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2018年12月に作成された投稿

2018/12/31

Bench 32–生まれて初めて座ったという記憶のあるベンチ

9月のグレイン・ノート椅子展で、じつに47名の方がたに椅子に関するヒアリングを行ったのが、今年の大きな出来事だった。47名という重みはあって、その記憶の集積内容には目を見張るものがあった。とりわけ注目されたのが、次の問いだ。「生まれてから初めて座った椅子の記憶を話してください」というものだ。多くの方が虚を突かれたように、しばし考え込んだことを思い出すのだ。

 

この結果については、きちんと発表の場を設けたいと思っているのだが、自分のことはどうだといえば、棚に上げてしまうのも気がひけると思っている。じつはわたしの場合には、ベンチだったのだ。その印象をスケッチしてみた。脚や柱が木製の3人がけのソファ・ベンチなのだが、座面は珍しいデニム地で、唐草模様や鳥模様の刺繍が施されていたものだった。

 

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父が学徒出陣の後、信州の田舎に疎開していて、母と結婚し、わたしが生まれた。その後、東京に出て、大学の恩師を頼って、高校教師となって、池袋近くの東長崎に分譲アパートを買い取って住んでいた。このときから、わたしの記憶があるのだ。そのアパートで座った記憶があるのが、このソファ・ベンチなのだ。なぜこの頃から記憶があるのかといえば、アパートの2階階段から何度か転げ落ちたという痛い経験と、友人からはぐれて迷子になった経験が鮮烈に残っていて、その1歳前後から記憶がはっきりしているのだ。

 

それまでの1歳までの記憶は、写真によるものであることがわかっている。したがって、1歳以前から椅子に座った経験のあることは知っていた。だが、自分の記憶の中で座った椅子となると、やはりこのベンチなのだ。その後、わたしたち一家はしばらくして、また東京から信州へ戻ったのだが、愛すべき家具として、数ある引っ越しにもついてきていた。けれども、或る時以降、このソファ・ベンチの記憶は途絶えてしまっている。

 

当時の池袋は、まだまだ東京の郊外で、自然の多い空き地・原っぱが点々としてあって、戦時中からの畑などの田園風景も多少残っていた。それで貧しい芸術家たちが「池袋モンパルナス」を形成していたと、後から知った。そのような時代なので、母はよくわたしを背負って、目白まで行って映画鑑賞を行ったらしい。狭いながらも部屋の中に、ベンチが一つあると、新婚夫婦の椅子文化生活にも、子どもの遊び場用具としても、また来客用の接待椅子としても重宝されたのだと思われる。

2018/12/28

Bench 31–どのようなベンチが久寿餅には似合うのか

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冬カフェで、O氏の食欲には止まる所を知らないものがある。昼食を取ったあと、これから池上名物の久寿餅屋さんへ行こうというのだ。ここまでは、わたしのお腹でも大丈夫なのだが、久寿餅にはセットメニューがあって、おでんとの組み合わせをO氏は選んだのだ。むしろ、久寿餅よりもおでんの方にボリュームがある。


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さらに、駅前の老舗のケーキ屋さんへよって、フルーツがたくさん乗ったケーキセットを頼んでいた。わたしも半分くらいのものは頼んでいるので、あまり他人のことをとやかく言う立場にはないのであるが、O氏のブログから類推されるに、いつも教え子たちを連れて、ここ池上本門寺へ来るときには、この食事とスイーツのコースを頼んでいるに違いないと思われた。


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けれども、それは些細なことで、今回の池上訪問は、いつにベンチ採集にかかっているのだ。久寿餅屋さんなので、餅は餅屋というベンチがあるのではと期待させられたのだ。それがその通り、表通りにあったのが、冒頭に掲げたショーウィンドウ前の和風ベンチだ。どの辺が和風なのかというのは、難しい問いだが、まず「すのこ状」の座面は和風の雰囲気を伝えている。さらに、イベントの時期には、赤い毛氈が敷かれるだろう。それから、脚の補強をするヌキが下方に付けられている。おそらく、西洋あるいは北欧では、もっと上方あるいはヌキを抜いてしまうだろう。そして、先ほど指摘したように、ほぞ組みで組み立てられている点だ。



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きちんとしたほぞ組みのもので、職人さんが数十年、表に出していても、故障することがないベンチとして作ったということを思わせる、職人技がにじみ出ているものだ。このベンチを見るだけで、ここの久寿餅は美味しいということにおそらくなるだろう。

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これほどたくさんのベンチを採集できるとは、最初は思っていなかった。O氏のそれと無い適切な導きに感謝しなければなるまい。これで今回の、O氏との冬カフェはお終いだ。また、東から暖かい風が吹く頃、一緒にベンチ採集に出かけたい。

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フルーツ・パーラーを出ようとしたら、O氏の知り合いから呼び止められた。近くの喫茶店「バターリリー」の方がこのフルーツ・パーラーに勤めていらっしゃったらしい。クッキーとフルーツケーキの包みをいただいた。「バターリリー」にもベンチがあるのだろうか。今回取り上げなかったベンチがまだいくつか残ってしまったこともあり、目的のひとつである中原中也のこともあるので、いつの日かもう一度訪れたい。今日のお土産は、久寿餅(葛餅)と、いただいたクッキーとなった。

お会式の夜(中原中也)

 

十月の十二日、池上の本門寺、

東京はその夜、電車の終夜運転、

来る年も、来る年も、私はその夜を歩きとおす、

太鼓の音の、絶えないその夜を。


来る年にも、来る年にも、その夜はえてして風が吹く。

吐(は)く息は、一年の、その夜頃から白くなる。

遠くや近くで、太鼓の音は鳴っていて、

頭上に、月は、あらわれている。


その時だ 僕がなんということはなく

落漠(らくばく)たる自分の過去をおもいみるのは

まとめてみようというのではなく、

吹く風と、月の光に仄(ほの)かな自分を思んみるのは。


   思えば僕も年をとった。

   辛いことであった。

   それだけのことであった。

   ――夜が明けたら家に帰って寝るまでのこと。


十月の十二日、池上の本門寺、

東京はその夜、電車の終夜運転、

来る年も、来る年も、私はその夜を歩きとおす、

太鼓の音の、絶えないその夜。

Bench 30–石の段差はみんなベンチに見えてきてしまった

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階段はベンチだ、という比喩はすでに使ってしまったのだが、池上本門寺には数多くの階段があって、何度繰り返しても尽きることがない階段を採集できるのだ。

