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2016年1月に作成された投稿

2016/01/26

神奈川学習センターでの試験監督

定期試験の季節になった。このところの冷え込みが激しくて、家にいても身体じゅうのいたるところに筋肉痛が出る。たぶん、老人性の何かだと思うのだが、やはり運動不足が一番効いてきている。身体がガタピシ言っている。それで、仕事というのは身体にとってはありがたいもので、学生の方々には申し訳ないが、運動不足解消に神奈川学習センターへ出向いて、今日は試験監督の1日だ。

監督というのは、試験場に入ってしまうと、本を読んだり論文を書いたりしてはいけないので、ほんとうにちょっとの余裕もないほどに、退屈で暇なのだ。数人のチームで監督しているので、逸脱した行為は一切できない。

G先生はここ数年間、町田のブランチ会場の監督長を行っていて、長がつくと、試験場には出ないので、1日自分の部屋で、十分にエッセイは書けたのだとおっしゃる。けれども、現在は神奈川学習センターで、わたしたちと同様に試験監督として、会場に立たなければならないので、エッセイは書けないと嘆いていらっしゃった。監督業にも、いろいろあるのだ。

それで、監督に立つと、暇に任せて、想像力の世界に漂うか、あるいは、目の前の現実の世界を観察するのか、のどちらかになる。学生の方を観察すると、放送大学らしさというものがよくわかるのだ。たとえば、このような光景は他の大学ではたぶん見られないと思われる。これまでにも、何回か話題にしてきたと思う。解答には鉛筆が使われるのだが、どうしても消しゴムを使わざるを得なくなり、当然のように消しクズが大量に出るのだ。それで、消しクズをどうするのか、を見ていたら、多くの学生は机の上の消しクズを処分してから、席を立つのだ。丁寧な人は自分で消しクズを持って帰る人もいる。ここまでは、これまで何回も見てきた光景だった。

今日見た学生は、中年の婦人だったが、手に消しクズを集めていたので、どうするのかな、と見ていたら、やおら自分のカバンの口を開けて、そこへ放り込んだのだ。そこまでやらなくても良いですよ、と言いたいくらいだった。試験中だったので、声をかけることはできなかったのだが。家へ帰って、カバンに掃除機を突っ込むのだろうか、と想像を羽ばたかせてしまったのだった。

一番前に座っている、これも年配の女性の方が統計の問題を解いていた。テキスト持ち込み可の科目だったので、机いっぱいにテキストやノートやプリントを広げていた。すると、そのテキストのカバーに見慣れたカバーがかかっていた。じつはわたしもよく作るのだが、大判写真のカレンダーの用紙を使ってのカバーなのだ。紙質が良くて厚い紙が使われている。そして、写真部分とカレンダーの数字部分との組み合わせがとても良い。日付が3分の1位見えていて、3分の2が綺麗な写真が残るようにブックカバーに仕立てるのだ。見栄えも良いし、さらに頑丈なカバーになっていると思う。それがわたしだけでなく、今日の一番前に座った学生の手元にあったので、「あれー」と思った次第なのだ。テキストがカバーが破れるほどに、擦り切れていたのが、たいへん印象的だったのだ。これほど、読み込んでくだされば、テキスト作成者にとって言うことはないのだ。またまた、作ってみようという気にさせられる。

Img_0646 試験会場から、センターの試験実施本部へ帰ると、文房具として使うように、目の前に大量の油性ペンが準備されているのに気がついた。なぜ油性ペンが使われるのかといえば、試験が終了して答案を収める袋が、プラスチックでできていて、これに記入するのに、油性のインクしか使えないからである。かつては、この写真のようなガラス瓶のついた「マジック・インキ」という商標の通称マジックと呼んでいたものが主流だったが、今日ではあまり見なくなった。Img_0645 今日、久しぶりに見た。このマジックはどの製造メーカーで作られているか、知っているだろうか。「○くら」や「○んてる」と答えた人は、かなり文房具に精通した方だ。けれども、違うのだな。

