カテゴリー「大学関係」の投稿

2017/03/10

群馬での合宿

Img_6157 今年も3月を迎えることができたという余韻が1週間経ってもまだある。原稿を出して、ホッとする余裕ができたことを喜んでいる。さて、この余韻の続いている時期に毎年恒例となった、「社会と産業」コースの先生方との合宿への参加のために群馬へ向かう。Img_6168 もちろん、自由参加の私費旅行なのだが、ほぼ9割の先生方が参加するのだ。これまで、K先生の地元である群馬の湯宿温泉で開かれてきている。

 

近年、東京駅のエキナカが充実してきていて、昔であったら駅弁を買い込んで、列車の中で食べるのだが、今はそれよりも、暖かい昼食をエキナカでしっかり食べてから、Img_6346 新幹線へ乗り込んだ方が、ゆったりとする気がするくらいなのだ。新幹線が速すぎて、上毛高原までの間に弁当を食べ、さらに列車を楽しむ余裕がない。

 

トンネルを抜けると、雪が残っているという毎年恒例の情景にも、慣れることがない。その山の頂に見える雪に向かい、バスは赤谷川に沿って、ずっと登っていく。Img_6130 三国街道の須川宿で降りると、そこには手作り工房が並んでいて、「たくみの里」が展開している。今年も昨年と同様に、ふっと顔あげると、H先生が目の前を歩いている。6回目の探訪となるらしいのだが、須川宿の郷土記念館から出てきたところだとおっしゃっていた。これも昨年と同様なのだが、山椒の店へ入って、甘酒を1杯いただく。Img_6159 夜のためのブルーベリージュースを農協で購入して、いつもながらの宿場町の「中央用水構造」についての雑談をしながら、雪が1メートルほど残る山道を、須川宿から湯宿温泉へ下る。

 

Img_6390 早めに宿へ入って、早速1度目の温泉風呂へ浸かる。じんじんと突き刺すくらい熱い湯が、この湯宿温泉の特色で、丸い湯船に身体を投げ出すと、肩こりや腰の痛みなどが吹き飛んでしまうのを覚える。決してキツくはないのだが、硫黄の香りがなんとなく漂ってきて、頭も刺激する。

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Img_6381 そもそもこの合宿の目的は、歓送迎会なのだが、大学に関する議論や研修として計画されたという昔の経緯もあるために、食事の前には、真面目な議論が行われることになっている。Img_6177 今年も真面目すぎて食事時間に食い込むくらいの議論を行ってしまった。Img_6379 程よいところで、M先生がそろそろ食事にしませんか、とにこやかに提案してくださったので、ようやくにして議論の方はめでたく終了となり、本来の歓送迎会となった。

 

Img_6176 今年度末に退任なさるK副学長とH先生のご挨拶は、放送大学での人生のあり方を感じさせるものだった。また、R先生が新任として4月から加わるので、この合宿にも参加してきていた。料理は、ヤマメの塩焼きをはじめとして、お腹いっぱいになるほどだった。

 

Img_6188 次の日には、午前中いくつかのグループに分かれて行動して、最終的に12時に集合して、これも恒例となった「たくみの里食堂」にて、ジビエ料理をいただくことになっている。わたしたちは、地元のK先生の運転で、須川宿、相俣宿、猿ヶ京に連なる宿場町であった、「永井宿」へ向かった。Img_6193 同行のH先生に寄れば、もしかしたら、宿場の中央用水構造の資料も手に入れることができるかもしれないとおっしゃるのだった。

 

Img_6199 標高がだいぶ上がってきていることこともあって、永井宿ではやはり雪が降っていた。K先生が地元のかたに昔の用水の様子を聞いてくださったりして、それなりの収穫があったのだ。Img_6203 また、古い旅館だったような建物も残っていて、柱に施された修飾模様なども凝った造りを残していた。三国街道の華やかなりし頃をしのぶのに十分であったのだ。Img_6214_2 残念ながら、冬季には資料館が閉じられていて、資料そのものは見ることができなかったけれど。同様にして、猿ヶ京温泉にある関所跡・役宅跡なども、閉まっていて中までは見ることができなかった。Img_6250 その代わりに、食堂への途中、相俣ダムに寄ったのだが、そこでの流木が印象に残った。Img_6266 「流木はゴミなのか、資源なのか」という問いかけも面白い視点だと思ったのだ。

 

「たくみの里」に戻って、初めてカスタネット工房の展示を見ることができた。Img_6281 日本のカスタネットの多くがここで作られているのだそうだ。それは、「赤谷プロジェクト」という林業プロジェクトとネットワークを形成していて、間伐材などを有効利用したり、広葉樹の植林などを行ったりしているのだそうだ。Img_6284 ブナやナラ、サクラなどの木工の材料となるような、樹木のプロジェクトが形成されているのを見せていただいたのだ。

 

Img_6141 今年の「たくみの里」での収穫は、これも毎年訪れている革工房「KURO」でいくつかの革製品を購入したことだ。ぷっくりとした作品を得意としている。Img_6426 この赤いハートの飾りもさることながら、この青いキーフォールダー風のものも面白いのだ。さてクイズなのだが、これは何に使うものでしょうか。Img_6428 それから、ご主人が昨年から今年にかけて店を改装していて、漆喰風に壁を真っ白に塗ってあった。その壁に飾られていた、黒革カバンがとても良かったのだ。Img_6302 2年前にわたしが購入したカバンよりもひとまわり大きなサイズで、柔らかそうなぷっくりしたタイプだ。

 

Img_6136 今年の「たくみの里食堂」のジビエ料理は、イノシシ中心だった。このイノシシ肉のソーセージやベーコンに始まり、山菜のオードブル、焼肉と煮物などが昨年同様に、どんどん続いて出てくる。Img_6310 今年はM先生が、「赤ワインがイノシシ肉に会うのでは」と言出だし、それに応じて、S先生がキャンティワインなどを見繕って持ってきてくださったのだ。

