カテゴリー「絵画・展覧会」の投稿

2018/04/11

ブルーノ・ムナーリ展をみる・きく・よむ

Img_4206_2 この前から、ムナーリ、ムナーリといたるところで言ってきたら、なんと本当に展覧会が家の近くで開かれることになった。Img_4190 こんなことは珍しいのだが、このところわたしはサインを求められることが起こっていて、そのとき互いの名前を書くだけでは殺風景だと思い、言葉を添えることにした。そのとき、選んだのが座右の銘としている、写真のムナーリの言葉だ。もちろん、そのままでは芸がないので、少しは変えているのだが。

 

Img_4261_2 午前中、風がさっと吹き出したかと思うと、雨が伴ってきて、春の嵐になりそうだった。そこで仕事に精を出すことにして、今日は散歩を諦めていたのだが、昼過ぎになって、薄日が出てきた。Img_4185_2 すでに、2時過ぎとなっていたが、家を出て急行に飛び乗り、乗り換えなしに「新逗子駅」へ。ここから海岸通りの景色を眺めながら、20分ほどでバス停「三ヶ丘」の県立美術館に着く。

 

Img_4187_2 日本の抽象絵画展も同時開催されていたが、その奥に展示されている「ブルーノ・ムナーリ展」へ向かう。まずは、未来派としてのムナーリが現れる。卒ない真面目な抽象画が並ぶ。そして、有名な「役に立たない機械」が6体ほど、設計図を伴って展示されている。Img_4269 このあたりから、この展覧会の一つの山場である「陰と陽」シリーズ、そして具象芸術運動に加わる時代に入ってくる。「陰と陽」では、とりわけムナーリの本質的なことが描かれていると思った。

 

Img_4268 第1に、正方形などの基本的な図を重視している。第2に、基本から始まって、次第に複雑になっていく過程がつながっている。第3に、文脈や脈絡などの関係を重視している。第4に、構成そのものが重要で、内容や中心は二の次である。第5に、シンプルさのおかげで、絵本などの表現が豊かに描かれる。

 

Img_4266 絵本のシンプルさは、結局のところ、ムナーリの「コミュニケーションの時代」の象徴だと思われる。コミュニケーションの相手に、言葉多く説明することはかえって不親切であることは日常よく起こることだ。同様にして、シンプルな表現の方がコミュニケーション相手の理解を増す。むしろ、相手の想像力を引き出すような、あるいは想像力を使わなければわからないような表現の方が、「わかる喜び」をもたらすものだと言えるのだ。Img_4267 この辺は、じっさいに展覧会を見てのお楽しみ部分なのだが、コミュニケーションとは何かを教えてくれる。「どれほどの多くの人が月を見て人間の顔を連想するか」とムナーリは言っている。月のシンプルさが多くの人間の想いを生み出してきたのだし、同じ想いを抱く人びとを結びつけてきたのだ。欠けているところがあってこそ、コミュニケーションというものは成り立つ。

 

Img_4265 デザイナーはかならず、椅子のデザインを残すものだが、ムナーリの椅子はやはり「役に立たない」系の椅子だった。「短時間訪問者のための椅子」という表題がついている。この写真ではわからないかもしれないが、座面は薄く斜行していて、到底長く座ることができない代物だ。座ることができなければ椅子ではないのか、と問うているのだ。これも椅子なのだ。

 

Img_4235 2時間ほど、じっくりと展覧会を見ていたら、外の激しい風の音がいつの間にか止んで、代わりに逗子の海岸のいつもの波の音が聞こえてきた。Img_4248 春の海はまだ冷たく激しいが、サーファーたちは物ともせずに、海に漂っていた。犬の散歩はいつもみるように、欠かさずに行われ続けていた。夕陽が海に反射して眩しかった。

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帰りのバスを降りると、Img_4260 バス停前にドーナツ屋さんが出来ていて、ガラス窓の中のショーウインドウに魅せられて、そのまま店の中へ吸い寄せられた。Img_4259 シナモンときなこをそれぞれ一つずつ袋に入れてもらった。Img_4263_2

2018/01/11

人間最初の道具はどのように形成されたのか

Img_0911 本郷で仕事の打ち合わせがあったのだが、その帰りに東大総合研究博物館へ寄ることにする。ここには江戸時代に加賀藩前田家があって、その名残の懐徳門近くに、この博物館施設がある。仕事で訪れた相手の先生が親切にも地図をプリントしてくださったのだ。

 

Img_0998 ホモ・ファーベル(つくる人)という、人間のひとつの定義の根源を探る問題があるのだ。 人間にとって、最初の道具は何か。諸説があるのだが、それが何だというよりは、やはり道具というものと人間との関係がどのようにして発達してきたのか、どのようにして「人間の道具」というものになりえたのかに興味がそそられるのだ。人間が自然の状態で人間であると考えられるのは生理的な理由ということになるであろう。直立して、手を使ったということになっている。Img_0920 けれども、手を使うことから、この手の延長として、道具を使うという人工的な人間の本質が現れてきたということが重要だと思われる。

 

Img_0932 先日のNHKニュースで、東大の諏訪元教授チームが数十年かけて、エチオピア発掘を行っていて、その展覧会が開催されていることを報じていた。その筋ではルロワ=グーランが指摘したことで著名な「握斧(hand axe)」の展示が年代を追って整理されているということだった。年代を追ってとはいえ、わたしたちの常識的な尺度ではなく、人類となりつつある歴史なので、およそ300万年くらいに渡る時間の中での展示だ。

 

Img_0926 「道具とは何か」という自明のことを考える機会はあまりない。産業社会に生きるわたしたちは情報機器をはじめとして、道具なしでは生活できない状況のもとにいる。人間から道具を取り去ったら、何が残るだろうかとさえ思うのだ。今回の展示は、それを考えさせられるのだ。Img_0922 最初に現れた人類の石器として、これら写真のゴナ遺跡のものが展示されていた。これらをみると、自然に破砕された礫片と、人為的に剝片を削った石器とを識別するのは難しいではないか、というほどの「道具」がありえたことがわかるのだ。

 

Katoh_1 今回の展示の中心は、最古のオルドワン石器から、人間のデザインということが認められるとするアシュール石器への変遷で、人間に何が起こったのかという点に尽きる。この展示で強調されていることは、剝片のパターン化という点である。岩から大型の剝片が素材として剥がされ、それらがいくつかの剥離する加工技術として定着していったことを示している。Img_0976 ここでも重要なことは、素材が先なのか、デザインが先なのか、という以前指摘した「資量形相論」が出てくるのだ。先日引用したインゴルドも左右社刊『メイキング』の中で、このハンドアックス問題を取り上げている。

