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2015年10月に作成された投稿

2015/10/31

ル・コルビュジェ展へ行く

Img_0532 湯島にある建築学資料館で、「ル・コルビュジェ」展が開催されていると、娘から誘いがあった。近くにランチの美味しい店もありそうだというので、いそいそと出かける。

Img_0527 「カツオのたたき」の前菜が出て、「シラスとねぎのトマトソース・パスタ」のランチだった。和風の食材を使っているが、味はかなりイタリアンであった。ワインを飲んで、ゆっくりとおしゃべりするような、店の雰囲気だったが、展覧会が待っている。

Img_0530 この資料館へは、コルビュジェの弟子である「坂倉準三」展覧会の時にも来ている。平日は無料で入れるのだが、土日は岩崎邸から回り込んで入るので、入場料を取られる。けれども、最近盛んに利用させてもらっているシニア料金なので、娘の半額だ。それに、この資料館は立派なカタログをいつも編んでいて、無料で配っていて、記憶を辿るのに便利なのだ。建築の設計図などは、覚えておく糸口がないので、このように写真の載ったカタログでいただけるとやはりたいへんありがたい。

Img_0529 展示の中で、目立ったのは国立西洋美術館の建築だ。日本における唯一のコルビュジェ作品だということになっている。そして、この建物をめぐるCG作品と組み合わせてみると、何度も通っている西洋美術館の成り立ちがよく理解できるようになっている。高床式の縦のラインと横のラインが直線になっていて、モダニズムの特徴を表している。さらに、ピロティがあって、それをめぐる回廊がコルビュジェの特徴となっている。ちょうど上から見ると、明り取りが四角を描いて綺麗に並んでいて、美術館の採光が効率よく考えられていることがわかる。冒頭に掲げた今回のポスターにもそれが描かれている。

Img_0540 湯島に出たついでに、千駄木まで散歩しようということになって、まずは根津神社に向かう。そこから、日本医科大のはずれにある旧夏目漱石邸(通称、猫の家)の前を通る。現在は明治村に移築されているが、ここで「吾輩は猫である」が書かれたらしい。Img_0543 そして、突き当たりの団子坂に出る。このなだらかな坂を山手から下町へ下る途中に、森鴎外の観潮楼があり、現在は文京区立の「鴎外記念館」になっている。コンクリートに薄い色のタイルを敷き詰めた、モダンで洒落た文学館だ。閉館時間までにまだ十分に見る余裕があったので、ちょうど開催されていた「ドクトル・リンタロウ 医学者としての鴎外」展を観る。これが予想外に面白かった。

Img_0544 たとえば、鴎外は軍医だったので、公衆衛生の本を書いていて、『衛生学大意』が展示されていた。脚気論争では残念ながら間違ってしまったらしいが、大掴みの原理的表現には見るべきものがある。最初のところに、衛生学とは「一言で言えば、人の健康を図る経済学のようなものである。體の外に在るものを體の中に入れ、又體の中にある物を外へ出すに當って、その釣合を取って健康と言う態度の損なわれないように努める法を研究するのである。Img_0545 たとえば、人が息をすると言うは清い空気を外から體へ入れ、その代りに汚れた空気を體から外へ出すことである」と言っており、のちの行動主義的な観点を先取りして面白い。また、『文芸の主義』も展覧会で取り上げられていて、「芸術に主義というものは本来ないと思う。芸術そのものが一の大なる主義である」と論じ始め、自由な芸術のあり方を説いている。そして、最後に「学問の自由研究と芸術の自由発展とを妨げる国は栄えるはずがない」と結んでいて、当時の時代を描写している。

Img_0546 ビデオコーナーでは、森まゆみ、加賀乙彦、安野光雅、平野啓一郎などの鴎外論も見られるのだ。夕暮れ時にもかかわらず、ノート片手にじっくりと鴎外を鑑賞する人びとで溢れていた。なぜか男性の来館者が目立ったのも、近年見ない風景だと感心したのだった。文学館と言うと、女性ばかりという印象を持っていたのだが、それを変えなければならないと思ったのだった。

Img_0547 娘が本郷に住んでいた時に、散歩でよく行った喫茶店があるというので、ちょっと早めの夕飯を食べようと連れて行ってもらう。千駄木のよみせ通りから裏道に入って、岡倉天心の旧日本美術院跡のすぐ前に出たところにある「H」荘という古民家を改装した喫茶店だ。野菜たっぷりのご飯とビールをとる。娘は休日になると、ここに陣取ってよく仕事をしたらしい。最近は、このように長居できる喫茶店が本当に少なくなってしまった。

