カテゴリー「コーヒー(珈琲)」の投稿

2015/06/07

コーヒーの味覚が戻ってこないのだ

607 じつに困っている。コーヒーの味覚が戻ってこないのだ。原因は、先日の体調を崩したことにあることはほぼ分かっている。そのときに、胃腸の問題だったので大事をとって、コーヒーと酒を断って刺激を抑えたのだが、それで感覚を失ったのだ。ある種の記憶喪失だと自分では考えていて、感覚が鈍くなるどころか、もともと鈍かったのだから、完全に喪失してしまったという認識が合っている。

606 先日の痛烈な下血の原因は、内視鏡検査や専門医の検診などによって、「虚血性腸炎」という診断が下され、その後腸内には炎症も残されていないしポリープもひとつも発見されず、完治ということになった。もう来なくても良いと医者に言われた。それにもかかわらず味覚がおかしいのは、身体的な疾患は治っても、精神的な何かが異なっているのかもしれない。

606_2 高松での面接授業も、時間通りにぴったり終わり、多くの質問が出され、質問に答え、さらにわからない問題については、挙手を求めたり、議論を闘わせたり、10時間以上にわたる十分な授業ができたと思われる。レポートも書いてもらったが、講義の中でコメントはしておいたので、2日間のすべての授業が完了した。606_3 あとは、宿泊所に帰って、レポートの整理とグループ学習で点数化してもらった資料を解析するだけだ。明日の午前中まで行えば、おおよその学習センターでの講義全体が終わることになる。

606_4 高松でひとつ期待していたことがあって、それがコーヒーの味覚を取り戻すことだった。昨日、じつは1軒の喫茶店に行って、味覚が戻ったのか確かめてみた。講義のあとだったこともあって、タイミングが悪かった。甘いものが欲しかったので、身体のほうはケーキセットのスイーツに反応してしまった。せっかくのコーヒーの味はわからなかった。その後、高松のアーケードを隅から隅まで、歩いてみた。608 それで最後に足を休めるために到達したのは、真ん中の丸亀町商店の交差点にあるガレリアに面した、老舗煎餅屋のK堂の喫茶店である。落ち着いた緑茶色に統一された店内には、あまり人はみられず、かえって静かでゆったりとした空間を提供していた。

608_2 今日は3年前に訪れて、これはと感じた珈琲店へ行ってみた。中央公園の北を瓦町方向へ一本曲がったところにある、C珈琲店である。3年前はコスタリカがちょうど入荷したばかりだということで、香りと味を舌に刻みつけた覚えがある。608_3 だから、今回はかなりの期待をしての訪問だった。早速、カウンターへ行って、今日のオススメをいただく。エルサドバトルのナチュラル豆だということだ。わたしの好きな酸味系だった。自然に美味しいと感じて、味覚がないという感触は忘れてしまうほどだった。608_4 大袈裟だと思われようが、美味しさがわかった、という感覚は、やはり得難い体験で、メンバーじゃなかった者が再びメンバーになることを許されたような感覚だった。また、コーヒーを味わうことができるのだ。最初に、ヘレン・ケラーが水を感じたときも、このような感覚だったのだろうか。608_5 この店の名前の「コルシカ」というのは、村上春樹の小説から取られた名前だったらしくて、書棚には、ずらっと作品が並んでいた。1990年代に出された対談集を読みながら、感覚の戻った喜びをかみしめていたのだ。

607_2 後日談があって、高松を離れるときに、他のコーヒー専門店に寄って、ブレンドを頼んだのだ。すでに、コーヒーの味覚を取り戻したとばかり、思い込んでいたのだったが、それはヌカ喜びで、こちらのコーヒーではまたまた味覚がわからなくなっていたのだ。まずいという感覚とはちょっと違って、口の中が無機的なのだ。まだ当分は、戻ったり戻らなかったりが続くような予感がある。

606_5 今日の椅子は、やはりベンチだ。高松市のアーケードのさまざまな場所に据え付けられているベンチに工夫がなされている。ベンチでも、カップルが坐るには、隣同士で同じ方向を向いていた方が良いが、ベンチに坐るのは必ずしもカップルばかりでない。608_6 見ず知らずの人が隣同士で座るときには、別の方向を向いていた方が良い、ということで、多方向のベンチがみられた。これは都市のアイディアだと思った。

