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2016/09/11

遠くから来た人

遠くから来た人

昭和二十年代後半

池袋の木造分譲アパートには、

デニム青地に赤い刺繍のカバーがかかった

木枠のソファが置かれていて、

父と母とわたしを

結んでいた。

人食いのシベリアから帰って来た、その人は、

当然であるかのように、

ソファに座っていた。

背もたれの上の壁には

クレパスで描かれた僕の絵が掛かっていて、

父の象徴画を真似ただけの幼い絵だったけれど

話のタネが尽きた時に、

特別な意味がその絵にあると

褒めてくれたのだった。

遠くから来た人であったが、

僕の心の中にとりあえず

近しい人として入ってきたのだった。

次に会ったのは、昭和三十年代前半、

松本の家で

やはり同じソファに腰掛けていた。

遠くから来た人は

リュックを肩から外して、

僕を膝に乗せて重さを測っていた。

近所で父と飲んだらしく、

地元の飲兵衛先生と意気投合して、

家へ連れてきてしまったのだ。

勝手に僕の将来のことを話し合っていて

運命というものが存在することを悟った。

昭和三十年代後半

東京に移って、

世の中は機械文明に

どっぷりと浸かっていた。

路面電車の軋りが耳障りだった。

遠くから来た人は、

機械を運んできた。

東京オリンピックがあるので、

わたしはニコンの一眼レフを借りたが、

会場で壊してしまった。

何も言われなかった。

諦めと寛容ということを知った。

昭和五十年代になっていた。

遠くから来た人は、

同化のうまい人だった。

大阪の博物館に勤めていたときに、

訪ねて行った。

掃除のおばさんや守衛のおじさんたちと

通るたびに談笑したのを見た。

世辞に長けた大学院生が訪れてきて、

就職を売り込んで、

三時間ほど粘っていたのだが、

ニコニコと応対していた。

このような事態になるとは知らなかった。

僕以外の人の心に入り込んでいたことも

理解していなかった。

昭和六十年代になってから、

仕事先でばったり会った。

やはりリュックを背負っていて、

代わりに持ったが、

後ろへひっくり返りそうになった。

ユーラシアへの旅を綴った本が

たくさん入っていた。

四十五歳までに本は書くもんだよ

遠くから帰ってくるものといつも思っていたが、

遠くのウズベキスタンで亡くなった。

なぜ遠くから来たのか、と問うて

いまでもソファに座っているのだ。

K氏が定年退職なさったとき(一九八六)に、ご自身の半生を綴ったのが出てきたので、一緒に掲載しておきたい。

わたしの一週間(加藤九

日曜日

天地玄黄 宇宙洪荒

日月盈昃 辰宿列張

寒來暑往 秋収冬藏

これは父から教えられた

千字文の一節である。

月曜日

ちょんまげに大小姿の

坂本龍馬の肖像画を壁に貼り

松陰の留魂録を筆写した。

火曜日

五族協和の共栄圏を夢見て、

軍靴を履いた。

そして・・・・・・・・

ダワイ、ラボータイ、クーシャイ、ダモイ

アムールの寒風にきしみ、

アンガラの川すじをわたる鶴に涙した。

水・水曜日

東京で丹波立坑出身の

下中藩に仕えた。

先代の藩主弥三郎は、

わたしのことを天竺浪人とよんだ。

人間は壁にぬりこまれた田螺じゃ

という面白い言葉も

彼から聞いた。

木曜日

寺社領民博寺の梅棹座主に拾われて、

旅し、集め、そして描いた。

金曜日。

かわいい天使たちの園が

行く手に待っている。

日、月、火、水・水、木、金、土。

土曜日はだいじにとっておこう。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。