Img_0549 という話をしていたら、それじゃ長居できる喫茶店をもう一軒行こうということになって、千駄木から千代田線に乗って、表参道に回ったのだった。今日最後の珈琲は、駅からほどない2階に、かなり昔からある喫茶店「L」にて、ガトーショコラと苦味の珈琲を一杯飲んで帰路に着いたのだった。今日の椅子として、この喫茶店の年季の入った木製の無骨な感じの椅子を写真に撮ろうとしたら、電池が消耗していて、残念ながら写真はなしだ。Img_0551 けれども、背板のバーがすり減って、いかにも使い込まれた木の肌を見せていて、テーブルの分厚い板とよく調合していたのだった。Img_0552 長居したいと思わせるモノというものがあるのだと思った。家庭の椅子が使い込まれていて、その家に付いているのと同じように。

2015/10/18

「クラフトピクニック」で椅子を作る

Img_2757_2 クラフトピクニックの第2日目。朝、大糸線が遅れた。ゆっくりと珈琲を飲んでから、会場の「あがたの森」へ向かうつもりだったのだが、約束の10時にギリギリだったので、子どもの頃通った道を駆けるようにして、公園に入る。すると、中央の芝生を挟んで、抜けるような青空が広がっていた。昔、やはりここで見た風景だ。ただ無限の縮尺がちょっと縮まっただけだ。

20151025_204920 早速、S氏のテント「スツールをつくろう!」を目指す。ピクニックの醍醐味は、子どものように溢れる好奇心を持って、「作る」ことに徹することだ。20151025_205028 それで、S氏に頼んで、予約の入っていない時間を狙って、つまりは朝一番に、わたしの椅子を一緒に作ってもらうことにしたのだった。中学校以来の図工の時間が到来した。

20151025_204611 まず、S氏がすでに素材加工した、組み立てのための座板と3本の脚を選ぶ。今回、S氏は3種類のキットを用意していた。脚の長い丸い3本脚スツール。おむすび型した低いスツール。そして、楕円形の4本脚の低いスツールだ。20151025_204135 このおむすび型には、歴史があって、S氏の説明によれば、シェーカータイプのミルキング・スツールという伝統的な形を継承しているスツールだ。米国のシェーカー教徒が使っていたのは、取っ手のついた三角スツールだった。20151025_204203 それでは、スタッキング(積み重ね)できないので、S氏が穴を開けて取っ手の代わりの穴あきスツールを作った。写真の端に映っているものだ。ところが、穴を開けるのには、かなりの手間がかかってしまうので、半分まで穴を掘った、この「おむすび型スツール」が登場したのだった。

20151025_202818 座板は、色を意識して選んだ。後で赤い色が浮かんでくるようなサクラ材だ。そして、脚は白い素材のクリ材だ。まず、座板に開けられた穴に、ボンドを注入する。20151025_202922 よく見ると、穴は簡単に開いているように見えるが、この穴の方向が重要で、結局は座板と脚とをほどよく結んでいる。このような素人の手の入らないところに、S氏たち玄人の苦労が詰まっているのを感じるのだった。もちろん、ボンドの液を使いすぎてしまうところにも、注意が必要だ。このようなところでうまく節約できるかが、職人技という本能的な部分なのだと思った。

20151025_203311_2 脚が簡単に抜けてしまわないように、座板に突き刺した脚の先を割って、そこに楔を打ち込む。ローズナット材の硬い素材でできている。これを玄能で打つのだが、この時の思い切りがどの程度なのか、さらにどのような音を木が発するのか、確かめながら進む。ドン、タン、キーンと、椅子が答える音がする。音が変わったら、打ち止め。


20151025_203417 そして、座板から出ている、楔付きの脚の根元を、座板に平らになるようにノコギリで切る。さて、この感触も懐かしい。無理に力を入れない、入れないと念じているのだが、手は言うことを聞かない。20151025_203523 座板を傷つけてしまうと、S氏が特別製の鉋で修正してくださるが、幸いなことにわたしの場合には、サンドペーパーで十分だった。

