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2019年2月に作成された投稿

2019/02/28

Bench 80−2-図書館椅子は目的を表示する

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読書は孤独に行うものだ、ということは、椅子にも表れている。K大図書館の読書室には、一切ベンチは置かれていない。以前取り上げたように、ベンチは図書館内のおしゃべりのできる場所にはあるのだが、やはり読書室には個人用の椅子が置かれている。


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椅子はその意味では、図書館内の目的を示唆していると言っても良いだろう。アフォーダンスとまでは行かないまでも、環境指示的な役割を椅子たちは果たしている。わたしの場合、この教室用風の四角張った椅子は、多少クッションを効かしてはいるものの、労働椅子として機能したのだ。毎日7時間くらい、この1ヶ月は座り続けたことになるのだ。感謝すること夥しいものがあるのはもちろんなのだが、1ヶ月という期間はかなりの時間なのであり、贅沢を言うようだが、もう少し自由な椅子がたくさんあったらなとは思うのだ。


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夕方になると、席の正面にある窓が次第に暗くなっていく。今夕、おおよその作業を終了する。あとはもう一度全体を調整すれば良いのだ。今夜のうちに編集者の方へ全部の原稿を送ることで、この1ヶ月の閉じ籠りも終了することになる。図書館からの坂道を下ったところにある、いつものパン屋で、北海道産小麦のバゲットを買って帰ることにしよう。


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2019/02/27

Bench 80−なぜか講師室には長椅子ベンチが置かれているのだ

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ベンチというよりも長椅子と言うほうが合っているかもしれない。毎年2月中は末日まで、K大学の図書館に閉じこもっている。朝9時半から夕方6時まで、原稿書きの仕事だ。恒例となっているので、座る席も決まっていて、また休憩のスタイルもほぼ同じだ。


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じつは昼食が問題だ。生協食堂が開いているときには、一汁一菜のトッピングとご飯だ。栄養満点の盛りだくさんのメニューだ。けれども、春休み中には休業の日が多く、そのときには、家から弁当を持参する。それで、食べる場所としては、ありがたいことに、講師室というところがあるのだ。友人のF氏たちが採点などの作業を行なっているところにお邪魔している。


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なぜかこの講師室には、この長椅子が置かれている。K大には講師室が3号館と23号館に2つあり、それぞれ利用させていただいているのだが、両方に長椅子が置かれている。そして、両方とも、背板を倒せば、ベッドにもなるという、便利な長椅子なのだ。原稿書きで、目が疲れてくると、これを倒して、ちょっと昼寝すると頭がスッキリする。


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さて、K大の講師室にあるこの長椅子が、わたしのために用意されているとは考え難い。それでは、なぜ個人用の椅子が並んでいる中で、そして、先生方は授業期間にはほぼこの個人用の椅子だけを利用するだけなのに、この講師室に長椅子が置かれているのだろうか。昔はよく、先生方が長椅子に座って、談義を催していただろうから、その名残りなのだろうか。

 

この謎については、F氏が教えてくれた。以前、授業を行なっていた高齢の先生が、途中で倒れたことがあったそうだ。教室からこの講師室へ運ばれてきて、寝かせるベンチが必要だということで、それぞれ1台ずつ手配されたのだそうだ。こうなると、高齢期になったわたしとしては、やはりこの長椅子に親近感を覚えるのだ。それで、休憩としてこの長椅子で仮眠をとることは、決して趣旨に反していないのだな、と安心したのだった。春休みの大学には、図書館と同様に、このような余裕がいっぱいあるのだと変に納得した次第である。じつは以下の記憶も加勢している。

 

その昔、大学院生時代のアルバイトで民間研究所に勤めていた。そこではよく座談会を開催していて、出席者の口述原稿を報告書に載せていた。それで当時一橋大学の産業組織論教授の原稿を国立へ取りに行ったときに、その研究室の草色のソファ・ベンチで教授が眠っていたのだ。研究室とソファとがイメージの中では快適に融合しているということもあったのだ。

 

