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2015/09/30

O先生とS先生と一緒にラジオ収録

このところ、聴覚空間(oral space)が、どのようにして社会的に構成されるのか、という問題に挑んでいる。挑んでいるというと、完全に舞い上がって、何か新しいことに向かっているように聞こえてしまうが、決してそうではなく、むしろ自分の身の周りのことに、じっと耳を凝らしてみる、という程度のことを行ってきたにすぎない。このような機会を得たのは、放送大学総合科目の「音を追究する」という番組作りに加えていただいたからだ。

ここ数年間、耳を凝らして考えてきたことが、今回ようやく放送大学のテキストに定着できたので、今日はその結果をラジオ収録することになった。放送大学のコミュニケーション学のO先生と臨床心理学のS先生が主任講師で、毎回のラジオ収録をリードしてくださっていて、わたしの回は第13回に当たる。ふつう、複数の人が座談するラジオ番組というのは、シナリオが作りにくいので、どのように進行するのか、たいへん不安があるのだが、すでに数年間の付き合いのあるO先生とS先生なので、その間には暗黙の了解が存在する。安心の程度が格段違うのだ。

どのような身の周りの音を集めたのかをちょっと紹介しておきたい。今回は担当ディレクターのKさんがあちこち車で走り回って、録ってきてくださった。もちろん、わたし自身もCDや自録りのものや、他の様々な音源を手元に置いていたのだが、著作権の問題があって、それをそのままラジオ放送へ出すことができないのだ。それで、著作権に問題のない音源を新たに録ってきてくださったのだ。

ひとつは、わたしたちの住んでいる地域に付随する聴覚空間というものに耳を凝らした。聴覚空間というのは、物理的には音圧(音の大きさ)と、振動数・周波数(音の音色)の二つの軸で捉えられているのだが、社会的構成として考えると、もう一つの軸があるのではないかと思われるのだ。どのくらいの音の強さで、どのくらいの高さの音がその地域で流されるか、ということが、発信者は意識するのだが、それらがどのように受信者に受け止められるのかは、もうひとつの仕組みが存在するのだ。

こう考えると、結構色んな音が社会的に聞こえてくるのだった。集めてきていただいたものの中で、とくにわたしの思い入れのある音は、横浜港の「霧笛」だ。徹夜して、朝のもやの中で、「ボー」と遠音として聞こえてくる音は格別なのだ。横浜の霧笛は、港に近い人にだけ聞こえるのではなく、内陸部のかなり丘の上の方や、谷の合間にまで登ってくる音なのだ。わたしは、横浜でも数回住所を変えているのだが、どこでも耳を凝らせば必ず聞こえてくる音なのだ。音の大きさや周波数の波の形について測ってみれば、40デシベルくらいの小さな音で、100ヘルツくらいの低い音が聴こえてくるだけなのだが、それ以上の、つまりは物理的特性以外の何者かが、作用を及ぼしている。だから、横浜の人はこれを聞くと、横浜人であることを意識するのだと思われる。地域を意識した音については、他にも九十九里町の音や、渋谷区の音、灯台の音なども取り上げたのだ。

もうひとつ力を入れたのが、鐘の音、梵鐘である。旅に出ると、夕方になって、どこからともなく聞こえてくるのが、お寺の鐘の音だ。これには、みんなに一斉に、ある範囲の地域では聞こえてしまうという特性があり、これを利用して、宗教的な意味や、共同体の象徴的な意味に利用されてきた歴史があるのだ。印刷教材では、画家ミレーの「晩鐘」のイメージだと書いておいた。この例として、現存する日本最古の梵鐘の音や、死者を蘇らせる音、さらには、江戸期の「時の鐘」などを取り上げたのだった。妙心寺の鐘、知恩院の鐘、上野寛永寺の鐘などを聞き比べたが、他にも候補に挙がっていた、方広寺や増上寺などは、それだけでまたひとつ、別の番組が作ることができそうで、それでは時間が足りないということで、残念ながら削ることになってしまったくらいだ。外国のチャイムも大方は、削ることになってしまったが、渋いところで、ロンドンのボウ・ベルだけは入れることができたのだった。音だけはたいへん華やかなものが入ったと思う。結論からすれば、社会における感性の問題が大きいということだ。理性的な方法が発達してきたのが、近代社会であるならば、それを見直す契機として、聴覚などの感性の力は、まだまだ見逃せない力を含んでいるように思えた。楽しい録音であった。

番組の内容もさることながら、今回O先生とS先生の労力には感心してしまったのだ。全体で15回にのぼるすべての回に出演して、物理学、音響学、音楽学、心理学、言語学、社会学すべてのテーマに関わってくるのは、たいへんな苦労があると想像される。

たとえば、番組が始まって、わたしの発言するタイミングになって、話し始めたのだが、ちょっと長くなってしまったと見るや、すきをついて、O先生が話を転換してくださった。次に誰が発言するかは、たいがい決めておくのだが、細かいところはアドリブで進めるという、このタイミングの取り方は、ラジオで座談会を行う時の醍醐味で、すべてうまくいくわけではないが、活き活きと番組を保つためには大切なポイントなのだ。それを打ち合わせなしに、苦もなく行うことが可能なのは、やはり放送大学という集積があるからだと思っている。

横浜の大型船の汽笛

https://www.youtube.com/watch?v=aqqPJb7Ex2Y

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。