2013/05/16

カフェGのチーズケーキは数ヶ月に1回は食べたい

Photo_2 5月の連休明けから、空は青く、風は清々しいのだが、学期の中間ということもあり、気分はちょっと下降気味だ。昼に快晴だったが、心を見透かされたように、午後から夕方にかけて、空がにわかにかき曇り、激しい雨になるパターンが繰り返されている。今日もまったくそのパターンだ。

Photo_3 戸山公園を抜け、バラ園の黄色の花を横目で見ながら、公園口からW大の構内にはいる。公園から大学への連続性は、素晴らしいと思うが、これがまったくの偶然だとは思われない。この細長く続く公園の両側には、公的な領域が広がっていて、大学や中学校、さらに都や区の施設など、公的機関が並んでいる。だから、この辺一帯が、広大な土地所有のもとにかつてあったことを想像させる。

尾張藩の下屋敷で、別邸として利用されていたらしい。さもありなん。山あり、池ありのかなりの規模の庭園があり、それをめぐって歩く事ができたようだ。いまでも、その痕跡は明瞭だ。ちょっとした丘があるのだが、これらも江戸時代からの人工物である可能性がある。池や川もほとんどが自然にみえるが、人工的な細工がされているらしい。

ここまで、分断され切り刻まれてしまっていると、これほど利用されている事を喜ぶべきか、それとも、昔の姿に戻ってほしい、と憂うべきなのか、ほんとうにわからなくなってしまう。惜しいと思われるのは、ちょっとずつの切り売り状態の小さな開発に終わっていることだ。もっと早く判断すれば、小石川植物園ほどの庭園がもう一つ生き残ったことになったのではないだろうか。

516_7 演習「現代人と職業」授業の中間点を過ぎようとしていて、学生たちも授業スタイルに慣れてきているようだ。毎回、違う職業を取り上げて、学生のコメントとわたしのコメントを組み合わせて、さらに学生たちが丁寧な議論を積み重ねてきている。

516_6 次の職業が、何の職業だか当ててみることも簡単にできてしまうだろう。今日取り上げた職業の特徴は、社会の中で「基礎的」で、「利益を生まない」という性格を持っていて、「中立的」かつ「公平性」を目指さなければならない、そして「常識的」で「新しさ」が求められるわけでもないというものだ。さて、どのような職業でしょう。学生たちの印象をホワイトボードに書き付けてもらった。その結果の文字を拾ってみた。

演習が終わって、いつもはグループ討論の議長たちから結果表を集めるのだが、今週はどういう訳か、学生たちが立ち去るのが早く、2名ほどから回収できなかった。仕方がないので、あとでメールでお知らせを回し結果表を回収する事にしよう。

Img_8209 演習室を出るころには、予定されていたように、にわか雨が落ちてきた。それにしても、気温が高いので、喉が乾く。O先生の研究室を訪れる。ちょうどタイミングよく、冷えた水を購入なさっておいたそうだ。しばし休憩したのだが、やはり甘い物が欲しくなって、カフェGへ向かう事にする。ここのチーズケーキは、数ヶ月に1回は食べたくなる。

516_10 今日は、家の話となった。なんだか、縁台将棋ではなく、縁台雑談じみてきた。このところ、我が家の雨漏りがひどくなったので、家を改修していたのだが、それがようやく済んだ話をすると、直ちに、住処の話へぐっと入っていくのだった。老後の住処はどうするのか、というテーマは、二人ともそろそろ身近な問題となっている。子どもたちが出て行ったあと、夫婦だけの住処になりつつあるのだが、スペースに余裕が出来るようで、じつは家の宿命で、色々な物が埋まってしまって、重層化した生活から抜け出す事ができないのだ。家自体が、まだまだ住む人たちを諦めていないのだ。

Img_8217_2 O先生の家には生け垣があり、息子さんが就職して家を出たので、ここの刈り込みはご夫婦でやるそうだ。それがどの程度までやるのか、というと、5~10メートルほどあって、上にピンと糸を張って、すっと揃えるところまで、徹底するらしい。わたしも少しは経験があるが、ここまでは無理だ。3メートルが限度で、たとえ腱鞘炎を覚悟していたとしても、それ以上剪定鋏を開閉する事はできないし、ましてや、糸を張るほどに揃えるところまでは到底できない。これは、ご夫婦でやるからそれだけのことができるのだと確信した。やはり、何事においても、多少の強制は必要なのかもしれないのだ。もちろん、この強制は家自体が住む人を諦めていないから、生ずるのだと思われるし、家刀自がなせる技だとも思われる。

