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2016/01/03

「この世の事物は人間生活を安定させる機能を持つ」

「この世の事物は人間生活を安定させる機能を持つ」という、哲学者H・アーレントの有名な言葉がある。物質文化に侵されて、いつも事物の多さに悩まされているわたしたちが、いつになったら、このような言葉を使うことができるのか、と思っていた。そうしたら、あっさりとこのような場面が現れた。

Img_2482 写真にあるのは、たぶん有田焼の系統に属する方の作だと思われる、湯のみ茶碗である。手が触れたら、すぐに壊れてしまいそうなほどに、肉薄い磁器だ。外側の朱色がどのようなテーブルに置かれても映えて、目に飛び込んでくる。目が冴える色だ。そして、内側には伝統的な網目模様が手書きで書き込まれていて、見ているとその世界へ引き込まれそうになる。

毎年、母の家にみんなが集まったのだが、この茶碗がお正月最初の食卓に並んでいた。中央には、必ず木製の菓子器に甘栗と干し柿が盛られていた。商家の風習で、「繰りまわしよく、掻き取る」の言い伝えがあった。これらを食しながら、今年一年の抱負を家族で語るのだ。そのとき、お茶が必要で、この朱色の茶碗が引き立った。これに、うすみどり色の液体が注がれると、心が澄んでくるのだった。それで、1年先どころか、10年先まで見通せるかのような錯覚を覚えるのだ。

Img_2477 面倒臭いといえば、その通りなのだ。毎年のように抱負を語れと言われても、日常はそれほど変わるわけではない。けれども、毎年々々何か言っているうちに、生活の「重し」ができるのだ。この茶碗を眺めていると、「人間生活を安定させる機能」というものがほんとうにあるかのように思えてくるのだった。もう何十年か前になるのだが、結婚すると宣言したのも、この席だった。

昨年、母が亡くなって、この数ヶ月の間に、母の家の片付けを行っている。タンスやピアノなどの家財道具の多くのものが捨てられる運命を待っている。その中で、わたしの生活を安定させてきた記憶のある、これらの茶碗はわたしの家や、大学の部屋へ移動させようと考えているのだが、それも記憶に残っているうちの何十分の1に過ぎない。そんな移動の中、この朱色の茶碗もひとつ欠けてしまったのだった。

Img_0633 今日の椅子は、妻の買い物に駆り出された弘明寺商店街で、洋食レストランの店「Makoto」の外に、客待ち用に出されていた椅子たちだ。ここのランチは旨いのだ。このように、座布団が置かれて、どうぞ座ってください、と示唆されると、店が何となくみんなに開かれているように思えて、つられて入ってしまいそうになる。入ると、何か良いことがありそうな雰囲気が大事なのだ。椅子たちもわたしたちの生活を安定させている。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。