 

Img_0935 問題はどこにあるのかというと、それはわたしたちの想像を超えるところにあるのだ。つまり、たいがいの方は、このエチオピアのコンソ遺跡から出土したアシュール石器の「ハンドアックス、ピック、クリーパー」3点セットを見て、確かに人類が作り出したものであり、そこに一定のデザインが創造されこれに関わっているいくつかのパターンを知ることができるのだ。Img_0962 だから、これらが人類最初のデザインだということは共通認識できるのだが、インゴルドによれば、それならばなぜ300万年間に渡って、これらのデザインが数種類に止まって、あまり変わらなかったのだろうか、ということが不思議な現象として浮かび上がってくるのだ。

 

Img_0969 逆にいえば、わたしたちの現代文化の下では、数十年の間には、道具はほとんど使い古され、革新されたら直ちにまた更新されるほど、技術進歩が激しいのが、人間社会の特徴だと考えられている。ところが、300万年に渡って、不変の道具が世界中で剝片文化として維持されてきたという事実があるのだ。Img_0979 道具を生み出し、何か新しいことを生み出すことが人間の本質だということから、かなり離れた認識をこれらのハンドアックスたちは提示していると考えることができるのではないだろうか。


 

Img_0945 問題は何かといえば、つくるということが自然からもたらされた素材に対して、人間の文化的パターンを忠実に転写することという、今日の産業社会の方法と同じだと考えると、このようなアシュール文化は生まれなかったということだ。300万年もの時間がかかって移行していった石器文化というものには、このような石器を生み出すデザイン能力はあったが、それを実行できない物理的・肉体的理由が存在していたのか、それとも、物理的・肉体的能力はあったが、技術的・デザイン的能力が劣っていたか、などの難点を克服する必要があったのだといえる。Img_0905 いずれにしても、遅々として進むか進まないかの中で、素材から剝片を削り、それを制御していく知的な作業の進化過程が必要であったのだといえる。新しいものを次々に生み出す中に、人間の文化が宿るのではなく、遅々として進まない、むしろ停滞しているとさえ見えるような、100万年規模の文化の在りようの中にこそ文化は宿るのだと教えているとさえ見えるのだ。


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帰りに、エチオピアに敬意を評して、いつもの焙煎の店によって、「エチオピア・ハロバルディ」のコーヒー豆を購入して一息をついた。

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2017/12/21

横須賀美術館で伊藤久三郎展を観る

Img_0504 午前中、放送大学総務課から呼び出しがあって、東京文京学習センターの中にある放送大学の東京オフィスで会合があった。余裕のある時間に家を出たのであるが、京急線が遅れてしまって、品川近辺で止まってしまったのだ。一つの電車が遅れると、玉突き式に次々に乗り換える電車ごとに遅れてしまい、途中挽回できないまま、ついに遅刻してしまった。案の定、そのあとは悪いことが続いた。

 

Img_0445 午後、失地を回復しようと、かねてより妻と約束していた横須賀美術館行きを実行に移す。本来であれば、逗子市にあるいつもの店へ、美味しいパスタとピザを食べに回るのであるが、その店が残念なことに秋に閉店となってしまったのだ。それで、今回は美術館の中にある、イタリアンの店に変えたのだった。まずは腹拵えしてからということで、ランチで混んでいる店へ入る。海鮮の具が美味しかった。

 

Img_0512 企画展は、京都の抽象画家の伊藤久三郎だ。普段観ることのできない、個人蔵のものや、他の美術館からの出展のものも多く、充実した展覧会だった。全部を見終わってから、妻と珍しく意見が一致したのだった。それは初期の頃の作品がよかった、という感想だった。もちろん、単なる感想なので、観る人がみれば、やはり後期の抽象度の高い「キャタピラー」や意味不可解な「KOPFFUSSER」の方に軍配が上がるのだろうが、印象は印象なのだ。

 

Img_0507 初期のものにも、抽象画と同じようなモチーフが出てくるのだが、最初の方が活き活きとしているように思えるのだった。たとえば、灰色の使い方に独特なところがある。初期には、思わず灰色なのだが、後期になると意識的・意図的に使われた灰色が濃厚になってくるのだった。

 

Img_0501 日が落ちるまで、まだ時間があったので、美術館の図書室で資料を散策する。年賀状の図柄を決めていたのだが、なんとなく地味な感じがしていた。ここの資料室には、英国ウィリアム・モリスのケルムスコット書の数万円する復刻版がおいてあった。Img_0519 それを見て行くと、大方は見たことがあったものなのだが、一つ晴れやかな真っ赤な花のついたNのイニシャルをかたどったものが急に目の前に現れたのだった。これを来年の年賀状にしようと決める。コピーを撮ろうとすると、カラーコピーは行っていないというのだ。それでも、なんとか手に入れて、来年の図柄が決定されたのだった。

 

Img_0462 それから、モリスのデザイン書の隣には、たぶんこの横須賀美術館でも企画展が開かれたことがある、イタリアのブルーノ・ムナーリの絵本がおかれていて、その中の詩が素敵だったのだ。

 

子どもの心を 一生のあいだ

自分の中に持ち続けるということは

知りたいという好奇心や

わかる喜び

伝えたいという気持ちを

持ち続けるということ

 

ブルーノ・ムナーリ

 

第1に、「知りたいという好奇心」、第2に、「わかる喜び」、第3に、「伝えたいという気持ち」というまさに三段階説が実現されている詩なのだ。僭越ながら、同じことを考える人が時空を超えているのだな、と共感してしまったのだった。


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なぜか、横須賀へ来ると、帰りのバスはしあわせのバスとなる。富士山が見えようが、見えなかろうが関係なしに、海岸は波を作り出しているし、ヤシの木は風をいっぱいに受けているし、街は人の息吹を自然に伝えているのを観ることになって、帰りの電車はアイディアをエネルギーとして、それこそこの時とばかりにガタピシと動き出して行くのだった。

 

