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2015/03/18

ケンブリッジの街角で

Img_9281_2 20年ほど前に、わたしの担当する放送大学の授業番組を、海外で作るということになり、世界一周の取材旅行をしたことがあった。英国のケンブリッジで、ケインズと制度学派を取材ロケして、ケインズがフェローをしていたキングス・カレッジと、その隣のレンガ建ての施設を借りて、ビデオ撮影をした。終わって道路に出た時に、宇宙物理学者のホーキンズが画面の付いた有名な車椅子で、歩道をすいすい行くのを見た。

Img_9282 映画「博士と彼女のセオリー(原題:The Theory of Everything)」を観る。ブラックホールの研究で知られる物理学者ホーキンズの伝記映画であるが、妻との関係を中心に描いていることで、映画の虚構性を保っている。映画の中で、ケンブリッジ市内を移動していて、観光客に話しかけられた話をする場面があった。「本物ですか」と尋ねられ、答えて曰く「本物はもっとハンサムです」。わたしが遭遇したくらいだから、毎日何百人のケンブリッジ詣での観光客の目に触れていたのだと思う。

それで、この映画はケンブリッジの学問的厳しさとユーモアのセンスを描いていて、ホーキンズを生み出すこのような風土に、ケンブリッジ神話の源泉があると思う。映画の中で、博士論文の最初のゼミ場面の雰囲気などは、独特のものがあるし、ちょっと視点は異なるが、このような古典的な部屋があれば、ゼミ生を呼びたくもなるだろうし、研究が進むとは思えないが、知識を循環させる部屋として欲しいなと思ったほどだ。

それにこの映画には、ケンブリッジ風景がいたるところに出てくるので、一度ケンブリッジに行ったことのある人は、懐かしく観ることだろう。ケム川からのキングス・カレッジの映像は、何回も出てくる。やはり、ホーキンズの物語は、ケンブリッジという街を抜きには考えられないし、さらにこのような母体の下に、人間というものが育ち、かつ人間の枠をかなり広げることができたというところに核心があると思われる。それがケンブリッジ神話なのだと思われる。

Img_9279 ホーキンズが運動ニューロン疾患(筋萎縮性側索硬化症)にかかり、余命2年と知って、彼の父親がホーキンズの恋人だったジェーンに言う言葉には宇宙の法則以上の普遍性がある。「この戦いに勝利はなく、負け戦をどこまでも続けていくことになるんだ」と。けれども、ケンブリッジ神話の強さは、負け戦をどこまでも支える仕組みがあって、たとえ最後は破れるとしても、いくたびかは勝利をもたらしてしまうというところだと思われる。

この映画で注目したのは、やはりホーキンズと妻との関係だ。夫婦関係というものの、一つの典型を示していて、原題の「すべてのものの理論」というのは、このことかと穿ってしまった。宇宙のブラックホールの理論に関しては、ホーキンズ理論ではいわば「収縮閉じ込め」理論と「発散消滅」理論が対立しており、それで「すべての理論」となっていると解釈したのだが、同様にして、英国文化的な家族像というものも、ここでは「収縮型」と「発散型」が現れ、ホーキンズの夫婦関係にもこのことが反映されている。収縮と発散というすべての理論を描いている点で、この映画の原題が納得させられるのである。

この映画で、この点がよく表れているところに感激するのだ。映画の前半では、献身的な世話をするほどに一体となった夫婦の闘病生活を描いている。ところが、映画の後半では、個人が独立していることを描いていて、このことを最大限尊重するという英国の伝統を描いている。夫婦関係であろうとも、前半で見せるような、積極的に個人の中へ介入するときと、後半で見せるような、個人同士が独立し発散していく、消極的な方法をとるときとがある。これが英国式だし、またホーキンズ理論のすべてだと思われる。このことは映画の至るところに見られるのだ。

もう一つ、ケンブリッジの思い出を述べるならば、映画にも出てきたカレッジ毎に組織化されている「カレッジ・コーラス」だ。夜になると、それぞれのカレッジの聖堂で合唱会が開かれていた。市民の多くがこれに所属して、家族からすこし離れた文化活動を行う。けれども、それは家族を外側へ向かって発展させる社交的な活動となっている。聖堂の壁に見事に響いて、自前のコンサート場を持って練習する合唱団の仕合わせが伝わってくる。

Img_9278 また、これも覚えているのだが、「フライヤー」という言葉を知ったのもここだった。つまりチラシが発達していて、市内のいたるところにこのカレッジ・コーラスのフライヤーが貼られていた。トリニティカレッジのコーラスが、黄色くて黒い太い文字でフライヤーを作っていて、それが古典的なチラシ形式を備えていて、今でも手本にしている。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。