Img_6306Img_6308Img_6309Img_6311Img_6316Img_6317Img_6319Img_6320Img_6321Img_6325Img_6328Img_6331Img_6332Img_6333Img_6335 そして、最後は食堂のご主人の手打ち蕎麦で締めとなったのだ。わたしはここで先生方とはお別れして、ワインと日本酒が相当身体に染み込んでいたので、Img_6336 向かいの喫茶店「マッチ絵の家」の薪ストーブの前で、しばし読書し酔いを冷ますことにした。Img_6154 薪ストーブの暖かさは、時間の進行を緩くするのだった。

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夕方になって、湯宿温泉に帰り、宿の外湯を訪れることにする。Img_6338 4つの外湯があり、その中で最も古い建物が使われているという「松の湯」へ行く。Img_6362 昔からこの湯が好きで通ってきているという、地元の60歳くらいの方と一緒になった。Img_6360 お話を聞きながら、じっくりと温まる。この4つの外湯は、地元の70軒くらいの共同体によって維持されていて、各世帯は月に1500円費用負担しているとのことだった。これで、清掃代などが支払われているらしい。お湯は湯本温泉の源泉から大量に供給されている。この湯宿温泉のすべての泊り客は、心付けを払えば、これらの外湯に入って良いことになっている。鍵を宿のフロントで借りることができるのだ。Img_6361 4つも外湯があるというのは珍しいらしく、松の湯の帰りに、入り口で5人ほどの若い男女の温泉マニアの人々に呼び止められ、お湯の様子を聞かれてしまったのだ。お湯の効用は素晴らしく、暖房がいらないほど、布団の中でもポカポカとしてくるのだった。Img_6376

2017/01/17

来年度放送する授業「色と形を探究する」の最終録画が終了した

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4 月から始まるテレビ科目「色と形を探究する」とラジオ科目「日本語アカデミックライティング」のテキストがはやばやと送られてきた。2年間かけて制作したのだ。 一緒に制作した先生方や、編集者・ディレクターの顔は浮かんでくるものの、手に取ってみると、原稿用紙に書きつけていた頃が夢のごとくであり、自分の手から離れてしまった文章がこのように活字となってしまうと、にわかに書きつけられた世界がすでに彼方の世界のように思えてしまう。とはいえ、授業科目なので、録画・録音したのちも、数年間は質問を受けたり試験を採点したりと、通常業務がついてまわるし、何度も考え直すことが出てくることになるだろう。

 

P1176852_2 思い返してみると、わたしはここ数年間、音や色や形や言葉などの「感性」というものに注目して授業科目を作ってきた。経済学からは少し離れるのだが、十分に社会科学の領域内で考えることが可能だったので面白いと思いつつ制作してきた。感性を媒介として、人と人とがいかに結びついているのかを考えてきた。今年は、特に「色と形」に焦点を結んで考えてきたのだ。かなり困難なこともあったのだが、それでも、得るものはたいへん多かったし、今後の課題も発掘することもできた。さて、このように成果物が目の前にあるのだが、学生の方がたはこれらをどのように受けとめるのだろうか。

 

P1176880 それで、今日はテキストが届いただけでなく、じつは授業科目「色と形を探究する」の第15回、つまり最終回の収録日なのだ。5人の担当した講師全員、N先生、S先生、Y先生、O先生、そしてわたしで最後をしめようということになっている。午後からの収録に、Y先生は早くから控え室にきていらっしゃった。準備としては、それほどないのだが、定番通りメイクアップする部屋へ行って、専門のスタッフによって、テレビ用のお化粧をするのだ。それが済むと、テレビの技術スタッフとの全体的な打ち合わせがあり、シナリオ案にしたがって、ディレクターがレクチャーして、ディレクター達は二階の副調整室へ入り、私たちはスタジオフロアでカメラの前に座ることになる。

 

P1176854 今まで数百回も行ってはいるのだが、いつもこの録画の流れに没頭するまでには時間がかかるのだ。それで大概はリハーサルというものを行って、スタッフと出演者が互いに確認し合うのだが、今回は慣れた先生方だけなので、それぞれの場面のリハーサルは行わずに、進めるところは進むだけ撮っていくことになる。これだけ慣れた先生方ならば、腹八分目でおおよそのところうまくいけばOKなのだ。P1176864 講義というものは、相手との間の了解なので、上手い下手はあるのだが、大方良好に伝わるのであれば、それで良いのだと思われる。対話というものは、この程度の曖昧さが必要で、あまりにびっしりと計画どおりに、一字一句正確に撮ってしまうと、身も蓋もない杓子定規の、聞くに耐えないものになってしまう恐れがある。ある程度の緩さが必要なのだ。

 

P1176875_2 自然科学における「色と形」と、人文科学における「色と形」、さらに社会科学における「色と形」が勢揃いした。それでわかったことは、「色と形」の現れ方が、時間的・空間的にかなり幅があるということだった。Y先生は何億光年にも及ぶ「色」の出現について述べていたが、次のS先生は現在目の前にある「色」というものの現れを問題にしていた。この隔絶した世界のあり方を、一気に並べて共通点や、相違点を述べてしまうという壮大なことを、この番組で行ったのだった。O先生の批評が当を得ていたと思われる。P1176853 客観的な「色と形」から主観的な「色と形」、表層の「色と形」から深層の「色と形」、作り出す側の「色と形」から受け取る側の「色と形」などなど、この多様な幅のある「色と形」にはまだまだ探究すべきことがたくさん残されているな、というのが率直な、録画後の感想だった。けれども、「色と形」を様々な角度から考える「橋頭堡」のようなものをここに築くことができたのではないかと思われる。わたしたちが生活する中で、常に分子レベルの色彩を感知する細胞を意識しながら、「青」という色を認識するわけでもないのだ。生物学的な認知と、心理学的な認知と、さらに社会科学的な認知には、ある程度の距離があって当然だということもおぼろげながらわかってきたのだった。

