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2016年10月に作成された投稿

2016/10/28

神戸で散策

Img_4720 神戸の中心部でランチを食べ、そして山の上でイタリアン料理という食べ物中心の散策をした。今回の旅行は食べること自体が目的だったので、それ以外については、何も計画を持っていなかった。Img_4743 「ポンペイの壁画」展を東京で見逃していたので、これを県立美術館へ行って見るという選択もあったが、結局は神戸の街自体を楽しみたいという方に軍配が上がった。

ゆっくりと、バスで三ノ宮へ出る。いつもより多目にとった朝食の、お腹がこなれた時間になったので、駅から徒歩でなだらかな坂道を辿って、昨日は断念したパンのフロインドリーブへ行く。Img_4744_2 昔の教会の建物が店になっているので、ゆったりとした広い造りだ。窓の金具などは壊れているのだが、おそらく重要文化財なのだろう。安易には直せないというような、別の金具がつけられていた。古い建物を尊重するのは良いことだと思う。われわれ観光客が街の方へはみ出すことがないほど、スペースはたっぷりしているのだが、ひとたび建物の中に入ると、昨年と同様に、客が椅子に腰掛けてランチの順番を待っている。多くは女性のカップルか、同窓生観光の集団で、それに家族連れが加わる。Img_4810 したがって、客のほとんどは女性客で、男性は数えるほどしかいない。パンをランチで、という発想自体が女性向けなのだろうか。建物の中の待合椅子はせいぜい20脚くらいなので、もし団体客などが来たら、外のベンチや庭のテラス席が総動員されるのだろう。

Img_4748 ほどなく、席に通された。今日はランチメニューと決めていたので、選ぶ楽しみはスキップした。きのこのスープは香りを運んできたし、程よく切られた今日の特製サンドイッチはちょうどかぶりつきやすかった。Img_4758_2 ローストポークハムとチェダーチーズのサンドイッチだ。中に挟まれたピクルスも効いている。それにコーヒーとデザートが付いている。こんな時に何なんだが、じつはこのような時に妻と話す会話は、ほとんど覚えていない。Img_4770 会話自体を楽しんでいるので、内容や目的は存在しない。でも、会話の内容はいつもの家の中とは何か違うのだ。周りの雰囲気の影響を受けて、サードプレイス的な会話をしているのではないだろうか。改めて、妻と社交というわけではないのだが、おそらく社交を楽しむというのは、このようなことなのだろうと思うのだ。時間を気にしないで、何気ない会話に終始しているのだ。

Img_4777 午後には天気が崩れるという予報が出ていたので、早々に摩耶山ケーブルを目指す。やはり、途中からかなりの霧が煙ってきて、ロープウェイに乗る頃には、霧雨から冷たい本格的な雨に変わっていた。Img_4784_2 山の中腹にある待合室を兼ねた展示室に、映画「デスノート」の写真展が展開されていたので、ケーブルとロープウェイの間の待合時間に読んでいると、この近くにかつて建たっていた摩耶観光ホテルがこの映画のロケで使われたらしい。現在では、まったくの廃墟となっていて、ロープウェイから見ても、奇々怪々の雰囲気を持っていて、この建物の内部を見るだけでも、この映画を見たいと思わせるような建物だった。Img_4805_2 途中、まだまだ、阪神間の眺望はかなり効いたのだが、ロープウェイの終点に着くころには、10メートル先の視界も望めないほどになっていた。標高は、682メートルあるということで、先ほどまで、淡路島の標高0メートルのところにいたのだが、一気に700メートル弱を登ったことになる。

Img_4827 客を待っていた山頂のバスが、わたしたちが乗らないことを確認して、空のままで運転手がアクセルを踏んで出発していった。 道なりのなるべく濡れていない車道を選んで、宿に着いた。Img_4832_2 そして、夕食を少し遅めに設定して、お湯に入って、寒くなって冷えた身体を温めたのだ。今日の夕飯は、これも昨年来ているので、ゆったりと時間を過ごしての夕食となった。Img_4848 今回も、定評あるイタリアン料理を堪能する。年を取っているのでハーフコースにしたのだが、それでもお腹いっぱいになってしまった。フォアグラから魚料理、牛肉料理までが続いた。Img_4877 外は吹雪いたような、横なぐりの雨で、テラスのガラス戸が煙った雨で揺らされるのを見ながらの食事であった。Img_4881Img_4891 Img_4896 Img_4885 Img_4893 この窓からは、いわゆる1千万ドルの夜景が見えることになっているのだが、視界はまったくない状態だ。