20151025_203630_2 昨日、他の方が実習するのをじっくりと見ていたので、頭ではなんとかイメージできるのだが、文章と同じように、なかなか手が頭の命令に素直には応じないのだ。最後に、難関が待っていた。昨日は難しいところは、S氏が「やりましょう」、と言って、やってくださっていた。20151025_203740_3 それはもしかしたら、女性だったから親切だったのかもしれない。最後のノコギリの工程は、3本の脚を揃える作業だった。ここで間違えると、椅子なので、ガタツキの原因になってしまう。この脚をいかに揃えるのか、と頭で考えていても、わからない。結局は、目と手とノコギリを合わせるより仕方ないのだった。

20151025_203842 仕上げは、自然素材でできた油を脚と座板に塗った。すると、魔法のように、素材の木そのものだったものが、急に椅子に変換されたのだった。20151025_203953 目の前で塗るごとに生き返る木の色の変化に感動したのだった。完成!みんな拍手。ボンドを塗るごとに、木を差し込むたびごとに、玄能を振りかざすたびごとに、ノコギリを引くごとに、ヤスリで表面を撫でるごとに、油を塗るごとに、形が整えられていく。20151025_204038_2 手を加えることが、自分のものであることの確証だ、と言った啓蒙思想家の言葉に共感するのだった。

Img_2769 S氏と別れて、道なりに進むと橋のそばに、松本へ来るたびにいつも寄るコンフィチュール屋さんのM氏が安楽椅子にどっかりと座っていた。Img_2771 自分用のジャムがちょうど欲しかったので、コンフィチュール作りの実習を受けることにする。ギャラリーも集まってきて、楽しめる実習になりそうだった。


好きな果物を2、3種類選ぶことになっていた。Img_2774_2 りんごの季節なので、紅玉。松本の友人の家になっていたな、と昔を思い出し、イチジク。約200グラムを形あるくらいに切り刻む。

Img_2777 そして、ちょうど半分くらいの砂糖を入れ、強火にかける。程なくして、ふつふつとシロップが泡を吹き出す。火を消すタイミングが大事なのだ、とM氏は言って、「どうです」と、頃合いを見定めて、出来上がりだ。容器に入れて、洒落たラベルと蓋を油紙で包んで渡してくれた。Img_2779 ここには、170グラムが入って、残りはどうしたのか。ギャラリーに大学生たちがいて、目が輝いていたので、それをほっておくほど野暮ではない。 M氏がパンをとりだして、みんなに残りを振舞ってくれた。Img_2778_2 自分で作ったものほど、美味しいものはない。甘いものが口から喉へ達するのを感じ、思いがけず自分の中に沸いた製作者本能を鎮めながら、「あがたの森」から退散したのだった。Img_2763_2 Img_2714

 

2015/10/17

クラフトピクニックを楽しむ

Img_2793 松本市で毎年開かれている「クラフトピクニック」へ来ている。椅子の職人作家S氏のテントへ密着するためだ。毎日こんなに多くの時間、そばに立っていられると、多分かなりいやだな、と思われてしまうはずなのだが、この包容力のあるところがS氏の魅力だ。

Img_2629 朝、あずさ号の小谷行きに乗って、松本へ入る。この週末は秋の収穫が成って、さまざまなイベントが開催されているためだろうか、午前中は指定席がすべて満席で、座席は混雑していた。けれども、隣の席に座った方が、ずっと読書をしていたので、静かな旅を楽しむことができた。朝のコーヒーは、クラフトピクニック会場の「あがたの森」公園への通り道にある、コーヒースタンド&本屋「S」にて、カフェオレ。Img_2634 O先生がよく行く市民芸術館裏の「G」にて、早めの昼食で野菜カレー。もちろん、これらの店主たちが、どのような工芸に注目しているのか、情報収集も怠りない。

Img_2638 「クラフトピクニック」は木工・金工・手芸などの職人作家が、一緒に作りながら、手仕事の内容を展示している、ワークショップ型のイベントだ。春にこの会場で行なわれている「クラフトフェア」よりも、参加する人数も限られていて、ゆっくりと工芸を楽しむ工夫がされている。Img_2664 フェアが消費者と製作者の取引の場に限られてしまう傾向があるのに対して、ピクニックは素人であっても、玄人に密着して、質問したり自作を楽しんだりすることができる。参加型の中でも、より深く関わる工夫がされている。けれども、こちらではむしろ素人と玄人の真の違いというものが明らかになる。じつは、そこがたいへん面白いところなのだ。

