« もし田舎でずっと勉強できるなら | トップページ | 酒造りもクラフトだと思った »

2015/08/31

言葉にできない「プラスα」のこと

Img_1375 夜中にまた土砂降りの雨が降って、屋根には雨音と、雨が打ち落とすどんぐりの実の音が響く。それで、午前5時には目が覚めてしまった。しかし、出かける頃には、まだ雲は厚く垂れ込んでいたにもかかわらず、雨は上がりそうになって、傘をさして家を出たが、バス停に着く頃には、傘をたたんでしまった。O駅から松本へ出る。朝の大糸線は、通勤客と高校生で、満員状態だ。最初から、こんな風に書いていくと、今日だけでたぶん一ヶ月のブログ分を書くことになるだろうから、サボった分を帳消しすることができるかもしれない。

Img_1387 松本では、セイジ・オザワ記念フェスティバルが始まっていて、ニュースで心配されていた骨折をおして、オザワ氏自身が松本へきているらしい。あちこちに盛り上げようとする街の気運がみなぎっている。このような共通感覚はやはり時間をかけないとなかなか育たないものだと思われる。音楽大学の学生集団のような人びとも駅やホテルにたむろしていた。

Img_1407 早大のO先生と、駅前のホテルロビーで待ち合わせている。O先生は、15分前には現れた。元気そうな姿だった。ブログによると、風邪気味で身体が痛いと書いていたので心配していたが、こちらへの旅行中に治ったそうだ。いつもは、O先生の卒業生と競って、蒲田カフェか神楽坂カフェかを行うのだが、ちょうどO先生の茅野・松本旅行にタイミングがあったので、今日は、松本カフェをやろうということで、計画を立てたのだ。

O先生のブログはこちら→

Img_1389 歩き出すと、薄日が出てきて、汗ばむくらいの陽気になってきた。1日でかなりの行程が予想されているので、雨が晴れただけでも幸先がよい、と日頃の行いの良いことをお互い確認しあったのだ。最初のカフェは、駅から「あがたの森」へ向かう旧電車通りを10分くらい行ったところにある「S」である。コーヒースタンドになっていて、カフェオレを注文する。今日のひとつのテーマは、じつは「椅子」で、今日家の食事台の椅子に坐ってから、バス・電車のシートを含めて、5番目に坐った椅子がこのハイスツールだった。通りからガラス戸を通して、店の名前が書いてある大きなガラス窓の中に二つ並んでいるのが見える。ここに坐ったら、カウンターの中にいるK氏と必ず話すことになるのだ。どのような話にも対応してくれそうな、ブックストア・カフェスタンドのマスターだ。

Img_1391 この店の入り口の左は、コーヒースタンドなのだが、そのまま直進すると写真のような書棚が並んでいて、地方発信の珍しい雑誌や、大きな本屋さんでも置いてないような生活ライフスタイル雑誌・洋雑誌、さらに生活工芸・民芸関連の書籍などが置いてある。Img_1390 これだけを見て回るだけで、1、2時間はかかってしまいそうだが、さらに3階と4階にも展示室を持っていて、ギャラリーとして活用されている。以前にも、来たことがあって、ブログに書いたのだが、Img_1393 ほんの数カ月でもかなり書籍内容・展示内容が変化している。生活の変化の激しさと、変化しないものの大切さがわかる場所だと言って良いと思う。あちこちの情報がここに集まってくる様子をそのまま反映していて、一覧整理されている場所だ。

Img_1398 あるじのK氏は、このブックストアを本拠地としていながら、かずかずのイベントを企てていて、O市の北にある木崎湖での「アルプス・ブック・キャンプ」や「松本と吉祥寺」という企画展などを進めてきている。28歳の活動的な方だ。話にすっかり夢中になってしまっていた。いろいろ興味深かったのだが、やはり皆が不思議に思う点に話は集中した。Img_1401 それは、「なぜ本屋だけを行わずに、それ以外の活動も行うのか」ということだった。説明をそのまま書いていたら、かなり長くなってしまうので、Img_1404 ここでは「言葉にできないプラスα」があるからだ、ということにしておこう。でも、本ということから、付かず離れずしているところが素晴らしいと思う。買った本が重かったので、また夕方寄ることにして、預けて歩き出す。

