カテゴリー「組織関係」の投稿

2012/06/02

研究会連合には、集合効果は存在するか

放送大学の大学院も、10周年を過ぎた。年月が経つということは其れなりに恐ろしいところがあって、積み重ねが残って行くことでもある。大学院生修了者だけでも、数千人の規模になったということである。この中にあって、むしろ喜ばしいことではあるが、大学院修了学生たちの自主的な研究会も、いくつかできてきた。

そこで、これらの研究会を結ぶ連合会を作ったらどうか、という自主的な動きが出てきている。わたしは大いに賛成であるので、最初の段階の話し合いに、かなり積極的に加わっている。今日は、第二回目の準備会の話し合いが、東京文京学習センターで行われた。

現在、このような組織は三つある。環境研究会、政府間研究会、比較地域研究会である。それぞれ別々に発達してきたことが強みだ。独自の工夫で、基本的には、自然発生的に育ってきているところが良いと思われる。主に、研究対象の違いから、少しずつ活動の違いがある。

環境研究会では、フィールドワークが重視されている。地域の環境問題に、入り込んで報告を続けている。政府間研究会では、さまさまな方々を呼び込んでの議論に特徴がある。酒の席も強いと言われている。比較地域研究会は、経済学関連の方々が集まっていて、地域の可能性を発掘する可能性を持っている。

この機会にOBの方々から、継続して研究を続ける場所、それは必ずしも、施設や建物を意味するわけではないが、精神的な拠り所も含めて整えたいという希望が寄せられたのだ。とくに、交流を行う可能性は十分あるし、機関紙の設立など、十分に設立する価値があるように思える。重要事項がザクザクと決まって行く。

中でも、機関紙を作りたいという希望は強い。けれども、紙版で紀要などを作ろうとすると、莫大な時間と費用が費やすことになって、いずれ倒産する憂き目を見ることなってしまうだろう。はじめは、電子版で少しずつ作っていって、実績をあげていただきたいと思うところだ。OBの方々も、第二論文を書きたいと思っているらしい。

2008/02/06

ネットワークの逆転

社会的ネットワーク論で、強いネットワークと弱いネットワークの存在が問題になる場合がある。

きょう、銚子のホテルで朝食を摂ろうと、1階にあるカフェへいくと、喪服に身を包んだ中年の男女の一群に会う。ホール一杯に響くような大きな声で、談笑していた。どうも地元出身者の親族グループのようだ。

久しぶりに、法事でふるさとの銚子に集ったのだろう。聞くともなしに聞こえてきてしまったことの多くは、自慢話だが、無難なところでまとめている。昔を思い出しながら、親族の同一性を高めようという暗黙の意図が感じられた。もちろん、このような場で議論はあまり馴染まない。

たとえば、話題としてイチロウの苦労話が持ち出されていたが、誰もが反論することのない話題だ。イチロウに続いて、銚子出身(?)の、ジャイアンツの篠塚が話題になっていた。これもおそらく、当たり障りのない話題で、みんなが一致する話の内容になることは目に見えている。

ちょっと奇妙なことに気づいた。それは、ふつう親族のネットワークは、常日頃から凝集性が高く、小集団の中だけの話に終始する。したがって、むしろこのような「イチロウ」や「シノズカ」を改めて、声高に持ち出す必要がないのだ。

それでは、なぜこの場でそれが話題になったのか、それが問題だと思う。つまり、同一性を強調しなければならないほど、この親族グループは疎遠な関係になってしまっていた、ということだろう。

本来、「親族」は、かなり「強いネットワーク」を組むことで知られている。けれども、時間が経つにつれて、「親族グループ」間で距離が離れ、単に冠婚葬祭だけで結びつくようなグループになってしまうことは、往々にしてあることだと思われる。

いわば、強いネットワークが弱いネットワークとして機能し始めることが起きるのだと思われる。このことが理解できれば、反対に弱いネットワークが媒介するものによっては強いネットワークに発展することもありうるのだと思う。

