« 映画「リトル・フォレスト」を観る | トップページ | 一升瓶ワインはなぜ発達したのか »

2015/03/02

原稿提出完了記念の旅行

Img_8924 おとといまで、原稿の締め切りに間に合わせるために、校正を続けた。前の晩には原稿はほぼ完成していたのだが、やはり最後の点検は重要で、いくつかの修正を、朝のすっきりした頭の中で行い、そして提出した。編著者のO先生、S先生から、絶えず激励のメールが入って、たいへん待たせて申し訳なかったと思う。けれども、『細雪』の雪子がずっと縁がなくて最後に結婚を決めて、長女と次女から「ねばりはりましたな」というシーンがある。今回もそれと重ね合わせて、自分に言ってみたのだった。

Img_8936 妻が盛りだくさんのツアーを見つけてきて、趣味と実益を兼ねた原稿完了記念旅行となった。今日は、横浜ベイ地区にあるビルに朝早くに集合して、そのツアーが出発する。

今日の訪問先で印象に残ったのは、やはり長野の善光寺詣だ。じつは善光寺詣については、小学校5年生のころの思い出がある。Img_8941 当時、松本に住んでいて、母と、友人一家と一緒に、ご開帳があるというので、長野へ行ったのだ。信州に暮らす人びとの中には、江戸時代から続く家には大抵、善光寺へ寄付することがひとつのステイタスとなっていて、それぞれの栄えた家では、善光寺への

寄進神話が残っている。うちも同じで、母が言うには寺の背後にある灯篭に、祖父の名前が残っているのだというのだが、もっとも今となっては確かめる術もない。

Img_8956 まず、ふつうのお寺との違いに気がついた。ふつうのお寺は、宗派がはっきりしており、地域の特殊性を追求するのだが、善光寺は多くの宗派が相互に乗り入れていて、普遍性を追求しているのだ。宿坊がたくさん並んでいて、宗派を問わず、多くの信者を受け入れてきた歴史を感じさせる。Img_8957 牛に引かれて善光寺参り、とはよく言ったものだ。仏ならたくさんあって、特定の宗派ごとに引いていく仏が違ってきてしまうが、牛ならば普遍的だ。寺の周りでも、どこに牛がいるのか、探してしまった。

Img_8959 それでは、善光寺が開かれた寺なのか、といえば、必ずしもそうではない。まえから不思議だったのは、「秘仏」という考え方だ。善光寺本尊の阿弥陀像は7世紀後半に作られたものだが、これが真正の秘仏なのだ。普段は見ることができずに、奥に仕舞われている。善光寺の場合には、「普段は」どころでなく、ここ百年間くらい、誰も本尊を見たことがないそうだ。これはまた凄い。

Img_8961 たぶん、二つの考え方が「秘仏」には存在する。一つには、現物がないから、秘仏にするというものだ。これはわかりやすい。みんなも、そう思っている節がある。けれども、善光寺の場合には、ちょっと複雑だ。もう一つには、ほんとうは本尊があるにもかかわらず、秘仏とするというものだ。これには、あるにもかかわらず、なぜ隠すのか、という疑問が生ずることになる。

Img_8944 そこには、一応権威という問題がある。隠す事で、潜在的な価値を上げることができるとする。つまり、本尊を常に見せると、価値が減ってしまうが、ある一時的にしか見ることができないとするならば、その時期の参観の価値がグッと増えると考えるのだ。Img_8950 宗教の問題を世俗の価値観で判断すると叱られるかもしれないので、あらかじめそのことは謝っておきたいが、それは、美術館の通常展示の値段が安く、イベント・特集展の値段が高いのと同様である。イベントはまさに他の展覧会との差別化にあるのだ。つまり、「秘仏」にする理由は、今日的にいえば、「製品差別化」であって、秘仏しない仏様より、秘仏にする仏様のほうが、製品価値が高く、わかりやすく言えば、お賽銭がたくさんその時期に集中して集まるのだ。ちょっと下世話すぎるかもしれないが、普遍的な真実だ。