Img_8220 帰り道、通りすがりの人びとが立ち止まって観ていた花がある。たぶん、シャクヤクではないかと思われる。遠目には、大きな花弁のバラのようにも見えるのだが。

2009/06/11

最終ロケ

Ucc_7 コーヒー取材ロケの最終日となった。

きょうは、昨日のコーヒーアカデミーの部屋をお借りして、講師のN氏と、ベテラン鑑定士で、UCCの幹部でもあるT氏にインタビューをお願いしてある。

Ucc_8 コーヒーの味、味覚とはなにか、という基本的なところをじっくりと話していただいた。コーヒーの味覚には、それぞれ細かい、苦さや甘さなどの味覚があるが、統合的に見れば、やはりコーヒー独自の味というものが存在し、それらが規格化されて共通の味が確定できる、というところが素晴らしかった。

Ucc_9 相対的で主観的な感覚が、なぜ絶対的で客観的な味として確定できるのか、という点が焦点であった。答えは、番組を見ていただくとして、このなかでT氏によるカップテイスティングは、見ごたえがあった。

Ucc_11 サイズの測り方、カップの上澄みのすすり方、点数評価の手際よさなど、うまく番組の時間に入ればよいな、と思うくらい興味深い。T氏は、ブラジルのコーヒー院の免許皆伝で、現在はコーヒー院は廃止されているので、もうこの資格を取る事は不可能なのだそうだ。

ひとつだけ、面白い事に気づいた。それは、鑑定表である。この形式は、組織によってすこしずつ違うのだが、これに書き込むときには、細分化されている判定基準にしたがう。疑問に思ったのは、訓練によって、コーヒーそれぞれの味覚は共通化し規格化されていることは認めたとしても、書き込まれるのは実際にはひとつひとつの味覚の評価だけでなく、後味などの統合化された味が基準として提示されているのだが、この統合的な味覚の判断基準まで、規格化することは可能なのだろうか、ということだった。

Photo_11 ロケを終えた後、お世話になった広報のI氏にお礼を述べて、ロケ班とも別れる。いったん、神戸の元町に出て、以前お休みで飲むことができなかった樽子屋珈琲店に寄るが、今回もすでに店が閉まっていて駄目だった。余程、巡り会わせが悪いらしい。そこで、以前にも寄った、「グリーン・コーヒー・ロースター」でメリケンブレンドを飲んで、神戸を去ることにする。

お土産は、コーヒー博物館で、今日から発売し始めたという、Bodum社のコーヒー豆メジャーだ。Ucc_12 大きなほうのメジャーが、10グラムで、裏返して小さなほうのメジャーが7グラムになっている。1杯ならば、10グラムで、追加して2杯目を入れるならば、追加分は7グラムということになる。ちょっと重いが、ステンレス製で、綺麗な流線型を描いている。

Photo_12 コーヒー豆のメジャーでは、先日伺ったK氏の経営するミ・カフェート社のメジャーがイタリアのガラス製で美しかったが、これは年間会員でないともらえないので、ちょっと手が届かない。

2009/06/10

香りの訓練

Ucc 以前、香りがメディアとなって人間社会を支配する映画「パヒューム」について触れたことがあった。そこから類推するに、香りに関しても、言葉と同様に、視覚や聴覚に訴えるのと同等の香り言語文法が形成されることがありうると考えるようになった。

きょうは、神戸にあるUCCコーヒーの本社にある「コーヒーアカデミー」のN氏を訪ねた。明日、取材に応じていただくので、1日まえに伺って、内容を詰めておくことが必要だった。

Ucc_3 そのなかで、クラシフィカドール(コーヒー鑑定士)の話が出て、米国の例が紹介された。その中で、「香りのキット」というのがあって、ワインの香りを判定する訓練に使うのだそうだ。これと同じ原理で、コーヒー用にも開発されたものがあるとのことで見せてもらった。

ポテト香り、土香り、レモン香りなど数十種類の小瓶が箱に詰められていて、序列つけられている。有名なコーヒーの香りとしては、ナッツやチョコレートがあるが、それ以上に、このキットは豊富な並びを見せている。味覚や嗅覚にも、豊富な言語Ucc_5 文法があり、それらを駆使して、鑑定士たちは日夜、コーヒーを評価していることになる。日常生活のなかには、まだ浸透していないが、もし言語のようにこれらの香りがもっと喋り始めたら、日常生活も豊かになり、香り言語、色彩言語入り乱れて、たいへんな事になるだろう。