Img_2648 今回も新たな発見が目白押しで、それをS氏の確かめると、それはダメだとか、それはいいでしょうとか、反応してくださるので、たいへん参考になるのだ。そばに密着しているとわかるのだが、インフォーマルな結びつきの面白さがたくさんあることに気づくのだ。Img_2751 例えば、当日S氏の椅子仲間の一人が、テントの裏に2脚の椅子を持ち込んだ。写真にある「猫椅子」だ。構造は簡単で、一枚の板が座板となっていて、椅子の脚と、猫を形どる付属品は、鉄でできている。跨っても良いし、ベンチ風に腰掛けても良いのだ。

Img_2684 まず、猫の動きが描写されていて、動的な椅子となっている。このような動物椅子は、18世紀ごろのフランス宮廷の猫脚の例はあるが、それは部分的な脚の話なので、このように、椅子全体が、猫の形をしていて、構造にきっちりと組み込まれたものは珍しい。Img_2688 足が互い違いに作成されていて、猫が歩いている様子を描写している。けれども、通常の足の運びとは違っていて、やはり椅子として成立するための正統的な安定性をちゃんと確保している点は素晴らしいな、と思ったのだ。

Img_2706_2 感心したのは、次から次へ、この椅子を観察しにくる仲間がいたということだ。先日のグレイン・ノートでの椅子展に出品していたSa氏は自分のテントから出張してきて、素敵なカメラを持ち出し、撮影をしていた。昆虫採集を行うように撮ったというところだろうか。Img_2709 もちろん、仲間でもT氏のように、他の人の作った椅子はなるべく見ないようにしている、という反応もあって、強く他者を意識していることには変わりない反応もあるのだ。暗黙のネットワークが存在していて、それぞれに椅子が出てきたら批評というのか、検討を行うことが観察できたのだった。

Img_2711 面白かったのは、S氏の反応で、縦横方向の構造は問題ないのだが、斜め方向の構造に難があるのでは、と問題提起していたことだった。それは専門的なところになるので、今度作った本人に聞いてみたい点だ。もっとも、それから純粋に木工作品ではないところも、おそらくわたしが想像するに、気に入らなかった点だったと思われるが、違っているかもしれない。

Img_2643 S氏のテントには、千客万来で、全部で16脚用意したワークショップ用の組み立てスツールも、1日の途中でほぼ半分が予約済み状態だった。

2015/10/11

ジャズプロムナードの1日

Img_1961 昨日までに修士論文の草稿が4人分も届いた。一つは400字詰288ページほどあって、分量は4人全部合わせるとかなり多い。まだ送ってこない人たちへ圧力をかけるつもりは全くないが、まだ、1ヶ月あまりを残して、一応全部描き終えた人びとが、この時期にまとまって出てきたのは、喜ばしいことである。昨夜と今朝にかけて読み終わる。Img_1955 いくつかの示唆と提案ができそうだと思う。どうしても、読み終わった後は、感情的になっていて、全体像で見過ごしてしまうことが出てきてしまうので、このように時間に余裕がある時には、1、2日寝かしておくと、良いアイディアが浮かんでくるものだ。Img_1965 今回の三論文についても、週明けまで、ちょっと大切に保っておいて、何らかの発酵を待ってみたい。時間に余裕ができたと思えたので、そのあと自分の原稿を数枚書き足して、結局予定の時間を1時間ほど超過して、午前の仕事を終えた。

Img_1972 今日の午後は、毎年恒例の横濱ジャズプロムナードだ。今年度も、内容が充実していて、横濱のいたるところで多様な音楽が展開されるようだ。多様性の時代に重要なことは、聴取者がわの視点だ。聴取者には、多様性を自分の文脈にまで持ってくる姿勢が要求されていることだと思われる。ということで、大方の演奏は諦めて、今年は以前にも聴いたことのある、外国からの演奏に絞って、聴くことに決める。

Img_1976 このようなプログラムが集中しているのは、赤レンガ倉庫会場だ。ところが、三連休で、会場までの道筋に横浜市や国際ボランティアなどの催しが満載で、道に人びとが溢れていて、歩くのも難儀なほどの人混みだ。横浜市の人びとはほんとうにイベントが好きだと思う。地下鉄の関内のチケット交換テントに寄り、すでにその横では街角ライブの音が聴こえていた。横浜スタジオのテント群を抜け、日本大通りに入ると、さらに人びとが連なるテントに群がっている。目立つのは、子供たちで、こんなに小さな時からイベントの染まっていくのであれば、今後も次々にイベント好き世代が、横浜市民の中核として育っていくのだと思われる。

