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2017年5月に作成された投稿

2017/05/28

絵本『きょうはパーティのひ』が出た

Img_7727 先日、「パン日和あをや」のツイッターを見ていたら、絵本『きょうはパーティのひ』が載せられていた。ついに出たのだ。前々著『きょうはマラカスのひ』にすっかり魅せられてしまって、気分が落ち込んだ時などには、丑三つ時を過ぎた頃にそっと開けると違う世界が見えてくるという絵本だった。Img_2371 子どもに帰った気分でいうならば、主人公がマラカスの踊りに失敗して、部屋で泣き崩れるのがたまらなく愛おしいのだ。2冊目が出たあと、二年ほど経つのだが、なかなか第3作目が出なかった。「パン日和あをや」の奥様とご主人といつ出るんでしょうね、と言っていたのだ。

 

Img_7436 絵本を知る前には、松本市の雑貨屋さんの壁に、この作者の銅版画がかかっていて見ていた。いくつものデコボコが並んでいる世界があって、デコに住む人もいるし、ボコに住む人もいて、それぞれフラフープなどの運動をしている、という不思議な銅版画だった。そのうち、地から足が離れ、ふわふわと空中に浮いた仲間たちが、列を作って、一緒に走っている絵が出てきて、この先頭を切っていたのが、これら3冊の絵本の主人公「クネクネ」さんだった。

 

Img_7438 このクネクネさんの正体は、ちょっとわからないところがあって、まず男なのか女なのかということすら、明らかにされていないのだ。そして、今回の『きょうはパーティのひ』で、ようやくにしてクネクネさんの職業がわかったのだった。それで、先日松本に行ったついでに、少し距離はあるのだが、わたしの祖母がでた女学校の北にあるクネクネさんの店を訪ねたのだった。Img_7440 写真を見ていただければ、クネクネさんがお得意のフラフープを繰っている看板がわかると思う。ところが、この日は水曜日で、松本市では多くの店がこの曜日を定休日にしていて、クネクネさんの店もお休みだった。

 

Img_7833 それで、日を改めて、今回のクラフトフェアの暇な時間を見つけて、再びクネクネさんの店を、開店時間の11時に訪れたのだった。じつはクネクネさんの仕事はパン屋さんだったのだ。そして、なんと店の前には二人の方がすでに並んでいて、開店を待っていた。Img_7834 この看板を乗せている何気ない子ども椅子も、デンマークの椅子作家モーゲンセンを模ったもので、なかなかの椅子だと思われた。

 

Img_7837 じつは絵本を書いたHさんは、埼玉県に在住していて、妹さんがこのパン屋さんを開いている。だから、自然に考えれば、クネクネさんのモデルはこの妹さんではないかと思われるのだった。

 

Img_7839 店には、パンのための棚はなく、普通のパン屋さんのイメージでいくとちょっと違うかもしれない。パンの種類は、フランスパンや食パンが主体で、菓子パンのようなものはない。昔を思い出すのは、小学校の給食の時間に当番となって、コッペパンを給食室から運んできていたが、このパンの箱を思い浮かべればこの並んでいる箱に近いのかもしれない。Img_7838 おそらく、一人で焼いて持ってきて、売っているのだと推測されるが、売り切りですぐにおしまい、という雰囲気のお店である。絵本の中のクネクネさんのお店そのものであった。そして、飾り棚の隣に、3冊目の『きょうはパーティのひ』が掲げられていた。

 

Img_7840 わたしの前に並んでいた親子連れと、待っている間に話をした。やはり、クラフトフェアに遠くから来て、さらに松本の美味しいパン屋さんを探して、寄ったのだそうだ。けれども、絵本のことは知らなかったようだ。パンだけの趣味で、この店に到達する客も多いことを知った。Img_7926 意外のなことに彼女たちの目指したのは、まずクッキーだった。これだ。あっという間に、ほとんど全部買い占められてしまった。確かに、甘さを抑えていて、さらに歯ごたえがあって、昔風を維持しているのだが、全体としてバランスの効いたクッキーだと思う。

