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2019/01/19

Bench 67−聴覚から視覚へと、ハイバック・ベンチの意味が変わった

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ガーデン・ベンチとパーク・ベンチを見分ける、ひとつの目安となるのは、背板の高さだ。名古屋のフラリエ庭園にも、ハイバック・ベンチが数多く置かれていた。パーク・ベンチも一般の室内用に比べると、背板が高いものが多いのだが、それでもガーデン・ベンチの背板の高さの方が優っている場合が多い。なぜガーデン・ベンチにはハイバックのものが多いのだろうか。



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ガーデン・ベンチでは、背板が単に高いというだけではなく、何らかの意味が込められているような気がする。今回もまだ仮説の域を出ないので、そのうち徐々に証明していきたいと考えているのではあるが、やはりガーデン・ベンチが宮廷文化というものを受け継いできているところに、理由があるのではないだろうか。



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宮殿の室内では、背板の高さはあまり必要なかったのかもしれない。けれども、背板が高く、ベンチほどの幅があれば、部屋の中でもそうなのだが、室外でも間仕切りとしての機能はあったといえよう。パビリオン・ベンチのときに指摘したように、宮廷文化の中ではサロンが発達したと言われており、そこでは談話や会話が行われた。このときには、様々な椅子が発達し、さらにベンチも必要となったに違いないだろう。談話や会話を行うためには、個室や間仕切りが必要で、そのために背板が高いベンチ、つまりハイバック・ベンチが発達したのではないかと考えられる。



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アーツ&クラフツ運動の中で、フィリップ・ウェブが制作したベンチは、王朝時代の復古的なベンチだったが、さすがにこのようなベンチは、日本では見たことがない。モリス商会のカタログに出ていて、ケルムスコットにあるモリスのマナーハウスで使われていたことでも有名なベンチが中世から現代へその伝統を仲介している。



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けれども、形式だけが残って、かなりというのか、すごくというのか、甚だしく様式は異なるのだが、下に掲げた写真のようなハイバック・ベンチは、フラリエ庭園にも数多く見られた。とくに、このようなハイバック・ベンチの現代風な使い方としては、聴覚にうったえる談話というより、視覚にうったえる写真の背景として合いそうな気がする。けれども、このように聴覚から視覚へとハイバック・ベンチが変遷してきても、依然として、伝統的に続いているという性質は、日常というものの不思議な継続性を表しているのだと思われるのだ。



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