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2015/04/14

映画「マジック・イン・ムーンライト」を観る

Photo_7 いつの時代にあっても、恋愛は魔法のようなものだ。と映画のなかで言われているが、よく言ったものである。それで、登場人物の主人公がマジシャンで、主人公の相手の女性が占い師である、というよくできた話のなかで、さらに恋は魔法というのであるから。マジックには、必ずタネがあるということがわかっているマジシャンなのに、そこでころっと騙されるところから、俄然この映画は面白くなってくる。マジックは魔法ではないのだが、マジシャンがかかる恋は魔法なのだ。

主演のマジシャン役スタンリーのコリン・ファースは、映画「英国国王のスピーチ」で好演しており、今回の演技にも安定感があったし、さらに相手役の占い師役ソフィのエマ・ストーンは、先日観た映画「バードマン」の娘役でも飛び抜けた演技をしていて、あの大きな眼で見つめられてしまったら、どうしようもないと思われたのだった。それに、ほんとうにユーモラスだったのは、霊能師の問いかけに、床を踏む音がするというシーンだ。「あなたは⚪︎⚪︎ですか?・・・ドンドン」と床が鳴った時には、思わず笑い転げてしまったのだ。このような単純無垢な仕掛けが、映画的なのだ。

Photo_8 監督はウディ・アレンで、彼の映画の特徴は、登場人物たちがおしゃべりなところにあるのだが、今回の映画の核心は、アイロニーと非アイロニーとの対立にあるために、このおしゃべりにさらにウディ・アレン的輝きを増していると思う。敵対する相手同士が、結局恋をしてしまうという、よくある話なのだが、なぜかわたしたちは、このような常套的で、幸福感で満たしてくれるような、底抜けの恋愛に弱いのだ。

この映画でもっとも印象的だったのは、自分が真実を暴いたことを反省して、アイロニーを魔法に置き換えて、再び占い師崩れの女性に求婚するところだ。このパターンはどこかで見たことがあるな、と思ったのだった。

それは、ピグマリオン(映画「マイフェアレディ」)に似ていたのだった。ピグマリオンでは、自分の育てた女性を、一時は卑下するのだが、恋していることに気づき、思い直す劇だ。「自分で育てた」というところは、違っていて、この映画では逆に自分のアイロニーを武器に、相手のインチキを見破ることで、真実らしきものを獲得することになる。

Photo_9 けれども、その後の展開は似ていて、主人公は敵対行為を反省するが女性に拒否され、母のところで、ようやくこの恋が受け入れられるのだった。「ミイラ取りがミイラになる」という魔法が、この映画のミソだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。