 

Img_7853 クネクネのパン屋さんに、絵本作家のお姉さんのことをちょっと質問してみた。パン屋の作る過程は、今後絵本になるのですかと。メアリーポピンズのレシピがベストセラーになったように、クネクネのパン屋さんはそれだけで、絵本になるのを見てみたいと思う。妹さんは、嬉しそうな顔をなさって、このところはあまり松本へ帰ってきてないんですよ、とお答えになった。

 

Img_7858 店を出て、女学校を通り過ぎて、お城の公園へ入り、少し早かったけれど、このパンで昼食をとったのだ。フォカッチャという、「外はパリパリ、内はもちもち」タイプのパンを頬張った。バラの香りがパンの味覚とマッチしていた。

2017/05/27

クラフトフェア松本でヒアリング調査を行う

Img_7798 526日、27日にかけて、松本市のクラフトフェアへ行く。今回のクラフトフェア松本はこれまでになく、混雑が激しかったような気がする。もちろん、出品応募する作家も増え、わたしを含めリピートする観客も増えていると思われるので、展示される作品の質は確実に高まっているし、見るだけでも楽しいという要素があることは確かだ。

 

Img_7898 だから、このあがたの森公園で行われるクラフトフェアの本体は今後も色々な意味で発展を続けることは間違い無いだろうし、今後もフェアというものの持つ周辺の消費者を惹きつける、フェスティバルとしての魅力は薄れないだろう。けれども、そうは言っても、何となくフェアそれ自体には熱気と同時に、ある種の冷たさも感ずるのだ。人があまりに集まりすぎるということに問題があることは間違いない。

 

Img_7900 経済学では、「集積効果」は素晴らしいということになっているのだが、これには二つの説が存在する。ひとつは「比較優位説」であって、フェアに他の地域に比較して、特別な優位が存在するから、行われるのだ、という意見と、もうひとつは伝統的「保護説」であって、フェアの地域に固有で昔から存在するものは保護していこう、という考え方だ。Img_7896 いずれにしても、長期的には「地域優位性」というものは他地域との接触が多ければ多いほど、薄れていく傾向にあることを前提としており、これからも優位性を保とうと考える点に特徴があるのだ。だから、人があまりに集まりすぎることは、この優位性を失ってしまう恐れがあるのだ。

 

Img_7778 人があまりに集まりすぎる問題に対して、クラフトフェア松本は、フェア・フリンジ(公式以外のフェスティバルの催し)という考え方を提示している点が注目される。具体的にみると、フェアは二日間しか行われないのだが、この周辺部では、5月中の長い期間にわたって、「工芸の五月」というフェア周辺部の催しが継続して行われている。こちらの方も、より余裕があって楽しめたのだった。Img_7781 中でも、昔の庄屋だった池上邸の蔵で行われていた、大曽根俊輔の乾漆による動物たちはリアルだった。蔵の前の小川には、写真のようなカバが浮かんでいたし、クジラも蔵に浮かんでいた。

 

Img_7760 先日紹介したように、今回のヒアリング相手の方々も、この「工芸の五月」催しの中での「はぐくむ工芸−子ども椅子展」に参加していた人が多い。また、前回「工芸の五月」のスタッフの方々へのヒアリングも行うことができて、親しみがぐっと増したのだった。フェアでは、いつも言っているように、観客と直角に交差して、歩くべしということにまさにフェア・フリンジは適合している。

 

Img_7763 それで、四人の椅子作家の方々のヒアリングを行ったのだったのだが、フェアの中だったので、なかなか集中して時間が取れなかった。結局は二日目の午後の最後の時間に集中することになってしまったのだ。それまでの二日間は余裕がありすぎたので、テントを回って、色々な方々と雑談をさせていただいた。中でも、女流の(というと、何となくイメージが湧くと思ったのだが)木工家で、Kさんのお話が面白かった。

 