2007/12/01

チームサポーター

Poster04チームサポーターという組織を創っている。学生のために、学習や研究や同好会活動を支えてくださるチームを作ろうということである。

先日、神奈川学習センターのフェスタヨコハマ実行委員会で、このチームサポーター制なるものを創ることを予告させていただいた。きょうは、そのときコーディネーター(調整役)として参加することになったKさんがいらっしゃって、今後毎週1日はこの組織造りを手伝ってもらえることになった。まず、中核がはっきりしたことは、良いスタートを切ったということだと思う。

さっそく、ポスターを貼りだし、参加申し込み表を作成して、神奈川学習センターの同好会向けの宣伝メールを配信していただいた。どのような反響が戻ってくるのか、楽しみである。まずは、同好会の方がた、参加のほどよろしくお願いいたします。

そこで何を行うのかは、予想はいくつかしているのだが、内容についてはまったく未知数である。未知なことというのは、なぜかわくわくさせられるのだ。どのように、ネットワークの輪が広がり、さらに深く浸透するのか、注意深く観て行くことにしたい。

ポスターを正面玄関の一番目立つところに貼っていただいた。Hさんが目ざとく見つけ、名誉ある「申込書」配布第一号となった。友人にも勧めてくださるとのことで、心強い限りである。

第二段、第三段の企てを用意しているので、単に傍観したい人でも結構なので、ぜひ参加していただきたいと考え、お願いするしだいである。

ポスターをご覧ください。
http://u-air.net/sakai/poster01.pdf

サポーター申込用紙
http://u-air.net/sakai/supporter.doc

2007/06/07

プロジェクトが生まれるとき

研究テーマを自分で選ぶときは気軽に設定でき、気楽に廃止できる。けれども、ひとたび他のひとを巻き込むときにはすこし覚悟が必要である。これまでも、何回も痛い目にあってきた。とは言いつつ、止められないのがプロジェクトの面白いところだ。

Eさんから、美味しい店があるので出てきませんか、と久しぶりにお誘いがかかった。上野での弟さんのコンサート以来である。いつものように、健康科学専門のU先生を交えた会となった。ちょうどよい機会が到来した。

横浜では、何か新しいことが始まったり、始めたことを祝ったり、そして終わりにするときにも、理由を見つけては、中華街へ繰り出す習慣がある。この街は、全体が華やかで、いつもお祭りみたいで、何かやるときには後ろから押してくれる。

最近はあまりに街全体が整備されてしまって、表通りの大店が目立つようになってしまったが、通りを曲がると、わたしのような懐具合のものでも受け入れてくれるところがある。独立オーナー系のこじんまりした店が小さな活気を見せており、大店よりもずっと美味しい料理を出してくれる。

三人でテーブルを占めて、気の置けない雑談。平貝と野菜の塩炒めがなかでもとくに美味しかった。アスパラとねぎ、筍などの白い野菜と白身の平貝のさっぱりした炒め味が合っていた。エビチリとフカひれスープも、良かった。

Img1016641792 女児紅(じょじこう)という紹興酒で、皆口の滑りも佳境に入ったので、ちょっとした勢いで、プロジェクトを立ち上げませんか、といってみた。不意打ちだったので、U先生は酔いが醒めてしまったらしい。

でも、このテーマの追究は、然るべく存在すべきであり、仕方がないなあ、と同意してくれた。プロジェクトの成立は、異なる分野からみて、何かがおかしい、ということがあって、まだそれが何ものなのかわからない、けれども、何かやってみたいと思わせるときに生ずるのだ。

すこし気が長いプロジェクトで、三年計画くらいを目指そうということになった。Eさんもご協力いただけるようである。腰を据えて、じっくりと取り組もうと思う。

奇跡が起こるときには、良い料理が欠かせない。中華街があってよかったとほんとうに思う。U先生の要望で関帝廟を詣でてからきたので、「我ら天に誓、我ら生まれた日は違えども、死すときは同じ日同じ時を願わん」という、関羽の祈りが効いたのだろう。ちょっと牽強付会かもしれないが。

