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2019/01/19

Bench 47−腰掛けとよばれる、怒りのロードサイド・ベンチ

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いつも椅子のことを「腰掛け」と呼んでいるのは、木工家のKさんだ。椅子は遊びなのだというのが信条で、たいしたものではないと口癖のように言い放っている。それを体現していると思われるのが、この「腰掛けベンチ」だ。



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このベンチには、人が椅子のようにどっかりと腰を下ろすわけではない。中腰で、ちょっと腰をかけるだけなのだ。だから、長く腰掛けるのではなく、途中でちょっと寄りかかる程度の腰掛けなのだ。よく道端で見かけるから、分類からすれば、ロードサイド・ベンチの一種であるといっても良いだろう。

 

ただし、これまで見てきたこの腰掛けベンチが常にロードサイドにあったのかといえば、そういうわけではない。いずれ写真は取り上げようと思っているのだが、横浜市営地下鉄のベンチの一つにこの形式のベンチが置かれている。柳宗理のデザインだということになっている。だから、岐阜へきて、この腰掛けベンチがロードサイドに作られているのをみて、そうなのかもしれないと思ったのだった。



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何がそうなのかもしれないのかといえば、ほんのちょっと腰掛ける必要とはどのようなものなのかと思った次第なのだ。この写真のベンチは、実は岐阜市の中心街の四角にあって、信号待ちする近くに1基づつ、都合4基置かれている。年寄りが街を歩いていて、信号で待たされた時に、ちょっと寄りかかったら良いのではないかと設置担当者は考えたに違いないのだ。なかなか親切なベンチだと思う。さて、そのように年寄りたちは実際に利用するのかどうかは定かではない。わたしがここに止まっている間には少なくとも一人の利用者もいなかった。でも、試みとしては良いのかもしれない。

 

ところが、である。世の中は何が起こるかわからない。この腰掛けベンチの前の石畳に貼られた青いステッカーに注目していただきたい。駐輪禁止のステッカーなのだ。これで一目瞭然なのだ。つまり、事もあろうに、この腰掛けベンチを駐輪場だと勘違いして、座るところに錠を掛ける輩が出てきてしまったということなのだ。どのように利用されようと自由ではないかというのは、利用者の言い分なのだが、やはり設置担当者からすれば、ようやく絞り出した福祉の考えがこれで吹っ飛んでしまったのでは、やはり憤懣やる方ないのではないか。担当者の顔が目に浮かんできてしまったのだ。

 

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