Img_7804 テントを回っていて、Kさんのところに来たところ、ちらっと見て、中に並んでいる小物やテーブルの中で、一つの椅子に目が止まった。その一脚の座面が変わっていて、不思議な曲線を描いているのだ。このような曲線のことを木工家の方々は「R(アール)」と呼んでいる。わたしもようやく最近になって、日常用語の中で、この「R」という言葉を素直に使えるようになって来たところなのだ。この椅子の場合、写真を撮って来なかったので、言葉で説明することになるのだが、座面の「前が少し落としてある」ようなRの特徴を持っている。座面の先が直角に削ってあるのではなく、前が丸くかつ前のめりに座れるようになっているのだ。だから、座ると、ほんの少し前傾となる特徴を持った椅子なのだ。

 

Img_7922 さらに、椅子を横から見ると、座面がこちらからも緩やかなRを描いていて、お尻にフィットするように造られている。この横から全面にかけての曲面の素晴らしさが目立ったのだった。二度もこの椅子に座らせてもらったのだ。自分のお尻に感覚が残っていて、椅子ではいかに触感が大事であるのかが改めてわかったのだ。

 

なぜ前面が落としてあるのかという理由は、姿勢の問題であるとのことだった。わたしたちは、同じ椅子であっても、いろいろなところに重心を移して、様々な座り方をしている。深々とお尻を座面の後ろまで入れてしまう場合もあるし、横に足を投げ出して、背面を抱え込むような座り方をする場合もある。このような多様な座り方をする注文主に対して、椅子の作者はどのような対応を行うのだろうか。

 

前へ身体を倒すような姿勢で座る人は、働く人だ。仕事をするときに、ゆったりと座るより、多少前かがみになって、前方へ注意を集中できる方が良いだろう。前面を少し落とせば、座面へお尻を当てたときに、前の方で感ずることができる。仕事をする人にとっては、前面を少し落とした方が座りやすいと言える、とKさんはおっしゃるのだった。ここに、仕事を持って座る人と、椅子の作者との間に、何かが起こったのだ。ひとつの椅子には、それぞれのエピソードが貼り付いているのだ。

 

Img_7868 すっかりヒアリングの職人と化しているのだが、もうひと方、印象に残っている。番外篇でお話を伺うことができた。松本市の六区ストリートで、毎年「工芸の五月」催しが行われている。今回は、「素朴と洗練」と題して、目利きの方々が、生活の品々を出品し、言葉を寄せている。たとえば、デンマークのモーエンセンのモデルJ39が展示されていて、この椅子は「庶民のために、低価格で高品質な椅子を」と協同組合から依頼された椅子だと案内されていた。その中のM氏には昨年もこの場所で思わず喋りかけてしまった方なのだが、今年も幸運なことに偶然そうなり、質問を受けていただいた。

 

Img_7921 木工品の価格について聞いた。やはり、悩む問題だとしながらも、「最後はどこかで詰めなければならないですね」とおっしゃり、さらに少し考えたのちに、「その価格なら自分で買おうと考えるか」という価格ではないでしょうか、と教えてくださった。この答えは、これまでのヒアリンングでは無かった答えだった。意味深長な答えだと思う。たいへん参考になった次第で、感謝感激だ。

 

Img_7911 クラフトフェア二日目の午後には、各テントの中もだいぶ品が無くなり、終わりの近づいてきていることを知る。残した三人の方々の間を駆け抜けて、ヒアリングをこなした。テントを仕舞わなければならないところ、時間をとってくださった椅子作家の方々に御礼申し上げたい。

 

Img_7769 中町通りのグレインノートへ寄って、写真集をお返しして、ご夫婦に挨拶を行なった。少し休憩を取るために喫茶店「chiiann」へ行き、先日購入した木綿のトートバッグに書かれていたカステラをいただいた。右下に、Cの文字が見える。卵の種類がポイントなのだそうだ。Img_7772 Img_7770

2017/05/25

なぜデンマークなのか!