 

P1176881 さて、いよいよ夕方になって最終回の打ち上げ会だ。近くのイタリアン「Oreaji」にて開いた。この科目を企てたH先生も加わってきた。天文学のY先生は、今年度で定年となるのであるが、タイミングの良い?ことに、ちょうど今日が古希の誕生日だということであった。S先生の取り計らいで、このような誕生日プレートが用意されて、打ち上げ会も盛り上がったのだった。P1176897 考えて見ると、通常の大学では、天文学の先生とこんな雑談をする機会は、社会科学者にはないし、ましてや同じ授業科目を作ってしまうなどということもないのだ。今回は、「日本語アカデミックライティング」とこの「色と形を探究する」の二科目で一緒して、自然科学的「感性」と社会科学的「感性」の共通点と相違点を考えることができたのは、もちろんすべてを理解したわけではないとしても、たいへん稀有な体験であったと感謝している。

 

 

P1176887_2 また、今回の収録では、3人の先生方がガテマラ取材を成功させていて、その時のシャーマンなどとのやりとりも、学問を超えた話として興味深いものだった。このやり方をもう少し最後の番組で反映させればよかったとも思ったが、それはあとの祭りとして、謹んで今後の課題として楽しみに残しておいても良いのだと思ったのだった。P1176902_2 さてせっかく、「色と形」という小さな窓が空いたのだから、一方的に窓から見える風景だけでなく、外からそれぞれの部屋へ闖入して、それぞれの研究分野へと重ねることができればということだが、それにはもっと時間が必要だろう。P1176901_2 けれども、少なくとも受講生の方々の中では、このような窓が開くことになるのだから、風の如くに存分に部屋に入り込んで、いろいろな「色と形」の姿を見ていただきたいと考えている。とにかく、一つの終わりと、もう一つの終わりの始まりとがあったのだ。


2016/12/23

京都で博士課程のゼミを行う

Img_1800 博士後期課程の「経済学研究法」と「特定研究」の集中ゼミを京都で行って来た。京都学習センターでは、講義室が少なく限られているので、計画通りにゼミ室を取ることは難しい。そこで、学習センターの入っている、駅前のキャンパスプラザ京都の研修室を一日中借り切って、三日間に渡ってゼミを行ったのだ。島根、滋賀、大阪から加わってくる大学院生にとっては、駅前のビルは交通の便も良く、食事の心配もなく(一階に入っている「Kenya」は、学割が効くし、研修室まで出前してくれるのだ)、静かな空間が保証されている。

 

Img_5490 Fさん、Yさん、Hさんそれぞれにテーマは違っているのは、放送大学大学院的特性であって、縦に深く、さらに横に幅広くという大学の理念通りの課題を抱えており、好ましい議論ができる状況が現れたのだ。Img_1812 一人は消費者・生産者関係、一人は患者・医師関係、一人は被ケアラー・ケアラー関係で、内容や言葉はかなり異なるにもかかわらず、共通点もあって、大きな構図をみんなで描いているような気になってくる。朝から議論していて、気がつくと昼食となり、さらに気がつくと夕食の時間になっている。

 

Img_5511 そのうち、彼らの議論は査読論文などで現れてくると思われるが、それぞれの微妙に異なる点が他の人のテーマへ少なからず影響を与えていて、差異にこだわればこだわるほど、その差異が共通の課題となって現れてくるという、言葉で書いてしまうのは簡単だけれど、実際に現れてくると少し驚くようなことが起こっているのだ。Img_5515 この小さな差異となって現れる特殊な現象を一度解体して見ると、その底では原理的なところで結びついてくるという、意外な共通点が明らかになって来たのだった。

 

Img_5501 いくつかのキイポイントはあるのだが、それらは、消費者・生産者関係、患者・医師関係、被ケアラー・ケアラー関係のほぼ中間で問題になるという、きわめて普遍的な言葉で括ることができ、さらにそれぞれに異なる現象が生ずるところが面白いところだ。諸氏の健闘に期待したい。

 

Img_1807 ゼミの後には、京都で生まれ育ったHさんの紹介で、全面がガラス窓で、駅前広場が一望のもとに見ることができる、素敵なレストランへ入った。前に見える京都タワーが改装されたそうで、この塔のライトアップが当初は古い京都で違和感があったのだが、Img_5525 これだけの歴史を経ると、かえって京都のランドマークになっていると思われる。京都駅の成り立ちや、洛中洛外の話など雑談の方も盛んになった。このあといつものように、四条の方へ宿をとっていたので、夜には喫茶店「Kocsi」に出かけて、食後の甘い系統のパン数種と、コーヒーを飲んだ。Img_5519 Img_1808

2016/12/20

ラジオの最終収録

2017_4 年の瀬が迫ってくると、仕事もあらゆるものが最終を迎える。今日は、二年前からテキストを製作し、さらに今年度ラジオ講座を製作して来たものが、収録の最終回を迎えることになったのだ。『日本語アカデミックライティング』と題する放送大学のラジオ講座だ。書くことをとりわけ意識した論文作成講座なのだ。

 

ヨーロッパ経済史のK先生と日本語学のT先生が主任講師となって、天文学のY先生、教育社会学のI先生、そしてわたしが加わっての異なる専門領域の5名の先生による講座だ。先生方は、それぞれの専門領域で一家言を持つ方々ばかりなので、全ての番組に立ち会ったK先生とT先生は色々な意味でたいへんな思いで臨んだものと思われる。苦労が多かったラジオ制作だったと推察される。

 

けれども、こうして終わって見ると、かえって良いことばかりが思い出されて、多くの先生方と一緒に作る楽しさが思い返される。今回の中で、最も印象に残っているのは、番組の中へ挿入された対談者の言葉だ。

 

