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2016年9月に作成された投稿

2016/09/21

松本ロケ取材の日

Img_4097 台風一過というわけにはいかないという現実的なメールをいただいたが、台風が過ぎても、今日も雨が降ったり止んだりしてはっきりしない天候だ。昨夜は台風16号が本州を縦断して、信州もあずさ号やしなの号のJR特急列車が午後からすべて運休になった。主任講師のS先生とロケスタッフの方々は、準備が良いことに、あずさ号が止まる前に、松本入りしていたとのことだった。

Img_4069 朝、早く起きて、ロケ先へ向かおうと百メートル歩いたところで、忘れ物に気がついた。カメラを部屋へ置き忘れてきたのだ。この年になると、忘れたことを憂いたら良いのか、それとも思い出したことを喜ぶべきなのか、わからなくなるところがあるのだ。ここにこれだけの写真が残っているのを見るにつき、やはり思い出したことを喜ぶべきなのだろうと楽観しておこう。

Img_4074 ロケ取材先の工芸店「グレインノート」前の中町通りにディレクターのTさんとカメラマンのOさんが出て、打ち合わせをしていた。グレインノートの奥様に挨拶をして、さっそく二階へ上がり、インタヴュー相手のS氏と、それから TさんとOさんと、収録順序を決めていく。この「グレインノート椅子展」は参加メンバー25名で、9年前から始まったということで、今回は40の椅子が出展されている。この椅子とこの椅子と・・・・とS氏と選んでいくと、思わず椅子の数がかなりの量になっていく。また、Tさんへご面倒をおかけすることになりそうだが、この内容については来年の4月から始まる授業科目「色と形を探究する」を見ていただければと思う。

Img_4103 先日打ち合わせておいたところで、その後思いついたことがあって、インタヴュー内容が次々に変わっていく。せっかく、TさんとOさんが綿密に打ち合わせしてくださって確定していたところなのだが、カメラマンの方が一番困る場面だ。しかし、Oさんは苦もなく次々に難問を解決して、最も良い撮影状況を作り出してくださった。その頃までには、このギャラリーに並べられていた椅子たちも、こちらの雰囲気を受け入れてくれたらしくて、前へ押し出されるように、次々と出てきてくれた。すべての点にコメントできなくて、椅子たちごめんなさいね。

Img_4102 「人と物」との相関関係は、消費経済論の中心的なテーマなのだが、これまで貨幣価値に引き摺られた表現しかできなかった。貨幣価値から遊離することで、今回はかなり自由な「人と物」関係についてコメントできたのではないかと、自分なりに思ったのだった。

Img_4019 ところが、実際に今回の椅子展で面白かったのは、言葉では説明できないが、ほんとうに面白いとみんなが感じるような椅子がいくつか登場した点だ。自分の中では、説明できるのだが、しかしながら、この写真のM氏の椅子のように、自分の言葉を超える椅子があることも事実であるのだ。椅子展で、今回興味深いと思われる点は、途轍もないような、想像力を超える椅子がありうるということを示していることだ。この写真のものを一目見て、どのように座るのかを想像できる人はいるだろうか。このような例は一例にすぎない。この作家たちの参加意識たるや、素晴らしいものがある。きっと作家たちは、個人的にそれぞれ頑張っていると思われるが、やはりこのような発表の場が存在することが重要であることは否定できない。椅子を届けに来た作家たちの顔を見ていると、それが何となくではあるのだが、わかる気がしてきたのだった。

Img_4166 午後から、松本市の郊外にあるS氏のベロ工房へ連れて行ってもらった。街道から急な坂道をぐっと上がったところにあって、古い農家の納屋を改造した、前面が全部ガラス窓になっている明るい作業場だ。Img_4158 作業台が一台置かれていて、道具類がぐるっと壁に並べられており、さらに暖房用のストーブ、S氏は木屑の焼却用とおっしゃっていたが、薪ストーブが置かれている。アトリエという感じのする工房だ。ここで説明していただいた、「Uアームチェア」の構造と組み立てを見せていただいたのだ。Img_4107

2016/09/17

グレインノートの椅子展

Img_4014 グレインノート椅子展が今年も開かれた。さっそく、松本を目指すことにする。台風16号の影響で、今年のシルバーウィークはずっと天気が悪いという予報が出ている。けれども、出発のあずさ号ではまだ雨の影響はなく、新宿の駅ではホームいっぱいに山歩きの人びと、観光の家族連れなどが列を作っていた。

Img_3928 先日、松本の宿を取るために旅行情報を検索したところ、どこの宿泊所もこの連休中は満杯で、最後に出てきたのが「tabisiro」という、このゲストハウスだった。二段ベットの大部屋が中心で、若者が多いだろうから、夜が遅くなるとちょっと面倒かな、と一瞬思ったのだが、和室の個室が空いていたので予約したのだった。泊まってみると、泊まり客は多彩で、気の置けない人びとだった。

