カテゴリー「Benches」の投稿

ベンチ・シリーズです。

2019/04/01

Bench 91−ベンチの日常に注意して、映画「マイ・ブックショップ」を観た。

 

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この映画「マイ・ブックショップ(原題:The Bookshop」には、6つのベンチが出てきた。なぜ美術担当者が6つものベンチをこの映画に取り入れたのかといえば、簡単な理由で、ベンチが田舎町の様子を反映しているということなのだ。フローレンスという戦争未亡人が、小さな港町にブックショプを開く。古い家「オールドハウス」を買い取ったのだが、街を支配する女王であるガマート夫人と取り巻きに邪魔されるという話だ。映画なので、写真をそのまま掲げることができないのが残念である。実物のベンチは映画館で見ていただくことにして、拙いイラストで我慢してもらいたい。

 

Poster

 

近代は権力と貨幣によって効率よく運営されることを目指した世界だ。ブックショップというは、いわば近代以前の職人工房のようなところであり、近代世界からはつねに敗者としてみられてしまう場所だ。権力が中央政府の法律を盾にして小規模な勢力を潰しにかかると極めて弱い。また、貨幣が市場の論理で生産性の高い商売として攻めてくると、小さなブックショップは為す術もないのだ。つねに、近代社会では、権力と貨幣が幅を利かせてくる。その権化として映画で描かれたのが、ガマート夫人と取り巻き連中だ。だから、フローレンスの繰り出す、粘り強い勇気でさえも絶えず失敗する。もっとも、失敗はするのだが、それは決して無駄にはならない、むしろ有益な失敗であることを描いたのが、この映画なのだ。世間の表にはついに現れなかったとはいえ、読書家のブランディッシュ氏との交流と、お手伝い役のクリスティーンとの共同作業はのちのち芽を息吹かせることになるのだ。

 

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https://www.youtube.com/watch?v=d-WC60ndP_o

 

表には決して現れないものが、この映画にはたくさん隠されている。フローレンスの勇気や信頼や献身だけではない。とくにここで取り上げたいのが、件のベンチだ。主人公のフローレンスが街中を歩いていく。すると保育園があり、その庭には、パーク・ベンチが置かれている。子どもたちが集まる場所として描くのに、ベンチは最適なのだ。ベンチの置かれた場所がその街にあるだけで、なんとなく余裕が感じられ、安心する気分になる。長く置かれてきたベンチらしく、すっかり生垣の樹々の中に埋もれているくらいその場所に似合っている。

 

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2番目に出てくるベンチは、書店のバルコニーに置かれた緑色のペンキに塗られた、背板のないベンチだ。店の前にちょっと座って、パラパラと本を渉猟するのに適している。このちょっとした気遣いが、店の違いとなって現れる。店の前には、ベンチを置くのは良い習慣だ。わたしの研究室の前にも、なぜか、またいつからかはわからないのだけれども、ソファ・ベンチが置かれている。きっと誰かが待つこともあると思われているのだろう。可能性のベンチだ。

 

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3番目のベンチは、田舎町の小学校で生徒が座っていたベンチだ。英国でも、こんな木製の机とベンチがあったのかというのがわかった。使い古されていて、この小学校のシーンを見せるだけでも、どのような街にブックショップを開いたのかという観客のイメージをさりげなく形成することができる。

 

4番目のベンチは、街を支配している保守的な女性ガマート夫人がロンドンに出て、甥の議員と公園で会うシーンで腰掛けるパーク・ベンチだ。これも効果的に使われている。パーク・ベンチにもいろいろあって、解放的な感じのする椅子と、閉鎖的な椅子とがあるのだが、ちょっとした背板の高さ加減でそれがわかる。もちろん、二人が悪巧みを行うシーンなので、後者の背板が高く、密談を行なっている風をだすパーク・ベンチが使われているのだ。

 

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5番目に出てくるベンチは、途中まではなかったのだが、後半に店の中に置かれるようになったベンチだ。開店の頃は、一人用の椅子しか置かれていなかったのだが、途中からベンチが入ってきていて、やはりゆったりと店の中で本を読むには、横の席に本を積み上げることができる、ベンチが最適だと思わせたのだった。上のイラストがそれなのだが、映画そのものの中よりも、メイキング映像の中に含まれていて発見したものだ。それで何が言いたいのかといえば、じつはわたしも椅子のある本屋へ行くと、まずはベンチを探すことにしている。