Img_1986 県庁脇から、象の鼻公園に入り、ようやく赤レンガ倉庫へたどり着いた。入り口があったので、入ろうとすると、そこはビールのイベント会場で、さらにそこを迂回して、倉庫の1号館へ入ることができた。Img_1988 運河に囲まれ、正面に税関のクイーン塔が美しい容姿を見せており、左には、大桟橋が大きな空母のような姿を横たえている。

Img_1977 到着が遅れたので、すでにインドネシアの演奏者は終了しており、次はオランダのサックス奏者Yuri Honingだった。言葉にして表すのは、毎回のように困難なのだが、イスラエルのジャズも元気があってよかった。Img_2007 三年前に関内ホールで初めて聞いた「パスカル・シューマッハ」のカルテットが今年度も出るということで、米国旅行から到着したばかりの娘と待ち合わせて、赤レンガ倉庫ホールで聴く。昨年、市ヶ谷のベルギー大使館のピアノを使って作曲したという、東京をテーマとした曲が続いた。Img_2010 相変わらず、不協和音を組み合わせた上昇していくイメージの曲想が素敵だ。「NAMBU-TEKKI」や「WABI-SABI」などの日本をイメージした曲が並んだが、特にこれらの言葉には曲は関係ないようだ。シューマッハ調の洒落た音には変わりない。

Img_2027 赤レンガ倉庫になぜこんなに人びとが押し寄せるのか、いつも不思議に思っていたのだが、こうして倉庫のベランダに出て、ぐるっと周りを見渡せば、大桟橋、象の鼻公園、クイーン塔、などが立ち並ぶ中央に、この赤レンガ倉庫が位置していて、人びとはやはり中央に集まりたがるのだと納得する。

Img_2042 混雑の中、夕飯を食べ、コンサートがはねた後、娘と塩尻のメルロワインを一杯飲んで、今日1日を振り返ったのだった。

2015/10/10

映画「マイ・インターン」を観る

Img_1936 映画「マイ・インターン」を、久しぶりに訪れた川崎の「チネチッタ」で観る。ニューヨークものの典型は、上層階級のエクゼクティブが苦労の末に、アメリカ的ドリームを獲得する、という紋切りの映画がお得意であったのが、何回かのバブル経済がはじけた後、エクゼクティブの考え方にも、変化が起こってきている。


これまでのニューヨーク・エクゼクティブの映画の特徴は、やはり雲の上生活、そして上から目線の人びとを描いていることだろう。ここでは、挫折として、会社が潰れ、夫婦が離婚することが常套手段として描かれる。これに対して、「インターン(見習い)」という、最も企業の中でも最下層に焦点を絞ったところに、この映画の特色がある。


Img_1941_2 ロバート・デ・ニーロが打って付けの高齢者役を演じていて、アン・ハザウェイ演じる社長が立ち上げた、会社発足間も無い通販会社に、「インターン」として雇われるところから、物語は始まる。このような柔軟な考え方をする有能な社員がいるならば、どのような会社でも、高齢者であっても雇うだろうな、と思ってしまうくらい、余裕のある有能な社員を演じている。


Img_1937_2 ビジネスもので、女性を中心とした映画が、現代の問題をかなり含んでいて、アン・ハザウェイ主演の以前の映画「プラウダを着た悪魔」と同様に、現代企業の内部を描いていて、ここに関する関心が欧米でも、日本でも、盛んであることを示している。だから、この意味では、女性企業戦士ものは、今後も共通に注目されると思われる。けれども、この映画特有の人びとを集める利点がある。それは、会社に勤めるサラリーマンは、会社と個人との間に、中間的な役割を持つ媒介者を必要としていることがわかる。今回は、インターンがそれであり、デ・ニーロが仲良くなるマッサージ師も会社の中では、周辺的でありながら、中心的役割を演じていて、良い面を出していた。

Img_1939_3 問題は、どのような人であっても、二重の役割を持っていて、その二重性をいかに自制できるのか、が問われているのが、現代社会の特徴となっている。この二重性を自分で解決できない時にはどのようにしたら良いのか、その一つの回答が、この映画には含まれているのだ。

今日は卒論ゼミの最終回を迎えていて、今日を超えると、個別指導が本格的になり、最後はどうしても、提出しなければないならないところに追い込まれることになるのだ。これまで、自由に時間をたっぷり使って、さらに美味しいものを食べてきた成果が問われることになる。