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2019年の新年に向かって、とびっきりの石の段差をお目にかけよう。この写真の石の段差は手水場だ。しかし、手を洗うのではなく、宗教的には心を洗う場所らしい。これがベンチだとは誰も考えないだろうが、言ったもの勝ちなのだ。これがベンチという、広きに結びつける事物というものの、楽しいところでもあり、恐ろしいところでもあるのだ。

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本門寺の山門も、すでに初参りの準備万端というところだった。O氏によれば、年末のお参りは縁起が良いとのことだ。それを信じて、お参りを済ませ、多くのベンチを採集したお寺と公園を後にして、下山することにした。

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Bench 29–パーク・ベンチは新しい想像の世界を創造する

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パーク・ベンチという言葉を聞くと、ボヤッとした曖昧なイメージと、公園という公共の場にしか存在しないようなある種の確からしさとが、ないまぜになって押し寄せてくる。そして何よりも、利用する人びとが数多く、パーク・ベンチに座る人びとの人生が多様な様相を示すだろうなと思えるところが、想像力を膨らましてくれるのだ。

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この想像力を惹起する作用のために、ベンチの中でもパーク・ベンチは別格であって、小説やドラマやアニメなどを生み出してきた。そのうち、これらの作品にも触れることになるのだが、今日のところは典型的でオーソドックスなパーク・ベンチをあげておこうと思う。

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ここでは当然のように、オープンな感じ、みんなに共通な感じ、社交的な公共である感じ、それが人間の世界という広がりに向かって、現れてくるという現実感を持っていることが大事なのだと思われるのだ。冬カフェのO氏にそのようなパーク・ベンチに座ってもらい、このような複合的な感じを表現していただいたのだ。パーク・ベンチはパブリックなベンチなのだ。

 

Bench 28–なぜ公園に柵があり、その中にまたベンチが置かれているのか

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最初、この柵の連なりを見たときに、なぜこの柵が公園の中に据え付けられているのか、意味がわからなかった。入り口まで行ってみたけれども、何も説明はなかった。さらに、この柵の中には、ベンチが据えられているのが見える。

 

柵は何のためなのだろうか、ベンチはなぜあるのだろうか。ヒントは、公園という公共圏の中に、囲い込みが存在するということだった。なぜ囲い込みが行われているのかが重要だった。つまりは、何かを公共の使用から分離し、私的に使用する必要ができたのだ。

 

この広さが必要で、公園で遊ぶ子どもに敵対する可能性のあるのは、ペットとりわけ散歩の犬だ。つまり、犬を放し飼いするスペースが柵で囲い込まれているのだ。そして、散歩で一緒に来た飼い主は、放し飼いの間、紐を持っていることから解放されるので、ベンチに座る余裕ができるのだ。

 

柵の中に置かれているのが、椅子ではなくベンチなのは、やはり同じように犬を散歩させに来た、飼い主同士の会話が、あのベンチで展開されていることが期待されているからだ。公園ベンチの中でも、極めて話題が特定される会話が始められるベンチとなっている。

 

もちろん、犬同士のコミュニケーションもあるかもしれないのだが、それ以上に人間同士のこのような濃密な関係性が、この柵の中では、日々行われているイメージがようやくにして浮かんできたのだった。囲い込まれることによって、初めてコミュニケーションが始まるという、人間社会一般の常識が公園においても生ずることがわかるのだ。Img_5360

 

Bench 27–運動具ベンチが運動のためのベンチで終わらない理由がある

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じつにこの写真のベンチは、ずっと以前に掲げたベンチと同じような排除型ベンチというジャンルのベンチではないのだ。横になることを防ぐために、このベンチの手すりがつけられているのではなく、運動のために付けられた手すりだ。

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運動具ベンチというベンチ・ジャンルを見つけた。本門寺公園の池近くの斜面の中を降りてきた平地に至るところにあるトイレ付きの、極めて手入れの良い公園の中だ。もちろん、夏には近くに池があることから、蚊の被害が激しいことが予想されるのだが、今日のように最低気温の季節には関係ない。

 

たとえば、これは腹筋を鍛えるためのベンチだ。座面から上へ出ている肘取っ手みたいなところに、足を挟んで、座面に横になって腹筋運動を行うのだ。

 

先ほど掲げた写真は、二つずつ手すりがセットになってついているところを見ると、鞍馬の練習用のベンチだと想像できる。

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このベンチはいかがか。なかなか想像できないのだが、平均台の練習となるベンチだ。だが、ここまでくると、平均台の練習に使われるより、小さな子どもを連れてきて、自由に座らせる子ども用のベンチに使った方が使い出があると思われる。

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つまり、何が言いたいのかといえば、運動具として、単機能のものを遊び場に置いたとしても、その通りに利用されることはほとんどなく、むしろ子どもの発想は別に発展させられ、これらの運動具ベンチは遅から早かれ、その役割を終え、子供用の公園ベンチに姿を変えることになるのだと思われるのだ。

 

Bench 26–発想が豊かになるのは遊び場ベンチを作るときだ

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遊び場ベンチというジャンルは、playground(遊び場)という西洋の伝統が入ってきてから、開発されてきたと考えられる。Playlandとも言われることがあるが、こちらは王国のイメージがある。子どもたちが、どのように遊ぶのかを、大人たちが想像して、遊び場ベンチを作っているのだ。

 

