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2017/04/16

バイオリンのこと

Photo なぜバイオリンを弾き続けることができなかったのか。この想いがときどき蘇ってくる時がある。幼稚園時代から、小学校4年生までバイオリン教室に通っていた。特別な教室ではなく、当時信州の松本市に住んでいて、この松本市にはスズキメソードと呼ばれる世界的な教室チェーンの本部があって、街の近くには必ずバイオリンの教師が一人はいるという珍しい街だったのだ。この街の掟に沿って、木曽の幼稚園時代から引き続き松本の小学校時代にかけて、バイオリンを習っていたのだ。(写真は当時の松本市大手の裏町にあった「松本音楽院」で、スズキメソードのHPに載っていたものだ。1階にはバイオリン教室が並んでいて、2階には幼稚園時代の後半の1年間通ったスズキメソードの幼稚園があった。)

 

Img_7552さて今日は、妻から紹介された小説『櫛挽道守』(木内昇著)を読んでいる。バイオリンの話と関係するような気がしたのだ。こちらは職人技の話である。木曽に伝わる「お六櫛」という、櫛歯が細く、繊細な櫛を挽く職人技があって、この木曽地方独特の職人技継承の物語である。この櫛挽きには特別なキャリアを必要としていて、言葉では表すことのできない、手元を後ろから見て、技を盗むような修行が必要とされる。伝統的な職人技の本質が描かれている。

 

Img_7551 通常の徒弟制の良いところだとあげられるのは、どんなに合わない下手な人でも、ある一定の年季を積めば、途中で投げ出さない限りは、標準的な仕事を覚えて、独り立ちしていけるところにある、といわれる。ところが、職人技の恐ろしいところは、のちのちこの標準的な手仕事キャリアに加えて、それを超える力量が問われる点にある。ここに雇われ職人と、独立職人の違いが現れることになるのだ。この本では、この職人のタイプが書き分けられていて、たいへん興味深い。

 

先日、4月の授業の準備のために統計データを探して、ここ1ヶ月間の日経新聞を渉猟していたら、「龍五」という懐かしい固有名詞が目に飛び込んできた。T大の物理学の先生をなさっているHR氏がご自身の半生を語っている記事であった。ご本人にはこちらの記憶はないかもしれないが、当時スズキメソード本部の裏町でのM教室で、わたしはレッスンを受けていた。ところが、隣のレッスン室から標準をはるかに超える綺麗な音が毎度聞こえてくるのである。その音の主がHR氏であった。

 

ある期間、なぜバイオリンを弾くことを止めたのか、という問いに、このことを理由にあげた時期があった。ほぼ同い年で、近くに素晴らしい音を奏でる少年がいたから、続けてもダメではないかと思ったと答えていたのだ。現在となっては、とんでもない不遜な言い方だったと反省しているのだが、当時の先輩たちの中には、バイオリン弾きの将来を嘱望されていた人びとがたくさんいたのだ。

 

その新聞記事を読むと、HR氏は小学校時代もバイオリンを続け、さらに中学校時代には米国派遣の第1回少年バイオリン隊に選ばれて、米国各地を演奏旅行するまでになったのだ。ところが、このHR氏をしても、高校受験に際して、バイオリン弾きのプロを目指すことを止める決断に至ったらしいのだ。そのときの理由が、まさに「近くに素晴らしい音を奏でる人がいたから止めたのだ」と述べている。当時から、何万人に一人しかプロにはならないことは理解していたのだが、このように生々しい重層化した現実があることは、身を以て経験してみないと最後のところはわからないものだ。ここで、重要なことは、ほんとうのところ「近くに素晴らしい音を奏でる人がいたから止めたのだ」ということではなく、止める理由としてあげるのに、都合が良かったということだ。少なくとも、わたしの場合はそうだった。自分の中で、そろそろ面白くなくなったと感じていたことを表に出すのを恐れていたからだ。

 

けれども、この時点でバイオリンを止めたために、その後聴くことに関しては、ますますバイオリンの音色が好きになったということは確かにあるのだ。もしバイオリン教室に通うことがなかったら、中学校時代に仲間たちと渋谷や文京などのコンサートを夜になっても聴き歩くこともなかっただろうと思われるのだ。いやいやながら続けていたら、ますますバイオリンが嫌いになってしまったことは間違いないと、今では思っている。

 

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。