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2015/01/10

京都で、修士論文審査と映画「0.5ミリ」

Img_8641 朝早くから、京都駅近くの放送大学京都学習センター会議室で、修士論文審査を行った。今週の京都と来週の千葉とに分かれているが、今日は主として、西日本で開かれていたゼミ所属者中心の審査だ。長崎や博多からも、学生たちは出席してくる。学習センターへ着くと、すでに審査員のT先生も到着していた。その次の審査での審査員のI先生、A先生、S先生、N先生とそれぞれの審査員の先生方も続々といらっしゃって、この2年間の総決算が始まった。

Img_8643 1番目の、長崎のKさんから始まり、途中では時間が1時間ほど、オーバー気味に推移して、最後にTさんまで行い、無事終了した。今年度の京都組の印象は、一にも二にも、努力に努力を重ねていて、熱意のこもった、時間をかけた論文が多かったな、というものだった。結局、予定より1時間以上も余計にかかってしまった。それだけ重厚な論文が多かったということだ。それで、時間からして無理だとは思われたのだが、京都にきて、出張先の映画を堪能しない手はないと考え、京都駅を走って、地下鉄駅へ行き、四条烏丸駅の真上にある京都シネマに駆け込んだ。

Img_8644 狙いは、映画「0.5ミリ」である。案の定、席は満席で、立ち見でも入れるかどうかわからない、と言われてしまう。体調が悪く、3時間近い映画を立ってみる勇気があるとは、まったく思わなかったが、ホテルに帰って、原稿を書くのも今日の疲れ方からして、遠慮したい。そこで、近頃にない立ち見での「出張先の映画」となった。無理してでも、見るべき映画はあるのだ。

Img_8645 映画「0.5ミリ」のテーマは、介護サービスなのだが、ちょっとひねってある。ひねってあるところに、興味深く魅力のある、映画なのだ。介護サービス、プラス、メルヘンとでもいうのか、日本映画あるいは西洋映画の中でも、珍しい系統の映画ではないかと思われる。強いて言うなら、映画「ジョゼと虎と魚たち」あるいはちょっと飛躍して、黒澤の映画「ドデスカデン」の系統だと言えば、多少わかるかもしれない。もっとわからなくなったと言われても、この件では責任はとらない。けれども、本当にそのような気がするのだ。

Img_8646 映画の出だしは重要だ。じつは介護老人に「吸引カテーテル」を通すところから始まるのだが、これを観て、現実に帰り、入院している母を思い出してしまった。今頃、顔をしかめて、これを受けているのだろうな、と思った。どのような病院にも、枕元には酸素チュウブと、吸引チュウブが設置されているのだ。じつはこの映画の中で「おしかけヘルパー」役として、まさに介護老人に対して、この「吸引カテーテル」的な存在を演じているのが、主演安藤サクラ演じる「山岸サワ」だ。

Img_8647 この映画の批評では、精神科医の香山リカの寸評が、もっとも本質を簡潔に表していたと思う。「『介入しすぎはダメ』は医療や介護の決まり文句。でも、一歩、踏み込むことでしか、見えてこない景色がある。香山リカ(精神科医)」つまりは、サワが「吸引カテーテル」として、介護老人の体内に暴力的に介入する映画なのだ。どのようにして、この一線を超えて、初対面の他者の内部に入ることができるのか、これは現代社会の核心的な課題だ。

Img_8648 介護サービスには、「ケア・フォ」と「ケア・アバウト」があると、わたしの書いた教科書で追究した。前者の「世話」と後者の「配慮」の二面性があるのが、介護サービスの特徴である。問題は、この「世話」程度の粗い親密関係であれば、お金を払って手に入れることは可能である一方で、「配慮」に至るまで、お金で解決しなければならなくなっているのが現代だ。けれども、お金だけでも「配慮」はほんとうに可能だろうか、という興味深いところが、この映画では描かれていると思う。結論を言ってしまうなら、「配慮」関係にまで、他者の心の中に入り込むには、お金だけでは不十分で、多少の「暴力的な介入」を行わなければ、可能ではないということを、この映画は描いている。さて、どのような「暴力的な介入」なのだろうか、それは観てのお楽しみだ。介入される側を演じた坂田利夫や津川雅彦の、正常を逸した演技が、頭の中から離れないほど、素晴らしいのだ。

この映画の欠点は、前半で終わらせれば、大傑作だったのに、後半まで話を伸ばしてしまったことだ。せっかく介護老人の問題で焦点が定まっていたところに、さらに戦争問題や性同一問題を入れてしまって、ロードムービー風に焦点を分散させてしまっている。この結果、結末の感動が完全に失われてしまっている。これさえなければ、名画の部類に入ってくる映画だったと思う。しかしながら、見終わってからここは強調しても良いのだが、じつはこれを割り引いても、ほんとうに無理をしてでも、観るべき映画だと思っているのだ。

夕飯は東洞院通りにある、ソツのないパスタ屋・ケーキ屋さんで、合鴨の前菜とクリームパスタとチェリーケーキ。気付くのが遅すぎたのかもしれないが、カップルばかりいるカフェでも、一人で入って、まったく気にならなくなっている自分を発見する。他者へ介入するには、年を取りすぎたのではないかと、ふと自分を疑う。

それにしても、映画の中で、津川雅彦演じる「先生」の書斎には、先日の鳥取出張で購入するのをためらった、鳥取民芸の木製電気ランプが置かれていてうらやましかった。このことからもわかるように、建物や小道具の選択には細心の注意がなされていて、小津の映画を思わせるところもあったことも、帰りの道で思い出したのだった。映画「0.5ミリ」の「0.5ミリ」の意味は、親密度の距離かと思っていたら、そうではなく、「0.5ミリ」でも積み重ねれば、厚くなるという教訓だそうだ。この逸話も、ちょっとピンとこなかった。褒めたり貶したりだが、ほんとうのところ前半は手放しで褒めたい。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。