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いつもはそういうことはないのであるが、夜中に目が覚めて、テラスから外を眺めると、なんと雨が上がって、神戸の夜景が浮かび上がっていた。先ほどの激しい雨はどこへ行ってしまったのだろうか。当たり前ではあるが、山岳の変わりやすい天候が夜中にもあるのだ。Img_4977Img_4979Img_4986 いま、都市経済の原稿を抱えているのだが、この夜景の映すイメージはこれまで読んできた文献を凌駕する。都市経済そのものだなと感じたのだ。寝るのも忘れて、ずっと窓際で、この初期カンディンスキー的夜景を眺め続けた。この抽象的な光の重なりの下には、どれほどの具体的な人間の活動がさらに重層しているのだろうか。

結局のところ、その後朝湯に入り、朝食を食べ、六甲山周りのバスに乗って、神戸の街の散策へ戻ってきたのだった。ここで妻と別れて、妻は買い物、わたしは珈琲店巡りとなった。Img_5004_2 今回目的とした喫茶店は、元町近くのトアロードにある「樽珈屋」だ。現在は挽き豆専門店になってしまったが、かつては喫茶店も営業していて、その頃から神戸へ来るたびにいくのだが、タイミングが悪く、いつも閉まっていた。Img_5018 今回、ようやく豆を買うことができた。土産もここの豆にした。バリエーションは豊富なので、次にも色々と試したいと思わせる味の豆がありそうだ。Img_5035 今回は、軽めのスッキリ味のブレンドを二袋購入した。ふつう、スッキリした味のものは、焙煎を浅くして、酸味系のものを入れてあるのだが、ここのスッキリ味は酸味系でスッキリというよりは、他の豆(どこの豆なのかはわからないが)の影響でスッキリ味としていて、特有の味がして楽しかった。

Img_5043 道を挟んで、反対側を見ると、そこには雑貨書店のチェーンであるビレッジ・ヴァンガードが店を出していて、神戸まで来て、ここで入るのかとも思ったが、変わった本が時々置かれているし、楽しい音楽もかかっており、最近の若者の雑貨志向も知ることができるので、やはり入ったのだった。Img_5041 そして、たくさん立ち読みしてしまった。たとえば、小出版社から出て、注文しにくい本であるル・コルビュジエの『小さな家』などが並べられていた。建築家が両親のために、一部屋だけの小屋を作ったのだ。このような小屋に本を並べて、木陰で暮らしたいという、わたしの欲望を刺激したのだった。Img_5047 表に出ると、子供達が商店街のハロウィーンの催しで行儀よく列をなしていて、店主たちがサービスで、訪ねて来る子供達へキャンディを振舞っていた。このようなお祭りには抗しがたいものがある。

Img_5055 さらに、三つの店を回った。元町の駅前から1本入った商店街の中くらいに、ドアが建物にぽんとついていて、何屋さんなのか、通りすがりの人にはわからない店がある。これが二軒目のお目当の珈琲焙煎専門店「グリーンズ」だ。クラフト・コーヒーと包み紙に記されていた。クラフト・コーヒーという言い方はありそうなのだが、これまでお目にかかったことがなかった。ドアを開けて、奥で焙煎機と格闘しているご主人を見れば、なるほど「クラフト」なのかもしれないと思うのだった。どちらかというと苦味系の豆が多い。

Img_5054 三軒目は、いつもここへ来ると寄る店「エビアン」だ。ここのブレンドは、複雑な味がするので、飽きることがない味を出していると思う。1日1回は寄りたいと思わせる味なのだ。Img_5057 袋から豆を出して眺めていると、深煎りの黒い豆や浅煎りの薄茶色の豆や中ぐらいの豆などが見るからに複雑な色模様を照らしているのがわかる。味もこの通りなのだ。Img_5063 この豆を職場のカンファレンス室へ持って行こうと思う。今度のコース会議のコーヒーに出してもらうことができるかもしれない。

そして、最後はエビアンの入っている隣ビルの地下にある、ジャズ喫茶の「ジャムジャム」だ。Img_5065_2 小腹がすいてきたので、名物シフォンケーキとコーヒーを頼んだ。

