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2019年1月に作成された投稿

2019/01/30

Bench 68−世界一長いベンチと聞いて、永い老後を想像してみた

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世界で一番長いベンチというのがあります、と同僚のI先生がおっしゃるのだ。能登を旅行したときに、行きましたよ、と言って、ホームページを紹介してくださった。それが、この写真だ(http://satohama-tokei.jp/spot/147/)。確かに長い。460メートルあるそうだ。I先生が実際に行ったというし、ギネスブックに載ったというから、本物だろう。行ってみたいのだ。放送大学の神奈川学習センターで試験監督を行なっていて、休憩時間の雑談だった。どこに行っても、ベンチの話を出すと、みんなそれぞれに記憶にあるベンチを話してくださるのだ。



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さて、この長いベンチはなぜ作られたのかといえば、観光資源として長い海岸しかないのと、同じくそこに長いベンチがあるというのとでは、格段の違いがあるだろう。けれども、想像してみるに、日本海側に行ったことのある人であれば、だいたいわかるのだ。それは、日没を観るという趣向なのだ。だいたい1時間くらい、サンセット・ベンチに座って、ぼうっとする場所があるという、仕合わせには限りないものがあるだろう。とくに、一日の仕事が片付いて、ビールを飲みながら、このベンチで過ごすことができるということを想像するだけでも、ぶるっとしてくるのだ。冬はちょっと寒いかもしれないのだが、都会に数あるサードプレイスを確実に超越している。

 

それで、金沢に住んでいたことがあるM先生に、そのことを話すと、そのベンチ自体についてはご存知なかったのだけれども、もう少し歳をとったならば、ベンチに腰掛けて、ずっと人を眺めたり、考え事を巡らせたりしたいな、とおっしゃるのだ。それならば、と考えたのだ。このベンチに1日にひと座りずつ、ちょっとずつズラせ座っていくというのは、いかがだろうか。お尻の大きさはだいたい50センチくらいだから、3年弱で端から端まで座り通すことができる勘定なのだ。時間はたっぷりあるし、なんと素晴らしい考えなのだろうか、としばしうっとりしてしまった。「長い」から「永い」を連想したところで、かなりのところ歳を取ったのだ、と自覚したのだった。

 

2019/01/19

Bench 67−聴覚から視覚へと、ハイバック・ベンチの意味が変わった

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ガーデン・ベンチとパーク・ベンチを見分ける、ひとつの目安となるのは、背板の高さだ。名古屋のフラリエ庭園にも、ハイバック・ベンチが数多く置かれていた。パーク・ベンチも一般の室内用に比べると、背板が高いものが多いのだが、それでもガーデン・ベンチの背板の高さの方が優っている場合が多い。なぜガーデン・ベンチにはハイバックのものが多いのだろうか。



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ガーデン・ベンチでは、背板が単に高いというだけではなく、何らかの意味が込められているような気がする。今回もまだ仮説の域を出ないので、そのうち徐々に証明していきたいと考えているのではあるが、やはりガーデン・ベンチが宮廷文化というものを受け継いできているところに、理由があるのではないだろうか。



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宮殿の室内では、背板の高さはあまり必要なかったのかもしれない。けれども、背板が高く、ベンチほどの幅があれば、部屋の中でもそうなのだが、室外でも間仕切りとしての機能はあったといえよう。パビリオン・ベンチのときに指摘したように、宮廷文化の中ではサロンが発達したと言われており、そこでは談話や会話が行われた。このときには、様々な椅子が発達し、さらにベンチも必要となったに違いないだろう。談話や会話を行うためには、個室や間仕切りが必要で、そのために背板が高いベンチ、つまりハイバック・ベンチが発達したのではないかと考えられる。



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アーツ&クラフツ運動の中で、フィリップ・ウェブが制作したベンチは、王朝時代の復古的なベンチだったが、さすがにこのようなベンチは、日本では見たことがない。モリス商会のカタログに出ていて、ケルムスコットにあるモリスのマナーハウスで使われていたことでも有名なベンチが中世から現代へその伝統を仲介している。



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けれども、形式だけが残って、かなりというのか、すごくというのか、甚だしく様式は異なるのだが、下に掲げた写真のようなハイバック・ベンチは、フラリエ庭園にも数多く見られた。とくに、このようなハイバック・ベンチの現代風な使い方としては、聴覚にうったえる談話というより、視覚にうったえる写真の背景として合いそうな気がする。けれども、このように聴覚から視覚へとハイバック・ベンチが変遷してきても、依然として、伝統的に続いているという性質は、日常というものの不思議な継続性を表しているのだと思われるのだ。



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Bench 66−自動車のシートではなく、自由に動くことができるベンチはあり得るか

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ベンチはもっと自由だと思う、と先日述べてしまったが、それじゃ自由に「動く」ことができるか、と問われてしまうことだろう。それで、意外にきちんとその思想を忠実に実現してしまっているのが、このベンチだ。やはり、フラリエ庭園の中で見つけた。右側にある二つの取っ手を持ち上げて、一輪車のように動かすことのできるベンチだ。



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車がついているので、何のためについているのか、と最初は荷車のイメージで眺めてしまったのだ。このベンチを荷車から発達したものと考えるのか、それとも、ベンチから発達したものと考えるかで、見方がかなり違ってくるだろう。前者だと、荷車ベンチということになるが、後者だと移動式ベンチということになるだろう。荷車が固定化されるのか、ベンチが自由になるかの違いだといっても良いだろう。ようやくにして、後者の心がわかってきたような気がするのだ。また、それに加えて、この自由ベンチは意外に木組みもしっかりしていて、ベンチそれ自体としてもどっしりしており、肘木が広く好きなタイプのベンチなのだ。

 

 

Bench 65−近代になってミニマライズされたパビリオン・ベンチ

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ベンチの源流をなすもののひとつに、ガーデン・ベンチがある。パーク・ベンチとガーデン・ベンチとどこが違うのだろうか。庭園の「庭」が家庭の「庭」だからといって、公園の「公」と対比させて、プライベートな園対パブリックな園などとやったら、途端に顰蹙をかうことになるだろう。庭園の「庭」には、宮廷の庭園の意味が強く、パブリックな要素が強いからだ。



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ガーデン・ベンチには、宮廷文化の下で培われた庭園に設置されたものが系統化されている。たとえば、ドイツのサンスーシー宮殿のパビリオンなどが形式化され、近代のガーデン・ベンチへ影響を与えている。



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名古屋のフラリエ庭園には、かなりミニマライズされたパビリオン・ベンチがいくつか存在する。ひとつは冒頭に掲げたほんとうに、あずま屋というのか、休憩小屋風というのか、かなり小さな雨宿り小屋というものがあり、そこにはほぼ必ずベンチが置かれているのだ。2番目のもののように、通常は池に面して、ベンチが置かれている場合も多いのではないだろうか。



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けれども、こうなってくると、ちょっと事情は異なってくるのではないかと思われるのだ。つまり、近代になるに従って、ミニマライズされる傾向が出てくるといったのだが、これの場合は単に小さくなるだけではなく、むしろ形態変化してきているのではないだろうか。何に似ているかといえば、鳥かごではないかと思われる。鳥かごにつがいの小鳥が座っているという構図になるのではないかと思われる。ケージ・ベンチとでも呼びたくなるような雰囲気を持っている。最後のこれなどは、口悪しくいうならば、まさに鳥かごの団地のようなベンチではないだろうか。



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Bench 64−鉄パイプ式パーク・ベンチの逆襲

岐阜の金公園では、パーク・ベンチに技術革新が起こり、従来のパーク・ベンチ特有の、鉄パイプを使用したパーク・ベンチが2000年代初頭に一掃されたのではないかと書いてしまった。ところが、さにあらず、その後技術革新が起こって、鉄パイプが使われなくなったと思われた(これはあとで述べるような、パーク・ベンチの2000年代大量発注事件が根拠となっている)後にも、さらに鉄パイプを異なる形態で使うような、パーク・ベンチがあちこちに納入されていることを知ることとなった。これほどまでに、鉄パイプに固執し、ベンチ製作にパイプを使うことにこだわるのは、なぜだろうか。



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ひとつはこのパーク・ベンチだ。久屋大通公園の南にある「庭園フラリエ」の池端に設置されていたベンチなのだが、鉄パイプが見事に、横に3本通っており、それらが綺麗なループを描く肘木部分で受け止められている。明らかに鉄パイプが使われてはいるものの、かつての雲龍型というのか唐草型というのかの受け手ではなく、洒落たモダンでシンプルな受け手になっていることがわかるのだ。



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もうひとつは、もっと革新的であって、横に鉄パイプが通っている点では共通しているものの、ずっとモダンな香りのする、デザインの考えられたパーク・ベンチだ。従来のものと共通点はあるものの、鉄パイプの役割がなお一層積極的に前面に出てきている。背板そのものが鉄パイプなのだ。そして、さらに座面にも、座りやすい曲線が使われていて、かつての旧式なデザインを一新したものになっているのだ。

 

このようにしても、鉄パイプを生き残らせようとする、暗黙の圧力がこの世界には存在する。ほんとうに、なぜなのだろうか。パーク・ベンチ界には、確固とした鉄パイプ・シンジケートが存在するのではないかと疑ってしまうほどなのだ。

 

 

Bench 63−巨大ベンチの5大傑作選(名古屋の街中編)


巨大さというものが、なぜベンチに必要なのだろうか。それは、一般的にいえば、「規模の経済性」という、効率性の問題だということになるだろう。多くの集団が集まる可能性があるところでは、大量の椅子を用意するよりは、巨大ベンチを備えたほうが、経済性が高いといえる。ところが、ベンチに限っていえば、必ずしも巨大性は経済効率のためだけに追求されているわけではないことがわかる。巨大であることは、目立つことであるから、「見せびらかし(conspicuous)」の要素が入ってくるからだ。座る目的よりも、人目を引く役割が強調される。そして、何よりも、巨大なベンチを設置できる、巨大なスペースがあることを誇示できるところでなければならない。大きな広場や大きな公園ということになる。そこで、名古屋の街中にある7公園を回った中で、巨大ベンチに焦点を当てて、5大傑作と思しきベンチを選んでみた。