O氏は写真をとるから、ここにある遊び場ベンチのどれかを選んでくれと言っている。これはわたしだけに、彼が言っているのではなく、これまでにこの場に連れてこられた彼の早稲田大学の教え子たちがすべて試練を受けた問なのだ。これに答えなければ、単位をやらないぞというパワハラを行なったのか否かまでは確認しなかったけれども(またすでに卒業している人びとのはずだから、当然パワハラにならない単なる冗談なのだが)、しかしそれでも、彼に連れてきてもらったという義務感は強く働いて、どれか選ばなければならないことになるだろう。象さん、豚さん、犬さん、羊さん、でも考えてみれば、ここにはもっとたくさんの遊具が設置されているから、何も動物ベンチに腰を下ろさなくとも、シーソーだって、立派な遊び場ベンチではないかと、少し経ってみんな気づくのだ。

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その発想は、子どもにとっては、とても重要なことで、遊び場で新たな発想を得た子どもは、その体験を生涯記憶にとどめ、その後のなんらかの発展に影響を与えることだろう。そしてさらに、子どものために良かれと想像力を働かせている担当者こそ、自分にとっての想像力が養われつつあることを自覚することになるのだ。

 

Bench 25–単なるコンクリート・ベンチではない公園ベンチに無常を感じた

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「ともに成長する」con(ともに)とcretus(成長する)という語源を持つ、「コンクリート」がなぜまったく逆の意味になってしまって、「凝固する」「固まる」「堅くなる」という意味になったのかは、言葉の世界の矛盾が作用していることが想像させられる。本門寺の公園には、様々な形態の、様々な時代の、それぞれ代表するベンチが博物館の陳列品のように目の前に現れてくる。中でも、このコンクリート・ベンチは、おそらく日本の高度成長時代を象徴するベンチだと思われたのだ。

特徴は、すべてコンクリートで固められた、最も安価で、堅牢、長持ちしそうなベンチなのだ。空色が塗られたので、多少綺麗にはなっているのだが、このベンチの上空の樹々には、本門寺カラスの巨大な巣があって、絶えず白い糞が夥しい量降ってきている。その悪条件の中でも生き残ってきたからには、それなりの意味があるのだと思われる。

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この1脚の総重量は他のベンチの重量をはるかに凌いでいる。根を生やしたが如くに、地面に差し込まれている。だから、このベンチが設置されたときのことを考えてしまうのだ。この重量だから、人力で運ぶことは無理だとしても、高度成長期にこの急斜面を運ぶ機器が整備されていたとは思われない。そこで考えられるのが、解体式にして、部分ごとに運ぶ方法である。

 

このベンチの座面をよく見ると、コンクリート製なのに、ほぞ穴が見えるのだ。つまり、脚に対して座面が後で据えられたことがわかる。設置の時に、脚と座面が別々に運ばれ、ここで組み立てられ据えられたことが推察される。

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それは、隣に設置されている、座面が2連になっている同型のベンチからも想像されるのだ。1本座面のベンチで運搬に苦労した経験が生かされて、座面が2本で作られて、運ばれたことが伺い知れる。そしてさらに、座面を2連にすることで、利用者のお尻の骨への負担も軽減される。

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コンクリート製造という、制作者の技術的視点から、ある時点で、運搬者の運搬技能的視点へ移り、さらに利用者の座り心地的視点が入って、これらのベンチが時系列的に残ってきたといえるのだ。それにしても、このような人間の歴史的な意図などおかまいなしに、カラスたちがせっせとベンチへ向かって、糞を落としていることに、無常を感じないわけにはいかない。

 

Bench 24–温度差のある展望台ベンチ

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今回の冬カフェは、急速に気温変化が起こり、風が冷たい空気を運んでくるなか行われた。そのためか、ベンチを見ていても、冷たいベンチと温かいベンチの差が歴然と現れる。池上本門寺隣の展望台には、これら温度差を感じさせるベンチが2種類置かれていた。

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ひとつは展望台の頂上に置かれた、耐久性を重視したと思われる御影石のベンチだ。頂上で吹きさらしの中必死に耐える姿を見て、石造りである必然性が感じられた。また、右を向けたり左を向けたりして、景色を見ることを考えたベンチの置き方も工夫している。けれども、座る道具として考えるならば、夏は灼熱の太陽に晒されて、熱くて座ることはできないだろうし、今まさにそうなのだが、冬は冷たい唐っ風にさらされて寒かろう。

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もうひとつのタイプの展望台ベンチには、座ったときの熱さや冷たさを感じさせない工夫が見られる。つまり、座面が木製なのだ。スノコ状になっていて、熱気にしても冷気にしても、逃す工夫が行われたものになっている。さらに詳細に見るならば、木製座面のベンチにも、2種類あって、座面の途中でヌキというのか、中央面を支える木の支柱が入れられているものと、支柱の入っていないものとあるのだ。おそらく、この違いも利用者からの反応を取り入れた結果なのだと想像させられるのである。

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技術者中心のベンチ制作が第1段階で行われ、そこからの反省に基づいて、利用者中心のベンチ制作が第2段階にくるという、わたしたちが追究している椅子の形態変化論の典型例を、これらの展望台ベンチ群は見せている。

 

Bench 23–馬込文士村を象徴した椅子のベンチ

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椅子展へ行くと、よく「椅子の椅子」なるものが展示されていたりする。小さな椅子が入れ子状に大きな椅子に座っている自己発展モデル形式の椅子があるのだ。ところが、今回冬カフェで行った池上本門寺に隣接して、丘の頂上に大田区の展望台があって、富士山が遠望できるほどの景色の良い場所があるのだが、その構内にあるオブジェが変わっている


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椅子を載せている巨大な塊、もしかしたら、椅子の座るベンチかもしれないと思わせるものが置いてある。藤田吉志子作の「馬込文士村」と銘打ってあった。椅子にはそれぞれ文士の書物が開いて置いてあるかの状態が、オブジェとして形象されている。


