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2016/05/28

今年は取材で、クラフトフェアへ

Img_3670 例年のことだが、今日は松本市にとって一番長い一日になる日だ。朝、新宿であずさ号に乗るときには、ちょっと満員で、自由席に立っていく人が多いな、という程度だった。松本駅に着いたときにも、メインの通路にあるコインロッカーはいっぱいだったが、駅外のコインロッカーは空きがあったので、昨年までよりも空いているのかと思うくらいだった。Img_3671 いつものように、クラフトフェアの会場である「あがたの森」へ行く途中にあるブックカフェの「栞日」で、カフェオレを飲んで外を眺めている頃には、ちらほらと会場を目指して歩く人びとが急に列をなしてきたのだった。

Img_3683 クラフトフェアの入り口付近では、すでに人びとは塊となって、テントの列に沿って移動していくのが見えた。この入り口付近のテントは重要で、実力派で特色ある陶芸のテントが並んでいた。手芸の出展者は顔を憶えているわけではないのだが、むしろ常連の方々がその辺を占めているのではないかと思われた。思わず触ってみたくなる絹の草木染めが目に入ってきたのだ。

Img_3686 その後、どういうわけか、「あがたの森」の池の北側に回ってしまったらしく、中心にある本部テントから遠ざかってしまった。全部で260ものテントが出店しているらしいので、Img_3693 こうなると、一日では全部を回るのは到底無理になってきてしまう。そう諦めれば、あとは楽で、本部近くの作家一覧で場所を見て、お目当ての木工の方々の場所を確かめて、そこを中心に聴いて回ることにする。多くの木工の方がたは、A-3領域に固まってテントを出していることがわかった。

Img_3704 途中2年前に、ラジオ授業を制作した時にお世話になった松本クラフト推進協会代表で、石の彫刻家のI氏のテントが見えたが、見学者が十重二重に取り囲んでいて、到底挨拶するどころではなかった。隣に、昨年のクラフトピクニックで、椅子を作らせていただいたO 氏が展示を出していた。Img_3706 やはり椅子を作ってもらった顧客の方々が多く来ていた。でも、ちょっと割り込んで、ようやくお話を聞くことができたのだ。若いときに考案した組み立て式のテーブルを展示していて、家具というものの工夫の細部がわかる話をしてくださった。

面白かったのは、O氏が述べた「制作者の立場」と、「デザイナーの立場」の違いという視点だった。この多機能的で、どのような部屋や場所でも変幻自在に組み立て可能なテーブルは当然のように、意匠登録の対象になるのではないかと質問したのだった。ところが、返ってきた答えが意外なものだったのだ。わたしはやはり、制作者としてテーブルを作っているのだ、ということだった。面倒臭いとはおっしゃったのだが、それ以上に、作るということ自体に喜びがあるのであって、そこから家具というものが始まるのだということがよく分かる態度だと思ったのだった。

Img_3072 それにしても、天板が数本の板に分かれていて、脚部分も屈折可能で、テーブルの幅に自由にフィットするような構造は、たいへん柔軟な発想の元に構想されたテーブルだと思われた。写真を見れば、なるほどと思うのだが、話に夢中になっていて、写真を撮るのを忘れてしまったのは残念だ。大学のゼミでは、このような融通無碍なテーブルが欲しいところだ。そう考えると、なぜ大学の事務機や机はなんと無機的で、味気ない家具が使われているのか、と不思議に思ってしまう。働く場にこそ、このようなテーブルや椅子が欲しい。そこで、O氏がお子さんのために作ったという、伝説的な子ども椅子をここに掲げておきたい。先日の子ども椅子展で撮ってきたものだが、若い女性たちが、これを見て、かわいい、と連発したのが印象的だった。

Img_3715 話を聞きたかった、T氏やM氏やS氏のテントを巡ってみたのだが、椅子は出しているものの、このようなフェアでは、木工の小物に人気が集まり、その応対でたいへんそうであった。それで、ちょっと目を離したすきに、姿を見失ってしまったのだ。それほど、多くの人数が押し寄せてきたということだ。

Img_3731 並びには、子ども椅子展でお話を伺った、H氏が出店していて、ちょうど後ろの休憩用のテントにお孫さんと一緒にいらっしゃった。子ども椅子展はS氏の呼びかけで始まったのだが、S氏によれば、その呼びかけはH氏が軽井沢で作り始めた子ども椅子がきっかけになった(数年間のズレがあるようだが)との話を聞いたことを言うと、その頃の様子をH氏は話してくださった。最初の子ども椅子は注文だったそうだが、その時考えたことは、おもちゃ椅子や人形椅子のレベルの子ども椅子は抜け出すべきだ、という意識があったとのことだった。このことは重要で、うさぎをくり抜いて、原色やパステルカラーのペンキを塗っただけの子ども椅子では、それはやはり、おもちゃであって、座るという意識が希薄なのだということだった。

Img_3735 それに加えて、M氏の子ども椅子が登場したのだそうだ。M氏は本格的なウィンザーチェアを作り続けている方で、子ども椅子も本格的なものだったのだそうだ。M氏は自分の子どものために作ったので、商品化されなかったらしい。けれども、あまり本格的すぎると、高価なものになってしまい、かえって子ども椅子の特性が失われることになろう。

Img_3088 H氏の目指したのは、おもちゃではないが、しかしあまり本格的なものでもないところだ。子ども椅子は、大人の椅子と同様の手間がかかったにもかかわらず、大人椅子と同じ価格にはできず、半値以下の値段をつけざるをえない。そのため、結局採算性からすれば、なかなか厳しいところがあるのだそうだ。

H氏の向かいには、上記のM氏が店を出していた。70数歳のM氏の店には、対象物は四つしか展示されていない。ウィンザーチェアが三脚と、大ぶりなスツールが一脚である。絶対のものとしての、椅子が厳然と存在しているという風情だ。熱烈なファンがいて、これこそわたしの椅子だ、という雰囲気が漂ってくる。

Img_3734_2 M氏は英国で修行してきたのだが、当地のウィンザーチェアはちょうど衰退期に当たっていて、大量生産から手仕事への転換期に当たっていたのだそうだ。それには、相応の理由があるのだが、ここでは触れない。重要なのは、轆轤技術などが発達し、技術革新が一方で生じたのだが、それでも衰退を迎え、さらに復興が生ずるという歴史が、英国にはあったという点である。理由もさることながら、M氏のように実体験を持って、このことを感得し、なおかつこのようなクラフトフェアを通じて、日本へ伝えたという事実は得難いものだったと思われる。手仕事の復活は、いろいろの経路をたどっているのだが、木工事情はその典型例を示していて、たいへん面白いのだ。

Img_3752 中町通りへ入って、グレインノートのご夫妻へ先日のお礼を述べに行き、S氏と先日の録画の話を思い返した。店もフェアのために、相当混んできたので、このところシリーズで集めている田中一光氏の紺色のコーヒーカップを購入して、退散した。昼飯が遅くなってしまったので、いつもの鰻屋さんへ駆けつけたが、休憩時間に当たっていた。さらに、そのまま、中町通りのChiianへ行ったのだが、開店以来最大の混みようで、もちろんお目当てのキッシュは売り切れていた。Img_3754 結局、話をたっぷりと聞いた分だけ、食欲の方は今日のところは満たされなかったのだ。駅前の中島商店で、小布施のシャルドネを買ったのだった。松本にとっても長い一日だっただろうが、わたしにとっても長く充実した一日だった。Img_3742

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。