Img_1417 大通りを右に行くと、O先生が昨日訪問した喫茶店Gへ行くことになるが、二日続けて同じ昼食というのは避けて、左に曲がって、「源智の水源」で水を汲んでいる方と話をして、それからずっと先の女鳥羽川に出て、さらに上土町を通って、郷土料理の「S」へ行く。Img_1426 ところが、ここは12時からという表示がなされていて、まだちょっと時間がある。それで、もうすこしこれから行く場所に近い店、フランス料理の「R」へ入ることにする。じつはここも12時からだったのだが、すでに入り口にはレースのカーテンがひらひらして、Img_1479 作っている夫婦の方もたびたび誘ってくださるので、向かいのベンチで、セキレイを見ながら、しばし休憩する。これで、ベンチと料理店の椅子で、さらにもう二つの椅子に坐ることになった。

Img_1486 昼食は、待っただけのことはあって、ランチにもかかわらず、スープから最後の飲み物まで盛りだくさんの満足する内容だった。肉にかかったタレもすっきりとして、なおかつコクのある味だった。

Img_1503 もちろん、O先生との会話は、もっと面白かった。互いに6月に母を同い年で亡くしているので、淀みなく濃厚に進んだ。共通体験にしても、話してみるとプラスαがあって、なるほど話してみるものだな、と思った次第だ。

Img_1501 そしてさらに進んで、まだ言葉にならないところがあるのではないかとわたしが勝手に思っていていつも質問することがあるのだが、それはブログに現れる彼の卒業生たちとの付き合いだ。この辺になると、かれの中にはなにやらはっきりしているものがありそうなのだが、それを勿体ぶって、なかなか言葉には表現しないようにしているようだった。Img_1506 そうか、まだ楽しんでいるのだな、と今のところは理解しておき、こちらもブログ模様を見ながら、憶測を楽しむことにしたのだった。

Img_1511 予約を入れて、今日に備えていたのが、松本民藝家具の工場・工房見学だ。なぜここかというのは、「椅子」を作っているからなのだ。写真にあるような古い椅子が軒先に掲げられていて、農家の軒先にトウモロコシや大根が吊る下げられているような、不思議な感覚を覚える。Img_1514 けれども、趣のある外見をもっと超える場所が次々に現れたのだった。説明には、この工場のあらゆることに通じていると思しきU氏が担当してくださったので、わたしたちの想像力がさらにハイに掻き立てられたのだった。椅子制作の流れとほぼ同じとおりに、工場を案内していただいた。

Img_1520

まず素材だ。ミズメザクラが主として使われている。この素材を乾燥させているのだが、ここでは一つの注目している点があった。ここも年単位の仕事が隠されていて、実際に現物を目の前にして、自然乾燥・機械乾燥の具合を聞くと、ここにも一つの仕事の山場があることがわかる。そういえば、先日読んだ池田氏の著作にも、過去にかなり大きな乾燥機を導入して、その資金を巡って苦労したエピソードが書かれていた。

Img_1538 そして、板取作業に入っていく。板の山がひとつずつ並んでいて、ひとつの椅子製品でも10本以上のそれぞれの部品ごとの素材板に、マジックでナンバーが書き入れられている。座面の削り、袖かけの削りなど、それぞれ専門の職人さんのところに流れていく。この中で、もっとも強い印象を持ったのは、鉋や金槌などの道具だ。Img_1568 といってもそれぞれ一丁二丁の話ではなく、数十丁の道具が並んでいるのだ。これらの道具は、とうぜん会社・工場のものだと思っていたのだが、そうではなく、職人個人に帰属しており、もしその職人がここを辞める時には、持ってでていくのだそうだ。技能というのは、道具込みのものなのだ。

Img_1562_2 さらに進むと、それはたぶん親方級の熟練たちの作業部屋になるのだと思う。ここでは、その製品の決定的な部分が制作されている。製品の裏に漢字一文字が入るのだが、それはここで入れられるのではないかと推測した。Img_1559 ちょうど馬足に似た脚タイプのテーブル脚が作られている場面だった。この脚の部分を含む工程を2週間で終えなければならないそうだ。職人の「手間」という文字がもっとも説得力を持つ場面だ。手仕事のなかでも、もっとも微妙な手作業が要求されるところで、この作業を任せられるには、数十年の月日が必要だということだった。