椅子を横に並べれば、ベンチになる形式のベンチはよくあるけれども、文士が座った状態を椅子に見立て、さらにそれらの椅子がベンチに寄り集まっていることで、文士村を象徴している。この銅の塊に、椅子やベンチを仮託させ、人物を象徴する力を見出した点で、たいへん面白いオブジェとなっている。ベンチは人間を結びつけるだけでなく、事物の世界においても事物同士を結びつける役割を果たしているのだ。

 

Bench 22–自前のHITONAMIベンチ

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O氏との冬カフェを計画して、最初はいつものパン日和「あをや」にしていたのだが、1225日のクリスマス・ディナーを最後に年末のお休みに入ってしまったので、今回わたしにとってはじめての、池上にあるHITONAMIで昼食と喫茶ということになった。玄関先にさっそくベンチがあり、野菜セットと自家製漬け物が展示販売されていた。そして、同じ構造のベンチが2脚室内にも設置されていた。

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不思議な雰囲気をもったベンチだったので、出自をお聞きすると、なるほどということだった。この家を改装した大工さんの指導のもと、女性陣が手作りで作り上げたベンチなのだそうだ。釘を使ってのヌキの仕上げにはやはりちょっと惜しいところがあると思えるのだが、構造的には分厚い部材を使っていて、しっかり止められていて、まったく問題がなく、特にいくつかの工夫が見られるものになっている点で、僭越ながら、合格と思われるものになっている。

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ランチはO氏がロールキャベツで、わたしがタラの蒸し煮だ。添えられた野菜3種類ともとても美味しかった。デザートにバナナクリーム・ケーキに、コーヒーをとった。

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O氏との雑談は、年末にふさわしい、一年を締めくくる、内密な話内容となったのだ。今日の気温は今年最低を記録して、外の風は冷たいのだが、このHITONAMIはぬくぬくして暖かいのだ。O氏は札幌へ着ていったダウンコートに身を包んでいた。


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O氏のブログはこちらから

 

Bench 21–みんなの記憶に未だに残っているステーション・ベンチ

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今日のO氏との冬カフェを池上本門寺にしたのには、じつはひとつの目的があったのだ。友人である立教のM氏は、東京都内の私鉄駅すべてを訪れるというプロジェクトを行っていて、彼に印象に残っているベンチをあげてもらったところ、いくつかの候補があって、その中のひとつがここ池上駅の備え付けベンチだったのだ。ぜひこれに坐ってみたいという願いがあったのだ。


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O氏に会って、そのことを伝えると、池上駅は現在大規模工事中で、ベンチはもうありません、と冷たく言い放ったので、がっかりしたのだった。見るに見かねて、O氏は自分のブログに載っている池上駅のベンチを特別に使っても良いと言ってくれたのだった。二つ上の写真は、その写真で、じつに20090531235925秒に掲載されたものだ。このとき、O氏はこのベンチに座って、村上春樹の 『1Q84』の第16章と第17章を読んだのだそうだ。読書をするほどに、このベンチは人びとを惹きつけてきたのだったのだ。

 

撤去されてしまって、ほんとうに残念だ。この長さといい、この曲線といい、この白さといい、ホームとのバランスといい、残すべきベンチだったと思うのだ。O氏のブログから、登場する女性たちがこのベンチに座っている写真をお借りしようと思う。

 

ナツキさん(論系ゼミ5期生)

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ミサキさん(論系ゼミ6期生)

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卒業生のMさん

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それで現在の池上駅ホームで、隅から隅まで痕跡を探したところ、上りホームのほんとうに人が行かない先っちょに、この出来合いの組み立てベンチを見つけたのだった。このベンチには申し訳ないのだが、あまりにそれはないでしょという感想をもったのだった。


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O氏のブログは、こちらから

 

Bench 20–終着駅に置かれたピンク色のステーション・ベンチ

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終着駅というと、必ず全員の乗客が降りる駅だ、そして全員が乗る駅だという印象が強くて、ロンドンにある駅の多くがそうであるように、全員の人びとが入れ替わるということになっている。そしてそこに留まる人びとが出るから、ドラマが生まれる。電車から降りて歩き出す前に、あるいは歩いてきて電車に乗る前に、コーヒーを飲んだり、靴を磨いたり、新聞スタンドに寄ったりという、日常生活の場所が現出する可能性が高いと思いがちだ。だが、それにはやはり地域性があって、今日の蒲田は、東急多摩川線と池上線の起点・終点であるにもかかわらず、人びとはただ通り過ぎて、JR蒲田駅や駅ビルに吸い寄せられていくだけのように見えた。


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その中にあって、唯一人びとを滞留させるものが駅のホーム・ベンチだ。池上線のホームに一機のみ設置されている。30分間観察していたのだが、その間に電車が4台入って出て行った。だが、ついにひとりも座らなかったのだ。この派手なピンク色のベンチが色褪せて、人びとがもう少し落ち着くようになったら、このベンチにみんな座るようになるのだろうか。

 

Bench 19–人を惹きつける広場ベンチなのか人を遠ざける広場ベンチなのか

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今日は蒲田に住むO氏と冬カフェの日だ。池上線の蒲田駅改札でO氏を待っていたのだが、電話が入って、待ち合わせ時刻に少し遅れるということなので、駅前の広場にあるベンチたちをさっそくチェックする。蒲田駅は京浜東北線で行くと、都内最後の駅で、次はもう川崎駅だ。そのせいか、人波が東京都内的な混雑なのだ。川崎駅も神奈川では相当に混む駅なのだが、やはり神奈川は神奈川で、蒲田は東京なのだ。このことがじつは、ベンチにとってかなりの影響を与えているのではないかと思っている。

 

駅前広場には、立木が何本か植わっているのだが、なぜかこの写真ようなタイプの半ベンチとでも呼ぶようなものが設置されている。つまり、立木の保護柵のようでもあり、腰を寄りかけても良さそうなベンチでもあるような、多機能といえば多機能であるのだが、中途半端といえば中途半端なパイプタイプのものが設置されている。