Img_3920 ゲストハウスは松本駅から一駅くらいの距離のところにあった。いつもの街歩きの範囲内だった。道の途中にある、昭和初期の薬局を改造した喫茶店&ショップの「ラボアトリオ」でランチを食べた。そこから程ないところにある、宿はちょうど昼休みに入るところで、客は出払っていて、都合の良いことに電動付き自転車を借りることができた。Img_3937 これで足回りの確保ができたのだった。この自転車はたいへん便利だった。中町通りまで、ほんのちょっと一漕ぎで行くことができる。小学校時代には、街中を20インチの自転車で縦横に駆け巡っていた。この感触が戻ってきた。昔と比べると、松本市の道路は圧倒的に綺麗になっていたが、街巡りの距離感や角を曲がる感覚は、半世紀前と同じだった。この爽快な感覚を確かめつつ、中町通りに着く。

Img_3938 グレインノートの奥様が、高山から来ていらっしゃったT氏と話しているのを、ショーウィンドウの窓越しに見えたので、店の脇に自転車を停めて、そのまま裏口から入らせてもらう。挨拶もそこそこに、二階の展示室に上がると、電車の中であれこれ想像していた椅子がずらっと現れた。Img_3941 まず階段を上ると、正面には今年の子ども椅子展でメルヘン的な椅子を出品していたM氏が、椅子デザイナーのハンス J. ウェグナーの「ザ・チェア」をより重厚にしたような椅子が配置されている。それに続いて、H氏親子、A氏・・・と20数名の方々の作品が並ぶ。いつも思うのだが、作風というものが椅子にもあり、それぞれの作家の個性が表れているのが見事だ。

Img_4009 じつは、本日オープニングパーティがあって、何人かの椅子作家の方がたがいらっしゃるというお誘いをグレンインノートのS氏から受けた。来週には、授業科目「色と形を探究する」のロケを撮ることになっているので、ヒアリングができる絶好の機会であると、二つ返事で参加することにしたのだ。さっそくまずは、S氏の「Uアームチェア」についてお聞きすることにする。

Img_3987 内容については、来年から始まる授業番組を見ていただきたいのだが、一つだけコメントするならば、椅子をめぐる視点には、三つあって、利用者の視点、場所や社会の視点、中でも特に重要なのが、制作者の視点だ。椅子の製作には、利用者にはわからない、目には触れない、感触も不確かな制作者的な視点がそれぞれの椅子に埋め込まれているのだ。熟練の技術的なところでは、いわば「暗黙知」のような視点が重要なのだ。この見えない視点を、今回映像でいくつか注目したいと考えているのだ。さて、うまくいくのかな。「見えない形」というものが映像に定着できるのかが勝負だ。

Img_4006 たとえば、今回のS氏の椅子には、椅子の重要な構成要素の一つで、貫(ストレッチャー)という、椅子の足を結ぶ構造があり、それが「カウホーン(牛角)」型になっている特徴を示している。なぜカウホーンなのか、機能的にこれが必要なのか、それとも単なる装飾なのか、などは注目点の中でも、興味深い点なのだ。伝統的な考え方と、革新的な考え方とが、まさに交差する「暗黙知」の部分なのだ。

Img_4016 このような構造に関しては制作者にしかわからないところがあって、実際のところ、利用者に対してどのような影響を与えるのか、この椅子が据えられている場所から見て、あるいは社会的な意味から見て、どのようなことが背景に横たわっているのか、ということは、言葉に表してみないとなかなか理解できないところだ。

椅子を届けに来たT氏の椅子は、子ども椅子でも話を聞いていて、今回もたいへんユニークな椅子を出品してきている。曲線を多く取り入れていて、これまでの椅子の歴史の中では、ガレやガウディのアールヌーボー系の系譜に属するのではないかと、わたしは勝手に思っている。背板の植物模様、前足から笠木そして反対側へ向かっての曲線は素敵だ。

Img_4034 パーティの中で、ベースを受け持っていたH氏は四角い座面のスツールを展示していたし、またギターを担当したS氏は、授業で取り上げたいと考えている椅子も別にあるのだが、それとは別に、イタリアのジオポンティ風の軽量を狙った椅子も出品していて、軽量ということが実際に形に定着するときには、どのような苦労が存在するのかを詳しく話してくださった。単に素材の重さを軽くすれば良いということではなく、これは人工構造物に共通した「耐久性」ということとの相関関係にあることを説いてくださって、ギリギリのところの制作者の思いということがたいへん興味深かった。

Img_3985 オープニングパーティは、このように音楽付きで楽しい会となった。びっくりしたのは、グレインノートの奥様で、メロディホーンを片手に大方の名曲を覚えていて、ゆったりとした伴奏にうまく乗る演奏を披露なさっていたことだ。

