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2016/03/02

温泉尽くしの旅

Img_3154 数ヶ月前になるが、突然妻が温泉へ行かないと誘った。そういえば、去年もこの時期に行ったなと思い出し、すぐに行くと答えた。その時には現在のような状態になっているとは、誰が予想しただろうか。

Img_3155 肩がバリバリと鳴って、ジーサン状態が夥しいのだ。毎年、ヤワな身体のことで言い訳がましいが、今年はまた格別で、このままの状態が続くと、今後予想される仕事に差し障りが出る。それで、一度ここで身体を回復してから、春休みの原稿後半戦を迎えようと決心した。休みを取るにも決心が必要なのだ。

Img_3157 肩バリバリの原因は明らかで、大学のテキスト制作のために原稿150枚ほどを編集者へ届けたばかりだったのだ。これはこれで肉体労働が含まれていたので、肉体疲労が残っているのだ。今回の原稿書きについては、精神的には結構楽しくて、総合科目「色と形を探究する」と、人間と文化科目「日本語アカデミックライティング」で、(ほんの一部だけの担当だったのだが、)いろいろなことを考えさせられたのだった。だから、頭の方は健康だった。だが、身体の方がダメになったのだ。2月末にすべての仕事を終えて、健康な身体でスタスタと夢の温泉旅行へという趣向だったのだが。

Img_3143 結局、今回の旅は、肩バリバリ治癒の温泉旅行へと趣向変更と相成ったのだ。関西では、少し遠出して、長期の温泉療養に行くというと、それは有馬でもなく、大津でもなく、白浜でもないのだ。やはり瀬戸内海を辿って、行き着くところは別府だったらしい。明治大正の旅絵葉書が残っている。余暇の研究所でアルバイトをしていたことがあるので、定年になったら(もう少し定年には間があるがそろそろ心の準備だけはしておきたい)、ということを常に考えている。まずは温泉だろうなと思っていて、それで別府なのだ。それほど、九州の温泉には憧れが眠っている。行けば、ググッと目覚めることだろう。

Img_3145 今回、いずれ劣らぬ強者揃いの温泉地、温泉尽くしなのだ。一つ目は別府の「観海寺温泉」、二つ目は阿蘇の「米塚温泉」、三つ目は島原の「雲仙温泉」で、これを三日間毎晩、連チャンでこなそうという、考えてみれば、結構過酷な温泉巡りなのだ。Img_3146 肩バリバリが治るか、旅の疲れが出るか、リスクをかなり負っての旅行であることは間違いない。身体のことばかり理由に挙げたが、照れ隠しも少しあって、結婚記念日を前にして、35周年記念ということも理由の一つだ。

Img_3147 別府は二回目の訪問となる。前回は別府八湯の中の狭義の「別府温泉」という市街地温泉と、湯量豊富な「鉄輪温泉」に浸った。この時は面接授業と立命館太平洋大学への出張だったが、別府の広い温泉地をめぐって歩いて、昭和レトロな街の印象がたいへん強かったのだ。

Img_3149 観海寺温泉はその時は訪れなかったので、今回楽しみにしていた。着いてすぐ、まずは風呂だというので、駆けつけた。お湯はあっさり、さらりとして、肩の筋肉をほぐすにはたいへん結構なお湯だった。ぎこちなく、ギチギチした身体を、お湯に預けていると、身も心もすっとする感覚があるのだ。Img_3151 この露天風呂は、建物を出て、坂を下ったところに東屋風の小屋としてあるのだが、簡素な脱衣・着衣室から、床続きで、外の露天風呂場へ直結している。風呂の半分に屋根が掛かっていて、もう半分は露天となっている。風呂端にタオルを置いて、それを枕に上を向いて、星を眺めながらという風呂小屋は良いものだ。Img_3148 ここに机を持ってきて、勉強して疲れたら入り、入ったら勉強するなどという趣向は想像するだけでも、満足するものだった。そして、食事の後にももう一回、朝太陽が昇ってくるのを見ながら、もう一回浴びたのだった。ジーサン趣味満開の時間を過ごした。

Img_3185 朝風呂の効用があって、午前中まではなんとか肩バリバリは治ったかのように思えたのだったが、お昼になる頃には、表面ではなく奥深いところの筋肉が肩バリバリ状態をぶり返したのだった。首を傾げると、バリバリとまたしても音がする。頭の奥にまで、バリバリ状態が浸透していたのを知ったのだ。