 

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6番目のベンチは、フローレンスのBBC時代の同僚という設定の曲者ノースの家の前に置かれたベンチだ。住んでいる人間は曲者なのだが、この小屋と思しき家はたいへんよい。ノースよりももっと鄙びた人が住んでいそうな小屋なのだ。ノースが住むには勿体無い。入り江にちょっと佇んだ薄い青色の小屋なのだ。そのドアの脇に置かれていた背板のないベンチがあり、小ぶりな小ベンチで、ちょっと訪問客が主人の帰ってくるのを待っているという設定ではたいへん効きそうな小道具となっている。このベンチがもしなかったならば、このシーンもあり得なかっただろう。メイキング映像には、家の中にも素敵なベンチが置かれていたのだが、映画の中では18世紀頃の古いウィンザー椅子だけがそのまま置かれていた。

 

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メイキング映像では、もう一つ革製のソファ・ベンチが出ていたが、映画で使われていたのかは今となってはわからない。さて、このように思い出してみたのだが、日頃見過ごしている風景の中で、じつは意識してみると効果的な日用品がたくさんあることに気づくだろう。少なくともこの映画の中では、ベンチは特別な位置を占めて、俳優と並んで、渋い演技を印象付けていたと思われるのだ。

 

 

2019/03/23

Bench 90−学位授与式後のホテルでロビー・ベンチに座る

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このベンチは、新宿にある有名ホテルの正面ロビーに置かれたソファ・ベンチだ。最近は庶民的で、公開された雰囲気を重視するホテルが増えたために、平面的な、べたっとした待合ベンチが置かれているホテルが増えてしまった。しかし、やはり伝統的には、宮殿形式風のソファ・ベンチを置くのが、高級ホテルの常識ではないかと考えられるのだが、いかがなものだろうか。

 

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よく写真集などで見られる宮殿形式ベンチの系統には、二種類あって、一つはこのソファ・ベンチのように背板が高いベンチ。もう一つはサロンでくつろぐタイプの寝椅子ベンチだ。これらについてはしっかりと調べなければならないのだが、背板が高いというヨーロッパのベンチの伝統は、宮殿にあっては秘密の会話が好まれたというような事情が関係しているのではないかと推測できる。確かに、日本では、大地から発達した座椅子が多いのに対して、ヨーロッパのベンチには、壁から発達した椅子が多いのだ。だから、宮殿形式を踏襲するホテルであればあるほど、正面ロビーのベンチは背板が高いものが選ばれることになる。隣の会話が聞こえにくい壁を持ったベンチという意味があるのだ。

 

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今日は、この新宿のホテルで、放送大学学位授与式後の懇親会が開催された。例年、NHKホールで授与式が挙行され、その後団体バスで移動して、同窓会主催のホテルの懇親会場へ行くことになる。そのときに、正面ロビーを通るのだ。もちろん、ホテルということは、高級であればあるほど、「見せびらかし消費」のメッカとなる場所なので、余裕あるベンチが至るところに設定されている。ばったり会った人びとがちょっと会話をするような場所が確保されているところがホテルの良いところなのだ。けれども、最近はどのホテルも有閑階級文化からビジネス文化に近づいていて、話をするなら、喫茶室へどうぞということになっていて、淋しい限りだ。1階と2階には、広い喫茶コーナーが設置されるようになっている。懇親会が終わったあと、卒業生や修了生と談話するには、これらの喫茶コーナーを確保しなければならなくなってきているのだ。残った修士課程のUさん、Kさん、Hさんと遅くまで雑談を楽しんだのだった。

 

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しかし、このようにビジネス文化がホテルに浸透すればするほど、じつは正面ロビーの背板の高いベンチは、座る機能を発揮するよりも、さらに「見せびらかし」効果を上げるべく、宮殿形式を採用するようになるのだと思われる。ベンチはその場所の文化事情を反映するのだ。