Img_1592 じつは今回特別な関心があって、「椅子の色」ということに注目していたのだった。この点については、先日図書館で調べたのだが、創業者の池田三四郎の著作にはどこを探しても書かれていないのだ。それで、説明についてくださったK氏がたいへん忙しそうで、工場の職員の人々へたびたび指示を出すので説明を中断しなければならなくなって、それを好都合と見て、塗装の職人さんに直接いろいろと質問することができたのだった。興味深い内容だったが、それはまた、これからの取材で話すことがあるかもしれない。Img_1599 椅子の色との関係では、いわゆる「民藝色」と呼ばれていることについて、漆とラッカーとの関係を話してくださったのだ。そして、最後には、曲木の部門へ連れて行ってもらった。松本らしいと感じたのは、自然の湧き水に曲木の素材が浮かべられていて、そのあと蒸されて、曲げられるのだというところだ。どのようなところでも、部屋それ自体の雰囲気に独特のものがあって、この曲木の部屋は、この工場のなかでもその最たるものだと思われる。

Img_1598 明快な説明をしてくださったK氏は、松本市郊外にある有名な「民藝生活館」で寮生たちと一緒に修行した経験を持った方だった。徒弟制度ということの有効性を熱く語ってくださった。もちろん、それは現代において徒弟制度が衰退へ向かっていることと無関係では無い。

Img_1582 木工の技術を覚えることが「なぜ若い時に必要なのか」という、労働経済学の言葉ではよく語られていることだが、しかし現実に、経験者によって語られるとやはりはっとさせられる表現が出てくるのだ。教えられた技術は1日で忘れるのだそうだ。

Img_1615 最初の1日目は出来ても、次の日に同じことをやらせても出来ないのだという。忘れてしまうのだそうだ。だから、繰り返しを基本にする徒弟制度が木工では必要なのだ、というのは、ほんの話の端で語られたことだったが、重みがあった。つまりは、言われるのではなく、自分で学び取った技術は忘れることがないのだ。先日、テレビで「ブラタモリ」という番組を見ていたら、主人公のタモリが職人に変わってタイルを埋め込む作業をこなしていた。さすがにタモリはそつなく、どんな職人仕事でも玄人はだしの腕をその場で見せる。おそらくヤラセではないだろうと思う。Img_1620 このようにちょっと器用な人であれば、一回目はまぐれで、かなりの仕事をする人はいるのだ。でも、それは職人仕事とは言わないのだ。誰でもが職人の親方について最後まで我慢して熟練すれば、全員がある一定のレベルまで到達してしまう、というのが真の徒弟制度なのだ。

Img_1621_2 じつはもっと大切なことが、この工場にはたくさんあって、話を聞いていると、うんうんと頷いてしまうことがたくさんあった。それは到底、全部書いてしまうことができないほどだったのだ。Img_1628 現在のクラフト事情、工芸事情というものの核心的な問題は、この松本民藝家具工場と生産グループ群、そしてここを出て独立していった職人の人たちを見れば、おおかたのことが見えてくるのではないかという印象を持ったのだった。

Img_1642 今日の一番の目的は、じつは木工の店Gで、椅子職人作家のS氏にお話を伺うことだった。S氏は松本民藝家具のグループ生産の工房で働いていた経験を持っていて、その後独立し、現在はB工房を主宰している。Img_1657 以前にも、何回かブログで紹介した方だ。来年度には、S氏を取材して、授業番組を作ろうと企画していて、本来はまだ時間はかなり早すぎるのだが、仕事というよりはわたしの興味関心が先走っていて、早い段階から制作者の視点を取り入れようと考えているのだ。Img_1660 また、きょうはO先生にも加わっていただけたので、わたしとしては願っても無いことだったのだ。個人化などの社会の動きと結びつけて、鋭い質問をなさっていた。たいへん参考になったのだ。

Img_1664_2 話は数時間に及び、ここでもプラスαどころか、プラスβくらいまで、アイディアが湧き、たいへん楽しい時間を過ごすことができたのだった。たとえば、今回坐っていた椅子をよく見ると、椅子の支柱を結ぶ横の柱が三角形に走っているのがわかるだろうか。Img_1668 ふつうの四角四面の椅子と異なるのだ。なぜこのような形をとるようになったのか、というようなことが、話を聞いていてわかってきたのだった。