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駅前だから、たくさんの人が広場に立ち止まる可能性がある。だから、人びとが腰掛けて、ちょっと休むことができるベンチがあれば、駅前広場も賑わうことだろう。けれども、駅側からすれば、広場に人が溜まってしまって、交通の邪魔になることは避けたいと思うだろう。おそらく、双方の妥協の産物として、この立ち寄り形式のベンチ、それもあまり座って欲しくないことを表し、本当の機能は立木を守ることにあることを装った保護柵ベンチが作られたのではないかと、邪推してしまうのは考えすぎなのだろうか。ここの広場のデザイナーに、この広場ベンチの意図をぜひ聞いてみたいところだ。

 

2018/12/25

Bench 18–議論するベンチ

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世の中には数多くの議論を媒介してきたベンチが存在する。オックスブリッジなどの大学街パブのベンチは代表的なものなのだが、日本の中でこのようなベンチをあげよというならば、京大北門近くの喫茶店S堂は人数規模といい、歴史といい、包容力といい、最右翼に位置することだろう。黒田辰秋のテーブルだということでも対峙してみたい人はたくさんいるだろう。


先日の午後、博士課程の方と待ち合わせて、1対1の議論を4時間あまりここで行ったのだ。彼はその前の午前からそのベンチにいたから、おそらくその倍以上の時間をこの大テーブルとベンチで過ごし、彼の論文内容の多くは、ここの議論の存在する空気を吸収して書かれたことになる。


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最初、わたしたちは大テーブルの角の一部で話を始めたのだが、気がつくと、もう一方の端でも他の方々が議論を始めていた。この大きさは魅力だ。まったく関係ない議論が同時に、一つのテーブルの中で行われるという珍しい光景があちこちの大テーブルで毎時間毎日展開されているのだ。途中、一人の女性が関係なく、大テーブルの真ん中の席に入って座ったのだが、だんだんに両方の議論から押し詰められてしまったのか、1時間もすると出て行ってしまった。


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H・アーレントは書いている。「世界の中に共生するというのは、本質的には、ちょうどテーブルがその周りに坐っている人びとの真ん中(between)に位置しているように、事物の世界がそれを共有して人びとの真ん中(between)にあるということを意味する。つまり、世界はすべての介在者(in-between)と同じように、人びとを結びつけていると同時に人びとを分離させている」のだ。議論はパブリックな世界を求めている。

2018/12/21

Bench 17–おしゃべりのための図書館ベンチ

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最近、図書館には新たな機能が備わった。それは会話を楽しむ機能だ。本を読めば、本について語りたくなるのは当然だ。昔から、子どもの絵本コーナーには伝統的にベンチあるいは座るための床が用意されていた。今日、子ども用だけでなく、大学生用にもおしゃべりのベンチが用意されるようになった。

 

最初は、本を読んで、読書会が開かれたり研究会・ゼミが開かれたりすることが期待された。けれども、あらゆる機能というものがそうであるように、機能は形態を持ちたいと思うようになるのだ。おしゃべり機能は、独立して、おしゃべりのためだけの機能が図書館の内部で独立したのだ。

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昔からの大テーブルで、個別の椅子に腰掛けていた学生は、今やおしゃべりが当然とされる、専用のベンチを保つに至ったのだ。

 

2018/12/20

Bench 16–なぜガチャポンのそばにはベンチがあるのか

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先日のニュースで知ったのだが、秋田空港の待合室にインバウンド向けのガチャポンが置かれ、かなりの売り上げを記録しているということだ。ここで、ガチャポンがなぜ問題になるのかといえば、本当のところはなぜかまではわからないのだが、実際にガチャポンの置かれている場所には、かなりの程度ベンチが置かれていることは事実なのだ。上記の秋田空港でも待合室に置かれているということは、待合ベンチが存在するところにガチャポンがあるということではないだろうか。


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わたしには子どもたちが小さなころに、おもちゃ屋へ連れて行って、何回かガチャポンを買ってあげたような覚えがあるのだが、妻に聞くと、うちの子どもたちはあまりガチャポンは好きではなかったというのだ。別の子どもたちのことかもしれないが、ベンチに腰掛けて、その場でガチャポンを開けていた思い出がある。ガチャポンの構造ということが関係しているのかもしれない。座って、落ち着いて中身を取り出さないと落としてしまう恐れがあるということも影響しているのかもしれない。


けれどもやはりここは、ベンチに座ることで、ガチャポンをめぐる視覚世界が社交心を惹起することに関係するのではないだろうか。ベンチで開けている子どもたちが見せびらかしして、それをみて、他の子どもたちが欲しくなるし、ガチャポンを見せ合って、社交するのだ。


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ところが、ここでさらに珍しいベンチを発見した。ベンチの表に大きな幸福の葉が描かれていて、近くにガチャポンが置かれている。ここまでは法則通りなのだが、さらに隣を見ると、なんと宝くじ売り場がある。ベンチは社交心ばかりか、射幸心とも関係するのか、と最後には訳のわからない感心をしてしまったのだった。

2018/12/18

Bench 15–店に似合ったウェイティング・ベンチ

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店に似合った待合椅子に出会うことはなかなかない。待合椅子だけで、シリーズができそうなほど、何かを待つときに椅子が利用されることは日常的に数多く見つけることはできるのだ。けれども、待合の多くは待っている本人が心ならずも待ち合わされているケースが多いために、不満や不機嫌の象徴として待合椅子が置かれており、座っている方々は、あまり良い顔をしていない。その状態を待合椅子も反映しているらしく、気持ちの入った待合椅子に出会うことは少ないのだ。ほんとうのことをいうならば、待っている客の心中を察して、待合椅子にこそ心を込めてもてなし、待ってもらったのち、店に入ってもらうという椅子であって当然なのだ。待合椅子は、この点で店が商品以外で、客とコミュニケーションを行う手段のはずである。もっとも、このことに気のついている店は少ないのだが、このような店に行くと言葉を交わす訳ではないのだけれど、なんとなく対話している気分になるのだ。