2017/11/14

富山県美術館へ来ている

177095296_unknown 今年、旧富山近代美術館が新しくなった。富山駅近く、運河の再開発地域に、「富山県美術館」として開館した。その報道の中で、これまで美術館が19世紀からの近代椅子のコレクションを行なって来ていることを知った。現在、わたしは放送大学の授業で、近代椅子を数多く取り上げ、これを経済社会的な見方で再構成している。177095616_unknown 講義室内では、教育のためなので、これらの近代椅子を見せても著作権フリーなのだが、実際には椅子デザインにも著作権があって、テキストに椅子を出すにも、許可が必要で、もし映像をまとめて撮るとしたら、どうしようかと考えていた最中だった。177096944_unknown それで、富山県美術館のコレクションをどのような形で大学授業に使うことができるのかを確かめようと、出張し取材することになった。ちょうど、コレクション展ということで、170種類ある椅子のうち、3分の1ほどが実際に展示中だった。この展示が本日最終日で、明日からは展示が変わると電話で知らされたのだった。ピンポイントのチャンスということだ。

 

177098592_unknown 昨日は、幕張のCスタジオ(放送大学の制作棟にはABの二つのラジオスタジオしかないのだが、もう一つ予備的に使われる研究棟にあるスタジオ)で、交通経済学のA先生と来年度からの授業科目「都市と農山村からみる身近な経済」のラジオ収録を行った。177097632_unknown A先生は秋にルーマニア出張に行って、ヨーロッパの交通事情調査を行なっていたので、なかなか打ち合わせする機会はなかったのだ。けれども、先日亡くなったH先生のゼミを通じて、すでに十数年議論を行い合った仲間なので、心配はなかった。収録にはすっと入って行けた。わたしの1段落を取り直しただけで、あとは初録りで予定していた時間を残して早々と終了した。

 

177099872_unknown その足で、東京駅から北陸新幹線で富山へ向かう。横浜へ帰るよりも、早く富山の宿泊所へ入る。このホテルが、ちょうど路面電車の停留所前にあって、数分に一度通り過ぎるガタガタピシャという音が生活のリズムにあっている。音が聞こえるたびに、窓際へ行って眺めてしまったのだ。

 

 橋をこえて、音が聞こえてくる

 グーという軌道を通じて伝わる音と

 ガタガタピシャという空気に伝わる音と

 

 姿をあらわす外側の恥じらいと

 きらびやかな内部の照明と

 

 客ひとりひとりの心を集めて

 包み込む光線の集団が通り過ぎていく

 夜の冷たさの中で

 そこだけが温かいものを感じさせる

 音と光を超えて、橋を渡っていく

 

177095776_unknown あくる日の当日、激しい雨になった。天気予報によると、途中から雪に変わるそうだ。市内ループ線の新型電車に乗って、富山駅へ出る。ここからの開発地域には、散歩歩道が川沿いに整備されている。その曲がり角に美術館もあり、運河の再開発地域もあるのだ。水平線と垂直線の際立った近代建築型の美術館へ着く。二階の迫り出した一階のエントランス、二階・三階の回廊式展示、屋上の庭園という典型的な美術館建築だ。それに、周りの魅力的なモニュメントが配置されていて、建物と環境全体が美的空間を強調している。

 

177095872_unknown 瀧口修造コレクションも藤田嗣治の特別展示もジャスパー・ジョーンズの絵もあって、魅力的な美術館なのだがそれらを通り越して、さっそく3階にある近代椅子の展示会場へ直行する。4段のひな壇が30メートルほど大会場に作られていて、それぞれ横に13脚ほどが乗せられている。177095920_unknown 一望で40脚あまりの名作椅子を眺めることができる仕組みだ。右上段のトーネット椅子に始まって、左下段のポストモダン椅子まで並べられている。椅子は見るよりも、座って感じるものなので、この方式はどうなのかと思われるのだが。

 

177095840_unknown したがってそれに加えて、広いフロアには、さらにブロックごとに分けて合計15脚ほどの椅子が配置されている。少し身近におりてきたというところだ。マッキントッシュ、リートフェルト、ブロイヤーと続く。そして、5脚ほど座っても良いとする椅子が置かれている。本当のところ、ここが一番重要なのだが、5脚とはちょっと出し惜しみという感は免れない。177096064_unknown 全部座れる形で展示して、どうしても壊れやすいものだけ、ひな壇に飾るべきなのではと思うのだが、管理の側からすれば、そうもいかないのではと思われる。ガウディーのベンチ、イームズの安楽椅子などはなかなか触感を楽しむところもないので、これらに座って、数時間過ごしてしまったのだ。

 

177096176_unknown さて、このように美術館で、近代椅子の展示を行う理由・意味にはどのようなことが考えられるのだろうか。一つは、当たり前なのだが、一覧展示の魅力だ。比較と歴史を一望できる点だ。「椅子の世界」というものが、個々の椅子でしか、わたしたちは感じて来なかったのだが、177096352_unknown このように一覧展示されると、すべてが一団となって、一つの世界を形成していることを知るのだ。名作椅子とは、どのような椅子のことを言うのだろうかということがわかるのだ。

 

177096400_unknown 「万物照応」というボードレールの詩がある。感性があちこちの椅子と感応して、自分の五感が部屋全体に張り巡らされる。一つの椅子に座っただけなのに、感性は60以上の発達を見せるのだ。椅子の世界という象徴の森に入り込んだかのようだ。このように詩を作り変えても、許されるだろう。

 

 人は椅子の間を静かに歩む

 象徴の森をゆくが如くに


 遠くから響き来るこだまのように

 夜の闇 昼の光 の深い調和のなかに

 五感のすべてが反響する


 栗の木理のような鮮烈な感触

 オーボエのように優雅で 拍子木のように枯れて

 甘酸っぱく 豊かに勝ち誇った 肘木の触わり


 無限へと広がりゆく力をもって

 紫檀 杉 楢 桜の木の香りが

 知性と感性の交感を奏でる


177098992_unknown コーヒーポットは持参したけれども、昼食は持ってこなかったので、すでに3時をすぎてしまったのだが、遅めの昼食を近くのコーヒーショップで食べることにする。美術館の向かいが江戸時代からの運河を復元した環水公園になっていて、広い敷地と運河に面して、公共の施設が並び、その中で単独で商業施設のSBコーヒショップが中央に迫り出している。177099152_unknown ちょうど紅葉を背景として、環境を加味したコーヒーショップとしては贅沢な配置を見せている。コーヒーだけでなく、プラスα部分がかなりある喫茶店であると言えよう。店内は「世界一美しいSB」というキャッチコピーに魅せられた観光客で賑わっていた。

