カテゴリー「書籍・雑誌」の投稿

2017/05/28

絵本『きょうはパーティのひ』が出た

Img_7727 先日、「パン日和あをや」のツイッターを見ていたら、絵本『きょうはパーティのひ』が載せられていた。ついに出たのだ。前々著『きょうはマラカスのひ』にすっかり魅せられてしまって、気分が落ち込んだ時などには、丑三つ時を過ぎた頃にそっと開けると違う世界が見えてくるという絵本だった。Img_2371 子どもに帰った気分でいうならば、主人公がマラカスの踊りに失敗して、部屋で泣き崩れるのがたまらなく愛おしいのだ。2冊目が出たあと、二年ほど経つのだが、なかなか第3作目が出なかった。「パン日和あをや」の奥様とご主人といつ出るんでしょうね、と言っていたのだ。

 

Img_7436 絵本を知る前には、松本市の雑貨屋さんの壁に、この作者の銅版画がかかっていて見ていた。いくつものデコボコが並んでいる世界があって、デコに住む人もいるし、ボコに住む人もいて、それぞれフラフープなどの運動をしている、という不思議な銅版画だった。そのうち、地から足が離れ、ふわふわと空中に浮いた仲間たちが、列を作って、一緒に走っている絵が出てきて、この先頭を切っていたのが、これら3冊の絵本の主人公「クネクネ」さんだった。

 

Img_7438 このクネクネさんの正体は、ちょっとわからないところがあって、まず男なのか女なのかということすら、明らかにされていないのだ。そして、今回の『きょうはパーティのひ』で、ようやくにしてクネクネさんの職業がわかったのだった。それで、先日松本に行ったついでに、少し距離はあるのだが、わたしの祖母がでた女学校の北にあるクネクネさんの店を訪ねたのだった。Img_7440 写真を見ていただければ、クネクネさんがお得意のフラフープを繰っている看板がわかると思う。ところが、この日は水曜日で、松本市では多くの店がこの曜日を定休日にしていて、クネクネさんの店もお休みだった。

 

Img_7833 それで、日を改めて、今回のクラフトフェアの暇な時間を見つけて、再びクネクネさんの店を、開店時間の11時に訪れたのだった。じつはクネクネさんの仕事はパン屋さんだったのだ。そして、なんと店の前には二人の方がすでに並んでいて、開店を待っていた。Img_7834 この看板を乗せている何気ない子ども椅子も、デンマークの椅子作家モーゲンセンを模ったもので、なかなかの椅子だと思われた。

 

Img_7837 じつは絵本を書いたHさんは、埼玉県に在住していて、妹さんがこのパン屋さんを開いている。だから、自然に考えれば、クネクネさんのモデルはこの妹さんではないかと思われるのだった。

 

Img_7839 店には、パンのための棚はなく、普通のパン屋さんのイメージでいくとちょっと違うかもしれない。パンの種類は、フランスパンや食パンが主体で、菓子パンのようなものはない。昔を思い出すのは、小学校の給食の時間に当番となって、コッペパンを給食室から運んできていたが、このパンの箱を思い浮かべればこの並んでいる箱に近いのかもしれない。Img_7838 おそらく、一人で焼いて持ってきて、売っているのだと推測されるが、売り切りですぐにおしまい、という雰囲気のお店である。絵本の中のクネクネさんのお店そのものであった。そして、飾り棚の隣に、3冊目の『きょうはパーティのひ』が掲げられていた。

 

Img_7840 わたしの前に並んでいた親子連れと、待っている間に話をした。やはり、クラフトフェアに遠くから来て、さらに松本の美味しいパン屋さんを探して、寄ったのだそうだ。けれども、絵本のことは知らなかったようだ。パンだけの趣味で、この店に到達する客も多いことを知った。Img_7926 意外のなことに彼女たちの目指したのは、まずクッキーだった。これだ。あっという間に、ほとんど全部買い占められてしまった。確かに、甘さを抑えていて、さらに歯ごたえがあって、昔風を維持しているのだが、全体としてバランスの効いたクッキーだと思う。

 

Img_7853 クネクネのパン屋さんに、絵本作家のお姉さんのことをちょっと質問してみた。パン屋の作る過程は、今後絵本になるのですかと。メアリーポピンズのレシピがベストセラーになったように、クネクネのパン屋さんはそれだけで、絵本になるのを見てみたいと思う。妹さんは、嬉しそうな顔をなさって、このところはあまり松本へ帰ってきてないんですよ、とお答えになった。

 

Img_7858 店を出て、女学校を通り過ぎて、お城の公園へ入り、少し早かったけれど、このパンで昼食をとったのだ。フォカッチャという、「外はパリパリ、内はもちもち」タイプのパンを頬張った。バラの香りがパンの味覚とマッチしていた。

2017/05/25

なぜデンマークなのか!

