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2018/01/11

人間最初の道具はどのように形成されたのか

Img_0911 本郷で仕事の打ち合わせがあったのだが、その帰りに東大総合研究博物館へ寄ることにする。ここには江戸時代に加賀藩前田家があって、その名残の懐徳門近くに、この博物館施設がある。仕事で訪れた相手の先生が親切にも地図をプリントしてくださったのだ。

 

Img_0998 ホモ・ファーベル(つくる人)という、人間のひとつの定義の根源を探る問題があるのだ。 人間にとって、最初の道具は何か。諸説があるのだが、それが何だというよりは、やはり道具というものと人間との関係がどのようにして発達してきたのか、どのようにして「人間の道具」というものになりえたのかに興味がそそられるのだ。人間が自然の状態で人間であると考えられるのは生理的な理由ということになるであろう。直立して、手を使ったということになっている。Img_0920 けれども、手を使うことから、この手の延長として、道具を使うという人工的な人間の本質が現れてきたということが重要だと思われる。

 

Img_0932 先日のNHKニュースで、東大の諏訪元教授チームが数十年かけて、エチオピア発掘を行っていて、その展覧会が開催されていることを報じていた。その筋ではルロワ=グーランが指摘したことで著名な「握斧(hand axe)」の展示が年代を追って整理されているということだった。年代を追ってとはいえ、わたしたちの常識的な尺度ではなく、人類となりつつある歴史なので、およそ300万年くらいに渡る時間の中での展示だ。

 

Img_0926 「道具とは何か」という自明のことを考える機会はあまりない。産業社会に生きるわたしたちは情報機器をはじめとして、道具なしでは生活できない状況のもとにいる。人間から道具を取り去ったら、何が残るだろうかとさえ思うのだ。今回の展示は、それを考えさせられるのだ。Img_0922 最初に現れた人類の石器として、これら写真のゴナ遺跡のものが展示されていた。これらをみると、自然に破砕された礫片と、人為的に剝片を削った石器とを識別するのは難しいではないか、というほどの「道具」がありえたことがわかるのだ。

 

Katoh_1 今回の展示の中心は、最古のオルドワン石器から、人間のデザインということが認められるとするアシュール石器への変遷で、人間に何が起こったのかという点に尽きる。この展示で強調されていることは、剝片のパターン化という点である。岩から大型の剝片が素材として剥がされ、それらがいくつかの剥離する加工技術として定着していったことを示している。Img_0976 ここでも重要なことは、素材が先なのか、デザインが先なのか、という以前指摘した「資量形相論」が出てくるのだ。先日引用したインゴルドも左右社刊『メイキング』の中で、このハンドアックス問題を取り上げている。

 

Img_0935 問題はどこにあるのかというと、それはわたしたちの想像を超えるところにあるのだ。つまり、たいがいの方は、このエチオピアのコンソ遺跡から出土したアシュール石器の「ハンドアックス、ピック、クリーパー」3点セットを見て、確かに人類が作り出したものであり、そこに一定のデザインが創造されこれに関わっているいくつかのパターンを知ることができるのだ。Img_0962 だから、これらが人類最初のデザインだということは共通認識できるのだが、インゴルドによれば、それならばなぜ300万年間に渡って、これらのデザインが数種類に止まって、あまり変わらなかったのだろうか、ということが不思議な現象として浮かび上がってくるのだ。

 

Img_0969 逆にいえば、わたしたちの現代文化の下では、数十年の間には、道具はほとんど使い古され、革新されたら直ちにまた更新されるほど、技術進歩が激しいのが、人間社会の特徴だと考えられている。ところが、300万年に渡って、不変の道具が世界中で剝片文化として維持されてきたという事実があるのだ。Img_0979 道具を生み出し、何か新しいことを生み出すことが人間の本質だということから、かなり離れた認識をこれらのハンドアックスたちは提示していると考えることができるのではないだろうか。


 

Img_0945 問題は何かといえば、つくるということが自然からもたらされた素材に対して、人間の文化的パターンを忠実に転写することという、今日の産業社会の方法と同じだと考えると、このようなアシュール文化は生まれなかったということだ。300万年もの時間がかかって移行していった石器文化というものには、このような石器を生み出すデザイン能力はあったが、それを実行できない物理的・肉体的理由が存在していたのか、それとも、物理的・肉体的能力はあったが、技術的・デザイン的能力が劣っていたか、などの難点を克服する必要があったのだといえる。Img_0905 いずれにしても、遅々として進むか進まないかの中で、素材から剝片を削り、それを制御していく知的な作業の進化過程が必要であったのだといえる。新しいものを次々に生み出す中に、人間の文化が宿るのではなく、遅々として進まない、むしろ停滞しているとさえ見えるような、100万年規模の文化の在りようの中にこそ文化は宿るのだと教えているとさえ見えるのだ。


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帰りに、エチオピアに敬意を評して、いつもの焙煎の店によって、「エチオピア・ハロバルディ」のコーヒー豆を購入して一息をついた。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。