2015/10/05

朝、さわさわという、涼しげな風の音で目覚めた

Img_1641 朝、さわさわという、涼しげな風の音で目覚めた。カーテンをさっと引くと、遠目に港を臨んで、近くに数百メートルの山並と、林が波打っているのがみえる。

Img_1597 昨日は、大工道具館を出た後、摩耶ケーブル・ロープウェーを乗り継いで、六甲山の上にある宿舎へ泊まったのだ。展覧会で見てきた建築家のN氏の作品の一つに、六甲山の眺望を生かした住宅と小屋のLuna HouseLuna Hutがあって、Img_1624 いわゆる百万ドルの夜景が望めるらしい。それに憧れたわけではないが、六甲山からの眺望と夜景は一度ならず眺めてみたいと思っていたところだ。

Img_1632 庭から阪神への眺めの良い食堂で、朝食を済ませて、庭を迂回して、小高いところにあるジャグジーバスからは、神戸市内が望まれる。Img_1647 夜、じっくりとこの景色を見ながら、どのようなことを考えるのか、ちょっと考えるだけでも、楽しくなってくるのだった。

Img_1643 バス停へ行くと、いつもの妻とは違って珍しく、帽子がないというのだ。荷物を解いて探すのに、こんな山の中で店を開くとは思わなかったのだ。Img_1648 普段はふたりで旅に出かけると、物を置き忘れるのは、わたしの役回りだったのだが、今回は違っていたので、特筆に値するのだった。部屋へ戻ってみると、案の定テレビの裏に落ちていた。このような事件が起こるのが旅の楽しみだ。

Img_1658 六甲ケーブル山上駅は、古い建物で、山の上と下の街をつなぐに最適な拠点を用意していた。改札口を横目で見ながら、二階から屋上へ行くと、天覧台と名付けられた展望台が現れた。Img_1673 親子連れが居て、仲良く肩を組んで、景色に映る阪神間の建物を確認しながら、ベンチでおにぎりを頬張っていた。

Img_1674 かなり以前のことだが、尼崎で開催されていた阪神間文化の展覧会を見ていて、感じたことがある。なぜ阪神間には、ビジネスだけに終わらない文化的発展が明治期以後起こったのか、ということだ。大阪や神戸それぞれの固有文化が歴史的に存在することは知られているのだが、それ以上に、阪神間を問題にする理由がわからなかった。

Img_1698 たとえば、東京と横浜間に文化は存在するのか、という比較は可能だと思われるが、確かに京浜工業地帯などのように、京浜という言葉が存在するのだが、新橋・桜木町間の鉄道くらいが思いつくだけで、京浜独自の文化が存在するわけではない。東京・川崎・横浜が並立しているだけだ。

Img_1697 今回、六甲に登ってみると、この阪神間文化がなぜ生ずるのかが、感覚的にわかった気がするのだった。つまり、一望のもとに眺めることができる山丘陵が存在するのが、六甲の特色だ。上から見て、この地帯を一体のものとして眺める文化が発達したものだと思われる。Img_1722 おそらく、六甲がなかったならば、阪神間文化は生じなかったのではないかと思われる。牧場があり、かつてはスキー場もあり、山を越えれば、有馬温泉へ到達する。富裕層による有閑階級文化が盛んに行われる場所だったことが確認できた。

Img_1725 じつは、今回の旅行中に、どこか喫茶店に閉じこもることができると思って、研究誌の編集仕事を持ってきたのだ。それで、三宮駅前のジャズ喫茶へ入ろうと思ったら、定休日であった。また、G珈琲店という落ち着ける店がガード下にあったのだが、これも移転して、挽き豆販売専門店になってしまっていて、結局、E店へ入ることになってしまった。Img_1743 Eの珈琲はうまいのだが、長居できる店ではない。次から次へ客が入ってきては、1種類しかないのだが、飽きのこない、この珈琲を飲んで、すぐに出て行く。そういう珍しい店なのだ。すでに40年は続いている店だ。ところが、カウンターに座っていたところ、雑誌社の取材が入るということで、店長がわたしの隣に座って、取材に応じ始めたのだった。Img_1741 これ幸いとばかりに、自分の仕事に専念し、かなりの時間隣で粘ったのだった。カウンター内の我慢強い珈琲作り職人の手さばきを眺めていると、長続きする店の感覚が伝わってくるのだった。珈琲のおかわりはもちろん何回かしたのだが、こんなに長居ができるとは思わなかったのだ。