Img_2166 先日、デンマークデザイン展に行ってからなのか、それとも、それ以前からなのか。とにかく、デンマークがわたしの周りに迫ってきている。一つは北欧ミステリーに夢中になったのがいけない。今がそうだ。昨日、大学で出席しなければならない委員会があるので、行き帰りの電車の中で楽しめると思って家を出たのだが、文庫本を鞄に入れるのを忘れるという失態があって、一日中物足りない日になってしまった。こうなってくると、中毒症状が出ているという状態だと思われる。

 

張本人は、北欧推理小説であることはわかっているのだ。北欧ミステリーの特徴は、かなり長いところにある。この長さの中で、さまざまなことが起こり、読者へも重厚な影響を与える。読み始めると、他の活動がパタッと止まってしまうから、デンマーク尽くしなのだ。とりわけ、通勤列車の中では、本を広げている時間が長い。幕張までの片道2時間半、往復5時間は頭の中がほぼデンマーク状態が続いている。

 

きっかけは他の北欧推理小説ファンと同じように、小説「ミレニアム」からなのだ。これは主として、映画とテレビドラマから入ってきたから、映画趣味の延長線上にあって、推理小説そのものに没入するとは異なった経験だったかもしれない。椅子の作家の方々と付き合うようになって、松本のSさんが木工の傍、北欧ミステリーが良いのだ、とおっしゃったのが、やはり書籍版への没入のきっかけだったと思う。そして、我がホームライブラリーであるK大図書館には、おそらくかなりの北欧ミステリーファンがいて、書棚にズラっと揃えていてくださったことが効いている。

 

Img_2167 これらを渉猟する中で到達したのが、ユッシ・エーズラ・オールソン著「特捜部Q」シリーズだ。映画で言えば、シリーズものは当たり外れがあって、ミステリーでシリーズが成功している例はあまりない。このシリーズも、映画が作られて居るが、別物だと思われる。テレビの「ミステリー」チャンネルをよくみるが、ここでは、オックスフォードものや、ケンブリッジものがあって、これらには必ず有名な建物や路地が出てきて、観光で行ったところを思い出して見てしまう、というドラマはいくつかある。これをミステリーとしてみているのかは疑問が残る。これと同じで、書物ミステリーと映画ミステリーは同一視できない。

 

特捜部Qシリーズは現在のところ、6冊が出ている。デンマーク社会の置かれている状況というものが伝わってくる、この現代性が秀逸だ。主人公が島をいくつか通って車を運転していくと、スウェーデンの警察署についてしまう。言葉は違って、民族も異なるが付き合わなければならない状況が見えてくる。それから、第5弾「知りすぎたマルコ」では、マルコという少年がロマの泥棒集団で育って、事件に巻き込まれていくのだが、このような大親族を形成する泥棒集団が容易に、イタリアを始め各国をめぐって住むことができる。これは、現代のEU社会の特質を表している。デンマークでは隣に居る人びとの民族性がまちまちで当たり前なのだ。このような現代的特徴を持ったデンマーク社会を的確に描いている。

 

特捜部Qで最も面白いところは、主人公の警部カールと謎の過去を背負って居る助手アサドの掛け合いだ。それに加えて、女性の同僚ローセが多重人格者で、このすれ違い、軋轢、性格の合わないところがかえって凄いところなのだ。どうしても、チームを組織論的にみてしまう、職業病的なところがあるのだが、三人ともに、かなり個性的で、性格に欠陥を持っていて、それぞれ自分勝手に捜査に望むところがある。このバラバラ感がたまらない。わたしたちは日本社会にあって、かなり規律の厳しい社会にあることを自覚している。ところが、世界は広い。ちょっと羽目を外しても、十分に成り立つ社会があるのだ。どの程度まで、警察官が羽目を外しても良いのか、どの程度ならば、法的に許されるのか、道徳的に許されるのか、ギリギリのところが描かれている。

 

文脈の中で面白さが出てくるのであって、このように切り取ったとして、何が面白かろうとは思うのだが、ちょっとだけでも書きたくなってくる。アサドは言う。

 

「カール、私は犠牲になった女性がアンヴァイラーの恋人だったという話そのものが信じられません。それが事実だったとして、なぜアンヴァイラーは彼女を殺さなければならなかったんです? 動機はなんです? 報告書によると、かっとなって殺害したと見られています。でも、何を根拠としているんでしょう? 事件当時、船から叫び声がしたそうですが、誰の声かはわかっていません。ひょっとしたらミナ・ヴィアクロンはホイットニーに合わせて歌っていただけかもしれません。カール、市場でラクダがいっせいに吠えるのを聞いたことありますか?」カールはため息をついた。まったく、ろくでもない事件だ!しかも、やらせてくれとこっちから頼んだわけでもない。それなのに、どうしてこんな事件のことを、いつまでああだこうだと言わなくちゃならないんだ!

