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2018/01/21

N先生のこと

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N先生が多摩川で自死したというニュースが流れた。N先生には、1973年ごろからほぼ10数年間に渡って、ゼミに参加させていただき、公私ともにお世話になった。学問上の影響を受けて独り立ちするまで、いつもの笑顔でもう駄目かと言われてしまうところまで面倒をみていただいた。わたしたちの結婚式にもご夫妻で出席いただき、いつもこのようなときにはそうであったように、テーブルの上で箸の袋にちょっとメモ書きして、ただちにスピーチしてくださったことも思い出される。また、わたしたちの新居祝いの日にたまたま、先輩のM氏を伴って八王子の山奥までいらっしゃって、お祝いの席は其処退けで、そのとき書かれていた論文内容の話をずっとしていたこともあった。 

 

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自死ということで印象に残っているのは、80年代当時ベストセラーの『機械の中の幽霊』を書いたA・ケストラーが英国の自宅で自死を選んで、ケストラー夫人も同時に亡くなったことが、ゼミの後に話題になった。遺書も立派な、決然とした自死だった。「意識がはっきりしていることが生きていることの証しだ」というようなことをN先生がおっしゃって、うっすらとではあるが印象に残っていた。N先生の奥様が亡くなってからも、このところ何回も復活していたから、今回もとは思っていたが、やはり思い描いたように生きたいという意識が強かったのではないだろうか。

 

 

 

2c11e2828786b9ea5e3467baa1ecb50c わたしはNゼミへは横浜国大の学部3年時から入り、たまたまゼミの後に、大学院へ行かないかと誘いを受けた。高校の教員になると言ったら、何とも言えない顔をなさった。わたしが4年生の時にN先生は東大へ移ったので、その後東大の大学院へ進んだ。わたしは大学院を出た後も、しばらく傑出した先輩たちのゼミの末席へ連なっていた。ゼミでは、いくつかの社会科学の大著を読んで細部にわたって議論した覚えがあるのだが、むしろゼミの後、そのまま近くの喫茶店(当時は中庭や二階のある旧い「ルオー」がまだ本郷に残っていた)あるいは酒場へ行っての議論の方が長く続いて、そのときの楽しさと厳しさが骨の髄にまで達する記憶として滲み込んでいる。

 

Unknown3 たとえば、当時わたしは玉川上水脇の借家に住んでいて、先輩たちの下宿も中央線沿線に多かったこともあって、駒場の白い会議室で議論し、場所を変えて井の頭公園の木洩れ陽の野外でゼミを行い、その後近くの他の東大の先生宅へ寄り、さらに吉祥寺と新宿(当時「ライブラ」という酒場によく寄った)で飲み屋をハシゴした。終電車を逃してしまい、線路をとぼとぼと歩いて帰った記憶も何回かある。日常の生活の中に社会科学で考えるべきことが隠れているということも、ゼミの中ではよく言われたことだった。

 

Images1 多くの著書の中でも、わたしにとって印象深いのは、やはりN先生の最初の単著であり、わたしの学部時代のNゼミでずっと取り上げてきた『ソシオ・エコノミックス』だ。雑誌「経済セミナー」連載論文の掲載時から、講義でも聴き、また何回も学部ゼミで議論してきたことで強烈な印象が残っている。それから、なぜか社会学のT・パーソンズに一生懸命に取り組んだ時代が何年かあって、これがN先生の中で最終的に結実したのが『知性の構造』だったのだと思われる。これも大方の批評は難しいということであったと思われるが、ゼミ参加者にとっては理解できる、N先生らしい特徴の出ている書物だと思う。けれども、もし百数十冊ある著書の中から1冊だけ選べと言われたならば、躊躇なくわたしは『妻と僕』を選ぶだろう。この点は、わたしの妻とも一致したのだった。妻はこの本か続編の本の中で、「妻と僕」の遺灰が森の中にまたは海辺近くにまかれることになっていることを思い出していた。

 

亡くなることには、このような思いがたくさん湧いてきて、それらが重なって一緒にくるものだ。また、それと同時に死というものには予兆ということもあって、じつは昨日の夢の中に、かなり若い時代のN先生が何十年かぶりに現れたこともあったのだった。夢や思いだけでは対応が冷たいと言う方もいらっしゃって、ここ当分わたしの中で、死ぬということと現実にとどまるということとの差異をかなり意識して生きていかなければならないだろうと思うのだった。(画像はAmazonから借りてきました。)

左右社HPの追悼文

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。