Img_1797 宿は、須磨海岸にとっていた。この海岸には、願いを聞いてくれるという、椰子の木が5本立っていて、砂浜全体の象徴的ポイントとなっていた。。Img_1792 明石大橋が夕焼けで燃えるように輝いていて、散歩する人びとで賑わっていた。

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2015/10/04

職人技の本能とは

Img_1533_2新幹線新神戸のすぐそばに、竹中大工道具館がある。椅子制作の取材をしていて感ずるのは、木工の本能ということがあるのではないかということだ。Img_1529 その多くは経験的なものなので、いくらわたしが興味を持ったからといって、一朝一夕にはその感覚を身につけられるわけではないものなのだ。けれども、木に触っていると、じわじわと身体の中にしみこんでくるものがある。

Img_1534 それで、いろいろな角度から隙を窺うというのか、木工作品の間にいて感ずるというのがよいと思うようになった。今日は機会あって、神戸を訪れている。機会というのは、信州の木工、それも椅子に関係した職人技の持ち主たちが、建築家のN氏と協働した展示会を催しているからだ。Img_1568 展示は期待どおり、椅子が20点くらいで、あと見たかった設計図が十数点掲げられていて、その中に書かれている指示の言葉などを眺めていると、職人技本能についての想像力を掻き立てられたのだった。

Img_1541 まず注目したのは、建築家と三人の職人のいずれもが、一つの専門以外に複数の専門職人であることだった。他者と協働する以前に、すでに自分の中の他者と向かい合っている人びとだということだ。これはきわめて納得的なことだった。Img_1543 自分の中の対立をうまく抑えられない人は、他者との対立もうまく抑えることは出来ないことだろう。あるいは、自分との葛藤を抱えていることを知っているから、他者との葛藤も理解できるのだろう。

Img_1547 たとえば、今回N氏とテーブル作成でコラボしたY氏の場合、N氏は建築家としてよりも家具デザイナーとして現れていたし、Y氏もかつてのウィンザー椅子職人というよりも、家具職人として、制作していた。そこでは、自分の殻から一歩外へ出て、二人の中間を探ってなされるような工夫が展示されていた。テーブルの足を二つにした場合、下を支える部分をどのように考えるのか、などが面白かった。

Img_1553 それで興味を持ったのは、ひとりの中での家具デザイナーとテーブル職人の葛藤を行う場合と、ふたりで分担し合う家具デザイナーとテーブル職人とどこが異なるのだろうかということだった。Img_1556 これは考えていると、どこまでも飛躍できそうな面白いテーマであると思ったのだった。このことなどを問題の糸口とすれば、面白い視点がありえそうに思えてくるから、不思議だったのだ。

Img_1555 さらに、素人のわたしでも参考になったのが、この博物館の一般展示だ。大工道具の標準的な道具揃えが一覧のもとにわかるだけでなく、伝説の道具メーカーたちの作品をも見ることできたのだった。Img_1549 刀剣の素晴らしいものを見るように、鉋の刃の、息を呑むような見事な道具に触れることができた。

Img_1561 中でも、木組みの面白さにも触ってみることができたのは、新鮮な体験だった。さて、写真に写っている、木同士がどのように組まれて、しかも釘一本も使わずに組まれているのかが、じっさいにわかるだろうか。わたしが再現できなく苦労していると、若いカップルが来て、難なく組んでしまった。「大工ですから」、と言っていた。

Img_1542 その隣には、丸太を幾つかの局面で切り裂いた見本の板が飾られていた。板材のくせがよく分かる展示だった。また、大工道具の典型である墨壺も展示され、じっさいに使って見ることができた。わたしの前には、女性が試していた。すると、「やってみましょう」と割り込んで、大工の熟練が寄ってきた。ビシっと決めて、線がまっすぐに引かれた。

Img_1546 実はまわりを見回すと、若い人も年配の人も、大工さんらしい人びとが押し寄せてきていることに気付いたのだった。とりわけ、年配の人びとは引退し、その後ここを訪れたような人びとばっかりだった。Img_1536 大工仕事はわたしが考える以上に、直感的で経験的な仕事なのだと思われる。けれども、それ以上に、大工の人々にとっても、このように一覧して、道具がまとめてあるところを見ることには、何らかの本能を超えた効用があるのだと確信したのだった。