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もちろん、ウェイティング・ベンチは店の外に置かれるのだから、あまり高価で座り心地が良すぎても良くないのだ。あくまでも基本は店と合っているか、という基準が重要だと思われる。今回の椅子はいかがだろうか。食べ物屋さんなのだが、ビルの中の店屋に見えないほどの渋い感じと落ち着いた感じを出している。さらに、この待合椅子自体が素晴らしい。ちょっと見ると華奢で繊細すぎる長椅子のように見えるだろうが、近くに寄ってみると、木のベンチ特有の機能を数多く実現していることがわかる。一つに、軽く機動性があることだ。待つ客が増えてきたら、すっと出すことができないといけない。二つに、丈夫であることだ。外置きであるから耐久性があることはもちろんだが、構造がしっかりしている。上から見るとわかるだが、椅子の脚がしっかり座板に、ほぞと楔で止められている。また、脚の貫が入っていて、しかも四方転びという技法で作られており、安定しているのだ。細く作られているのだが、転ぶことは決してないだろう。三つに、店に似合っていることだ。このような店の料理はきっと素敵な味を出していることだろう。Img_6239

2018/12/16

Bench 14−万国共通の日常的ベンチが存在する

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万国共通の民族衣装が存在すると言ったのは、哲学者のオルテガだ。それは襤褸なのだ。地域にも普遍の要素はある。同じように、万国共通の日常的椅子があるのだ。

 

それは「階段」だ。階段に腰を下ろすと、ほっとする。いつか妻と腰掛けて、子供たちの行く末を話す夢を見た。家の中でも、廊下と並んで、とびっきり公の場でもあり、使いようによって、階段も変化するのだ。とくに、湯上りどきの階段はベンチとなって、サード・プレイスと化す。向かいの壁を見つめながら、低いベンチに腰かけるように、階段に腰を下ろす。このように、階段は我が家のベンチとしてはたらき、ほっとする時間をもたらすのだ。Img_6264

 

2018/12/14

Bench 13−飾り棚としてのスクール・ベンチ

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学校には、ほぼ必ずベンチが置かれている。なぜ学校とベンチは相性が良いのか、と考えていると、ちょっと大袈裟なのだが、夜も眠れないくらい面白い問題なのだ。

 

スクール・ベンチというジャンルがあって、学校にあるから、スクール・ベンチなのだが、それ以外に学校特有の性質を伴っている。それは何かと言えば、社会的ネットワークが期待されていることだ。大学では、学生は講義さえ受ければ、あとは自由時間だ。その自由な時間、まだまだ余裕ある時間、つまりは働く義務もなく、家族に奉仕する義務もない時間を利用した、大学特有のネットワークを形成することができるということだ。そこで、唯一の義務である講義が終わると、学生たちは教室を出て、まず座ってみたいと思わせられるのが、スクール・ベンチだ。だから、学生の自由時間の象徴的なものがスクール・ベンチには存在するといえる。

 

今日もK大学の講義が終わって、外へ出ると、すでに夕闇が迫っていた。家路を急ぎたくなるほどに、気温も12月相応に低いのだ。けれども、まだまだ家には帰りたくないと思わせる時間を自然に取れるのが大学の良いところだ。附属図書館で3冊借り、大学の広場に通りかかると、スクール・ベンチが見えてくる。

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今夕のスクール・ベンチは、大勢の学生たちを吸い寄せていた。ベンチの上には、牛乳パックで細工された家々が並んでいて、中からロウソクの光が漏れ連なって、クリスマス飾りのような効果を生み出している。近づいてみると、それぞれの飾りの塊ごとにテーマがあって、地域の小中学校のクラスや地区の名前が表示されていた。なるほど、大学と小中学校を結んだ、光のイベントが始まっていたのだ。スクール・ベンチは飾り棚として活用され、輪の中で輝いていた。

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2018/12/13

Bench 12−居心地の良い場所のベンチ

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居心地の良い場所を示す、コージー・コーナーという言葉がある。洋菓子屋さんの固有名詞になっているので、甘いケーキを思い浮かべてしまう言葉だ。もしこのコージー・コーナーを東京駅で見つけようと考えたらどうだろうか。東京駅は広いし、隠れ場所には困らないほど入り組んだ構造が残されていて、ホームから地下通路まで、魅力的で、煉瓦造りの、洒落た、通り道もたくさんある。ところが、ちょっと休憩し、座って一服するとなると、待合室しかないのだが、東京駅の待合室はいつも工事中で落ち着ける場所であったためしはない。

 

コージー・コーナーではやはり直角にベンチが配置されているイメージがある。そのような場所を八重洲の南口付近で、ようやく見つけたのだ。土産物屋さんの裏壁を仕切っただけの粗末な場所なのだが、綺麗な空間である必要はないのだ。周りから囲まれていて、片隅であるという雰囲気が重要なのだ。この喧騒と人混みの中で、この場所だけが隔絶した世界を形成していて、誰からも邪魔されない。二人で座るために、コージー・コーナーには、やはりベンチが似合うのだ。

 

2018/12/12

Bench 11−シート・ベンチは媒介する

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ホーム・ベンチを取り上げたのであれば、電車内のシート・ベンチを取り上げないわけにはいかないだろう。シート・ベンチは年寄りを座らせるためにあるなどという、福祉的互恵性を取り上げたいのではない。

 

シート・ベンチは単に人を座らせるだけではなく、もっと素敵な、動物社会の存続機能を立派に果たしている。このシート・ベンチの共通性は、ほぼ布製で覆われているという特徴があることだ。この毛羽立った布であることが重要なのだ。この毛羽立ったところに、小動物や小物体を保持していて、ここに座ったお尻に付着して、移動するのだ。家からシートへ、シートから会社へ、会社からシートへ、シートから家へと社会をぐるぐると、蜱蟎などの小動物、埃などの小物体をシート・ベンチは見事に媒介する。この媒介機能を持ったベンチとして、ベンチの中でもシート・ベンチは極めて社会性の高い位置を占めているのだ。だから、布製であることを決してやめない。それは暗黙のうちの社会性による要請があるからとしか、説明できないだろう。