2007/01/03

丘と平地のネットワーク

夜と昼の区別がわからないような正月を過ごしている。今年だけは特例にしてほしい、と思い続けているが、毎年このように続くと、そろそろ「シジュポスの神話」的状況になってきている。そこで、この状態を楽しむことに気持ちを転換しつつあるのが正直なところである。

それで、夜になって起きてくると、塩野七生がNHKで対談を行っていて、中世の都市の成り立ちについて語っているところに、ちょうど出くわした。

ローマ帝国が世界に覇権を広げた時代から、中世に入ってくると、平地に広がっていた世界は混沌としてきて、秩序が乱れ始める。そこで、為政者たちは治安を維持し、安全な生活を送るために丘の上に城を築き始め、その周りに中世の街が作られていくのだそうだ。

平地は常に侵略され、異国の文化との混交を余儀なくされる。平地の街は、保護や安全を諦めなければならない分、開放的で外に向かって絶えず発展していく可能性がある。それに対して、丘の上の街は防御し易く、親密な世界を構築できる。

中世の街の多くは、丘の上に閉鎖的に作られたために、進展に対しては抑制されてきたといえる。けれども、その結果かえって城山独自の文化がそれぞれ形成されたのだと思われる。ここで城山というものの評価が分かれると思われる。

閉鎖的な点を批判すれば、城山は不利である。けれども、多地点的発展を主張するには、うってつけの装置として城山は働く可能性がある。

丘の上の街の小さな親密な世界と、平地の街の大きな発展的な世界との、両方綯い交ぜになった世界として、中世を捉えたいと思う。

2006/11/02

放送大学のプロモーション

放送大学のプロモーションのために、銚子にあるC大学を訪れた。プロモーションというのは、その場へ行って、実際に行ってみると、考えることが次々に出てきて、たいへん面白い。

プロモーションというくらいだから、プロ(前へ)、モーション(動作)をかけるという性質をもっている。そもそも「前進する」という意味だろうが、相手が有ることだけに、その点で難しい。A組織とB組織があって、AからBへいつもより積極的な働きかけが行われる。そのとき、AがBにくい込めば、プロモーション成功である。

けれども、世の中そんなに甘くない。通常は、AからBへの働きかけがあっても、BからAへ押し戻しが働き、最初の状態に戻ってしまうのだ。

プロモーションは、「振興」「促進」と訳されることからわかるように、花瓶などがそこにあったときに、そのままでは注目されないので、イルミネーションを付けたり、回して見せたりというように、すこし動かしたり振ったりして注意を興させるものである。

花瓶がそこにあることは、存在そのものなので、前から判っていても注意は向かない。そこで、左右に振ってみて、注意をひき付けようとするときに、プロモーションが成立する、と頭のなかではわかっていても、なかなかそううまくはいかないものだと実感した。

Katuo2_1今日訪れた大学では、ご挨拶だけだとおっしゃっていた学長も気さくにお話におつき合いいただけたし、職員の方々も熱心に聴いてくださった。こちらもいろいろと勉強になったし、プロモーションのなんたるかを、この歳になって学ぶとは思わなかったので、たいへんな収穫であった。Katuo

帰りに、やはり銚子に来たら、魚をおみやげに持って帰らねば、と短い時間だったが、街を散策して、老舗の佃煮屋さんを見つけた。なかでも、美味しい「かつおの佃煮」がお勧めである。お茶漬けに一切れ入れて食べると、ほかは何もいらない

(HPを探していたら、落語家の柳家小袁治氏が同じ佃煮を載せていて、発売元のHPのものよりも格段に美味しそうに撮った写真だったので、その写真を拝借した。感謝申し上げる次第である。)

2006/08/10

八面大王と田村麻呂という伝説

朝起きて散歩をしていると、猿の家族が道を横切っていくのが見えた。近くのリンゴ園を荒らした帰りらしい。列の最後を走っていく小猿のユーモラスな走りは印象的だ。ひょっと岩の上をみると、見るからに大柄な猿が、あたりを抜け目なく見渡して監視しているのに気づいた。