わたしは、今回おもしろいテーマをいただいて、二章分書いた。一つはこれまでも何回か書いたこともある「情報を調べる」という章であるのだが、これはこれで、今回書き直して色々と興味深いものがあったのだ。けれども、もう一つのテーマが変わっていて、「他者の言葉で書く」というものだった。この他者という言葉を使って、書くということを考えさせてくれるというので、二つ返事で飛びついたのだった。

 

それで、わたしの担当回の「他者と書くことの関係」についてはそれはそれで楽しかったのだが、それに加えて、今日の座談会でも、他の先生方からも興味深い話が飛び出して来たのだった。K先生のお話はとくに印象的だった。若い頃に漱石全集を購入して、日夜文体を真似したのだそうだ。そしてときには、字体までなぞったとのことだ。

 

もちろん、そのままを真似ること自体に意味があるのではなく、真似ることで自分の体内に文体や字体が浸透することが重要なのだ。おうむ返しのように、すぐに真似ることの結果を求めるのではなく、自分のものになったという確信が必要なのだ。他者が自分の中に入ってくるということは、思った以上に困難があり、これを克服しなければ、他者の言葉を使って書くなどということはできないということだろう。

 

じつはラジオにおける座談会は、時間との勝負のところがある。一人の話者が時間を取ってしまうと、他の話者は時間が少なくなるというジレンマがあるのだ。だから、何か言おうと考えている場合に、ふつうは自分のいうことだけを考えて発言すれば良いのだ。ところが、ラジオの座談会では、それこそ他者がこの次どのようなことを言うのかまで予想を立てつつ、発言しなければならない。今回の座談会では、この「他者」がどのように言うのかを意識しつつの座談会であり、時間がぴったりに終わったことから考えて、5人の先生方がそれぞれの発言ばかりか、他の4人の発言を考えながら、つまりは、他者の言葉を意識しながら座談会を行なったのだと推察されるのだ。


この時間のぴったり感は、文章を書くときには、すこぶる大事なものだと思われる。ぴったりしていれば、表現もぴったりするということだ。ぜひ来年4月から始まる『日本語アカデミックライティング』のラジオ放送を聴いていただければと思うのだ。

2016/12/10

卒論審査・発表会が幕張で開かれた

Img_5418 一年の中でも、果実の収穫時期という印象のあるのが、今日行われる、この発表会だ。外目には大したことなさそうに、思えるのかもしれないが、やはり発表者にとっては、一年間この論文を仕上げるためにかなりの時間を費やしてきており、思い入れの程度は並大抵のものではないはずだ。恒例となった12月の卒論審査・発表会が、幕張本部の研究棟で開かれた。始まる1時間前には、10人ほどの発表者たちがすでに集まっていて、資料の準備に余念がない。


Img_5390 会場でわたしの前の席に座っていた、北海道からいらっしゃったOさんから話しかけられた。姿を見ても気がつかなかったが、ラジオ授業を聞いていたので、声で分かりましたということだった。美声でなくて申し訳ありませんとわたしは謙虚に謝った。そしてさらに、先日の北海道学習センターでの面接授業の時に、廊下ですれ違ったのを思い出したとのことだった。こちらもまた、お見それいたしました。Oさんは力の入った気迫を感じさせる発表をなさったのだ。

  

Img_5421 わたしのゼミの、Kさん、Sさん、Oさんは、皆さん完璧と言えるほどに準備万端だった。あまり準備しすぎると気力が続かないから、少し抑制した方が良い、と助言したくなるほどだった。三人ともに、10分という、与えられた時間ぴったりに報告が終了するという出来だった。

 

Img_5441 わたし自身はネットでのゼミ運営がルーズなのであるが、本人たちがその足りない部分を互いに補い合っていた。同様にして、発表会のプレゼンでも、三人三様の自分の特色を生かした報告を展開していた。トップバッターのKさんは、全体を大きく掴んで、それをうまくサマライズして提示する能力に長けた方で、「社会は私たちの脳の中に存在する」という、壮大な研究計画の一部を今回発表し、一部の発表で全体像がよく見えないという欠点をうまく乗り越えていた。


Img_5401 Sさんは、アイディア豊かな方で、今回の福島県の只見町のつる細工という、ふつうの方は見逃してしまいそうな題材を取り上げつつ、「どのような条件のもとで存続可能なのか」という困難な問題に挑んでいた。挑戦的な論文になったのではないかと思う。Img_5424 只見町の隣の三島町の編み細工は有名なのだが、あえて有名ではない方を取り上げて、特色を出していた。Oさんは、バランスの良い、確実な思考を展開する能力の持ち主で、重点を定めてそれへ向かって着実に結果を出していたと思われる。この誠実さが発展を生み出したのだと思われるのだ。

 

Img_5446 あまり褒めすぎると手前味噌的に思われてしまうので、ほどほどにとどめておくことにするが、この三人の方がたのコミュニケーションの取り方には、素晴らしいものがあったのは事実だ。一人の方が問いを発すると、他の二人の方々が答えを返すという、キャンパスネットワークの掲示板のやりとりが歴代のゼミの中でも群を抜いて多かった。この点はここに記録として留めておこうと思うのだ。Img_5450 日常文をふつうに掲示板に書きつけることができるということは、やはり観念をはっきり記述する能力が高いのだと思われる。これはやはり、社会人のなせる技なのだと思われる。言葉を慎重に選んで、言って良いことと言って悪いことを的確に書き分けることができるということだ。


発表会の写真を多く撮ったのであるが、皆さんのメールアドレスをまとめて聞いていなかったので、送付できなかった。この発表会で報告なさった方で、もし自分の発表場面の写真をご希望の方はわたしのHPからのメールでお知らせいただければ、送付したいと思っている。どうぞ連絡ください。

 

 

2016/12/01

札幌での面接授業

Img_5215 昨夜、陽が落ちてからホテルへ着いたので、寒さのために窓に霧がかかって細かい水滴がついていた。それで、外の景色はキラキラしたビルのガラス窓しかわからなかった。向こうの方に、コンサートホールらしき大きな建物がようやくわかる程度だった。Img_1709 朝になって、水滴のない窓の上の方から、青空が広がっているのが見え、その下には札幌の藻岩山が昨夜降った雪で冬化粧をして現れた。そして、眼下には中島公園の池が真っ白に凍結していた。白い世界が目覚ましの清涼な風を運んできた。