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第1位は、久屋大通公園の柵ベンチだ。腰掛けられるものは、すべてベンチだということで市民権を得て、晴れてマイノリティの地位から1位に躍り出たベンチといえよう。大きな鋼鉄のパイプに樹脂が塗られていて、道に沿って柔軟に形をよじることができる優秀な柵ベンチだ。座り心地も悪くない、また樹脂のお陰で冷たさも和らいでいる。



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大量の市民が押しかけても、座る需要をかなり満たすことができそうである。それに加えて、この大きな空間に決して負けていない。遠くまで延々と続く公園を底辺で支えていて、縁取りをしているかのような、オブジェとしても素晴らしいと思われる。だんだんに下っていき、奥のパーラーへ行きつく坂道の上を両側にワイドに展開する姿は、真にモダンな感じがするのだ。



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第2位は、池田公園のグエル公園風ベンチだ。ガウディ・ベンチは、コンクリート製も木製もバルセロナにあって、それだけで存在感のあるベンチなので、別のところで詳細に取り上げるつもりでいるのだが、とりあえずここでは池田公園のものを上げておこう。



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もし池田公園全体がグエル公園のように作られていたならば、第1位に取り上げるところなのだが、ほんの一部であっても、子どもたちの遊具を囲んで、ちょっと腰を下ろすには適切な囲い柵風ベンチとなっているだろう。



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第3位は、直線型としては、かなり巨大な名古屋科学館のベンチだ。白川公園内の科学館の野外展示場にある。この写真の左下の茶色のものだ。残念ながら、塀の外からしか、カメラに収められないほど、長いベンチなのだ。市電ファンならば、ここに座って、じっくりと電車を眺めることができるだろう。多くのファンが詰めかけても、この長さがあれば、かなりの収容力を誇示できるだろう。ただし、問題は直線型であることだ。同じ方向からしか、眺めることができないのだ。市電をぐるっと囲うだけのスペースの余裕は十分あるのだから、あとは担当者の想像力だけの問題だったと思われる。第1位を狙えるほどの空間を保持していることだけは確かだ。



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第4位は、この久屋大通公園のファウンテンサイド・ベンチだ。泉が湧き出るきわに座っていたいという欲望は、世界共通に存在するようだ。たとえば、ローマのトレビの泉には、いつも観光客たちがベンチとして座っていて、立ち去ろうとしないのだ。この久屋大通公園の噴水ベンチは、さらに腰掛けやすい工夫がされている。



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水際を注目すればわかるように、二重に石囲いが細工されていて、水に濡れずに座ることができる。夏の暑い時には、涼みに来たいと思う。そして、同じ涼むにしても、池と異なり、泉や噴水の良いところは、やはり水が絶えず吹き出て流れており、蚊などの害虫が発生しないという点があるだろう。


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さて、いよいよ第5位だが、正統派のパーク・ベンチを入れないわけには行かないだろう。やはり、久屋大通公園のパーク・ベンチだ。この長さがまずは目を引く。横板の使い方が半端でない。これだけの長さの木板を揃えるのは、かなりの費用を要したに違いないのだが、小さなベンチを横に並べるよりも、大きなベンチをここに並べる必然性があったのだと思われるのだ。



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バスの待合に利用されているのだが、この背板のせり上がり方に注目していただきたい。座って、後ろへゆったりと体重をかけることができるほどに、大きな背の部分が確保されていて、見るからに立派であるのだ。こうなると、格式の問題ではないかと思われてくるのだった。久屋大通公園という、名古屋市の中心に位置し、公園自体も巨大であるからには、パーク・ベンチも巨大でなければならないと発破が掛かったのかもしれない。

 

Bench 62−室内ベンチの繊細さが美しい

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野外ベンチはワイルドだ。それで、妻が言うには、もっと美しいベンチがたくさんあるのに、なぜそれを取り上げないのと言うのだ。そう言われたから取り上げるのではないのだが、やはり室内ベンチは美しいと思うし、繊細な趣が素敵だと思うのだ。このところ、ずっと野外ベンチばかりを取り上げていたから、急に目の前に現れるとやはりグッときてしまうところがある。

 

もうひとつの取材先の予約を行なった。その玄関先に、このベンチがそのまま展示されていた。この細い木の持つ、肌触りの良い感触は、室内用ベンチが持つ特権だといって良いだろう。手垢が付くことを厭わずに、普段着でじっと座らせてくれる優しさと親切心が伝わってくるような気分だ。



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ガラスの玄関ドアを開けて入ると、右側に見たことがある椅子が置かれていた。おむすび型の座面とツウトーンカラーの取っ手を持った子ども椅子とスツールだ。飛騨のKさん夫婦の作品である。ここ数年お世話になっているクラフトフェアの木工家の作品だ。別の世界だと思っていたところで、懐かしい知り合いに出会ったような気分だった。



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このようなときには、続いてもっと多くの出会いがあるものだ。すでに午後の2時を回っていて、昼食を食べ損ねる時間帯に入ってきていた。このショールームを出て、商店街が続く町並みを少し歩くと、この写真のランチの看板が目に入った。それが成功で、中は静かな喫茶店風なのだが、フランス料理の店だった。カキフライのタルタルソースが美味しかったのだ。付け合わせが煮大根だったのだが、これがまた不思議にカキフライに合っていて、旨さを二度味わった次第である。

 

 

Bench 61−川の流れのような人生とリバーサイド・ベンチ

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ベンチはうたかたの「事物」ではなく、「場所」の概念だという考え方がある。外の広場や室内の部屋などのある限定された空間の中で、ベンチは一定の場所を占めているからである。それは、このような広場や部屋のようなところとの相対的な関係から言えるのだと、これまでは思っていた。



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名古屋の広小路通を駅から東に歩くと、北から南に流れている堀川に当たる。水量が豊富で、ゆったりと流れている。堀川に掛かっている橋から眺めていると、ここだけでもいくつかのベンチを発見できる。なぜリバーサイドには、ベンチが似合うのだろうか。



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川の流れを眺めるために座る人もいるかもしれない。けれども、単に川のそばにあるというだけで、ベンチに心休まるものを感じてしまうこともあるような気がする。もちろん、立身でも良いかもしれないのだが、川の流れに意識を乗せるには、自分の身体の方は座らせて、一定の姿勢を保持していた方が、何となく落ち着いて、自由に意識を解放できるような気がするのだ。それは、川の流れの動きと、ベンチへの静座との相対的な感覚なのかもしれない。公園や広場には存在しない、解放感が川端には存在するような気がする。



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もっとも、解放感があるからと言って、方丈記のように、すべてが水の泡のごとくに見えてしまうというのも極端であって、もちろんベンチも家のように「水の泡」のごとくに消えてしまう部類に入っていても良いのだが、一人で腰掛けるのではなく、二人以上で腰掛けるようにできているので、多少とも無常観を緩和してくれるのではないかと、ベンチには期待してしまうところもあるのだ。

 

昔のテキストを引っ張り出して、堀川に写してみたのだ。「行く川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れ(やけイ)てことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る(青空文庫)」と、歳を取ってくると、ときには最初だけでも広げたくなるが、ベンチにこだわっているうちは、リバーの中にまでは至らずして、リバーサイドに身を留めたいとまだまだ考えているところなのである。



Bench 60−どのような特性があるとベンチと呼んで良いのだろうか

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ときどき、ベンチとは何だろうかと悩む現象に出会う。この写真などがその例だ。これまで、ベンチは階段でもある、ベンチは土手でもある、ベンチは石だ、などと境界線上のベンチを取り上げてきた。このような線引きを行なってきて、それでは改めて、ベンチとは何かと問われても、まだまだ帰納法的な証明方法に照らしても、これらがベンチだという水準の収集には至っていないことに気づかされる。最終的には、ベンチとはカクカクして、シカジカだ、といいたいと考えているのだ。

 


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名古屋駅から東に伸びている、歴史由緒に満ちた「広小路通」を歩いている。交差点に差し掛かって、この冒頭の写真のモニュメントに出会った。何のモニュメントなのかは遠目で分からなかったのだが、きわめて現代的で奇抜な飾り付け(イルミネーション)に目が行ったのだ。そして、この石造りの塀というのか、柵というのか、囲いに注目したのだ。



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おそらく普通にただの石の囲いだけであれば、段差扱いのベンチだなどと言っていただろうが、この囲いに仕切り板が渡されていることに誰でもが気づくのだ。この金属の仕切り板があることによって、にわかにこの石の囲いは、ベンチまがいに見えてきてしまっているのではないかと、わたしには思えるのだった。これは、あまりにベンチベンチと探している、わたしの主観による錯覚なのか、あるいはモニュメント制作者による何らかの意図のある、仕切り板なのか、にわかには判断できないのではないだろうか。果たして、ベンチとは何なのだろうか。



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Bench 59−赤色カバーが映えるビル前のベンチ

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岐阜からの帰りに、名古屋へ回った。来年度の準備で、取材を申し込むためだ。取材はあまり上手な方ではないのだが、やはり準備だけは怠りなく行っておかねばならない。だいたい6ヶ月後くらいを目指して、連絡を入れるようにしている。それでも、相手があることなので、いつもうまくいくとは限らない。いくつかの取材源に申し込みを行ったのだ。

 

最初に伺ったところのビルの前に、赤色の目立つベンチが待ち構えていた。脚を見せないように、スカートを穿いているかのようなベンチだ。スタイルを気にしているところが、ベンチにももし性別があるとするならば、女性を感じさせる。


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これだけ隠してしまうと、かえって構造がどのようになっているのかを探索したくなってしまうのが、人の心だと思われる。なぜこのようなカバーを被せたような構造にしたのだろうか。ひとつは、観察すれば直ちにわかる。脚元に光を取ろうとして、この光の窓を取り付けようとしたからだとわかる。けれども、それだけならば、脚だけにカバーをつければ良いのだ。

 

