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2016/12/12

触感の記憶について

 

Img_5467 五月に見てきた松本市美術館の子ども椅子展で、「座るのが好きなんです」という子どもを連れていた母親がいて、本源的な欲求として「座る」という趣味が存在することを改めて知った。寝ることと、立つことは人間の基本的な本能であることは、よく議論されるが「座ること」もやはり基本的な本能であると言えるのかもしれない。お尻が覚えている本能なのだ。

 

Img_5454 けれども、人間の姿勢の中でも、寝ることと立つことに比べると、動物たちとの対比ということになるのだが、座ることには何となく文化的な匂いがするような気がする。母親が椅子好きだから、また、いろいろな椅子を知っているから、座るという本能が開発されている子どもが存在するようにも思えるのだった。

 

Img_5463 じつは今日、ハンス・J・ウェグナーが北欧デンマークのPPモブラー社でデザインした椅子の展示が行われているというので、横浜から千葉への移動のときに、銀座で途中下車してアンティーク家具屋さんが並んでいる銀座の一角を訪ねた。「ダンスク・ムーベル・ギャラリー」という洒落た小さな展示室で、「クラフトマンシップの真髄」という展覧会だった。単なる見学のわたしにも、親切に解説してくださった。本来は、PPモブラー社の展示即売を目的としたものだっただろうけれども、このような催しは素人にとってありがたい。

 

Img_5469 エレベーターを降りて、展示室に入って、まず目立ったのは、主力とするラウンドチェアである「ザ・チェア」「ブルホーン・チェア」「カウホーン・チェア」だ。三脚並んで展示されていた。最初見たときに、真ん中の「ブルホーン・チェア」を食卓椅子の「エルボー・チェア」と間違えてしまっていて、なぜエルボー・チェアがこんなに大きいのか、質問してしまったのだ。Img_5473 素人のわたしに対して、鼻白む思いだっただろうけれど、顔色ひとつ変えない努力をしつつ応対してくださったのはありがたかった。もしかしたら、「ブルホーン・チェア」は鉄の足の食堂椅子の方をいうのかもしれないが、そうならばこちらは「ブル・チェア」というのだろうか。この角の肘木に特色があるのだ。

 

Img_5465 このような間違いを経て、かえってこの「ブルホーン・チェア」の素晴らしさをじっくりと見ることができたのだ。座ってみるとわかるのだが、食卓椅子と異なって、ラウンドチェア特有のゆったりした座り心地があって、とくに横の余裕が身体の自由度を保っていてちょうど良い。そして、何と言っても、肘木の部分がグッと前まで突き出ていて、同じくウェグナーがデザインした有名なYチェアのような中途半端さはないのだ。Img_5466 特に注目したのは、やはり「後脚」だ。以前にもこの欄でコメントし、さらにテレビ番組の中でも強調したことだが、Yチェアで有名になった、「斜め45度に柱が向いていて、二次元の素材を三次元的に見せる工夫」が施されている。しかも、Yチェアのように、細い木が使われているのでなく、たっぷりとした太い脚となっていて、さらに太い分だけ、木目が美しく現れていて、曲がった木がほんとうに綺麗だ。削りの手間に余念がないのだ。この椅子を見ただけでも、今日来た価値があったといえよう。

 

Img_5464 ザ・チェアは1964年のケネディ・ニクソンの大統領選挙時のテレビ討論のときに座っていた椅子で、その写真が有名である。わたしもテキストに取り上げさせてもらったくらいだ。脚に抜きを入れないでも、この堂々とした椅子のバランスを保っているという、北欧デザインの中核的な考え方が含まれている。

 

Img_5453 もちろん、他のウェグナー・デザインの事務椅子や食卓椅子も十分に素晴らしいのであるのだが、それにも増して存在感があるのだ。この三脚を一度に比較して座ることができたのはたいへんな収穫であった。さらに奥の部屋には、ウェグナーのデザインしたテーブルが置かれていて、Img_5455 その前には、独身者用の椅子として名を成した「バレット・チェア」が置かれていた。楽器のような、木の削りと組み合わせの精巧さを見せていて、その曲線に沿って思わず触って撫でて、それからそっと座ってしまったのだった。Img_5461 Img_5457

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。