Img_2166 先日、デンマークデザイン展に行ってからなのか、それとも、それ以前からなのか。とにかく、デンマークがわたしの周りに迫ってきている。一つは北欧ミステリーに夢中になったのがいけない。今がそうだ。昨日、大学で出席しなければならない委員会があるので、行き帰りの電車の中で楽しめると思って家を出たのだが、文庫本を鞄に入れるのを忘れるという失態があって、一日中物足りない日になってしまった。こうなってくると、中毒症状が出ているという状態だと思われる。

 

張本人は、北欧推理小説であることはわかっているのだ。北欧ミステリーの特徴は、かなり長いところにある。この長さの中で、さまざまなことが起こり、読者へも重厚な影響を与える。読み始めると、他の活動がパタッと止まってしまうから、デンマーク尽くしなのだ。とりわけ、通勤列車の中では、本を広げている時間が長い。幕張までの片道2時間半、往復5時間は頭の中がほぼデンマーク状態が続いている。

 

きっかけは他の北欧推理小説ファンと同じように、小説「ミレニアム」からなのだ。これは主として、映画とテレビドラマから入ってきたから、映画趣味の延長線上にあって、推理小説そのものに没入するとは異なった経験だったかもしれない。椅子の作家の方々と付き合うようになって、松本のSさんが木工の傍、北欧ミステリーが良いのだ、とおっしゃったのが、やはり書籍版への没入のきっかけだったと思う。そして、我がホームライブラリーであるK大図書館には、おそらくかなりの北欧ミステリーファンがいて、書棚にズラっと揃えていてくださったことが効いている。

 

Img_2167 これらを渉猟する中で到達したのが、ユッシ・エーズラ・オールソン著「特捜部Q」シリーズだ。映画で言えば、シリーズものは当たり外れがあって、ミステリーでシリーズが成功している例はあまりない。このシリーズも、映画が作られて居るが、別物だと思われる。テレビの「ミステリー」チャンネルをよくみるが、ここでは、オックスフォードものや、ケンブリッジものがあって、これらには必ず有名な建物や路地が出てきて、観光で行ったところを思い出して見てしまう、というドラマはいくつかある。これをミステリーとしてみているのかは疑問が残る。これと同じで、書物ミステリーと映画ミステリーは同一視できない。

 

特捜部Qシリーズは現在のところ、6冊が出ている。デンマーク社会の置かれている状況というものが伝わってくる、この現代性が秀逸だ。主人公が島をいくつか通って車を運転していくと、スウェーデンの警察署についてしまう。言葉は違って、民族も異なるが付き合わなければならない状況が見えてくる。それから、第5弾「知りすぎたマルコ」では、マルコという少年がロマの泥棒集団で育って、事件に巻き込まれていくのだが、このような大親族を形成する泥棒集団が容易に、イタリアを始め各国をめぐって住むことができる。これは、現代のEU社会の特質を表している。デンマークでは隣に居る人びとの民族性がまちまちで当たり前なのだ。このような現代的特徴を持ったデンマーク社会を的確に描いている。

 

特捜部Qで最も面白いところは、主人公の警部カールと謎の過去を背負って居る助手アサドの掛け合いだ。それに加えて、女性の同僚ローセが多重人格者で、このすれ違い、軋轢、性格の合わないところがかえって凄いところなのだ。どうしても、チームを組織論的にみてしまう、職業病的なところがあるのだが、三人ともに、かなり個性的で、性格に欠陥を持っていて、それぞれ自分勝手に捜査に望むところがある。このバラバラ感がたまらない。わたしたちは日本社会にあって、かなり規律の厳しい社会にあることを自覚している。ところが、世界は広い。ちょっと羽目を外しても、十分に成り立つ社会があるのだ。どの程度まで、警察官が羽目を外しても良いのか、どの程度ならば、法的に許されるのか、道徳的に許されるのか、ギリギリのところが描かれている。

 

文脈の中で面白さが出てくるのであって、このように切り取ったとして、何が面白かろうとは思うのだが、ちょっとだけでも書きたくなってくる。アサドは言う。

 