 

177099056_unknown さて、師走へ向かって、忙しくなる季節だ。例年通り、今回の出張には、学生たちから送られてきている論文草稿を持参した。毎晩、1編ずつコメントをつけて送り返している。今年も力作揃えで、すでにA4ページの100枚を超えるものも送られてきている。これらが、2、3回やり取りされて、完成されていくのは、何か不思議な文字の世界を見ているようだ。線がいっぱい描かれ、その中でも何か選びとられた、活気のある線たちだけが残っていくのを見ている。177474048_unknown 花火が打ち上げられて、それらがずっと空高く線を描いて、美しい線画が大空に出来上がるように、学生たちが打ち上げてくる論文の描く軌跡を修正しつつ、その軌跡が意味ある美しさになるように、こちらも線を描いて返しているのだ。

 

177096736_unknown というようなことと同時に、わたし自身の論文も線を描きつつあるのだが、しかしそれは、他者の論文を直すようにはうまくいかない。こっちを塞ぐと、あっちから漏れてしまうし、あっちを埋めるとこっちが裂けてしまっている。沖縄で買ってきたCDから、詩人山之口獏の歌が響いてくる。

 

 

 靴にありついて

 ほっとしたかとおもうと

 ズボンがぼろになっているのだ

 ズボンにありついて

 ほっとしたかとおもうと

 上衣がぼろぼろになっているのだ

 上衣にありついて

 ほっとしたかとおもうと

 もとに戻ってまた

 ぼろ靴をひきずって

 靴を探し廻っているのだ


という、「動作の連鎖」が続いているのだ。ボロボロがホロホロになったり、ボロボロがポロポロになったりして、連鎖が幾重にも循環する。

 

 

 

 

2017/10/23

台風の影響が心配なのだが、Tupera Tupera展を観に行く

Img_3337 横須賀美術館へ、Tupera Tupera展を観に行く。昨日の台風21号が日本を縦断して、近くの弘明寺公園には、樹々、葉っぱ、どんぐりの実などが所狭しと地面に散乱していた。Img_3323 午前中には、印刷教材の執筆と研究誌「社会経営研究」と「社会経営ジャーナル」の印刷を行なっていた。それで、理由はいくつかあるのだが、なぜか頭が詰まってしまっていたのだ。それを観た妻が、先週から行きそびれていた、この展覧会を勧めたのだった。

 

Img_3387_2 Tupera Tuperaとは、若手の絵本作家(だけではなく、多才能のデザイナー)亀川達矢氏と中川敦子氏の二人のユニットだ。展覧会の最後の方に、なぜ絵本を始めたのかという説明のコーナーがあって、当初は布の切り絵の画家だったそうだ。これにストーリーが付き始めて、絵本になったのだそうだ。じつは、見ていて、この初期のものに興味を思えたのだ。ストーリーよりも、形・色・素材などの楽しさに満ちている。言葉よりもモノの直感的な世界を重視しているように思えたのだ。

 

Img_3345 けれども、通常のモノの直感だけとは異なるところがあるようだ。絶えず、二つ以上のものの組み合わせで、制作を行なっているという特徴がある。たとえば、絵本の一つとなった、「しましまじま」は典型例だ。一本の筋だけではなく、色の異なる他の筋が数本組み合わさってリズムを作っている。Img_3388 ストライプと一言で言ってしまえば簡単なのだが、このストライプが島の人びとのあらゆるところに出現するのだ。まず、島全体がストライプだから、一本の線と2本目の線とは調和が必要になってくる。ということで、島に存在するもの全てが、一本では決まらないのだ。二色以上でデザインされるという意味がここにある。一つの考え方だけでは決定できないのがストライプの思想だ。

 

Img_3364 ふつうは、1人のデザイナーが二本のストライプの配色を調和させていくに違いないのだが、もしこの基礎的な段階から、2人のデザイナーが話し合いで配色を考えていたとしたら、どうなるだろうか。おそらく、意図するところはこのようなところではないかと思われる。Img_3334_2 あえて、2人に仕事を分けてみると、そこの見えてくることがあるのだ。縞模様自体が共同性を内包していると、Tupera Tuperaを見ていると思うのだった。ストーリーで共同性を描くのではなく、形・色・素材などで共同性を描いている。

 

Img_3348 結局のところ、この展覧会を見ていて、考えたのは「好奇心」という、絵本の世界の重要な要素だ。好奇心はどのようなときに浮かぶものなのだろうか。展覧会では、亀川氏が「思いつく」好奇心派を担当して、中川氏が思いついたことを「面白いと感じる」好奇心派を担当していた。Img_3360 会場には、ビデオが映写されていたのだが、制作のときに2人は、横に並んで机に対している。そして、2人の間にある画用紙に、まず亀川氏が思いついた、切り抜きの素材を置く。すると、その思いつきに反応して、次の切り抜きの素材が中川氏によって、画用紙に置かれるのだ。この対話的方法によって、作品が作られていく。

 

Img_3349 何か思いつくということは、最初の出発としてはたいへん重要な要素であることは間違いないのだが、じつはそれに連なる次の面白さが続かないと、作品は一方的な作者の独りよがりに陥ってしまう。だから、特に注目したのが、中川氏の役割だ。好奇心には、イニシャルなものだけでなく、作者の思いつきに対して、次の共感を準備することがとりわけ重要な好奇心となるのだ。以前、同僚の心理学者O先生と電車で一緒になったときに雑談した。Img_3352 やはり、心理臨床のあり方として、共感ということを多様に準備する(言葉は多少違っていたような気がする)必要があり、それが臨床の訓練ともなるという話を聞いたことを思い出した。好奇心の発揮には、単に思いつきの尊重だけでなく、思いつきへの共感が必要であることを、Tupera Tuperaの作品を見ながら想像したのだった。

 

Img_3372 いつものように、椰子の樹が並ぶ海岸通を、強い風にもかかわらず、満たされた気分でバスに揺られたのだった。Img_3375

 

2017/10/21

ウィンザーチェア展を観る

Img_3322 今年の卒業研究が追い込みに入っている。全員の参加者が下書きを届けてきた。卒業研究では、手いっぱいに広げていた知識は、いずれは妥当なところまで縮小して、無理のないところまで切り下げなければならないだろう。でも、無理したところは無理した過程で、そのぶんだけ苦労したので、なかなか捨ててしまうわけにはいかなくなっている方もいる。けれども、あえてこのようなところは、そのまま出すのではなく、すっぱりと切り、削る覚悟が必要なのであろうとあえて申し上げておきたい。カンナで仕上げを行うごとくに、最後は手触りの良いように、論文についてもそのような状態まで持っていきたいものである。

