« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »

2017年2月に作成された投稿

2017/02/16

「パン日和あをや」で5周年ハンバーガーを食べる

P2167054 急に陽気が戻ってきて、今日は2月にしては、気持ちの良い春日和だ。ポカポカしている。原稿作成は午後2時くらいになると限界になるために、早々と店じまいをする。ちょうど、娘から、本を渡すから出てこないかという誘いのメールが入る。松本の喫茶店「栞日」で開かれている展示会の書籍が、娘の勤め先の近くにある書店にあることがわかり、昼休みに購入してもらっていたのだ。アマゾンには出てない本だ。P2167055 『世界をきちんとあじわうための本』という題名で、わたしたちが「ちがいを生むちがい」というベイトソン的生物秩序を、道具を使って、いかに整序し、人とモノとの関係をいかに作り出して行くのか、ということをきちんと味わうことを説いている、たいへん魅力的な本だ。わたしの抱えている課題に参考になりそうなのだ。

 

P2167069 夕方に娘と武蔵小杉で待ち合わせる。ところが、海外旅行のためにパスポートを更新していて、手続きに長くかかったと言って、30分遅れで顔を見せた。南武線鹿島田駅から雑談しながら、塚越銀座の「パン日和あをや」へつく。夕方には、あをやの奥様は、明日のパン仕込みを行うので、わたしたちの注文を聴いてくださったあとは、大忙しのようだ。何回も二階のパンの仕込み部屋との間を往復していた。P2167072 でも、この大忙しの様子は絵本の「クネクネさん」や「ふわふあさん」のようだなと思ったのだ。決してくたびれる種類のものではないように見える。母が子をみるように、パンを育てていて、明日の膨らみを頭に描いて、身体が自然に動いているようだった。

 

P2167060 この時間になると、カウンターにいっぱい並んでいたであろうパンも数えるほどしか残っていない。さて、「パン日和あをや」は5周年記念で、国産牛のハンバーガーを2月特別メニューに加えている。今日の最後に残った、このひとつをようやく確保して、いつものアボカドとクリームチーズのサンドウィッチも頼んで、サツマイモのたっぷりスープ、そしてオーストラリア産白ワインをいただくことにした。

P2167059 厚切りの食パンがサクサクしていたし、牛肉のジュウシーさもさることながら、ハンバーガーのパンもモリモリとして、アメリカのハンバーガー屋さんへきたみたいだった。このころには、ご主人が勤め先から帰ってきて、キリッと前掛けを結んで、すぐにカウンターの中へ入っていった。

 

P2167057 雑談をしていると、なぜか結婚当時の話になって、ご夫婦はわたしより20以上も年が若いのだが、わたしと同じに、29歳でご結婚なさったとのことだった。それで、結婚当時はどんな生活でしたか、と聞くと、これも意外だったのは、運転免許を二人前後して取ったのだという返事だった。仮免の時にすでに車を購入して、免許取得してすぐに、二人で神戸旅行へ行ったそうで、交代で運転して向かったとのことだった。何が意外なのかといえば、車で世界が広がったということを強調なさったことだ。結婚の方がもっと世界を広げたのではないかと推測していたからだ。P2167058たぶん、きっとそうなのだが、表現を抑えたのかもしれない。免許を取るに当たって、購入する車のイメージがあったのだそうだ。フォルクスワーゲンのキッチン車なのだそうだ。これで、今日食べた牛肉ハンバーガーを売ったら、きっと行列のできる店になっていたことだろう。

 

P2167075 娘が以前住んでいた本郷三丁目の話になって、「ハンバーガーの店で美味しい店が本郷三丁目にはあるんですよ」と互い違いにご夫婦それぞれおっしゃったので、その29歳あたりから、ずっと今回の5周年記念ハンバーガーまで、何らかの繋がりがあるのかな、と帰り道に娘と話したのだった。P2167056 さて、原稿を書いているときに散歩で寄るところがあるというのは、考えるだけで、うるるという気持ちになってしまうのだ。もうひと頑張りしよう、という気分にさせてくれる、有難い存在なのだ。


P2167079 修士課程で坂井ゼミを出て、博士課程で横浜市大のKゼミを修了なさった、Kさんから著書『知的障害者雇用において特例子会社に期待される役割』(学術研究出版刊)が送られてきていた。特例子会社に関する文献はまだまだ数少ないので、この分野の研究者の方々へぜひお勧めしたい。

 