Img_5185 朝食を食べた後、まだ時間があったので、ホテルの中島公園散歩案内図をもらって、ちょっと歩いた。ホテルの横がすぐ公園の入り口になっていて、地下鉄へ向かう通勤客が足早に階段を下っていく。Img_5183 幼稚園の施設が建物を擬人化させて、単調な緑の景色に剽軽なアクセントを加えている。道なりにコンサートホールへ向かって池の周囲を迂回する。途中、ベンチがあって、池に臨みつつ、重要文化財の豊平館を望む良好な配置の場所があった。Img_5192 典型的なレイクビューのベンチだ。おそらく、世界中のベンチの中でも、腰掛け率などというものがあるかわからないが、それに相当する率が良いと思われる椅子だ。Img_5194 ここを通る人の多くが必ず座ってしまうほどの良いロケーションのベンチである。

Img_5191 公園には、多くの彫刻が置かれているのだが、コンサートホールが近くにあることもあって、音楽に関係したものが散見される。Img_5199 札幌交響楽団の本拠地だということで、地下鉄のベンチでは、楽器を持った乗降客を多く見かけた。さて、彫刻なのだが、この陽に背を向けた指揮者は誰だかわかるだろうか。

Img_5201 コンサートホールを過ぎると、そのまま中島公園の南側にある地下鉄方面へ行くか、それとも、池の反対側を回って、ホテルへ帰るかの分かれ道となる。授業が控えているので、今朝のところは、池の反対側へ足を向け、枯葉が積もっている文学館の前の道を通って、いったん戻ることにする。Img_5205 そして、地下鉄で4つ目の「北12条」駅で降りて、放送大学の北海道学習センターへ入る。北大は入り口を入ってから建物までが長いのだ。その分の計算がうまくいかず、数分の遅刻をしてしまった。二日間の中で、なんとか挽回しよう。

Img_5207 当初懸念されたような、寒さで喉が詰まって、声が出なくなってしまうこともなく、ちょっと過剰反応だとは思ったのだが、龍角散のど飴を準備して臨んだのだ。しかし、その世話にもならずに、1日が順調に過ぎた。

Img_5211 以前、同僚のA先生が札幌へ来た時に、受講生の学生主催の懇親会が開かれたらしい。熱烈なA先生のファンがいたらしい。その伝えで、わたしへもお声がかかった。もちろん、A先生のように高級志向ではないので、ごく慎ましく近くのカフェで、Aさん、Sさん、Eさん、Kさん、そして事務長のIさんも残業の後、駆けつけてくださって、気の置けない飲み会となった。Img_5219_2 何が楽しいのかといえば、多くは学生の方々の放送大学の先生方や職員の方々への見方の面白さだ。これらの話の中には、同僚のわたしたちではうかがい知ることができない話がたくさんあって、猛省したり抵抗したり、会話が弾むこと、この上ないのだった。

2016/10/01

比較地域研究会が開催された

Img_1475 東京文京で、比較地域研究会が開かれた。第13回目である。今回じつは早めに来たのだが、それはI氏が発表することになっていたからだ。発表のレジュメをコピーしたいということだった。I氏はIT産業に勤めていて、定年後技能を活かして、タイ国へ仕事で行っていたのだ。けれども、日本へ戻ってきたばかりなので、コピーを行うところがないのだ。Img_1484 この問題は、放送大学のように定年後の学生が多い大学では、結構深刻な問題だ。発表の場としての大学はあるのだが、研究の場、とりわけ作業場というものが限られてくるという難点がある。学習センターへ出てくれば、何とかコピー作業が確保可能だというので、わたしも早く来て対応したのだった。

Img_1481 I氏はタイにおける先端プロジェクトの共同研究のあり方についての発表を行った。革新というものには、応用・維持タイプと、発見・創造タイプとあるのだが、I氏によれば、後者のタイプほど、周辺的なところで開発が進むのだという説で、タイ国での事例がたいへん興味深いものだった。次の氏は、雇用制度について法意識という観点から見てみようということだった。いつもの論調を少し異なる観点から見てみようということで、今後に期待したいと思わせるものだった。最後のO氏は、近年の日本経済を需要サイドから見てみようという発表だった。多くの経済論者が供給サイドに問題があるのではないかという主張している中で、あえて需要サイドにこだわることで特徴を見出していた。需要の中でもとりわけ投資需要が注目点であった。

Img_1483 議論はいつも尽きなくて、みんな熱戦を繰り広げて、感情を高ぶらせて議論するので、カタルシスが一気に浄化されていくのを感ずる。他の人々が見ていたら、喧嘩をしているのではと見られてしまう場面だが、教室で行われることに意味があるのだ。やはり議論の場合には、真剣な真面目さというものが大切な場面があるのだと思われる。

Img_1485 懇親会は、珍しくイタリアン料理の店で行われた。ワインを始めとする飲み物の全てが飲み放題で、赤白ワイン1.5リットルのボトルが出てきたので、十分に楽しめたのだ。今日の懇親会では、前回出席のGさんが飛び入りで入ってきて、議論を盛り上げていた。話していたら、ようやく議論が見えてきて、Gさんは環境論のO先生のところで、二年前に卒業研究を仕上げ、その後の発表会での報告をわたしも聞いていた方だったのだ。蒲田にある呑川をテーマにして、詳細な環境特性を明らかにした論文を書いた方で、印象に残っていたのだった。それで、今日の議論の参加者たちも、今度はこの呑川問題について、みんなで議論を始めたのだった。都市型の河川という特徴を多く持っているというタイプが明らかになるにつれて、第2論文を書くべきだとGさんはみんなに励まされていたのだった。Img_1486 このような他の人の議論をすぐに引き受けて、自分のことのように議論に加わってくるところが、放送大学生の経験知を活かせる、良いところだと思われる。今年から、幹事になる方がH氏に加えて、新たに3名の方が名乗りを上げ、スムーズな運営への足がかりを築いたといえよう。今後の益々の発展を望みたい。

