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2019/01/19

Bench 60−どのような特性があるとベンチと呼んで良いのだろうか

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ときどき、ベンチとは何だろうかと悩む現象に出会う。この写真などがその例だ。これまで、ベンチは階段でもある、ベンチは土手でもある、ベンチは石だ、などと境界線上のベンチを取り上げてきた。このような線引きを行なってきて、それでは改めて、ベンチとは何かと問われても、まだまだ帰納法的な証明方法に照らしても、これらがベンチだという水準の収集には至っていないことに気づかされる。最終的には、ベンチとはカクカクして、シカジカだ、といいたいと考えているのだ。

 


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名古屋駅から東に伸びている、歴史由緒に満ちた「広小路通」を歩いている。交差点に差し掛かって、この冒頭の写真のモニュメントに出会った。何のモニュメントなのかは遠目で分からなかったのだが、きわめて現代的で奇抜な飾り付け(イルミネーション)に目が行ったのだ。そして、この石造りの塀というのか、柵というのか、囲いに注目したのだ。



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おそらく普通にただの石の囲いだけであれば、段差扱いのベンチだなどと言っていただろうが、この囲いに仕切り板が渡されていることに誰でもが気づくのだ。この金属の仕切り板があることによって、にわかにこの石の囲いは、ベンチまがいに見えてきてしまっているのではないかと、わたしには思えるのだった。これは、あまりにベンチベンチと探している、わたしの主観による錯覚なのか、あるいはモニュメント制作者による何らかの意図のある、仕切り板なのか、にわかには判断できないのではないだろうか。果たして、ベンチとは何なのだろうか。



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