Img_5069_2 ここは聴く専門の席と、話すことのできる席とが中央で分かれている。けれども、今日のところは途中から話す人々が多く入ってきて、ジャズに耳を傾ける方は劣勢だった。Img_5072 この店では、数時間いると、必ずかかるのがモダンジャズ・カルテットで、今日も最後の最後に「サテンドール」がかかって、今日の締めとした。Img_5073 それで、妻との待ち合わせの「大丸」トアロード口へ急いだのだった。

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2016/10/27

夜行バスで関西観光

Img_4604 忙しい合間をぬっての観光ほど、楽しいものはない。まるで、夢を見たような数日なのだ。難題の書かれた注文票が目の前に何枚も並べ立てられてたのが、急に取り払われて秋の快晴青空がずっと見渡すかぎり広がっていったという気分にしてくれる。数日後に卒論の締め切りが迫ってきていて、このところ連日、学生からの草稿が届いていた。今日までに届いたものは、ようやく夕方までに返事を出した。Img_4610 もう一人いらっしゃるが、直前にメールが来て、送付が来週になりそうだというので、身軽になった気持ちで旅に出たのだ。卒論にとって、最後の1ヶ月は重要な熟成の期間なのだ。じっくりと攻めていただきたいという思いがある。今年の卒論生は優秀で、ほぼ全員が1ヶ月前までにほぼ8~9割の完成原稿を送ってきていた。わたしにとっても、余裕のある季節となった。

Img_4589 夜行バスでの関西観光という強行軍を、妻が提案してきたときには、ほんとうに体力がもつのかわからなかった。閉所恐怖症ということはないのだが、ふつうに狭いところはダメだ。そして、このところの夜なべが続いていることもあり、さらに、昔から夜行列車が苦手だったということもあった。大学生の頃には、京都にいた友人のS氏を訪ねた帰りは、お金もなかったので、鈍行の夜行列車に乗ったのだ。Img_4591 ところが、寝台車と違って、普通席でしかも満席状態だった。覚えているのだが、長い列車の先頭車両の、しかも一番前の席だった。うつらうつらした後は眠れずに、デッキに出て、時間を潰したのを覚えている。

Img_4587 そんなこともあって、夜行バスで寝ることができるのか、という心配があったのだが、いざ乗ってしまうと、溜まっていた疲れのせいか、座席を倒して、あっさりと寝込んでしまったのだった。気がつくと、すでに京都、そして大阪で、早々に神戸の三ノ宮へ着いたのだった。骨は軋んでいたけれど、気分は爽快だった。Img_4609 昨年と同様に、さっそくパンのフロインドリーブで朝食を、と考えたのだが、残念ながら10時始まりなので、まだだいぶ時間がある。そこで、北野の入り口にある老舗の西村珈琲本店でモーニングセットを頼むことにする。ここなら、8時から開いていて、中が3階まであって、広くて、ゆったりとできる。

Img_4598 今日は直行で、淡路島へ行ってしまおう、ということにして、淡路島行きの高速バスを探すが、路線が3~4路線あって、競合しているし、三ノ宮の駅前のバス会社の位置がなかなかわからない。出発時間が迫ってきてから勘が鋭くなって、乗り場のビルをようやく見つけ、切符を買うのもそこそこにバスへ乗り込んだ。予定のない旅行の面白いところだ。関西だといっても、日本語なのでよく聞けば、理解できるのだが、年をとるに従って、聞く能力が衰えてきているのだろうか。右と左を間違える。Img_4634 妻の得意技が病的に移ってくるのを感じるのだ。バスが淡路島へ渡ってからが、かなり距離があり、いろいろなバス停をたどって、ようやくにして、「陸の港西淡」へ着く。時間がたっぷりあったので、周りを散策して、この辺唯一のショッピングセンターを見つけた。何を思ったのか、ここのビュフェで残した仕事を広げてしまった。仕事中毒も極まっているのを自覚する。

Img_4640 数時間後、宿へ電話をして、迎えに来てもらう。数分で着く距離かと思ったら、淡路島の一つの町村を横断するくらいの距離があり、運転手さんの説明を聞きながら、農村風景を楽しむことができた。今回はグルメ旅行という位置付けをしていた。中でも、今回の宿の「玉葱フォンデュの鯛しゃぶしゃぶ」という料理に執着しているのだ。この玉葱フォンデュとはいかなるものか、というのが、頭で考えてもなかなかイメージ出来なかった。Img_4652 だからこそ、味を体験したいという好奇心が湧いたのだった。玉葱は淡路島の特産物で、甘い果肉に特徴があるのだそうだ。車窓の両側に二毛作の田畑が広がり、ちょうど稲が終わって、玉葱が植えられ、いつも5月ごろに収穫が見られるのだそうだ。農家の話になって、特産品があっても、やはり後継者がいないので、生産性の良い畑もどんどん減っているのだそうだ。