O市のGという山あいの村落には、「八面大王と田村麻呂」という伝説がある。ここに出てくる人間関係は、8世紀の話にもかかわらず、きわめて現代的だ。Photo_1

猿丸大王と異名をとることから推測されるように、たぶん桃太郎伝説の鬼に相当するような、猿の集団をかれは統率していたのではないかと思われる。猿たちは、現代においてもそうであるように、村人たちの収穫を狙って、たびたび現れ、悪さをするのだ。

伝説では、村人たちが八面大王の退治を、ちょうど通りかかった坂上田村麻呂(蝦夷征伐で名高いあの田村麻呂である)に依頼する。昔からある田村麻呂伝説のひとつである。田村麻呂は、自らの軍団を率いて、難攻不落の渓谷要塞を攻めることになる。ところが、大王は手強くて、なかなか攻略できない。それどころか、田村麻呂はかなりの軍団を失う羽目に陥る。

ここで登場するのが、なぜか京都清水寺の観音さまであり、ほんとうに秀逸な比喩だと思われる。田村麻呂が京都の方角を向いて祈ると、観音様が現れて、ご託宣を述べる。つぎの攻撃のときに、もし危機に陥ったら、わたしに祈りなさい。それでも適わない場合には、村人たちにも一緒に祈るように伝えなさい、と。

そのとおり、田村麻呂は八面大王との最後の決戦で、危機に陥るが、村人たちと心を通じ合い、一致して観音様に祈ったために、大願成就される。八面大王を完璧に退治することができたとさ。めでたし、めでたしという内容である。

ここで、村人は「依頼人(プリンンシパル)」であり、田村麻呂は「代理人(エージェント)」である。通常、現代の取引関係には、これら依頼人と代理人の間に亀裂が生ずることで、両者の関係はうまくいかなくなる。依頼人は頼んだことで責任を逃れ、代理人は本来自分の仕事ではないことを理由にして、同じく責任を逃れようとする。このため、人びとは頽廃してしまう。たとえば、株主と経営者との関係は典型である。

ところが、ここで第三者が仲介することで、両者の一致団結が確保されれば、この取引関係は良好な傾向は転換することができる、ということである。

ここが、桃太郎伝説や金太郎伝説の鬼退治と異なる点である。ヒーロー伝説でも、きわめて現代的なヒーローの話であり、ヒーローはむしろ観音様であるというところがみそである。

Photo_2 あるいは、映画「7人の侍」と比べても面白いかもしれない。最後に、依頼人こそ主役である、という落ちがあったが、これも単にヒーロー伝説をひっくり返したに過ぎない。それに比べて、第三のヒーローが存在する、というモデルであり、たいへん興味深い観点を提供していると思われる。

2006/07/27

行き先の見えない会議

「行き先のない会議」と聞いて、ぞっとして尻込みしない人はいないだろう。

今日、たまたま10数大学が集まって、ひとつの将来計画を立てようという合議が行われた。目的も異なり、方法も異なり、参加する分野も異なる人びとがどのようにして、ひとつの合意に達することが出来るのだろうか。ここには、たいへん難しいものがある。

多くの会議には、もちろん「行き先」が確実に在るわけではない。もし確実な議論のゆくえがあるならば、会議を開く必要がない。

今の時代、会議が嫌われる理由は、このように開く必要がない案件が多いにもかかわらず、相変わらず会議が開かれたりするからだ。このような理不尽なことがあるから、嫌われるのだ。

そこで、行き先や、最終到達地点などがあらかじめわからないような会議で、どのようにしたら、曲がりなりにも結論を得られるか、という現代的でかつ切実な問題を考えてみよう。

  • このような場合に、確実な方法として、もっとも採られるのは、あらかじめ着地点の予想を立てておいて、そこへ議論を誘導する方法である。通常、議長となる人が会議の長びくことを阻止するために、この方法が採られる。
  • すこし乱暴だが、ちょっと先まで議論をあえて進めておいて、途中でずれが生ずるようであれば、途中で引き返して、戻ってくる方法である。
  • 最初から、はじめに設定してきた点を維持しようと考える。ひたすら、変化することを抑制しようとする方法である。
  • それでも、合意が得られないのであれば、最後は後退を覚悟することになるのも仕方ない。