現在では、太字用と細字用とが一本にまとまったこちらの油性ペンがよく使われるようになっている。やはり、ガラス製のマジックは少し太字すぎたのだと思われるし、ちょっと持ちにくいのだ。Img_0647 小学校の壁新聞や立て看の模造紙に書くには、これが最適で、一世を風靡していたのだが、A4版の小さな紙に書くには適していないのだ。けれども、懐かしくかつ可愛い文房具だったのを思い出したのだ。

帰り道、かなり暗くなっていたのだが、80歳を過ぎたとおぼしき女性が教室から出てきて、杖をつきながら、時々ため息をついて、Img_0648 今日の試験のことを思い出し(ているのではないかと見られ)歩いているのを見ると、社会人の大学なのだな、と思うのだ。放送大学らしさ、というのは、このような時にチラッと窺い知ることができるのだ。

2016/01/11

京都合宿の3日目

Img_2595_2 今日から二日間は、博士後期課程の合宿だ。ところが、今日は成人の日と重なり、放送大学の京都学習センターは休館であり、公共の施設は大方お休みである。それで、奥の手を使って、京都大学医学部の付属施設であるS会館を借りることを大学に認めてもらったのだ。宿を取っている四条から、京阪に乗って、終点の出町柳から、徒歩で百万遍に出て、会館に至る。


Img_2597 島根から出てきているF氏も、程なく到着した。会議室はいくつかあるのだが、一番小さな部屋である和室の会議室を取った。障子を引くと、狭いながらも庭があって、寒椿が咲いている。到着すると、すでに暖房が効いていて、庭へ向かって、眺めの良いところに座椅子を据えて、早速講義を開始する。

Img_2598 講義内容は、経済学研究法ということになっているのだが、ほぼ1対1の講義なので、結局は研究内容に引きつけて、テキストはツマにして、論文作成の話にそれていくことになる。このような雑談がどのような効果を及ぼすのかは、よくわからないところがあるのだが、一括りにして言えば、経済学的な外部効果が働くことになるということになるだろう。Img_2600 ちょっと異なることを題材として、それにプラスして、雑談を加えるようなところで、外部効果のアマルガムを生成してくるというのは、自然科学ではよく見ることころだが、社会科学でも似たようなことが起こるのだろうと思っている。

Img_2604 午前が終わろうとするころには、玄関あたりで、話し声がしてきて、昨日同志社で合宿を行った修士学生のAさんとKさんが現れた。一緒にランチを食べようということなっていたのだ。京大の第2食堂みたいな、近くのレストランへ連れて行くと、ホームページでは「open」になっていたのだが、実際には閉まっていた。仕方ないので、後でコーヒーを飲むために連れて行こうとしていた京大北側にある喫茶店「進々堂」へ行き、カレーランチを食べる。Img_2612 4人くらいで腰掛けると、ここの黒田辰秋の大テーブルはほんとうにゆったりしていて、気持ちが落ち着くのだ。最初にこのテーブルと椅子に会った時には、なんと大袈裟なインテリアだと思ったのだが、このような数十年間変わらずに、しかもこの喫茶店の安定化機能を果たしているのを見るにつき、この木の厚みと温かな材質感が、学生喫茶店としてはどうしても必要だったのだと思い至った。

Img_2605 午後からは、東京からH先生も駆けつけてきてくださって、F氏の研究発表を検討することになった。F氏のテーマは消費者行政であるのだが、今日の「消費者像」の変化とともに、消費者基本法が成立し、消費者庁ができ、消費者教育法が発行されていて、その中で消費者概念をはじめとして、検討すべき課題が山積であり、発表を聞き議論をしていくほどに、問題点が明らかになっていったのだ。