Img_4653 宿に着くと、運転手さんが日の入りが綺麗ですよ、と海岸沿いの散歩コースを教えてくれた。道なりに坂を下って行くと、坂の下でちょうど日の入り時刻となった。瀬戸内海の向こうの島の間に日が沈んでいった。Img_4648 空は快晴だったのだが、日の入り近辺だけに雲が出ていて、複雑な模様を写していた。瀬戸内海は、波が静かで、潮の香りがほとんどしないという特色があるのだが、この海岸もその例にもれなかった。湖のような、波を聞きながら、世間の音を後ろへ追いやって、旅の音に耳を傾けたのだった。

Img_4680 さて、問題は「玉葱フォンデュの鯛しゃぶしゃぶ」なのだ。フォンデュはこんな感じで、言葉に表すことはできないのだが、チーズフォンデュと似ていないことはない。けれども、このスープをそのまま見た限りでは、チーズフォンデュとはまったく別物だ。Img_4687 鍋いっぱいに、半固形で濃厚そうな玉葱を摺ったスープが入っている。これを温めて、横の用意された贅沢な鯛の刺身でしゃぶしゃぶするのだ。スープだけでも美味しいのだが、しゃぶしゃぶにするともっと美味しいのだ。数年に一回は味わいたい料理である。Img_4685 これだけで、満足してしまった。いかにも味は美味しいのだが、目にも贅沢な料理だ。グルメ料理の要素である見せびらかしの要素を兼ね備えていて、素晴らしい。さらに、料理はこの後、鯛の姿焼きやあら煮、鯛の釜飯など、鯛づくしの楽しい献立が目白押しだった。Img_4696 それから、目にも良いという点では、意外にも、鯛の刺身についていた、淡路島の今朝採れた「レタスのしゃぶしゃぶ」が玉葱に合っていて旨いし、グリーンの色具合がよかったのだ。

Img_4704 この宿の料理の出し方がちょっと変わっていた。ふつう、料理は部屋ごとに、仲居さんが専門に張り付いて、同じ人が次から次へと料理を運んでくる。部屋付き仲居制なのだが、この宿は違っていて、料理付き仲居制をとっていた。Img_4702 料理によって、運んでくる仲居さんが異なるのだ。一つの料理に専門に一人の仲居さんがつくやり方なのだ。想像されるのは、この宿の料理では、それぞれの料理ごとに仲居さんが専門に行う作業が特別なのだと思われる。Img_4708 接客を中心とするサービスではなく、料理のためのサービスを中心にしている仲居制度を取っているものと思われる。それが証拠に、「玉葱フォンデュの鯛しゃぶしゃぶ」付きの仲居さんは、板場には入れないのだがと注釈を入れながらも、客に板さんが説明するときの口上を覚えていて、「玉葱フォンデュの鯛しゃぶしゃぶ」の説明に詳しかった。Img_4711 「玉葱フォンデュの鯛しゃぶしゃぶ」は仲居制度まで変えてしまうほどの料理なのだ。「玉葱フォンデュの鯛しゃぶしゃぶ」恐るべし。

Img_4715 もう一つこの宿の取り柄があって、それは鳴門大橋を見ながらの露天風呂だ。180度の視界が広がる中での入浴なのだ。泉質はアルカリイオンが含まれていて、肌がヌルヌルしてくる性質があり、身体中のシミそばかすが溶けていくような感覚がある。Img_4624 目をつぶって、瀬戸内海の空気を感じながら、頭を浴槽のヘリに預け、身体を温泉に浮かせていると、夢の中と間違えるほどだった。H県から来た農業委員会の方と一緒になったのだが、瀬戸内海を渡ってくる価値があるのだそうだ。栄養を取って、英気を養う旅となったのだ。Img_4690