いずれにしても、もし結論まで持っていきたければ、全員の参加者が自らの立ち位置を自覚して、議論相手の力量を推し量り、譲るべきところは譲らなければ、行き先は定まらないだろう。

あなたは、上記の4つの方法のうち、どれを採るだろうか。また、他にも可能性があるならば、ぜひお教えいただきたい。

2006/07/04

ダウンサイジングのもうひとつの文脈

昨日の続きになるかもしれない。

1980年代から90年代にかけて、リストラクチャリング、リエンジニアリング、あるいはダウンサイジングなどの横文字で表現された一連の共通する動きが、ビジネス社会のなかで流行したことがある。

一見すると、企業の合理化策のようにみえるので、その後この脈絡につながるとみられた成果主義と同様に、すっかり企業社会の悪者のイメージが定着してしまった感がある。

けれども、この問題はそう簡単に片のつくような問題ではない。1993年に出たハマーとチャンピーによる「Reengineering the Corporation(邦訳リエンジニアリング革命」では、生産性の上昇には、バラバラな仕事を統合して、少ない人数でこなすことが、現代では必要とされているとしている。「より少ない労働力で、より多くの仕事を」というモデルの誕生である。

このことは、経済学の有名なアダム・スミスによる「分業」モデルに真っ向から反対を唱えるものであった。つまり、仕事を細分化して、多くの人数を使って、流れ作業の増大を図ることが、生産性の上昇をもたらす、とするのが「分業」モデルであった。この「規模の経済」を目指すような図式とは、逆を主張しているからである。

この書物が出た後で、単なるリストラではないか、という批判が出て、このような考え方は下火になってしまった。

問題は、現在のところ、これらのどの方向性が主流となるのかは、現実の成り行きに任せられてきているところにある。実を言えば、経済の人間関係のモデルとして、分業モデルともうひとつのモデルがあることをきちんと認識すべきではないか、と考えている昨今である。

2006/06/05

北大現代GPフォーラムの組織

北大現代GPフォーラムで、実行委員を仰せつかって、数ヶ月お手伝いしてきた。6月2日、3日にシンポジウムと15大学の発表会が開催され、昨日最後に、「交流会」議事録を整理して、ほぼすべての仕事が終結をみた。

実行委員の役割は、「実行委員会」へ出席することというたいへん分かり易い仕事内容だった。実行委員の方々はわたし以外すべて北大の方なので、ほかの仕事も兼ねているが、離れている分わたしの分担は少なかったのかもしれない。主催者は、かなりたいへんだったと推測される。

今回のフォーラムの特徴は、北大内部のフォーラムと、外部とのフォーラムという二重の構成になっている点だ。北大内部の成果を外部に知らしめると同時に、外部からの14大学の成果も取り込もうというわけだ。

この内部と外部との組み合わせの妙技が楽しみであり、(関係者が言うのもなんであるが)成功した要因でもあるのだと思われる。

フォーラムの人間関係は、たいへん複雑だ。最も重要なことは、個々の発表者が自由に展開出来るように、それを支える(今はやりの言葉で言えば)プラットフォームの存在が不可欠だ。

北大組織の魅力は、複雑な役割を自覚して積極的にはたらいてくださる方々が揃っている点である。わたしのように小さな組織に慣れた者にとっては、たいへん羨ましい限りである。

このような重層組織を組めるのも、しっかりした伝統の大学組織が背景にあって、いつも相互作用を保てるからだ。フォーラムを思い返すと、ひとりひとりの顔が浮かんで来る。

小冊子の準備、発表者の組織化、会場・展示の整備、名札・ポスター・表示板の準備などの助走段階から始まって、当日には受付の分担、司会・進行、そして挨拶と続く。とくに細心の注意がいるのは、参加者への配慮である。

数え切れないほどの作業を終えて顧みると、正常に動いて普通であり、うまくいかないことが度重なっても、当たり前であるような世界なのだな、と今になって思う。

裏で支えてくださったTさんとOさんに、とくに感謝したい。

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『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。