カテゴリー「グルメ・クッキング」の投稿

2017/02/16

「パン日和あをや」で5周年ハンバーガーを食べる

P2167054 急に陽気が戻ってきて、今日は2月にしては、気持ちの良い春日和だ。ポカポカしている。原稿作成は午後2時くらいになると限界になるために、早々と店じまいをする。ちょうど、娘から、本を渡すから出てこないかという誘いのメールが入る。松本の喫茶店「栞日」で開かれている展示会の書籍が、娘の勤め先の近くにある書店にあることがわかり、昼休みに購入してもらっていたのだ。アマゾンには出てない本だ。P2167055 『世界をきちんとあじわうための本』という題名で、わたしたちが「ちがいを生むちがい」というベイトソン的生物秩序を、道具を使って、いかに整序し、人とモノとの関係をいかに作り出して行くのか、ということをきちんと味わうことを説いている、たいへん魅力的な本だ。わたしの抱えている課題に参考になりそうなのだ。

 

P2167069 夕方に娘と武蔵小杉で待ち合わせる。ところが、海外旅行のためにパスポートを更新していて、手続きに長くかかったと言って、30分遅れで顔を見せた。南武線鹿島田駅から雑談しながら、塚越銀座の「パン日和あをや」へつく。夕方には、あをやの奥様は、明日のパン仕込みを行うので、わたしたちの注文を聴いてくださったあとは、大忙しのようだ。何回も二階のパンの仕込み部屋との間を往復していた。P2167072 でも、この大忙しの様子は絵本の「クネクネさん」や「ふわふあさん」のようだなと思ったのだ。決してくたびれる種類のものではないように見える。母が子をみるように、パンを育てていて、明日の膨らみを頭に描いて、身体が自然に動いているようだった。

 

P2167060 この時間になると、カウンターにいっぱい並んでいたであろうパンも数えるほどしか残っていない。さて、「パン日和あをや」は5周年記念で、国産牛のハンバーガーを2月特別メニューに加えている。今日の最後に残った、このひとつをようやく確保して、いつものアボカドとクリームチーズのサンドウィッチも頼んで、サツマイモのたっぷりスープ、そしてオーストラリア産白ワインをいただくことにした。

P2167059 厚切りの食パンがサクサクしていたし、牛肉のジュウシーさもさることながら、ハンバーガーのパンもモリモリとして、アメリカのハンバーガー屋さんへきたみたいだった。このころには、ご主人が勤め先から帰ってきて、キリッと前掛けを結んで、すぐにカウンターの中へ入っていった。

 

P2167057 雑談をしていると、なぜか結婚当時の話になって、ご夫婦はわたしより20以上も年が若いのだが、わたしと同じに、29歳でご結婚なさったとのことだった。それで、結婚当時はどんな生活でしたか、と聞くと、これも意外だったのは、運転免許を二人前後して取ったのだという返事だった。仮免の時にすでに車を購入して、免許取得してすぐに、二人で神戸旅行へ行ったそうで、交代で運転して向かったとのことだった。何が意外なのかといえば、車で世界が広がったということを強調なさったことだ。結婚の方がもっと世界を広げたのではないかと推測していたからだ。P2167058たぶん、きっとそうなのだが、表現を抑えたのかもしれない。免許を取るに当たって、購入する車のイメージがあったのだそうだ。フォルクスワーゲンのキッチン車なのだそうだ。これで、今日食べた牛肉ハンバーガーを売ったら、きっと行列のできる店になっていたことだろう。

 

P2167075 娘が以前住んでいた本郷三丁目の話になって、「ハンバーガーの店で美味しい店が本郷三丁目にはあるんですよ」と互い違いにご夫婦それぞれおっしゃったので、その29歳あたりから、ずっと今回の5周年記念ハンバーガーまで、何らかの繋がりがあるのかな、と帰り道に娘と話したのだった。P2167056 さて、原稿を書いているときに散歩で寄るところがあるというのは、考えるだけで、うるるという気持ちになってしまうのだ。もうひと頑張りしよう、という気分にさせてくれる、有難い存在なのだ。


P2167079 修士課程で坂井ゼミを出て、博士課程で横浜市大のKゼミを修了なさった、Kさんから著書『知的障害者雇用において特例子会社に期待される役割』(学術研究出版刊)が送られてきていた。特例子会社に関する文献はまだまだ数少ないので、この分野の研究者の方々へぜひお勧めしたい。

 

2016/02/18

クロワッサンとサンドウィッチとスコーンと、ちょっとのビール

Img_3017_2 「きょうはマラカスのひ」という絵本を持って、三回目の訪問となるパン日和「あをや」へ行く。早稲田のO先生と冬カフェなのだ。「あをや」さんが4周年を迎えたというので、O先生は植木鉢に入った花と奥様が作った首飾りをプレゼント。Img_3030 4周年というのはじつはわたしは知らなかったのだが、何やら予感があって、この絵本を贈ろうと持ってきていたのだった。それで、O先生に続いて差し出したのだ。いつも子供連れのお客さんがいらっしゃるので、絵本があると、お子さんたちも楽しめるだろうなという発想だったのだが。

