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2015年12月に作成された投稿

2015/12/31

今年の暮れ模様

Img_0626 暮れも押し迫ってきて、今年を振り返ってみた。空を見上げれば、この一年世界で起こった悲惨な出来事が暗雲のごとくに覆っていて、その隙間からちょっとの青空すら見えないほどだ。それで足元を見るしかないと思い、やはり今年は母の亡くなったことが、身近な出来事の中では大きなことだったと改めて思った。他のことを考える余裕を失っている、自分が見えた。

Img_0627 父が亡くなったのは、今からちょうど35年前の6月だった。ところが、それに続いて、父の母つまりわたしの祖母が同じ年の12月に亡くなった。歴史は繰り返すというから、今年の6月に母が亡くなり、12月頃にはわたしにも危機が訪れてもおかしくない状況にあるという、強迫観念に捉われていた。大袈裟なと思われもしようが、12月の風邪は2週間以上続いたし、そのため疲労は極度に達していた、と自分では思い込んでいて、ブラックホールへ吸い込まれるように、この年の瀬を迎えていた。

妻と話して、昨年の今頃を思い出した。母が風邪を拗らせて、28日には救急車を呼ばなければ移動できないほどに、病変を迎えた。病院に着くと、レントゲンなどで検査が行われ、心臓と肺に水が溜まっていて、すぐに危篤状態になるのではないかということだった。親しい範囲でみんなに集まってもらう騒ぎになっていた。そして、その後6ヶ月続く、母の病院生活が始まったのだった。

それにしても、年末の夜の病院には、いろんな患者が手当に来ていた。母の次に診察を待っていたのは、上半身から顔に傷を負っていて、血だらけで救急車で担ぎ込まれてきた老人の男性だった。付き添いの老妻が「いつものことなんですよ」と事も無げに言うのにびっくりしてしまったのだった。坂道を先に歩いていて、危ないと思った時には、すでに視界から消えていたそうだ。笑顔が素敵で、怪我をしても奥様のこの笑顔があれば、落ち込む事もないだろうというほどの素敵さだったのだ。

わたしも、いつものように難なく乗り切り、何とか今年の年末を迎えることができたのは、幸いだった。まだ生きよという恩寵が働いているからだと思いたい。外へ出かける気力もなかったせいか、毎年恒例の修士論文の読み込みも順調に終わり、原稿もそこそこ進んで、災い転じて福となす、という年末を迎えることになったのだ。夕方になって娘がワインやシャンパン、さらに中華料理を持ってくるというので、弘明寺駅へ迎えに出る。

Img_0624 駅から街へ向かう頃には、帰省へ向かう人と、荷物を持って帰ってくる人とが交錯していた。女性が一人でリュックを背負い、さらに、ペット籠をキャリーに乗せて、帰省へ向かう姿が目を引いた。そして、意外なことに、家族連れという姿がほとんどなかったことだった。弘明寺では毎年のことだが、初詣客が多すぎて、今晩から数日間は、境内へ立ち入ることができない。それで、まだまだ人影がまばらな弘明寺の本堂へ寄って、晦日詣を行ったのだった。

そして、数時間後には、再びここを訪れることになった。授業番組「音を探究する」で自分の音を持ち込むことになっていて、それに使うために、うまくいくのかは全くわからなかったけれども、とりあえず素人録音の「除夜の鐘」の音を取るためだ。「録り鉄」の方々もさもありなんという姿を寒空にさらして、少し先では、初詣客が何千人も押し寄せている熱い場所を尻目に、録音機を梵鐘へ向けて、しばし立っていたのだった。Img_0598 今年の最後の仕事は、毎年恒例だった本部の研究室での「通信問題の添削」ではなく、今年は録音納めということに相成ったのだ。ゴオーン、ポヨーヨン、ポヨーヨーン・・・・・・と今年も暮れたのだ。

さて、ほかの方々には、それほどの写真だとはけっして思われないだろうとは考えるが、わたしにとって、たいへん意味のある写真が今年最後に掲げる写真となった。今日の椅子は、いつもコーヒー豆を購入する店で坐る椅子だ。Img_0596 注目できるのは、椅子と椅子の間に大きな一枚板のガラス窓があることである。そして、内側の椅子は、ホーネットタイプの曲木椅子であり、外側の椅子はバウワータイプの鉄パイプの金属椅子である。椅子の素材と構造を決定している理由が、一枚の写真で明瞭に明らかになっている写真なのだ。

2015/12/06

卒業研究の成果が問われる季節だ

Img_2361 卒業研究の今年度締め切りが11月にあって、今はその審査にかかっている。放送大学の「社会と産業」コースでは多くの方々は、公開の審査発表会にかかることになっていて、それは来週13日の日曜日に予定されている。毎年、審査される人も、審査する人も、さらに議論を楽しむ人びとも集まって催され、最後は懇親会も用意されている。楽しい会がある。