座面にまでも、なぜカバーをつけたのだろうか、ということが残された疑問であった。やはり、強度の問題なのだろうかと推測したのだ。座面が木製の場合に、この木部の端っこが時間とともに砕けてくるのだ。それを防ぐには、木部を保護しなければならないだろう。そこで、木部を下から包み込むようにしたのだと勝手に推理したのだ。そして、この包み込む構造を利用して、カバー全体にそれを広げたのではないかと思ったのだ。


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何れにしても、構造上の問題を考えなくても、デザインの問題だけでも、美しいという理由で、この赤いカバーは十分に成り立っていると思われる。灰色のビル群の中にあって、この赤色は映えるのだ。ちょっと洒落てタバコを咥え、オフィスを後にして腰掛けたいと思わせるベンチだ。

 

Bench 58−ベンチ好きの街と呼べるような都市があるのだ

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駅前ベンチには、その都市を象徴する形のベンチが用意されている。岐阜駅の場合は、長良川の鵜飼を乗せる手漕ぎ舟だ。このようなローカル色とは別に、駅前広場のベンチには、近代特有の機能主義的な趣向が出てきやすいことは、以前に指摘したことがある。駅前広場には、立ち止まって見てもらいたい意向と、混んでしまうことを避け、立ち止まって欲しくない意向とが錯綜する傾向がある。ベンチにそれが現れる場合がある。岐阜駅前が、まさにそのとおりであり、しかも他の駅前にも増して、この迷いを拡大して見せている点で、注目すべきであると思われる。



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岐阜駅前には、二つの種類の広場が用意されていて、極めて贅沢な公共広場を構成している。ひとつの広場には、通り過ぎて欲しい広場となっている。だから、例によってキマワリ・ベンチが大勢を占めている。場所をとらず、効率的に人を休憩させる。もっとも、岐阜駅では最大限の歓迎の意味が込められて、印象深い、黄金に輝く「織田信長像」を配して、どうぞ通って行ってくださいとメッセージを発信している。



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もうひとつの広場というのか、それはもう公園の趣のある場所なのだが、「やすらぎの里」と名付けられていて、どうぞ滞在して休んでいってくださいという雰囲気なのだ。



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ここへペデストリアン・デッキから降りてしまうと、もう一度この跨線橋の歩道へ登ってこない限り、他の場所への移動はできないことになっている。つまりは、閉鎖的な滞在型公園がそっくり駅前広場の真ん中を占めているという趣向なのだ。



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ここには、ゆったり座る型の背板の立派なベンチが数多く設置されている。整備にかなりの費用をかけていることのわかる、贅沢な駅前公園なのだ。



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このように機能を二つもち、さらにそれぞれにこれだけ手を加えることのできる余裕のある自治体はそう多くはないだろう。けれども、そのために多様な種類のベンチが開発されることには、まずは喜びたいと思っている。駅ナカの待合ベンチといい、駅前広場のベンチといい、街中のロードサイド・ベンチといい、そして金公園のパーク・ベンチなどなど、岐阜にはベンチ狂いとでも呼べるような雰囲気が横溢しているのを見たのだ。

 

Bench 57−公共からの公私混合作用ベンチ

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民間がリードする公私混合がありうるならば、公共が主導する公私混合作用も存在して当然だろうと考えながら、駅前の繁華街を歩いていたら、そのとおりのベンチがあったのだ。年季が入っているところから見ると、数年前の岐阜市事業ということになるだろうが、「歩いて暮らせるまちづくり」事業というが計画され、この「街角ホッとベンチ」が置かれたらしい。そのベンチが、この近辺にいくつか残っていた。



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この写真のベンチは、小路が交差する角のギャラリー風ビルの一角に置かれていた。表示されているステッカーに寄れば、「まちなか歩きを楽しんだり」するために設置されたとされ、まちづくりがまずは強調されている。やはり、公共の税金が使われている以上、公共性を前面に出す必要があるといえよう。民間の軒下を借りてはいるのだが、ベンチには、公的な性格が内在しているのだという点を突いている。


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次がたいへん面白いのだが、突然「健康寿命を延ばすための休憩や語らいの場」としているのだ。この「健康寿命を延ばす」という個人の功利的な関心に飛ぶところが、ちょっと限界を感じてしまうところだ。もちろん、ベンチにちょっと座ったからといって、寿命が伸びるわけではないことは誰にでもわかるのだが、あえて効用を唱えなければならないという義務感を持ってしまうところが、「公共からの公私混合作用」であると思わせてしまうところだ。


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そして、何より「公共からの公私混合作用」であることのデメリットは、すべて同じ形のベンチで統一してしまおうという開発主義的な発想に満ちている点だ。この壁を乗り越えることが、今後の公私混合作用ベンチには求められることに相違ない。もうひとつの同じ型のベンチがもう一筋行った店前に配置されていたが、この状態だった。ベンチは、もっと多様で自由なものなのだと思うのだ。

 

Bench 56−民間からの公私混合作用ベンチ

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金公園にはまだまだ離れがたい魅力があって、もう少し観ていたかったのだけれども、岐阜市の街中も見ておかなければならない事情があって、公園の北にある百貨店横のキッチュな公園ベンチと有名な柳ヶ瀬界隈の飲み屋ベンチを横目で見ながら、さらに岐阜駅へ向かったのだ。



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街中に、こんなベンチを見つけた。ベンチそれ自体は、出来合いのプラスティックと鉄製のものだったのだが、設置されている場所とその提供方法に興味を持ったのだ。駐車場を囲む、コンクリートの植木鉢を隣に配し、木々を模した柵を背板にして、それに併設して、ベンチが設置されている。何が問題なのかといえば、「公と私」問題が起きているからだ。設置されている場所は、私有地である駐車場なのだが、ベンチは公衆に提供されているから、多少の公共性を具している。



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この場合、ベンチは私的なものなのだろうか、公的なものなのだろうか。この状態から判断すれば、「私的」な駐車場の一部を公衆に開放して、みんなが使えるようにベンチを公共に寄付していて、たいへん素晴らしい善意の産物として、「公的」なものとして存在すると解釈して良いであろう。所有権は未だ私的に保有している可能性が高いが、少なくともこのベンチが占めている私有地の使用権は公的使用に譲渡されていると見られるであろう。当初は、これで何も問題はない。問題がないどころか、駐車場所有者の善意で鷹揚な姿勢は、周りの住人から賞賛されてしかるべきであろう。散歩の途中での休憩どころができ、みんながそこでおしゃべりに花が咲かすこともできるかもしれないのだから。



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けれども、このベンチに何らかのリスクが発生する可能性がないわけではない。もしこのベンチに座っている人がここで病気を発症してしまったら、あるいはベンチに座っている人が何かの事故に巻き込まれたら、このベンチの管理者は誰なのか、という追及を受ける可能性があるだろう。だから、ベンチ提供には、だいたい前もって提供する側と提供される側との間の合意形成が必要となってくるだろう。その上で、このベンチが提供されると考えられるのだ。公私混合作用のベンチ問題は、意外に厄介なものだと思われる。けれども、ベンチは、ここをいつも解決してきたから、ベンチというものが、現代社会にも生き残ってきているのだ。このような公私による努力の積み重ねの末に、野外に置かれるベンチは、今やわたしたちの貴重な慣習となっているのだ。

 

Bench 55−金神社の前にある枯山水風のベンチ

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最初、この話が持ち上がったときには、ベンチの担当者はたいへん困ったのではないだろうか。ベンチにも、室内ベンチと野外ベンチとがある。室内ベンチはおおかた家庭用なので、その家庭の趣味を反映させている。野外ベンチの厄介なところは、趣味の基準が存在しないというのか、曖昧というのかというところなのだ。趣味の基準には、満足感や効用、あるいは役に立つ機能や環境マッチングなどがあるのだが、野外となるとみんなの目に触れることになるから、公共的な基準が加味されることになるはずだ。こうなってくると、公共的ベンチというのはどのようなベンチをいうのだろうかと気になってくるのだ。

 

ここで、何が問題になるのかといえば、寄付だ。寄付団体のプライベートな基準が公共の場に持ち込まれることになるからだ。何もこの写真のベンチがどうのこうのというわけではないのだが、やはりどの視点から見ても、ミスマッチなのは歴然としている。このベンチの前面には、子ども用の遊具がたくさん設けられている。それに対して、ふつうならば、親たちが子どもたちの遊ぶところを見るためのパーク・ベンチタイプが用意されているのが、ふつうの公園に見られる風景である。


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ところが、ここでこのベンチが設置されてから座られた形跡はあるかといえば、ほとんど皆無と言って良いだろう。鳩のフンの汚れすら、そのままで、荒れた状態で放置されている。由緒ある石材が使われており、枯山水を模ったベンチ群なので、それらだけ取り出せば、高級そうでたいへん洒落ているのだが、この児童公園の脇に合うかと問われれば、首を垂れるしかないだろう。



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1990年代になって、突然寄付の申し出を受けた係が提供した公園の一角がここだったということだろう。ベンチという、みんなで使うというものの悲喜劇のひとつがここで見られたと言って良いだろう。まだ、この時点では、今後大きな問題となるであろう、しかしこのときすでに進行していたことには、ベンチをめぐる業界全体がまだ気づいていなかった。すぐ後ろには、金神社の神々しい鳥居が青空の中で聳え立っていたのだった。

 

Bench 54−パーク・ベンチにスタンダードはあるか

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パーク・ベンチにもいろいろな種類がある。けれども、スタンダードなパーク・ベンチが次第に定着してきているのではないかと、わたしは考えているのだ。それは、おそらく日本国中にパーク・ベンチを納めている業者があって、その標準型がほぼ決まってきていることによるものと思われる。そのうち、ベンチ製造業者へも伺ってお話を聞きたいと考えているのだが、まずは利用者側のスタンダードモデルの収集に務めたいと考えているのだ。

 

現在のところ、どのようなパーク・ベンチがスタンダードなものなのか。それは、ある時代まで標準であった、鉄と木で製造されたパーク・ベンチからあるものが無くなったことによって、一気にスタンダード化が進んだと言えよう。あるものとは、じつは横に渡された2本あるいは3本のパイプである。木製であれば、ヌキに相当するものである。