Img_2607 とこのように書くと、表面をすらっと滑っているように聞こえてしまうのだが、今ではすでに当たり前と考えられている「消費者と生産者との分離」というすでに忘れられている近代問題が、現在でも根本的な問題として存在することが理解できるのだった。Img_2613_2 それを「情報の非対称性」と専門用語で読んでみても、また消費者ではなく「生活者」と捉えなければならないと言ったとしても、それで消費の現実を理解したことにはならないと、ということなどが、改めて問題として出てきた。内容については、まだまだ「企業秘密」なので、明らかにはできないのだが、そのうち彼が博士論文として、これらの考え方をしっかりと定着してくれるだろう。期待してじっくりと待ちたい。

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Img_2617 その後、窓の外が暗くなって、宵闇が迫ってくる時間まで、この居心地の良い場所でぬくぬくと、また、えんえんと議論を続けたのだった。この施設の借用が夕方までとなっていたので、京都中心部の隠れ家的な喫茶店に場所を移した。Img_2624 移動の途中、鴨川端に出て、亀を象った飛び石をポンポンと渡り、神々が導いてくれそうな風景の中を歩いていたのだが、突如としてF氏の家族から緊急電話があり、島根のお母様が腕を骨折なされ、手術を受けなければならないという衝撃的な連絡が入ったのだ。今晩はすでに鉄道の便がなく無理であるが、明日の講義をキャンセルしなければならない事態となった。忙しいときほど、このような事故に見舞われるのだ。Img_2642_2 残念ではあったのだが、明日の講義は次回に持ち越しすることにして、せめて今晩だけでも、時間を挽回しておかねば、と静かな場所の座席を占めたのだった。授業としての生産性にどれほど貢献したのかは疑問であるが、そもそも博士課程の授業というものは、このような性格のものであり、考えてみれば、わたしも大学院では、飲み屋さんで多くを学んだという記憶がある。Img_2636 H先生は、英国で博士号を取ったので、毎回論文や報告を持って、添削を受けたという経験をお持ちで、ところ変われば、また領域も変われば、自ずと研究会のあり方も変わってくるということに違いない。

Img_2635_2 喫茶店の名前は。「Kocsi」と言って、わたしの泊まっている宿から数分の距離にあるところだ。二階の窓が大きく開かれた、そして何よりも、長居のできる喫茶店であるところが素晴らしいのだ。これまでも、京都に来るたびに訪れている。その恩恵を十分に活用して、またこの写真に写っているような安楽椅子風のゆったりした椅子が良くて、またまた長く腰を据えたくなってくる場所なのだ。Img_2637 今風の隠れ家的な喫茶店と言ってしまえば、それまでだが、隠れ家的な嗜好が流行る前から、京都の中心部で観光客に毒されることなく、むしろ観光客を巻き込んで、この雰囲気を維持しているのは稀有な在り様だと言える。末長く続いて欲しい喫茶店だ。

Img_2620 今日の椅子は、やはりコチの椅子を取り上げないわけにはいかないだろう。骨太のボウを持つ、ウインザーの原型風の椅子だ。長くこしかけていても、腰を移動させ、背を預けても離しても、どちらでも自由度が効く椅子の作りをしている。どこで作られたのだろうか。この骨太さは、ヨーロッパではなく、やはりアメリカだろうか、などと想像掻き立てられる椅子である。最後におまけとして、先ほどのS会館に置かれていたマッキントッシュ型の椅子も掲げておこう。背板に、近代主義とアールデコ風が混ざっているという特徴がある。

2016/01/10

京都合宿の2日目

Img_2563

Img_2544 今日も京都は快晴だ。地下鉄今出川駅の階段を登ると、御所の空が真っ青だ。今年も、同志社大学のN先生と博士課程のO氏のお世話になった。今回はいつものゼミ合宿で終わらずに、プラスして同志社大学のO氏も発表に加わったことで、社会人合同ゼミが成立したのだった。9時には、同大今出川校舎の入り口に着いて、ぐるっと歴史的建物群を見て回る。