Img_2333 じつは、今日行われるのはこの発表会に出ない方の審査であって、東京文京学習センターへ出てきている。Y先生の学生で、一人の思想家を扱った論文だ。放送大学は生涯学習の大学なので、大きく二つのタイプの卒業研究が存在する。一つは、これまで自分が関わった仕事・職業上の優位性を活用して、独自の研究論文を仕上げるタイプであり、学者の入り込めない世界を扱った論文もあり、他の通学制の大学にはおよそ見られない、放送大学ならではの論文が仕上がる。Img_2335 二つは、職業とは全く無関係に、自分がこれまで考えたことがないことに挑戦しようという、楽しむタイプの研究論文がある。欧米ではよく見られるタイプで、生涯学習の典型例として、玄人はだしの論文が仕上がることがある。けれども、楽しむためのものであるために、時間を十分にかけるということが必要になってくるという特徴がある。

Img_2336 今日の発表は、内容をいうわけにはいかないが、どちらかというと後者の部類に入っている。今日の論文審査では、審査官のわたしたちがやや引っ掛け気味に、挑発的な言説を弄しても、全く動じないで言い返してくる審査会で、議論自体たいへん楽しかった。あとを待っている人まで、時間が十分にあったこともあって、1時間を超える審査と議論とが続いた。Img_2362 このような楽しい議論があってこそ、1年間努力した甲斐が報われるというものだと思うのだった。もっとも、審査される方にとっては、針の筵の上で、チクチクと意地の悪い質問をされるのだから、次の質問を警戒して、楽しむどころではなかったかもしれない。でも、ほんとうの議論というものは、このような緊張感があって、初めて成り立つものだと思われるから、通常のゼミの議論とはやはり異なるシーンが行われるものだと思われる。

Img_2359 わたしの経験でも、思い出深い審査会に受ける立場で何度か出ている。その時に、いろんなことが起こるのだ。社会科学の議論では、ケインズの美人投票ではないが、その議論の大勢が重要になる。そこで、議論の筋を見つけようとするのだが、味方だと思って議論の同意を求めると、途端に裏切られてしまうこともある。Img_2365 とりわけ、審査の席上では、あえて挑発的な発言をして、逆のことを述べて、その答え方で判断するような風潮があるので、要注意なのだ。Y先生は、審査の席ではそうではなかったのだが、指導の時には思考実験として、取り上げる思想家と全く逆の立場の思想家と比較することを勧めるそうだ。議論は、対立にこそ面白みがあるのだ。

Img_2337 審査場を後にして、「春日」で都営線に乗り換え、板橋区の高島平の公園にある「板橋区立美術館」へ向かった。松本竣介や麻生三郎たちと新人画会で活動していた「井上長三郎・照子」の展覧会が開催されている。

Img_2338 今日の一枚は、何と言っても、ドン・キ・ホーテ像のある「主従」だ。展示されているものなので、ここに表示できないのが残念なくらいだ。受付を抜けて、ホールから会場へ入って右側に掲げられていた。第1に、力が抜けている感じが色に出ている、第2に、狂気と正気の二重性がうまく現れている、第3に、素描から形造りへのダイナミックな動きが現れていること、これらがどっと迫ってくる。Img_2346 これまで、多くのドン・キ・ホーテ像を見てきたが、この絵が一番良いとわたしには思われる。ドン・キ・ホーテ像では、馬が大きくて、ドン・キ・ホーテは痩せて心持ち小さく描かれており、それに対して、サンチョパンサ像は太く大きく、ロバは小さく描かれている。物語が二人の周りに溢れている。

Img_2341 そして、最晩年の娘像は、丸々とした体つきに素朴な色使いを見せて、外連味のない、最後に達成した境地を表していた。その脇を通って、ホールへ出た。ホールには、額に納められていない、二人の小品が並べられていた。ジャズメンたちの肖像画が幾つかあって、多彩な顔の線画がたいへん興味深かった。Img_2348 これで思い出したのは、やはり松本竣介が晩年になって、二重線や二重輪郭で人物や構造物を表していて、独特の描法を持っていたが、雰囲気は異なるのだが、やはりこの二重描法が井上長三郎でも使われていて、特に彼の場合には、戦後はほぼ一貫して、この描法を使っていて、面白かった。Img_2357 政治家たちや社会現象を描くときには、この二重線の意味は直喩的に明らかだったが、それ以外の二重線の意味はどこにあるのだろうか、と想像しながら、楽しんだのだった。

