« 奈良学習センター面接授業の二日目 | トップページ | O先生のお母様が亡くなる »

2015/06/01

映画「サンドラの週末」を観る

601 この映画は、寝起きの電話呼び出し音から始まる。寝起きの電話に、良いことがあるわけがない。主人公のサンドラが解雇される電話から、場面が展開し始める。

サンドラが病気で入院している最中に、それまで17人体制で働いていたシステムが16人で動くことがわかってしまい、社長がサンドラの解雇を言い出したのだ。この状況は現実そのもので、この世のどこかで、毎日のようにして、労働者たちに降ってわいてきていることなのだ。

601_2 それを聞いたサンドラの上司が、社長に掛け合って、月曜日に投票を行い、サンドラの雇用継続か、それともサンドラ分の給料を分け合った、各自の1000ユーロのボーナスを受け取るのか、を決定することになった。サンドラの復職を認めてもとの17人体制へ戻るか、それとも、サンドラの継続を認めず、16人でボーナスを受け取るのか、つまり雇用の維持か、給料の割増か、という究極の労働問題の縮図が展開することになった。

601_3 映画では、給料の問題として象徴的に扱われているのだが、現実がそうであるように、労働は賃金だけでは解決できない問題なのだ。サンドラが月曜日までの週末に訪ねた、16人の労働者のそれぞれの事情が明らかにされていく。親友だと思っていた人には、会うことを拒否されるし、借金が溜まっている人にも会うことになる。けれども、結末はいうわけにはいかないが、サンドラが夫の協力で、ひとりから始めて、ほぼ半数を説得することになる。

フランスと日本の違いがわかるのは、サンドラがひとりで動き出すところだ。もちろん、夫や上司の協力が大きかったが、ほとんどは自分の働きで、説得を始める。ここが違うのだ。

日本では、長期雇用の慣行が大企業を中心として一般的なので、1000ユーロのボーナスと、ひとりの雇用とが天秤にかけられる状況が社長の一存で現出するというところには、日本の事情とは異なることがわかるのだ。けれども、日本においても非正規雇用が増大しており、自分の職場の中で、非正規雇用をひとり取るか、それとも、ボーナスを取るか、という選択を迫られることがそれほど珍しい状況ではなくなりつつあるのも事実だ。

この意味で、サンドラの週末は、もう少しすれば、わたしたちの週末になりうる可能性は大である。

« 奈良学習センター面接授業の二日目 | トップページ | O先生のお母様が亡くなる »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/61761752

この記事へのトラックバック一覧です: 映画「サンドラの週末」を観る:

« 奈良学習センター面接授業の二日目 | トップページ | O先生のお母様が亡くなる »

『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

  • “「貨幣・勤労・代理人」"

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。