 マサドはしばらくの間、無精ひげの生えた黒いあごを手で支えていた。「アンヴァイラーの前科を見ると、それほど馬鹿でもないんじゃないですか? どれもかなり複雑な犯罪ですよね」

「ああ、少なくとも最後のネット取引の詐欺はそうだな。だが、その事件でこいつは投獄されたんだよ」

「それでも、カール、馬鹿だとは言えませんよ。それなのに、コペンハーゲンに自分から舞い戻ってくるなんて、変だと思いませんか? 事実だとしたら、わずか一年半前にこんな方法でひとり殺害しているんですよ。おまけに、知人にマルメの住所を教えたりするでしょうか? ありえません。カール、いいですか、飼い葉桶の前にいるラクダは子供を産みません」

 カールは両の眉を引き上げた。やれやれ、時間がかかったが、あのアサドがようやく帰ってきた。わけのわかならないラクダのたとえ話がまた聞けるようになった。

 アサドは辛抱強くカールを見つめていた。「カール、わかっていないんですね。何かが根本的に間違っているときに、そう言うんですよ」

 カールはうなずいた。「オーケー。つまり、目下のところ、おまえはあらゆる点からアンヴァイラーは無実だと考えているわけだ。そうだな?」

 「はい、突然ラクダがもう一頭やってこない限りは」

 ローゼはロブスターみたいな色になって戻ってきた。その首から上ときたら、まるで強風にあおられたドイツ国旗みたいだった。上のほうでははためく黒い髪と黒いマスカラ、その下にロブスター色の顔、さらにその下には黄色いスカーフ。

 「おや、いい色になったじゃないか、ローセ」カールはそう言って、アサドの隣の椅子を指した。五月の太陽は油断ならない。ローセのような青白い肌には容赦なく照りつける。明日になったら痛いぞ。注目されること間違いなしだ。

 「ええ」ローセは燃えるような頰に手をやった。

 

Img_2168 この三人は、個人としてはバラバラで、それぞれ好き勝手をやっているように描かれている。けれども、そのバラバラに行っていることが、いずれ結びついてきて、集団としてはチームとしては、成果を上げてしまう。このような組織論的な理想状態として、特捜部Qは描かれていると思うのだ。

2016/11/01

社会経営ジャーナル第4号が発行された

20161031_164537 社会経営ジャーナルの本年度号がようやくできた。5月に原稿提出があって、約半年間かかって、雑誌という形になったのだ。今年度の特徴は、エッセイ風のものよりも、論文調のものが多かった点にある。

第4号はこちらから

http://u-air.net/SGJ/category/journal/

これには幾つもの経緯があって、ほんとうに残念なことだったのだが、査読付きの研究誌「社会経営研究」が休刊となったことだ。いずれこのような事態が起こることは予想していたのだが、意外に早く起こったのは、やはりショックだ。査読付き雑誌の必要性については、博士後期課程ができて、応募者の候補生が数多くいることから、理解されてきているのだ。けれども、査読というのがネックであって、論文審査を厳しく行えば、いくらでも厳しくできるのだ。それで、今回はかなり厳しい方へ振れてしまったのだと言える。つまり、一本も査読でパスしなかったのである。

しかしながら、社会経営ジャーナルの方は、9本の論文執筆があり、例年の倍くらいの分量になった。雑誌というのは、4、5本よりも、やはり9、10本あったほうが、賑やかで良いのではと思っている。もちろん、分量が多くなると、編集委員の担当も増えて、その調整が難しくなるのだが。

もう一つの残念なことは、3年目にして色々なミスが出てきたことだ。3月以前に応募があった早い段階の原稿があったのだが、編集委員会が開かれた時にそれが反映されなかったという事件が起こったことだ。この原稿は、どちらかといえば、エッセイ風の原稿だった。著者のMさんにはたいへん済まない気持ちでいっぱいで、反省している。先日の比較地域研究会でも、話題になった。メールで原稿を管理するシステムに不完全があり、ダウンしている時にこの問題が起こってしまったのだ。メールシステムが万能ではないことを改めて示されて、今後の対応が必要であると考えている。

このような雑誌では、いつも気に留めている人がいることが必要なのだが、やはり編集委員は他に幾つも仕事を持っているために、必ずしもこの雑誌だけに注意しているわけにはいかない。そこで対応策が必要になってくる。複数の方が常にメールをチェックすることを考えているが、うまくいくかどうかは、来年度わかるだろう。

「箸墓」古墳についてのエッセイを書いてくださった、Kさんからはさっそくメールが届き、奈良へ行ってきたことと、エッセイがプリントされたことが重なって、ハッピーな気分なのだそうだ。自分の文章が自己満足だけに終わらずに、人目に晒され、実際に公になることは緊張感があると同時に、「創る」という人間の本能的なものを刺激することは間違いないと思われる。ヴェブレンによれば、このような製作者本能は見せびらかしの本能と紙一重なのだが、ハレやかな気分には比類がないものがある。Mさんからも雑誌を見たという報告が入った。