2016/10/20

話し合うこと

話し合うこと

話し合いはきっと

話し合うためにあるのだ

酸っぱいりんごが口に入ってきて

味が後までずっと残るように

後悔しないためにも

話し合いの対立は後々までの協調に

きっかりと刻まれたほうがよいのだ

どうしてこうなったのかね

エレベーターにつながる地下通路で

話しかけられた

話し合いの問題は最初見えなかった

見えなくて当然だった

そして、静かに静かに、

それらは始まったのだった

急激に対立が高まる予感はあった

テーマの中に内在していた

けれど、誰もがその裂け目を

発見する機会を見ているとは

思えなかったのだ

一番先にそのことに気づいたのは

ほんとうのところ、誰でもなかったのだった

でも、その裂け目がみんなを

呼び込んだことは確かだ

葉脈がすべての筋を結びつけているように

葉のすべてを覆っているかのように見えたとしても

葉脈がどのような作用を及ぼしているのかが

わからなかっただけだ

そしてただ発見すべき問題が

存在するとは思わなかったのだった

裂け目は葉脈に沿って現れたのではなく、

これを切り裂いて表に出てきたのだった

きっと大丈夫ですよ、と

話し合いを聞いていたミューズはささやく

明るい廊下には陽が差し込んで

温室のような気分がよみがえってくる

さっきまでの凍りつく会議場とは

正反対だ

さっきはどうもと

通り過ぎる友人もいる

最終決定寸前になって

意見を変えてくれた友人もいる

次の決定まで付き合うよ

と言ってくれる友人もいる

どうしてこうなったのかね

という言葉が最後まで残る

話し合いはきっと

話し合うためだけにあるのだ

酸っぱいりんごが口に入ってきて

味が後までずっと残るように

2016/10/16

編むということ(クラフト・ピクニックにて)

編むということ

編むのは、人の手だけれど

編まれるのは、糸や縄だ

そして、編みこまれるのは人びとのイメージ

クラフト・ピクニックで

座編みを教わることになった

都会で育った柔な手に荒い縄が操れるのだろうか

と思いながら、駅から走って会場へ向かった

去年は木製の椅子を作った

今年は座編みの椅子を作ることになった

先生のY氏は自然の荒々しさを

椅子のイメージに持ち込む人だ

憧れの荒々しさを取り込もうと、

今日も座編みテントには人がいっぱいだ

編むのは力だと考えると不幸だ

編むのは優しさだと考えると幸せだ

たわみは簡単に修正できるのだから、

編み方は多様で荒々しくて良いのだ

編むのは、人の手だけれど

編まれるのは、糸や縄だ

そして、編みこまれるのは人びとのイメージ

男は締めすぎて、座面を硬くしてしまう

女は柔らかすぎて、座面を凸凹にしてしまう

編むことは個人ごとに、異なって良いのだ

一列編むと、一列だけ個性が出るものなのだ

隣で編んだ男性は生まれながら

器用な人だった

東京で喫茶店をやっていたが、

松本へ移って、店を開くのだ

革の鞄が素敵で、これも自分で造ったのだ

縦に一列編んで、横に二列編む

縦に一列編んで、横に一列編む

縦に一列編んで、横に二列編む

縦に一列編んで、横に一列編む

手順が交錯して、イメージを混乱させる

編むのは、人の手だけれど

編まれるのは、糸や縄だ

結局、編みこまれるのは人びとのイメージ

真剣に編んだ人には、綺麗な網目が

よそ見して編んだ人には、不揃いの網目が

座る凹みがまっすぐに揃ってないのは素人だ

日頃使ってない手が

明日になるとこうなりますよ、と

Y氏の奥様が仕草を示し

たしかに、こうなった

Y氏の手のひらが日差しに暖かい

赤みを帯びてすべすべしている

職人の手はごつごつして当たり前だと

思うとそれは間違いだ

編むことは手仕事だ

手仕事は人びとの血液を還流させるのだ

編むことは紐の問題だと

思うとそれは間違いだ

編む手と編む手の交錯の問題なのだ

編むのは、人の手だけれど

編まれるのは、糸や縄だ

そして、編みこまれるのは人びとのイメージ

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2016/10/15

まつもとクラフト・ピクニックへ行く

Img_5100 朝、横浜を出て、新宿へ向かう。あずさ5号へ乗って、松本へ。このところ、卒論や修論の仕上げの季節を迎えて、連日次々と、草稿が届く。旅行に仕事を持ってくるのは、止めたいので、どうしても徹夜に近い作業を前日に行ってしまうことになる。加えて、「社会経営ジャーナル」の編集も少しずつだが行い始めているのだ。だから、朝の眠気を覚ますために、特別あつらえの珈琲をポットに用意しての旅行となった。Img_4462 この負荷が激しかったらしく、途中から目が充血していたらしい。そうとは知らず、あずさ号の中では、推理小説に集中してしまったのだ。目に良いわけがない。本人にだけ目の充血はわからないのだ。