Img_8951 善光寺の「秘仏」に伝統を感じる点がある。それは、じつはもう一つの方法を善光寺が取っている点だ。身代わりの代替仏像を用意している。このアイディアは、たとえ普遍的であると言えても、実際に適用している例はまれで、じつに感心する手練手管だ。じつは善光寺で実際に開帳するのは、こちらの身代わりの仏像であり、Img_8962 あいかわらず本尊は秘仏のままであり、現在生きている人の誰もこの秘仏を拝んだ人はいないそうだ。身代わり、代替、影武者を用意する手法は、世俗の考え方であり、卓越したマーケティングの僧侶がいたとしか思いようがないのだ。秘仏本体の第1ブランドで売るのでなく、部分的秘仏である第2ブランドで売るという現世的な考え方が、この善光寺の成立のころより続いているのだ。そういえば、本尊にはさらに、発見の寺があって、元善光寺と呼ばれていて、善光寺自体が、じつは二重構造的な身代わり構造をすでに持っていることがわかる。

Img_8932 ほかにも趣向がたくさんあって、善光寺の興味は尽きない。回向柱がにゅっと立っていて、前世と現世と来世を繋いでいるとする、この善光寺の世界観が現れている。

Img_8948 本堂の戒壇巡りは、またまた、善光寺の秘匿のひとつの現れであり、面白いのだ。急な階段を降りると、真の「暗闇の世界」に放り出される。数十メートルの間、真っ暗闇の中を進んで、3回ほど曲がるのだ。Img_8964 おそらく、この暗闇は人生そのものであるのだが、突如として、腰あたりの右の壁に、本尊につながる「錠前」が手の先に触るのだ。これに触った人には幸運があるらしい。Img_8963 まれに、真っ暗闇なので、これを通過してしまう人があるらしい。じつは、以前にわたしが来た時にも、戒壇めぐりを行ったはずなのだが、錠前に触った記憶がないのだ。もしかしたら、以前は通過組に入ってしまっていたのかもしれない。Img_8930 表に出て、見回すと、ほんとうに錠前に触っていない人がいて、みなの同情を集めていた。

Img_8940 暗闇の世界を通過すると、自分の世界観が変わった気がする。つまり、人生というのは暗闇が当たり前で、目に見えない世界で世界は回っているのだ。錠前を触ることで、人は何かがちょっとわかった気になることもあるが、それは全体の暗闇の世界からすれば、ほんのちょっとのことでしかないのだ。戒壇巡りは様々な思いを残して、人びとに人生を振り返らせ続けているのだ。

Img_8953 拝観を終えると、去年までの習性で、鐘撞堂へつい足を向けてしまった。ここの鐘も古いほうは重要文化財級のもので、音を聴いて見たかった。中ぐらいの大きさからすると、落ち着いた音色が想像される。重くもなく、軽くもなく、中程度の程よい響きが期待できるのではないかと思われる鐘だった。

Img_8972 帰り道は、参道から一本入った宿坊の並んでいる道をたどった。そうすると、老舗の店が新しく特色ある喫茶店などを開いているのに、当たった。なんと七味トウガラシの店の現代的なスイーツの喫茶店があった。Img_8974 次に右へ曲がって、表通りへ出る。そこには早稲田大のO先生がこれまで2度ほど訪れている、F旅館レストラン喫茶もあった。ブログで紹介なさっていたように、明治・大正期の様式の良い建物だった。Img_8965 時間がなかったので、残念ながら入ることができなかったのが残念だ。来年には、長野市で授業を持つことを計画しているので、その時にはたっぷりと堪能したいと思ったのだった。宿坊には、現代でも泊めてもらえるのだろうか。Img_8987

« 映画「リトル・フォレスト」を観る | トップページ | 一升瓶ワインはなぜ発達したのか »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/61240613

この記事へのトラックバック一覧です: 原稿提出完了記念の旅行:

« 映画「リトル・フォレスト」を観る | トップページ | 一升瓶ワインはなぜ発達したのか »

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。