あれやこれやで、ここ一ヶ月は卒業論文数本と2、3回のやり取りを行い、修士論文数本とこれも2、3回やり取りを行い、さらに社会経営ジャーナルの数本と2、3回やり取りを行ったのだ。これに加えて、放送大学のテキスト2冊の再校と三校の時期が集中して、10月は結局編集する側と、編集される側とで、編集者の苦労と執筆者の楽しみと両方を同時に味わうことになったのだった。

2015/03/08

「社会経営研究」発表会

Img_9119 Web研究誌「社会経営研究」「社会経営ジャーナル」そして例年恒例となった「比較地域研究会」の発表会を行うことになった。全国の放送大学学習センターへチラシを貼ってもらって、今回は宣伝にも力を入れた。Img_9123 それで、大学院レベルでは24名の方々が全国から集まってくださって、5時間にわたる発表と議論が行われた。首都圏ばかりでなく、新潟や岐阜からも、仕事の合間を見つけて、駆けつけてくださった。テーマは、以下のとおりだった。

「社会経営研究第2号」「社会経営ジャーナル第2号」発表と討論

第1部「社会経営ジャーナル発表会」

「最期の場所について一度考えてみよう在宅から病院を垣間みて」

「非正規雇用はなぜ増大するのか内部・外部労働市場の多様化について」

第2部「社会経営研究発表会」

「市民満足度調査における二元的品質分析手法の提案」

2000年代以降、銀行貸出は地域経済の成長に貢献してきたか?パネル分析に基づいた暫定的な一考察」

「リーマンショック後の不況期における日本の主要製造企業100社の収益性」

第3部「第10回比較地域研究会」

「新潟県中越地震10中山間地域の震災復興とは」

「高齢者向け自叙伝作成支援事業(試案)」

Img_9125 相変わらず、テーマに共通点は無いように見えるが、今後の方向性を占う意味では、地域に関するものに特色が見られたように思われる。今後統一テーマを設けて、研究会を行っても良いかもしれないということを期待させる内容だった。

たとえば、新潟の中越地震についてのUさんの発表は典型例だった。時間が制限されていて、討議できなかったのが、残念なくらいだったので、そのあとの懇親会ではとくにコメントを伝えたのだった。どのような点でアピールしたのかといえば、地震の復興では、個人の地域リーダーを見出して、それを中心に行う方式と、もう一つには、集団間で組織化が行われる方式とがある。Img_9126 個人リーダー方式は目立つから、よく他でも報告が行われているが、後者の集団方式はなかなか報告されることが少ない。ここで、Uさんのモデルについて言ってしまうわけにはいかないが、地震復興についてその地域に合わせた復興パターンがあり、ここでとりわけ、人的交流について一定のパターンが見られるというものだった。地域循環のパターンには規則性が存在するのだ。ほどなく、Uさんの論文も仕上がってくるものと思われるので、その時には詳細に報告したい。

Img_9118 じつは発表者以外にも、参加者の中には、論文作成を抱えている人が数多くいるのだ。たとえば、Yさんはここ数年抱え続けてきた結果、名古屋の大学から博士号をこの3月に取得することができたというので、出来立ての博士論文の分厚いのをいただいてしまった。ほかにも、将来有望そうな論文が懇親会の席ではまわりにたくさん漂っていた。それらがまとまった時には、ぜひ「社会経営研究」誌への掲載を検討していただきたい。懇親会も無事終わり、課題を抱えて、みんな日常へ戻って行った。

2014/10/31

「社会経営研究」「社会経営ジャーナル」第2号発刊

2014 世の中で、「多重」債務問題などが騒がれだしたのは、やはり世界史的にみれば、金融ということがビジネスの中心の一つになってからだ。貨幣や金融資産の特徴として、「パテ」(可塑性のもの)であると、経済学の比喩で言われてきた。この比喩は、よく教科書に登場する。パテのうちは、まだ形が定まっていないから、何にでもなりうる。ところが、貨幣が使われて、商品や実物資産に固定されると、「クレイ」状態になり、役割が確定する。けれども、パテであるうちは、二重性や多重性の機能をこなすことができ、それが特性となっている。

わたしたちが書く原稿も、パテ状態とクレイ状態があり、パテ状態の時には、まだまだ書ける、もっとたくさんのことが書けると思ってしまう。ところが、いつの間にか、頭の中は固まっていて、クレイ状態になっていて、最後にはこれ以上は書けないということになってしまうのだ。