 


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じつはこの金公園は北側に伸びている。その公園の一部に、1時代前のパーク・ベンチの典型例が残されている。これもかなりの年代物である。でもそれにもかかわらず、モデルからは外れたとはいえ、頑丈さは相変わらず維持されていて、今後もかなりの期間耐久していくものと予想される。見るからにその様相が現れており、立派といえるほどだ。サビがかなり浮いてきているとはいえ、全体的な姿・形も美しいのだ。

 

なぜ鉄製のパーク・ベンチ製造業者が、これほど横に渡したパイプにこだわったのか、じつはわたしにはまったくわかっていない。けれども、これだけ全国の公園で粘りに粘って、これらのパイプ構造にこだわったからには、おそらくかなりの理由があったからに相違ないと考えられる。

 


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たとえば、この理由はどうだろうか。肘木、というのか、肘鉄にこだわったのではないだろうか。ベンチの横部分に、肘をおく鉄の部分を特別につけるには、外部に突き出たパイプに、この鉄の部分を付着させる必要があると、ずっと製造業者によって考えられてきた節があるのだ。この結果、パイプ構造が維持されたのではないかとわたしは思っている。

 

だが、じつは現代のパーク・ベンチがそうであるように、必ずしもパイプ構造を使わなくても、鉄の柱と横に渡される木板とを接合することは可能なのだ。それで、新時代になったときに、いとも簡単にパイプ構造が取り払われたに違いないのだ。現代のパーク・ベンチのスタンダードなものには、したがってパイプ構造は存在しない方式がとられて、極めてシンプルに、鉄製の支柱と横木によってパーク・ベンチが軽やかに作られているのだ。いずれ、このことについては、取材を通じて、明らかにしたいとは思っている。謎を残しておくことも、好奇心を滋養させるためには必要なことだ。成り行きに注目していただきたいのだ。

 

Bench 53−ベンチは余裕を作り出す細やかな道具なのだ

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金公園には、大正15年製造の「名鉄モ510形電車」(通称丸窓電車)が設置され、保存会が組織されている。夜には、この電車の中に、イルミネーションが点滅するそうだ。わたしはベンチをもっぱら鑑賞していたのだが、途中何人かの鉄道ファンらしき人びとが、遠目・近目にぐるぐると回って、この電車を熱心に鑑賞していた。

 

この旧美濃電の保存に一役かっているのが、やはりこのパーク・ベンチだ。この電車の中が公開されているときには、あるいはイベントなどがあるときには、鉄道ファンが集まってくるのだと想像できる。現に、今日は公開日でもないのに、電車のまわりを何回も見て歩くマニア風の中年男性に出会ったのだ。押しかけたファンたちが電車の入り口で待ち合わせや、乗れなかったファンが待つために使われているのが、このベンチだ。おそらく保存会の方々も、ここで待機するのだと思われる。だから、この電車の入り口にベンチが置かれている理由は、明白だ。


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ところが、もうひとつのベンチが電車の出口にも設置されているのだ。なぜ電車の中を見終わった鉄道ファンたちが出口にもベンチを必要としているのだろうか。これはおそらくファンになってみないとほんとうのところはわからないかもしれないのだが、じつは電車を見終わった後こそ、鉄道ファンがファンたる資質を充実させる機会なのかもしれないということを、改めて知った次第なのだ。

 

電車から離れ難いのであるのだが、それはここで、ファンたちの社交が始まるからであると、ファン以外の人びとで誰が想像するだろうか。もちろん、言葉を交わすのはほんの少数でしかないだろうが、このベンチで一緒に座って、余韻を楽しむだけ、それだけで良いのだ。ベンチとは、その余裕を作り出す、細やかな道具なのだと思われる。

 

Bench 52−年代物のベンチを金公園で発見した

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これも、金公園のベンチだ。おそらく、この金公園の中のパーク・ベンチでも、最も古いベンチ群が、これらの藤棚の下のベンチだ。公園のほぼ中央に位置していて、人びとが来て、いかにも集まりそうなベンチ群を形成している。付属しているテーブルが大きいのも、これらのベンチのメリットの一つだ。場所をかなり取ってしまうために、現代の公園では、最も忌避されるタイプのベンチなのだが、なぜか金公園には残されている。

 


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公園の中でも、歴史的にみて最初に作られて、一番愛され利用され続けてきた場所なのだと一目でわかる。その証拠に、公園のほぼ中央にあって、古いにもかかわらず、これらのベンチがそのまま壊されずに残されているのだ。この公園ができたのが、Webサイトの情報では、1937年ということになっていて、戦後1949年に再整備されたとある。さすがに、これらのベンチが戦前から存在したというのは、考えにくいので、戦後少し経ってから再整備されたころに作られたのではないかと考えてみた。五十年代から六十年代の作りではないだろうか。



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それを象徴しているのが、素材だ。パーク・ベンチというと、後で取り上げたいと思うのだが、鋼鉄の柱に木板の座面というスタンダードな形が存在するのだが、おそらくこのスタンダードが整備されるに至るまでには、いろいろな試行錯誤が行われたと考えられるのだ。多くのパーク・ベンチは、スペースの関係から、「スクラップ・アンド・ビルト」で作り変えられていて、古いベンチはほとんどの公園では残されることはないのが普通だ。開発主義の悪い面だと思われるのだが、今となってはどうしようもないだろう。



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ところが、ここのベンチの素材はかなり複雑だ。というよりも、かなり未分化な素材の使い方が残されていると言った方が正確かもしれないのだ。脚はコンクリートで、座面は木なのは、それほど不思議ではないのだが、横から見ればわかるように、コンクリートと木を接いでいるのは、鉄なのだ。ベンチを発注するには、木工業に頼むか、金属加工業に頼むか、石材・土木業に頼むかというように、それぞれ専門に分かれている。木だけで作られるのか、鉄だけで作られるのか、石・コンクリートだけで作られるのかということで、せいぜいのところ、二種類が組み合わされることはあっても、三種類に及ぶことは、費用対効果を考えたとしても引き合わないだろうから、今日ではまずないと言って良いだろう。だから、このベンチは、まだこれらが未分化だった時代に、たぶん総合的に作られたに違いないのだ。つまり、年代物なのだ。

 

博物館行き相当であっても、決して博物館へ送られることのない、このようなベンチを大切に残していることがわかってきたことで、この金公園(こがねこうえん)をだんだん好きになってきてしまったのだ。

 

Bench 51−ベンチが樹々と共生するにはどうしたら良いか

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これも、金公園のベンチだ。ベンチが樹々と共生するにはどうしたら良いか、とみんな考えたに違いない。なぜならば、ベンチのあるところには、ほぼ必ず樹々があるからだ。とりわけ、パーク・ベンチは脇で別々に生きるのは当然なのだが、樹々と共に生きる必要性があるのだ。

 

このような必然性から生まれたのが、「キマワリ・ベンチ」だ。キマワリとは、木の周り・回りという意味なのだが、他に良い名前が見つからなかったのだ。これまでもこのようなキマワリ・ベンチは取り上げてきた。パーク・ベンチの長椅子タイプと並んで、このキマワリ・タイプは、パーク・ベンチの典型例を示してきている。かなり古くから、パーク・ベンチは樹々との共生を図ってきたといえる。

 


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でも、なぜかここの金公園では、二種類のキマワリ・ベンチが存在する。この問いがパーク・ベンチの歴史に目を向けるきっかけを拓いた問いになったのだ。ひとつは、丸いキマワリ・ベンチで、もうひとつは四角いキマワリ・ベンチだ。明らかに、それぞれに作ってみました!的な雰囲気がある。時代が双方で異なっていることがわかるのだ。この金公園では、最初に四角いキマワリ・ベンチが作られ、かなり後になって、丸いキマワリ・ベンチが設けられている。それは、素材の傷み具合を見ればすぐにわかることだ。

 

この両期間の間に、ひとつの技術革新がベンチ界にもたらされたことがわかるのだ。つまり、四角いキマワリ・ベンチの脚は、コンクリートで固められ、いかにも高度成長期的な、あるいは昭和期的な雰囲気を持っている。ところが、丸いキマワリ・ベンチが出てきた時代には、鋼鉄製の脚が発達したことがわかるのだ。この鋼鉄製の脚が出現したことで、野外に置かれるパーク・ベンチのスタンダードが築かれたと言っても良いくらいだ。金公園の素晴らしいところは、それぞれのベンチがこのようなベンチ発達の歴史を体現して見せてくれているところなのである。

 

Bench 50−座ることのできる人数から考えると、家族用ベンチだ

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これも、金公園のベンチだ。金属部分も木造部分もまだペンキが剥げていないところから、比較的新しいベンチだ。このベンチにも、試作品的な、開発の力が感じられる。広がった屋根の部分には、特別な金属の支えが発達しているし、この傘の裏だけでも骨が綺麗な同心円を描いていて、この単品だけでは終わらない継続した力強さが表れている。開発者の心意気が十分に現れているのだ。

 

風向き次第では微妙ではあるのだが、この傘があるので、梅雨には風雨も多少防ぐことが予想されている。また、夏には向きによっては、陽射しを防いでくれるだろう。屋根が一重ではなく、何重にもなっていて、頑丈な作りを誇示している。

 

また、座る部分にも工夫が見られる。ベンチ部分が二つに分かれ、それぞれ対面して座れるようになっている。さらに小さいながらもテーブルまでついている。家族で公園に来て、お弁当を広げるのに適したベンチだ。子連れ・家族連れ用に適したベンチだといえる。子どもたちが集団で来て、勉強をすることも可能かもしれない。

 

想像するに、公園でも喫茶店や軽食レストランが併設されているところであれば、このベンチは十分に機能を発揮するのではないかと期待させられる。その場合には、このベンチが数多く置かれるに違いないのだ。したがって、不思議に思われるのは、この金公園にはこの1基しか置かれていない点だ。やはり、試作品なのだろうか、と思ってしまうのだった。

 

