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2019/01/19

Bench 55−金神社の前にある枯山水風のベンチ

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最初、この話が持ち上がったときには、ベンチの担当者はたいへん困ったのではないだろうか。ベンチにも、室内ベンチと野外ベンチとがある。室内ベンチはおおかた家庭用なので、その家庭の趣味を反映させている。野外ベンチの厄介なところは、趣味の基準が存在しないというのか、曖昧というのかというところなのだ。趣味の基準には、満足感や効用、あるいは役に立つ機能や環境マッチングなどがあるのだが、野外となるとみんなの目に触れることになるから、公共的な基準が加味されることになるはずだ。こうなってくると、公共的ベンチというのはどのようなベンチをいうのだろうかと気になってくるのだ。

 

ここで、何が問題になるのかといえば、寄付だ。寄付団体のプライベートな基準が公共の場に持ち込まれることになるからだ。何もこの写真のベンチがどうのこうのというわけではないのだが、やはりどの視点から見ても、ミスマッチなのは歴然としている。このベンチの前面には、子ども用の遊具がたくさん設けられている。それに対して、ふつうならば、親たちが子どもたちの遊ぶところを見るためのパーク・ベンチタイプが用意されているのが、ふつうの公園に見られる風景である。


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ところが、ここでこのベンチが設置されてから座られた形跡はあるかといえば、ほとんど皆無と言って良いだろう。鳩のフンの汚れすら、そのままで、荒れた状態で放置されている。由緒ある石材が使われており、枯山水を模ったベンチ群なので、それらだけ取り出せば、高級そうでたいへん洒落ているのだが、この児童公園の脇に合うかと問われれば、首を垂れるしかないだろう。



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1990年代になって、突然寄付の申し出を受けた係が提供した公園の一角がここだったということだろう。ベンチという、みんなで使うというものの悲喜劇のひとつがここで見られたと言って良いだろう。まだ、この時点では、今後大きな問題となるであろう、しかしこのときすでに進行していたことには、ベンチをめぐる業界全体がまだ気づいていなかった。すぐ後ろには、金神社の神々しい鳥居が青空の中で聳え立っていたのだった。

 

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