パン日和「あをや」のTwitterはこちら

Img_2371 絵本「きょうはマラカスのひ」は、最近になく傑作の絵本だと思う。うちでは、娘と観て盛り上がっていて、ヒット作ではないかということになっている。最初のほうに、その絵が素晴らしいのだが、主人公と二人の仲間が一緒になって、準備運動のために、マラカスで踊りだす場面が出てくる。それで喜びも上げ潮状態に達するのだった。けれども、主人公が練習を重ねた、その肝心なマラカスの踊りを失敗してしまって、ひとり寝室にこもってしまうシーンになると、みんな一緒に泣けてくるのだ。Img_3015 最後に、二人の仲間が慰め、再び踊りに挑戦する頃になると、主人公に感情移入してしまっていて、わたし自身の仕事がうまくいかなくても、元気がざわざわと出てくるのだった。喜びと悲しみがマラカス仲間の社交で描かれているのだ。

Img_3018 この絵本の作家樋勝朋巳さんは、O先生が信州の松本へ行くとほぼ必ず寄る店に、銅版画を出していて、O先生はその銅版画を2枚購入しているそうだ。それでわたしもその店に入った時に名前を知ったのだが、その時は絵本作家であることは知らなかったのだ。「あをや」の奥様は、このように踊るのは自分だとおっしゃって、直ちに絵本を受け入れてくださった。マラカスの踊りというのを一度は見てみたいな。

Img_3019 きょうは、開店時間早々に寄ったので、開店を待つお客さんがまだ整理されずに、外に溢れていた。O先生が予約を入れていなかったら、危ないところだったのかもしれない。パンづくしのまず最初は、焼きたてのクロワッサンで、何もつけずにそのままいただいた。Img_3020 バターの味と香りがふわっと降りてきたのだ。いろいろな豆の入ったチリスープで途中をつないで、そのあとビールといつものサンドウィッチ(アボガドとクリームチーズ)、最後にホットチョコとスコーンというラインナップだった。

Img_3023 冬カフェの話題は、数々あれど、試験の話は面白かったな。けれども、この話題は残念ながら書くことはできない。それから、「あをや」の奥様の話題もすごく面白かったが、口止めを早々にされてしまった。ここが人間のなせるところだと思われるのだが、禁止や口止めされたことほど、記憶に残っていて、もっと重要で書こうかな、と思っていることほど、すぐ忘れてしまうというパラドクスが働くのは困ったものだ。Img_3024 世にスキャンダルがはやる理由がわかる。それで、O先生との会話が始まって、これはメモにでも書き留めておかねば、と思っていた重要なことがあったことだけは忘れていないのだが。たしか、「音」の話題についてだったのだが、すっかり忘却の彼方だ。有名な哲学命題「誰もいない森で、木の倒れた音がするか」について話していて、今回わたしが書いた「音」のテキストに関して素敵な発想がひらめいたことまでは覚えているのだ。しかしながら、 肝心のその中身をすっかり忘れてしまっているのは、悲しい事実だ。


Img_3029 帰りの駅に出るまで、少し遠回りして、冷気を楽しみながら、散歩をしようということになって、「あをや」の奥様に地図を書いてもらう。それで気がついたのだが、この川崎市の幸区というのは、碁盤の目のように道は真っ直ぐに通っているところは多いのだが、幹線道路はどういう理由かわからないが、

Img_3027 くねくねと曲がり、江戸時代そのままの道筋を見せていて、ちょっと迷うと、すぐに目的地からはどんどん離れていくという、つまりは斜めの道がたくさん通っている街を形成しているのだ。

Img_3040 矢向駅へ出る手前の、家が立て込んだ場所に、O先生が二度目の訪問だという「ノチハレ喫茶店」がある。散歩の喉の渇きを、エチオピア、そしておかわりで、モカブレンドを飲んで癒す。O先生は食欲旺盛で、この店でも小倉の厚切りトーストを頼んでいた。外が暗くなるに従って、お客さんたちが家へ帰って行って、Img_3039 わたしたちだけになったので、若いご主人にいつもの質問をしてみたのだった。店を作る時に、椅子が先に決められたのか、それとも部屋が先に決められたのか。それについての回答は、新しい店なので、同時進行で決定されたとのことだった。白い壁と、椅子の塗料のナチュラルな色が良い対比を醸し出していた。

Img_3037 「ノチハレ」という名前は素敵な名称だと思われるが、どこに由来するのか、とO先生が訊いていた。ポスターのコピー文の中にあった文章から採ったらしいのだ。何の「ノチハレ」なのか、雲りなのか雨なのか、とも。Img_3036 答えは雨だったが、たぶんこの店に来ると、精神的に「ノチハレ」になるということかもしれない。

O先生のブログはこちら

2015/11/05

秋晴れの爽やかな朝、今日はパン日和だ

Img_2102 秋晴れの爽やかな朝だ。青い空が綺麗で、散歩日和だ。昨日までに、今年度の卒業研究提出が締め切られ、提出できた人も提出できなかった人も、それぞれがここ数か月間充実した努力とちょっとの哀しみを感じてきた日々が、ついに一つの終了を迎えたということだ。