Bench 49−ひとつだけに背板のつけられた3人掛ベンチ

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これも、金公園のベンチだ。ひとつだけ特別に背板がつけられているが、他のふたつの座面には背板がつけられていないパーク・ベンチが置かれていた。実験的ベンチだと思われる。他のパーク・ベンチでは、だいたいが全部に背板がついているか、あるいは全部に背板がついていないか、そのどちらかであって、ひとつのベンチで背板のついていないものと背板がついているものが混在するベンチには、初めて出会った。



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これもなぜひとつだけについていて、ふたつではないのか。あるいは、荷物置き場のある方に背板がついていて、なぜ背板のついていない方の真ん中には、荷物置き場がないのか、などなど。気になり出したら、止まらないことがたくさんあるだろう。

 

あまり必然性はないと思われるのであるが、強いて言うならば、背板のある方は大人用で、他方自由度が効くと思われる、背板のない方は子ども用に使われるのではないかと、想像することは可能である。などと言ってみたものの、何もそこで始まらないだろう。



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やはり、この金公園のベンチだからなのだというのが、唯一の理由ではないだろうか。ここは、実験的に、試しに作られたベンチが集められていて、その後必然性のないベンチは作られなくなって、ここの金公園だけに実験的なベンチが残ったと言えるのではないだろうか。ひとつだけ言えるのは、3人掛ベンチにひとりずつのオプションが考えられるようになったのは、少なくとも差別ベンチが導入された後の事情であるに違いないだろう。良き時代が懐かしいと、全部に背板がついたベンチが、微笑みながらこちらを見ている。

 

Bench 48−金公園の石垣ベンチはなぜ作られたのか

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岐阜市の真ん中に「金公園」がある。金大神(こがねのおおかみ)が祀られている金神社に隣接して、文化センターや柳ヶ瀬へ来る人びとがここの地下にある駐車場を利用するので、通り過ぎていく人びとはかなりの人数だ。

 

なぜなのか、わからないのではあるが、じつに様々なベンチが所狭しとこの公園には並べられている。こんなに座る人びとが実際に来るのだろうかと思えるほどに、数が多いだけではなく、種類が豊富なのだ。岐阜市の公園担当者には、ベンチ・マニアがいらっしゃったのではないかと思えるほどに、実験的で少し奇抜なベンチが並べられているのだ。


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たとえば、こんなベンチはこれまで見たことがないのだ。左からなだらかな坂道になっていて、その道筋には、レンガで足をかけて登っていく仕組みがついている。そして、石垣の上には、取手がまばらについている。恐らくは、この石垣の部分に腰を下ろして、ベンチとして利用してほしい、ということなのだと思われる。

 

さて、これがベンチだと誰が考えるであろうか。もちろん、座ることは可能だから、もし他の座り心地の良いベンチが埋まってしまっていたら、仕方ないので、ここにシートを敷いて座っても良いだろうが、それでも最初からこのようなベンチを作ろうなどとは、誰も考えなかったに違いないだろう。石なので、硬く冷たいのだ。

 

それでは、なぜ現在このベンチが存在しているのかが謎となってしまうだろう。いろいろなことを想像できるベンチだ。たとえば、このようなストーリーはいかがだろうか。最初、この石垣に沿って、道が作られていた。そして、子どもたちがその石垣塀を平均台のごとくに、登って遊べることにもなっていたのではないだろうか。ところが、公園の整備がままならず、いつの間にか道はなくなり、ただ石垣だけが残ってしまった。子どもたちは相変わらず、この石垣の上を走り回り、利用していたのだ。ところが、ここで何かが起こってしまったのだ。何かが何なのかはここでは問わないことにしよう。けれども、この石垣の上を走り回ることを禁止せざるをえない、何かが起こったのだ。それで、公園管理者は子どもたちがこの石垣の上を走り回ることができないように、この取っ手をつけたのだ。取っ手をつけたところ、思わぬことに、じつにベンチ状になってしまったのだ。だから、ベンチを作ろうとして、この石垣ベンチが成立したのではなく、子どもが走り回ることを禁止した副産物として、この石垣ベンチができたのだ。

 


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一応のストーリーにはなっているのだが、果たしてこの推理が合っているのかどうかは保証の限りではない。でも、なぜこの石垣がベンチになったのかは、ほんとうに不思議だと思うのだ。

 

Bench 47−腰掛けとよばれる、怒りのロードサイド・ベンチ

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いつも椅子のことを「腰掛け」と呼んでいるのは、木工家のKさんだ。椅子は遊びなのだというのが信条で、たいしたものではないと口癖のように言い放っている。それを体現していると思われるのが、この「腰掛けベンチ」だ。



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このベンチには、人が椅子のようにどっかりと腰を下ろすわけではない。中腰で、ちょっと腰をかけるだけなのだ。だから、長く腰掛けるのではなく、途中でちょっと寄りかかる程度の腰掛けなのだ。よく道端で見かけるから、分類からすれば、ロードサイド・ベンチの一種であるといっても良いだろう。

 

ただし、これまで見てきたこの腰掛けベンチが常にロードサイドにあったのかといえば、そういうわけではない。いずれ写真は取り上げようと思っているのだが、横浜市営地下鉄のベンチの一つにこの形式のベンチが置かれている。柳宗理のデザインだということになっている。だから、岐阜へきて、この腰掛けベンチがロードサイドに作られているのをみて、そうなのかもしれないと思ったのだった。



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何がそうなのかもしれないのかといえば、ほんのちょっと腰掛ける必要とはどのようなものなのかと思った次第なのだ。この写真のベンチは、実は岐阜市の中心街の四角にあって、信号待ちする近くに1基づつ、都合4基置かれている。年寄りが街を歩いていて、信号で待たされた時に、ちょっと寄りかかったら良いのではないかと設置担当者は考えたに違いないのだ。なかなか親切なベンチだと思う。さて、そのように年寄りたちは実際に利用するのかどうかは定かではない。わたしがここに止まっている間には少なくとも一人の利用者もいなかった。でも、試みとしては良いのかもしれない。

 

ところが、である。世の中は何が起こるかわからない。この腰掛けベンチの前の石畳に貼られた青いステッカーに注目していただきたい。駐輪禁止のステッカーなのだ。これで一目瞭然なのだ。つまり、事もあろうに、この腰掛けベンチを駐輪場だと勘違いして、座るところに錠を掛ける輩が出てきてしまったということなのだ。どのように利用されようと自由ではないかというのは、利用者の言い分なのだが、やはり設置担当者からすれば、ようやく絞り出した福祉の考えがこれで吹っ飛んでしまったのでは、やはり憤懣やる方ないのではないか。担当者の顔が目に浮かんできてしまったのだ。

 

Bench 46−御影石で作られているロードサイド・ベンチ

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ロードサイド・ベンチという語感からは、長距離のトラックが行き交うような田舎道に置いてあるベンチを思い浮かべてしまう。だから、「御影石」という冠がつくと、矛盾しているように聞こえてしまうのも確かだ。でも、現物を見ていただければわかるように、確かに立派な石に、橋渡し形式で板が渡してあり、その立派な石はかなりの幅のある、そして見事に刻みこまれ磨かれた御影石なのだ。


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ロードサイド・ベンチというには、あまりに贅沢な趣向だ。それに、隣を見ると、これもまた立派な石畳が敷かれていて、そこに福の神というのか邪鬼というのか、置かれていて、二人遊びつつ、また野菜などを商っているようでもある。かなりの物語性を期待させる構図が取られている場所になっている。これはいったい何なのだろう。



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種明かしをすれば、これはお寺の門前なのだ。御影石は、この寺の専属の石材屋さんが作ったものだろう。だから、かなり身を入れたというのか、磨きのかかったロードサイド・ベンチとなっているのだ。また、物語を予想させる偶像たちも、このお寺に纏わるエピソードの持ち主たちだろうと想像されるのだ。

 

Bench 45−偶然の組み合わせが運命を決めるというベンチ

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書店ベンチの隣にあったのが、このベンチだ。同じように、片側式アーケードの下に設置されているのだが、ベンチの方は何となく地味に見えてしまう。それというのも、横に何やら意味のわからない、説明も何もない、けれども目立つオブジェが置かれているからだ。だから、添え物みたいなベンチだと思われても仕方ないだろう。


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縦型のオブジェに、寄り添ってそれを引き立てるためにあるかのような、丸太から切り出されたベンチである。控えめなベンチと言っても良いくらいだ。本来ならば、丸太の存在感があるのだから、目立つベンチに相違ないのだが、この異形の縦型オブジェには到底かなわない。それで、あたかもオブジェの一部であるかのように、演じている風にも見えてしまうのだ。


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これを道路に降りた方から見ると、さらにオブジェの威力が増してくる。後ろの飛騨牛の老舗料理屋の一部であるかのような様相を呈しているのだ。したがって、どのような人がこのベンチに座るのだろうかと心配になってきてしまう。料理屋の玄関を入ったところには、待合のかなり立派なベンチが置かれているのがガラス越しに見えている。ということは、料理の待ち合わせにも、この外のベンチは使われないということだ。風景の中では、このベンチは役割を果たしているのだが、実際に座ろうという人は、結局のところ、このオブジェを横から眺めようとする人だけではないだろうか。

 

Bench 44−本屋にベンチは付きものだ

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岐阜市の街中には、駅から柳ヶ瀬地区まで続く、アーケードが発達している。このベンチはちょうどその途中の片側式アーケードに置かれていたものだ。これまでの分類からすると、空間構成型ベンチだといえよう。片側式アーケードの道路側に置かれており、ちょうど歩道を挟んで向かいが少し大きな本屋さんになっていて、本を買ったあと、このベンチに座って読書をするという連続的な空間配置が予想されているのだ。


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本屋にベンチは付きものだ。このベンチがそれを例証している。読書が本屋の中だけに閉じこもるのではなく、店を飛び出す勢いを持っているのが読書の良いところだと思われる。親子連れで、本屋に来たら、目的の本を買ってすぐ立ち去るのではなく、この店の前のベンチに座って、買ってすぐに取り出して読みたいという子どもの欲望を満足させることも、ベンチの重要な役割だと思う。