2019/03/20

Bench 89−対話ベンチ・鼎談ベンチ・座談ベンチなどの会談ベンチの発展を動物公園のベンチにみた

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春カフェの「あをや」では、O氏が着く前だったのでお先にちょっとと思い、散歩して乾いた喉をドイツ・ビールの小瓶で潤す。すでに2階は子連れの予約客でいっぱいで、1階の席もすぐに埋まってしまった。「あをや」の奥様は髪を、春めいたショートカットにしていて、忙しい仕事の合間にも雑談に付き合ってくださった。若いのに似合わず、いつまで生きられるのか、と謎をかけてきたりした。O氏とのランチ。ポタージュ・スープを頼み、春色コッペ・フランスコッペ・オムレツサンドをシェアする。ブロコリーの自然な香りと、りんご蜂蜜の甘酸っぱさが、口から鼻へ抜けていき、パンのもちもち感が持続して、これらの感覚を支えてくれた。

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「夢見ヶ崎動物公園で花見をしよう」と提案すると、O氏はすぐに桜の開花情報を聞いてくださった。「未だだ」という返事だったが、何か咲いているだろうと、歩き始めることにする。それで、ベンチ探索が始まったのだ。夢見ヶ崎動物公園には、現在流行りの「マーケット・サウンディング」が実施されていて、顧客動向に敏感な制度が取り入れられつつある。もちろん、緊縮財政のもとでの努力という側面もあるのだが、業者からの提案の動機付けは必要だと思われる。制度が流行に流されなければ良い結果が期待できるだろう。このような努力結果が少なからず、この動物公園には歴史的に蓄積されてきている。

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動物園の檻が並ぶメーンストリートのベンチは入れ替えがかなりあり、ベンチの変遷を博物館展示のごとく追っていくことができる。当然ながら、今回は動物展示よりもベンチ展示を追ってしまったのだ。この動物公園がどのようにベンチを考えてきたのか、業者がどのように考えてベンチを設置してきたのかが、展覧会場のごとく陳列されている。O氏と来ると、前回の本門寺のベンチ巡り同様なのだが、なぜか決定的なベンチ認識の転回が起こるのだ。今回は、O氏が「社交」の専門家であったので、社会における2者関係から3者関係がなぜ生ずるのか、という雑談話からの刺激があったからだと後から思ったのだった。(O氏のブログはこちらから

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まず、動物公園の裏にある事務所辺りに注目した。この近くには、旧い時代の最もシンプルなベンチが保存されている。この木製2本座面ベンチは、感動するほどにベンチの最小限の機能を実現している。まず当たり前だが、2人掛け以上を実現している。座面の2本の間が空いていて、身体を支える坐骨が直接座面に当たることを避けているなどの基本が最低限満たされている。さらに、事務所の前には、金属製の簡易ベンチが置かれていて、かつてはこれらがメーンストリートに置かれていたのだな、と想像させられるのだ。これらが、おそらく初期の夢見ヶ崎動物公園のベンチ群を構成していたものだと思われる。

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今回注目したのは、動物公園という場所の特色がどのようにベンチに反映されているのか、ということである。ここがじつに、今回途轍もないとわたしには思われるほどの、思考の発展をもたらしたのだった。ヒントは、動物公園では家族連れが多いという点だった。ベンチは通常、2者関係を想定している。3人掛けのベンチもあるがこれだと真ん中の人が媒介して、結局は2者関係が二組作られるだけになる。だから、ベンチの標準形は2人掛けであるといえる。つまり、カップル的社交は、「対話(対談)」でダイアローグを構成している。ベンチは二人が親密な話をするイメージで作られている。パーク・ベンチの正統はやはり2人掛けのベンチが圧倒しているのだ。

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ところが、ここは動物公園なので、多くは家族連れで3人用以上、できれば横一列ではない形式が求められたのだった。その結果、3人以上用のベンチが発達することになった。「鼎談」形式でトリアローグ型ベンチ、あるいは4人以上用の「会談」型、「座談」型ベンチなどが、2人掛けベンチを圧倒する勢いで設置されたのが、ここの夢見ヶ崎動物公園だったのだ。もちろん、会談ミーティングタイプのベンチは、特別扱いで、東屋付きの景色の良い場所に1箇所だけ設置され、東屋が雨を防いでくれるので、ベンチやテーブルも木製のしっかりしたものがつくられた。けれども、これらの需要は多かったらしく、その後テーブル付きのベンチが定着した。弁当を広げることもできるため、家族連れの動物園ベンチとして、このタイプが便利だったと言える。当然ここでは、コスト・パフォーマンスを提案する業者は出てくるわけで、弁当を広げる必要がなければどうだということで、テーブルなしの多人数用ベンチが最終的に現れることになったのだ。