2019/02/14

Bench 79−ラジオ・スタジオの椅子からカンファレンス室のベンチへ

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このベンチは大学のカンファレンス・ルームに置かれているベンチだ。いかにも事務用品カタログから注文されたという感じのベンチなのだが、これがひとつあるだけで、部屋の雰囲気が変わってくるように思える。ラジオの収録を終えて、帰ってくると、ストレスを和らげてくれるのは、個人用の椅子ではなく、ベンチのほうだと思う。


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今日はこの4月からラジオ放送が始まる『経済社会を考える』の収録最終日だ。もう一人の主任講師のM氏とRadioスタジオで、収録をしてきた。スタジオでは、マイクに向かって座るタイプの椅子なのだ。当然ベンチではなく、個人用の労働のための椅子だ。ここで、45分間のラジオ番組を作るのだ。マイクに向かって喋っていると、いつもは使わないような筋肉にストレスを感じてしまう。そこで、収録が終わったときには、やはりこのようなベンチにちょっと腰を下ろして、背もたれに身体を預けて座りたくなるのだ。


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2019/02/10

Bench 78−開放的だが閉ざされたベンチ空間を持った木の喫茶店

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喫茶店のその店に似合ったベンチを入れようとすると、たいへん難しい。多くの人びとに気に入られる必要があるからだ。けれども、逆に考えれば、特別なベンチを置いてしまえば、その店の主張や雰囲気を積極的に伝える武器ともなりうることになる。それがベンチの空間特性なのだ。


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このソファ・ベンチは、この店「totoru」の雰囲気を代表している。ベンチの素材が木製中心で作られている。この店の造りも木製の床やドアに始まり、天井から机や椅子に至るまで、木製が貫かれている。まさに、このベンチのような喫茶店なのだ。


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けれども、このソファ・ベンチは他の席とも異なる機能を持っていて、他の席から半分断絶した空間を形成しているのだ。じつは、このベンチの背板が二方向に壁のような効果を持っていて、囲まれた空間を保証している。それから、この写真からはわからないかもしれないが、前面が全部透明ガラスであって、裏口がそこにある。つまり、このソファ・ベンチのある空間は、この店でも特別な席になっていて、個室とは行かないまでも、三方向に壁があって隔絶した空間であると同時に、外への展望が効くことから、開放的な風景を持つ場所となっているのだ。さらに、この大きなテーブルが魅力であり、大きな樹から根がいくつも出ているような風の脚を形成していて、自然味を増している。


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ゼミOBのI氏とH氏とわたしはこの席の対面の4人掛けテーブルにいて、ゼミの続きの議論をしていた。今日は近所の小さな子どもを連れた家族がこのソファを占めていて、子どもが少しぐらい騒いでも構わない場所となっている。喫茶店で子連れの保証される空間がほんとうはあるべきなのだが、このような都会の真ん中では、やはり稀有な場所となっていて、このように意識しなければ、作れない空間なのである。ベンチとは関係ないのだが、ここのトイレはちょっと変わっていて、子どもが好きそうな、鍾乳洞の流れのあるシンクが入っている。童話の世界を思わせる趣向なのだ。


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Bench 77−パーク・ベンチの新作はいかにして可能か

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鉄パイプのパーク・ベンチばかり取り上げていて、それでは伝統的なベンチしかないのか、パーク・ベンチに新作はないのだろうか、と問われてしまうだろう。手近なところで新作らしい野外ベンチを探してみた。

 

放送大学東京文京学習センターが入っている、旧東京教育大学跡地は現在、教育の森という名称がついていて、小学校から生涯学習施設まで多彩な学習施設の集積場となっている。昨年後半から、文京区が管理する体育施設に至る公園部分で改修工事が行われていた。公園といっても、東京の中でも山手線の内側の一等地なので、それなりの費用がかかった整備が行われている。当然のように、ベンチも出来合いの定型ベンチではなく、特別にデザインが依頼されたのではないかと思わせるようなベンチが置かれるはずだと思っていた。


 

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今日はこれを見ておこうと、学習センターでの大学院ゼミが早く終わったので、学習センターの玄関を出て、すぐ右の方向にある公園の石畳の散歩道へ出てきたのだ。駅へいく道とは異なることになるのだが。

 