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それにしても、このベンチは十分に腰掛けられたに相違ない。座面が座る場所だけ擦れていて、多くの人びとが座ったことを伝えている。また、柱ほどあるような厚手の木板が使われていて、贅沢なほど頑丈に作られている。木螺子も大振りのものが使われていて、滅多なことでは壊れないような外用のベンチとなっているのだ。

 

Bench 43−かなり時間が掛けられている労作、待合の十字型ベンチ

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このベンチは、大向こうを唸らせるベンチだ。大作だし、工夫のあとが著しい。何とか賞を必ず取る、あるいはすでに取ったのかもしれないが、と予想されるベンチが目の前に現れた。今日と明日は、岐阜と名古屋へ出張で、街中をあちこち通過するときに、大量のベンチを採集できるのではと期待して、新幹線に乗ってきたところだ。ところが、新幹線の中からでは当然のことだが、名古屋で東海道線に乗り換えて、車中からの景色の中にはいつもにも増して、ベンチが現れなかったので、意気消沈していたのだった。しかし、岐阜駅のホームからの階段を降りてきて、このベンチに出会ったのだった。

 

何が素晴らしいのかといえば、まず一基の大きさがかなりの規模で、これまで出会ったベンチの中でも大きな方であることが魅力である。延べで見て約20名もの人びとが一度に座ることができるのだが、コンパクトに畳まれていて、スペースを取らない構造になっている。狭い空間では必須の条件だ。さらに、十字型にデザインされ、シンプルではあるが決してみすぼらしくなく、人びとを呼び寄せる美しい形態を誇っている、などなどだ。

 


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よく見ると、いろいろな工夫が複合的に発揮されている。とくに、生産者の視点から見て、次の優れた点が目立つのだ。座面を構成している板に注目した。もちろん、一枚板で作られているわけではなく、多くの部材に分かれているのだが、複雑そうな部材に見せかけているのだが、実際には極めて少ない種類の部材で構成されていることがわかる。

 

まず、凹凸部分に注目すると、大小4枚の曲がった板で構成されていることがわかる。この4種類の板がそれぞれ12枚ずつあれば良い。またまっすぐの板材は1種類だけでよく、これが4枚で8箇所に配置されている。つまり、種類からいえば、5種類の部材しか使われていないことがわかるのだ。つまり、このベンチを作るのに、かなりの量産効果が期待できる構造を持っていることがわかるのだった。ここまで、省略された構造を持つように工夫されるには、ベンチ設計者はかなりの熟考を重ねたに違いないだろう。

 

極め付きは、十字形をめぐる座る部分が二重になっていることだろう。もちろん、テッペンの十字の凸部分にひとりで座っても構わないのだが、この十字の窪地を巡って、直角を囲んで5人がそれぞれ余裕で座れる構造になっている。つまり、社交が2から5まで柔軟に対応できることを示している。このような柔軟性を持ったベンチは、そう多くはないだろう。かなり優秀な、労作中の労作の十字型ベンチである。

 

2019/01/18

Bench 42−1人掛ベンチなのか、隙間ベンチなのか、曖昧さが面白い神楽坂ベンチ

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O氏がまたベンチ写真を送ってくださった(原典はこちらの一番最後の写真)。神楽坂の商店街にあるベンチだそうだ。「一見、3人用のベンチの真ん中を切断したような形をしている。 分断されつつも、引き合っているようにも見える」そうだ。問いかけがあって、わたしがどのように考えるか、というのだ。

 

まず、O氏がなぜこのベンチ写真をわたしに送ってきたのかを考えてみた。彼が二つの椅子の空間的な位置付けに、何らかの興味を持ったに違いないことを想像させられるのだ。O氏が単なる1人掛ベンチ以上のものをこれらに感じたという現実があったらしい。なぜO氏にそのように思わせたのかと推察するに、「分断されつつも、引き合っている」と考えさせるものが、ここに見られたからだろう。

 

それは、おそらくベンチから出ている脚の位置の問題だと思われる。今、この二つの椅子の脚の位置は、左右両側についているのがわかるが、もし脚の位置がこの写真に向かって後ろ側に付いていたらどうだろうか。それならば、前を向いた1人掛の椅子が単に二つ並んでいると感じることだろう。やはり、両者が向かい合って座ることのできることを期待されているところが、「分断されつつも、引き合っている」と思わせる状況を作り出している。もちろん、見知らぬ者同士が腰掛けても、隣との良い距離を保ち、十分に1人掛で通用するとは思われるのだが、製作者の意向としては他者志向という観点をそれとなく盛り込んでいる「心にくい」ベンチとなっている。

 

けれども、このベンチにはもうひとつの想像力を掻き立てる仕組みが存在する。それは、両方の椅子の間に空いた隙間空間をどのように考えるかという点である。O氏は「3人用のベンチの真ん中を切断したような形」と表現している。ベンチの中に「もの置きベンチ」というジャンルがあり、座るスペースの間にものをおくスペースをとったベンチが、パーク・ベンチやステーション・ベンチに見られる。これと同型とみなし、この隙間にバックパックやトランクや大きな荷物が置かれるために、隙間が取られたと解釈するのはいかがだろうか。あるいは、もっと人間に近づけたいならば、ベビーカーや子どもの遊具の置き場と考えても良いだろう。隙間には、多くの想像を詰め込むことができる。

 

ベンチを考える楽しみのひとつに、2者関係を3者関係に移行させる楽しみが存在する。この隙間に、第3者を立たせてみたらどうだろうか。ここに立つ必然性があって、事情で座れない人が、2者間のスペースにいるような状況があるだろうか、と考えてみた。

 

妻が口を挟んできた。たとえば、男性が真ん中に立っていて、両側に女性が座っている構図はどうかというのだ。3者は恋愛の三角関係にあって、挟まれた男性はこう着状態で立たねばならないのだった。まさに男性を媒介として、「分断されつつも、引き合っている」状態が生じている。いろいろ考えてみたのだが、結論から言えば、神楽坂というサードプレイス的な場所のイメージに、分断的であれ、融合的であれ、その曖昧さゆえに柔軟に使われるだろうから、この分断的融合ベンチはまさに似合っているのではなかろうかということだろう。


追記:実際に測ってみないとわからないのだが、じつは脚の高さが違うのではなかろうか。当然、ここは坂道なのだ。だから、同じ高さの脚をもつ長いベンチを置くと、座るところが斜めに傾いてしまう。それを避けるために、あたかもベンチを想像させるような風を残し、けれども傾くことを予防して、1人掛にしたのではないだろうか。街ベンチの「構造」的解釈である。

 

2019/01/17

Bench 27–2 運動具ベンチの写真が送られてきた

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「運動具ベンチ」を以前取り上げたら、大学院ゼミの後の飲み会で、I氏が千代田区にある東郷公園(東郷元帥記念公園)にも、いくつかの運動具ベンチがあると教えてくださった。それで、写真をお送り願いたいと言ったところ、直ちに送られてきたのが、これらの写真だ。

 

ひとつは「高齢者のストレッチに使います。背中をつけて後に伸ばします」とI氏のコメントがついていたものだ。もうひとつには、「これは体を左右横にストレッチします」とのことだった。

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公園は遊び場だと考えられるのだが、遊び場ならば、遊具があっても不思議ではない。ところが、遊具というと子供だけが利用するものだという固定観念が強く、成年・老年も遊び場を多大に利用するのだから、当然のように大人用の遊具があっても良いだろうと思っていた。ところが、大人の想像力は残念ながら子どもの想像力に及ばないらしく、なかなか大人の遊具は出てこなかったのだ。その代わりなのかどうかはわからないが、真面目な遊具が登場したというのが、運動具ベンチの由来ではないかと、わたしは推測ならぬ邪推をしているところだ。

2019/01/10

Bench 41−なぜだろうという好奇心を沸かせるベンチ

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O氏が提供してくださった、もう一つのベンチが、この木製のベンチだ。恵比寿駅から恵比寿ガーデンパレスへ至る「動く歩道」の中間においてあるベンチだそうだ。いくつかの好奇心を惹起させるベンチだ。

 

第1に、途中で置かれているから、休憩用だと主催者は考えているに違いない。けれども、ちょっと考えればわかるように、「動く歩道」なので距離は多少あっても、途中で疲れ、座りこむわけではないのだ。したがって、O氏も指摘しているように、このベンチに腰掛けている歩道利用者はほとんどいないのだ。

 

第2に、なぜ木製のベンチが置かれているのか、という点が疑問だ。動く歩道は屋外なのか、屋内なのかをいうことを、このベンチが示している。この歩道の管理者が、ここは屋内だという認識を示したことをこのベンチは示していて、もし屋外だったら、純粋木製のベンチを採用しなかったのではないかと思われるのだ。この意味でも、ベンチというものには、座ったりする以外にも、人間の意識を反映するというきわめて重要な機能が存在することを示しているのだ。

 

第3に、座るためではないとすると、このベンチは何のために置かれているのだろうか。たとえば、ベンチ全体が飾り用に作られていて、動く歩道を通って行く人びとの目を楽しませるためのオブジェになっているのかといえば、それもちょっと違うのではないだろうか。装飾性という香りはほとんど感じさせない。

 

けれども、一つ気になって指摘できるのは、背板が梯子状になっていて、それを支持する上板と、下板が曲がった板で作られており、この曲線が独特である点なのだ。この曲線は何なのだ、という不思議さはあるのだ。上板の曲線は、よく見るタイプであり、柔らかさを表現するためにありうると思われる。けれども、下板の曲線は何なのだろうか。直線であっても何ら問題はないし、あえてここを曲線にしたために、過剰で、無駄な感じを与えているように思えるのだ。

 

曲線をここで作り出すには、曲木にするのか、板材から切り出すのか、ということになるのだが、これだけの幅のものを曲木にするのは通常行わないので、おそらく切り出しを行なっているのではないかと思われる。そうならば、この一本の曲がった板を作るためには、曲がった部分全体を含む、通常の2倍以上の板の幅が必要になるのだから、上板と下板の2本作るのは、それだけで手間がかかってしまうに違いないと、わたしも最初は考えていた。

