カテゴリー「映画・テレビ」の投稿

2018/02/08

映画「スリービルボード」を観る

Img_3792 映画「スリー・ビルボード(原題:Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)」を観た。現代版の女性ドン・キホーテを描いた映画だと思った。ビルボードというのは、大きな野外広告板のことだ。8ヶ月前に、主人公のミルドレッドの娘がレイプされ焼死させられたという事件が起こる。それから、どうしようもなく捜査が進まず、未解決のままになっていた。そこで、ミルドレッドは当地ミズーリ州エビングの警察署長を非難する広告を3枚掲げたのだった。なんとなく、この発想は風車めがけて突進するドン・キホーテのようなのだ。この事件を発端として、地域特有の深刻なのだがユーモアもある出来事がつぎつぎに起こって来ることになる。

 

最初は娘の殺人事件の解決を目指す推理小説仕立てのストーリーが展開するのだが、警察署長が意外な役回りを演ずることによって、ある時点からコミュニティとは何かというシリアスな社会小説仕立ての物語へと転換するのだった。この転換を見逃すと、結末の曖昧さに腹を立ててしまうことになるだろう。けれども、この転換を理解すると、途端にアメリカ社会のタフなコミュニティの在り方に目を開かれることになる。

 

途中で、ミルドレッドはなぜ病気で死を前にした警察署長に過酷な要求をするのかと聞かれて、この映画の主題がようやくにして、飛び出してくるのだった。この映画の隠された、と言ってもむしろそれが目立つのだが、そのような意図が見える場面が、前半にある。町の人格者とみんなが認める警察署長を攻撃するミルドレッドに対して、神父が忠告に訪れる。ここにコミュニティ・反コミュニティ思想が見え隠れする。

 

なんとその話の比喩は、わたしたちには馴染みがあまりないストリートギャングの話だった。60年代後半以降、アメリカでは信頼性が失われる犯罪社会へ入っていくが、象徴的な動きとして80年代のロサンゼルスで抗争を繰り広げた2大ストリート・ギャングの「クリップス」と「ブラッズ」の犯罪の動きがある。そのヤクザなギャングを取り締まるために新しい法律ができたとミルドレッドは言うのだ。「ギャング組織の一員であれば、仲間が起こした事件の責任があり、自分がまったく関与していなくても罪に問われる」というものだった。なにやら、旧5人組の連座制的な制度を想像させるものだ。

 

ここがミルドレッドのドン・キホーテ的飛躍につながっていくところなのだが、彼女によれば、神父もギャングと変わりがないのだ。もし神父が教会でミサを行なっている間に、別の神父がミサの少年に虐待を加えていれば、ミサを行なっている人格者の神父であろうと、やはり罪に問われると言うのだ。突拍子もない論理の飛躍があるのだが、感性的には、うなづいてしまうのだ。この調子で、神父も追い返し、町の人びとからの批判も跳ね返してしまう。ここには、特有のユーモアと悲しみがついて来る。ここが前半の山場だ。なぜ人格者である署長を貶めてでも、娘の事件を取り上げる意味があるのか、というところだ。風車小屋に槍で突っ込んでいくドン・キホーテの姿が浮かんできたのだ。

 

Img_3796 固まってしまっている状況を動かすには、生きた力が必要なのだ。親しい関係でも断ち切って、二者関係をことごとく壊して行く。それは直感的なのだが、次第に三者関係が少しずつ見えてくるのだ。破壊がかえって良い方向へ向かう場合もあるのだ。このような願望はおそらく映画の中でしか成り立たないというのが現実なのだが、このようなアイディアがありうるかもしれないという記憶を持っているかどうかは、そのコミュニティの性格を決定的なところで左右するに違いないのだ。この意味で、この映画の展開には人びとを惹きつける何かがあるといえる。

 

2017/09/08

パン日和「あをや」で夕食し、映画「Paterson」を観る

Img_2933 日常の一日を詩の言葉であらわしたら、どのようなことになるのだろうか。日常の変わらない一日を映像であらわしたら、どのようなものになるのだろうか。監督J・ジャームッシュの映画「パターソン」をチネチッタで観る。まずは日常ということで似合うのは、ベッドだ。というと、ちょっと違うことを想像する方もいるかもしれないが、今回の映画では、一日ずっとベッドを写していても良いくらいなのだった。S__28319755 この主人公二人のベッドでの姿は静かな日常そのものだ。歴史はベッドで作られるのはヴェルサイユ宮殿なのだが、日常こそベッドで作られるのだ。ここが平静である家庭は、日常も平静だ。ポスターがその仕合せなシーンを写している。

 

Img_2931 もう一つは仕事の日常だ。映画の中で、主人公の運転するバスが交差点を左に大きく曲がる。ウィンドウに街の日常がぐるっと映し出される。人びとが歩いている。ショッピングバッグを持っている。反対側を走るタクシーが光っている。

 

世界中から光粒子が集まってくるが、バスが通り抜けるところだけを避けている。周りはすべて日常だ。今日だけは、日常から抜け出て、ということが起こらないことになっているのだが、さてどうだろうか。

 

Img_2911 バスの運転手である主人公は、ニュージャージーのパターソンに住む「パターソン」で、ちょっとした時間に、詩を書いている。朝の6時10数分ごろ、目が覚める。妻の「ローラ」にキスをして、古い椅子の上から服をとる。最初はモーエンセンの椅子だった気がしたのだが、途中からフランク・ロイド・ライト風の椅子に変わっていた。どちらの椅子も古くて素敵だ。