2014_3 それでつい、パテ状態の原稿を複数抱え込んでしまって、いつでも、もっとたくさん書けるような錯覚を持ってしまうのだ。今日は、その最たるもので、今日一日だけで、締め切りの論文が2本あり、出すように要請のあったシナリオ原稿が1本あり、校正稿を返送しなければならないのが1本あった。その上に、二つの雑誌の編集・製本が、今日最終締め切りで、明日には、ホームページへ掲げなければならないことになっている。成功していれば、無事次のところに、研究誌「社会経営研究」第2号と機関誌「社会経営ジャーナル」第2号が、めでたく掲載されていることだろう。

こちらから、閲覧できる。

http://u-air.net/SGJ/

数ヶ月前から、今日がその日だとわかっていたので、すこしずつ形を整えてきていた。おおかたは間に合うのだと踏んでいたが、さて実際はどうだろうか。1日を振り返ってみると、午前中に全部を済ますことになっていて、昨日からの仕事量は相当なものだったが、なんとか最終の仕事の一つ前まで、漕ぎ着けた。

それで、午後にはK大学の講義があるので、早めに送るものは送ってしまい、編集も校正を残すのみの状態にまで持って行ったのだ。長い午前中も終わりに近づいた。そこで、このような計算違いが生じているなどと、誰が知っていただろうか。じつは、K大学が学園祭の準備で、全講義が休講だったのだ。大学へ着くと、F先生がいらっしゃっていて、同じく日程を間違えてしまったのだということだった。やれやれ。

Img_8069 夕方には、明日からの鳥取学習センター面接授業の前泊のため、羽田空港に向かった。じっさいにはK大の講義がなかった分だけ、余裕ができたことになる。Img_8078 空港に着いて、じつは機内で済ませようと計画していた校正原稿を、飛行機に乗る前に、全部済ますことができたのだった。怪我の功名とは、このようなことを言うのだろうか。このような仕合わせな出来事は、一年にそう多くあることではない。

Img_8073 鳥取の宿へ着いて、近くの銭湯温泉「日の丸温泉」のジェットバブルを浴びながら、何年かに一度は訪れる素晴らしき「納会」が無事済んだことを確認した。最後の最後に幸があるということだ。Img_8074 なぜだかは知らねども、神話の国鳥取の「因幡の白兎」に感謝することしきりだったのだ。Img_8108

2014/08/03

試験監督の最終日

試験期間も、そして試験監督も、今日が最終日だ。けれども、今日が日曜日だけに受験生たちの人数は、試験期間中で最高の数に登っている。神奈川学習センターだけで約5千人弱の人びとが一日で押し寄せる。だから、学習センターの廊下は試験時間を待つ人びとでいっぱいだ。日本全国でも、神奈川学習センターの約10倍の受験生がいると概算できるので、ちょっとした祭りイベント並みの人数が動員されていることになる。ご苦労様です。

試験監督時間には、試験会場に一度入ってしまえば、ときどき見回る以外には、とても暇な時間を過ごさなければならない。受験している方がたは、必死の形相で取り組んでいるので、こちらも心して、真剣な態度は絶やさないことにしている。いつも監督を手伝ってくださる、横浜国立大学の大学院生たちのように若い人びとには、たいへん退屈で厳粛な時間をお付き合い願うことになる。かつては、試験監督を行っている間に、論文が2本書けるとか、3本書けるとか豪語していたけれども、近年は監督に没頭しなければならない規則になってしまって、退屈さを回避するのは並大抵のことではない。とはいえ、頭の中までは試験規則に統制されることは無いので、文献もメモもまったくない状態で、頭の中だけで論文の構想を練るという、たいへん楽しい作業を行っている。もちろん、外見から察知されないように心がけつつも行うところが、たいへん難しいのであるが。

それでかえって、何も見てはいけないという制約があることで、想像力のほうが発達することも、もしかしたらあるのでは、と淡い期待を持ちながら、1時間、1時間を過ごしていく。そうすると、作業の進むことこの上ないのだ。錆び付いた頭をいかにリフレッシュできるか、年取った者だけの楽しみなのかもしれない。

休憩時間にセンターの試験実施本部へ戻ると、センター所長のI先生がいらっしゃって、S君の出版した『喫茶店の伯父さん』という詩集を持って、職員の間に回覧していた。S君は、わたしがこのセンターで学習相談を行っていた当時からの常連で、統合失調症を抱えながら、作業所の仕事に通っていた。もう潰れてしまったが、横浜の古いホテル「バンドホテル」にかつては勤めていた、という話も聞いたこともある。当時から、自分を詠った詩を原稿用紙に鉛筆で書いて、センターへ持ってきていた。わたしが『神奈川学習センターだより』の係を受け持っていたので、数回に渡って、載せさせてもらった。この本のページを捲っていたら、当時作られた詩もこの本に転載されていて懐かしかった。突然居なくなってしまった友人や、過去や将来の自分を詠んだ詩には、真実が宿っていた。アマゾンでも購入できるそうなのだ。