夕方になってしまった。O先生には、スイーツを食べるという習慣があるので、それをパスすることはできない。Img_1671 縄手通りに戻って、このところ二度お邪魔しているコンフィチュールの店「S」へ入る。ここで旬の果実プラムを主体としたコンフィチュールをかけたアイスクリームを食す。美味なり。すると、O先生が店の隅に置いてある椅子に注目した。ここの店主の父上が制作したものだということだ。Img_1674 よく聞くと、やはりクラフトフェアの創立者の一人で、先ほどのS氏と一緒の頃独立した椅子職人作家のM氏であることがわかった。次から次へと、話が繋がっていくので、これが小都市松本の魅力だと感じたのだった。この店では、Img_1776これからもわたしは田舎生活をもう少し続けるつもりなので、パン用のコンフィチュール、プラム主体のものと、ブルーベリー主体のものと二種類購入した。

Img_1685 さて、O先生は18時半のあずさ号で松本駅を出発しなければならないので、松本カフェの最後は、駅の近くの「L」へいくことにした。途中、かつての六九商店街を通り、いつも入る瀬戸物屋さんで、おろし皿を購入した。残念ながら今年いっぱいで、店を閉めるかもしれない、と言う話を聞いたのだ。Img_1704 5月の地震のときに、倉庫となっていた二階ががさっと落ちてきたのだそうだ。外の壁はほぼ修復不可能なことを物語っていた。Img_1700_2L」では、今日最後のコーヒーとして、わたしの好みにほんとうにぴったりあったコスタリカ、そして、チーズのパンケーキ(枝レーズンのおまけ付き)を頼んだ。今日は、食べ物と飲み物に関して、最後の最後まで、当たりの日だった。Img_1725話をしていたら、  O先生は、ショールームでみた数十万円の椅子がすっかりお気に入りで、Img_1734 現金は今手元にないのだがほんとうに買いたいのだと冷静さを保ちながら言い放ったので、わたしはすっかり驚いてしまい、早大と放送大との給料の差をまざまざと見せつけられる思いだったのだ。

Img_1722 O先生を無事、松本駅までお送りして、午前中に購入した本を預けた「S」へ行く。カウンター内のK氏のところには、松本市役所に詰めているという、東京のある大学の都市工学研究室に所属している女性の修士学生が、取材を兼ねてコーヒーを飲みにきていた。Img_1410 話題はもっぱら、街おこしとK氏の活動であった。わたしは、すでにかなり疲れていたので、コーヒーではなく、カウンターで目に付いた、普段では手に入らない、Kワインの白と赤をいただいた。この味もまた、プラスαを含んでいると思った。それは、一緒に懇談できた二人の方々との話が面白かったからに相違ないだろう。

Img_1777 宿は城のそばの大名町にとっていたので、歩いて数分のところで食事を済ませ、以前にも入ったジャズ喫茶「E」で、きょうの1日を振り返ったのだった。スラブ系のピアノトリオのリフレインが来るたびに、1日の中でも何回か繰り返し見つけた「言葉にできないこと」を何とか言葉に定着させようとしたが、次第に眠気が襲ってきて、当分の間、それはお預けして「プラスα」と一応呼んでおこうと決めたのだった。


Photo

今日の椅子は、S氏の北欧デザイン風椅子と、それからコンフチュールの店でみた、M氏のウンザーチェア調のキャプテンチェアだ。片方は創意に満ちて、さらにモダンで洒落ている。坐りやすい。もう片方は、伝統に従って、伝統を超えている。風格があって、坐る人を選ぶぐらいの偉そうな椅子だ。スピンドルを削るにも機械を使わないのだそうだ。

Img_1678 そんなことは外からはわからないし、言葉に表そうとしてもできない仕事だ。けれども、そのような手仕事にこだわった、手間のかかった椅子だと感じさせるものがある。こんな椅子に坐って、似合う人はどんな人だろうか。

O先生のブログでは、もっと明瞭な写真が多い。

こちらから→

彼の30日のブログは、こちらから→

« もし田舎でずっと勉強できるなら | トップページ | 酒造りもクラフトだと思った »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/62206345

この記事へのトラックバック一覧です: 言葉にできない「プラスα」のこと:

« もし田舎でずっと勉強できるなら | トップページ | 酒造りもクラフトだと思った »

『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

  • “「貨幣・勤労・代理人」"

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。