 

Img_2925 詩のノートの入ったブリキの弁当箱を持って、古いレンガの街を通り抜ける。運転席で詩を書き付けると、上司がやってきて、周りの日常が流れて行くのだ。バスが出発し、時計が早回りして、乗客の会話に微笑む日常もある。

 

最初に出てくる詩は、「Ohio Blue Tip Matches」だ。食卓に何気なくおかれているキッチンマッチなのだが、マッチ箱からマッチ棒が取り出され、火が着けられるにしたがって、生の詩になっていくのだ。はじめは日常で、何か火を使う目的があったり火が求められていたりしていたのだが、それがマッチと火と人間との全体の関係に変わってしまうのだ。マッチが擦られ、炎が燃え上がるときに。Ohiobluetipmatches2boxesfullorigina

 

帰りにも同じレンガの道を通る。家に着くと郵便受けをカラにする。妻はカントリー歌手目指しての服飾つくりと、週末バザーに出品するカップケーキつくりに余念がない。この服とケーキのデザインが、以前の監督作品「コーヒー&シガレッツ」の市松模様の趣味を受け継いでいる。彼は夜の散歩に、飼い犬の「マーヴィン」を連れ、バーでビールを一杯飲み、客の悲喜劇に付き合いクックと笑う。こんな余裕ある日常もある。家に帰ると、ビールのほのかな香りを、妻のローラは好きだと言う。こんな毎日が繰り返される。

 

Img_2927 パターソンの日常とはいったい何だろう。映画のパンフレットに次の引用があった。「身の回りにある物事や日常におけるディテールから出発し、それらに美しさと奥深さを見つけること、詩はそこから生まれる」と。もちろん、兵役の写真などがベッドサイドに飾られていて、過去がちらりとのぞく場面もあって、映画には現れない日常もあることは想像させられる。なぜ彼は詩を書き始めたのだろうかということも気になるところだ。詩のシーンを通じて映画が何か描くと、ふつう非日常的なことになってしまいがちなのだが、むしろこの映画では大切な日常がかえって現れてくるのを感じてしまうのだ。少女の詩人が読んでくれる詩には、それが現れている。

 

Img_2913 監督J・ジャームッシュは、20数年まえにアメリカの詩人ウィリアム・C・ウィリアムスの詩集「パターソン」を読み、この街パターソンを訪れたそうだ。映画の主人公が「バスの運転手」であり「詩人」でもあるという、ディテールがいっぺんに浮かんだそうだ。

 

Img_2914 詩の好きな人であれば、映画の最後に出てくる「The Line」という詩には、きっと涙することだろう。この「1行(Line)」には、ドラマが凝縮されている。わたしたちにも、いつもこの「1行」が与えられていて、みんな気づかないかもしれないのだが、じつはそれぞれのノートに、ほんとうは書き込まれているのだ。

 

Img_2915 映画は、夜の7時からだった。K大の図書館で仕事をしての帰りに、少し時間ができた。その間に久しぶりに、パン日和「あをや」へ寄って、夕食をとった。Img_2917 奥様がちょうど2階で、パンの仕込みを行なっていて、パン屋の帽子なのだと思われるが、横縞の白い柔らかな毛糸の帽子を付けて現れた。かぼちゃなどのスープと、クリームチーズとアボガドのサンドをいただく。Img_2919 食後に、りんごと紅茶のセパレートティ。夏には、ご主人の実家のある帯広へ行ってきたとのことなどを雑談した。帯広に本店のある六花亭のチョコレートをおみやげにいただく。仕事中毒の自分自身から抜け出す、最良の一日となったのだ。

2017/06/26

映画「人生フルーツ」を観る

Img_2285 三日目は、受講生から集めたレポートの整理と、グループ学習でのデータ整理で半日かかってしまった。ホテルのチェックアウトが遅かったので、かなり仕事が捗った。あとは、どこかの喫茶店へ入れば、なんとか今日中に面接授業からは離れることができそうだ。

 

Img_2267 手紙といえば、近くに「盛岡てがみ館」という公共施設があって、ちょうど彫刻家の「舟越保武のてがみ」展が開催されていた。代表作の創作に関わるF氏への手紙が数多く展示されていた。中でも印象的だったのは、啄木の頭部の彫刻についての手紙だ。内側から燃え上がるような、像を表したいという趣旨の手紙だった。Img_2269 保武の彫刻は、表情は極めて優しいのだが、うちに秘めた情熱のようなものがあって、これがぐっと迫ってくるところがある。てがみ館を出て、少し歩いていたら、保武の弟に当たる「直木」氏の展覧会がギャラリーで催されていた。Img_2270 また、帰りに駅近くの道路ガード下に、保武の代表作の一つである「青年」像があって、偶然にも仰ぎ見ることになった。端正な滑らかな身体を描いているにもかかわらず、逆にミケランジェロのダビデ像のような、生の迫力が同時に迫って来るのだった。

 