案の定、ここにこのベンチがあり、すでに多くの人びとが座っていた。運動部の学生たちの集団や、犬を連れた散歩姿の奥様がベンチに座っていて、なかなか写真を撮るチャンスが巡ってこないほどだった。人口密度からすれば、もっと脚数が欲しいところだが、ちょっと洒落てみました風を装うには、希少価値を強調した方が、街の雰囲気に合っているかもしれない。これは、皮肉ではないだのだが。



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写真でわかるように、このパーク・ベンチでは金属板が柱を構成している特徴があり、パイプ業者ではなく、金属板加工業者がベンチに参入してきたことを表している。金属板のデザインに特化している。おそらく、デザイナーはこの金属の板を強調するように作ったのではないかと想像させられるのだ。とくに、横に比翼のごとく伸びた肘木が全体のデザインの中でも特に目立っていて、わたしの管見でもあまり見たことがない種類のベンチとなっている。このベンチの置かれているところはかなり余裕があって、芝生が張り出してきているので心配はないのだが、もし狭いところに置かれたならば、この比翼部分がちょうど子どもの頭部分に当たるところなので、ちょっとそこが気になるところではある。



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また、座面ではアルミに樹脂が被せられているタイプの角型のパイプが使われており、丸い鉄パイプからの脱却がここでも進行されていることがわかる。このように見てくると、鉄パイプ・ベンチからの転換を試みられている、いくつかの工夫が行われている点で、見るべきものが数多くある、パーク・ベンチなのだといえるのだ。

 

2019/02/09

Bench 76−ジャズ喫茶には、ベンチが似合う

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db (ダウンビート)の椅子は、ソファ・ベンチだとずっと思っていた。それは、このリスニング・ルームのほとんどの座席が三人掛け用に並べられていて、他のジャズ喫茶のように、一人掛け中心ではないからだ。



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言うまでもなく、ジャズ喫茶では、話してはいけないのだ。もちろん、後ろの方にある別室ではカウンターになっていて、おしゃべりできるBarスタイルの空間もあるから、常連ならば、こちらに座れば、一人でジャズを聴くことになっていることはすぐわかる。



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一人でジャズを聴く空間で、なぜ三人掛けを保っているのだろうか、という疑問が常にあった。ベンチのスペースを取りながら、一人掛けの贅沢な空間が許されているのだ。学生時代から数えれば、断続的ではあったが、もうかれこれ40年以上通っているから、疑問もかなり長いこと続いている。このような疑問は楽しむためにあるようなもので、疑問が解決してしまわないように、あれこれ想像力を抑制しつつ、通ってきているのだ。



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このようなときには、ベンチというものには、思考習慣的特性があるのだな、と思ってしまう。三人掛けに一人で座っていても、見えない人びとがそこにはいるのだ。そのように思考しても、決しておかしくない、余分な空間がこのdbには保証されているのだ。後ろの方からそれとなく聞こえてくる、他者のおしゃべりに対して、これ見よがしにビールを流し込んで、見えない人との対話を始めたのだ。



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Bench 75−木製ベンチは雪との親和性が高いのかもしれない

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野外ベンチでは、天候が座る人にも、またベンチそのものにも、さまざまに影響を与える。今日の首都圏では、雪がずっと降るらしい。このところ、雨もなかったので、少しばかりのお湿りになるだろう。とは言ったものの、野外ベンチにとっては、雪と寒さは人びとを遠ざけてしまうので、疫病神のように感じてしまうのではなかろうか。このように、ステーション・ベンチならば、まだ座面に雪が積もるわけではないので、あとはベンチの素材の持つ冷たさが問題になるだけだ。やはり、鉄製よりは木製が保温性というのか、保雪性にも富んでいるように思われるのだ。


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疫病神だとは言ったものの、それは座る人の立場からの見方であって、ベンチから見るならば、雪が積もって、座面に座る人が減り、休むことができて良かったと考えているかもしれない。また、雪を好きだなと思っているベンチもあるだろう。適度な湿度をもたらすことは、木にとっても再生のために良いといえるかもしれないからだ。


