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2018/12/28

Bench 26–発想が豊かになるのは遊び場ベンチを作るときだ

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遊び場ベンチというジャンルは、playground(遊び場)という西洋の伝統が入ってきてから、開発されてきたと考えられる。Playlandとも言われることがあるが、こちらは王国のイメージがある。子どもたちが、どのように遊ぶのかを、大人たちが想像して、遊び場ベンチを作っているのだ。

 

O氏は写真をとるから、ここにある遊び場ベンチのどれかを選んでくれと言っている。これはわたしだけに、彼が言っているのではなく、これまでにこの場に連れてこられた彼の早稲田大学の教え子たちがすべて試練を受けた問なのだ。これに答えなければ、単位をやらないぞというパワハラを行なったのか否かまでは確認しなかったけれども(またすでに卒業している人びとのはずだから、当然パワハラにならない単なる冗談なのだが)、しかしそれでも、彼に連れてきてもらったという義務感は強く働いて、どれか選ばなければならないことになるだろう。象さん、豚さん、犬さん、羊さん、でも考えてみれば、ここにはもっとたくさんの遊具が設置されているから、何も動物ベンチに腰を下ろさなくとも、シーソーだって、立派な遊び場ベンチではないかと、少し経ってみんな気づくのだ。

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その発想は、子どもにとっては、とても重要なことで、遊び場で新たな発想を得た子どもは、その体験を生涯記憶にとどめ、その後のなんらかの発展に影響を与えることだろう。そしてさらに、子どものために良かれと想像力を働かせている担当者こそ、自分にとっての想像力が養われつつあることを自覚することになるのだ。

 

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