 

Img_3274 夏に長野市で開かれていた「ウィンザーチェア展」が東京に回ってきていた。長野市へ行きそびれてしまっていたのだ。現在は、この展覧会が駒場の日本民藝館で開かれている。Img_3267 井の頭線で先頭車両に乗って、改札を出てすぐの駅前の蕎麦屋「満留賀」で久しぶりのケンチンうどんを食べる。洒落た街並みが続く住宅地の中を日本民藝館へ向かう。

 

Img_3393 4分の1ほどの展示物は、松本民藝生活館からの出品だったので、すでにみたり触ったり、座ったりしたものが多かったのだが、椅子の場合には、やはり個人蔵というのが見逃せないのだ。なかなか個人蔵になってしまうと、見ることが難しくなるので、このような機会は得がたいのだ。どのような座り方をしたら、このようになるのか、そのことを想像するだけでも、展覧会を楽しむことができる。

 

Img_3394 修理の形跡などは、とりわけじっくりと見させてもらった。どうしても、木製製品では年季が立つと、もっとも弱点のところに無理が出る。ウインザーチェアの場合には、まずは「貫」部分だ。脚に来るのは、人間と同じで、椅子を斜めにして座ったり、負担がかからないと思われているところに、必要以上の力を加えてしまったりということが、故障の原因となっている。もう一つは、木という素材の問題だ。数百年経ったときにどのようになるのか、たいへん興味を覚えるところだ。

 

Img_3392 二つの椅子に注目した。一つは、他の椅子からあり合わせの貫を持ってきて、自分のウィンザーチェアの補強に使っているものだ。この場合、本来であれば、部品を持ってきてしまう、そちらの椅子も修理に出さなければならないのだろうが、それはかなり融通性の効く「貫」の採用を行っていたのだった。それも、職人に任せれば、もっと上手く修理するだろうが、いかにも素人が行なったと直ちにわかるような形跡が残っているのだ。これも難しいところだ。自分で直したくなるほどに、愛着を持っていたのだろうか。

 

Img_3391 もう一つは座面の板の歪みだ。この椅子を眺めれば眺めるほど、この歪みが「自然」のものに見えて来るのだ。実際、自然の成せる技なのだ。歪んでいても、座っても大丈夫そうだ。むしろ、お尻の曲がった人や、曲がって座る人には、むしろ座りやすい椅子なのだと言えるかもしれない。この持ち主は、おそらくあまりに少しずつ変わっていったであろうから、この歪みを意識したことはなかったのではないかと思われる。歪みが輝きを持って、存在する椅子だと言えよう。この歪みがあったからこそ、持ち主の愛着を勝ち得たのではないかとさえ、思ってしまうほどなのだ。

 

Img_3282 民藝館の向かいの屋敷が、柳宗悦の邸宅だ。くぐり戸を入って、廊下を経て、階段を登る。小さな部屋がたくさんある。おそらく、客人たちを泊めるために、多くの部屋を作ったに相違ないだろう。真ん中に、書斎があった。壁は本で埋められているのだが、目立つのは、机と椅子だ。

 

2017 注目したのは、異形な動物の顔の彫刻が前脚から肘木にかけて刻まれている、大きな椅子の方だ。晩年、机に向かうことができなくなったときには、この頑丈そうな肘木に板が渡されて、そこで書き物が行われていたらしい。Img_3320 なんとなく、民藝に似合わないと感じたのは、椅子に取り付けられていた金属製のキャスターだ。床にくっきりとキャスターで傷つけた跡が認められた。そういえば、京都の河井寛次郎も書斎でキャスター付きの椅子を使っていたのを思い出したのだ。けれども、河井の方は、木製のユニークなキャスターだったのだが。

 

Img_3270 この椅子は、どこで作られたものだろうか。野生動物の彫刻の模様を見ていると、日本でもないし、欧米でもないことがわかる。それで、係りの方に聞くと、アフリカではないかという方もいらっしゃるとか。Img_3291 答えに慣れているところから、この部屋に入って来る一定比率の客で、この椅子はどこで作られたものですか、と聞く人びとがいるということだろう。

 

Img_3295 雨はなかなか止みそうにない。渋谷へそのまま出ずに、途中の神泉駅で降り、Bunkamuraシネマで上映されている、映画「ル・コルビュジエとアイリーン」をみる。アイリーンはデザイナーとして有名で、コルビュジエの一つの系統の椅子のデザインも行なっている。今回の映画は、「E.1027」邸を巡る問題を扱ったものだったが、シャルロット・ペリアン同様に、当時の著作権問題はかなりゆるく、後で問題となって来るのだとわかる映画なのだ。Img_3314 考えてみれば、使っている人には使用権が存在しており、あまりにその対象作品に愛着があるならば、著作権の一部をその使用者が持ったとしても、法律的にはありえないとしても、現実の世界ではありえてしまうような気になって来るのだから、不思議なのだ。

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Img_3306 アイリーンのデザインした椅子とサイドテーブルが映画館の入り口に置かれていて、観客たちは座って、写真に収まっていたのだ。

2017/10/12

フィンランド・デザイン展を府中市美術館で観る

Img_3143 「フィンランド・デザイン」のシンプルさを楽しんだ展覧会だった。けれども、ただのシンプルさではないところが観られたし、面白い考え方に満ちていた。来て良かったと思わせる展示だったのだ。Img_3147

 

Img_3088 久しぶりに、府中へでた。駅全体が京王のショピングセンターみたいになっている。府中美術館へいくバスがどこにあるのか、さっぱりわからない。駅員に聞くと、下へ降りて、スターバックスの前だというのだ。Img_3146 つまり、駅全体が二階に浮いていて、下の1階がバス乗り場になっているのだが、どこから降りれば良いのかが初めての人にはなかなかわからないという駅の構造なのだ。「ちゅうバス」という、マイクロバスが市内を循環していて便利だ。百円で乗れるのは良いとしても、乗り場がわかりにくいのが、玉に瑕だ。

 