N氏に別れをつげ、ディレクターのF氏と三宮の街へ出る。あいにく、雨が強く降っていたので、アーケード沿いの店に入る。さらに、以前から入りたかった、大丸の1階にある、エスプレッソの専門店で、今日最後のコーヒーを飲む。旧居留地の古い建物が雨に濡れて、光で輝いていた。

Ucc_6 因みに、上の香りのキット写真で、壜の影がないことにお気づきだろうか。これは、カメラマンがビデオ撮影するときに、専門の照明の人がセットして撮っていたものを、横から撮らせてもらったのだ。それは、この隣の写真のような、巧妙な反射板を使っている。

2009/06/09

「正しい」珈琲

Photo_8 今日は、南千住にあるカフェバッハのT氏へのインタビューを行った。ここは、1960年に起こった、山谷ドヤ街の焼き討ち事件のあった交番の並びにある。

いまでは、住民もすっかり高齢化しており、またドヤ街にも外国人向けの安いホテルが立ち並んでいて、ひところの姿はない。交番も、駐在員は警察署なみにいまでも多いが、署から交番への格下げがあったらしい、と教えられた。

Photo_9 取材というのは、不思議な作用を持っているので面白い。相手の方がどのような現実を抱えているのか、ということが主眼であるのだが、それで取材を申し込むと、打ち合わせのときには、その現実がまさに現れてくる。打ち合わせは、雑談であっても、歴史が凝縮されて現れて素晴らしいものになる。

それで数日後に、本番のインタビューが始まると、そこではすでに打ち合わせのときのことが織り込まれていて、歴史は繰り返さない、という原則のとおりに、もっと違う話へ移ってしまうことになる。

このことは、取材も現実だ、ということを表しているのだと思われる。わたしは聞き役として、2倍以上の話を聞くことができて仕合せである。けれども、テレビに定着できるのは、やはりそのほんの一部でしかないのだ。相手の方にも、聴取者の方にも、なんとなく申し訳ない気分にときどきなってしまう。

インタビューは順調に進んだ。なかでも、職人的な「正しさ」という言葉が印象的だった。AさんとBさんとは嗜好が異なるのだから、美味しさの感覚も異なるはずである。ところが、両者ともに「美味しい」という場合があるのである。T氏はこのことを追求したのだと思われる。

Photo_10 取材のなかで映像を撮りたいので、店のカウンターで話をしていて欲しい、とディレクターのF氏に求められた。すこし恥ずかしかったのだが、珈琲を飲ませていただけるという役得もあったので、カウンター内でコーヒーを淹れてくださった方と話をして過ごした。

そのときに、「美味しい、と思えるコーヒーを淹れたときは、どのようなときですか」という質問をしてみた。しばらく、考えていて、「急がないで、ゆったり」と淹れたときです、という答えが返ってきた。むむー、そうか。ドリップにお湯を注ぐ瞬間に、時間が止まったかのような動作を示すのは、それだったのか。

今日のコーヒーでは、バッハブレンドは相変わらず素敵だったが、パナマ産のゲイシャ種豆のコーヒーがあり、すこし違う味を楽しめた。上品で、やわらかなコーヒーという印象だった。すっかりお世話になってしまったが、T氏と奥さん、それからN氏に別れを告げ、家路を急いだ。

2009/06/01

コーヒーの卓越

Photo_3 K氏が中米へ出張だというので、そのまえにインタビュー取材を行ってしまう事になった。月曜日の朝早くに、六本木のヒルズのそばにある、事務所を訪れる。

インタビューの終わりに、「コーヒーのどのようなところに、『卓越』を感ずるのか」という、ちょっと抽象的で難しい質問をわざとしてみた。立派なワインセラーのような、コーヒーセラーがあるので、高レベルの美味しいコーヒーについておっしゃるのかと思っていたが、その答えは、意外なものだった。

Photo_4それは、先日飲ませていただいたサン・セバスチャン農園の豆に出合ったときだったそうだ。エルサルバドルの国立コーヒー研究所在籍中に、農園を回って歩いたそうだが、そのとき、100年以上にもわたって、伝えられてきた農法で、最高と考える豆を作りつづけている姿に出合って感動したのだということである。

コーヒー農園は、ふつうはいわゆるモノカルチャーなので、豆相場の影響を極度に受けやすく、したがって製法も収益を求めるので相場に左右されるのが普通だ。これに対して、同じ姿勢で作りつづけることが大事だ、という農園は珍しいらしい。

