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2015/03/24

映画「ディオールと私」を観る

Img_9328 映画という「複製技術」の中で、いかにして「創造技術」というリアリティを見せることができるのかという点が、この映画ではよく現れていた。どのようなブランドにも、普遍的なブランド要素と、変化を司るブランド要素とがあって、この映画では、ディオールの伝統は、この「普遍」と「変化」をミックスさせる魅力にあると主張するという、かなり正統的なところから見た映画となっている。

それは1950年代のクリスチャン・ディオールの打ち出した「ディオールと私」という伝統に現れている。少し前を行く「私」に対して、いかに「ディオール」というお針子を中心とした伝統的な職人集団が付いていくのかが、このブランドの勝負とするところだ、というのが、この映画の趣旨であるし、それはブランドというファッション界の一つの典型的な在り方だと思われる。

新進の革新的なデザイナー&ディレクター「ラフ」がディオール会長のアルノーによって、ディオールお針子集団に紹介されるところから、映画は始まる。ドレス部門とテーラー部門の二つの部門が、ディオール映画の今回の中心となる。お針子集団の個性の異なる女性職長二人が登場し、保守的な集団の中心を形成する。片方は調整型であり、片方は職人型である。それぞれデザイナー「ラフ」の要求に対して、摩擦を孕みながら、8週間後のオートクチュール展示会を制作していくのだ。内部のお針子集団に対して、外部からのデザイナーという構造だ。

保守と革新が一つになるときに、どのような仕組みが存在するのかが、今回の映画の目玉である。ふつうこのような保守的な職業集団の裏側を見せることはない。とりわけ、ブランドの周辺は見せても、その核心ではブランドイメージがコントロールされており、通常覗くことはできない。今回は特別にふつう見せないことに挑んだということには、映画を撮るという事情以外にも、おそらくディオール側にも、少しの理由があるようにも見受けられた。今回しか、撮れない事情があると思う。見せるに価するだけの演技と言葉が必要なのだが、演技人と職業人を兼ね備えた人びとがこれだけ集まるタイミングがいつもあるとは思われない。最初は、俳優が演じているのではないかと疑ったくらい、演技のうまい職人集団がディオールには育成されているのだ。

Img_9327 革新を要求するラフと、保守のお針子集団の接点が面白かった。保守と革新の接点の中で、第一に目を引いたのは、デザイナーから降りてきた服のデザインをみて、それを誰が担当するのか、という割り当てのシーンだ。お針子が集められ、テーブルの上に服のデザインがずらっと並ぶ。基本的には、お針子一人一人が自分の好みに合ったものを取っていくことになるが、一人だけ映画は注目していて、自分で選んでも、結局はそれを選べず、職長によって依頼される人もいるのを描いている。ここが保守と革新の接点であると同時に、妥協点でもある。内部の者にとっては当たり前の割り当てなのだろうが、外部の者にとっては矛盾をはらんだ調和のようにもみえてしまう。

第2に注目できるのは、デザイナーのラフと職長との間は、直接的なやりとりが行われるのではなく、もう一つの緩衝材が入っている。ピーターというラフの右腕で、フランス語のよくでき、調整役を受け持つ人が存在する。ラフが無理難題を出す。たとえば、この世に存在しないプリント地を短期間で作り出すことを要求するが、この調整はピーターが行うのだ。

第3に、ここが人間関係の重要なところだと思われるが、個人的な悩みを一人で悩ませずに、必ず誰かが寄ってきて、慰める役がいるという点だ。職長には愚痴をこぼす同僚がいるし、ラフにも最後の展示会の緊張をほぐす役が付くのだ。この点が、やはり長期にわたって、同一ブランドを張ることができるディオールの強さであり、もしこの人間関係がうまくいかなくなったら、すぐに崩れてしまう集団というものの不思議なところだと思われるのだった。

Img_9326 というわけで、映画としてよりも、デザイナー対お針子集団という組織論の事例として、この映画を見てしまった。ドキュメンタリー風を狙ったのも、おそらくこの辺の本質を見せたかったからだと、踏んだからである。しかし、演技としても十分見せるところがあって、その意味では、純粋なドキュメンタリーに見えないのは、やはりブランドとしての「ディオール」のコントロールが至る所で効いているからなのだろう。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。