Img_2103 来月には、修士論文の締め切りがあり、まだもう一つの山があって、気の抜けない日々が続く。けれども、最近になって思えるのは、職人の生活と論文作成の日々はちょっと似ているところがあるな、ということだ。定型の部分はさっさと作業できて、不確定のところでは悩みつつ作業を進めるというリズムが似ているし、さらに書き言葉なので、積み重ねや修正が可能で、努力しただけ、それが報われる。喋り言葉のように、その場の雰囲気で安易に理解されてしまうわけではない。これは論文というもののたいへんな利点だと思われる。

Img_2108 先週、田舎にこもって、研究誌の編集作業を、根を詰めて行ったために、目の疲労が激しく、今週首都圏に帰ってきてからも、仕事へ着くのがまだダメなのだ。妻には、なんて柔なのと言われてしまったが。そんな時に、O先生から晩秋の「秋カフェ」のお誘いがあった。良いタイミングである。しかも、先日再来したいと思っていた「パン日和A」へ行こうということになった。Img_2109 朝、仕事場のある千葉から回って、自宅へ戻り、再び「新川崎」から「鹿島田」へ向かう。この近辺には、最近高層ビルが、立ち並ぶようになった。東京と横浜を結ぶちょうど中間点にあり、交通はたいへん便利だ。

Img_2110 O先生から、会議が延びて少し遅れると連絡があったので、彼が来る時間まで、高知産のゆず茶をいただき、コーンマヨネーズ・パンをつなぎに食べ、さらにオーストラリア・ワインもちびりちびりと始める。Img_2111 パンのもちもちした食感を楽しみながら、空腹が満たされていく幸福感に浸る。天然酵母特有の複雑な感触を楽しみつつ、パン屋さん特有の食べ物の話を聞く。その間にも、小さな子ども連れの客が来て、パンを買っていく。

Img_2116 特に興味を持っているのは、前回同様、椅子の話だ。前回はこの部屋でまず椅子から購入し、それに合わせて高さを測って、机を注文したという話を聞いたのだが、なぜ椅子からなのか、ということや、さらに机の後どのようにこの部屋を作っていったのか、と連なる話が面白かった。

Img_2117 この最初に購入したこの椅子は、古道具屋から購入したらしいのだが、ダイニングの椅子ではないし、かといって、正規の事務椅子のようでもない。どうやら、米軍基地で使われていたものらしいのだが、とすると、やはり労働現場で補助的に使われていた椅子ではないかと想像される。Img_2119 基地の格納庫で補助的な椅子として使われていたとか、工場で縫製していたお針子たちが休憩時間に座っていたとか、というのではないか、ちょっと小振りだから女性用の椅子という感じもするのだ。

Img_2120 椅子を喫茶店の最初の出発点にする、という発想は、並ではできないと思う。やはり、喫茶店では建物があり、部屋があり、部屋に合わせて、テーブルと椅子が選ばれていく。それと逆の方向性を持つということ自体、一つの発想だと思う。

Img_2112 O先生が月に1回くらい行く新丸子の古い定食屋があって、先日そこへパン日和のご夫婦が訪れたのだそうだ。そのことは、彼のブログでも書かれていたので、知っていたのだが、なぜO先生がその店を彼女に紹介したのか、という理由があるらしい。そこのご主人と、パン日和のSさんとに共通点があるからだ、と言うのだ。Img_2114 それは、微笑ましい共通点なのだが、ちょっと考えてみると、実はもう一つ共通点があって、「おかしな」人びとを惹きつけている、という立派な理由がある。たとえば、売れない漫画家や売れない芸術家が集まるのだとか。そして、わたしたちもどちらかといえば、奇妙な人びとの部類に十分入ってきているのだが。

Img_2113 O先生との共通のテーマとしている「サードプレイス」ということが成り立つ要件には、ファーストとセカンドからちょっと「離れる」必要があるという条件がある。この点で、パン日和Aは十分な正統性を持っている。「売れない」ということと、「離れている」ということには、立派な相関関係があると思われる。

Img_2124 どうしても椅子の話に戻ってしまうのだが、この最初の椅子自体が家庭からも職場からも離れている印象のあるものだと思われた。ダイニング・チェアや安楽椅子のようなファースト・チェアがあり、シューメーカー・チェアやミルキング・チェアなどのセカンド・チェアがあり、そしてここに、サード・チェアなるものが発見されたということである。この椅子があって、この店があり、そして、これに座ってパンを食べることができ、それでたいへん落ち着くのである。そういう目で見ると、この椅子が俄然大切なものに思えてくるから、不思議だ。

Img_2121 ワインのおつまみには、カウンターにあったパン・ド・カンパーニュとベーコンをこんがり焼いて出してくださった。その後、O先生が現れたので、アボガドとクリームチーズのサンドウイッチ、BLTサンドウイッチをシェアして食べたのだ。この店はパン屋さんなので、ガブっとかぶりつく時の肉厚なパンの味が重要なのだ。Img_2129 デザートに自然酵母風味のチョコクロワッサンとホットチョコレート、最後にスコーンにジャム、さらにコーヒーをいただく。あっという間に、3時間ほどが経っていた。楽しいことは時間を超越する。