味覚というものは、コーヒーに限らず、「おいしい」というだけで完結するのではなく、それを突き抜けて向こう側に、歴史や風土や習慣などの社会的想念を連想させる、ということだと思われる。コーヒーの味(テイスト)も、一日にして成らず、ということだと思う。

今日は収録の間、サン・セバスチャン農園のものと、特別にパナマ産のものもご馳走になった。コンシェルジェのかたが、見事なドリップさばきで、シュワーと膨れる淹れかたを披露してくださった。午後には、K氏は中米へ発っていった。わたしもK大で講義があるので、早々に六本木を後にした。

2008/06/27

喫茶店の条件

東京から仙台までは、1時間40分で来てしまう。名古屋と同じくらいのはずなのだが、もっと遠くへきた気分である。損をしたというのか、得をしたというのか、時間の余裕ができた分だけ、得をしたと積極的に考えたい。もっと仙台を楽しめ、という天の声なのだろう。

面接授業のため、O先生が呼んでくださった。講義は明日の朝からなのだが、列車が遅れたり予定が狂ったりすることもありうるので、前日に仙台入りをすることにした。

もうひとつ、じつは目的があった。来年度に制作が計画されている講義のために、余裕がある今のうちにロケハンを行って、取材地をすこし幅広く集めておきたいと思ったのだ。

Sn3b00481 お目当ては「芹沢銈介美術工芸館」で、東北福祉大学のなかにある。長男の芹沢長介氏が考古学の先生だったので、さまざまな工芸品とともに、銈介の収集品を展示している。

工芸館の1階では、東北の19世紀ごろの焼き物を集めた展示を行っていて、切込(きりごめ)焼の素晴らしい磁器と出会うことができた。切込焼にもいくつかの系譜があるらしいが、たっぷりとした首ながの大徳利の系譜と、緑とブルーの二彩あるいは三彩の系譜が素敵だった。(ここでは、大徳利の写真が得られなかったので、きれいな徳利の写真を掲げておきたい。)

http://www.town.kami.miyagi.jp/kanko/images/stories/08_images/8_07.jpg

前者は、おそらく江戸時代の伊達藩御用窯として制作されたものだと思われる染付磁器で、何となく気品がある。後者の二彩・三彩は、近世には珍しい大柄のデザインの陶器で、使いやすそうな器だ。決して奇を衒ったものではなく、土瓶などもあり、系統的に作られている。間違っているかもしれないが、後の益子焼に受け継がれている模様に似ている。

http://www.mumyosha.co.jp/guide/hakubutu/miyagi/touji5.JPG

今回の展示では、銈介の展示はきわめて少なかったが、そのなかでも、「茄子の型絵」は、良かった。生活のなかの美とは何か、と問われるならば、生活とは離れずに、なおかつそこから、日常とは異なる美を掬い取っているものだと言えるかもしれない。生活に付かず離れずするときに、生活美が生まれるのだ。

Sn3b00461「茄子の型絵」は、型絵特有のシンプルさと、筆では描くことのできない線の強さとを表している。紺色とエンジ色の対称性は、地味ではあるが、存在を際立たせていた。茄子二つまでは、バランスが良いと思ったのだが、気になったのは、二個目の陰になった三個目の茄子だ。何のために、ここに配置されているのかわからなかった。生活には、このようにすっきりしない部分が必ず存在するということが言いたかったのだろうか。

観覧が意外に長くなってしまったので、工芸館に併設されている喫茶「可否館」で、仙台を一望の下に収めながらちょっと一服。「ヴォリュート」と名付けられて、マイルド・ブレンドを頼んだ。

Sn3b00491行きは仙山線の電車できたので、帰りは窓から望んだ道に沿って、市内までバスで下ることにする。定禅寺通りには、仙台屈指の喫茶店「カフェ・ド・ギャルソン」があって、噂に違わず美味しかった。店のつくりが喫茶店というものの性質をよくわかって作っているなあと思わせる。会話がしやすく、個別に分かれていて、されど孤立しているわけではない配置だ。サービスもとても良い。みんなが、一番にこの店を挙げる理由がよくわかる。今日最後のコーヒーは、やはりマイルド・ブレンドを頼んだ。Sn3b00501