Img_2288 ちょっと喉が渇いたので、岩手銀行中ノ橋店の赤煉瓦の建物を見学して、紺屋町へ足を伸ばした。江戸時代から続く茣蓙屋や、南部鉄器の店などが続き、番屋跡や白い蔵などがさらに奥へ誘う。Img_2282 並びに、喫茶店「クラムボン」がある。宮沢賢治由来のネーミングだ。街の珈琲専門店という雰囲気で、女性たちのたまり場のようだった。所狭しとばかりに、コーヒー豆が置かれていた。最近焙煎したばかりのパナマを豆のままで購入した。Img_2278 Img_2276 Img_2273_2 Img_2275

 

Img_2268 新幹線の切符をパック旅行で取っていたので、新幹線の時間まで少し余裕があった。そこで「出張先で映画」ということになった。宿が盛岡市の中心部にある「映画館通り」からちょっと入ったところにあって、盛岡ピカデリーや盛岡中央劇場、そして盛岡フォーラムなどが軒を連ねている。ここの盛岡フォーラムが幾通りか向こうの通りに別館を作っていて、そちらがシネコン的な映画館を構成していた。Img_2298 ここで、今年のお正月に忙しくて見逃していた映画「人生フルーツ」が上映されていた。これ幸いと入った。意外に客は多かった。90歳の建築家津端修一氏と妻の英子さんとの生活を描いたドキュメンタリーの再編集版だ。もともとは、東海テレビの番組だったそうだ。愛知県の春日井市の高蔵寺ニュータウンで、里山を復活させるような、住宅を作って実際に住んだ記録である。魅力的な詩が、番組を進めて、区切っていく。

 

「風が吹けば、枯葉が落ちる。

枯葉が落ちれば、土が肥える。

土が肥えれば、果実が実る。

コツコツ、ゆっくり」

 

Img_2331 そして、建築家たちの言葉が小さなテーマとして、映像にかぶさっていく。まず、ル・コルビジエ「家は暮らしの宝石箱でなければならない」ということで、ニュータウンの分譲地を購入して、家を建てるところから始まり、その後の住宅の様子が映されていく。そして次のテーマとして、アントニオ・ガウディ「すべての答えは、偉大な自然の中にある」という言葉で、里山を復活させようとする夫婦の営みとその恵みが描かれる。さらにフランク・ロイド・ライト「ながく生きるほどに、人生はより美しくなる」という人生最後の時がたんたんと描写されるのだ。Img_2325 じつを言えば、これら三人の椅子をちょうど、今回の盛岡スクーリングの中でも取り上げていたのだった。また、受講生の中でも、これらの椅子が人生の中で印象を残してきた椅子にあげていた人もいたほどだ。ほんとうに、偶然の一致ということがあるのだ。Img_2302 Img_2280 Img_2279

 

2017/03/22

映画「La・La・Land」を観る

Lalaland LaLaLandとは、カリフォルニア(LA)のように、有りえないような国のことだ。この映画はアカデミー賞の作品賞発表の時にトラブルがあったことで有名なのだが、これで有名になったと言われないようにするのはたいへんだと思う。けれども、それを超えたものを十分に持っていれば、恐るに足らない。ララランドにとって、恐るに足らないこととはなんだったのだろうか

 

ふつう感動して泣く時にはそれなりの理由がある。もちろん、涙は思わずでてしまうものなのだが、あとで考えれば、ふつうは理由があるのが当然だ。けれども、今回のララランドの場合には、これといった理由なく、感性に訴えてくるものがある。ところが、じつにその感性に訴えてくる理由というものがよくわからないところにあるのだ。もちろん、歳をとって涙腺が緩んでいるということもあるのだが、やはりそれとは違う理由だと思われるのだ。

 

そのヒントは冒頭の高速道路上の集団ダンスに隠されている。このダンス「Another Day of Sun」は、いかにもLaLaLand的なのだ。このダンスを見ると、やはり「なぜ」と思ってしまうところがあるのだ。自分の自動車の中に、道路混雑で隔離されていて、互いにイライラしている人びとが、急に道路に飛び出してきて、みんな愉快に楽しくダンスを始めるのだった。社会科学的にいうならば、最もありそうにない想定から、この映画は始まる。近代社会の象徴たる高速道路という状況のなかで、コミュニティ的なパーティがありうるはずがない。個人から、直結的に社会が現れるという想定は、最も社会学者が忌み嫌う想定なのだ。それでは、みんなが「そんなことはありえないよな」というシーンからなぜララランドは始まるのだろうか。ここにララランドの映画たる、所以があるといえるのだ。

 

つまり、この映画は、映画の筋で泣かせるのではなく、最も感性にちかいところで泣かせているのだ。個人が人と出会って、恋をして、仕事をして、そして別れを迎える。この筋が重要ではなく、この感性の落差が観る人の感性へ訴えかけるところがあるのだ。

 

このプロセスが重要であるというところが、どこで出てくるのかといえば、それはかなり後の方なのだ。女性主人公がすべてのオーディションに失敗し、これで最後だというときになって、最も自分の得意なところが発揮されるという筋書きなのだ。パリでの叔母さんとのことを自身の創作・想像の語りで表現させられる。このような特殊なところで、仕事との結びつきが現れてくるのだった。これまでの苦労がなければ、それまでの人と人の結びつきがなければ、このシーンはありえないところだ。このあとの主人公たちの別れの演出については、またひと工夫があって面白いところだが、それは観てのお楽しみだ。

 

Photo ということで、このララランドという映画は、ミュージカル映画の単純さを利用して、理性的な筋展開を逆転させ、感性的な落差を利用して、観客を泣かせる映画として、現代的な新しさがある映画なのだと思ったのだ。