 

それならば、なぜわざわざ手間のかかる曲げ材の切り出しを、上板だけで済まさずに、下板にも適応しているのか、という疑問がますます起こってきてしまうだろう。それで、下板を上下ひっくり返してみればわかることだが、上板と下板は同じ形をしていることだ。職人の方がたならば、直感的に解決してしまうことがそこにはあるのだ。何を言いたいのかといえば、上板と下板を複数作るために、同型の曲がった板材を、大きな板材から量産させたに違いないということなのだ。それで、それを上板と下板に採用したので、部材としては、上板と下板は2つの部品なのだが、同じ部品を使えるので、手間はかからないことになるのだ。したがって、下板を直線で作るよりも、曲線で作った方が量産できることになると制作者は考えたに違いないと推測できるのだ。

 

手間をかけたように見せかけて、実際には手間がかかっていない部品作りがここにある。このようなちょっとした独特の工夫が、このベンチをここに置くことになった理由となっていたら、面白いなと思った次第である。

2019/01/09

Bench 40−近代ベンチがありうるとしたら、どのようなものなのか

1               原典はこちらから

ベンチに近代性というものを嗅ぎ取ることは、たいへんむずかしい。なぜならば、ベンチそのものが何となく、近代以前からあって、近代性から外れて出てきたように思えるからである。ふたり以上で腰掛けるということ自体、近代の個人主義にそもそも逆らっていると言えるのではないだろうか。

 

それで、ベンチそれ自体というのか、ベンチの内生的な近代性はむずかしいとしても、周りとの相性から近代性を探ることができるかもしれない。と思っていたところ、ちょうどO氏がわたし用にと東京都写真美術館の写真をプレゼントしてくださった(O氏の写真美術館のブログはこちらから)。それが冒頭の写真だ。まさに、このベンチなどは近代的、モダンな感じがプンプンとしてくるベンチだと思われる。

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周りから攻めて考えるという点でいえば、O氏の同じブログにあがっている他の二つの写真(上掲のものと下掲のもの)が、このベンチが近代的であることを傍証しているのだ。ひとつには、食堂・喫茶店の中に写っているトーネット椅子だ。曲木椅子の典型例であり、木を曲げたことで、部品が3つだったものが1つの部品で済ますことができ、さらに職人の手間と時間が省かれたという、近代椅子の典型が写真美術館では採用されているのだ。同じ趣向で選ばれているといえる。

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さらに、ふたつには、ベンチと同じ写真に写っている一人用のスツールは、有名なアアルト・スツールであり、さらにもう一つのオープンな広間にテーブルと一緒に写っている、背板の付きの椅子もアアルト椅子なのだ。アアルト椅子は、トーネット椅子に輪をかけて効率的な生産のできる椅子として有名であり、スツールの部品はわずかに3つの部材でできている合板椅子の最高峰なのだ。シンプルさを強調した椅子の中でも飛び抜けているといえる。

 

さて、ここから推測されるのだが、これらのトーネット椅子とアアルト椅子とのバランスを保つことが、この写真美術館に設置されるベンチの使命となったのではないかと想像されるのだ。ベンチの選定者にその圧力がかかったことはほぼ確実であるといえよう。その結果、ここに採用されたベンチは、このような近代ベンチの典型のようなベンチとなったのだ。生産者側から見て、部品が少なく、手間と時間がかからない。消費者側から見て、デザインがシンプルである。これらが、さしあたり近代椅子・ベンチの要件なのである。O氏の近代ベンチ採集に感謝する次第である。(O氏の東京都写真美術館行きのブログはこちらから

2019/01/08

Bench 39−2 The Park Bench 第2話 老夫婦は日常的非日常をベンチに感じた

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犬が寄ってきて、匂いを嗅いでいる。ベンチの左の支柱に、片足をあげた。サラリーマンが通勤帰りに通り過ぎていく。


公園にベンチがある。カーディガンとシャツ・ブラウス姿だから、近くの家から出てきたのだと思われる。老夫婦が互いに顔を見つめ、老婦人は老紳士の腕に寄りそって近づいてくる。目があって、二人はパーク・ベンチに腰を下ろす。


老紳士が微笑みながら、紐で括られた小さな包みを取り出す。蓋を開けると、さくらんぼの乗ったケーキが1個出てきた。あらかじめ用意していた折りたたみナイフで、その四角のケーキを斜めの三角に切って、老婦人に渡した。二人だけのお祝いだ。


老紳士が近くのケーキ屋でこれを買った時には、家に帰って食べるつもりでいた。けれども、家についてみると、ちょっと公園まで出かけてみようかということになったのだ。パーク・ベンチに座ったことだけが、いつもと違うことだったのだが、それでも何か晴れがましい感じだった。家で食べそれで満足しても良かったのだが、家からちょっと出て、日常とはほんの少し違うことを行ってみるのも、長い結婚生活の中でもなかなかなかったことだ。


老紳士は老婦人が食べることができるのか、気遣っていた。少し前から、よく食べ物を落としていた。口の周りにケーキのくずがついても、この頃は気にしなくなっていた。老紳士は、微笑みながらハンカチを出して、老婦人に手渡した。いつまでも、このまま二人で。


パーク・ベンチは無表情のまま、刻まれた「I ♡ U」を見せている。

 

2019/01/07

Bench 39−The Park Bench 第1話 傷つけられる側と傷つける側の関係性

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アーミーナイフが取り出される。少年が持ってきたのは、赤い柄のものだ。コルク栓を抜いたり缶を開けたりできる道具も付いている。使い慣れたものではなく、家にあったものだ。柄から刃を引き上げようとするのだが、キツく出来ていて、親指と人差し指の爪にようやく引っ掛かって、刃が出た。

 

公園にベンチがある。少年が家から少し離れたこの公園へ来たのには、理由があった。女の子との2度目のデートだった。アーミーナイフは目的があって持ってきたわけではないのだが、女の子の気をひくには十分だった。

 

女の子がじっと見つめる中、ナイフがベンチの上段に「I」の字を刻む。間を空けて「U」の字を彫ったとき、女の子が少し微笑んだような気がした。女の目が次を誘ったので、「♡」を真ん中に印した。ベンチは鷹揚に構えていたし、ナイフの滑りは良かった。

 

でも、そのほんの一瞬だった。女の子の顔に陰りが出来て、目がそらされた。ベンチを支えられていた少年の親指に、ナイフが入ってしまったのだ。最初はたいしたことなかったのだが、血は傷口から流れ出し止まらなかった。びっくりした女の子は、少年を抱えるようにして立ち去った。ベンチに「I U」だけが残された。

 

何もなかったかのように、ベンチの前を通勤のサラリーマンが通っていく。買い物帰りの女性も通り抜ける。傷つけられたベンチは、傷つけた少年に報復をしたわけではないのだが、記された文字と贖われた血液とがこのベンチのただならぬ関係性を写し出している。パーク・ベンチの話がここから始まった。

 

()ここで語られているストーリーは、イラストから受けたイメージを文章に起こした創作である。Chabouteの『The Park Bench』がその元となっているイラストなのだが、セリフのないイラストのみによる書物だ。けれども、たとえ絵だけであっても、この書物が文章を想起させるに十分な源泉としての力を持った、そのような「原作」であることに間違いないことをここに記しておきたい。

2019/01/06

Bench 38−公園にベンチを置くことの過剰性(ベンチの過剰性その3)

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パーク・ベンチはこれから数多く取り上げていきたいのだが、まずはほんの露払いだ。パーク・ベンチは、当たり前のことだが、公園に置かれるベンチだから、「みんなで使う」ことが暗黙の了解となっている。もっとも、みんなが暗黙のルールが存在しているとはわかっていないという、暗黙さというものの弱点はある。

 

公園ベンチに座るときにさえ、本人から見ると、個人の目的で使われるのであって、みんなで使うという共通の目的を意識している人はほとんどいないだろう。だから、かえって個人目的で使おうと思ってきた人が、思いがけず、みんなで使おうルールが見えてしまったときには、ハッとするかもしれない。ベンチの周り全体が明るくみえてくるようなものだ。

 

今日は家族の誕生祝いのケーキを谷の向こう側にある、かなり遠くのお菓子屋さんへ取りにいき、その帰りに住宅地にもならず、北斜面が公園となっている谷の陰り地に差し掛かったのだ。かなりの急坂の階段を上り詰めないとここに到達できない。一休みということで、パーク・ベンチに腰掛けたのだ。


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ところが、もう1台のパーク・ベンチが並んでいて、じっとこちらを向いて、視線を送ってくるではないか。ひとりで座っているのだから、孤独な時間を楽しめると思っていた。何かが違うのだ。もしこの2台のパークベンチが、すぐ上に掲げたように横1直線に並んでいたら、どうだろうか。ずっと前のほうを見てしまって、他のパーク・ベンチは視界に入ってこないだろう。ところが、冒頭の、この2台のベンチは互いに会話をすることを想定しているように、少し身体を片向けているのだ。それも、完全な対話ではなく、それとなく向けられている。このなだらかな向かい合いが「みんなで使う」ルールを突如として思い起こさせたのだとわたしは気づいてしまったのだ。この何気無い「向き」をつけるだけで、ここは公園であって、もし他の人が隣のパーク・ベンチに座ったならば、顔を向けざるを得なくなる。そこでは、ひとことは挨拶を交わさざるを得ない、という十分な効果をもたらすに違いないのだ。自分の中のひとつの発見だった。公園の設計というものがもしあるとするならば、斯くありたいと思うのだ。


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Bench 37−住宅地公園でのベンチの過剰性(ベンチの過剰性その2)

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ときどきなのだが、ベンチについて、公園設計者が何を考えているのかわからないときがある。今日も住宅地の中の斜面を利用した小さな公園にあるベンチを見て、不思議な感覚を思えたのだった。このベンチは、かなり丁寧に作られているにもかかわらず、その努力の割には、その意図が伝わってこない。と言うのか、形態も不思議だし、その機能を考えても不思議な感じを受けたのだった。

 