Img_2546これで、同志社大学の教会が開いていれば、朝の瞑想にふける場所ができて言うことがないのだが、そううまくはいかない。日曜だからといって、必ずしも教会が開いているわけではないのだ。歴史的建造物の並びにある誠至館のS23室がゼミの場所だ。いつもは、同志社の学生たちで、廊下まで溢れかえっている建物も、今日は閑散としていて、ほぼわたしたちの独占状態だ。

Img_2551 今年の冬合宿の標語は、「論文の中核となるアイディアを発表する」というものだった。まだまだ、4月からわずかに10ヶ月間だけ経ったばかりで、このようなところが明らかになっているわけではないが、目標は高く持ちたい、ということだ。今回のゼミでは、多くの方々が悩んでいる様子を見せているのだが、悩み方の方向性が良い方向へ進んでいる方が多かった。個々に事情は異なるといえ、良い成果が表れているのではないかと思ったのだ。Img_2550 そしてさらに、集まった方々の意識は高く、テーマの知識集積も驚くほど進んでいて、4月からの進展を示すものだった。ほんとうに喜ばしい限りだ。さらに、先輩たちも手弁当で、3名も駆けつけてくださった。

印象に残った発表も今回は多々あったのだが、やはり客分の同志社大学のO氏のテーマに興味津々だった。京都特有の地域金融というものがあり、これが京都の歴史的産業である繊維産業・流通に関わっているというたいへん面白いものだったのだ。簡単に言うならば、製造業系の信用である「西陣タイプ」と、商業系の信用である「室町タイプ」の違いがあり、これらをめぐって、地域金融の歴史が展開するのだ。現代における京都の保証協会のあり方も、このことに関係するらしい。詳しくは、O氏の博士論文をご覧になっていただきたい。

その昔、高校時代の友人S くんの導きで、西陣織元の家へ連れて行ってもらったが、そこでの金融がこのような特質を持っていたとは、もちろん当時は気がつかなかったのだ。結局のところ、今回のゼミで、地域金融、地域交通、農村経済などのテーマが出てきて、そこでの地域特性として、「サーキュレーション(循環)」ということの存在が強烈に浮かび上がってきたゼミだったと思われる。また合同ゼミ自体が、サーキュレーションを起こし、いわば「アマルガム(amalgam効果」を及ぼすものとなったのだ。

Img_2553 夜恒例の懇親会では、慣例として、すべての出席者にスピーチをしてもらったのだ。ある大学院生が奥様から、「そんな歳で大学院へ行って、何の役に立つの?」と言われたという話をした。Img_2558 すると、前にいた他の大学院生が、次のようなエピソードを披露してくれた。昨夜仕事が終わってから、一生懸命今日の発表のためのレジュメを切っていると、パソコン画面を覗き込んで、奥様が聞いてきたのだそうだ。Img_2559_2 「楽しい?」一瞬考えて、「楽しい」と答えたのだ。それで、奥様はこうおっしゃったのだ。「もし楽しくないと答えていたら、そんな楽しくないのであれば、止めてしまいなさいというつもりだった」ということだった。 Img_2588 社会人学生の取り柄を遺憾なく発揮していて、このようにほんとうにホロりとさせられる瞬間があるのだ。Img_2570 学問をするということには、精神的・財政的スポンサーが必要で、とりわけ家族の寛容さというスポンサーシップが最も重要だということだと思われる。Img_2589

Img_2574 この場所も、いつもお世話していただいているWさんが予約を取ってくださったので、スムーズに開くことができるのだ。同志社大学のモットーが書き込まれたオーナメントと大理石の大テーブルがいつものように光り輝いている。