2017/02/10

映画「幸せなひとりぼっち」を観る

Photo 最近、ずっと家で原稿を書いている。孤独を満喫していると非難する人もいて、これをかわすのには工夫がいる。本当のところ、家には妻がいるからそうゆうわけではないのだし、家から1歩も出ない日も結構あって、運動不足も重なり、一人で作業を行うことに苦労がないわけではないのだ。さらに、ずっと原稿を書いていると、持病の肩こりが激しくなるという自分からはなかなか離れられないので、これはこれで困っている。以前は、鉛筆やボールペンのせいだと思っていたが、パソコンに向かうようになって、キーボードを打つようになってからも、依然として、肩こりは午後の2時くらいには手から登ってきてしまう。ここで運動習慣のある人ならば、外へ出て、身体を動かせば良いのだけれども、残念ながらその習慣を持っていない。

 

そこで、手と頭だけで作業を行なっている状態から、なるべく全身で「書く」ことを行おうということで、経済学を勉強するものは、アダム・スミスの例を知っている。彼は国富論を書くときに、自宅で口述筆記を行なった。スミスのように、口述筆記人を雇ったり、テープ起こしを依頼したりする余裕は、この研究費が毎年削られているご時世では、到底望むべくもないので、最近はパソコンの音声認識を、肩の凝ったときには試すことにしている。声を出すことで、なんとなく勢いがつくし、頭と手との間が動いているという感覚が良いのだ。もっとも、音声認識ソフトが不完全なので、声に出したことの半分くらいしか認識しないので、原稿への実利はないのだが、運動不足解消ということであれば、許せるというところかもしれない。

 

それでも、映画を見る方が圧倒的に、肩凝りには効くと思う。今回観た映画には、珍しく良い邦題がつけられている。たぶん、原題は「オーヴェという男」というのではないのかな。これよりは、ずっと「幸せなひとりぼっち」という題名の方が良い。この映画を見ていくと、じつは「ひとりぼっち」、すなわち孤独がテーマとは思われないかもしれないのだ。むしろ幸せなのは、周りの仲間との交流にこそある、ということがテーマのように思えてくるような内容の映画なのだ。それにもかかわらず、あえて題名を「幸せなひとりぼっち」とつけたところに、この映画の意味がある。

 

なぜ「ひとりぼっち」が幸福なのか。これがこの映画の一番面白かったところである。主人公のオーヴェは、愛する妻を持っていた良い夫で、綺麗で倫理的なコロニー的共同住宅地の自治会長だったし、40年以上勤めた鉄道マンという日常生活を持っていた。ところが、すべて失い、自らの命を縮める決断をするところから、この物語が始まることになる。妻を失う孤独、自治会長を奪われる孤独、辞職勧告を受ける孤独などが、孤独の原因なのかと映画を見ていく中で、最初はそのように思ってしまうのだ。

 

ところが、この映画がスェーデンで歴代3位のヒットを飛ばし、5人に一人の人が見たという点は、並みの孤独とは異なる孤独が描かれているからだと、思われる。なぜオーヴェは自殺を企て失敗するのか。ここに理由が凝縮して現れているのだ。それは、妻が亡くなり妻から自由になったにもかかわらず、本当の自由をつかんでおらず、妻の思い出から離れられないからであり、また、共同住宅地の面倒を見る義務がなくなったにもかかわらず、共同住宅地に固執しているからであり、さらに親子二代勤めた鉄道局からの自由も、「白シャツ」という官僚主義の抑圧という形で、得られていないからである。つまり、自分からの自由、自分の我執からの自由が得られていないことから、自殺を図っているのだ。何回かの自殺未遂を繰り返す中で、自らの孤独というものの意味が明らかになっていく。

 

「幸せなひとりぼっち」的孤独というのがあるのだと思われる。ふつう、孤独は連帯が得られないから孤独なのだ。ところが、「幸せなひとりぼっち」的孤独というのはそうではなく、描かれた理想的な連帯を持っていた自分というものが得られないようになったから、オーヴェは孤独なのである。ほんとうの孤独ではないのである。孤独になれない孤独なのだ。ところがやがて、ほんとうの孤独に目覚めていき、最後は無事往生を遂げることになる。最初は愛する妻を忘れることができないから、自殺を図ることになるのだが、最後は愛する妻から離れることができたから、無事本来の自分を得て死んでいくことができたのだ。

 

Images1 モンテーニュも「孤独について」で言っている。「孤独なるものの目的とは、ただひとつ、そうすることで、よりゆったりと、気楽に生きることだと思う。けれども、人はその道筋を、かならずしもうまく探せない。仕事から離れたぞと思っていても、それを取り替えただけのことが多いのだ」。それにしても、オーヴェが最初に、妻と列車の中で遭遇する場面は良かったな。こんな思い出があると、なかなか妻の記憶からは逃れられない。

2016/12/23

映画「君の名は。」を観る

Poster 先日、パン日和「あをや」を訪れたときに、O先生と「あをや」のご夫妻それぞれ、アニメ映画「君の名は。」を今度見ましょうということになっていた。動機は不純で、なぜ現在の日本人がこぞって、このアニメを見たのか、ということを知りたいからだ、ということだ。今年の8月に封切られ、この12月の時点で、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」を抜いて、観客動員数と興行収入で日本のアニメ映画歴代1位となっていた。とくに、日常生活学者である、O先生は何故なのかを説明しなければならないという、義務感を強く抱くほどになっているとのことだった。そういうレベルまで達するほど人気が高く、2016年の一つの社会現象になっていたのだ。これは今年の、細やかではあるが、日本特有の事件ということになるであろう。