「カール、私は犠牲になった女性がアンヴァイラーの恋人だったという話そのものが信じられません。それが事実だったとして、なぜアンヴァイラーは彼女を殺さなければならなかったんです? 動機はなんです? 報告書によると、かっとなって殺害したと見られています。でも、何を根拠としているんでしょう? 事件当時、船から叫び声がしたそうですが、誰の声かはわかっていません。ひょっとしたらミナ・ヴィアクロンはホイットニーに合わせて歌っていただけかもしれません。カール、市場でラクダがいっせいに吠えるのを聞いたことありますか?」カールはため息をついた。まったく、ろくでもない事件だ!しかも、やらせてくれとこっちから頼んだわけでもない。それなのに、どうしてこんな事件のことを、いつまでああだこうだと言わなくちゃならないんだ!

 マサドはしばらくの間、無精ひげの生えた黒いあごを手で支えていた。「アンヴァイラーの前科を見ると、それほど馬鹿でもないんじゃないですか? どれもかなり複雑な犯罪ですよね」

「ああ、少なくとも最後のネット取引の詐欺はそうだな。だが、その事件でこいつは投獄されたんだよ」

「それでも、カール、馬鹿だとは言えませんよ。それなのに、コペンハーゲンに自分から舞い戻ってくるなんて、変だと思いませんか? 事実だとしたら、わずか一年半前にこんな方法でひとり殺害しているんですよ。おまけに、知人にマルメの住所を教えたりするでしょうか? ありえません。カール、いいですか、飼い葉桶の前にいるラクダは子供を産みません」

 カールは両の眉を引き上げた。やれやれ、時間がかかったが、あのアサドがようやく帰ってきた。わけのわかならないラクダのたとえ話がまた聞けるようになった。

 アサドは辛抱強くカールを見つめていた。「カール、わかっていないんですね。何かが根本的に間違っているときに、そう言うんですよ」

 カールはうなずいた。「オーケー。つまり、目下のところ、おまえはあらゆる点からアンヴァイラーは無実だと考えているわけだ。そうだな?」

 「はい、突然ラクダがもう一頭やってこない限りは」

 ローゼはロブスターみたいな色になって戻ってきた。その首から上ときたら、まるで強風にあおられたドイツ国旗みたいだった。上のほうでははためく黒い髪と黒いマスカラ、その下にロブスター色の顔、さらにその下には黄色いスカーフ。

 「おや、いい色になったじゃないか、ローセ」カールはそう言って、アサドの隣の椅子を指した。五月の太陽は油断ならない。ローセのような青白い肌には容赦なく照りつける。明日になったら痛いぞ。注目されること間違いなしだ。

 「ええ」ローセは燃えるような頰に手をやった。

 

Img_2168 この三人は、個人としてはバラバラで、それぞれ好き勝手をやっているように描かれている。けれども、そのバラバラに行っていることが、いずれ結びついてきて、集団としてはチームとしては、成果を上げてしまう。このような組織論的な理想状態として、特捜部Qは描かれていると思うのだ。

2017/05/11

青空のもとで、デンマーク・デザイン展

Img_7647 なぜこれほど、わたしが観たいと思っている展覧会が次々に開かれるのか、不思議なのだ。逆に考えれば、みんなが観たいと思っている展覧会に、わたしの趣味が迎合しているということなのかもしれないのだが。けれども、それで訪れる展覧会が他の展覧会よりも空いているのも、もっと不思議なことなのだ。

 

Img_7699 青空の広がる横須賀の海を、貨物船や軍艦が通り過ぎていく。時折、小さな漁船もスピードを上げて横切る。5月の浦賀水道は、行き交う船でまんぱいだ。Img_7719 バスを降りて、真っ青な海を左手に、浦賀へ通じる道を右に横切ると、なだらかな丘の上に横須賀美術館の建物が広がっている。建物の前面には、レストランのテラス席が並んでいて、ランチ後の喫茶を楽しみながら、こちらを見ている客たちが見える。Img_7652 丘には、芝生が敷き詰められており、緑が青空に映える。ときどき、白く見えるまだら模様は、クローバーの花がかなり蔓延っているせいだ。