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この写真を見ていると、雪と木とは他の素材よりも、親和性に富んでいるのではないかと思わせるのだ。金属のベンチだと、少し溶けて、水となった雪が氷となって、ベンチから滑雪してしまうようなイメージなのだ。けれども、木製ベンチならば、このように雪の結晶が崩れないままに、綿あめのごとくに、雪の情感そのものを保持しているのだ。夜になって、街灯に照らされた公園ベンチに、雪が降り積もっているのを見ると、ほんとうに綺麗だなと思わせるものがあるのだ。

 

2019/02/08

Bench 74−大桟橋の斜面向けベンチと港の夜のベンチが素敵だった

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横浜に住んでいて、港のベンチを取り上げないわけにはいかないだろう。ホーム図書館で、せっせと原稿を書いていて、今日ももう少しでお仕舞いだと思っていたら、娘からメールがきた。ワイン祭りのクーポン券があるから、これから行かないかというお誘いだった。ワインを飲んで、ベンチを鑑賞するという趣向は悪くない。

 

ワイン祭りの方は、業者向けのケース売りワインが勢ぞろいして、60種類ほどの試飲ができるという贅沢な催しだった。とくに、辛口白ワインと渋みの効いた赤ワインが粒ぞろいで、ビニール製のお猪口だったのだが、2回りくらい回っているうちに、アルコール量もかなり進んで、酔うほどに気持ち良い状態になってしまった。


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ワイン祭りの会場は大型客船が専門に投錨する横浜港の大桟橋だった。ここは、大きなクジラのような形をしていて、外見はすべて木製であるという、珍しい建物だ。しかも、クジラの身体のような流線型の曲線が随所にあって、木製の外壁と曲線の織りなす全体が美しい。さて、これに合うベンチとはどのようなものだろうか。それが、冒頭のベンチだ。


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いくつかの他に類を見ない特徴がある。まず斜面に設置されており、斜面に横まっすぐに、座面を取り付ける工夫が素晴らしい。その工夫が、バッテン印の脚と背板の混合構築物だ。このバッテン構築物が複数横に重なり合って、脚を織りなしているのだ。ひとつずつは幅が狭いので、斜面の偏りをひとつずつズラしていくことで、座面の水平を保つことができるのだ。かなり考えられている構造だ。建物の斜面に対して、ちょっと切り立った形を立てているという感じも、優しい外壁の局面に対するアクセントとなっている。このような特殊な建物だからこそ、このデザインが考えられたのだろうとは思われるのだが、このベンチは、斜面一般に設置される、普遍形のベンチとしても優秀なアイディアを提示していると思われるのだ。


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大桟橋から山下公園へ入る。パーク・ベンチはこれまでも数多く取り上げてきたのだが、最近のベンチは「排除型」が増えてきてしまって、仕切りが必ず設けられており、公園という本来の「公」の部分が思想的に衰退してきてしまっている。山下公園ともなると、横浜の顔のような存在なので、さすがに姑息な「排除型」は取れない。海に向かって並んだベンチ群も、港のネオンに照らされて、白い脚を浮かび上がらせている。横浜港らしい自由な解放感が伝わってくる。ワインが入っていることもあって、風は冷たかったのだが、しばしベンチに腰掛けて、中華街で食事をしようか、もう少し公園の散歩を続けようか、ちょっとだけだったのだが、余裕ある夜を過ごすことができたのだった。もしここにベンチがなかったならば、どのようなことになっていたのだろうか。



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2019/02/07

Bench 73−4本目の鉄パイプは何を意味するのか

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さらにまた、鉄パイプ・ベンチの話だ。そろそろ鉄パイプの方でも、アイディアが出尽くすのではないかと思われるのではあるのだが、そんなことは一切なくお構いなく、さらに次から次へと、このタイプのベンチが繰り出されてくる。今回は、4本横棒パイプ型ベンチの登場だ。

 

横浜駅は川が谷間から出てきて、その河口にできた駅で、帷子川(かたびらがわ)が流れ込んできている。このちょうど谷間の河岸段丘には、素敵な公園が形成されていて、そのひとつに「沢渡公園」がある。ときどきK大学の講義が済んだ後、散歩がてらに丘の上にあるキャンパスから、谷を越えてやってくる。この先には、いつものコーヒー豆を購入する店があるのだ。