 

大方の見るところでは、今回の動員数増大の要因は、供給側にあるという、たとえば雑誌アエラなどの意見が有力な見方だとされている。新海監督作品の東宝の映画館にかける数が、前回は23館に止まっていたのが、今回は一気に300館に増えたから、販売力の強化が観客動員数に働いているものだ、という見解である。それじゃ、観客の方はどうだったのか、という疑問は残るのだ。

 

「出張先で映画を観る」シリーズの本年最終回を飾ったのは、この映画だった。いつも訪れる、四条にある京都シネマでは、最終回時間が早く、仕事が済むまでには、すべての回が上映開始していたこともあって、それならばというので、同じく四条にある京都マックスシネマへ、サンドウィッチと自前のコーヒーを持って駆けつける。客層がだいぶ異なり、わたしと世代のかなり異なる若者のカップルが多かったが、その中に混じって銀幕に集中して目を凝らしたのだった。京都では、やはり観光客であるという共通項があるので、世代の違いなどは超えてしまうところが良いところなのだ。

 

このような映画紹介では、ネタバレを注意しなければならないのだが、すでに8月公開であることもあって、またこれだけの観客動員数を誇れば、ある程度の筋書きは漏れている。そこで、ここではネタバレすれすれの最小限の情報を使うことをためらわずに行い、なぜ日本人が「君の名は。」をこれほど観たのかを僭越ながら考えてみたいと思う。

 

まず、このアニメ映画は前半と後半に分かれている。前半に感動したのか、それとも後半に感動したのか、という点で、見解は分かれるのではないかと思われる。前半は恋愛劇という普遍性を持っていて、これだけでも動員数はかなり稼いだと考えられる。後半は災害劇という特殊性を持っていて、現在の日本人全体へ影響を与える要素を濃厚に持っていると思われる。

 

前半の恋愛劇では、主人公の高校生男の子「タキ」と女の子「ミツハ」が夢の中で入れ替わる。片方は東京の男子校、もう片方は岐阜県の高校生で、それまで会ったことがない二人が夢を通じて、意識が入れ替わる。それぞれの人間の人格・肉体はそのままの状態を維持するが、行動する感性と理性がときどき代わってしまうという想定だ。もちろん、この設定自体は荒唐無稽な設定であることは明らかだ。

 

けれども、わたしたちにとって普遍的な状況が書き込まれていないとは言い切れない部分がこの映画の前半では表現されている。それは、他者が自分の意識の中に入ってくるときには、どのような状態になるのか、ということだ。たとえば、わたしの場合には、他者たとえば妻がわたしの意識の中に入ってきた時、どのような状態であったのかを思い出してみると、それはまさにふたりが同一状況を考える状態がそこに現われたという、普遍的な状況がそこには存在した。けれども、この時の記憶は一体誰の記憶なのだろうか、という単純な疑問は厳然と残るのだ。この普遍的なことを「入れ替わり」という状況で描いている点で、みんなの共感を得たと言えると思われる。この共感が一つのポイントであることは間違いないだろう。

 

けれども、映画の前半の恋愛劇以上に日本人の共感を呼んだのは、やはり後半の災害劇だったと思われる。第1に、ここ数十年の間にほぼ日本人全体ひとりひとりが何らかの災害に遭遇したという体験が蓄積されてきており、これらの災害はそれぞれ異なるけれども、共通して存在している日本人の間の「不確実さ」というものの共通感覚が存在するようになっているということだろう。この共通感覚をどのように表現したら良いのか、ということをみんなが求めていたということだ。あたかも空から降ってくるような、これらの災害を一体わたしたちはどのように受け止めたら良いのだろうかという、目の前の現実が日本人共通に存在するのだ。

 

第2に、災害でバラバラになってしまった都市や農山村・漁村が、もしもう一度何かを一緒に行おうと協力するのならば、そのときどのようなところまで降りていけば、その一致を見つけることができるだろうか。今もし日本人の心を一致させることができるとしたら、それはどのようなことなのだろうか、という社会の現状をうまくすくい取っている映画だと思われる。それぞれの災害体験は、異なるものであったけれども、日本人の共通体験の底にあるものが何なのかを、イラスト的に単純明快に、情報量を少なくズバッと描き出したのが、この映画なのではないかと思われるのだ。このことが後で考えてみれば、安易な描き方だと批判が出るのかもしれないのだが、少なくとも2016年のこの時期に必要とされた描き方だったと思われるのだ。

 

そして、災害の記憶という問題が提起されていた。記憶が残っていれば、バラバラになっても、それを結合する強い力が再生される可能性は残されているのだが、一度記憶が途絶えるならば、人と人の結びつきは完全に失われてしまうという、災害の現実があるのだ。

 

第3に、もしこの災害を避けることができたなら、その後の世界がどのようであっただろうかという、災害を受けた人びとの中には、現状維持したかったとする強い願望がある。これは今となっては、果てない願望かもしれないけれども、そして現実は映画のようには反転できないのかもしれないけれども、わたしたちの中には、限りない願望としてまだまだ残っている。これを胸にしまったままでいるよりは、何らかの方法で表に出した方が良いだろう。表現には限りはあるけれども、他方で限りないものを追求したいという強い欲求には止めることはできないものがある。