Img_4255 松本へ着くと、さわやかな青空が広がっていた。クラフト・ピクニック日和だ。駅の観光案内で、ピクニックの出展者リストをもらい、その足で中町通りの「グレインノート」へ挨拶に行く。奥様と話をしていたら、目の前の棚にある田中一光氏の陶器を手にとって、コーヒー茶碗の色を確かめている女性客がいらっしゃった。この仕草は、実はわたしもこの店に来るたびに行う動作なので、同じ趣向の方がいるな、と思ったのだ。Img_4256 たっぷりした藍色のカップが定番として、いつもは棚に飾られているのだが、ここ半年ほどは、田中氏の体調が悪いということで、出品されていない。それで、黒色のカップが並んでいるのだが、色が紛らわしいので、つい手にとって確かめてしまう。

Img_4260 なぜ同じ趣向の人がいるのだろうと思うのだ。これまで、それは趣味の問題だということにして、このような感性の問題にはなるべく関わらないようにしてきたのだが、同じように好きだ、という感性は、考えてみるまでもなく、改めて不思議な現象なのだ。何らかの「同調」が、境遇の異なる人の中で、同じく起こっているという現実が存在するのだ。

Img_4259 昨年よりも、遅い電車だったので、今年はまずは腹拵えをしてから、ピクニック会場へ向かうことにする。喫茶店「chiian」を考えたが、夕方まで少しあるので、少しお腹にたまるものをと考えて、ブック&カフェの「栞日」へ向かう。ピクニックの行き帰りに寄る客が多く、外国からの女性客もいた。ご主人から、先日早稲田のO先生のブログを読んだ女性の方がいらっしゃいましたよ、と告げられる。Img_4320 栞日は、地域雑誌を中心に置いていて、ローカルな雰囲気を大事にしているが、だからこそ、ユニバーサルに受ける何ものかを持っている喫茶店だと思っている。このようなところに特色が現れるのだろう。O先生の卒業生が一人できても、旅の途中できっと休まるものを得られる場所なのだ。

Img_4263 9月に伺った「グレインノート椅子展」の作家のO氏、S氏、T氏、H氏がこのクラフト・ピクニックで出店しているので、それぞれ挨拶へ行く。とりわけ、今回は目的があった。来年わたしが出す本の中でO氏と、石の彫刻家のI氏に登場していただいているので、実名を使って良いかの許可を得たいと思ったのだ。プリントを見せて、いいですよ、と言っていただけた。

Img_4335_2 クラフト・ピクニックの特徴は、子ども世代の参加が多いところだ。もちろん、木工のグライダーや、木の汽車のおもちゃや、積み木などは、子どもに人気があるのはわかるのだが、本格的な椅子造りや、樽造りなどにも参加してきて、木の感触を楽しんでいるのが印象的なのだ。Img_4266 一年に一回のほんのちょっとしたことが、木工作家に結びつくかもしれないのだ。松本はバイオリン教室の多いことでも有名だが、わたしの経験からして、1万人に一人でも教室の最後に残り、さらに数万人の一人がようやくにしてプロを目指すことになるということから考えると、Img_4319 木工の場合にも、子どもの頃から親しんでも、この中から一人でも、木工を目指したいという子どもが出てきたら、それはそれで良いことだと思われるのだった。イベントの中で、徳島の樽職人が来ていて、木槌を持って、一緒に樽のタガを嵌める作業を行っていた少年・少女のたくましさに感動した。