子どもたちが近くでバドミントンに興じていた。バドミントンに疲れたならば、きっとこのベンチに座ることだろう。それを想像してみるのも楽しいかもしれない。

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Aくんはずっとバドミントンを続けていたので、他の人と代わって、このベンチの低い部分に腰を下ろした。続いて、隣にBさんも座った。Bさんは疲れた手足を癒すように、軽い体操気分で手を上に伸ばし、後ろへ倒れ込んだ。この丸い曲線部分を背もたれとして利用したのだった。背骨が伸びて、気持ちよかった。

 

CくんがAくんとBさんの間を登って、このベンチの頂上にまたがった。地上から1メートル以上高くなると、その分だけの心地よさを感ずるのだった。Dさんも上までよじ登ってきて、そこで立ち上がって、向こう側へジャンプした。駆け上りの遊具として、このベンチを利用したのだった。

 

子どもたちがかえってしまうと、公園には、今度は大人たちが老人たちを伴って現れた。もちろん、老人たちが上まで登ることはなかった。普通のベンチとして、ただ座るためだけに使ったのだった。

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このベンチの設計は思いつきで行われたのではないことは明らかだ。よく見ればわかるのだが、このベンチのスノコ状の板の並びには、細心な気遣いが感じられるし、鉄の曲げられた支柱についても、前もってよく考えられた節があるのだ。けれども、だからこそ、ここまでくると最初の問いに帰ってしまうのだ。このベンチの設計者、公園の設計者はほんとうのところ、何を考え、子どもたちや住民たちに何を求めていたのだろうか。子どもたちや住民たちに、後からこのベンチの用途を考えてもらいたいと言うには、あまりにもこの鉄の支柱やスノコ状の板張りは過剰にしっかりしているし、動かせない仕組みなのだ。設計者の考えの過剰性がここに出ている。過剰な設計者の想いのみが、このベンチの周りに漂っている。

 

2019/01/04

Bench 36-ベンチに控える選手の現場への登用は、きわめて互酬的だ

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なぜ「選手席」や「控え選手」のことをベンチと呼ぶのかは、そこに長く座っていることの時間効果や習慣効果がそうさせたのだ、と言ってしまえば、みんな納得してしまうだろう。それは、実際にベンチに座っている人物たちを想像すればわかることだ。つまり、現場に出ている選手は、決してベンチには座らない。それは監督も同じで、戦っている時の監督は、ベンチに座らず、調子が悪くなったり、選手交代を相談したりするときにベンチに帰るだけだ。


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20181231日現在の英国プレミア・リーグでは、グアルディオラ監督率いる、「マンチェスターシティ」が中盤戦になって、ズルズルと敗戦を重ね、1位から2位に落ち、他方ぺップ監督率いる「リヴァプール」は無敗を続け、2位から1位になり、あっと言う間に得点差が7点と開いてしまっていた。そして、201914日のエティハド・スタジアムに置いて、この1位と2位の対決となったのだ。まさに、前半戦を締めくくる天王山といっても良いくらいの試合が始まった。


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試合自体は2−1で、めでたくマンチェスターシティが勝ったのだが、勝ち負けがベンチでは問題ではないのだ。交代枠は、3ポストなので、いつのタイミングで、どのような役割として出るのか、これが「控えベンチ」と言うものの重要な点なのだ。控えのベンチから試合に出た選手は、さらに現場の他の選手へ影響を与え、さらにその動きは他の選手へ伝播していくのだった。現場で調子の悪い選手、点を入れて動機付けの低下した選手、周りの選手と折り合いの悪い選手、怪我やファールを被った選手などが、ひとまず現場から降りてくる。この日は、D・シルバ、コンパニなどが途中交代した。それに対して、休んでいた選手、そのポストにハマる選手、元気を取りもどした選手などが控えの選手として、現場へ呼ばれるのを待っている。呼ばれるまで、溜められていると言うのも、互酬的だ。


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ベンチで待っていて、プレイを見たかった筆頭は、デブライネ選手だったのだけれど、怪我をした後、どうも顔色が悪い。この試合でも、ついに最後まで、控えの2列目のベンチから出てこなかった。途中、グランドに出て、走ってはいたのだが、パスを通すようには思い通りにはいかないのだろう。もう少し、ベンチを温める時期が続きそうである。

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控えと言うのは、まさに互酬的なのだ。溜めておいて、そのうち放出されてくる。監督がそれを最終的には決定しているように思えるのだが、よく見ると、現場の動きがそれを決めていることがわかる。それまで、動きが鈍かったところに控えから有力な選手が入ると、急にみんなが動き始め、攻撃力を増す時があるのだ。この現場の互酬的な力をうまく読まないと、なかなか勝負には勝てないだろう。

 

2019/01/03

Bench 35-バス停ベンチなのに、素材が過剰だった(ベンチの過剰性その1)

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廃物利用だとは思われるのだが、素材に注目すると、なんと過剰なのかと感心してしまうバス停ベンチに出会った。このベンチは、谷を超えた近くのバス停に置かれているものだ。この近隣のバス停をくまなく回ったのだが、このタイプの廃材利用のベンチはここにしかない。唯一無二という点でも、過剰さを表しているのだ。

 

まず目を引くのは、この背板部分だ。家の床柱や支柱に使われるかのような、太い材木が使われている。背板に似合わない素材が使われている。廃材だからできたのだと思われる。おそらく別の用途に使われる予定であったのが、余ってしまったのかもしれない。裁断するほど手間をかけたくないし、背板用の板を別に用意するには、費用を出せないというところだと思われる。その結果、この太いまま使ってしまおうということになったに違いないのだ。


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ところが、ここが不思議なところなのだが、素材を過剰に使ったことが、じつはかえって、別の手間の過剰を誘っているのだ。何を見つけたのかといえば、釘を使っておらず、木組みで作られているという現実だ。見てすぐわかるように、この柱の厚さを突き通すような特別の釘は存在しないだろうし、もしあったとしても、そのような釘を使う金銭的余裕もないだろう。その結果、製作者は家を作るように、ほぞ組みで作ろうということになったのだと思われる。当初、廃材利用で、効率的な素材の再利用をと軽く考えて作業に入ったのだと思われる。ところが、ここへ来てみて、本格的な木組みを行わなければ製造できないことがわかったのだ。

 

つまり、じつは素材の過剰は、それにとどまらず、その素材を使う製作者の手間の過剰をも突き動かしてしまったのではないかと推察される。したがって、じつは廃材利用のベンチを量産しようとしていた製作者は、この一品で制作を終焉させなければならなくなったに違いないだろう。じつはまだ使われなかった廃材がどこかに放置されたままになっているのではないかと、わたしの想像力も過剰な様相を呈してきているのであった。

2019/01/02

Bench 34-ベンチにも日常があって、その日常を保つことには人間と同じような難しさがある

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妹夫婦の用意してくれたおせち料理をいただくために、京葉線の駅に降り立った。駅前には、広場があり、隣接してバスの発着場がある。住人たちは駅を降りて生垣に沿ってバス停やショッピングへ向かうのだが、これらの人びとが休憩できるようにと、この風に晒された長いベンチが広場の中の植え込みに組み込まれている。ここは、通勤客たちが頻繁に通る広場なのだけれど、それだけでなく、家庭から押し出された病人や行くところを失った人びとが座るには、これらのベンチはちょうど良い場所を提供していると考えられる。


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このベンチを見ていると、日常を保つことの難しさについて、視覚的に理解することになるのだ。まず、最初の写真では、一枚の木製の板が、ずっと長くベンチの座面を覆っているように見える。けれども、当初のベンチでは、この部分は板ではなく、スノコ状の座面をもつベンチであった。それは、このベンチの隣のベンチを見れば、そのことがわかる。横に通した柱板状の木部、これらは明らかに経年の破損を負っているように見えるのだ。それから修復のときに、その上に柱板部分の破損を覆って、たぶんさらにこれらを修理することを諦めて、上から板をかぶせることで、これらのベンチを再利用しようと考えたことがわかるのだ。


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ここで、薄い板を厚い柱板の上に持ってくるという発想は、いわば弥縫策でしかないのは明らかなのだが、本格的な全体の取り替えよりは、ずっと費用がかからないと考えられたのだろう。けれども、当初は単に破損した部分だけを修復するためにだけ、この板をかぶせる方法がとられていて、破損しない部分は、上記のように、むき出しのままで放置されたのだ。


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その結果、何が起こったのかといえば、最後の写真でわかるように、木ねじの部分から始まった、修復のできないような破損が深刻な状態になるまで発展し、そこで放置されるということになったのだと思われるのだ。弥縫策が結果としてすべてに影響を与えてしまい、日常の肝心な部分すら、弥縫策的な実体を示してしまうことになったものだ。日常的弥縫策と日常的放置は、日常自体を変えてしまうのだ。人間の日常を保つのと同様に、部分を変えれば良いのではなく全体の問題が起こってきて、木のベンチの日常を保つのには、それなりに難しい問題の存在することに気づくのだ。

2019/01/01

Bench 33–新しい思考は古いベンチに宿る

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20年来使っている、我が家の古いソファ・ベンチだ。居間にずっと鎮座して、家の様子を見守っている。単に見守っているだけではなく、この場所が座る場所だと表示する役割も果たしている。だから、先日のヒアリング調査の中で、最近のソファの使い方として、床に座って、背もたれとしてソファを使う方がたが意外に多かったのには、驚かされたのだ。うちの妻特有の座り方だと思い込んでいたからだ。他に、移動できる椅子が、食卓椅子・スツール・腰掛けなどが所狭しと、居間には置かれているのだが、それらは場所を示しているわけではない。ここが定番の座る場所だと指示しているのは、この白いデンとしたソファ・ベンチだ。考え事をするときには、この場所が必要なのだ。


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先日、この居間に、新しく到着したのが、この4月から放送が始まる放送大学学部科目『経済社会を考える』のテキストだ。立教のM氏からは多くの思考をいただき、そしてこちらも返した。楽しい番組になっていればと思う。さて、古いベンチに新しいテキストを飾って、「謹賀新年」といたしたい。今年もどうぞよろしくお願いいたします。20190102_121113

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。