 

これらから考えるに、わたしの場合には、日本人の心を捉えたのは、やはり後半の災害劇のエピソードではないか、という結論となったのだ。もちろん、この災害劇は前半の恋愛劇と緊密に結びついてはいるのだが。さて、O先生と「あをや」のご夫妻はいかがでしょうか。

2016/12/02

映画「オーバーフェンス」を観る

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映画「オーバーフェンス」を遅ればせながら、大森キネカで観てきた。今日がこの映画の最終日で、しかも最後の回だった。そのせいだろうか。観客は意外に多かった。それで、自由席の着席順を決める整理券を配っていた。ところが、ちょうどわたしの前に整理券を受け取った人が、この整理券を係員に返さなかったらしいのだ。客席にきて、アルバイトらしい係員が盛んに返すように頼んでいたのだった。整理券を持って帰って、記念品にするつもりなのだろうか。手作りの整理券というところが、このような小規模な映画館らしさを表していて、困った顔の係員も絵になっていた。失礼。

 

Img_1723 良い映画は出だしが良いという法則性に見事に適う映画だと思う。舞台は函館で、佐藤泰志の三部作という触れ込みだから、もっと暗いシーンから入るのかなと思っていたが、一羽のカモメが単色の曇り空を右から来て左へ、他のカモメが左から来て右へ飛んで、交差する。このカモメが何かを表しているようで、表していないようで、何とも良いスタートだ。これまでも、カモメシーンが使われた映画を観て来たのが、今回のカモメは考えさせるのだ。映画の中で、挿入画のように、シーンが変わるごとに、カモメシーンが出てくるのだが、途中では一羽だけのカモメが映ったり、二羽が並んで飛んだりするのだ。これらのシーンを根気よく撮ったカメラマンに拍手したい。

 

Img_1724 O先生も11月23日にこの映画を観ていて、ブログに載せている。ネタバレしないように気を使っているので、ここでもそれに習うことにしよう。となると、コメントは限られてくる。けれども、話の筋とは関係ないが、映画にとって重要なものを発見?したので、それを観ていきたい。

 

オダギリジョー演じる主人公のヨシオ(白岩義雄)と蒼井優演じるヒロインのサトシ(田村聡)の物語だ。離婚し転職を図る冴えない中年のヨシオが、木工の技術専門学校へ通っている。友人がホステスのサトシを紹介するところから、二人の物語が始まるのだ。ところが、サトシはかなり性格が壊れてしまっており、危機的な状況にある、という設定だ。双方ともに、「普通じゃない」状況にある。

 

Img_1728 わたしが注目したのは、「普通」というセリフがこの映画の中で3箇所に出てくる。一つ目は、40代の主人公が20代の女の子たちに揶揄われて、「普通に飲めばいいじゃないですか」と思わず漏らすシーンだ。二つ目は友人からサトシのことを「どういう娘なんすか?」と尋ねられて、「いや、別に、普通の・・・」と答える場面だ。三つ目は、離婚した妻と会っている最中に、その元妻から「でも、今は・・・普通になったね」と言われ、「いや、前から普通だよ」と答え、元妻から「私にはそうじゃなかった」と反論されるシーンだ。

 

何が普通であり、何が普通でないのか、が問題になっているわけではない。いずれも、みんなが「普通」だと考えていても、現実には「普通じゃない」状態が存在したことを表しているのだ。自分の周りを見渡してみれば、このような状態が溢れているのがわかるだろう。

2016/07/14

自由さと頑なさ

20160721_173313_3 社会的な動きが自分の人生に影響を与えることがあるのだが、ふつうは直接的ではなく間接的であって、それらはじわじわと「社会化」過程として、わたしの中へ入ってくるのだ。けれども、交通事故や自然災害と同じように、その社会的な動きが直接的な動きとなって、わたしの中に入ってきたことが、これまで数えるほどではあるのだが、数例あるのだ。


http://www4.nhk.or.jp/anotherstories/x/2016-07-13/10/8680/1453030/

なぜこの時期にこのドキュメンタリーが流されたのかはわからないところがあるのだが、NHK「アナザー・ストーリー」で流された「東大安田講堂事件~学生たち 47年目の告白~」を観る。

20160721_173227 若い人たちにはこの出来事は馴染みがないだろうが、この番組の謳い文句は、次のようなものだった。「1969118日。学生たちが立てこもる東京大学・安田講堂を警察機動隊が包囲した。警察の催涙弾と放水に、火炎瓶や投石で抵抗した学生377人が逮捕、その姿はTVで生中継された。あのとき何が起きていたのか?事件から47年、学生の中心メンバーや機動隊員らが、初めて詳細な証言を始めた。発端となった小さな火種はなぜ大きくなったのか?対峙した大学の極秘資料も公開、東大・安田講堂事件の真相に迫る」という宣伝がNHKのウェブサイトに掲げられていた。1969年の1月に、最終的に東大本郷で起こった、機動隊による安田講堂からの学生排除という事件である。