Img_4307 今年も池の端に、M氏のコンフィチュールの店を出していたので、予約を入れる。そばへ寄って行っただけで、フルーツの甘い香りが誘う。これに誘われて、人間だけでなく、ミツバチやアシナガバチなども、寄って来るそうだ。今年は、どれにしようかな、葡萄は季節のものだから入れるとして、もう一つ酸味の強いのを入れると美味しくなるらしい。Img_4439 ところが、M氏によればコンフィチュールにはそのような倫理観はまったくないのだそうで、好みのものを選ぶように客に勧めていた。それで、松本にいた小学校時代に、友人の豆腐屋さんの店先にたわわになっていたイチジクを思い出し、Img_4445 これに決めたのだ。それぞれ生でちょっと味わっておき、いつものようにスケールに鍋を置き、まずイチジク70グラム、そして葡萄を130グラムくらい、砂糖を4分の1位に軽く止めて、泡がちょっと粘性を持つくらいに煮込む。Img_4441 この止めどきが勝負らしい。見事な出来上がりだ。昨年もそうだったが、作っていると、必ず観客ができてくる。そして、ちょっと一緒に味わうと、自分もやってみたくなるのだ。Img_4454 わたしの次には、この白いシャツの女性が挑戦することになった。

Img_4447 木工のS氏と、北欧の推理小説について話している時に、目の充血を指摘された。朝から、さらに進んで、横一列にさっと血走った眼になっていたのだった。それで、今日はこれにて退却ということにして、ピクニックの会場を離れ、懐かしい地元の源池小学校に立ち寄り、家路に着いた。Img_4453

2016/10/11

青山のグルニエと編集者パーキンズ

Img_1565 かねてより約束のあった原稿提出の日だ。出版社のT氏と青山で会うことにしていた。久しぶりに東横線に乗って、渋谷を経由して、半蔵門線で表参道へ出る。大学院生時代には渋谷に住んでいたし、青山には友人もいたし、さらに英国トラッドのレコード屋さんがあったので、比較的よく表参道へは出ていた。それで、飲んだ後には喫茶店へ入ることが多かった。

Img_1567 けれども、今日待ち合わせている喫茶店「レジェ・グルニエ」には、よく前を通っていたにもかかわらず、看板がないため目立たず、入ったことがなかった。以前集中講義を行っていたとき、甲府にある喫茶店のご主人から聞いてようやく知った喫茶店だ。1972年設立とのことで、凝った白かべの内装はタバコのヤニで貫禄が出ており、さらに組み木の梁なども黒光りして、素敵だ。

Img_1564 先日、NHKで石津謙介のVAN物語を描いていて、青山を中心とした街の一時代がわかった。それから、かなりの変遷があり、わたしの学生時代からもさらに青山は変貌を遂げていると思われる。この喫茶店の横丁は、雑多な店が並んでいるところが良いのだが、次第に小綺麗なショールームが多くなりつつある。

Img_1563 喫茶店の一番奥のテラスに面した特等席が空いていた。チョコレートケーキとブレンドを頼んだ。ほどなくT氏が現れたが、現在来年まで10冊ほどの編集を抱えていて、忙しそうである。これまで、2度ほど他の喫茶店を巡りながら、話を聞いてもらっているのだが、いつも空みやげ話ばっかりだったので、ようやくドンと原稿を渡すことができて、約束を果たせた。T氏の奥様が農業関係に関わっているとのことで、衰退産業というのか、希望産業というのか、いずれにしろ生産性の低い産業の雑談話に花を咲かせた。

Img_1569 原稿を出したその足で、銀座に出た。映画を見ようということだが、まずは腹ごしらえということで、映画の前の小腹が空いた時に入るのが、この近辺であれば、この店「吉祥」だ。ここの「鶏だしソバ」というラーメンが美味しい。鶏の出汁なので、薄味風に見えるのだが、塩はしっかり効いている。お腹がいっぱいになってしまうと、眠気が出るので、この程度で満たしていくのが良いのだ。

Img_1572 映画「ベストセラー(原題:Genius)」を観る。コリン・ファースが編集者パーキンズを演じていて、抑え目な人格の編集者役をうまくこなしていた。じつはこの映画は、1980年代に日本で翻訳され出版されていた本が原作となっている。当時、すでにこの本を読んでいて、たいへん面白かった印象を持っていた。その後、ニューヨークへ資料収集に行った時も、この本の舞台となった出版社であるスクリュブナー社へも訪れたような気がする。本を読んだ時には、パーキンズが育てたベストセラー作家トム・ウルフが、毎日手書き原稿を書き、夕方にはタイピストに渡し、次の日にはまた手書きする、という流行作家の場面に感激した。日本でも、まだワープロは今日ほど普及しておらず、タイプライターというものの役割が絶大だった時代なのだ。