2014/05/01

衰退にこだわるようだけれど

衰退にこだわるようだけれど、最近ゼミ発表を行ったYさんの綿布団店のエピソードは衰退産業の典型を示していて、絶えず思い出される。先日、妻が図書館から山田太一著「月日の残像」を借りてきた。この中に、綿の話が載っている。なぜ綿布団が良いのか、というエピソードだ。山田太一が助監督だった撮影所時代のOさんの話として紹介されている。「友人がOさんのお宅を訪ねると、狭いアパートの一室で、掛け布団の皮をはいで、中の綿だけにくるまって寝ていたという。どうしてこんなことを、ときくと、これだと綿をちぎって首の周りを囲めるからあたたかくていいのだといったという。そして、間もなく亡くなった」というのだ。ちぎって使うことのできるのが綿であり、このようなユニークな使い方ができるにもかかわらず、なぜ綿布団は衰退するのかと嘆く、いやOさんは消滅しなければならないのかと嘆く、この衰退を憂い、楽しむ心境のわかる話だ。

このエッセイ集では、相変わらず、近代社会からはみ出さざるを得ない人びとのエピソードを集めている。これらの話の中で、最も頻繁に出てくるのは、じつは山田太一氏自分自身だ。なぜシナリオ・ライターになったのか、なぜ溝ノ口に住んでいるのか・・・いずれの話の中でも、特有のはみ出し人生を開陳している。なぜシナリオ・ライターになったのかといえば、「監督になるのが怖かった」からであり、なぜに溝ノ口に住むのか、といえば、都内から外れており、神奈川に至らないからだ、ということになる。

この屈折の具合が絶妙で、本人にとっては、当時深刻な問題であったことが想像されるのであるが、しかし部外者にとっては、この屈折の在り方が訳の分からないところであって、山田太一が西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」という言葉を引いて説明している不思議さをもっているのだ。シナリオ・ライター問題では、「社交が苦痛でない人ならよいけれども、私はすぐ一人になりたくなってしまう。片隅にいたくなる」ということになるだろうし、溝ノ口問題で言えば、「どこかで東京に出て光を浴びたくないという心持ちのようなものがあるような気がする」ということになるだろう。

それでは、監督になりたくない問題や、溝ノ口に住み続ける問題がどのように、解決されるのか、という究極の問題になるだろう。これはこれで、山田太一的解決がなされていて素晴らしい。「考えると、フィクションを書くような人間は、どこかで現実の自分や人生からはみ出したいと願っている人種なのではないかと思う」と。

それにしても、溝ノ口にはこだわっていて、ねじめ正一の書いた「荒地の恋」を取り上げ、詩人の北村太郎と田村隆一夫人が駆け落ちして、最初に溝ノ口に居を定めるが、後に逗子に移り住むくだりで、「逗子に住むことができるなら、最初から溝ノ口に住むな」と言っているところは、かなり笑ってしまったのだ。綿をちぎって暮らす者の心境がここに出ている。曲がり具合が半端でない。

2014/03/28

毎年恒例となった図書の返却

Photo 今年度も学期末が押し迫っている。例年であれば、京都か仙台辺りへこもって、来年度の原稿書きに励まなければならないのだが、4月からの原稿書きでは、少し異なる日程を設定しようと考えていて、その準備のために、余所へ出かけずに、家と近くの図書館で考えることにした。

2 それでも年度末にやらなければならないことは、いくつかあって、すぐに次の計画に入ることができるわけではない。その一つが非常勤講師に行っているK大学で拝借した図書を年度内に返さないといけないという義務がある。普通の人の感覚がときどき戻ってくる。期日が来たら、借りた図書は当然返さなければならないのだ。大学の教員というのは、本を読むことの特権階級だと思い込んではいけない、と今年度も戒めた。

2_2 K大学はこの点ではたいへん罰則規定が厳しいことで有名な大学だ。一日返却が遅れると、その日にち分だけ、貸出停止が伸びるのだ。そうなると、4月からの図書借り出しに支障ができるので、いつも年度末に返却することにしている。それで、今日も段ボールに50冊あまりの本を詰め、キャリーで引いてきているのだ。50冊を限度にした理由はわからないが、ちょうど段ボール一箱に入るだけの分量であり、一度に運ぶ量としては、これで最大限だという量である。

3 持ち運びできる量で貸出量が決まるとは思わない。もちろん、読む量が基本であることはわかるのだ。それで、隅々まで全部読んだのかと問われれば、自信を持ってマダだといえるのだが、ほとんどは論文の参考資料用なのだから、拾い読みが終わればそれで良いのだ。結局、論文が仕上がるまでは手元に置きたいと思っているうちに、溜まってしまい、50冊というボリュームになってしまうのだ。読み方で読みこなす量は変わってくる。

4 今年度この図書館だけで借りた本は計算すれば、100冊ぐらいになると思われる。人によって読む量は異なるから、それに応じて、貸出量も個人差を認めたらと思うのだが、図書館としては、何処かで線を引かなければならないのだろうと思う。