Img_2578 懇親会が濃密に、けれども2時間という短時間で終了したので、まだまだ夜は長く残っている。地下鉄で四条へでて、これも恒例になった出張先での映画鑑賞に入ることにする。Img_2582 今日京都シネマにかかっていたのは、ボグダノヴィッチ監督の「マイ・ファニー・レディ」だ。日本では、外国でもそうだと思われるが、「ファニー」という名前がつけば、ああ、あのテーマか、ということになるのだが、その通りだった。Img_2584 が、しかし、この言葉の過剰さには、ウッディ・アレン系の映画的な特性が感じられたのだった。

Img_2583 大方の筋は、予告編でも出回っているので、そちらをご覧いただきたいが、一言で言えば、互酬システムの映画である。そもそもの元は、オーウェン・ウィルソン演じる演出家が女好きで、付き合う女性を次々に換えていく女性交換システムの映画であり、同時に、付き合ったすべての女性がそれぞれの個性を発展させるという人間コミュニケーションの映画でもあるのだ。Img_2585 この演出家の女好きという人間特性には特徴があって、すべての女性を同じ口説き文句で落とし、(この同じ文句が映画の最後に有名な白黒映画時代の映画からの引用であることを知らされるというオチが付いていて、なぜこの言葉で並み居る美しい女性たちが口説き落されるのかがわからないままに、映画が進行して、それがこの映画自体の互酬システムの効果を上げていて、これがまた面白いのだが)Img_2586 ベッドで一緒になる女性ごとに、その見返りとして、3万ドルをプレゼントし、その元金で関係する女性たちが自立・発展していくことになるという意味でも、互酬システムが働くのだ。そして、最後には、バラバラだった関係が、その3万ドルで発展されたシステムの中で、すべて結びついて、大団円を迎えるのだった。

Img_2590 今日の椅子は、京都シネマの映画座席の椅子だ。なぜ映画館の椅子は「赤い」のか、ということを代表して表しているからだ。もし映画館が暗くならなかったら、この赤い色は目について仕方がないだろう。 けれども、幸いなことに、この赤い椅子の空間は、ほとんど真っ暗な中で機能する。だから、あまりに目立ちすぎる「赤」でも大丈夫なのだ。 日常生活では、こんな真っ赤な椅子は使わない。だからこそ、真っ暗な空間の椅子として、真っ赤な椅子が成立するのだった。

2016/01/09

京都合宿の1日目

Img_2503 今日から年初めの京都ゼミ合宿だ。晴れの日が続くと予報が出ている。今年はT先生が退任なされて、その分の修士論文審査がないだけ、つまりは午前中分の負担が少ない。それで、午後から審査を始めることにしたのだ。京都へは午後の一番に到着する予定を組んで、この午前に空いた時間を利用して、京都を素通りして、まずは神戸まで足を伸ばした。

Img_2510 兵庫県立美術館で待望の「ジョルジョ・モランディ展」が開催されている。もっとも、すぐの2月には、東京ステーションギャラリーで同じ展覧会が回ってくるので、あえて神戸へ行く必要はほんとうのところ無いのだが、やはり混雑を避けたいのだ。わたしの予想としては、モランディ展自体以前に一度キャンセルがあったので、今回の展覧会は一部の熱狂的な支持者からは相当なリクエストがあったのだと思っている。それでかなりの混雑が東京では予想されるのだ。それほどの意味のある展覧会だと思われる。わたしにとっては、本年度一番期待している展覧会だ。

Img_2508 なぜモランディにおいて、とりわけ「展覧会」というものが望まれるのか。モランディの1枚1枚の絵画それ自体も重要な意味があるのだが、それだけでなく、モランディの場合にはむしろ同じような作風の絵を並べてみることで、多くの意味が見出せるような作風だからだ。たとえば、背景に注目してみよう。多くの絵が床と壁が7対3、あるいは6.5対3.5くらいに分けられていて、しかも控えめな色で区分が行われている。Img_2518 なぜ7であって、5ではないのか、などというのは、一枚の絵だけではどうしようもない。一枚の絵だけでは考えることができないのだ。それから、たとえば、瓶群に注目してみよう。なぜ瓶同士が重なっているのか。重なっていない瓶とどのような違いがあるのか、などというのも、およそ1枚だけの絵からは見ることができないだろう。