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なぜ会談型(ミーティングタイプ)ベンチ、つまり2者会談ベンチから3者会談ベンチ、さらに多者座談ベンチへと、ベンチが発展したのかという具体的な変遷が、この動物公園における人数規模で説明できたことは、今回の大きな収穫であったといえる。このことは、ベンチというものの多様な柔軟性によるものだということは強調しておきたい。ベンチというものには、人数に合わせたアフォーダンスが誘発される素地が含まれているのだ。

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最後になってしまったが、この夢見ヶ崎動物公園の一番奥にある、「座談ベンチ」というのか「多者関係ベンチ」というのかをお目にかけたい。なぜベンチが社会性を誘導するのか。それは、ベンチが2者関係から3者関係を経て、多者関係へと導くところにまで、人びとの想像力を乗せる媒介項となって現れるからである。縦横4メートルほどのこの木製の巨大なベンチで、車座を作り、みんなが一緒に座り、頭上には満開に咲いた桜が枝垂れている様子を想像していただければと思った次第である。


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Bench 88−ベンチの有無で、公共性・共同性の程度がわかる

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春カフェの季節だ。パン日和「あをや」でO氏と待ち合わせたのだが、早く着きすぎたので、JR鹿島田駅と矢向駅のちょうど中間のある塚越2丁目・4丁目(川崎市)辺りを散策する。バス通り沿いに、ザ・ミレナリータワーズという名称の、かなり高層のマンション群がある。この前面に「塚越こかげ公園」があり、このベンチがあった。

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伝統的なパーク・ベンチだ。脚にヌキが入っていて、鉄パイプがまだ残っているパーク・ベンチだ。しかし横棒1本だけしか通っていないところから見ると、鉄パイプ型の後期に出たものだと考えられる。また、差別型の肘木が真ん中に立ててあるのだが、裏から見ればわかるように、後付けのものであることがわかる。古典的なパーク・ベンチが後から修正されたという、転換期のベンチであることがわかる。

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今回注目したのは、このベンチなのだが、じつはその後ろに連なるマンション群の公開空地には、公共管理となる「塚越こかげ公園」と、民間管理となる緑地の公開空地とがあることにも興味を覚えた。写真の手前が公園部分で草木の生えていない運動場のような公園が広がるのだが、その後ろに緑で竹林が鬱蒼としている部分が民間管理の公開空地だ。この後者にはベンチが設置されていないという点に気がついたのだ。市が管理する公園も、明らかにこれらマンション群ができたときに、この公開空地として提供されたと推測できるものだ。もともとは、古河鋳造や日本酸素の工場があって、それらが京浜工業地帯の衰退とともに移転して、作られた敷地だったものだ。なぜこの市の管理の公園の方にはパーク・ベンチが設置されているのに、マンション管理の方には、ベンチがないのだろうかが不思議な点だった。


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(https:// cdn.4travel.jp/img/thumbnails/imk/travelogue_pict/38/97/62/650x_38976237.jpg)

この一帯は、南武線沿線で、かつては京浜工業地帯として製造業の最も盛んな地域だった。今では、この京浜工業地帯では製造業の多くが撤退し、中京工業地帯が製造業では日本では一番であることになっている。そして、この地域も工業地帯だったものが、現在ではマンション群の集積がかなり進んでいる地域に転換してきているのだ。これほど見事に、半世紀の間に地域全体が様変わりした地域も珍しいのではないだろうか。