Img_2134 O先生は明後日から信州旅行だそうだ。わたしは川崎へ出て、稲毛神社の酉の市を覗きつつ、その先のコーヒー豆屋さんで、ようやく出てきた癖のある豆、エチオピアの「トップ・コチャレ」をいつもより少し多めに買って、家路につく。Img_2139O先生のブログはこちら

2015/10/02

生活の面倒臭さについて

Img_1441 友人のF氏と、神保町で会う。なぜ神保町なのか、と問われても理由があるわけではないのだが、神保町へ行けば、なんとかなるという、昔からの思い込みが働いたものと思われる。理由がなくとも、神保町を選ぶという習慣があるということだ。行けば、なにかうまいものが当たり外れなく、食べられ、しかも書籍や映画などの何らかの文化的な雰囲気が漂っているという予感のある街は、東京であっても、そう多くはない。

Img_1443 F氏の職場は、隣町の神田にあって、そちらもビジネス街特有の食べ物・飲み物屋が発達しており、神田で、何回か呑んだ覚えはある。けれども、やはり神保町には、ビジネス街から少し外れて存在しているような感覚がまだ残っていて、ゆっくり飲むにはこちらの方が良いと思う。F氏に何軒かあげてもらったら、ランチに行くような店だそうだが、適度に飲めて、さらに肉が美味しそうな店が見つかったので、そこで落ち合うことにする。ステーキセットにオードブルとワインがついて、「乾杯セット」となっていた。ゆっくり飲んで良いらしく、次の料理を出すタイミングをちゃんと測ってくれるというサービス振りだった。

Img_1444 それでも、2時間ぐらい時間を潰すと、もう一軒行こうということになって、神保町に行くとほぼ必ず寄る喫茶店「L」へ回ることにする。夜は、喫茶店から、雰囲気としては、バーに近い場所になっていて、相変わらず気の置けない、心地よい場所を提供している。いつもは、奥の部屋へ行って、本を読む体制をとるのだが、今日はドアのそばの席を確保して、じっくりと話のできる空間を得ることができたのだ。

Img_1447 今日の話題の中心は、やはり年齢問題なのだ。それでも、並みの老後問題と違うのは、病気や年金などの世俗的な問題ではなく、むしろ「生活の面倒臭さ」という点に集中した。互いに身の周りのことは、自分で行うタイプではあるのだが、全体的に「面倒臭い」と思うようになったということである。一つは、やはり年齢による体力の問題はあるかもしれない。互いに60歳代の半ばをそろそろ超えてきているという事情があることは大きい。けれども、もう一つ根本的な問題があって、それは仕事との関係なのだ。Img_1448 仕事に加えて、レジャーというのか、個人的活動というのか、こちらの方が生活の中心を占めつつあるという事情が、「面倒臭さ」を助長している。Img_1452 結局のところ、生活には二種類あって、生活のクリエイティブな面と、生活維持的な面とが存在していて、クリエイティブな面は許せるとしても、やはり生活維持的な面は面倒臭いのだ。

Img_1450 F氏の仕事は、出版関係なのだが、趣味はギター演奏で、街のイベントなどに呼ばれるほどの腕前らしい。それで、練習が頻繁にあって、仕事との両立が難しいとのことだ。演奏仲間の人びとも定年を迎えるようになっており、練習時間が頻繁にスケジュールへ入ってくるのだそうだ。そのような生活であれば、生活のクリエイティブな面を優先させてしまうのも納得できるし、生活の「面倒臭さ」は当然だと思うのだった。最終的には、両面が大切なのだが。

Img_1453 さて、本日の椅子は、この喫茶店「L」の設立当初から存在する、カウンターの古い木製回転椅子だ。使い込んだ色調を見せていて、このような色になるまでには、人びとの喜びや悲しみをどれほど吸い込んできたことだろうか。

2015/03/03

一升瓶ワインはなぜ発達したのか

Img_9017 他の日本のワイン産地でもそうだと思うが、継続した、(ということは、地元に根ざした)ワインメーカーであるかどうかを判定する基準がいくつか存在する。その中でも確実な基準なのは、「一升瓶ワイン」を製造して、高級ワイン(700数十ミリ瓶)とは別の販売戦略を成功させているかどうかだ。Img_9074 この基準で判定して、多様な一升瓶ワインの銘柄を成功させていて、一升瓶ワインだけの商圏をうまく築いているのは、甲州の勝沼と信州の塩尻だ。他の地域では、単発に単銘柄の一升瓶ワインを作ってはいるものの、やはり商圏とまでは行っていない。おそらく勝沼では10数社、塩尻では5、6社が製造していると思われるが、この一升瓶ワインは見逃せない。