出席していた中では、特に安曇野市在住のKa氏から詳しい話を聞くことができた。Img_3986 ご自身の椅子の話は、興味は尽きないが、座面の編みを得意とする方で、有名なウェグナーのYチェアの編み方の秘密など、専門家にしてようやくわかるようなお話、実際に全てを理解したのかは自信が全くないのだが、制作者にしかわからないことがたくさん出てきて、だからこそ、利用者の視点との対比が面白くなるのだ、ということも感じたのだった。

Img_4000 若い世代に属するKi氏との対話は、まさにその点に関わることだった。ここには通称「マルガリータ」さんというフラメンコを良くする人が、話に加わってきて、次から次へ言葉を繰り出してきて、それを選びつつ話が進むという珍しい経験をした。酒酔いのせいもあったのかもしれないが、自分と異なる世界に乱入する場合には、このような霊媒者的な方の役割は大きい。何が問題になったのか、要約してしまうことは難しいのだが、椅子にも「遊びの要素」が必要ではないか、というような、ニュアンスの会話があった。これがわかるためには臨場感が重要なので、うまく伝えられないかもしれないのだが、わたし自身はわかったつもりになったのだったのだ。こんな風に、パーティの夜は更けていったのだった。

2016/09/11

遠くから来た人

遠くから来た人

昭和二十年代後半

池袋の木造分譲アパートには、

デニム青地に赤い刺繍のカバーがかかった

木枠のソファが置かれていて、

父と母とわたしを

結んでいた。

人食いのシベリアから帰って来た、その人は、

当然であるかのように、

ソファに座っていた。

背もたれの上の壁には

クレパスで描かれた僕の絵が掛かっていて、

父の象徴画を真似ただけの幼い絵だったけれど

話のタネが尽きた時に、

特別な意味がその絵にあると

褒めてくれたのだった。

遠くから来た人であったが、

僕の心の中にとりあえず

近しい人として入ってきたのだった。

次に会ったのは、昭和三十年代前半、

松本の家で

やはり同じソファに腰掛けていた。

遠くから来た人は

リュックを肩から外して、

僕を膝に乗せて重さを測っていた。

近所で父と飲んだらしく、

地元の飲兵衛先生と意気投合して、

家へ連れてきてしまったのだ。

勝手に僕の将来のことを話し合っていて

運命というものが存在することを悟った。

昭和三十年代後半

東京に移って、

世の中は機械文明に

どっぷりと浸かっていた。

路面電車の軋りが耳障りだった。

遠くから来た人は、

機械を運んできた。

東京オリンピックがあるので、

わたしはニコンの一眼レフを借りたが、

会場で壊してしまった。

何も言われなかった。

諦めと寛容ということを知った。

昭和五十年代になっていた。

遠くから来た人は、

同化のうまい人だった。

大阪の博物館に勤めていたときに、

訪ねて行った。

掃除のおばさんや守衛のおじさんたちと

通るたびに談笑したのを見た。

世辞に長けた大学院生が訪れてきて、

就職を売り込んで、

三時間ほど粘っていたのだが、

ニコニコと応対していた。

このような事態になるとは知らなかった。

僕以外の人の心に入り込んでいたことも

理解していなかった。

昭和六十年代になってから、

仕事先でばったり会った。

やはりリュックを背負っていて、

代わりに持ったが、

後ろへひっくり返りそうになった。

ユーラシアへの旅を綴った本が

たくさん入っていた。

四十五歳までに本は書くもんだよ

遠くから帰ってくるものといつも思っていたが、

遠くのウズベキスタンで亡くなった。

なぜ遠くから来たのか、と問うて

いまでもソファに座っているのだ。

K氏が定年退職なさったとき(一九八六)に、ご自身の半生を綴ったのが出てきたので、一緒に掲載しておきたい。

わたしの一週間(加藤九

日曜日

天地玄黄 宇宙洪荒

日月盈昃 辰宿列張

寒來暑往 秋収冬藏

これは父から教えられた

千字文の一節である。

月曜日

ちょんまげに大小姿の

坂本龍馬の肖像画を壁に貼り

松陰の留魂録を筆写した。

火曜日

五族協和の共栄圏を夢見て、

軍靴を履いた。

そして・・・・・・・・

ダワイ、ラボータイ、クーシャイ、ダモイ

アムールの寒風にきしみ、

アンガラの川すじをわたる鶴に涙した。

水・水曜日

東京で丹波立坑出身の

下中藩に仕えた。

先代の藩主弥三郎は、

わたしのことを天竺浪人とよんだ。

人間は壁にぬりこまれた田螺じゃ

という面白い言葉も

彼から聞いた。

木曜日

寺社領民博寺の梅棹座主に拾われて、

旅し、集め、そして描いた。

金曜日。

かわいい天使たちの園が

行く手に待っている。

日、月、火、水・水、木、金、土。

土曜日はだいじにとっておこう。

2016/09/03

夏の仕事の打ち上げ(三蔵呑み歩き)