2008/02/17

京都御池の喫茶店

大阪学習センターのスクーリングも無事終了し、放送大学の良き伝統にしたがって拍手もいただき、最後レポートも仕上げ、かなりの成果をあげ締めくくることができた。

挨拶もそこそこに、天王寺駅まで帰宅途中の学生たちを追い越して、電車に飛び乗り、京阪線を使って、京都三条へ出る。ここにアメリカン・コーヒーを、たっぷりとしたカップで出してくれる、しかも料理も美味しい喫茶店があるのだ。

O大学のK氏と待ち合わせて、ほぼ一年ぶりに雑談を行うことができた。京都の街にも、ちらほらと雪が舞っていた。山のほうでは、この雪で電車が動かなくなったということで、奥さん運転の車で、駆けつけてきたのだそうだ。

アルゼンチン産のワイン(Passo Doble)が予想外に美味しくて、1本空けるころには、議論が面白くなってきた。かれは、今度著書を出すとのことで、ちょうど脱稿したところらしい。「メタ想像力」について書いたのだそうだ。

なかで、とくに興味深かったのは、認知心理学の臨床結果と、類人猿の学習に関する実験内容だった。発刊されたら、送ってくださるそうなので、また取り上げたいと思う。ほんの一端を聞いただけだったが、かなり期待できそうである。

料理のほうは、ホタテときのこを炒めたものや、魚介類のトマトソース煮、それからパスタとサラダなど、そして最後は、先ほど述べた、たっぷりしたアメリカン・コーヒーをいただいた。淀屋橋行きの最終電車に乗って、同じく雪の舞う大阪の宿へ帰った。

2006/12/18

明治のカフェ

柴田宵曲『明治の話題』ちくま文庫を買う。神奈川大学の講義のあと、生協の書籍部にいつも寄るのだが、今日は単行本が一冊とこの『明治の話題』ともう一冊の文庫本を購入しただけだった。

明治時代の日本人は、急速に西洋のものを移入してきたような印象が強い。たとえば、福沢諭吉の明治時代論では、日本人の新しい物好きを頻繁に取り上げている。

けれども、明治時代論者のなかにも、慎重論の人びとがいて、柴田宵曲もそうではないかと思われる。もちろん、西洋物を多く取り上げてはいることは確かだが、その取り入れ方についてはおっとりしている風を描いている。

相変わらず、コーヒー関連に目がいってしまうのだが、カフェの項では、日本で最初の喫茶店「可否茶館」を描いている。そして、そこでは「時世がすこし早すぎたのだといふことである」と論評して、明治期にはコーヒーは盛んではなかったことを伝えている。

また、福本日南の文章を引いて、大正時代に流行ったカフェとは趣きが異なることを指摘している。明治期には、まだまだ日本人はコーヒーを好きではなかったのだ。

それにしても、明治期にすでに、ベトナムのサイゴンが「東洋のパリ」として、本国のフランスよりも、コーヒーが流行っていたというのは、なるほどと思われる。今日のベトナム・コーヒーはこれほど年季が入っていたのだ。

やはり、一度ベトナムへ行って来ないことには、この研究は始まらない。どこかにスポンサーはいませんか!

2006/12/07

ジャズ喫茶ちぐさ

ジャズ喫茶ちぐさが閉店するという記事が、今日の朝日新聞に載っていた。73年間続いたとのこと。

わたしが学生のころには、数年前に亡くなった方が経営なさっていて、良い意味で、すこしChigusa 敷居の高い店だった。この店に入ると、明確なテイストを持っていることが求められた。

座ってしばらくすると、コーヒーの注文のあと、ジャズのリクエストを一人ひとりに聞きに来るのだ。当時、先端だったホレスシルバーやダラーブランドなどをリクエストすると、ちょっと趣味は違うけれどもという顔はするが、うんうんと頷いてかけてくれるのだった。

やはり、この店に来た以上、一度はリクエストをしなければまずい、という匂いがぷんぷんとしてきて、緊張感あふれる店内だった。喫茶店文化はこのようにして作られるのだという、倫理がはっきりしており、今も当時もかなり珍しい雰囲気を持った店だった。

野毛という飲み屋街が背景にあるということでも、残ってほしい店のひとつだ。以前にも書いたが、酩酊文化と覚醒文化の競り合ったところで、この「ちぐさ」という文化がなりたっていたのだと思う。それも、またひとつ消えるのだ。

注:この写真は今年の暑い夏に、飲み屋へ行く途中通りかかったときに撮ったものだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。