Img_3153 府中市を歩くと、昔から並木道が本街道の脇道に発達して居て、緑の多い街だという印象がある。ちょっとした並木が年を経て、このようなこんもりとした森と化している。しかも材木屋さんが途中にあったりして、たくさんの輸入木材がこんこんと眠らされていた。その延長線上の森の公園の中に、府中市美術館がある。Img_3151

 

フィンランド・デザインと言われても、いろいろな素材のデザインがあるのだから、焦点を作るのが大変だったろうが、「シンプル」という共通点を前面に出していて、まとまりのある展覧会になっていた。Img_3092 とくに、展示の最初の部屋の最初の展示が、1870年に作られた薄い土色の、薄手のカップ&ソーサーで、モダンで機能的ながらも、フィンランド的な複雑性を含んでいて、素敵ですごい。展示会の最初の印象が大切であることを教えている。画像がないのが残念なぐらいだ。

 

Photo わたしの今回の目的は、何と言っても、Artekのアルヴァ・アアルトの椅子だ。会場の写真は禁止されていたので、HK氏がネットに載せている写真を引用することにしよう。10脚あまりの椅子と、設計イラスト図面などの全体を見ることができた。とりわけ、その傍に掲げられて居たレリーフ作品がアアルトの基本的な考え方を表していて興味深かった。「成形合板」という、これもモダンで機能的な素材の中枢にある考え方の中に、アアルトだけは機能だけでなく、フィンランド的な「美」を持っていたことがわかる。Photo_2 スライスした薄板は無機的な素材なのだが、それを無限に変化する合板に成形することで有機的な「美」となるのだ。そしてさらに、ここには、薄板をさらに細いひも状の板にして、それを捻って、椅子の脚にまで仕上げる手法があり、観ていて泣けてくるほどだ。シンプルでありつつ、過剰なのだ。近代主義のシンプルさが、近代以後のシンプルさの多様へ転換する瞬間の一つがここにある。

 

Img_3106 アアルトの典型例は、スツール60にも表れている。美術館では、「名作椅子に座ろう」というので、アアルトやイルマリ・タピオヴァーラなどの椅子が入り口ホールに並べられていて、自由に座ることができる。椅子は視覚で味わうのではなく、やはりお尻からの触感を味わうものなのだ。スツール60は、最もたくさん用意されていて、このスタッキングできる多さが特色だ。なぜかといえば、椅子の多さの中で、色彩の多様性を座面の変化で味わうことができるのだ。これを眺めていて、アアルトのシンプルさの秘密がようやくにしてわかってきたのだった。Img_3093 単純なシンプルさではなく、「多様なシンプルさ」をアアルトは追究していたのだと思ったのだった。シンプルなのだが、多様性に特色があるのが、アアルトの椅子たちだ。


スツール60は部品がわずか4つである。座面が一つと、脚が3本だけなのだ。この大量生産を可能にした部品の少なさが、シンプルを表現している。Photo_3 けれども、壁面にスツール60のバリエーションが並べられていたが、木という素材の多様性、座面の色の多様性など、シンプルではあるが、多様でもあるのだ。「多様な単純」とよべるような状況がアアルトの椅子には観られるのだ。

 

Img_3100 展覧会の効用は、今まで知らなかったものを発見するところにある。イルマリ・タピオヴァーラが寄宿生たちのために作ったといわれる「ドムスチェア」が、それだ。まず、座面の位置が高く、46センチに作られている。通常は高くても43センチで、わたしの特注の椅子でも45センチだ。いかに高いかがわかる。勉強椅子では、脚の高さが時間が経つに連れて効いてくるのだ。46センチは良い線だ。それから、何と言っても、座面のこのRだ。この前へ行くほどに傾斜した独特のラインが勉強の前傾姿勢では良いのだ。数ヶ月前に女性の椅子作家の方を紹介したが、このR面はその系統にあると思われる。Img_3136 最後に、後脚の独特の形が特色になっている。アームを半分にして、そのアームを前で支えて、後ろへ傾斜を伸ばしている。この後脚からアーム、そして背板にかけての連続した部分は、前傾姿勢の後ろを支える装置になる。ちょっと勉強に疲れた時に、この装置が役立つ。シンプルかつ優美な形をしていると思う。昨年、デザイナーのM氏が宣伝して、特注のドムスチェアがロット生産され販売された。その時のポスター・カレンダーが評判になったのだ。Img_3139 ドムスチェアの欠点は、結合部分でかなりビス留めが使われているところだが、それをも多様性の一端にしてしまうほどのデザインだとも言えるところが、また強みなのだ。

 

Img_3148 隣接する喫茶店「Café Longtenos」で、ソフトクリームを食べ、今日座った椅子たちを省みて、再び楽しんでしまった。しかし、帰り道が遠いのだ。Img_3141 Img_3103 Img_3140 Img_3134 Img_3115 Img_3114 Img_3104 Img_3127 Img_3125 Img_3118 Img_3149

2017/09/24

グレインノート椅子展の最終日

Img_8615 今日は昼からずっと、グレインノート椅子展展示の最終日にお付き合いさせてもらった。ご主人のS氏と一緒にギャラリーの展示と訪れる人びととの歓談を楽しんだ。ギャラリー(gallery)の語源は、「回廊」ということで、本来は人びとが行き来するような空間だったのだ。だから、単に美術館の部屋のような閉ざされた場所ではなく、今回のように、松本市の中町通りから歩いて、ちょっと入ってくるような感覚が、この言葉にはあるのだと思われる。この場所は、窓からは道を通る人びとがよく見え、回廊的な要素があるのだ。

 

Img_8498 仙台から来たという、女性2人の旅行客は、まずは「異様」な形をしたT氏の「骨盤椅子」を見つけ、腰の締め付けを試していた。展示というものを考えさせられる行動だった。椅子なので、最後は座って見てもらい、お尻の感覚を試してもらうのが主眼なのだが、その主目的に到達するには、まずは視覚的な要素も大切なのだと実感させられたのだった。

 

Img_8488 名古屋から来た中年の女性は、ざっとほとんど全部に座ってみた後、自分のお尻にぴったりする椅子の感想を述べてくださった。パソコンを使用する関係の仕事を持っているようだったので、仕事椅子のイメージで座って回ったようだった。Y氏の編み椅子、A氏の健康椅子など、横から見ていると、背筋がぴっと立ち、お尻がすっぽり入って、見るからに身体にぴったりの椅子だ、という感触が周りに伝わってくるようだった。お尻モデルになると良いのではと思うくらいだった。これらの椅子の販促のために写真を撮っておくべきだったと後悔している。つまり逆に、椅子向きのお尻というものがあることを知ったのだ。