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けれども、1昨年宮崎を訪れたときに、この媒介性を停止した列車に乗ったのだ。蜱蟎たちにとっては、いたたまれない社会状況であっただろうが、わたしにとっては極めて快適であった。シート・ベンチが木製と皮革製だったからだ。でも、きっとこの素敵なデザインの木の列車は、人間社会からは受け入れられるかもしれないが、小動物・小物体世界からは、ブーイングを受けること必至だ。

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2018/12/11

Bench 10−横向き文化と縦向き文化のホーム・ベンチ

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ステーション・ベンチの中でも、駅ホームに設けられているホーム・ベンチには、年を取ってから、かなりお世話になっている。先日の喫茶店ベンチの店で、関西在住のIさんと話していて、ホーム・ベンチには横向き文化と縦向き文化とがあることに話が及んだ。線路に沿ってホームが設置されているのだが、方向としてこの線路に沿ってベンチが設けられれば、ホーム・ベンチは線路へ向いており、ホームに対しては横向きになる。また、線路に直角にベンチが設けられれば、ホームに対しては縦向きに、人びとは座ることになる。

 

それで話していて、おおよそ関東ではホーム・ベンチは横向きに置かれ、関西ではだいたい縦向きに置かれていることが分かってきた。上の写真は、東京駅のものだ。この写真のように、ホーム・ベンチに関しては、関東は横向き文化で、関西は縦向き文化だということになる。

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もちろん、異論を唱え、反証をあげようとする方々も出ることは重々分かっている。今日も、品川でパンを買おうと途中下車すると、隣の8番線ホームと12番線ホームには写真のとおりの立派な、関西風縦向きホーム・ベンチが置かれているのを発見した。また、新橋駅でも、階段の壁に沿って、縦向き型のホーム・ベンチが置かれていることも確認している。けれども、これら以外の横浜―東京駅間では、ほとんど横向き型のホーム・ベンチだったのだ。

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問題は、なぜ関西では縦向き型ホーム・ベンチで、関東では横向き型ホーム・ベンチなのかという、その理由だ。第1に、通勤ラッシュ説がある。関西では、関東ほどの朝の通勤ラッシュは存在しないといわれている。もちろん、場所によるのだが。それでラッシュの邪魔にならないか、邪魔になるかで、縦向き・横向きが決まると考える。

 

第2に、ホームの余裕説だ。第1の説とほぼ同じ理由なのだが、ホームがいっぱいになって人が溢れる関東では、場所をあまりとらない横向き型になり、余裕がある関西では縦向き型になるというものだ。

 

第3に、関西のある駅で、線路を向いた横向きホーム・ベンチから、人が飛び込んだということが知られるようになって、縦向きになったといわれている。つまり、自殺説もある。そもそも、鉄道では電車シートの伝統がある。車内のシート・ベンチでは、短距離電車シートでは横向きで、長距離電車シートでは縦向きである傾向が見られる。これがホーム・ベンチにも影響を与えているのかもしれない。

 

これらのいくつかの説を並べてみると、やはりホーム上の余裕が、横向きなのか縦向きなのかを決定しているように思えるが、いかがだろうか。ちょっとオタク的になってきている気配はあるが、少なくとも、縦向きを設置するには、ベンチの幅が入るような幅広いホームでなくてはならないのではなかろうか。この点で、関西のホームは何となく、関東よりも余裕があるような気がするのだ。

2018/12/10

Bench 9−「形態は機能に従う」のだろうかというベンチ

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形態は機能に従うのか、それとも機能が形態に従うのか、というのは、デザインの世界ではずっと話の種となってきたテーマだ。ベンチに関しても同じことを見ても良いのだが、やはりベンチなりのバリエーションをしっかりと確保したい。

 

ベンチと仕切りとの関係は、まさにこのテーマを映している。このテーマは、わたしたちの社会的好奇心を特別に惹起する。ベンチが長椅子だったころ、寝そべるという機能が存在していた。長椅子の「長い」というだけで、ベンチの機能が椅子より幅広いものと考えられていたのだ。ソファやカウチなどの異国趣味も発達させて、ベンチは椅子とちょっと異なった文化を発達させてきた。

 

ところが、大都市ではベンチの寝そべる効果を削除することが貧困の時代の中で起こった。まだ、記憶に残っているほどに、都市において、一部の住人たちがベンチから排除される機能がベンチに備わったのだ。社会的排除という機能がベンチという形態に影響を与えた。ベンチに仕切りが一斉に備わった時期が過去にあったといえる。この時代に、元からあった長椅子に、後から仕切りが貼り付けられるという様相を示したのだった。

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ところが、現代ではどうだろうか。特に、今回の写真のベンチは、すでにかなり古くはなっているのだが、明らかにベンチのパーソナル化後のもので、仕切りで一人用に分けられていることがわかる。それは、木目を見ればわかる。仕切りを挟んで、第1世代の仕切りならば同じ座板を仕切ったのだが、今回の座板は仕切りで一つ一つの木目は途絶えており、一つの長椅子というよりはむしろパーソナルな個別椅子の集合という形態を表している。

 

Img_6206後付けの仕切りの例



つまり最初、形態は機能に従って作られたのだが、すでにもう、このベンチは機能が形態に従っているのだ。最終的には、仕切りを見れば、それはわかる。後付けの仕切りではなく、最初から仕切られるために作られた仕切りが備わっているのだ。そのことでは、三人用だけでなく、二人用のベンチも作られていることが象徴的だ。一人分がユニットとなって、それらが結合されて、ベンチが作られているのだ。現代では、寝そべることのできるベンチから一人用に分けられた時代への転換がすでに終了して、一人用が複数人数化するベンチというものが当たり前となった時代となっているのだ。排除は過去のものとなり、美化された現在があるのみだ。Img_6140