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この沢渡公園のベンチが鉄パイプ型であり、念の入ったことに横渡しパイプが4本付いている。これまでで最高の堅牢さなのだ。3本は、ベンチの前と後ろと背板でいつもの通りなのだが、もう一本通っているところがこれまでのタイプと異なる。



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もう一本は、ここに入っている。つまり、座板と背板との間に取り付けられていて、このパイプが座板から背板へ至る木製の板を支える金属板とを接合し、さらに背板部分と鉄パイプ部分とを接いでいるのだ。つまり、この鉄パイプ構造を考えた製作者は、徹底的に鉄パイプだけで、主たる構造を完了していて、木製板は単に座り心地を向上させるためにだけ着いているということを構想した節がある。この1本のパイプが追加されたことで、このパーク・ベンチは完全に「構造という機能」と「座り心地という機能」とが分離されてしまっていると言っても良いくらいなのだ。

 

このことは、製作者による木製板への不信がそうさせたのか、それとも、純粋に製作者が鉄製への性向を持っていたからなのか、にわかには判断できないのではあるが、この4本目のパイプの過剰さには、つまり無くても良いパイプ1本にこれほどまでに執着していることを示していて、ちょっと異様なものがあるのだ。

 

2019/02/06

Bench 72−鉄パイプ・ベンチの伝統はまだまだ続く

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またまた鉄パイプ・ベンチの話題だ。この写真の鉄パイプ型ベンチは、放送大学本部がある海浜幕張駅前の藤棚下に設置されている。2本横棒パイプ型ではあるが、確かに一番上の横に渡された鉄棒には、かなりしっかりした鉄パイプが使われている。また、一緒に設けられたと思われるテーブルの脚に注目していただければわかるように、同じように脚の横に渡されたヌキも鉄パイプで作られていることがわかる。以前から注目しているのだが、なぜ鉄パイプがベンチに使われるのだろうか。


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今回、ひとつのことがわかった。それは、この2枚目の写真と3枚目の写真を比べていただければわかることだ。2枚目のベンチでは、一番上の背板が木ネジで止められて、損傷していない。ところが、3枚目の写真のベンチでは、一番上の背板がなぜか失くなっている。


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もし木製の板がこの鉄パイプと同じくらい堅牢であったならば、木製板だけで横渡しの構造を担っていただろう。ところが、この写真でわかるように、この横渡し板には鉄パイプほどの信頼を置けないのではないかという可能性が現れている。もちろん、木材の工夫次第ではこの欠陥を補うことは現在の技術では可能かもしれないが。


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ここで、鉄パイプ型ベンチでは、木製背板が先に付けられたのか、それとも、鉄パイプが先に付けられたのか、という違いが当初から問題だったのではないだろうかと、推測してみた。それで、結論から言えば、鉄パイプが先で、木製背板が後付けだったというのが、わたしの結論だ。なぜならば、もし背板が先だったとすれば、背板が取れることのない構造が発達していたはずだが、今日に至るまで、まず鉄パイプありきの構造が発達してきているのだ。これは、つまりまずは、鉄製ベンチが最初作られて、それがパイプ・ベンチを発達させてきたという歴史があったことを示している。そして、座り心地を良くするために、後付けで木製背板が取り付けられるようになったのだが、ここの鉄と木の接合が未だにうまくいかない状態が続いているのだ。これをみていると、いかに「融合」という考え方が難しいのか、ということがわかってくるのだった。最後に、極め付けの写真を掲げたい。19世紀の前半に、じつは鉄棒を使ったベンチの原型がすでに登場し、モデルが確立しているのだ。だから、恐るべきことに、すでに鉄パイプ型ベンチの伝統はじつに2百年くらい続いていることになるのだ。

 

2019/02/05

Bench 71−近年のヒット作「かまどベンチ」

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かまどベンチは、近年稀に見るヒット作だと思う。ベンチの持つ公共性・共同性という性格と、防災という現代の社会意識とが、マッチしているのだ。他の防災用品と比べて、金額が高いにもかかわらず、共同体意識を醸成する点で、大いに社会的メリットを感じさせる商品となったのだ。地域公共団体の予算化しやすい要素が多大に盛り込まれている。かなりの需要があったことを想像させる。防災訓練の炊き出しイベントにも使える。考案者は、「やった!」と思ったことだろう。