Img_3188 二日目の温泉は、阿蘇の草千里を眺めた後、その火山の外輪山に当たるなだらかな斜面に、ゴルフ場と一緒にある「米塚温泉」だ。朝の食事の時に阿蘇のカルデラ全体が見えて、ちょうど霧と湯煙が混ざったような朝霧が盆地状に薄く伸びて、ロマン主義的な感覚を呼び起こすような立地だった。Img_3201 このころになると、三日前に提出した原稿内容もすっかり霧の彼方に消えて、温泉の効能が精神的な奥深いところにまで効いてきたような感覚があった。源泉のお湯には、湯元特有の黒い泥が舞っていて、濃厚な効き目がありそうだった。

Img_3291 相変わらず、ここでも三つある露天風呂につぎつぎと入ったのだった。頭を縁に残して、身体を浮かせると、お尻に負担がかからない。お湯は重力へ対抗する幾つかの方法の一つである。椅子も重力対抗の道具の一種なのだが、いかにお尻への負担を減らすのかを考えた椅子が良い椅子の条件として、よく出品されるのを思い出した。このお尻を使わなくても済む、浮遊感が精神的な開放感につながるのだと思われる。Img_3312 露天の効用は、このように上を向いた視線が、地から天へ突き抜けるところにあり、自分の実在感というものが地と天の中間にあることを実感するのに適しているのだ。ここも三回入ったのだが、男湯と女湯が前の日と後ろの日では変えられる。前の日に女湯だったところに壺湯があるよ、と妻から教えられていたので、朝湯はこの壺湯へ入った。人ひとりがちょうどゆったりと入るようなコロンとした大壺に、湯が竹筒でかけ流されている。Img_3314_2 ここに手足を折って入ると、世界の中で自分がいかに小さな生き物であるのかが実感できる。壺湯で手足を窄め、露天で手足を伸ばすと、世界に対する自分のバランスがわかって、精神的に安定するのを覚える。

三日目のお湯は、香りというのか匂いというのか、さらにとろりとした感触からして、最も重濃度な温泉「雲仙温泉」だ。Img_3447 山奥の温泉場であるにもかかわらず、歴史はかなり古くて、建物も風雨に晒され、さらに温泉の湯煙に当たっていて、新しいものもみな硫黄色が染み付いているのだ。ここの特色は、視覚に訴える、湯煙がもうもうとした「温泉地獄」だ。

Img_3476 宿泊したところがすぐその横であったので、バスが着くとすぐに、外へ出た。もうその道路が湯煙で見えなくなるほどだった。街灯の横には、湯煙を上へ誘導する土管が立っていて、そこからもかなりの湯煙が出ているし、歩道が木製の板でできていて、その隙間からも湯煙だ。Img_3456 左右にふつふつと泡を出して、硫黄を含んだ煙が立っている。温泉の畑のような雰囲気のパイプが縦横に交差した地獄の源泉群を見て歩く。なぜ「地獄」と呼ばれるのか、説明されればされるほど、謎は深まるのだが、理由は呼称とは関係ないという言語学の説が最もその理由になっていると思われる。Img_3490 この風景を「地獄」と形容した人に敬意を表すとともに、この地獄的な煙と、匂いと、熱さとに肩のバリバリを付けて、地獄へ向かって洗い流したいと思ったのだ。ここのお湯は、私たちの嗅覚を溶かしてしまうほどに、すべての現世の悩みも溶かして、洗い流してしまうような温泉だ。

Img_3487 さて、今日の椅子は、地獄に居て、地獄に付き合い、巡ってくる湯治客をもてなし続けるベンチだ。ベンチの脚は、硫黄に溶け始めていて、木製部分が腐食している。それでも、この匂いに耐え、化学変化に従い、今日もわたしたちを座らせてくれている。Img_3488 それは、肩バリバリと同じようなものだと思う。ベンチの日々の使用はベンチを痛めていくだろう。同様にして、日が経てば、肩バリバリもどうしても蓄積されていくのだろう。けれども、そのような状況にあっても、肉体的にも、精神的にも、さらに洗い流されたコリから見ても、肩バリバリから日々の日常への転換はどうしても必要なのだから、今回のバリバリ治癒旅行はそれなりに意味があったのではないかと思っているのだった。つまりは、肩バリバリはわたしだ、ということなのだ。これと末長く付合っていくほかはないのだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。