 

Img_8485 椅子展の中でF氏の椅子は、センスの良さが目立つ。F氏の大工仕事のファンだという、男性が現れて、コタツに使うようなF氏の和風椅子を写真に収めていた。おそらく、F氏に以前、改装を依頼したことがあり、その仕事振りに魅せられた方のひとりだと思われる。そういえば、先ほど、キッシュプレート・ランチを近くの喫茶店Chiiannで取った。まだF氏にはお会いしたことはないのだが、じつはChiiannの店全体のデザインをF氏は引き受けていて、その大工仕事の一端を見せていただいた。

 

Img_8730 F氏は最近、店の入口近くに据付ける小さな棚を持って来たのだそうだ。この写真ではよくわからないかもしれないのだが、遠目に見ると、3段の棚で、一番下の棚と二番目の棚の間の縦幅が、ずいぶんゆったりと取っていて、二番目の棚と三番目(一番上)の棚との間の縦幅は狭く作られている。この場所はギリギリのスペースなので、たくさんのモノをできる限り置きたいと思ってしまうところなのだ。しかし、下へ行くほどゆったりと作られている。なぜなのだろうか、と考えてしまった。Chiiannのご夫婦に聞いたのだが、F氏は別に理由は言わなかったのだそうだ。

 

Img_8725 その答えは、近くに寄って見るとわかるのだ。つまり、目線の問題だったのだ。狭いスペースなので、訪問者が上から立ったままで棚を見たときに、下へ行くほどゆったり縦幅を取っていないと、棚の中の展示物が上の棚で隠れてしまうのだ。つまり、大きなものを下の棚に入れるために、下へ行くほど縦がゆったりとっているのではないのだ。全ての棚の中のものが、ここに立った人に見えるようになっているからなのだ。なるほど、という工夫だ。F氏は、このようにちょっとしたところで、使う人の身になって考えることができる方らしい。ファンができるわけがわかった気になった。

 

Img_8732_2 もう一つこの棚には、隠された工夫が見られた。それは棚の脚だ。この点はChiiannのご主人も気がついていて、柱にギリギリに棚が据え付けられているので、脚の外側の部分は切り落とされていて、内側にだけ脚がつけられている。けれども、この脚があるだけで、安定感がぜんぜん違ってくるのだろう。

 

Img_8467_2 さて、グレインノートに戻って、夕方には展示された椅子を回収するために、東京からS氏がK氏と一緒にやって来た。デザイナーのS氏は今年から椅子展に参加した。それで、これまでの伝統的な椅子とは、また趣向の異なった椅子を出品していていた。一つはこのグリーンの箱をイメージさせる「箱椅子」だ。Img_8466 もう一つは、動物の象をイメージさせる「縞々椅子」で、白い木の木目の組み合わせが美しい。伝統的な椅子と、何が異なると、このようなデザイン主体の椅子が出来上がるのだろうか。ヒアリングを行った中で、その点を集中的に追究させてもらったのだった。たぶん、発想の方法が逆転しているところに、特色が現れていることはわかったのだが、さてそれをどのように言葉として定着できるのだろうか。今回も難問をずいぶんと抱え込んでしまったのだったのだ。

 

Img_8606 夕方になって、椅子作家の中では一番歳の若いT氏が最終日になってようやく展示する椅子を持って現れた。彼の椅子は人形物語の中で活きており、その世界でもっとも大きな作り物であるということで、独特の様相を持っている。聞くところによると身体が弱いこともあって、遅れることは常習的なことらしいのだ。作るということには、なんと様々なドラマを生み出すのだろうか。それで、20日に撮ったビデオと同様の視点で撮って、今回はT氏の椅子も入れて、Youtubeの映像を更新することする。彼の椅子がないバージョンと、彼の椅子が入ったバージョンの二つが出来て、それはそれで、今年の特色になったと思うのだ。意外なことに対する純粋な驚きの精神がここでは必要なのだろう。

2017/07/26

海の多様性について

Img_7935 雨が降ってきて、冷たい日だ。亘理町のイチゴ農家M氏から、冷夏でイチゴの苗が育たないし、畑のぬかるみに足が取られるという知らせが届いた。メールの件名も、「寒さの夏はおろおろ歩き」となっていた。

 

Img_7927 わたしも午前中仕事をしていたのだが、手足が冷えてままならないのだ。妻の提案で、横須賀美術館に行くことにする。このような日ならば、展覧会もレストランも空いているだろうということだ。Img_7948 決めてしまえば、1時間で着くのだ。観る方が主なのか、食べる方が主なのかは、問わないことにする。途中、ヤシの木が雨に濡れて綺麗だ。バスに乗って、馬堀海岸から走水漁港を抜けて、美術館へ到達する。

 

Img_2567 今回の企画展は、「美術にみる日本の海」ということで、横須賀に似合った展覧会だ。古賀春江の「海岸」がポスターになっていて、京急線の中でも目立つ。一番最初の部屋に、展示されていた。三人がいて、家族らしいのだが、近代的家族のすれ違いが描かれている。Img_8025 それが、海の色の違いとなっているのが、一つの工夫だ。近代家族の中心は、やはり奥様で、中央にデンとして欲望の塊としての存在感がある。もう一方の中心は、やはりご主人ではなく、子供なのだ。これを媒介するものとして、ようやくご主人が中腰で現れている。海に行くと、家族の現実が現れるという「海」だ。

 

Img_7954 須田国太郎の「海」は、構成が行き届いている。海は上辺にほんの少しのぞいているだけなのだが、手前の河と街の様子が克明に描かれていて、かえって「海」まで考えが及ばないくらいの密な画面を構成している。灰色の色調の中に、濃い重なりが続いていて、見るものの心を捉える。人間の営みがあって、海があるという「海」だ。

 

Img_7966 途中から、絵画の世界から海で使われるモノの世界が展開していく。大漁旗や漁師のはっぴなどが、真新しい実物として展示されている。この着想は面白いのだが、このような雄大な旗が美術館へ展示された途端に、現実感が遠のいてしまうのはなぜだろうか。Img_7962 色鮮やかさは、海の青には映えるけれども、美術館の白壁には合わないということだろうか。使われるモノには、使われている現場の「海」が似合うということだろうか。

 