 

Img_7659_2 今回のデンマーク・デザイン展で特に見たいと思っているのは、もちろん椅子作家たちのデザインだ。ヤコプセンやウェグナーたちのものは、日本では公共の施設などで使われていて、よく目にする。また展示会も以前ここで紹介したように、銀座などのショールームで頻繁に開催されている。Img_7674 今回の最後の展示コーナーには、PPモブラー社の提供のものと思われる、ウェグナーのカウホーンチェア・ザチェア・アームチェアなどの笠木ができる過程を展示していて、どのくらいの原木から最後まで削り込むのかがわかるようになっている。Img_7685 そして、この灰色のカーペットの範囲内であれば、テディベアチェアやサークルチェア、さらにザチェアなどにも、実際に座ってみて、写真も自由にとって良いということだった。やはり、椅子では触感が重要で、お尻が椅子を覚えているということがあるのだ。

 

Photo 日本人の好きな椅子作家として挙げる一人に、デンマーク・デザイン作家のフィン・ユールがいる。部材を細く削って、独特で繊細な曲線を取り入れている、この椅子たちが素晴らしい。ところが、このフィン・ユールの椅子はパーソナルチェアが多いからなのだろうか、公共の場ではあまり見かけない。今回の展示でも、「個人蔵」という椅子が多かった。だから、今回の展覧会では、特別に注目していたのだ。展示室へ入ると、黄色い基調の有名なチーフテンチェアが現代貴族の椅子然と目立っている。後ろ足が三角形で上へ行くほどすぼまって行って、最後に雨だれのような小さな塊で終わっているところなどは、ほんとうに泣かせる。

 

Nv46 けれども、今回の目玉とわたしが目指してきたのは、モデルNV46で、1946年に造られたラウンドチェアだ。このモデルの2年前にモデル44が作られていて、これはおそらく試作という位置付けなのだ。12脚しか造られていないのだそうだ。フィン・ユールの特徴は、モデル44で止まらずに、モデルNV46へ展開したという、この展開そのものにある。おそらく、ウェグナーならば、逆でNV46が試作品で、それから発達させて、44へ行きついたのだろうと思われるのだが、この対比が比類ない面白さをもたらしている。

 

44 もし効率性を考えたら、完成度の高いモデル44を制作するのではないかと、企業であるならば考えたに違いないのだ。こちらの方が部品の数も少ないし、削りに大量生産方式を取り入れやすい構造を持っている。つまり、モデル44では、後脚は二次元で切り出されていて、45度に転ばせて、三次元に見せている。名作椅子の常套手段をかなり忠実に取り入れているのだ。写真で後脚の1本が斜めのこの方向から見て、まっすぐに伸びていることから切り出しは二次元であることがわかる。ところが、NV46では、後脚は完全に三次元で切り出され、なおかつ接合部分の形状は手作業で、手間をかなりかける構造をとっているのだ。これは写真だけ見てもわからない。実際の椅子を見て、触って見ないとわからない部分なのだ。なぜフィン・ユールはモデル44で満足せずに、モデルNV46を制作したのだろうか。それはまさに、このところに象徴的に現れている。機能的であっても、過剰というものがここに出ていることがわかる。フィン・ユールの椅子には、この過剰性が必要だったのだ。

 

Img_7703 先ほどのレストランで、遅ればせのランチを取る。海の青さと空の青さのもとでの食事は格別だ。パスタとピザを妻と二人でそれぞれ取って分けた。

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ピザのチーズは塩味が効いていて、ピリッとしまった昼食となったのだ。