2016/08/04

善光寺近くで、お昼に蕎麦を啜りつつ、面接授業を行う

Img_4371 長野市は古い門前町であるにもかかわらずというのか、門前町だからというのか、構造は極めてシンプルな形を取っている。脊柱のごとく、長野駅から善光寺まで垂直な「中央通り」が立っていて、真ん中あたりを水平な「昭和通り」が切っている。この昭和通りの西は長野県庁に至るし、東は長野市役所に至る。これら4象限に官庁街、商業街、ビジネス街、歓楽街などが収まっている。

Img_4356 今回の面接授業は、この中央通りと昭和通りが交差する、市の中心の場所に立っている「TOiGO-west」ビル3階で行われた。外国人をはじめとして、善光寺の参拝客が日差しを避けながら、このビルの前を通って、山門目指して登っていく姿を見ることができる。このビルには、長野市の生涯情報センターが入っていて、ここに放送大学の再視聴室なども入っている。今年は、わたしの担当する面接授業と同時に、放送大学の入学説明会も開かれていて、長野学習センターの職員の方も諏訪からいらっしゃっていた。

Img_4389 1日目の昼食は、隣のビルにある、やはり蕎麦屋さんへ。学生の方々と一緒に雑談しながら食べる。冷たいざるそばが喉を通っていくのは、この暑さの中ではほんとうに有難いものだ。じつは二日目も、中央通りを少し登ったところの蕎麦屋さんへ行く。経済学の林先生時代に修士課程を修了なさったK氏がこの長野市内に職場があって、授業の合間にいらっしゃるのかもしれないと思っていたら、彼の奥様がわたしの授業を取っていたのだ。Img_4368 それで、ゆったりできるこの蕎麦屋さんへ連れて来ていただいた。ところが、店に着くと、店の入り口には、すでに「準備中」という札がかかっていたのだ。Img_4364 そこは一応言葉を交わしておくべきだと思い、顔を入れて聞くと、二人なら構わないというので、良かったと胸を撫で下ろし席に腰を下ろしたのだった。それにしても、12時20分で、すでに本日の手打ち蕎麦が完売となるのだ。

Img_4358 K氏は放送大学を終了したのちも、信州大学へ入って、さらに学問の領域を広げていらっしゃることを奥様から聞いて、頼もしく思ったのだった。噂をしていたら、K氏ご本人から電話もかかってきた。地方へ来て、卒業生の方がたと会えるのは、率直に言って喜びだ。授業の積み重ねと、授業を超えたところの交流が存在するのだ。W大のO先生が地方旅行して卒業生と会いたくなるのも頷けるところだ。

Img_4361 1日目は午後5時には終了した。ちょうど盆地の山の陰に太陽が沈む頃だったので、日差しがなくなり、少し歩きたい気分が出てきたのだった。このまま中央通りを登って、宿坊を両側に見つつ、高村光雲が原型を作った仁王像のある山門をくぐり、善光寺の本殿へ参る。Img_4373 すでに、善光寺の大方の業務は終了していたので、参拝客もほんのわずかしかいなかった。善光寺では、寺の運営をめぐって、内紛が伝えられている。Img_4369 外からはよくわからないのであるが、この写真にある寺のお知らせのような文章は何やら意味深の感じがするのだった。

Img_4391 宿への帰り道の参道沿いには、善光寺参りの名物となっている、唐辛子の老舗がある。この八幡屋儀五郎店が経営する「横町カフェ」へ、裏道側から入る。辛味といえば、カレーだと思い、そのままの野菜カレーを夕飯として注文する。Img_4376 テーブルには七味唐辛子が並んでいて、自分で辛さをコントロールできるようになっている。わたしが今日最後の客だったらしく、広い喫茶店を独占して食べることができた。Img_4377 だから、より辛くなるというわけではないのだが。食後のコーヒーを頼もうとしたら、この店の食後の特別な飲み物で、柚子入り甘酒があったので、それを取ることする。辛さを中和して、神経を宥めてくれるのだ。

Img_4375 食後、中央通りの一本裏の通りを、権堂アーケードへ向かって下っていく。途中、入りたくなるような喫茶店やランチの店などが点々として、今度来るときにはこの街を目指してくるのも良いのかもしれないと思った。Img_4385 これらの店の幾つかには、O先生のブログで見た覚えのあるものもあったから、Img_4383 長野市で寒い時期の冬カフェというのも良いかもしれない。

Img_4393 二日目の面接授業もいつものように拍手とともに終わって、長野駅から高速バスで1時間ほどのところで、明日から開催される「ALPS BOOK CAMP」という、野外ブックフェアの催しへ行きたいと思ったのだが、Img_4395 じつは長野市では明日6日は、「おびんずる祭」という、長野市民総出の善光寺のお祭りがあり、中央通りには踊りの人波が溢れるのだそうだ。この理由と、さらに6日には若者から中年にかけて人気のあるらしい「嵐」のコンサートが重なり、5日の宿泊は望み薄になっていたのだ。

Img_4398 お昼にK氏の奥様からお話を伺ったところによると、「おびんずる祭」は昔からあったのだが、この6日に行うようになったのは、松本市の「ぼんぼん祭」に対抗して、客を取られないように始まったらしいとのことだった。Img_4399 長野県では、長野市と松本市の対抗意識というのは、明治初期の廃藩置県後に、筑摩県だった松本市が長野県に併合された時から、さらに遡れば、戦国時代の武田寄りの松本と、上杉寄りの長野との川中島決戦が行われた時からにも由来するとも言われ、かなりの累積的な意識が存在することが知られている。Img_4388 もっとも、これは信州人の中だけの地元における特殊な対抗意識で、他の地方へ行けば、このような意識は問題にされないのだが、ご当地ではみんなが血相を変えるものがあるのだ。