Img_7971 見終わる頃には、昼をかなり回っていたので、レストランは空いていた。中央の席、レストランからガラス越しに、芝生そして「海」を見下ろすところに腰掛ける。Img_7972 ランチは、今月のスペシャルメニューで海鮮パスタだ。展覧会に合わせたメニューになっている。

 

 

Img_7988 相変わらず、空は曇りで、ここからみる船たちも、難儀だなと言いながら、浦賀水道を通過していくように見えてしまう。この海も、イチゴ農家のある亘理町に通じているのだな、と「海」の映し出す多様さと感覚の差を思いながら、三浦半島の海を後にしたのだった。Img_7997 Img_7992

2017/07/23

椅子のコレクションを観る

Img_2500 昨日、夜遅くまで議論が続くのかと思っていたら、思わぬ豪雨が吹き荒れたこともあって、ペールエールを飲んで、次回の予定を立ててあっさりとお開きとなった。博士後期課程のみなさん、かなり忙しいらしい。

 

Img_2458 宿は京都駅に近いことを重視して選んだのだが、かといいながらも駅の喧騒を避けて、じつは京都五条にとっていた。地下道の七条へ出て、東本願寺を越えれば、五条の街へ入っていく。まだまだ路地のあちこちに長屋が残っていて、京都駅からの徒歩圏であるにもかかわらず、住宅地としての顔を残している。Img_2454 朝の食事は、宿から五条大橋へ向かい、その袂に鴨川と並行して、高瀬川が流れ込んでいる、その脇にある静かな喫茶店「Kano」へ入る。Img_2456 窓から、水量豊かな高瀬川の清流が見えて、五条大橋の交通量の多さを打ち消している。街の中のオアシスという雰囲気だ。

 

Img_2466 今日の目当ては、五条にある、陶芸の河井寛次郎記念館に置かれた椅子コレクションだ。とくにここが、椅子のコレクションで有名だというわけではない。けれども、京都で椅子を集めて展示しているところを思い出していたら、俄然この館が浮かんで来たのだった。Img_2471 河井寛次郎の作風に似た「異形」の椅子があったな、ということだ。河井寛次郎が生活の中で、生活具を選んでいく過程が見えるような気がするのだ。

Img_2493

黒田辰秋に依頼した椅子もあるかもしれない、とも無い物ねだりの期待したのだった。黒田の制作になるものとしては、有名な棗(なつめ)や、綺麗な帯留が展示されていた。

Img_2495

 

「異形」の椅子と呼んでしまうと、ちょっとおどろおどろしいのだが、1階においてあった、この椅子などは、背板に特徴があって、過剰に異形だと思われる。Img_2501 ゆったりと背中へ体重を預けるときには、座りやすい椅子だ。特別なことがない限り、このタイプの椅子が大量に作られることは考え難い。座る人の何かが、椅子の内部にまでずっと浸透している椅子だと思われる。

 

Img_2487 次に、普通の椅子に見えるが、座ってみると「異形」なことがわかるのが、この書斎椅子だ。まず、小さすぎる気がするのだが、がっしりとした丈夫そうな構造に、さらに鋲が打たれた過剰な姿をしている。河井寛次郎の座っている写真が残されているので見ると、この椅子はおそらく彼の身体にかなり適するように作られている。したがって、ちょっとお尻や腰回りの大きい(わたしがそうなのだが)人が座ると、肘木に引っかかるくらいなのだ。Img_2491 けれども、座板の曲線はよくフィットするし、一日中机と向かい合う椅子としては申し分ない。この椅子のもう一つの特徴は、ひっくり返すとわかるのだが、椅子の脚に木製のコロが取り付けられていて、事務椅子のように、座ったまま転がすことができるように工夫されている。もちろん、木製なので、ギャロギャロと軋んだ音を立てて、可愛いのだ。この椅子も、河井寛次郎の思いがかなり吹き込まれ、浸透した椅子といえる。

 

Img_2477 それから、あった、あった。ゴッホのスペイン椅子だ。椅子作家のYさんから教えられてから、あちこちで見るのだが、このオリジナルに近いものは意外に少ない。この脚のしなりはどうだろう。やはり、生木なので、時間が経つと、ホゾが緩んでくるのは仕方がない。ギシギシと座ってみて、この緩みの具合を感じるのは、楽しい。この椅子がたくさんあるのは、やはりスペインから当時仕入れていた店が京都にあったからに違いないだろう。Img_2480 現在では、その店で扱っているのは、このような手仕事のものではなく、機械で削ったもので、見劣りがするのだ。それにしても、塗装無しで外に置かれたこの椅子は、粗野そのもので素晴らしいのだ。

 

Img_2481 それから、見過ごされそうな椅子が、登り窯の前にあり、気になって、座ってみた。なるほど、という感じだ。ふつう、このような仕事場にある労働椅子は、前傾姿勢を基本としている。前へのめって、仕事に没頭するからだ。ところが、この椅子の背当てが、曲げ木で、ぐるっと後ろへかなり回っているのだ。だから、座ると、少し後傾姿勢となる。Img_2469 おそらく、登り窯を三日三晩焼いていて、薪をくべる合間に、休憩をとり、窯を眺める時には、ずっと後ろの高いところまで、眺めつつ、休むのだと思われる。したがって、後傾姿勢の椅子が必要とされたのだと思われるのだ。

 

Img_2505 これだけ集めれば、少し壊れかけた椅子もある。この椅子は座面が楕円で、位置が偏っている。それが三角形の貫に乗っている。異形ではあるのだが、座りやすいし、文句のないところだ。しかし、形に凝ると、思わぬところに皺寄せが出るのだ。貫のホゾがやはり抜けかかっていた。Img_2506 ちょうど三角形の頂点のところなので、力がかかってしまったのだと思われる。けれども、ゴッホの椅子と同様で、これも完全に壊れるまで、丁寧に使ってもらえば、多少の故障はかえって椅子の特色ともなるのだ。長く使ってもらいたい椅子だ。

 

Img_2512 この記念館は、手仕事の工房を兼ねていたので、当然冷房はない。したがって、今日のように家の中でも35度を超えるような時には、扇子やうちわが必需品だ。1階の広間に用意してあった。とはいえ、2時間ほど滞在すると、喉も渇いてくる。Img_2508 この横丁に入る角に、青磁の陶工が経営しているらしい、珍しい「市川屋珈琲店」があった。ちょうど、入口のカウンター席が空いたので、ここでコーヒーを1杯。帰宅の準備を行う。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。