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この公園は平成19年(2007年)にできたという標識が出ていたので、おおよそこの地域のマンションへの転換点もこの年あたりだったのだと考えることができる。繰り返すが、問題は冒頭に掲げたベンチがなぜ公共管理ではあり得て、なぜ民間管理の公園ではベンチが設置されないかという点だ。これだけの芝生と竹林の幅のある空地なのであれば、このマンションの住民がこれらの空地で憩いすることは欲求として当然ありうるのではないかと思えるのだ。意外にベンチの管理には、難しい点があるかもしれないということかもしれない。ベンチが後から差別型に修正しているところから見ても、その可能性はある。けれども、おそらく最大の理由は、民間管理では、極力公共利用を排除する傾向があるのではないかと思われる点である。

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わたしが興味深いと感じたのは、じつはベンチはある種のリトマス試験紙の役割を持っているではないかということだ。ベンチが置かれているのは、これを受け入れる余裕のあるところで、民間管理では意外に余裕がないのだ、ということがわかった点だ。それは、ベンチが設置されているのか、設置されていないのかによって、逆にわかってしまうのだということだ。

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このような事例が他の公開空地でも同じように生じているのかはわからないのだが、公共性の発揮が部分的に行われていると、それで安心してしまい、その周りの地域では公共性の発揮が傍観者的になるという、ある種の社会心理法則が存在することはよく知られている。公園緑地についてのこのような「傍観者効果」が現れると、その地域の公園設置あるいは公共性の高い公園設備はあまり進まないことになってしまうだろう。この広大なマンション公開空地にベンチが少ないのは、その法則が効いているからだとは思いたくないのだ。

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2019/03/15

Bench 87−上州のからっ風には、東屋付きベンチがふさわしい

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合宿2日目、午前中にコース会議を済ませ、昼食にはまた昨日の「たくみの里食堂」へ伺う。1日目だけしか出席できない先生と、2日目だけしか出席できない先生とがいらっしゃって、それで2日間続けて昼食会ということになったのだ。


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たくみの里には、木製ベンチがあちこちにたくさん置かれている。食事が始まる前にいくつか収集した。それらの中でも、この須川宿が観光地として整備されたときに、駐車場に隣接して作られた東屋風の休憩所のベンチ(冒頭の壁ベンチ)には、大工系の趣があって、やはり野外ベンチとは少し異なる雰囲気があるのだった。さらに、東屋の中にも、ぐるっと縁側風のベンチが建てつけられていて、大勢の観光客が来ても対応できる設えになっている。強い上州のからっ風を防ぐ必要があったのだ。


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注目したのは、この東屋の駐車場を挟んで反対側の敷地に置かれている、金属・プラスチックの野外ベンチだ。かなりの年数が立っていることが観察できるのだが、なぜここに置かれているのかが不思議なのであった。今では誰も振り向かないし、誰もこちらのベンチには座らないかもしれないが、その昔にはこの東屋もなく、駐車場にはこちらのベンチだけが設置されていて、みんなが利用していたに違いないのだろう。


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たくみの里食堂の大将(シェフなのか、マスターなのか、ご主人なのか、論争はあったのだが、Y先生が博多では大将だということで決まったのだ)は、2日目のメニューを考えるのに1週間かかって胃が痛くなるほどだったとおっしゃっていて、2日目は昨日とまた異なる、期待のできるメニューとなったのだ。どなたかがおっしゃったのだが、昨日が洋風であったのに対して、今日は多少、和風であるという感じがあった。たとえば、猪肉のつみれにはその雰囲気があった。味付けが淡いにも関わらず、猪肉の旨味が十分でていて、逸品だったのだ(残念ながら、味わっている間に、写真を撮るのを忘れてしまった)。ワインはS先生が調達して、結局12本すべてを空けたことになる。さらに、店にあった清酒谷川岳を御燗してもらい、それらも飲み干したのだった。


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バス時間の5分前まで粘ってしまい、料理と歓談に時間を忘れた。食堂の大将と、高校生でこの4月から東京の大学へ行くご令嬢、そして60キロの猪と、鹿と、加えてY主任、Aさんなどなどに感謝を捧げて、合宿の幕を閉じたのだった。バス停には買い物のスタンプラリー応募券を預けてきた。4枚応募したから、1つぐらい何かが当たるのではないだろうか。

 