Img_9076 今日は、O市からの帰り道、塩尻のワイン造りで有名な「桔梗が原」近辺を通り、さらに甲府から勝沼のぶどう畑を、このツアーバスが何度も通ったおかげで、途中の酒屋やワインセラー、土産物屋さらにワイナリーにたびたび寄ることができた。それで、とくに一升瓶ワインを中心に、品揃えを見て回ることができたのだった。写真の一升瓶ワインが数種類並んでいる酒棚は、木曽の奈良井宿の酒屋さんに頼んで撮らせてもらったものだ。最近は、洒落た壜やレッテルの一升瓶ワインも見かけるようになった。

Img_9077 ここ数年、信州へ行くたびに愛飲していて、空いた一升瓶を捨てるのに困るほどだったのは、H農場Gワインの一升瓶ワイン(エコノミー白)だ。たぶん、ナイヤガラ主体のちょっと甘い、口当たりの良いものだ。この銘柄は、信州の酒屋ならばどこでも見かける、もっとも確立され、すでにブランドとして相当な価値を獲得している銘柄であると言える。これと比較しながら、他の一升瓶ワインを見て歩いた。

Img_9014 ワインといえば、やはり贈答用の「高級ワイン」か、自宅でちょっと飲む「テーブルワイン」というイメージが定着していたので、一升瓶ワインについてはこれまであまり注意してこなかった。東京の人は一升瓶ワインの魅力をほとんど知らないし、そもそも東京には一升瓶ワインを継続して売っている店がない。けれども、今回数カ所でみてみると、一升瓶ワインが定着するいくつかの理由があることが理解できたのだ。

Img_9098 第1に、「安価」であるというのは、理由の最大のものだ。高級ワイン1本分で、一升瓶ワインを何本も買うことができる。コストパフォーマンスがすこぶる良い。第2に、量が多いことから、主として「晩酌用」に最適だ。毎日、一定量を少しずつ飲む個人にとっては、一升瓶というのは、感覚的に合っている。日本酒の晩酌に慣れた人と同じで、一升を何日で飲むということが身体で認識できる量なのである。また、日本酒・焼酎や洋酒との競合状態から考えて、ある一定のアルコール飲料シェアを確保するにも、量としての特性をもつ一升瓶ワインは欠かせない。第3に、壜製造コストが日本酒と同じで、定型なので安いのではないかと思われる。このような一般向けのものの条件は、製造コストと流通コストがかからないという条件は必須だ。通常の日本酒と同じ、流通を利用できるメリットは計り知れない。

Img_9102 第4は、やはり「味」だ。赤ワインはそれぞれ特徴があり、まだわからないところがあるが、白ワインはすこし一般受けするところを狙っている。味が男性向きではないということが、なぜ一升瓶ワインが流行るのかの最大のポイントではないかと、じつはわたしは思っているのだ。現代はまさに女性の時代を迎えていて、田舎の女性たちのひそかな楽しみとして、台所の奥に、じつはこの一升瓶ワインが秘匿され、夜な夜な女性たちの口に注ぎ込まれている、というのがわたしの推測なのだ。それともう一つは、高齢者用に発達したということも見逃せない。

Img_9051 勝沼を取材していた時に、日本のワインは当初、生食用のぶどう造り農家が副業としてワインを造り始め、まずは自分で飲むために造り始め、次にコミュニティの協同組合として発達した話を聞いた。とすれば、一升瓶ワインこそ、その原点にあるワインなのだ。自分の晩酌用の味を作って、自分で飲むのが一升瓶ワインなのだ。毎年、大きな樽で作られたワインが、この一升瓶ワイン用にブレンドされ、そのメーカー独自の味が決まって出荷される。Img_9092 どのようにブレンドするのかが、メーカーに委ねられている。もともとは輸入ワインをうまくブレンドして出荷していたものもあり、ブレンダーの腕が問われるのが一升瓶ワインなのだ。その意味では、この味を決めるセンスがあるかないかで、そのメーカーの質が問われるのだといえる。だから、高級志向のメーカーや独立系の新興ワイン醸造所では安易に一升瓶ワインには手を出せない。

Img_9021 妻の協力もあって、ワイン5本を購入し、バスの座席と床に足で固定しながら、信州・甲州から横浜まで運んできたのだ。明日からの日常生活に余裕を持たせようと考えている。ワインあっての人生なのだ。

2013/08/18

再びピザを楽しむ

0817_16 妹が母を迎えに、O町へ来ていて、昼食にピザを食べようということになった。前回同様に、電話を掛け、時間に合わせて焼いてもらおうと思ったら、今の時間は客が一杯で、焼いて置くことはできないと言われた。それで、1時間経ってから出かけることにする。

0818 家があるところでは、気温が25度位だが、やはり道路を超えると30度は猶に超えている。自動車の窓ガラスの照り返しが眩しいくらいだ。この近くに「温泉郷」があるのだが、ホテルと旅館の盛衰は激しい。Hという事業再生で名を挙げた会社の取得した、この中でもかなり頑張っていた旅館があって、妹がそれを見学したいと言うので、門構えだけでも観て、再生がどうなったのかを観てみようということになった。もっとも、再生されたかどうかは、表からはわからなかったが、ここを再生してみようという心構えは立派だと思う。

