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2019/01/19

Bench 48−金公園の石垣ベンチはなぜ作られたのか

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岐阜市の真ん中に「金公園」がある。金大神(こがねのおおかみ)が祀られている金神社に隣接して、文化センターや柳ヶ瀬へ来る人びとがここの地下にある駐車場を利用するので、通り過ぎていく人びとはかなりの人数だ。

 

なぜなのか、わからないのではあるが、じつに様々なベンチが所狭しとこの公園には並べられている。こんなに座る人びとが実際に来るのだろうかと思えるほどに、数が多いだけではなく、種類が豊富なのだ。岐阜市の公園担当者には、ベンチ・マニアがいらっしゃったのではないかと思えるほどに、実験的で少し奇抜なベンチが並べられているのだ。


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たとえば、こんなベンチはこれまで見たことがないのだ。左からなだらかな坂道になっていて、その道筋には、レンガで足をかけて登っていく仕組みがついている。そして、石垣の上には、取手がまばらについている。恐らくは、この石垣の部分に腰を下ろして、ベンチとして利用してほしい、ということなのだと思われる。

 

さて、これがベンチだと誰が考えるであろうか。もちろん、座ることは可能だから、もし他の座り心地の良いベンチが埋まってしまっていたら、仕方ないので、ここにシートを敷いて座っても良いだろうが、それでも最初からこのようなベンチを作ろうなどとは、誰も考えなかったに違いないだろう。石なので、硬く冷たいのだ。

 

それでは、なぜ現在このベンチが存在しているのかが謎となってしまうだろう。いろいろなことを想像できるベンチだ。たとえば、このようなストーリーはいかがだろうか。最初、この石垣に沿って、道が作られていた。そして、子どもたちがその石垣塀を平均台のごとくに、登って遊べることにもなっていたのではないだろうか。ところが、公園の整備がままならず、いつの間にか道はなくなり、ただ石垣だけが残ってしまった。子どもたちは相変わらず、この石垣の上を走り回り、利用していたのだ。ところが、ここで何かが起こってしまったのだ。何かが何なのかはここでは問わないことにしよう。けれども、この石垣の上を走り回ることを禁止せざるをえない、何かが起こったのだ。それで、公園管理者は子どもたちがこの石垣の上を走り回ることができないように、この取っ手をつけたのだ。取っ手をつけたところ、思わぬことに、じつにベンチ状になってしまったのだ。だから、ベンチを作ろうとして、この石垣ベンチが成立したのではなく、子どもが走り回ることを禁止した副産物として、この石垣ベンチができたのだ。

 


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一応のストーリーにはなっているのだが、果たしてこの推理が合っているのかどうかは保証の限りではない。でも、なぜこの石垣がベンチになったのかは、ほんとうに不思議だと思うのだ。

 

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