Img_2520 モランディの場合、確かに複数の絵を同時に見る必要があるのだ。とはいえ、多くの人が感じるのは、なぜこのように同じ瓶を、同じ構図で、同じ色で、何度も何度も繰り返し描いたのか、という疑問だと思われる。このことを考えるだけでも、この展覧会を見る理由があるのだが。Img_2515 そのために、かなりの時間がかかってしまい、その人びとが美術館に滞留することになるのだから、やはり東京では混雑することになるだろうと思われるのだ。

最初は、みんな同じだ、と思ってしまうのだが、じつは丁寧に見ていくうちに、大方は同じ色や形なのだが、微妙に異なる意匠に気がついてくる。たとえば、心理学のゲシュタルト風に言うならば、「図-地」デザインに見えてきてしまう、ということも起こってくるだろう。Img_2509 スケッチを見ていたら、瓶は一つ一つ異なって描き分けられている場合も存在するが、中には全体が大きな塊になっていて、個々の瓶は描き分けられていないものもあって、そうなると、まさにゲシュタルトのイラストの「図」に見えてくるから不思議だ。Img_2526 モランディがそこに何を見ようとしていたのかが、それぞれの絵として定着されているたびごとに、読み取られるべき内容が存在すると言えるのだった。

Img_2525 時間は無情であって、余らせることを許さない。また、東京に来たら訪れることを約束して、美術館のフォルテッシモ(ff)という喫茶店で、カレーライスを食べる。ここの椅子は金属とプラスチックで作られている。にもかかわらず、冷たい感じから抜け出していて、よく考えられているのだ。椅子では、いかに素材感から自由になることができるのかが重要であると思った。

Img_2529 灘駅から快速電車で京都へ出る。早めに着いたのだが、指導教員をお願いしていた同志社大学のN先生とばったり玄関でお会いする。面接の修士学生もすでに準備体制に入っていたので、予定を前倒しして、面接審査を行うことにする。合計4名の方々の審査を終えることができた。それぞれの学生の方々が、自分の仕事が忙しい中、汗と涙の末に書いてきたもので、その様子がありありと現れていて、2年以上かけた成果を評価するということは、並大抵のことではないのだ。

Img_2531 予定時間を大幅に超過して、こちらの顔色がすっかり変わってしまう(と、A先生から言われてしまったのだ)ほどに、審査を終わらせることができたのだった。今日の仕事は、まだまだ終わらない。Img_2534 そのあと、来年度から制作が始まる新規科目の打ち合わせが入って、学習センターを出る頃には、やはり京都の夜はみんな平等に降りてくるのだった。

Img_2533 A先生がサービス精神を発揮してくださって、夕食に付き合ってくださった。京都の「おばんざい」料理を食べながら、まずは第1日目の夜は更けていったのだ。

2016/01/06

恒例のガレット大会

Img_2488 千葉の母の家が処分されることになったので、妹夫婦が横浜の家に来てくれることになり、毎年恒例のガレットのフェーヴ獲得大会が継続されることになった。Img_2484 何回か家に来てくれた方々でも、この家への道を口で説明しても、なかなかわかってくださらない。その理由は簡単で、途中目印になるような建物がほとんどなく、曲がりくねった公園の山坂の道を選択して歩かなければならないからである。

Img_2486 よく言えば、自然が残っていて、気持ちの良い道だね、ということになるが、時間に余裕のない方々は、必ず迷うので、帰り道を確保する自信が持てないとおっしゃる人が多い。田舎ならば、山を目印に方向を定めるという手があるのだが、横浜の場合、丘を目指さなければならないだろう。谷と階段を選んで、一度は他人の家の庭に入ってしまったそうだが、一度間違えただけで到達したのは、たいへん優秀だといえよう。