0818_2 そういえば、林の中で、かなり昔から廃墟と化していた、新聞社の寮は今年になってようやく更地になって、建物だけは壊されていた。ここも再生される可能性がある。けれども、なにも壊してしまうことはないのだけれど。

0818_3 パン屋さんへ着くと、ほんとうに混んでいて、3つあるテーブルがすべて埋まっていた。仕方ないので、ベンチに腰掛けて、有機コーヒーを飲んで待つことにした。隣りの土地に駐車場が新たに作られており、さらに奥には、もう1軒新しい住宅が立っていた。何か新しいことがこの地区には始まるのだろうか。

0818_4 今日のピザは、昨年同様、マルゲリータと夏野菜を頼んだ。家では、老母が待っているというのに、やはり空腹には負けてしまうし、出来立ての美味しさは比類のないものだ。駐車場を作ったことで、需要が出て来たのだろうか。次から次から、客が押し寄せて来た。

0818_5 ピザに合う酒には、やはり一升瓶ワインが最適ではないか。ピザを何人かで食べていると、どうしても酒の量が進んでしまい、話をしていれば、それで堪能すべきとは思えども、ある程度の量を確保する必要があるのだ。それで、通常のワインの壜だと750か720ミリリットルで、到底足らない。それに日常ワインとして毎日飲むには、価格が高すぎる。それで、この地方へ来ると、酒屋さんでかならず売っている、一升瓶ワインを仕入れるこ0818_6 とになる。その昔は、安い輸入ワインが詰められて売られていたのだが、近年は国産ぶどうをふんだんに使ったものが出回っていて、これがなかなか良いのだ。片手で、よいしょという感じで、コップに注ぐのが、一升瓶ワインの鉄則である。

0818_7 今年は、近くの酒屋から買った塩尻の「I」ワインと大町市内の品揃えの良い店「Y」から購入した0818_8 「A」ワインのものを飲んだ。

2013/08/12

今夏の野菜尽くし

0813 今年の夏も、ごちそうはやっぱり野菜だ。毎年いただいているT家からの野菜は、今年も最高だった。生野菜で良かったのは、楕円形のミニトマトで、今年の一番だった。ビーズを並べたような、この艶やかな色と形は、何とも言えない。0813_2 見た目にきれいなことが、田舎に来て食べる野菜の効用だといえるし、その通りの味がするのだ。

もちろん、歯ごたえは良い。また、何よりも味が濃厚なのだ。なぜ楕円形なのか、と考えるに、真ん丸だったトマトをさらに枝に付けていたから、重力の法則で楕円形になったのではないか、などと想像力だけは逞しい。0813_3 もちろん、そんなことはなく、品種のおかげなのだとは思われるが、しかしここは、そう想像させるような魔力が潜んでいる。

0813_4 バスで田園を走っていると、時々青々とした田畑のなかに、蜘蛛の巣を幾重にも貼ったような虫食いを思わせる畑に遭遇する。葉や茎がすでに枯れても、実だけを畑に晒して、熟させているトマト畑だ。これだけ、太陽の光を浴びれば、甘くもなるだろうと思ってしまう。ハウス栽培とは違った、地物のトマトの味がするのだ。

0828 トマトの栽培は意外に難しいらしいのだが、このビーズのようなトマトもそうなのだが、このところ珍しい形、色をしたトマトがたくさんあり、眼につくようになった。0828_2 近くにある温泉の店先には、100円均一の無人の野菜売り場があって、近くの農家が名前入りの野菜を置いている。新鮮さが第一で、今朝も茗荷の新しいのが入っていて、早速購入した。これで、冷や奴を食べると格別なのだ。

0813_5 T家からは、漬け物もいただいた。いつもは雑談をしながら、これらをつつくのだが、今年は話す時間がなくて残念だった。それで、90歳になる伯父さんが持って来てくださったのだ。0813_6 うりの漬け物の香ばしさ、なすの漬け物のこの色にはほれぼれしてしまう。一日もすれば、器が空になってしまうほどだ。

0813_7 他にも、インゲンの茹でたものは、酒のつまみに良かったし、うりの粕漬けも美味しかった。0813_8 なすは、どのような料理でも良いが、味噌を付けての焼きなすは、皮がついても、皮を剥いてもどちらでも旨いのだ。もちろん、タマネギも瑞々しかった。それで、T家からい0813_9 ただいたジャガ芋とこのタマネギで、肉じゃがが定番として作られて、もう野菜づくしも最高潮に達したのだった。

0813_10 今年は、珍しく大茄子が手に入った。これは、最初はお供え用ではないかと思ったりした。それは、夏に出る小さな青リンゴがあって、果物屋の0813_11 店先に置いてはなくて、お供え用に売っているのだ。しかし、こちらの茄子は、立派な食用であり、天ぷらにしたところ、肉厚で歯ごたえある、しかも味が濃い茄子そのものだった。

さて、こうなってくると、落ちが難しくなるのだが、信州が男女ともに長寿県になった、という報道があった。0813_12 通常挙げられるのは、健康診断などの予防が集団で行われていたことが挙げられるのだけれども、これらの野菜を見ていると、もっと自然な理由で、長寿が成就されているのだ、と思われてくるのだった。