Img_2350 今日の椅子は、美術館の1階の休憩所にあった赤い椅子だ。まずはテーブルが素敵な一枚板の広い机で、この場所ではなんとなく役不足という感じで、尊大な厚さと広さを誇示していた。この赤い椅子は、そんなテーブルをなだめるように、色彩で可愛らしさを出していて、このコンビネーションが面白かったのだ。今日の展覧会の井上長三郎と照子は、これとはちょっと違うコンビネーションで、「妻は空気、わたしは風」という爽やかで、かつ意味深いコンビネーションを見せる展覧会だったのだ。

2015/12/05

みなとみらいホールでコンサートを聴く

Img_0580 横浜に住んでいて良かったと思うことは数々あるのだが、質が良くて、にも関わらず決して高価ではないコンサートが、探せばどこかで、週に1回以上催されていることだ。もちろん、たまには高価な演奏会に行くのは良いとしても、ずっと練習を続けて聴かせてくれるセミプロや低廉のコンサートでも十分に楽しめる演奏会が数多く集まるのが、横浜の特色だ。友人たちの演奏する楽団には、誘われてもなかなか時間が合わなくて駆けつけることも適わない。それで、Img_2307 いつも失礼してしまっているのだが、このように選ぶことができるほどに、家から30分ほどで着くみなとみらい地区では演奏会が目白押しなのだ。たとえば、年末になってくると、大学管弦楽の定期演奏会が続々登場して、わたしたちの耳を楽しませてくれる。


Img_2376 今日は、横浜国立大学管弦楽団の演奏会がある。神奈川学習センターが試験監督でいつもお世話になっている、そのメンバーたちが多く所属しているのだ。みなとみらいホールで、シベリウスの交響曲第2番を演奏するというので、妻と出かける。妻は先週もこの曲を他の楽団で聴いてきたところで、同じ曲を何回も聴きたいのだと通を気取ってひけらかすのだ。

Img_2375 そういえば、今週フィンランドの管弦楽団がNHKの放送でも流していた。第3楽章までは、低く響く長い曲が続くような印象の曲だと思うのだが、それが突然のように、明瞭なテーマが現れるに従って、カタルシスが一挙に作用するから、抑鬱していた気分がさっと晴れるような心持ちに変わるのだ。この気持ちは、家で鬱々と仕事を続けているものにとっては、何物にも変えがたいものだ。

Img_2379 じつは先週もみなとみらいホールを訪れている。よほど気持ちが鬱屈しているらしく、外にその解放を求める気分がずっと続いている。先週はランドマークタワーとクイーンズ・イーストから、みなとみらいホールへ入った。パイプオルガンの恒例1ドルコンサートがあり、これも妻と待ち合わせて行ったのだった。バッハゆかりの作曲家を取り上げた演奏だった。それでも、贔屓耳で聴くせいか、やはりバッハのオルガン曲が一番耳に残ったのだった。

Img_2295 その日は、時間に余裕があった。それでみなとみらいホールへ行く前に、暇があったら行きたいと思っていた、横浜美術館の美術ライブラリーで、椅子関係の資料を渉猟した。そこで偶然にも、古典的なハーバート・リードの本を見つけ、椅子に関するところを探し出す。Img_2292 ラスキンとモリスの文脈を正確に追っていて、その本は興味深かったが、彼らとリードとが異なることがあって、それは手仕事ではあるが機械生産を受け入れる覚悟がこのころから始まっていた点であり、ここでの木工の記述が特に面白かった。Img_2283 さらに、この図書館の書棚で、美術で有名な海外出版社が出している椅子の図録も見つけ、美術館関連の文脈で探すと、図書館と異なる本を得られることがわかって、たいへん有益な時間を過ごすことができたのだった。

Img_2286_2 書籍は充実していて良いのだが、このような専門図書館の欠点は、飲食がまったくダメなところだ。階下へ降りていけば、立派なレストランはあるのだが、それを持ち込むことはできない。年寄りは喉が乾くのだ。Img_2303 それで、最後の閉館チャイムが鳴るまで、ライブラリーにはいたのだが、その後すぐに、喉を潤したくなってしまった。向かいに近年できたビル「M」があって、その3階の喫茶店「C」へ入る。窓際から、みなとみらい地区の摩天楼が望めて、綺麗な照明が輝いていた。

Img_2298 この正面から横浜美術館を眺めていたら、先日のル・コルビュジエ展を思い出した。横に水平に伸びた、高床式の回廊が周りをぐるっと回っており、真ん中に一帯を眺望する展望台があるのだ。Img_2301 横浜美術館の建物がまさにコルビュジエ様式の建物であることがわかる。壁の模様がシンプルな幾何学模様を描いている。丹下健三設計のものなのだ。板倉準三が神奈川県立近代美術館を作って懐かしんでいるように、コルビュジエ様式はこのように極めて身近なところに残っている。

Img_2290 今日の椅子は、美術館の波打つ白いベンチだ。大きな施設には、大きなベンチが似合う。これも、インテリアの「連続性の原理」に従っているのだろうか。Img_0581

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。