるのだ。

この程度のことなら、二つのことを同時にやっても、両方ともうまくいくだろうと思うが、やはり柔軟性が足りなくなってきているらしい。

今日のところは、仕方がないので、駅員の方に相談すると、親切な方で探してくれるという。自動改札機のところならば、あとの人が届ける場合があるらしい。切符に磁気がついているのだから、どうにかなるのだろうか。けれども、こんな悠長なことを頼んでも、ほんとうに良いのだろうか。

頼んでおいて、申し訳ないけれど、すこし心配になった。都会で、何百万人の人が利用する駅で、このような客が多くなったらどうするのだろうか。今後、高齢化社会では、わたしのような客は多くなるに違いない。(ポスターが貼ってあって、切符は無くさないように、と呼びかけている)

さて、問題は今日のわたしの場合なのだが、じっさい期待はあったにしても、見つかるわけがない。結局、どうすれば良いのだろうか。今回だけは、正直に申し出たので、信用していただいき、情状酌量で無罪放免となった。

じつは、公式に処理するなら、全部の区間分の三倍の料金を支払わなければならないらしい(ほんとだろうか)。ところが、無くしたのは最悪なことに、東海道線である。全部の区間といったら、終点は関を越えたはるか彼方ということになる。ほんとうに、危ないところであった。

2006/05/29

横浜駅地下自由通路の孤独

イギリスへ取材旅行に行ったとき、制度学派のH氏が「社会のルール」の具体例としてあげたのが、「右側通行(イギリスでは左側通行かな)」という歩行者ルールであった。

わたしたちの最も身近なルールであるにもかかわらず、この歩行者ルールが適用されないところは、意外に多い。

横浜駅地下にある東西を結ぶ自由通路も、その一つである。ここには、左右にみなとみらい線、JR線、京急線の改札口がランダムに並んでおり、また通路自体が広いので右側通行、左側通行にこだわっていたら、いつまで経っても目的の改札口には到達できない。思い切って、通路を突っ切れば、早道なのだ。

そこで、みんなが右側通行、左側通行、中側通行入り乱れ、さらに文字通りの自由通路そのままに、道を横切ろうとする人びとが交差する。

ここで不思議なのは、衝突する人が思ったより少ないことである。だから、衝突を避けるような規則性がここには存在するのではないか、と考えてみても良いかもしれない。

このような規則性は、言葉となって、公式のルールとして考えられているわけでもないので、まったく無視する人もなかには見られる。そのことは事実であるが、多くのひとは「緩い規則性」を持っているようだ。

自然な形でそうなっているので、意識しているのか否かは、人によって異なるであろうが、二つくらいのルールに従っているように、わたしには思える。ひとつは、順行の場合、「前の人の後に付いていく」という規則性、また、相手が逆行の場合、遠目の距離のうちに、あらかじめ右を取るか左を取るか、左右に目線を効かせて、少なくとも「正面衝突を避ける」という規則性である。

だから、急に走り出す人が現れたり、横から思いがけず割り込んでくる人がいたりすると、衝突が起こってしまうのである。もちろん、映画「クラッシュ」が言うように、「ぶつかること」も重要な「出会い」かもしれないが、期待しているほど、そのような理想的なクラッシュは起こらない。

月曜日、神奈川大学の夜の講義が終わってから、この自由通路を通過する。すると、目の前に右から左から人が現れ、見事な群衆を作り出す。ブラウン運動のひとかたまりが通り過ぎていく。ひとりだなと感じる一瞬がこのときある。

『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

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社会経営研究配布中

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。