2019/03/14

Bench 86−棚やスツールとセットされた木製ベンチ

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合宿の夜、湯宿温泉湯本館に泊まる。この旅館のロビーには、堅い木で作られた、がっしりとしたベンチが鎮座している。座る機能もあるのだが、重い木なので、どっしりとした見栄えを重視したベンチだと言える。湯本館は姉と弟のご姉弟で経営なさっているのだが、このベンチはお姉様の友人である作家の方に頼んで作っていただいたのだそうだ。


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よく見ればわかるのだけれど、独特の削りが脚や肘木や背板にほどこされていて、手間がかなりかかっていることがわかる作品となっている。このくらい存在感があると、当然周りのものを圧倒してしまう可能性が高いと考えられる。この威圧感を減らすには、周りに配置される環境物に配慮する必要がある。たとえば、部屋全体を椅子に合わせるとか、あるいは部屋が無理ならば、部品を椅子に合わせるとかという方法が考えられるだろう。ここでは後者が取られていて、飾り用の時計をモチーフとしたハイスツールが一台、それからあまり気がつかなかったのだけれども、商品を展示する棚も一台、同じ意匠で整えられていて、これらがセットとして、ロビーが飾られている。


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現在では、これらは模様替えで背景へ退いているのだが、ある時代には、この旅館の顔として、この玄関の中心を構成していたのだろうな、と想像してみるのだった。


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Bench 85−薪ストーブの前の仕合わせなソファ・ベンチ

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合宿最初の日程は、昼食会から始まった。上毛高原駅からバスで、江戸時代の須川宿に観光用に作られた「たくみの里」に着く。「たくみの里食堂」でこれも毎年恒例となっている、猪・鹿肉のジビエ料理を堪能する。


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食堂に着くと、まずみんなが手を温めようと薪ストーブを目指す。そして、仕事の終わらなかった先生方は、この前のソファ・ベンチに座って、パソコンを広げたり談義を広げたりするのだ。以前は、このテーブルの代わりになっている木製のベンチだけが置かれていたような気がするが、この本格的に居眠りできるソファ・ベンチが入ったことで、居心地・座り心地は圧倒的になったといえよう。防火を考えれば、木製ベンチが良いと思われるが、人間は贅沢に流れる傾向があり、それは止めることができない。


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散歩をして帰ると、すでに食卓には箸や皿が並び始めて、幕張から送ったワイングラスも取り出されていた。次々に繰り出される猪の肉と鹿の肉料理を前にして、1年間に摂取するたんぱく質全体の数ヶ月分を食べたような、仕合わせな気分になったのだった。


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Img_6042_2 Img_6038_2 感謝!

Bench 84−ベンチの形態は、機能に従うのではなく、環境に従う

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恒例の放送大学「社会と産業」コースの教員合宿だ。満員の通勤電車から東京駅で上越新幹線に乗り換えて、昨日に雪が降ったという群馬県へ向かった。上毛高原駅には、待合室や喫茶店などに多くのベンチがあるのだが、やはり目立つのは、丸太ベンチだろう。4メートルほどの丸太を両断して割ったところを座面として、丸い部分へ脚が組み込まれ、簡単な楔が打ち込まれている。シンプルかつ頑丈なベンチだ。ベンチは盗難などの危険があって、たいがいは地面に固定されているのだが、このくらい大規模になると、地面からは自由となって、むしろ重力を味方につけていると言える。


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丸太を二つに分断しているので、同じ形のベンチが二つずつ収められている。また、バリエーションを持たせるために、丸太そのままを切り株のようにして、一人用の椅子としても提供されているのもある。ひとつひとつ年輪が異なる。中には、出自がわかるものもあって、これはこの近くの沼田にある営林署から木が切り出されてきていることがわかる。


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同じような趣向で、駅そば店のテーブルと椅子も丸太造りであった。余計なつくりはなく、ただ単に切り株なのだが、やはり脚の高さに合わせたり、お尻の大きさに合わせたり、さらには横から見たときの安定感を考えたりされていて、丸太ベンチであるとはいえ、様々な配慮が行われていることがわかる。


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駅から、猿ヶ京行きのバスに乗るのだが、バス停の壁画の前にもやはり丸太ベンチが置かれていた。室内用と屋外用と何が違うのかといえば、雨風の影響が考慮されている点だ。


