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2015/05/12

映画「愛して飲んで歌って」を観る

Photo_2 これまでのアラン・レネ監督の映画で印象深いのは、「昨年マリエンバートで」だが、なぜ印象深いのかといえば、同じ場面の繰り返しで、そのたびに眠気に誘われてしまったからである。これほど眠気を誘った映画は、これまでに知らなかったということで、酷評しているのではなく、むしろ完全な褒め言葉なのである。

Photo_3 今回の映画「愛して飲んで歌って」は、英国人が書いた原作をフランス語で演じている作品だ。場所は、英国ヨーク市郊外。映画の中で描かれたイラストの家々が舞台背景として使われていて、たいへん効果的だと思う。想像力がより加算されて、ジュワっと出てくるのだ。

Photo_4 この物語の中心にいるのは、常に教師のジョルジュ・ライリーで、個性的でこの登場人物6人に密接な人生関係を結んできている。 開業医をしているコリンとその妻カトリーヌから映画が始まり、プライベートな情報として、ジョルジュが癌に罹っていて、半年の命であることを知る。カトリーヌは若いころにジョルジュの恋人だった。金持ちのビジネスマンのジャックはジョルジュの幼い頃からの親友で、妻のタマラもジョルジュと特別な関係を持った時期がある。さらに、余命いくばくもないという情報は、ジョルジュの元妻であるモニカにも知らされ、心が乱されるが、今は農夫シメオンと新しい生活を始めていた。

Photo_5 この映画のアラン・レネらしさは、まずは、ジョルジュについては始終語られているのだが、まったく姿を見せないところに現れるのだ。姿のない主人公が主役であって、映画の中心がぽっかりと空いている。もしかしたら、中心の存在しないという、このもどかしさが眠気を誘うのだろうか。

中心のない、もどかしさは実は、この映画だけでなく、現代社会一般の際立った特徴であって、わたしたち自身も、玉ねぎの皮をむいていくと、最後に何もないように、生きることの中心に何があるのかは、わからない。むしろ、真ん中がわからないから、周辺に存在するはずの友達関係や夫婦関係がぐるり回って、より意味を持ってくるのかもしれない。

その構造がわかると、この映画は俄然面白くなってくる。映画前半のわからなさ、もどかしさが突如として、理解やひらめきとなって、視聴者へ降ってくるから不思議だ。アラン・レネは、ジョルジュに託けて、自分というものの多様で、かつ曖昧で、不確実さを見事に描き出した映画だと言えよう。

Photo_6 この映画では、ひとまず「ジョルジュ」という人格を姿は見させないが登場させている。ところが、それはまったくの借物で、じつは現代の不確実さがその中心にあって、わたしたち全員を、さらには社会全体を動かしているのだ。中心は存在するのだけれども、姿は見えないという性質は、現代のあらゆる本質的なメディアの持っている特質だと思われる。この映画の描いているメディアは、メディアの中でも最ももどかしい「愛情」というものであるだけに、訳のわからない部分が突出している。この点で、舞台風に背景をとって、建物と道路のネットワークとして彼らの人間関係が模写されているのは、きわめて映画的だったと思う。だから、もし今回ももどかしさを感じたのであれば、それはアラン・レネに対するもどかしさと言うよりも、むしろ現在の自分と、社会の不確実さに対するもどかしさであり、そこに生まれる眠気であるのかもしれない。

Photo_7 帰りに、映画をみた千葉劇場のそばにあるコーヒーショップで、すこし苦めのモカ珈琲を飲んで、空っぽのもどかしさの中心を一緒に飲み込んだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。