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「大量の需要」と言っても公共のことだからそこそこであろうが、相当な発注が各メーカーにあったらしいことをwebサイトなどでみていた。そのうちどこかのパーク・ベンチとして、お目にかかれると思っていた。2月になって、ホーム図書館と勝手に思い入れているK大の図書館に籠る日々がようやくやってきた。お昼には日向のベンチでお弁当を広げる仕合せな毎日が、これからしばらく続く。


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それで、横を見ると、このポスターが貼られていた。灯台下暗しで、今まで気がつかなかったのが、おかしいくらいだ。この大学の工学部には、防災専門家が数多いから、導入にはそれほど反対がなかったのではないかと思われる。ネジで止めてある座面部分を上へ持ち上げると、鉄製の脚ごとベンチの内側がとれ、残ったコンクリート部分が「かまど」になるという仕掛けなのだ。事あらば、単純明快な防災用品となることが書かれている。通常は、下記のかまどベンチではないタイプと外見上はそれほど変わりない。けれども、多機能として使えるのだ。


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真面目一方なのが、防災用品の面白くないところなので、ちょっと茶化しておきたい。ひとつは、なぜ座面がアルミニュウム製の樹脂加工板なのか、ということだ。かまどベンチならば、当然災害が起こったら薪が必要となるだろう。それならば、座面を木製にして、事あらば、それを燃やすことはできないのだろうか、と思ってしまったのだ。製作者の立場に立つならば、やはり自分の作ったものの形は最後まで維持したいと考えるだろうが、薪はどうするのだといらぬ心配をしてしまう。

 

ふたつ目は、さらに過激で、脚もコンクリートにしないで、脚もそのまま燃やすことができるような、丸太にしなかったのだろうか、ということだ。椅子作家の指田さんに教えていただいたのだが、スエーデン・トーチ(スウェディッシュトーチ)というのがあって、丸太に切れ目を入れて燃やすと、そのまま「かまど」となるものがある。ベンチの脚そのものがそれぞれ「かまど」になるのだ。そうだとすれば、かまどベンチは丸太でできた木製のベンチそのものであって、一向に構わないのではなかろうか、とさえ思えてしまったのだ。

 

でも、現代はアイディア勝負の時代なのだ。丸太ベンチを防災ベンチだというよりも、現代型コンクリート・ベンチを「かまど」ベンチだという方が、インパクトがあるということなのだろう。木製にこだわる訳ではないけれども、近年の木材需要低下を考えると、どこかのメーカーが丸太ベンチを防災ベンチとして売り出さないのかなあとも思っているのだ。

 

2019/02/04

Bench 70−野外ベンチはどこから壊れるのか

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野外ベンチの座り心地を考えると、現在でも座面は、新素材よりもやはり木製の方が良いと思う。それで、野外だと木製はどのくらいの耐久性があるのだろうか、というところが問題となることは、誰にでも想像はつくものだ。でも、実際にどのくらい耐久性があるのかは、誰も知らないのだ。



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JR東神奈川駅前には、かつてニチイというスーパーマーケットがあり、現在はサティを経て、イオンとなっているビルがある。このビルの定礎は1979年だから、ちょうど40年が経過している。ビルを建てると、その周囲に「公開空地」を設けなければならない。この駅前の一等地が公園並の空き地が確保されているのは、かなり余裕を感じさせる。残念ながら、車の通過交通量が多いために、憩いの要素はあまり感じられないが、駐輪場としての大量の需要を満たしている場所となっている。



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問題は、ここにかなり旧型のベンチ群が据えられていることだが、管理が随分曖昧らしい。土地自体は、ビル所有者のものであるのだが、公開空地として横浜市へ移管されている。それで、このベンチ群の維持は誰が行なっているのかといえば、難しい問題がありそうだ。たとえば、放置自転車が公開空地に放置された場合には、特別な条例を制定しない場合には、撤去の権限はビル所有者にも横浜市にもないのだそうだ。ましてや、ベンチの管理はどうだろう。一度はおそらくニチイが寄付したであろうけれども、管理維持は誰が行うのかは、難しい問題なのだろう。



