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2015/08/16

田舎でのピザと酒

Img_1172 今年のピザには、フッレッシュ・トマトが乗って旨い。歩いて25分ほどのところにある石窯パンの店Pへ行く。Img_1179 表の看板が新しくなっていて、その下地辺りにミントなどのハーブが群生している。お盆の期間には、注文や来店が集中するのだそうだ。帰りの車で食べながら、東京圏へ帰っていく人びとが、朝早く来るのだそうだ。♫♫森の木陰で、ドンジャラホイ。

Img_1182 田舎にこもって仕事を行うのは、もちろん集中できる点にある。けれども、実際には複数の仕事を同時に行っているので、東京へ出て映画を観る誘惑がなくなったり、テレビがなかったりするだけが利点という気がしないでもない。Img_1166 で、世間から隔絶して過ごすことができるという点が良いのだ。それは、東京圏にいて、映画を観ないと決めれば良いのだし、さらに、家のテレビを点けなければ良いのであって、結局は心掛けの問題ではないかと、妻は言うのだが、それに反論する術もない。

Img_1148 だが、あえて言えば、発想の転換の問題があるのだ。心のあり方が、都市では機能的で、目的がはっきりする活動が主になるのに対して、田舎では、包括的でどのような目的で机に向かっているのかが定かではない。Img_1169 そして、この窓から入ってくるそよ風に恩恵が加わらないわけがない。この解放感が、あえて心の状態を転換させると思いたい。実際は、数日後・数ヶ月後の結果をみればわかることだと強気でいうより仕方ないのだが。

Img_1207 どのように発想が転換するのかといえば、たとえば、夕方近くになって、頭痛がして肩こりが最高潮に達するころに、近くの温泉ホテルを訪れる。Img_1195 きょうは、御盆の最後の日なので、5時を過ぎるころには、団体客や家族ずれがいっぱいになるので、その少し前に、お湯だけもらいに行く。

Img_1159 露天風呂に入っていると、小さな子供を連れた父親が入ってきた。どちらへ行ってきましたか、と尋ねると、黒部ダムを見てきましたと応えられた。子供は小学1年生になったばかりで、お父さんと久しぶりに遠出したらしい。学校で黒部のダム放水の話をするのだと意気込んでいた。

Img_1193 さて、自分自身の小学校1年生のころを考えてみるに、家族で遠出した記憶は、鮮やかで、とりわけこの温泉のある奥地の葛温泉にみんなで行った時のことは、詳細に大人になるまで覚えていた。途中、土砂災害で橋が崩れていて、バスが川の中を揺れながら進んだことも覚えているのだ。たぶん、小学校時代の家族の思い出というのは、親密圏での愛おしさを浸みつかせているのだと思われる。このころの大方の記憶は、マイナーな記憶へ追いやられてしまうものの、何かの拍子に、今日のように、人びとのなかの共通感覚の一つとして思い出されることがあるのだ。

Img_1185 この露天風呂で一緒にいた父親のかたも、社交的なかたで、今日の旅事情を話してくださった。それは他者にとってはどうでも良いことなのだが、もしかしたら、ここでそのことをしゃべることで、共通の話題が開けるかもしれないと思ったらしいのだ。


Img_1189 それは、なぜ今日黒部ダムへ行ったのかといえば、天気予報で明日は崩れそうだから、明日に予定していたダム参観を今日に前倒ししたのだ、ということだった。このところの山の天気が、すぐ崩れ土砂降りに見舞われることを的確に予想した、極めて合理的な判断で、この父親の職業は、消防士あるいは警察官ではないかと思わせるものを持っていた。

Img_1210_2 もうひとつ、今日の収穫は、ワインと日本酒の試飲をできたことだった。試飲という風俗習慣があることは、ワイン畑を歩き回った経験からよく知っていた。けれども、交通規制が厳しくなって、ドライバーにはアルコールが一切ダメになったころから、わざわざ歩いて試飲する人はもともと少ないから、試飲制度という伝統的な酒飲みの習慣が風前の灯火になりつつあった。試飲制度は、現代の車社会と真っ向から対立・矛盾する制度になってしまったからである。

Img_1211_2 それで、試飲制度は、団体客が大型バスで乗り付けて、言葉を交わすことなく、表面を撫でるような制度に堕してしまっていたのだ。タクシーで個別に乗り付けて、じっくりとオーナーと語るなどという、機会は無くなりかけていたと言える。これは、酒文化のマイナス要因であり、酒文化では品評を行いつつも、人びとのコミュニケーションを保つことが必要なのである。

Img_1145 今日経験したのは、ホテル出張の試飲・即売出店だ。ホテルのロビーの一角を借りて、ワイナリーからの出張のかたが、試飲させていた。これはたいへん素晴らしいアイディアであると思う。ホテルの客は、食事をすれば、あとは風呂に入って寝るだけで、車を運転する必要はない。また、時間もたっぷり余裕を持っている。そして、さらにその土地の特産品を求めているのだ。担当者ともコミュニケーションをとりながら、酒を楽しむことができる。そして、客同士の話もそこで可能になるかもしれないのだ。試飲制度が、新たな社交の制度を広げる可能性を持っていると思われる。

都市型の試飲会は、デパートなどで開かれている。けれども、その土地のワインは、やはりその土地のホテルなどで行われるべきだ。出張のワイン・日本酒試飲制度をもっといろいろなところで発達させてほしいと思った次第だ。最後に教えてもらったことがある。Img_1217 じつは、O市でもワイン用のぶどうが栽培されていて、このすぐ近くに生産地があるのだそうだ。それで、コミュニティバスで目を凝らしていたら、遠目に見えた。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。