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2017/09/02

仕事の打ち上げで、三蔵呑み歩き

Img_8302 今年も、夏の仕事の打ち上げを行う季節がやってきた。という口調からわかるように、目標からすれば、かなりの成果をあげたと言えるが、じつは一番済ませようと考えていたものが二つも残ってしまったのが残念な季節でもあったのだ。これらはじっくりと横浜へ帰ってから取り掛かることで、わたしの中では、一応の始末がついた。Img_8320 何といっても、意外なほど多くの20ほどの仕事を終えることができたことが大きい。このことを感謝して、それで満足しなければならないだろうし、これならば、打ち上げを行なっても良いだろうと思ったのだ。

 

Img_8242夏の仕事の打ち上げは、毎年恒例となった酒蔵の呑み歩きだ。信濃大町の街中に日本酒の香りが漂い、それに魅せられて特別JR列車が仕立てられて、都会から田舎から人びとが押し寄せるのだ。今年は冷夏で、昨年までの30度を超える中での呑み歩きとは少し異なる気分だ。宿から、シャトルバスが酒蔵近くまで出ていて、それに乗り込む。Img_8325 すると、いずれ劣らぬ常連の夫婦やカップルやら、さらには呑兵衛の若いグループがバスに乗り込んできた。さりげなく、そんなことはおくびにも出さないで集まって来てはいるが、じつはみんな、喉の奥には焼けるような欲望が渦巻いているに違いないのだ。

 

Img_8346買い物をする妻と別れて、まずは酒器が展示されている展示会場&レストランの「麻倉」へ行く。一番奥には、大町市在住のY氏の椅子も、2脚展示されている。いつものように、それに座ってみる。さらに木工の花瓶や彫刻画を一番多く出品しているH氏の作品を見学する。葉っぱをかたどった菓子皿を購入する。桜材の赤みを帯びた木理が生かされている。削りの手間がかかっている。

 

Img_8246 15時の三蔵「鏡開き」から始まる。最初の年、酒蔵「白馬錦」の大勢の中で立ち会った。昨年は甘口の酒蔵「大安北國」で歓声をあげた。そして、今年は辛口の酒蔵「金蘭黒部(市野屋商店)」でのカウントダウンに声を合わせたのだった。鏡開きの役割分担に興味があった。社長が進行役を務め、全体をリードするのは共通している。ここで、樽を割る槌をあげる面々が重要で、1人は華添えで、ミス大町。次がやはり杜氏の棟梁で、この後ずっと大吟醸の注ぎ手も勤めていた。自分の作品がどのように呑まれるのかは、ほんとうに気になるところだろう。

3番目はおそらく経営者の親族だろう。そして、最後に社員代表ではないかと推察した。この並び具合からすると、酒蔵の中での「杜氏」という職務の特殊性ということが際立っているように思えた。 

Img_8252 鏡開きの樽酒から利き酒は始める。杉の香りが辛口の味にしみていて、最初の1杯がまずはおいしいのだ。隣は、すぐに「金蘭黒部」の大吟醸の列だった。ふつう、呑み歩きスペシャルや、生原酒を試してから、最後に大吟醸というのが通例であるのだが、つい先ほどの「杜氏」の真剣な顔に魅せられて、まず大吟醸を頂いてしまったのだ。大吟醸がおいしいのは、当たり前なのだ、という言い方をするとたいへん失礼なのかもしれないが、おいしいのだ。香りもあるし、コクもあり、すっと入っていく。コメを削りに削って、一番の中心だけを使っていて、たいへん贅沢な作りの酒なのだ。Img_8240 こうなってくると、美味しければ良いのか、ということが出て来てしまうだろう。この大町には、長野県全体の搗精工場があって、そこで機械によって、コメを削るのだが、この機械化から生み出された味が大吟醸だということであれば、手作りの味はどこへいってしまったのだろうか。

 

Img_8250 ここでは、蔵でしか購入できない「どぶろく」をいつも購入することにしている。現地でしか呑むことができない、となると、この地域でこのような呑みのイベントを行う理由が出てくるだろう。ここでしか味わえないものが確かにあるのだ。

 

Img_8254 この蔵を出る頃は、まだまだ意識もあり、千鳥足というわけではない。次の蔵への道すがら、多くの呑兵衛たちが一緒に移動していくので、集団効果が働いて、みんな仕合わせ気分で歩く。いつもながら感心するのは、利き酒のテーブルの端には、必ず「やわらぎ水」が用意されていることだ。そして、毎回感ずるのは、水のおいしさがあって、酒がおいしくなるのだという常識的なことだ。Img_8268 ほぼ酒と同量、あるいは水の方が酒の量を凌駕するくらい、やわらぎの水にはお世話になっている。もちろん、食べ物として、お漬物が用意されているのだが、また今日は新鮮なトマトも食べ放題だったのだが、食べ物よりも、水が日本酒には合う、というのか、相性が良い、というのか、そのような気がするのだ。

 

Img_8275 次に、白馬錦と大安北國を続いて訪れる。大安北國では、集団効果が最大限発揮される。正面玄関を入ると、広い土間があって、もちろん広いといっても、これだけの人数が集まると狭く感ずるほどで、この中を利き酒のおちょこを持って、並ぶのだ。Img_8281 この並びつつ呑み、呑みつつ並ぶ中で、数種類の酒の比較をみんな言葉にしていくのだった。ここでは、この集合の効果が発揮されるのだろうか。いつもここの「無濾過生原酒」を購入することになる。Img_8278 甘口の特徴があるため、辛口から徐々に上がってくると、この生原酒のコクの深さにやられてしまうのだった。すでに、鏡開きの杉樽の中は空っぽで、それを惜しんで、さらに汲みあげるのだった。

 

Img_8261 この時点で、約1時間半ほどが経っており、その間呑み続けるのだから、すでに脚に来てもおかしくはない状態だと言えよう。けれども、道端に倒れている人は1人もいないし、気持ちの悪そうな、ドクターストップのかかりそうな方も見受けない。Img_8241 アルコール効果の最も良いところが集合に発揮されたという状況だった。今回は商工会議所の青年団が人力車を用意して、それに乗って回っている人々も見られたが、アルコール摂取で歩けなくなった方用ではないようだった。

 

Img_8263 地元の青年と話をする。すると、次から次へ、仲間たちがタッパを持って来て、持参の料理を提供してくださるのだった。すでに、地元のお祭りとして定着していることの証左であろう。Img_8266 帰りのシャトルバスに乗ったまでは良かったのだが、すでに三半規管にまでアルコールが回っていて、すべての乗客が過剰状態にあり、酔客のおしゃべりの量が夥しいのだった。バス中、わんわんとして、欲望の渦が騒ぎの渦に変わっていったのだった。Img_8287 きわめつけは、バスを降りるときに起こった。前を行く若いカップルの女性が、脚に来ていたらしく、道路に顔をつけるくらいにコケたのだった。ここまでくると、やはり中庸ということはあらまほしきことなりといえるのだった。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。