2013/08/10

今年も夏野菜ピザを頼もうと思ったら

0810 夏野菜ピザを石窯パンの店へ頼んだ。昨年頼んだときに、生のトマトがたくさん乗っていて、たいへん美味しかったのだ。それで、夏野菜ピザと言えば、わかるのではないかと踏んでいたのだが、どうやら、「P」店ではこの1年間に多様性の幅がかなり広まっていて、季節の野菜を使ったピザがたくさんできたらしい。

0810_2 それで、「ズッキーニとエビの乗ったチーズたっぷりのピザ」がお勧めらしかったので、これを頼むことにする。娘と一緒に、川沿いの道を下っていくことにする。電話で11時半に予約をしていたのだが、この暑さと、仕事の切れの悪さだ。0810_3 さらに、ゆっくり歩くので時間がかってしまい、また道々で写真を撮りながら行ったので、着いたのはかなり遅くなってしまった。すでに、ピザ用の段ボールに入れられて、予約棚に置かれていた。ほかほかの状態で、わたしたちを待っていた。

0810_4 それでピザをみているうちに、ここに食べる施設が併設されていて、野趣たっぷりの雰囲気だったので、娘と相談して、一枚だけここで食べて行こうと言うことになったのだった。近所で作られたらしい、濃縮された瓶詰めのりんごジュースを飲みながら、さっそくズッキーニのピザにかぶりつく。0810_5 野菜の歯ごたえが素晴らしい。ピザ生地の、薄いがモッチリ感のあることと対照的な食感だ。たっぷり20分あまり歩いて来ていたので、十分にお腹が空いていた。娘と一緒に、ぱくぱくとただちに平らげてしまったのだ。

0810_6 ベンチに座っていて気のついたことは、客の多くが、わたしたちと同じような、都会に住んでいて、この夏にこの地を訪れた人びとが意外に多いということだ。もちろん、地元の人びとも現れるのだが。0810_7 この石窯の作りだすピザの味は、この土地にあってはじめて生み出される味だと思われるのだが、しかし、その価値は都会の価値と比べることが出来て、はじめてわかるのかもしれない。もう一枚のピザを待っている、家に残っている人のために、家路を急いだ。途中、白雪姫の童話に出て来るような、大きなキノコを発見したのだが、マリゲリータが冷めないうちに帰らねばと思ったのだ。

2013/07/06

茗荷谷の播磨坂でランチ

ランチを茗荷谷の播磨坂で取った。以前、この坂の茗荷谷に近いところに、イタリアン料理の店が隣り合わせで2軒あり、午前中からゼミが開かれているときには、参加のみなさんとお昼に訪れても、20名ほど受け入れる十分なスペースがあり、重宝していたのだが、片方の店が移転したために、この播磨坂に足は遠のいていた。

講師をお願いしているN先生とランチを、というので探してみると、評判の良いPという店が、この播磨坂を下っていったところにあるのを見つけ、今回訪れたのである。11時半から開店なので、店のまえですこし待って入ることになった。写真のように開店前に行列が出来るほどの店なのだ。

クリームパスタとトマトソースパスタを取り、緑豊かな窓からの風景を楽しみながら、ゆったりと食事をした。N先生は、放送大学の経済学K先生の学部生として卒業し、さらにK大学で経済学の泰斗S先生の指導で博士号を取り、その後放送大学の講師をお願いしているので、かれこれ27年くらい放送大学に関係していることになる。考えてみれば、放送大学も創立30年を迎えるのだが、これをずっと見つめてきている人びとというのは、たいへん貴重な存在だと思われる。

午後1時から、東京文京学習センターで卒業研究のゼミナールが開かれた。今回は、鹿児島、奈良、大阪、名古屋など日本各地の参加者がいる。それで今日は、鹿児島と奈良からWeb会議で参加ということになっていた。ところがである。これまでの回では、すぐに繋がっていたインターネットがなかなか繋がらない。

最初はカメラが駄目で、つぎに音声が駄目で。このようなときには、根気よく、一つ一つ点検してつなぎ直さなければならない。一昔前であれば、これだけで疲れてしまって、結局繋がらなくて、二次的な方法で行わなければならないことがたびたび起こった。それで、このような異常には慣れてしまったのか、あるいはこちらが年を取ったのか、気分が昂揚することもなく、ひたすら時間との駆けっこを続けるしかない。

その結果、最後には無事回復し、複数の異常が直されて行く。このときに思うのだが、ゼミナールというのは、いくつもの可能性の上に成り立っていて、それがちょっとおかしくなると、前の段階へ降りていって、通常の状態へ戻る必要があるのだ。このとき、以前よりも違う場面を観ることになる。ゼミナールが対面だけに終わることもあるし、日本中に繋がって、大規模になることもある。けれども、結局は内容の問題がある、とある学生が、ぼそっとおっしゃったのが印象に残った。