2017/02/10

映画「幸せなひとりぼっち」を観る

Photo 最近、ずっと家で原稿を書いている。孤独を満喫していると非難する人もいて、これをかわすのには工夫がいる。本当のところ、家には妻がいるからそうゆうわけではないのだし、家から1歩も出ない日も結構あって、運動不足も重なり、一人で作業を行うことに苦労がないわけではないのだ。さらに、ずっと原稿を書いていると、持病の肩こりが激しくなるという自分からはなかなか離れられないので、これはこれで困っている。以前は、鉛筆やボールペンのせいだと思っていたが、パソコンに向かうようになって、キーボードを打つようになってからも、依然として、肩こりは午後の2時くらいには手から登ってきてしまう。ここで運動習慣のある人ならば、外へ出て、身体を動かせば良いのだけれども、残念ながらその習慣を持っていない。

 

そこで、手と頭だけで作業を行なっている状態から、なるべく全身で「書く」ことを行おうということで、経済学を勉強するものは、アダム・スミスの例を知っている。彼は国富論を書くときに、自宅で口述筆記を行なった。スミスのように、口述筆記人を雇ったり、テープ起こしを依頼したりする余裕は、この研究費が毎年削られているご時世では、到底望むべくもないので、最近はパソコンの音声認識を、肩の凝ったときには試すことにしている。声を出すことで、なんとなく勢いがつくし、頭と手との間が動いているという感覚が良いのだ。もっとも、音声認識ソフトが不完全なので、声に出したことの半分くらいしか認識しないので、原稿への実利はないのだが、運動不足解消ということであれば、許せるというところかもしれない。

 

それでも、映画を見る方が圧倒的に、肩凝りには効くと思う。今回観た映画には、珍しく良い邦題がつけられている。たぶん、原題は「オーヴェという男」というのではないのかな。これよりは、ずっと「幸せなひとりぼっち」という題名の方が良い。この映画を見ていくと、じつは「ひとりぼっち」、すなわち孤独がテーマとは思われないかもしれないのだ。むしろ幸せなのは、周りの仲間との交流にこそある、ということがテーマのように思えてくるような内容の映画なのだ。それにもかかわらず、あえて題名を「幸せなひとりぼっち」とつけたところに、この映画の意味がある。

 

なぜ「ひとりぼっち」が幸福なのか。これがこの映画の一番面白かったところである。主人公のオーヴェは、愛する妻を持っていた良い夫で、綺麗で倫理的なコロニー的共同住宅地の自治会長だったし、40年以上勤めた鉄道マンという日常生活を持っていた。ところが、すべて失い、自らの命を縮める決断をするところから、この物語が始まることになる。妻を失う孤独、自治会長を奪われる孤独、辞職勧告を受ける孤独などが、孤独の原因なのかと映画を見ていく中で、最初はそのように思ってしまうのだ。

 

ところが、この映画がスェーデンで歴代3位のヒットを飛ばし、5人に一人の人が見たという点は、並みの孤独とは異なる孤独が描かれているからだと、思われる。なぜオーヴェは自殺を企て失敗するのか。ここに理由が凝縮して現れているのだ。それは、妻が亡くなり妻から自由になったにもかかわらず、本当の自由をつかんでおらず、妻の思い出から離れられないからであり、また、共同住宅地の面倒を見る義務がなくなったにもかかわらず、共同住宅地に固執しているからであり、さらに親子二代勤めた鉄道局からの自由も、「白シャツ」という官僚主義の抑圧という形で、得られていないからである。つまり、自分からの自由、自分の我執からの自由が得られていないことから、自殺を図っているのだ。何回かの自殺未遂を繰り返す中で、自らの孤独というものの意味が明らかになっていく。

 

「幸せなひとりぼっち」的孤独というのがあるのだと思われる。ふつう、孤独は連帯が得られないから孤独なのだ。ところが、「幸せなひとりぼっち」的孤独というのはそうではなく、描かれた理想的な連帯を持っていた自分というものが得られないようになったから、オーヴェは孤独なのである。ほんとうの孤独ではないのである。孤独になれない孤独なのだ。ところがやがて、ほんとうの孤独に目覚めていき、最後は無事往生を遂げることになる。最初は愛する妻を忘れることができないから、自殺を図ることになるのだが、最後は愛する妻から離れることができたから、無事本来の自分を得て死んでいくことができたのだ。

 

Images1 モンテーニュも「孤独について」で言っている。「孤独なるものの目的とは、ただひとつ、そうすることで、よりゆったりと、気楽に生きることだと思う。けれども、人はその道筋を、かならずしもうまく探せない。仕事から離れたぞと思っていても、それを取り替えただけのことが多いのだ」。それにしても、オーヴェが最初に、妻と列車の中で遭遇する場面は良かったな。こんな思い出があると、なかなか妻の記憶からは逃れられない。

« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »

『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

  • “「貨幣・勤労・代理人」"

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。