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外のベンチには、塗料が塗られていた。もちろん、自然を考慮して、自然な色を出しているが、やはり耐久性を考えると、無垢というわけにはいかないようだ。形態は機能に従うというよりは、ここでは形態は環境に従うということになるのではないだろうか。


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2019/03/03

Bench 83−コーラ・ベンチに米国の夢が腰掛けていた

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図書館のある丘の上から坂道を下ると、駅からは少し離れているけれども、近場の商店街が連なっている。その中に床屋さんが混じっているのだが、この写真で見るように、一見では床屋さんとはちょっとわからない店の容貌を見せている。何が変わっているのかといえば、この車のナンバープレートだ。入口から木造の建物一面に渡って、米国のプレートがレンガのごとくに積み重なって、貼り付けられている。木製の壁よりも、金属のプレートが張り付いていた方が確かに家は丈夫だろうとは思うのだが、かなり趣味が入っている。


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米国風を装う中でも、とくに注目したのは、コカ・コーラのベンチだ。おそらく、ベンチの中でも、最も人びとの目に触れられてきたタイプのベンチだと言って良いだろう。先日岐阜市内の柳ヶ瀬でも見たし、逗子や鎌倉海岸の海の家などでは、かなりポピュラーなベンチだ。真っ赤なペンキで塗られていて、一目でコカ・コーラの宣伝ベンチであることがわかる。日本のスポンサー・ベンチの多くが空色なのに対抗している。わたしの推測するところでは、たぶんそれは逆で、コカ・コーラ・ベンチが赤かったので、後発の日本のスポンサー・ベンチが異なる色を選ばざるを得なかったのではないかと思われるのだ。素材は鉄パイプと鉄板なので、コスト・パフォーマンスは良い。もっとも、この床屋さんにあるコカ・コーラ・ベンチは装飾ベンチとして別ルートで手に入れたものだと思える。やはり、店主が米国のルート〇〇という雰囲気を楽しみたかったのだろうなと推測できる。


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米国のナンバープレートは、最近見たクリント・イーストウッド監督主演の「運び屋(The Mule)」でも映画の画面にかなりの表出があった。彼のトラックのプレート標識が8JK298で、あの最初のくたびれたトラックでずっと頑張って欲しかったのだ。そのあと、金が入ったので、高級トラックに変わってしまった。そのナンバーが92KB4Fだった。映画の中でも細部に神が宿る、必須のアイテムだ。


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この映画を観終わったあと、バス停のそばの旅行会社へ行く用事があり、バスセンターの中を横切ろうとしたら、真新しいペプシ・コーラのベンチが自動販売機の前に並んでいた。バスセンターにはコーラ・ベンチはお似合いだ。コーラを買って、長距離バスへ乗り込むというのは、米国的なイメージだ。日本の通勤客が、果たしてそのようなイメージで、ここでコーラを飲むかどうかはわからない。


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注目したのは、背板の板金が平面だけではなく、補強のヌキが入っていることと、ベンチを固定する場所がすでに、椅子のヌキ部分についていて、かなりの省略形になっていることだった。大量生産ベンチの面目躍如というところだろうか。


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2019/03/02

Bench 82−人間に劣らず、ベンチも複雑だ

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映画「グリーンブック」を観る。差別の描き方に批判があるのはわかるが、それでも主人公の二人の間での了解のあり方が次第に変化していくプロセスの描き方には素晴らしいものあることは否めない。


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運転手役のトニーが、警察に捕まりかけた雇用主で、ピアニストのドン・シャーリーを救う。これに対して、次の日に礼を言うドクターに対して、トニーが言う言葉がにくい。「人間は複雑だ。NYのクラブで見てきた」のだ。


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帰り道で、大きな角材を使った重厚そうなベンチをマンションの公開空地で見つけた。玄関を覗くと、中庭にも同じベンチが数台入れられていた。もしこれを角材で作っていたら、かなりの木材を使うことになるだろう。それで、指でコンコンと弾いてみると、中は空洞になっていて、表面だけに板材が使われているだけのベンチだった。見かけは重厚そうに見せかけていても、中身は空なのだ。ベンチも複雑なのだ。


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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。