これまで、この出来事の学生側の証言記録は多数公開されてきているが、大学側の「極秘資料」が公開されたことはなく、この度当時の東大総長の加藤一郎氏をはじめとして関係者が全て亡くなったのを機会に公開された、ということが今回の番組が作られた理由らしかった。「極秘」の内容と言っても、結局は東大という大学組織にとって、当時何が一番重要で優先されるべき事柄だったのかが明らかにされたということに留まる。思想や考え方がわかったわけではない。優先されたのは、今回の番組によると、「大学の自治」であり、それは「東大入試」がその時行われるか否かにかかっていたということだ。結局、これ以降、それまでの「大学自治」というものはありえなくなったと言える。しかし考えてみれば、それ以前にも大学自治などというものが成立していたのかと問われるなら、大学全体の話し合いなどは行われてきた歴史は日本にはないので、このことが改めて確認されたということだけなのかもしれない。

この出来事は、わたしの人生の中では直接的な影響を持った事柄である。当時、都内に住んでいて、高校3年生の身で大学受験を控えていた。また、高校でもそろそろ火の手が上がる時代に突入していたのも事実である。この出来事は、前年6月の医学部での学生闘争が発端となっていた。東大構内は、前年の7月当時はまだ牧歌的な雰囲気だった。本郷では、大学院生たちが、夏休みの空いた講義室を使って、高校生相手の受験講座と教養講座を開いて、小遣い稼ぎを行っていた。映画「戦艦ポチョムキン」を見たのも、この時だ。都内に住む多くの高校生が大学院生たちの講座に通った。現在の大学では、オープンキャンパスと称して、高校生向け無料出前講座を行っているのだが、当時は高校生が授業料を払って、本郷へ通ったのだ。すでに、紛争が起こっていたにもかかわらず、構内は夏休みということもあって意外に静かで、化学の授業や「抵抗権」などの教養講座に出たことを記憶している。最後は歌を歌って締めるのが通例となっていた。共産党と区別するために、ボルシェビキのワルシャワ労働歌などを、肩を組んで歌ったのだ。にわか労働者気分が恥ずかしかったのだが。

それで問題の、わたしたちの入試期間に突入することになって、戦後の歴史の中で唯一東大入試の存在しない、混乱の1969年を迎えたのだ。成績の良かった高校の同級生は、京大や阪大を受験して東京を離れることになった。わたしは成績が悪かったために、他の大学を受けるが失敗し浪人することになった。同級生たちと、このことをときどき話す機会がある。東大入試がなかったことで人生が変わったことは多少あるかもしれないが、それはそれでそのような人生もありうるだろうとみんな考えていて、これまで非難する人には巡り合ったことがない。むしろ、みんな地方へ散ったことで、自由さが増したものと思っていることは確かだ。「造反有理」や「自己否定」や「東大解体」などの彼らの運動とは別の形で、実際問題としてわたしたちの問題として、この出来事を乗り越えて、自分の人生を形成する必要があったというところなのだ。

このドキュメンタリーの中でも指摘があったが、彼らの運動の中でこれ以降の社会やわたしたち自身へ大きな影響を与えたのが、「連合赤軍」問題、つまり「セクトの限界」問題だとわたしも思う。「頑なさ」という非寛容問題が、セクト(党派)にはどうしても発生してしまうのだが、それをいかに解決できるのかが、重要だと思うようになった。すでに、安田講堂事件の最中から、内ゲバなどの組織内や組織間の対立がセクトというものの「頑なさ」を代表していた。理性主義を批判するものとして、感性としての暴力を持ち込んだのだが、逆に暴力の「頑なさ」が感性をも封殺するようになったのだ。

20160721_173144 最後まで安田講堂に立てこもった377名の逮捕者の一人として、このドキュメンターに代表して出ていたT氏には、わたしがアルバイトをしていた研究機関でお世話になったことがある。逮捕からすでに数年が経っていて、彼は研究プロジェクト・リーダーから青年実業家への道を歩みつつあり、非常勤研究員として研究に関わっていた。じつは、この研究機関で二人の非常勤職員が首になりそうになって、非常勤職員だけで団結して、その人たちの首をつないだのだ。この時の団結力を集める手際の良さと、交渉戦術の巧みさには惚れ惚れした経験がある。彼が強調していたのは、それぞれの立場があるのだから、交渉の席上ではみんな別々の戦術で色んなことを多様に発言しよう、というものだった。もちろん、団結は必要で、標語スローガンを掲げることは忘れなかったのだが。このような個人の自由さを活かしながら、集団をまとめていく方法は、きっと安田講堂で学んだことだろうと、当時思ったのだ。この経験の中で、彼は「頑なさ」を超越して、「自由さ」を獲得する術を身につけたに違いないのだ。

http://www4.nhk.or.jp/anotherstories/x/2016-07-13/10/8680/1453030/

2016/07/13

映画「ブルックリン」を観る

Img_1183 映画「ブルックリン」を観る。この映画は、アイルランド出身の女性(エイリッシュ・レイミー)が移民としてニューヨークへ渡り、そこで成長を遂げ、故郷アイルランドへの郷愁と、つまりは親密な関係とから脱していく物語である。アイルランドという「近くの循環」への思いがありながら、NYという「遠くの循環」へと旅立っていくとする、いわゆる世界を巡ってつなぐ「女性循環」という普遍的な話なのである。アイルランドにおける内循環に止まって、地元アイルランドの男性と結ばれるのではなく、ニューヨークにおける外循環のイタリア男性と結ばれる。もちろん、一人の女性の細やかな心の動きあるいは揺れが、第1のテーマであることは間違いないのだが、同時に第2のテーマとして、アイルランド人やイタリア人がニューヨークでどのようなつながりを見出しているのか、という点にも興味深い観点を持つものだ。