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それで、幸いなことにというのか、不幸だったというのか、古くからどのように破損してきたのかが、かなりの年数の経緯がわかるような破損の仕方を見せている。これを観察すれば、ここ数十年のベンチの壊れ具合を観察することができそうだといえる。



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まず、知りたかったことは、どこから破損が始まるのかだ。木製の場合、木組みのところは故障しないが、木ネジのところが破損するのだ、と職人の方々はよくいうのだが、ほんとうにそうなのかがわかる。確かに、木ネジの周りから、破損が起こっているのだ。それから、木目に沿っての割れも木ネジに沿って起こってしまっていることがわかるのだ。

 

2019/02/01

Bench 69−伝説の「グリーン・ベンチ・シティ」

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M先生が歳をとったら、ベンチに座って、街を眺めていたい、と言っていたという話を前回したのだが、そのような社会常識があるために、かえってベンチが撤去されてしまったという、伝説があることがわかった。歳をとることと、ベンチとには、因縁の関係があるらしい。


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それは、「グリーン・ベンチ・シティ」(伝説)と呼ばれるものだ。フロリダにセント・ピーターズバーグという市があって、1908年あたりから不動産屋によってベンチの設置が始められ、その後市長の肝いりで濃緑色のグリーン・ベンチが1916年から設けられ、最盛期には7000基のベンチが街に存在したのだそうだ。7000基という数は相当なもので、それ自体が地域資産となるに相当する基準の量だと言って良いだろう。ベンチというものは、お年寄りにとってシンボルなのだと、文化人類学者のベスペリは指摘している。それはあたかも、心のこもったもてなしや、友達のような好意、そして、ほとんどすべての人びとを受け入れてくれそうなものであることを、ベンチは現している。よく言えば、ソーシャル・キャピタルとして機能して、お年寄りの暮らしの向上に役立ったということになるが、悪く言えば、このためにこの市の高齢化率が上がってしまったことになるのだ。おそらく、フロリダだから、米国の各地から高齢者の移住者たちが押し寄せたことは想像に難くない。どのくらいだったのか、という報告が行われているのだが、60年代から70年代のピーク時には、65歳以上人口が30%を超えてしまったのだが、60年代のベンチ撤去後、2000年には、17%にまで低下したのだそうだ。また、平均年齢も47歳から39歳にまで低下している。


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ここで登場するのが、ベンチのイメージなのだ。やはりベンチには、上記の老年イメージがつきまとうために、ついに若年対策として、すべてのベンチが1960年代後半に取り除かれてしまったという事態に立ち至ったのだ(Will Michaels (2012)The Making of St. Petersburg)。もちろん、ベンチを取り除いたくらいで、どのくらいの社会的影響力を持ったのかはわからないだろう。おそらく、若年対策の都市政策が他にも出動されたからということも作用を及ぼしているに違いないだろう。


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さて、ここでベンチに対する考え方が二つに別れることになる。「ベンチに座って、老後を過ごしたい」派なのか、「ベンチに座らず、若く働きたい」派なのか、ということだ。上記で述べたように、市という規模の施策の問題がここには絡んでいて複雑だともいえる。セント・ピーターズバーグ市は、最初ベンチ設置派が、20世紀初頭に増加した。けれども、60年代以降、ベンチ排除派が増大した。ここはちょうど、米国では60年代までソーシャル・キャピタルが増加し、その後80年代へ向かってソーシャル・キャピタルが低下したと言われる時期にぴったり合っている。


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そして、現在に至って、このグリーン・ベンチが見直され、少しずつ若い層でも、ベンチ設置派が増してきているというところなのだ。グリーン・ベンチ・シティが伝説化したことで、ブランドとしての価値が出てきたのだ。結果として、ベンチ製造業が復活し、この商標のビール醸造業が起こり、グリーン・ベンチ・マンスリーというコミュニティ新聞が発行されるようになっている。ここがベンチというものの二律背反する魔法的な威力を持っているところで、好きなのだ。両方の意味を併せ持つから、評価できるのだ。

 

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。