5 図書館の性格がここに現れる。この大学図書館は、拾い読み的長期貸出に対して、たいへん理解があり、5ヶ月の期限なのだが、一般の図書館ではたとえばベストセラーなどを貸し出す専門の公立図書館では、本をいかに回し読みさせるかが、勝負であるから、5冊を2週間というところが限度だろう。

Img_5089 キャリーで図書館のカウンターに持ち込んだ。重さは、20キロをはるかに超えている。これから、下ろすのが問題だと思っていたら、若い女性がヒョイっとカウンターへ持ち上げてくださった。本を扱う商売は、本屋に限らず、力仕事なのだ。

Img_5090 数をちゃんと数えて来たつもりだったが、一冊放送大学の本を間違えて持って来てしまった。その結果、一冊足りないことになった。その一冊は、昨日読んでしまおうと思っていて、椅子に積み上げてあったのだ。残った一冊が論文用ではないということにも、何かのつながりを感じてしまう。シェイマス・ヒーニーの『水準器(The Spirit Level)』なのだが、やはり読んでから返しなさいという啓示だと思い、家に帰って、ページをめくった。

Img_5095 水準器は物理的な平衡を図る道具だが、同時に苦しみに耐え、精神的な平衡を保つ比喩でもある。北アイルランド紛争の経験の中で、心の釣り合いを保つことの困難さを詩に託している。「秤にかける」という詩では、「他人の中にある許し難きものと、己の中の許し難きものとを秤にかけ」その中で耐える試練を謳っている。そして、最後の詩では、北アイルランド紛争に光明が見えてきた喜びを次のように表現している。この訳者の解説で、次の文章が取り上げられているので、ちょっと癪であるのだが、喜びが出ている文章で、自由な感じが良く出ているところなので、ここでも取り上げておきたい。

僕たちは余所者というよりは探索者 光怯まず

墓場を抜け出してきた亡霊たち 生き返って 罪を犯しながら

出直し もう一度やり直そうとするのだ

もう一度自分に帰って もう一度思いのままに それも悪くない

Img_5101 図書館の帰りに、陽気に誘われて、横浜の丘を港へ向かってくだって、ひよどり越えもさにあらんというような坂道の階段を降りて、かつては海岸線であったと思われる、横浜駅近くへ出る。丘の頂上で立ち往生していたら、親切な老婦人が近道のこの階段を教えてくださったのだ。今日最後のコーヒーは、いつもの珈琲豆を購入するところで、ブレンドを飲む。

2013/11/01

新たな二つのこと

Ssg9thesis2 この期間、わたし自身にとってはかなり新しいことと思えることを二つ始めた。一つは、雑誌の発行者となることで、もう一つは、ラジオ授業番組のインタヴュアーになることだ。両方とも、新しいとは言っても、一年以上前から計画して準備して来たものであったのだが、やり始めてみると意外に不完全なところがいっぱい見つかって来ていて、実際にはそれほど新しいというほどのことではなく、今まで考えていたことを再びやり直しているということなのかもしれない。

Ssg9journal2 最初は編集者として認識していた。この写真がこれらの表紙なのだが、『社会経営研究』と『社会経営ジャーナル』を出したのだ。それは一年前から始まっていて、放送大学の修士課程が10年間を過ぎ、修士修了生の方々の「場(place)」というものが必要ではないか、と思うようになっていた。だから、雑誌を作ろうと呼びかけた時には、「社会経営研究」の原稿を修士OB生たちから集め、さらにその原稿を査読するところまで行うのは、編集者の役割だと思っていたのだ。

ところが、編集が終わって、この雑誌を発行する段になって、「発行者」の役割は誰だ、とOさんが問うた時、雑誌を出すという役割の重要性を理解したのだった。英語でパブリッシュpublishというのは、まさに公にするという意味で、どこまでできるのかはわからないが、この雑誌を形にして押し出すことを試して見たいと考えたのだった。現代において発行者とは何だろうか。電子出版なので、ワード文書で集めた原稿を、iBook 形式とPDF形式の電子書籍に変えて発行する、という意外に手作り的な作業なのである。こんなところで、まだほんとうのことはまったくわかっていないのだと思われる。手作業が伴う、「電子出版の発行者」という仕事は、じつはたいへん気に入っている。もっとも、現在のところは、電子書籍として「発行」しただけで、まだ公に押し出すところまでは、うまくできていないのが実情だが。

