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2015/10/04

職人技の本能とは

Img_1533_2新幹線新神戸のすぐそばに、竹中大工道具館がある。椅子制作の取材をしていて感ずるのは、木工の本能ということがあるのではないかということだ。Img_1529 その多くは経験的なものなので、いくらわたしが興味を持ったからといって、一朝一夕にはその感覚を身につけられるわけではないものなのだ。けれども、木に触っていると、じわじわと身体の中にしみこんでくるものがある。

Img_1534 それで、いろいろな角度から隙を窺うというのか、木工作品の間にいて感ずるというのがよいと思うようになった。今日は機会あって、神戸を訪れている。機会というのは、信州の木工、それも椅子に関係した職人技の持ち主たちが、建築家のN氏と協働した展示会を催しているからだ。Img_1568 展示は期待どおり、椅子が20点くらいで、あと見たかった設計図が十数点掲げられていて、その中に書かれている指示の言葉などを眺めていると、職人技本能についての想像力を掻き立てられたのだった。

Img_1541 まず注目したのは、建築家と三人の職人のいずれもが、一つの専門以外に複数の専門職人であることだった。他者と協働する以前に、すでに自分の中の他者と向かい合っている人びとだということだ。これはきわめて納得的なことだった。Img_1543 自分の中の対立をうまく抑えられない人は、他者との対立もうまく抑えることは出来ないことだろう。あるいは、自分との葛藤を抱えていることを知っているから、他者との葛藤も理解できるのだろう。

Img_1547 たとえば、今回N氏とテーブル作成でコラボしたY氏の場合、N氏は建築家としてよりも家具デザイナーとして現れていたし、Y氏もかつてのウィンザー椅子職人というよりも、家具職人として、制作していた。そこでは、自分の殻から一歩外へ出て、二人の中間を探ってなされるような工夫が展示されていた。テーブルの足を二つにした場合、下を支える部分をどのように考えるのか、などが面白かった。

Img_1553 それで興味を持ったのは、ひとりの中での家具デザイナーとテーブル職人の葛藤を行う場合と、ふたりで分担し合う家具デザイナーとテーブル職人とどこが異なるのだろうかということだった。Img_1556 これは考えていると、どこまでも飛躍できそうな面白いテーマであると思ったのだった。このことなどを問題の糸口とすれば、面白い視点がありえそうに思えてくるから、不思議だったのだ。

Img_1555 さらに、素人のわたしでも参考になったのが、この博物館の一般展示だ。大工道具の標準的な道具揃えが一覧のもとにわかるだけでなく、伝説の道具メーカーたちの作品をも見ることできたのだった。Img_1549 刀剣の素晴らしいものを見るように、鉋の刃の、息を呑むような見事な道具に触れることができた。

Img_1561 中でも、木組みの面白さにも触ってみることができたのは、新鮮な体験だった。さて、写真に写っている、木同士がどのように組まれて、しかも釘一本も使わずに組まれているのかが、じっさいにわかるだろうか。わたしが再現できなく苦労していると、若いカップルが来て、難なく組んでしまった。「大工ですから」、と言っていた。

Img_1542 その隣には、丸太を幾つかの局面で切り裂いた見本の板が飾られていた。板材のくせがよく分かる展示だった。また、大工道具の典型である墨壺も展示され、じっさいに使って見ることができた。わたしの前には、女性が試していた。すると、「やってみましょう」と割り込んで、大工の熟練が寄ってきた。ビシっと決めて、線がまっすぐに引かれた。

Img_1546 実はまわりを見回すと、若い人も年配の人も、大工さんらしい人びとが押し寄せてきていることに気付いたのだった。とりわけ、年配の人びとは引退し、その後ここを訪れたような人びとばっかりだった。Img_1536 大工仕事はわたしが考える以上に、直感的で経験的な仕事なのだと思われる。けれども、それ以上に、大工の人々にとっても、このように一覧して、道具がまとめてあるところを見ることには、何らかの本能を超えた効用があるのだと確信したのだった。

Img_1465 今回の関西旅行では、年次休暇という制度を利用して、妻とゆったりと自由に歩き回っている。わたしが大工道具博物館を見ている時には、妻は小磯良平美術館を回るというように、行動は別々にとって、朝食・昼食・夜食は一緒に摂るといった具合だ。

Img_1474 神戸への到着が朝早かったこともあって、朝食と昼食を10時開店のパン屋「F」でサンドウィッチを食べる。ここの特色は、セットで頼むと、追加注文で様々な種類の食パンを個別に選べるところにあって、むしろこちらの色々なパンを目的としてくる客も多い。Img_1479 古い教会を改装した、天井の高い食堂は、心地よいゆったり感を与えてくれる。休日なので、家族連れが多く、パン好きの子供や親たちが大量に頬張って、食べる愉しみを満喫していた。Img_1470 この隣の工場で作られているさっぱりしたバターとミルクジャムが気に入ったので、出されたパンに塗っていただいたのみならず、さらにこれから歩き回ることを顧みず、それぞれ二缶ずつ購入してしまった。Img_1484 Img_1481

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。