Img_1465 今回の関西旅行では、年次休暇という制度を利用して、妻とゆったりと自由に歩き回っている。わたしが大工道具博物館を見ている時には、妻は小磯良平美術館を回るというように、行動は別々にとって、朝食・昼食・夜食は一緒に摂るといった具合だ。

Img_1474 神戸への到着が朝早かったこともあって、朝食と昼食を10時開店のパン屋「F」でサンドウィッチを食べる。ここの特色は、セットで頼むと、追加注文で様々な種類の食パンを個別に選べるところにあって、むしろこちらの色々なパンを目的としてくる客も多い。Img_1479 古い教会を改装した、天井の高い食堂は、心地よいゆったり感を与えてくれる。休日なので、家族連れが多く、パン好きの子供や親たちが大量に頬張って、食べる愉しみを満喫していた。Img_1470 この隣の工場で作られているさっぱりしたバターとミルクジャムが気に入ったので、出されたパンに塗っていただいたのみならず、さらにこれから歩き回ることを顧みず、それぞれ二缶ずつ購入してしまった。Img_1484 Img_1481

2015/10/02

生活の面倒臭さについて

Img_1441 友人のF氏と、神保町で会う。なぜ神保町なのか、と問われても理由があるわけではないのだが、神保町へ行けば、なんとかなるという、昔からの思い込みが働いたものと思われる。理由がなくとも、神保町を選ぶという習慣があるということだ。行けば、なにかうまいものが当たり外れなく、食べられ、しかも書籍や映画などの何らかの文化的な雰囲気が漂っているという予感のある街は、東京であっても、そう多くはない。

Img_1443 F氏の職場は、隣町の神田にあって、そちらもビジネス街特有の食べ物・飲み物屋が発達しており、神田で、何回か呑んだ覚えはある。けれども、やはり神保町には、ビジネス街から少し外れて存在しているような感覚がまだ残っていて、ゆっくり飲むにはこちらの方が良いと思う。F氏に何軒かあげてもらったら、ランチに行くような店だそうだが、適度に飲めて、さらに肉が美味しそうな店が見つかったので、そこで落ち合うことにする。ステーキセットにオードブルとワインがついて、「乾杯セット」となっていた。ゆっくり飲んで良いらしく、次の料理を出すタイミングをちゃんと測ってくれるというサービス振りだった。

Img_1444 それでも、2時間ぐらい時間を潰すと、もう一軒行こうということになって、神保町に行くとほぼ必ず寄る喫茶店「L」へ回ることにする。夜は、喫茶店から、雰囲気としては、バーに近い場所になっていて、相変わらず気の置けない、心地よい場所を提供している。いつもは、奥の部屋へ行って、本を読む体制をとるのだが、今日はドアのそばの席を確保して、じっくりと話のできる空間を得ることができたのだ。

Img_1447 今日の話題の中心は、やはり年齢問題なのだ。それでも、並みの老後問題と違うのは、病気や年金などの世俗的な問題ではなく、むしろ「生活の面倒臭さ」という点に集中した。互いに身の周りのことは、自分で行うタイプではあるのだが、全体的に「面倒臭い」と思うようになったということである。一つは、やはり年齢による体力の問題はあるかもしれない。互いに60歳代の半ばをそろそろ超えてきているという事情があることは大きい。けれども、もう一つ根本的な問題があって、それは仕事との関係なのだ。Img_1448 仕事に加えて、レジャーというのか、個人的活動というのか、こちらの方が生活の中心を占めつつあるという事情が、「面倒臭さ」を助長している。Img_1452 結局のところ、生活には二種類あって、生活のクリエイティブな面と、生活維持的な面とが存在していて、クリエイティブな面は許せるとしても、やはり生活維持的な面は面倒臭いのだ。

Img_1450 F氏の仕事は、出版関係なのだが、趣味はギター演奏で、街のイベントなどに呼ばれるほどの腕前らしい。それで、練習が頻繁にあって、仕事との両立が難しいとのことだ。演奏仲間の人びとも定年を迎えるようになっており、練習時間が頻繁にスケジュールへ入ってくるのだそうだ。そのような生活であれば、生活のクリエイティブな面を優先させてしまうのも納得できるし、生活の「面倒臭さ」は当然だと思うのだった。最終的には、両面が大切なのだが。

Img_1453 さて、本日の椅子は、この喫茶店「L」の設立当初から存在する、カウンターの古い木製回転椅子だ。使い込んだ色調を見せていて、このような色になるまでには、人びとの喜びや悲しみをどれほど吸い込んできたことだろうか。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。