ぜひ、次のところから、ダウンロードして、修了生たちの意気込みを感じていただければ、と考えている。申込者が16名で、実際の提出者が12名で、さらに掲載者が8名であるところから、厳しかった編集過程のあったことを推察していただけるだろうと思うし、編集委員会一同これで満足しているわけではなく、反省すべきことが数多くあり、もっと良い雑誌にすべく来年度も頑張ろうと互いに喋り合っているところなのだ。

http://u-air.net/SGJ/

もう一つのラジオ番組のインタヴュアーの方も、じつは苦戦しているのが実情だ。相手の方がたは素晴らしい経験を持って方々なので、いかにしてそれをうまく聞き出すのか、日夜夢にまで人びとが現れて、健闘しているというところなのだ。先日、昼飯にいつも行く中華料理屋H店で、この3月まで放送大学の広報アナウンサーだったSさんと、広報のRさんと一緒になった。そのときにプロの技を伝授してもらったので、それでちょっと気分が軽くなって、壁となっていた枠を取り払って、聞きまくっている。実際の時間は、15くらいを予定しているのだが、いつもだいたい3倍くらいの分量になってしまっている。

インタヴューの方の感想として、世の中は多様性を発達させている、ということだが、実際のインタヴューでは、これらの話をまとめていかなければならないという制約があり、この制約の方で困ってしまっているのだ。面白い話が多すぎて、どこを切ろうか、いつも迷っている。その結果、いつでも時間が超過してしまっている。

2013/06/29

「日常生活の探究」を読む

Photo_2 大学院ゼミを東京文京学習センターで行う。先週、滋賀へ出張に行ったため、今週にゼミを持ってきた。それで、7月の合宿と近くなってしまったため、任意出席としたので、出席者が少なかった。M2の方々はそろそろ個別に原稿を書き始めていて、ゼミでの発表よりも、原稿に集中する季節に移行しつつある。M1の方々は、まだまだ方向性が定まらないので、ゼミナールで議論を積み重ねることが重要だと思われる。

Photo_3 それで、雲行きがすこし怪しかったが、池袋へ出て、副都心線から東横線へはいってしまうと、そのまま横浜の中心部へ向かってしまう。仕方なく、横浜を乗り越して、馬車道駅まで出ることにして、いつもの散歩コースへ入る。Photo_4 この辺は、新しい街である横浜の中でも、明治期からの遺跡が埋もれている地域であり、それが保存しきれなくなっているらしい。駅には、旧横浜銀行の貸金庫のドアなどが、モニュメントとして埋め込まれていた。

日本郵船博物館となりにある、スタジオ「B」へ寄る。まだまだ日は高く登っていたので、ビールよりは軽い飲み物という時間だった。Photo_5 それで、大テーブルでは他の方が仕事をしており、また外のテラステーブルも女性客が長時間占めていたので、丸テーブルのほうへ陣取って、仕事を始める。1時間くらいすると、今日は土曜日のイベントの日だということで、出入りが多くなり始める。そのまま、聴講しても良かったのだが、途中で出なければならないことになるだろうと予想して、それならばということで、始まる前に失礼して、カフェを出る。Photo_6 ここに集まる人びとを観ていると、それぞれ仕事を別々に持っていながら、暇を作りつつ集まっており、緩やかな関係性を大切にしているらしいことがわかる。他者にかかわらない雰囲気を重要だと考えているのだろう。

散歩コースとしては、このまま港の方へ、または赤煉瓦倉庫へでるか、それとも、馬車道方面へ出るか、という選択になる。雨が心配だったこともあって、今日は馬車道方面へ出て、喫茶店「BJ」へ入る。ウィークデイとお昼頃には、このカフェへは満員で入れないが、土曜日の夕方になれば、空くらしい。一番奥の落ち着ける席に座ることが出来た。

Photo_7 一昨日、W大へ行ったときに、O先生から新著『日常生活の探究』をいただいた。この喫茶店で、ケーキを食べながら、この本をじっくりと読ませてもらった。「日常生活」という舞台を中心として、近代以後のわたしたちの生活を分析した本で、たいへんわかりやすく、かつ奥深い分析を行っていて、好著だと思われる。ブログも効果的に使われていて、多様な工夫が目立つ本だ。

Photo_8 売れるかな、とご本人は謙遜なさっていたけれども、現代に不安を抱える若者に受け入れられるに違いないと思う。それで、出版社のS社から、渋谷で出版記念のトークイベントの提案があるということで、わたしにも依頼があった。詳細については、後日お知らせできると思う。

Photo_11 馬車道から伊勢佐木町へ出る途中に、いつも通っていた喫茶店のビルがあったのだが、取り壊されて鳥料理の新しいビルに変わっていた。客が並んでいて、時代が変わっていくのを感じた。伊勢佐木町の松坂屋が無くなって、かなり立つがまだそのイメージは消えない。今度は、東京銀座の松坂屋が閉店するそうで、百貨店文化という19世紀的なものがひとつひとつ消えていく。Photo_10 近代が消えるのは構わないけれども、その後の文化が用意されていないことが残念だ。兆候はかなりあるのだから、それをとらえる眼が用意されていないということだろうか。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。