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2017/05/07

はぐくむ工芸ー工芸の五月「子ども椅子展2017」ビデオ

これらの映像は、2017年5月2日から松本市美術館中庭で行われた、工芸の五月「子ども椅子展2017」を写したものである。少しずつ分けて、1〜4番目までの映像を載せた。時間がなかったので、音楽なしの無粋な映像で恐縮だが。この展覧会は、この後5月15日から6月25日まで、松本市中町通りの「グレインノート」へ移して開催される。子どもたちが座ってみることができる参加型の展示会となっている。「座ることが好きだ」という子どもたちが毎年集まってくるのが素晴らしい。主催は松本クラフト推進協会の中にある工芸の五月実行委員会で、松本市美術館が中庭会場などを提供するなどの協力を行なっている。広がりのある活動だと思う。


映像1
映像2
映像3
映像4

2017/05/01

松本市美術館で連休中にヒアリング調査

Img_7529 松本市美術館の中庭で毎年開かれている、「工芸の五月」の催し「子ども椅子展−はぐくむ工芸−」へきている。今日は、明日から開かれる展示、つまりは子ども椅子なのだが、この搬入が行われる。Img_7397_2 そこで、次々訪れる椅子の職人作家の方がたへヒアリングを行おうというのだ。じつは「なぜ椅子を作るのか」という質問を作家たちにぶつけてみようと、グレインノートのS氏が言い出したのに、わたしも乗ってしまったのだ。Img_7405 最後は、書籍になるかもしれないし、わたしの研究に組み込まれることになるかもしれないが、まだ全体像はわからないのだ。

 

Img_7410 今回、25名の方がたが出展していて、この方々の多くが9月に松本市中町通りにある工芸店「グレインノート」での椅子展にも、同じく大人椅子を出展している。今回は、この9月の椅子展の写真をS氏からお借りして、それを見ながら、20名あまりの方がたへ聞いてみようということになっている。Img_7482 それにしても、この写真集には全部で8年間分が詰まっていて、系統を整えて見ていくと、たいへん興味深いものになっている。よく記録が保存されているなと思える貴重な資料だ。Img_7308 ヒアリング調査の方では、最初はしゃべるのはイヤだ、椅子の図を描くなら良いよ、などという作る人特有の意見が聞こえてきたのだが、S氏の存在感ある、熱心で強い説得に、みなさん渋々ながらしゃべり始め、途中からはむしろ意欲的に話してくださったのだ。

 

Img_7313_2 初日には、一人を予定していたのだ、S氏が次々に捕まえてきてくださって、じつに1日で4名の方々のヒアリングをこなしてしまった。Img_7578 10時から始めて、昼食も忘れ、帰りの電車の時間いっぱい頑張ってしまった。これまでのヒアリング調査では、1日に2人くらいが標準であったのだから、かなりのところ許容量をオーバーしたのだ。Img_7468 仕事の進む快感と、対話の面白さとで、身体は疲れたが精神的にはむしろ爽快感が残ったのだった。

 

Img_7474 聴くことは結構疲れるのだが、それはヒアリングでは話の繋がりが重要だからなのだ。Img_7478 関連したことが次から次へ結びつき、その中から有効な問いと答えが生まれてくる。たとえば、椅子の部材を削ることに熱心な方が数人いらっしゃった。なぜ「削り」ということに熱心になるのか、ということを聞いていくのだが、それぞれ理由は異なるのだ。ある方は鉋の使い方に工夫があると言い、ある方は手の感触に特色があると言う。Img_7582 それぞれ話の繋がりが異なっていて、それを問いとして成立させるのには、かなり神経を使うことになるのだ。そして、ここに話の中心があるというところを突き止めなければならない。

 

Img_7480 興味深いところはたくさんあって、書籍になる頃には明らかにしたいと考えているのだが、今回聴いてみて、「椅子の言葉」として定着できることとできないこととがようやくにしてわかってきた感じだ。Img_7473 たとえば、職人技の持っている「暗黙知」の部分はおそらく「椅子の言葉」として聴き取ることはできないかもしれないという予感はあったのだが、じっさいに行ってみると、それ以上だ。

 