Img_2489 お正月に娘がいた数日前には、カードゲームを行う雰囲気がなく、息子とわたしが準備をしていたにもかかわらず、ゲーム大会は開催されなかった。しかし、ここで妹夫婦が加わることで、ようやくにして、ガレット大会が開かれることになったのだ。Img_2485 ガレット・デ・ロワというのは、キリスト教の三博士を祀るものだそうなので、三博士に十分なお礼を言わねばならない。お正月のおせち料理も、母の味付けと少し違う味付けを妻がすることで、今年の料理は新たな段階に入ったようである。

Img_2487 ところが、カードゲームが終わって、勝者から敗者へ向かって、ガレットを選んで行ったのだが、どこにもフェーヴが入っていないのだ。じつは今日、仕事のために欠席の娘の分を、一切れ余分に切っていたのだ。それで、改めてその残り物を切り開いてみると、見事にフェーヴが出てきたのだった。娘へメールでおめでとうと知らせてあげたのだった。また、来年も継続したい風習なのだ。

2016/01/03

「この世の事物は人間生活を安定させる機能を持つ」

「この世の事物は人間生活を安定させる機能を持つ」という、哲学者H・アーレントの有名な言葉がある。物質文化に侵されて、いつも事物の多さに悩まされているわたしたちが、いつになったら、このような言葉を使うことができるのか、と思っていた。そうしたら、あっさりとこのような場面が現れた。

Img_2482 写真にあるのは、たぶん有田焼の系統に属する方の作だと思われる、湯のみ茶碗である。手が触れたら、すぐに壊れてしまいそうなほどに、肉薄い磁器だ。外側の朱色がどのようなテーブルに置かれても映えて、目に飛び込んでくる。目が冴える色だ。そして、内側には伝統的な網目模様が手書きで書き込まれていて、見ているとその世界へ引き込まれそうになる。

毎年、母の家にみんなが集まったのだが、この茶碗がお正月最初の食卓に並んでいた。中央には、必ず木製の菓子器に甘栗と干し柿が盛られていた。商家の風習で、「繰りまわしよく、掻き取る」の言い伝えがあった。これらを食しながら、今年一年の抱負を家族で語るのだ。そのとき、お茶が必要で、この朱色の茶碗が引き立った。これに、うすみどり色の液体が注がれると、心が澄んでくるのだった。それで、1年先どころか、10年先まで見通せるかのような錯覚を覚えるのだ。

Img_2477 面倒臭いといえば、その通りなのだ。毎年のように抱負を語れと言われても、日常はそれほど変わるわけではない。けれども、毎年々々何か言っているうちに、生活の「重し」ができるのだ。この茶碗を眺めていると、「人間生活を安定させる機能」というものがほんとうにあるかのように思えてくるのだった。もう何十年か前になるのだが、結婚すると宣言したのも、この席だった。

昨年、母が亡くなって、この数ヶ月の間に、母の家の片付けを行っている。タンスやピアノなどの家財道具の多くのものが捨てられる運命を待っている。その中で、わたしの生活を安定させてきた記憶のある、これらの茶碗はわたしの家や、大学の部屋へ移動させようと考えているのだが、それも記憶に残っているうちの何十分の1に過ぎない。そんな移動の中、この朱色の茶碗もひとつ欠けてしまったのだった。

Img_0633 今日の椅子は、妻の買い物に駆り出された弘明寺商店街で、洋食レストランの店「Makoto」の外に、客待ち用に出されていた椅子たちだ。ここのランチは旨いのだ。このように、座布団が置かれて、どうぞ座ってください、と示唆されると、店が何となくみんなに開かれているように思えて、つられて入ってしまいそうになる。入ると、何か良いことがありそうな雰囲気が大事なのだ。椅子たちもわたしたちの生活を安定させている。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。