Img_4685 今日は、打ち上げの日だ。前月から学期中に溜まっていた教材執筆および原稿執筆の仕事を片付けるために、山ごもりを行っていたのだ。通信が届かない山奥なので、ときどきは届くところまで出て行っていたのだが、やはりメールがままならないというのは、すこぶる不便であり、同時に原稿作成のためには、すこぶる便利なのだ。Img_4717 約1カ月間で400字詰め原稿用紙300枚分の仕事だと宣言してしまったので、今日でひとまず打ち止めとして、成果をまとめる日となった。ほぼ目標は達成したのだ。

これはほんとうに「おかげさまで」という状態で、枚数だけは上回る成果を上げることができ、むしろ削らなければならないという事態になったのは、上々の成績だと思われる。Img_4695 例年、この9月の第1週には、自己中心的な事態ではあるのだが、わたしの仕事達成に合わせて、信濃大町で「三蔵呑み歩き」という催しが行われる。呑み歩きを楽しみとして、仕事を打ち上げるということだが、原稿のせいで自己中になっているのだ。

Img_4720 街には古くから営業している造り酒屋が北と真ん中と南に三軒あってそれぞれ特色ある清酒造りを行っている。辛口を特色としていたり、甘口を売りにしていたりする。この時期少し暇になるのだろうか、仕込みの前の時期に合わせて、6~10種類平均の蔵出し試飲会を三蔵共同で行うのだ。参加証となるお猪口を買った人は飲み放題なのだ。Img_4725 お猪口1杯に50ミリリットル(昨年は20ミリリットルと書いてしまったが)入るとして、20数種類のお酒を飲むのだから、やはり1リットルくらいは飲んでいると思われる。昨年は、6000の参加お猪口が完売したようだから、今年は8000くらいの人数が出るものと考えられている。

Img_4722 季節の仕込みで「秋あがり」という名称の清酒が、フルーティな味で出される。これが共通項だ。各蔵それぞれで提供されるが、それ以上に他の種類にも、特色のあるものが多い。Img_4791 たとえば、今年旨いと感じたのが、ドブロク系のものだ。完全に濁っている、というよりも、酒粕が液状化したもの、というくらい濃密なドブロクが売られていて、これはすぐに腐敗するので、このイベントでしか手に入らないのだそうだ。そういえば、瓶も通常の一升瓶や720ml瓶には入っておらず、はちみつ瓶のようなものに入っていて、どろっと出てくる。Img_4785 というようなものもあるし、同じにごり酒でも、ほんの少し濁っているだけのものもあるのだ。いずれにしても、にごり酒系のホンモノは、その場でしか置いてなく、これで打ち上げをすれば、気分も違ってくるのだ。

Img_4735 さて、大盤振る舞いだと感じさせるのが、これらの試飲の中でも、大吟醸が数種類含まれていて、これらはコクがあるし、フルーティだし、確かに美味しいのだ。でも、呑んべえたちはこぞって大吟醸へ殺到するのかといえば、必ずしもそうではない。Img_4747 消費テストで、目隠ししてどれが美味しいですか、というテストがあって、通常価格の高い商品が美味しいものだ、と認識されやすいという結果が出ることが一般の消費テストでは知られている。けれども、本物の呑んべえは、価格ではないのだ。Img_4751 それを示しているのが、この三蔵の中のH酒造の社長が行っている、お燗の酒のコーナーだ。ここでは、口の中で強いと感ずる酒が好まれる。「とどろき」と言っていたかな。時には、この社長はお酒を振ってから、提供して、空気にさらすと美味しいですよ、と勧めるのだ。

Img_4730 このような呑み歩きのコミュニケーションの手段は、酒であって、決して言葉ではないというところが、「酒中心である」という意味では納得もするが、ワインの試飲のように言葉で確認するという機会が、清酒の場合には、あまり用意されていないのは、ちょっと寂しい気もしないでもない。作り手の話をもう少し聞きたい気がするのだ。Img_4768 でも、わたしとしては、閉じこもっていて、内向的な生活が続いた後に、このような青空のもとで清酒をエンジンに歩き回るのは、気分を外向的にしてくれて素晴らしい。最高の打ち上げとなったのだ。

Img_4705 今日の椅子は、三蔵呑み歩きの前にランチを食べに寄った、「麻倉」でY氏の椅子に久しぶりに腰掛けた。相変わらず座りやすい椅子で、どうやらこの展示場とレストランに常設されているらしい。O氏とY氏の合作だという椅子も置かれていた。こちらも綺麗な椅子だ。Img_4699

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。