カテゴリー「ニュース」の投稿

2013/07/09

トーク・イベントについて

きょう図書委員会があって、委員の投票で、放送大学のリポジトリーの愛称が決まった。リポジトリーは、大学などが自前で蓄積した学術情報を貯蔵して、インターネットで公開しているサイトだ。

全国の大学でも、素敵な愛称が考えられている。眼に留まったものをピックアップすると、小樽商大の「Barrel 」なんかはシャレているし、賞を取ったらしいお茶大の「TeaPot」などは、センスがある。苦労した感じのある東北大学の「Tour(TOhoku Uni. Repository)」や福島大の「Fukuro(Fukushima Uni. ReapOsitory)」もある。

放送大学図書館の呼びかけに15件の応募があった。それで、各委員が二つずつ選んで投票したところ、自慢する訳ではないが、わたしが投票した二つが上位1、2を占めた。ひとつは、頭文字を取ったという意味のある愛称、もう一つは、放送大学のマスコットを捩った、どちらかと言えばあまり意味を重視しない愛称だった。結局、決戦投票の結果、後者が選ばれたのだった。意味がなくとも、可愛くて愛されるものが良いのだ。応募で当選した人に賞品がでるのか、と思ったが、どうやら名誉だけらしい。結果については、放送大学図書館のホームページをご覧いただきたい。

図書館長のM先生は、じつは放送大学叢書の委員長もなさっていて、今回のO先生の著書発刊記念トーク・イベントについても、大いに宣伝なさってくださることになった。また、広報からも、放送大学のホームページに載せてくださったとの連絡を受けた。

http://www.ouj.ac.jp/hp/o_itiran/2013/250705.html

また改めて、S社のKさんからいただいた宣伝文をここに掲載させていただく、興味のあるかたは、ぜひ足を運んでいただきたい。

大久保孝治著『日常生活の探究 ライフスタイルの社会学』刊行記念

日常〉の大変化 これからの「幸福の物語」を考える

トークイベント:大久保孝治・坂井素思・長谷正人

近代化以降、これまでも大きな変化の波にさらされてきたわたしたちの〈日常生活〉。なかでも、人びとが共同体や企業とも切り離され居場所を失う「個人化の第二波」は、待ったなしで向き合うべき大きな波です。『日常生活の探究 ライフスタイルの社会学』の刊行を記念して開催されるこのトークイベントでは、著者の大久保孝治さん、社会経済学者の坂井素思さん、社会学者の長谷正人さんをお招きして、わたしたちの〈日常生活〉はどのようなものであったか、これからどのようなものであるべきか、歌謡曲・テレビドラマ・村上春樹の小説・ツイッターやブログ、さまざまな素材をとりあげ、共に考えます。

726日(金曜日)18時会場、1830分スタート

ジュンク堂書店渋谷店 喫茶スペース

2011/03/11

東日本大震災

Photo地震発生当時は、自宅にいた。めまいのするような揺れに家の外へ飛び出した。隣近所のほとんどの方々が、道へ出てきた。幸いにも、本が棚から落ちて、床がいっぱいになったほどで済んだ。もともと、これだけ散らかっていたという人もいるが。

その後、テレビを見ていて、津波の恐ろしさを感じた。リアス式海岸の谷にしたがって、線的に遡ってくると思っていたが、そうではなく、東北地方のほぼ太平洋側の全面、面的な被害が多いのにびっくりしている。

水がぐっと登ってくる恐怖感は、味わった人にしかわからない感覚かもしれない。上から見ているだけではわからない。量的にも質的にも、川と海の違いは大きい。一度、トンガへ行って海岸から泳ぎ出した海で、大きな波にさわれそうになったことがあるが、水が相手だから、浮かんでしまえばこちらのものだという考えは通用しないことがわかった。