Img_4414 長野市での最後の訪問は、K氏から教えていただいた隠れ家的自家焙煎の喫茶店「ヤマとカワ珈琲店」だ。権堂アーケードから、少し登った住宅街の中にある、二軒長屋の1軒だ。戦前に建てられた建物らしい。かなり年季が入っている。Img_4415 玄関を登ると、すぐにカウンターになっていて、自家焙煎の豆を売っている。店では、深煎り(ガテマラ)と中煎り(ブラジル)と浅煎り(エチオピア)のコーヒーが揃っていたので、授業で体力的にヘトヘトな状態で、胃腸も同様に疲れが出てきている、というので、元気を出すために深煎りにしたかったのだが、これはお土産に家へ持って行くことにした。Img_4420 それで、いただいたのはフルーツケーキと浅煎りコーヒーだ。アンティークの教会椅子に腰掛けて、フーッと息をついた。

Img_4422 二年前に開店したそうだ。よその店で、2週間みっちりコーヒーの淹れ方を学んで、その後は自分で切り開いて、今日の味を形成してきたのだそうだ。Img_4424 焙煎機は二代目で、ピカピカのものが置かれていた。喫茶店よりも、焙煎専門店に比重があるのではないかと、若いご主人はおっしゃっていた。ご自分では、サービス業よりは製造業でありたいという意識なのだそうだ。なるほど。推察するに、豆の焙煎の方が利益率も良いのではないかと思われる。

Img_4423 店の紹介文の中で、開店時間が「12時から日没まで」、ということになっていた。なぜ「日没」なのかというと、自然を大事にしたいからだということだった。午前中には焙煎を行い、午後には夏は長く、冬は短く、葉っぱの色が変わるのを見て、鐘の音がゴーンとなる時間を大切にしたいのだそうだ。また、このような喫茶店に来る交友関係にも自然と面白いものがあるそうだ。Img_4426 たとえば、長野市近辺には、同世代の職人さんの友人が数人いて、この中には木工の職人さんも訪れるそうである。木工の専門学校を出て、アンティークの修理専門を行っている若手の方だそうだ。そのうち、紹介してもらって、取材したいと思ったのだった。

Img_4430 帰りは、長野電鉄の権堂駅から、長野駅へ出る。この路線は、長野市内では古い地下鉄になっていて、駅には田舎で取れた野菜が売られていたのだ。Img_4429 エリンギとモロッコ・インゲンが旨そうだったので、即購入。家への良いお土産になった。なんと駅の改札口で、切符と一緒に野菜の支払いを済ませたのだった。家に帰って、さっそく料理してもらった。モロッコ・インゲンのキュキュという食感が素晴らしいのだ。Img_4431_2 それから、K氏から頂いた「七味唐辛子」も煮物の味付けなどにありがたくいただいている。この箱のどこかに唐辛子の隠し絵が入っているそうなのだが、しかとは確認できなかった。たぶん、壁の模様ではないかと思われるが、Kさんいかがでしょうか。

2016/07/17

夏期合宿の二日間

Img_4286 夏期恒例の大学院ゼミナール合宿が始まる。今年度、いつもゼミを開催する、セミナーハウスの研修室には先着予約が入っていて、残念ながら利用することができなかったのだ。そこで放送大学本部の部屋の中でも少し広い、本部西研究棟8階のラウンジを使用することにした。Img_4282 先週のうちに借りておいたパソコンやスクリーン、マイクにスピーカーなどを午前中に運ぶ。放送大学も御多分に漏れず、経費削減が激しくて、このような準備はすべて教員が行うのだ。運ぶのは良いのだが、このラウンジの机はがっしりしすぎていて、会場のセットに時間がかかってしまった。幸い、早く来たAさんが一緒に手伝ってくださったのだ。

Img_4290 全部で述べ30名の方々が今回参加してきている。先生方も5名体制で対応したし、さらに修士課程を修了したOBHさんとYさんが駆けつけてきて、議論に参加してくださった。二日にわたって、10数人ずつが分かれて発表を行うことになった。途中、懇親会が一日目の夜に行われるために、一日目で発表を終えた方々はすっきりした気分で懇親会へ出ることができるが、二日目の発表を行う方々は、気もそぞろとなる。懇親会での話題は、発表内容が多くなるので、一日目に発表なさった人々は、内容を知ってもらっていることもあり、質問を受けやすいのだ。この点でも、有利に働くが、こればかりは順番で仕方がないだろう。二日目には、震度3の地震も来た。このビルの8階にある合宿会場がかなり揺れたのだ。

Img_4298 今の季節には、それぞれの研究論文にとって、一つの転換期を迎えているのではないかと思われる。M1の方々にとっては、4ヶ月くらいかけて先行論文を読んできて、そろそろ研究の方向性への筋みたいなものがいくつか見えてきた頃ではないかと思われる。この「筋」というのものは文脈を作る上で大切だから、大事に育てていただきたい。M2の方々には、そろそろ草稿に取り掛からなければというプレッシャーがかかる時期だ。ここで急がずに、一息つくのが良いのだ。つまり、今までやってきたことを、1日かけて考え直す余裕が欲しい。白紙と鉛筆一本だけを持って、一部屋に閉じこもって、数時間かけて集中的に「結論」を検討していただきたい。とりわけ、草稿の文脈がこの結論と有機的な関係を持つように考えていただきたい。

Img_4301 今日のゼミが終わり懇親会まで、1時間ほど余裕を見てスケジュールを立てたのであったが、結局超過してしまい、店に着くのが遅れてしまった。いつも夏の合宿では、近くの中華料理屋「ホイトウ(回頭)」にお世話になっている。今日も、他のお客に最初に少しうるさくなることを納得していただいて、議論と料理を楽しんだ。