映画の中でも、トム・ウルフが手書き原稿を木箱いっぱいに持ち込んで、それを端から数人のタイピストが活字原稿にしていく様子が描かれていた。おそらく昔であれば、これはかなり感動的なシーンのはずだ。今日のように、ワープロ・コンピュータの時代であれば、みんな自分で入力するのが当たり前なのだが、それによって消えてしまったタイピストという職業と、それから手書き原稿へのロマンが懐かしい。今日でもワープロを使わない作家は存在するが、わたしが本を読んだ八十年代でも、まだまだ原稿の清書業が成り立っていたように思う。だから、この40年間の間に感動のシーンがかなり変わってしまったのだ。

この時代というのは、編集者という役割が重要となった時代と言って良いのではないか。つまり、前の時代にディケンズのような作家という職業ができて、まずは小説家・生産者からの「小説という世界」が生まれたのだといえる。次に、そこに読者の世界が存在しなければ、小説家も存在しないことになるから、読者の側の「小説という世界」が広がるのだ。そして最後には、この小説家と読者を結びつける、編集者という役割が重要になったのだ。編集者パーキンズを見ていると、この時代にそれが起こったのだと思わせるものがあるのだ。うろ覚えで申し訳ないのだが、確か本の中では、このパーキンズが編集者向けの講座を持っていた描写があったような気がする。つまり、教育が始まるという事態が起これば、それは社会現象として、認められたということだろう。

2016/10/01

比較地域研究会が開催された

Img_1475 東京文京で、比較地域研究会が開かれた。第13回目である。今回じつは早めに来たのだが、それはI氏が発表することになっていたからだ。発表のレジュメをコピーしたいということだった。I氏はIT産業に勤めていて、定年後技能を活かして、タイ国へ仕事で行っていたのだ。けれども、日本へ戻ってきたばかりなので、コピーを行うところがないのだ。Img_1484 この問題は、放送大学のように定年後の学生が多い大学では、結構深刻な問題だ。発表の場としての大学はあるのだが、研究の場、とりわけ作業場というものが限られてくるという難点がある。学習センターへ出てくれば、何とかコピー作業が確保可能だというので、わたしも早く来て対応したのだった。

Img_1481 I氏はタイにおける先端プロジェクトの共同研究のあり方についての発表を行った。革新というものには、応用・維持タイプと、発見・創造タイプとあるのだが、I氏によれば、後者のタイプほど、周辺的なところで開発が進むのだという説で、タイ国での事例がたいへん興味深いものだった。次の氏は、雇用制度について法意識という観点から見てみようということだった。いつもの論調を少し異なる観点から見てみようということで、今後に期待したいと思わせるものだった。最後のO氏は、近年の日本経済を需要サイドから見てみようという発表だった。多くの経済論者が供給サイドに問題があるのではないかという主張している中で、あえて需要サイドにこだわることで特徴を見出していた。需要の中でもとりわけ投資需要が注目点であった。

Img_1483 議論はいつも尽きなくて、みんな熱戦を繰り広げて、感情を高ぶらせて議論するので、カタルシスが一気に浄化されていくのを感ずる。他の人々が見ていたら、喧嘩をしているのではと見られてしまう場面だが、教室で行われることに意味があるのだ。やはり議論の場合には、真剣な真面目さというものが大切な場面があるのだと思われる。

Img_1485 懇親会は、珍しくイタリアン料理の店で行われた。ワインを始めとする飲み物の全てが飲み放題で、赤白ワイン1.5リットルのボトルが出てきたので、十分に楽しめたのだ。今日の懇親会では、前回出席のGさんが飛び入りで入ってきて、議論を盛り上げていた。話していたら、ようやく議論が見えてきて、Gさんは環境論のO先生のところで、二年前に卒業研究を仕上げ、その後の発表会での報告をわたしも聞いていた方だったのだ。蒲田にある呑川をテーマにして、詳細な環境特性を明らかにした論文を書いた方で、印象に残っていたのだった。それで、今日の議論の参加者たちも、今度はこの呑川問題について、みんなで議論を始めたのだった。都市型の河川という特徴を多く持っているというタイプが明らかになるにつれて、第2論文を書くべきだとGさんはみんなに励まされていたのだった。Img_1486 このような他の人の議論をすぐに引き受けて、自分のことのように議論に加わってくるところが、放送大学生の経験知を活かせる、良いところだと思われる。今年から、幹事になる方がH氏に加えて、新たに3名の方が名乗りを上げ、スムーズな運営への足がかりを築いたといえよう。今後の益々の発展を望みたい。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。