わたしは山国育ちだから、川の感触は何となくわかるのだ。水泳をしていても、岸に達する加減はそれほどのことはない。流れに注意すれば良いのだ。流れの中に、水の秩序が形成されている。けれども、海には一方向への流れというものがないので、それはあたかも現代社会そのものと同じように複雑かつ多様な動きを示す。左右に流れるばかりでなく、上からも下からも流れがある。というよりも、どーんと全体として流されるのだ。

地震になると、徹夜の日に当たるという変なジンクスがある。阪神淡路大震災のときも雑誌の書評原稿が当たっていて、夜明けにニュースに遭遇した。今回は、震災の後すこし余裕があったが、やはり原稿締め切りに当たっていた。

津波のイメージが今回はかなり異なったものだった。江戸時代から、三陸沖ではリアス式海岸になっていて、津波が起こったら、いわばロート状態になり、幅がだんだん狭くなるので、水の勢いが加速度的に速くなり、威力が増すのだ、と言われてきた。これは、小学校、中学校、高校を通じて、地理の時間に教わってきたことだ。だから、津波は広いところから急速に狭いところへ被害をもたらすのだという、イメージであった。

ところが、実際には、テレビのニュース映像に写ったのは、そうではなくて、広いまま海岸線をずっと洗ってしまうという。いわば、面として、あるいは、塊として、家々をさらって行ってしまう姿だ。典型的な映像では、川をさかのぼる水が写っているのだが、その隣では、川の堤防の外側で畑を呑み込みながら、ひたひたと川とおなじスピードで陸地を遡って浸食していく、水波が写っているのだ。

このような面として襲ってくる感覚は、あちらにもこちらにも対処しなければならないという、多面的な状況だということに違いない。南三陸町の映像が繰り返し写っている。これによると、津波が襲ってきたのは、14時46分の地震発生から約30分後であったことがわかる。この30分の間に、町の高台へ逃げた人々は助かったが、遅れた人びとは被災したことになる。志津川が写っている。けれども、映像の隅の川とは別の方から、全面的な波が押し寄せてきたことがわかる。

仙台市空港近くの名取川でも、同様な状況があった。ここは平野だから、川をたどって平野部へ水が上がっていくのかと予想された。けれども、結果としては、堤防の全面決壊で、すべてのところから、水が浸透していったという状況だ。さらに、上流の方へ行くと、むしろ平野部へ広がった水が、流れ場所を求めて、川へ水が流れ込んでいる様子が見られた。水面の全面展開という状況が、家々を、自動車たちをさらっていった。

Photo_2どう見ても、今回は、広い範囲で、いろいろなことが孤立しながら同時進行で起こっている、という印象が強い。夜になって、地域全体が停電した。それで、いろいろなものが復活を果たした。ろうそくは、頼りになった。手巻きラジオも、数分間しか持たなかったが、それでも無いよりはましだった。そして、とにかく落ち着くためには、珈琲が一番だった。

2008/01/14

1面トップの記事

先日取材を受けた記事が神奈川新聞1月14日付けに載った。沖縄野菜の写真入りで、でかでかと掲げられた見出し文字が躍っていた。(インターネット版のほうは、活字だけの地味な取り扱いだったが)

http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/entryxiiijan0801215/

新聞記者の方が重大ニュースが飛び込まなければ・・・、とおっしゃっていた意味がようやくわかった。1面トップの記事だった。休日だったことでもあり、自宅でお読みになった方は多いのではないかと期待している。

それに地元新聞であるというところが、良いと思う。神奈川学習センターへ、説明会と調査が3回あるので、やはり近いほうが来やすいのではないかと思う。

今回は、放送大学の神奈川学習センターという文字も入れていただいたので、センターの宣伝にも一役かったことになる。世の中、ネットワークの時代なのだ。連結の経済性という、相乗効果が存在するとしたら、このような場合であろう。

ぜひ応募者に結びついていただきたいと願っている。そして、ご覧の皆さんに、再度調査への参加を呼びかけたい。よろしくお願いします。

『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。