Img_4284 隣の席には、島根大学の林業専門のI先生(農業経済学)が座っていたので、木材産業についての話で盛り上がった。その中で、「独林家」つまり林業の自営農民あるいは単独の森林所有者という人びとが存在することを知った。みんなが知っているように、現在の木材価格はかなり低迷していて、森林の山の値段は極端に安いそうだ。それで、I先生も「林家」になる夢を持っているのだ。わたしの祖先にも、「山師」の系統があったので、もう少し若ければ、この方向を目指し、山々を駆け巡っても良いなという妄想が、旨い紹興酒の酔いが回るほどに、湧いてきたのだった。植林された一山を数十万円で 買えると聞いたが、ほんとうだろうか。

第2日目は、朝9時始まりで、昨日と同様の人数の発表が待っていた。そして最後には、恒例の記念撮影を行って、部屋の片付けをして、ほぼ予定どおりの時間に終了したのだった。先生方、先輩諸氏、学生の方々、ご苦労様でした。帰りには、妹夫婦のご馳走に呼ばれていて、ここで二日間の疲れをすっかり落として、夜遅くなってようやく家路に着いたのだった。

2016/06/25

宮崎の面接授業へ行く

Img_4183 宮崎学習センターの面接授業が先週の山形に続いてある。昨日の金曜日に飛行機に乗り、宮崎市のさらにその先の日向市までJR九州の列車で行く。K大学の講義が終わって、18時の飛行機まで時間があるので、羽田空港ではクッキーを購入して、その後夕飯として「アカシヤ」のロールキャベツ定食を食べることにしている。Img_4186 学生時代の新宿の味を忘れないためである。なぜ新宿の味が羽田空港のビルに入っているのかわからないところが面白いところなのだ。場所柄とあまり合っているとは思われないのだが、それはわたしの主観であって、入る客が決めることである。Img_4189 いつも満席だというところを見るにつけ、並みいる高級店が並ぶ中で、この場所を「アカシヤ」へ提供した空港当事者へ賛美の言葉を贈りたい。

Img_4190 それにしても、昨日は英国のEU離脱ニュースが駆け巡った1日となった。お昼ごろには、国民投票の結果が発表されていた。そして家を出る頃には、BBCが全体の開票がまだ済まないうちに、確定を告げていた。英国と大陸との関係が付かず離れずであったことはヨーロッパ歴史を学んだものにとってはよく知るところだ。以前から通貨のユーロ圏には属していなかった。Img_4187 通貨統合にはサッチャー政権の頃から反対であったことも知っていたから、結果からすれば、それほど驚くほどのことはないとはいえ、関税のことなど経済への影響が大きいことを予想させる。まだまだ、数百年にわたって、行ったり来たりするのだろうな。息の長い歴史がある。

Img_4192 さて、宮崎空港駅から延岡行きの特急に乗って、学習センターのある日向市に着く頃には、日が長い季節であるにもかかわらず、もうすっかり暗くなっていた。有名な日向灘を見ることができると思っていたのだが、暗くて想像力だけの電車行となった。Img_4194 日向市駅に着くと、駅舎が新しく、さらにホテルまでの道幅が広く、みんな同じデザインの低層の店が揃っている。再開発の最中であることが分かる。Img_4195 けれども、途中から景色は変わり、赤提灯やBarの飲み屋さんがずいぶん多い街だな、という感想を持つほどだったのだ。それは「上町」という、飲み屋街を通ってきたからだったことが地図を見て理解したのだった。

Img_4197 次の日は、準備があるから9時15分には、学習センターへ着いているように、という連絡があった。学習センターの隣のホテルに泊まっていたので、角を曲がると学習センターへ着いていたのだ。隣に日向市の市役所があり、まさに再開発の最中で、同じように工事中だった。Img_4196 学習センターの向かいには公園があって、なんと重量級のD51蒸気機関車が置かれていたのだった。紹介文によると、地球を60周以上の距離を走ったのだと書かれていた。さらに引退してからも、このような公園でずっと奉公しているのだ。

Img_0943 学習センターでは、メールでやりとりしたH氏とKさんが迎えてくださって、すでに準備万端の状態だった。早速、講義室へ案内され、学生の方々へ紹介してくださった。今回は以前の放送講義「社会の中の芸術」を取った学生はいなかったので、芸術傾向の学生よりも、経済傾向の学生が多かったような気がする。Img_0946 とりわけ、人生の中で、芸術や工芸にこれまでほとんど興味を持ってこなかった、と答える学生が3人もいて、これを機会に少し芸術へ興味を持ちたいとおっしゃっていたのが、印象に残った。この3人以外は、工業用のリボンを織って、カゴなどを創作する手芸教室を教えている人や、ギターを趣味で演奏している人たちが参加してきていた。

Img_0948 今回も質問を投げかける方式の講義進行を行ったのだが、参加された方々は静かな学生の方々が多かった。けれども、数は少なかったが、本質的な質問が間欠的に続いたので、楽しい授業となった。今回も体調はそれほど良くなかったのであるが、コーヒーを自分で淹れてきて、なんとか最後まで、このコーヒーを飲んで、冷静さを保ったのは幸いだった。

Img_0966 日向市の再開発の様子を見たかったので、昼食のついでに、その先を見ることにした。駅前から道路の幅が途中まで広げられ始めている。この現場にある、イタリアン料理と喫茶の店「Run Into」へ向かった。次第に客が入って、ほぼ満席状態にすぐなった。鶏肉の定食を取った。1年ほど経っていると店主は言っていたが、再開発で統一されたモダンでシンプルな建物だった。

Img_0976 じつは、夕食を食べたのも、イタリアンの店となった。モダンな北欧風デザイン意識した建物に入っているイタリアン料理店「バッケーロ」である。結局予定していた「フランス料理で宮崎牛を」というプランは、その店が臨時休業だったので、あえなく挫折して、この店になったのだ。Img_0978 Img_0977

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。