2018/12/09

Bench 8−注文の多い喫茶店のベンチ

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宮沢賢治の童話を思い出させてしまったら、ごめんなさい。純粋にお客さんで混んでいる喫茶店に置かれているベンチのことだ。大学院ゼミの帰り道、遅れてきたゼミOBIさんとばったり遭って、コーヒーとクリのタルトを飲食した。


店に入ってまず目に入ったのが、このベンチだ。そして、店の中の、椅子の据わっている場所に注目したのだ。小石川春日通りというかなり交通量の多いゆったりした道路に面した角のビルの一階にあるカフェだ。イタリアンが併設されている。そして、喫茶店の奥のガラスに囲まれた素敵な一角に、このベンチはぴったり収まっている。


ベンチの向かいには、椅子は置かれていない。低いテーブルだけだ。この部屋の隅っこを有効に使おうとすると、独り掛けならば何とか入るのだが、それではこの場所はもったいないと、店の方は考えたのだろう。でも、対面で二人がけはこのスペースではちょっと難しい。かといって、一人で利用させてしまうのは癪だと思ったかどうかはわからないけれども、この店がこのスペースへ過剰な注文を出したことは間違いないだろう。ベンチを入れることで、二人掛けを実現してしまっているのだ。空間の有効利用を考えたのだが、結果として、美しいベンチが入ることになったと想像される。


その注文に対して、このベンチはいかにも堂々と応えていて、ほんとうに素晴らしい。隣にある独り掛けのアーコール社のアンティーク椅子に負けないくらいの存在感を示している。ここに似合うカップルを想像しながら、ベンチへの注文の多い喫茶店を出た。

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2018/12/07

Bench 7–黄昏れて腰掛けるベンチ

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黄昏時に行う授業は気分が良い。もし1日中原稿書きに追われたならば、どうしても頭が痛くなるし、肩が凝ったりしてきてしまう。修行が足りないと嘆いてみても仕方ないのだが、1日の中でも、原稿書きで終わらずに、夕方になって、講義に出てちょっとでもしゃべってくると、1日の印象がまったく違ってくる。肉体の疲れは年相応にあるのだが、精神の疲れは講義室の窓から飛んでいってしまうのだ。そして、背伸びして外に出ると、大学の時計台下にある噴水周りのベンチに、少し腰掛けたくなるのだ。学生たちも同じように感じるらしく、秋も深まっているにも関わらず、帰りを急ぐよりは、人待ち顔して水辺のベンチに腰掛けてしまうのだ。暗くなりかけた空から、時間が降ってくる。

2018/12/06

Bench 6−場所を拡張するベンチ

Img_6082 ベンチには、そのベンチの幅分だけ、場所を占めて、その場所を確保する特質がある。このことはまたじっくりと今後見てみていきたいのだが、その前に今日は、場所を拡張するベンチを見た。久しぶりに神奈川学習センターへ出た。卒業研究の審査を行っての帰り道だ。弘明寺商店街に入る前にブティックと和菓子屋さんが鎌倉街道沿いに並んでいる。店の前にはプラスティックのふつうのべンチが置かれていて、そのこと自体注意を向けなければ、ほんとうにふつうの風景なのだ。でも、ちょっと注目してほしい。もしここにベンチがなかったら、自動車道路に解放されたただの歩道だ。けれども、ここにたとえ少し汚れたものであってもこのベンチが置かれただけで、歩道はブティックの一部となって、ベンチに囲まれた空間を確保している。まさに、ベンチはブティック空間を拡張しているのだ。

Img_6081 さらに、ベンチには、「ハンガー、ご自由にお持ち帰りください」と張り紙がある。ふつうならば通り過ぎてしまう通行人は、ちらっとこれを見て、反対側のブティックを意識しないわけにはいかなくなるだろう。ベンチがあることで、通行人の意識を変化させてしまっている。

2018/12/05

Bench 5ー柔軟なベンチ

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外で使われるという宿命と可能性を引き受けているのも、ベンチの特性だ。だから、家の内部から排除されたものを一生懸命引き受けているという姿勢と懸命さがある。それをさりげなく行っているところが良いのだ。このベンチは、寿司屋さんの持ち帰り用を待つ客のために、当初は置かれた。けれども、注目して欲しいのは、隣に喫煙者用の赤い吸い殻入れが置かれていることだ。ベンチは喫煙者にも優しい。ベンチは、最初の目的と併行して、別の目的が途中から現れるほどに、柔軟なのだ。

2018/12/04

Bench 4ーブックポスト・ベンチ


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図書館のブックポスト前にあるベンチだ。読み残した本を広げたり、印象に残ったところを読み返したり。図書館が閉まった後でも、追加する読書と、余白の図書館を実現しているのだ。

Bench 3ーベンチは待っている

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ベンチたちは誰か来る人を待っている。座るかもしれないし、ただ通り過ぎるだけかもしれない。けれども、その場所を確保していて、ずっと誰か来る人を待っている。

 

Bench 2ーベンチは開かれている


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Benchesシリーズを始める。最初のメッセージは「ベンチは開かれている」なのだ。複数のベンチから、展望台をのぞみ、青空へ向かって開かれた関係をこの風景は写している。

Bench 1

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ベンチを写し、それから逆にベンチから写されたいというような、写真を集めたいと考えている。それで、どのようなベンチをめぐる世界が現れるのか、試してみたいし楽しみだ。椅子への好奇心はかなり高まっているのだ。きっかけとなったのは、ここ数年お世話になっている椅子作家の指田哲生さんのベンチだ。20189月の松本グレイン・ノート椅子展に出品され、即買われてしまった。どのような方が買ったのか、ちょっと想像するだけで、わくわくするような心持ちになった。それが、ベンチを取り上げようとした動機となった。

 

 

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。