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2015/04/21

日本橋で焼きものを鑑賞する

Photo_3 日本橋の高島屋で、今泉今右衛門氏の展示即売会があるという、招待状(といっても、観覧だけならば無料なのだが)をいただいたので出かける。今回は、どのような磁器制作の深みを見せてくださるのかと、楽しみにして電車に乗った。

工藝というものには、個人であれ、集団であれ、「人」に所属する技能が大きく左右して、作品に投影されるものだと思っている。それは、陶磁器にあって、これだけ多様な作品が世の中に現れていることからもわかる。よほど均質で、工業化されたものでなければ、ほぼ一代限りの技能が切れ切れに存在するのが工藝の世界では当たり前だ。それは、現代の陶芸家の多くに、その傾向が見られる。たとえ師匠に付いて学んだとしても、師匠とは全く異なる意匠を発達させるのが通例で、同じ意匠をそのまま伝統的に受け継ぐような、陶芸家は数少ない。このような工藝の世界にあって、伝統工藝を受け継いでいる方がたは稀有な存在だといえる。何代も受け継がれるには、それだけの価値が蓄積されていないと、そう簡単には実現されない。と、僭越ながら想いを馳せたのだった。

Photo_4 今回の展示会でもっとも注目したのは、すっと宇宙を目指すスマートな姿をしているが、大きく世界全体を捉える太さも持った「色絵薄墨墨はじき花文瓶」と、それから同じ形で対になって並べてあった「色絵緑地花文瓶」だ(作品銘が長くて記憶が定かではないのだが)。後者の「緑地」瓶は、13代にも見られる意匠で、すでに熟成の模様をいくつも含んで、華やかな中にも落ち着いた形象のデザインになっているものだ。とりわけ、模様から白地に入る際の見事さは比類ないものだった。完成度が高いものだった。これに対して、前者の瓶は14代の特色とする「墨はじき」を中心にした落ち着いた雰囲気を持っていて、復活された技巧の深化が図られていた。細部の巧みさは際立っている。あの線の細さをどのように描くのか、また工房を訪れて見てみたい気にさせられた。

もうひとつ注目したのは、「色絵薄墨墨はじき雪文瓶」だ。瓶の模様に、14代の個人的意匠を示す「白い雪印」が、何度もモチーフとして焼き付けられている。これには、グレイバージョンとブルーバージョンとがあった。「墨はじき」は通常、墨で行われているのだが、このようにみてくると、色の「墨はじき」も悪くないような気にさせられる。シンプルで清楚な感じがとても現代的だ。たぶん、これらの現代的な意匠は、伝統的な工房としての今右衛門窯から、すこし距離を置いて考えらえたものだと想像する。

Photo_5 前回拝見した時と異なる点が、気になった。会場の奥隅に追いやられたように展示されていたのが、手のかかる、白地に透明な草木模様をあしらった地に、「薄墨」や「墨はじき」の複雑な意匠を半分ほど乗せた作品だ。これらは、前回の作品群を引っ張っていた基本的な意匠なのだが、今回の展示会では、ほとんどみられなかった。これは意外な気がした。というのも、今後の発展は、このような白地をいかに「墨はじき」と組み合わせて発展させるのか、という方向性を持っていたと、わたしは思い込んでいたからだ。今回は、白地と墨はじきの切り分けは、意外にシンプルに、線で区切って、なおかつ、白地は地のままで置かれていて、そこには透明な意匠はみられなかった。この傾向はなぜ生じたのか、ちょっと聞いてみたい気がしたが、考えてみれば、視覚的な効果の点から見て、目立たない意匠を削ることは至極当然の帰結であったともいえよう。けれども、素人目のわたし個人としては、この白地の意匠と、「墨はじき」の意匠との対立と調和とをもっと進化させていただきたかった。もっとも、このようなわたしの個人的な思い込みは、僭越過ぎることには承知の上であるが。

今右衛門窯の特色のひとつとして、他の作家工房窯を完全に凌いでいるのが、販売部門の充実だ。今回の展示会も、むしろ販売部門の強さを見せつけているように感じた。たとえば、それは値段の付け方に表れている。作品は、30万円台、50万円台、90万円台、100万円台、200万円台、500万円台、800万円台となっていて、その中でも、中心を占めるのは、中間の90から100万円台であった。全体と比較して、もっとも求めやすい価格として、この90万円台が活用され、もっとも多くの予約を得ていたのだ。工藝で言うところの「上手物」のブランドというものの性質を心得た価格決定が行われている。

有田にある今右衛門窯を最初に訪れたのは、放送大学の授業科目収録のためであった。2000年代はじめに、14代を襲名してすぐの頃だった。その後、何年かに1回ずつはテレビ取材を行っている。現在放送中の「社会の中の芸術」でも、取り上げている。窯のある一階がろくろ中心の作業所に当てられていて、二階には絵付けが役割に分かれて部屋が定められていた。この工房全体の整序には、いつも感心させられていた。わたしは本来、工藝で言えば民藝などの「下手物」趣味の人間であるために、時折このような「上手物」に触れることは、たいへん新鮮で基本的な勉強になるのだが、とりわけ手仕事特有の分業のあり方は、現代の産業を考える上でも参考になるのだ。

Photo_6 今回は、今右衛門氏が人間国宝の指定を受けての展示会であった。パンフレットによると、史上最年少での選定だったそうだ。けれども、わたしのような素人が言うまでもなく、この色鍋島の美術館を含んだ工房全体、さらに販売部門を入れた組織の状態を拝見させてもらえば、伝統工藝を受け継ぐ体制として、申し分ない人間国宝指定であったと思われる。制作の厳しさと余裕を含んだ、口伝と暗黙知による継承の典型例としても、比類ないものがあるのだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。