2013/06/13

神楽坂で会う

0613_2 娘と会うことを見せびらかすつもりはないが、会うことを口実にして、神楽坂に出ることを見せびらかすのは、大いにあり得ることだ。ところが、邪心が見透かされたように、梅雨が戻ってきてしまった。霧雨に濡れる坂道を見やりながら、待つ。地下鉄の出口には、会社から出てきたような、待ち合わせの人びとが視線を逸らしながら、集まっている。傘を片手に持っているので、つい注意を怠って、店の前ではどうしても隣りの人を突いてしまう、というのが都会の良いところだ。会社を出て、ちょっと歩いたところに、美味しい店が集積していることが、その街が栄えている指標となる。

0613_3 歩ける距離にあるのだから、当然坂道を降りてくると踏んでいた。それで、坂道を下ってくる人や、登っていく人を眺めていて、しばし想像力を発展させた。たとえば、虚ろな目をして、おそらく友人を待っていると思われる人が、電柱の向こう側にいた。軽装だから、きっと近くの会社から出てきたのだと思われる。友人が現れると、すぐに方向を定めていたから、これから話す内容も、これから行く店も、きっと決まっていたのだろう。

0613_5 うしろから、お待たせ、と声がして、雨が降っていたから、地下鉄を利用したとのことだ。さっそく、約束していた甘味処の「K」へ入る。ちょっと前まで、満員で待つ人もいた。けれども、微笑ましかったのは、甘味処であるにもかかわらず、男性ひとりで出てくる人が結構いて、そうなのか、とも思っていたのだ。そのひとりが初老の男性で、上品な方だった。歩きはじめて、店員が追ってきた。傘を忘れて出たらしい。わたしもそうなるのは、もうちょっとだ。

0613_9 高知へ行ってきた土産で、白あん風味の小夏羊羹、猫の手ぬぐい、陶器のキャップのついたコルク栓、しゃれた文芸誌などなどのガジェットを渡し、かわりに、父の日のプレゼントを手に入れる。高級感のあるコーヒー豆と、かねてより、民芸店「B」へ注文を出しておいた、しのぎの白磁ポットだ。ちょっとエビで鯛的な感じがしないでもないが、孝行娘が言うには、父の日だから奮発したのだそうだ。

 

0613_11 ランチを食べ始めてから、ここが甘味処であることを計算に入れるのをすっかり忘れていたことに気がついた。ご飯ものを二人でシェアして、甘味をそれぞれ頼むべきだったのだが、逆にご飯ものをそれぞれ頼んでしまったのだ。ちょっとしたことだが、甘味を楽しみたいと思っているものにとっては、重大問題なのだ。

ということで、鳥釜飯を釜一杯食べてしまった。焦げ目がすこしついていて、控えめな醤油味がよくしみ込んでいる。おしゃべりしているうちに、すこし余裕も出来てきたので、写真のあんみつ白玉を取ることにする。辛口と甘口の両党使いの家系に生まれついたことを、先祖に感謝しつつ、蜜をたっぷりと白玉にかけていただいた。甘みを抑えた餡子が、蜜と混じる頃には、多彩な味となって、舌を驚かせる。大げさなようだが、甘味のために生きてきたような気がするから不思議なのだ。そして、欲望はつねに際限のないもので、隣りに座っている人が、この店の名物「抹茶ババロア」を頬張っているのをみて、次はかならず、これを取ろうと思うのだった。

お腹が満たされたので、眠くなる前に、W大へ向かう。地下鉄口を登る頃から、学生たちの傘で前が見えなくなる。大学から帰る学生と、これから大学へ行く学生がちょうど門のところでつかえてしまっていて、通勤列車並みの混雑だ。この混雑の集積にW大のひとつの魅力ではあるのだが、この行列は何とかならないものだろうか。

今日の演習では、「教員」という職業についてのインタヴューを取り上げたのだった。毎回、それぞれのグループの工夫がダイレクトに現れて興味深いのだが、この点では学生よりもわたしの方が楽しんでいるのかもしれない。今日、素晴らしい発表があった。学生の側にはあまり訴えていなかったようだが、わたしの側ではたいへん面白かった。

教員という職業の本質を挙げてもらっている時に、なぜ教えたこともない学生がこのような発想ができるのか、と思うほどのものだった。教員だから、教える側の論理が優先されていくことを他のグループは突いていた。たとえば、「教育訓練が第一原則」,「教えることにベストを尽くす」ことなどなど、である。

ところが、一つのグループが、インタヴューの中では地味に取り上げられていた「子どもらしさ」を挙げてきた。これはあまり期待していなかった。ちょっと斜めから突かれた感じだった。「子どもらしさ」は子どもの側の論理であって、教員側の論理ではないと、カマをかけたら、なるほどという論理を用意していた。つまりは、多様性・複数性ということだが、相手の論理が自分の論理になり得ることを、なぜかこのグループはわかっていたらしい。職業というものは相手があってはじめて成立する、という当たり前のことを伝えることができたのは、今日の収穫だった。

帰りに期限が来ていた本を、4冊T図書館へ返した。かばんが急に軽くなったのを感じたので、寄り道をしようと企てたが、旅の疲れが、今頃になって出てきたらしいので、そのまま目をつぶり、電車に揺られて帰ることにする。

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『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

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社会経営研究配布中

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。