Img_7479 経済問題に近いところで取り上げるならば、「手間」という問題がある。仕事にかかる労力と時間のことを言うのだが、とりわけ時間がかかる仕事を指す。けれども、詰まるところ、手仕事で「手間」を省けば良いのかと言うとそういう訳には行かないところが面白いのだ。Img_7409 通常の労働であれば、効率性を問題にするので、手間を最小限にすることを目指す場合が多い。けれども、手仕事の場合には、どこでその職人が付加価値を取るのかが重要なのだ。これは意外なことだったのだが、聴いてみるとなるほどと思った。Img_7404 一番「手間」のかかるところで、その人本来の付加価値が生まれるとのことだ。だから、聴いた方々おしなべて言うのは、肝心なところでは手間を惜しまないということだった。この辺を中心に考えていくと面白いことになるのだ、という感触があって、たいへん楽しかった。


松本市美術館へ通う道は、わたしがこの深志にかつて住んでいて、大手の裏町にあった幼稚園へ歩いて通った道筋だ。とくに、薄川扇状地の地下水が湧き上がる「源池」の源泉近辺の側溝の水は澄んでいて、水の豊富さを感じさせる。この小川みたいな側溝を飛び越える時の感覚が、幼稚園時代そのままにわたしの中に残っていることがわかる。この脇には、通っていた習字教室があり、さらに帰りには数時間見物しても飽きなかった、鉄工所跡があって、鉄を焼き付ける匂いが鼻の中に蘇ってきたのだった。

Img_7518 昔の庄屋の倉庫が「工芸の五月」イベントへ開放されていて、水出しコーヒーの管が展示されていて、コーヒーが抽出されていた。Img_7522 これだけの広さがあれば、書庫にもってこいだ。どなたかわたしにも昔の倉庫を提供してくださる篤志家がいらっしゃらないだろうか。

 

毎日のランチは椅子の人びとと1回、近くの蕎麦屋へ行ったほかは、中町通りの「chiiann」で2回、パスタランチとキッシュランチ。Img_7434 それから、あがたの森公園通りの「栞日」でカレーランチ2回、あとは昼食抜きで、ほぼ1週間美術館へ精勤したのだった。コーヒーは、それぞれの喫茶店で飲んだ他に、いつもの焙煎豆売専門店「ローラ」でインドネシア産の濃厚な珈琲豆を手に入れて、水筒へ淹れてきていた。食事のついでに、chiiannでは、オリジナルの木綿トートバックも購入した。これには、北アルプスとCカステラが描かれていて、きっと何か物語が隠されているのだろう。Img_7448 それから、美術館の帰り道では、コンフィチュールの「シェモモ」ご主人M氏がお子さんの散歩に付き合っていたので、ご挨拶した。じつは会期中に店にも寄ったのだ。Img_7306 今回購入したコンフィチュールは、「レモンとバニラとグレープフルーツ」で、相変わらず多様な果物のバランスが良く、程よい刺激的な味が美味しかったのだ。

 

Img_7268 短く感じた1週間だった。結局、18名の方々のヒアリングを行ったのだった。Hさん、Kさん、Yさん、Mさん、Hさん、Oさん、Tさん、Kさん、Tさん、Kさん、Yさん、Aさん、Yさん、Sさん、Sさん、それから、松本クラフト推進協会のTさん、Kさん、Kさんにもご協力いただいた。ほんとうに感謝申し上げる次第だ。Img_7563 5日目のKさんからは、写真のような惚れ惚れする形の良いカトラリーをいただいた。柿渋の後、エゴマで覆っていて、このような深い色が出ているのだそうだ。

*この「はぐくむ工芸(子ども椅子展)」は、5月15日から6月25日まで、場所を松本市中町通りの「グレインノート」へ移して展示される。また、放送大学授業科目「色と形を探究する」第12回(6月26日20時から)で2016年の子ども椅子展、第14回(7月10日20時から)で2016年の椅子展がそれぞれ、放送大学のテレビ番組として放映される予定である。興味のある方はぜひご覧ください。

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『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。