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2015/03/03

一升瓶ワインはなぜ発達したのか

Img_9017 他の日本のワイン産地でもそうだと思うが、継続した、(ということは、地元に根ざした)ワインメーカーであるかどうかを判定する基準がいくつか存在する。その中でも確実な基準なのは、「一升瓶ワイン」を製造して、高級ワイン(700数十ミリ瓶)とは別の販売戦略を成功させているかどうかだ。Img_9074 この基準で判定して、多様な一升瓶ワインの銘柄を成功させていて、一升瓶ワインだけの商圏をうまく築いているのは、甲州の勝沼と信州の塩尻だ。他の地域では、単発に単銘柄の一升瓶ワインを作ってはいるものの、やはり商圏とまでは行っていない。おそらく勝沼では10数社、塩尻では5、6社が製造していると思われるが、この一升瓶ワインは見逃せない。

Img_9076 今日は、O市からの帰り道、塩尻のワイン造りで有名な「桔梗が原」近辺を通り、さらに甲府から勝沼のぶどう畑を、このツアーバスが何度も通ったおかげで、途中の酒屋やワインセラー、土産物屋さらにワイナリーにたびたび寄ることができた。それで、とくに一升瓶ワインを中心に、品揃えを見て回ることができたのだった。写真の一升瓶ワインが数種類並んでいる酒棚は、木曽の奈良井宿の酒屋さんに頼んで撮らせてもらったものだ。最近は、洒落た壜やレッテルの一升瓶ワインも見かけるようになった。

Img_9077 ここ数年、信州へ行くたびに愛飲していて、空いた一升瓶を捨てるのに困るほどだったのは、H農場Gワインの一升瓶ワイン(エコノミー白)だ。たぶん、ナイヤガラ主体のちょっと甘い、口当たりの良いものだ。この銘柄は、信州の酒屋ならばどこでも見かける、もっとも確立され、すでにブランドとして相当な価値を獲得している銘柄であると言える。これと比較しながら、他の一升瓶ワインを見て歩いた。

Img_9014 ワインといえば、やはり贈答用の「高級ワイン」か、自宅でちょっと飲む「テーブルワイン」というイメージが定着していたので、一升瓶ワインについてはこれまであまり注意してこなかった。東京の人は一升瓶ワインの魅力をほとんど知らないし、そもそも東京には一升瓶ワインを継続して売っている店がない。けれども、今回数カ所でみてみると、一升瓶ワインが定着するいくつかの理由があることが理解できたのだ。

Img_9098 第1に、「安価」であるというのは、理由の最大のものだ。高級ワイン1本分で、一升瓶ワインを何本も買うことができる。コストパフォーマンスがすこぶる良い。第2に、量が多いことから、主として「晩酌用」に最適だ。毎日、一定量を少しずつ飲む個人にとっては、一升瓶というのは、感覚的に合っている。日本酒の晩酌に慣れた人と同じで、一升を何日で飲むということが身体で認識できる量なのである。また、日本酒・焼酎や洋酒との競合状態から考えて、ある一定のアルコール飲料シェアを確保するにも、量としての特性をもつ一升瓶ワインは欠かせない。第3に、壜製造コストが日本酒と同じで、定型なので安いのではないかと思われる。このような一般向けのものの条件は、製造コストと流通コストがかからないという条件は必須だ。通常の日本酒と同じ、流通を利用できるメリットは計り知れない。

Img_9102 第4は、やはり「味」だ。赤ワインはそれぞれ特徴があり、まだわからないところがあるが、白ワインはすこし一般受けするところを狙っている。味が男性向きではないということが、なぜ一升瓶ワインが流行るのかの最大のポイントではないかと、じつはわたしは思っているのだ。現代はまさに女性の時代を迎えていて、田舎の女性たちのひそかな楽しみとして、台所の奥に、じつはこの一升瓶ワインが秘匿され、夜な夜な女性たちの口に注ぎ込まれている、というのがわたしの推測なのだ。それともう一つは、高齢者用に発達したということも見逃せない。

Img_9051 勝沼を取材していた時に、日本のワインは当初、生食用のぶどう造り農家が副業としてワインを造り始め、まずは自分で飲むために造り始め、次にコミュニティの協同組合として発達した話を聞いた。とすれば、一升瓶ワインこそ、その原点にあるワインなのだ。自分の晩酌用の味を作って、自分で飲むのが一升瓶ワインなのだ。毎年、大きな樽で作られたワインが、この一升瓶ワイン用にブレンドされ、そのメーカー独自の味が決まって出荷される。Img_9092 どのようにブレンドするのかが、メーカーに委ねられている。もともとは輸入ワインをうまくブレンドして出荷していたものもあり、ブレンダーの腕が問われるのが一升瓶ワインなのだ。その意味では、この味を決めるセンスがあるかないかで、そのメーカーの質が問われるのだといえる。だから、高級志向のメーカーや独立系の新興ワイン醸造所では安易に一升瓶ワインには手を出せない。

Img_9021 妻の協力もあって、ワイン5本を購入し、バスの座席と床に足で固定しながら、信州・甲州から横浜まで運んできたのだ。明日からの日常生活に余裕を持たせようと考えている。ワインあっての人生なのだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。