Img_1186 映画の出だしに映るアイルランドの田舎道、石畳、アイルランド風の煙突のある長屋は、それを見るだけでも素晴らしい。母や姉との手紙での仔細なやり取り、アイルランドでの友人との交流、そして揺れる女心というものは、その振幅には不合理で不思議な感じを受けるのだが、それは男にはわからない微妙な心理が反映されていて面白いのだ。この女優には好き嫌いはあっても、数々の主演女優賞を取っていて、高い評価が下されているのには、それなりの理由があるように思われる。

Img_1180 ニューヨークで聞くケルトのトラディショナルなダンス音楽は、良かった。特にダンスの中で、フィドロを使ったシンプルなワルツ曲が流れていて、この点も映画を盛り立てていたと思う。アイルランドの田舎からブルックリンへ渡ったアイルランド人たちが、どのような思いで週末のダンスホールを楽しんだのか。想像するに余りある。

アイルランド移民で、国に帰るに帰れなくなった貧しい老人たちが、カトリック教会の施しに集まってきた場面があった。ここで、アカペラで歌うアイルランド民謡を聴いて、みんなが涙する場面には、共感するものがあった。ローカルな心持ちにグッとくる場面だ。「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となるとても 帰るところにあるまじや」という感動がある。

この女性主人公が、ニューヨークの夜学大学に通い、簿記の勉強をする場面がある。その大学では、日本の大学と同様に、教師が自分勝手な理論を衒学的に喋っているのだが、それを聞き流す寛容さを発揮する場面が出てくる。寛容さという点で放送大学と似たところがあるかもしれないが、この寛容さが大学では大事だと思う。そして、次の時間の授業に入っていくのだ。

2016/07/12

映画「ラスト・タンゴ」を観る

Img_4270 映画「ラスト・タンゴ」を観る。久しぶりの千葉劇場だ。ちょうど明日の教授会とコース会議に出席のため、千葉市内へ来ている。千葉駅前から、かつて父や母の看病で通ったバス「千葉大学病院」行きに乗って、中央二丁目で降り、パルコの裏道を行くと、喫茶店「呂久呂」が左側にある。

Img_4271 ランチ「具沢山の野菜スープ」と厚切りトースト、食後に自家焙煎のコーヒーを飲む。そのあと、近くのコーヒーの豆専門店で、明日のコース会議用に浅煎りの「マンデリン」を400グラム購入する。

Img_4275 アルゼンチン・タンゴがなぜ世界に広まったのか?この映画は、タンゴ革命を起こした伝説のペア、「マリア・ニエベス」と「フアン・カルロス・コペス」の愛と断絶を描いたドラマ仕立てのドキュメンタリーだ。特に、断絶以降が俄然面白くなる。なぜ喧嘩しているのに、踊りはさらに円熟していくのだろうか。ここのところで、本人たちが出演し語り、かつ、若手のダンサーたちの踊りがイメージを膨らませる映画だ。バンドネオンがパッ、パッ、パッと、切りの良いリズムを刻み、全編が進行していく。

Img_4277 マリアとフアンは、14歳と17歳で出会ってから、50年近くもペアを組んで踊り続け、世界的に有名になる。しかし、栄光の陰では何回にもわたって、愛と裏切りが繰り広げられていた。特に後半では、愛憎を芸術的なタンゴ・ダンスに昇華するところを描いていて、対立からの協調が描かれるのだ。そしてついに、1997年の日本公演の後、コンビを解消する。

Img_4276 映画の中で描かれている「テーブル上のタンゴ」という踊り方は、二人の限定された踊りを象徴しているように思われた。踊りの会場から出て、「橋の上や道路でのダンス」は、二人の開放的な踊りを表していると感じた。このような想像力溢れるダンスを見ると、なぜ50年間も踊り続けることができたのか、ということを思わずにはいられない。

Img_4273 評論家たちが指摘しているのは、前半生のペアとして、互いに愛し合って、ダンスをするときには、二人の視線が一致しているのだが、これに対して、断絶のあと、視線は合わず別のところを向いているという点だ。さらに、それにもかかわらず、踊りは良くなっていくというのは、どういうことなのか。

Img_4268 前半で、ペアとしてのパートナーシップの基本的な合意が行われてしまうと、後半で愛情のパートナーシップが失われようとも、ダンスのパートナーシップには影響を与えないということになるのだろうか。ここで、むしろ個性を限りなく発展させて、憎しみの中からでも、協調が生み出されるという逆説が生ずることになるのだ。けれども、これには肉体的・精神的な負担が相当なものであることは確かなのだ。Img_1163 最後は、フアンの現実の妻がこの状況に耐えられなくなる。二人の相互作用だけでは、世界は形成できず、三人以上の社会が支えなければ、「ペア」という関係も最後はうまくいかないのかもしれない。

Img_1164 今日の椅子は、喫茶店「呂久呂」の椅子だ。ここの曲木椅子は、年季が入っていて、座面と背中が当たる曲木の塗料が薄くなって、明るい黄色に変色している。1日数人、けれども合計すると、何万何十万人の人がこの椅子に腰掛け続けた結果なのだと思われる。木製椅子の価値は、このように地肌が出るほどに使い込まれるところにあるのだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。